ネオンジェネシスのその後のシンジ君の話です。
完結済みです
「ねぇ、君はなんで泣いてるの?何か辛いことでもあったのかい?」
良く来るデパートのフードコート、僕の座席の前に突然座ったお兄さんは片手に持ったコーラを席においてそう言った。
「お兄さん、誰?不審者?」
「違う違う、不審者じゃない。怪しい人じゃないよ!」
焦ったように手を振る。改めて見てみれば身長は170センチくらい、ひょろっとした体になよなよとした顔。置かれたコーラを勢いよくかっぱらって飲み干すと「あっ、僕のコーラ・・・」と小さく口に出した。なんだかあんまり強そうじゃない、確かに不審者ではなさそうだが・・・男児好きのただの変態だろうか。
「不審者じゃないっていうなら名前教えてよ、じゃなきゃコーラ飲んじゃうぞ」
「コーラはもう飲まれてるんだけれど・・・まぁ、いいさ・・・。僕の名前はシンジ、碇シンジだ。近くの大学に通っている現在大学2年生、今はちょっと友達と待ち合わせしててね。フードコートで待っていたら泣いてる子供がいたから見捨てておけなくて・・・ただのおせっかいかもしれないけど話を聞きに来たってわけだよ」
「へぇ、親切な人なんだね」
「いやいや、親切なんかじゃあないさ。泣いている子に自分を重ねてしまうってだけでね。そうだ、お名前を教えてもらってもいいかい?」
僕は若干怪しみながら、しかしこのお人よしそうな顔にほだされて「山田タケル」と口にする。お人よしは「へぇ、タケル。タケルかぁ、良い名前だ。」とにこにことほほ笑んだ。変な奴だ。
「あ、そうだ!お腹、空いてない?僕もまだお昼食べてなくて一緒に食べる相手を探してたんだ。その年なら食べ盛りだもんね、ちょっとそこのマックで買ってくるけど君も食べる?」
釈然としないながらも、でも確かにお腹は空いていたので小さくうなずく。するとシンジは走ってすぐそこのマックへと向かって、帰ってくる頃には腕いっぱいのハンバーガーとポテトにジュースを持って帰ってきた。
「やっぱり、泣いて疲れた時にはご飯を食べるのが一番だよ。」と勧められてもこんなにいっぱいは食べられないんだけど・・・。でも、確かに言う通りにお腹は空いていたから一番好物のサムライバーガーにがっついたら、にこにことシンジはそれを見て笑った。
食べている途中、すぐお腹がいっぱいになってしまったシンジとなんだかいくらでも食べられそうな僕はいくつか話をした。シンジが学校でどんな人と話しているかとか好きなことは何だとか、僕が小学校でどんなことをしているんだとか嫌いな教科は何だとか。特にシンジの友達の話が結構面白くて、気が強い女の子の友達がバイト先でお客さんに怒ってしまった話とか、無口な友達が実は畑作業に興味があったとか、ちょっと恥ずかしいけど胸の大きな友達のスキンシップが激しくてこまってることとか。気が合った僕たちは暫く話し込んで、たぶん1時間は経ったくらいだろうか。シンジが結構良い奴だってことに気づいて僕はやっと、本題を話し始めた。
「お父さんとね・・・喧嘩、しちゃったんだ。」
「喧嘩?」
「うん、別に叩いたとか叩かれたとかそんなんじゃないんだけど・・・、口での喧嘩。今日の朝――」
話しているうちに振り返ってみればなおさら涙がぽつぽつと出た。苦しさと怒りとが流れ出てくるようだった。
僕の父さんは普通の仕事と比べてあちこちに旅行に行かなければいけないお仕事らしい。海外での営業?というお仕事らしく詳しくはよく分からないが週のほとんどを家にいなかったり、10日ほど家を空けることもざらだった。いつも家に帰れば母さんと二人きり、優しい母さんが作ってくれる料理は美味しいけれど、学校の友達が言うお父さんとのキャッチボールだったりキャンプだったりはあんまり出来たことがなかった。
でも、寂しいとか悲しいとかそういうことはあんまり言わない。だって、約束していたから。約束していたからそんなことは言わないのだ。
父さんは毎月で必ずどこか一回、僕と約束した土日は必ず家に帰ってくる。それがどんなに仕事が忙しい時でも、雨の日でも、僕が友達に遊ぼうと誘われてもその日だけは父さんと目いっぱい一緒に遊ぶ約束なのだ。その約束があったから寂しいんだとか思わなかったんだ。だって父さんは帰ってくるから、帰ってくる約束だから。
でも、その約束は守られなかった。
今日の朝、いつもよりなぜだか早く目が覚めた僕は父さんがきっちりとしたいつものスーツを着て玄関に向かうところを見つけた。「ねぇ、今日は一緒に遊ぶ約束でしょ?」そう言った僕に何度もすまんと謝る父さんと「お父さん、急にお仕事入っちゃったからしょうがないのよ。遊びに行くのはまた今度にしましょう」となだめる母さん。二人の声が遠くの方で反響して、ふつふつと感情がこみ上げてきた。
許せない。許せなかった。
僕がどんな思いで今日を待っていたか。友達がパパと遊んだ話をするところをどんな気持ちで見ていたか、仲良さそうな家族を公園で見かけるたびにどんな思いで見過ごしてきたか、今日をどれだけ楽しみにしていたか。
こみ上げてくる怒りとか悲しさとか悔しさが涙と言葉になって外に出た。「嘘つき」「大嫌い」「こんな家に生まれなければよかった」「パパなんてどっかいっちゃえ!」思いつく限りの嫌な言葉を口にして、近くに置いてあった財布と水筒を持って家を出た。
幸い外はそんなに寒くもなかったから大丈夫。最初は友達と作った秘密基地へと向かって近くの公園で暇をつぶして、お腹が空いたからフードコートへと逃げだした先で、シンジと出会った。
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「そうか・・・喧嘩かぁ。僕も父さんとはよく喧嘩したよ、たぶん君よりもずっと長くて陰湿な喧嘩だった。」
話を聞いた後、どこか懐かしい目をしながらシンジはそういった。3個もサムライバーガーを食べてお腹いっぱいだった僕はコーラを一口すする。
「シンジも?シンジも喧嘩しちゃったの?」
「うん、そうだね。僕らは君たちみたいにお互いを思いやれなかったから、その分長く喧嘩が続いた。」
シンジはぽつぽつとその喧嘩の内容を話した。話は少しぼやかされていたがお父さんにずうっとほおっておかれたこと、話が出来なかったこと、言っちゃいけないことを言ってしまったこと、僕らはどこか似ているみたいだった。
「でもさ、でも・・・じゃあ、シンジはどうやってお父さんのこと許せたの?そんなに嫌なことされてさ、喧嘩もいっぱいしちゃってさ。どうやって許せるの?
「許す?許したってのとはまた違うのかもしれないな。なんというか、理解して分かったっていう感じなんだよ、父さんのこと」
「どんな風に?」
「そうだなぁ・・・。父さんがなんでそんなことをしたんだろうとか、母さんのことをどれだけ愛していたのかってこととか、大人ってのは案外みんな不器用なんだってこととか。何より、父さんが僕のことを好きでいてくれているってこととか」
「なんだかちょっと照れくさいけどね」とポリポリと頬をかいてシンジは顔を赤くした。そして、暫くして僕の頭に手を置いて、優しく昔の自分を見るようにじっと見つめる。
「タケルはさ、お父さんが君のことを嫌いだって本当に思う?君のことが本当に嫌いで、遊びたくないから今日の約束を破ったんだって本当に思う?」
「それは・・・でも、約束を破って・・・あんなに楽しみにしてたのに・・・」
「そうだよね、楽しみにしてたんだよね・・・。だからさ、お父さんもタケルと遊ぶこと、本当に楽しみにしてたんだよ。思い出してみてお父さんがタケルと遊べないって伝えた時、仕事に行かなくちゃあいけなくなった時、お父さんはどんな顔をしてた?」
「父さんは・・・パパは・・・」
そうだ、そうだった。
あの時、僕に「一緒に遊べない、本当にすまん」と謝ったとき時、怒った僕を抱きしめてぎゅうっとした時、家を出ていく僕を見た時、パパは唇をかみながらずっと辛そうな顔をしていた。飛び出していく僕の背中にかかった声はどこか震えていなかっただろうか。あの顔を思い出すたびに、あの声を思い出すたびになんだか瞳からぽろぽろと涙が落ちてフードコートの真っ白なタイルに広がった。
パパはずうっと、僕よりずうっと泣きそうだった。
「シンジ・・・シンジ・・・。ぼく、ぼく、パパに謝りたい。家を飛び出しちゃったこと、嫌なこと言っちゃったこと謝りたい。でも、でも・・・」
「でも、どうしたの?」
「パパが、パパが許してくれるか分かんない!あんなに嫌なこと言って、家も飛び出して、ぼく、ぼく・・・!どうしたら、どぅしたらあぁあ!」
泣き出した僕をシンジはぎゅうと抱きしめた。ひょろっこい奴だと思っていたシンジの体は思ったよりも大きくて、「大丈夫」と出す言葉はどこか柔らかかった。
「大丈夫、大丈夫だよ。ちゃんと話して、ちゃんと気持ちを伝えれば大丈夫なんだよ。僕もそうだったんだ、結局大事なことは気持ちを伝えることでそれ以外はそんなに大事じゃあないんだ」
「パパ、許してくれるかな?ほんとにほんとに許してくれる?」
「あぁ、大丈夫。約束するよ。それに許してくれなくても大丈夫。また家出したら僕んとこにこればいい、家事は得意な方なんだ」
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それから暫く、振り返ってみればフードコートの中で大声で泣く子供というのは注目を集めるものだがシンジはそんなことを気にせず、ずうっと泣き止むまで僕を抱きしめた。
落ち着いたころ、携帯を借りて唯一知っていた母さんの携帯へと電話。ワンコールで出た母さんにシンジが事情を説明した後に僕が代わると、電話の奥で母さんがぐすぐすと涙を流しながら「町中、ずっと探してたんだよ」という声と父さんの「大丈夫か?大丈夫なのか?」と言う叫びが聞こえた。
事情を聞く限り、家出した僕を探すために父さんは会社に電話して急遽仕事を取り消したらしい。「仕事なんてなんでもいいんだ」と電話越しにいう声と僕を見つめるにやにやとした分かっていますよというシンジのにやけ顔がうるさかった。
「この度は本当にありがとうございます。もう少し帰ってこなかったらどうしようかと思っていたところでして、本当に・・・本当に・・・」
到着した両親は二人して涙目でシンジにぺこぺこしていたがすんごい勢いだったもんだからシンジの方も若干引いてしまって「いやぁ、僕の方こそ」となぜかぺこぺこしていて、父さんにむちゃくちゃ強く抱きしめられたままの僕も含めたら随分滑稽な様子だっただろう。
時計を見れば午後の五時。こんなところでずっとぺこぺこしていて待ち合わせは大丈夫なのかとシンジに尋ねれば「五時、ほんとに五時!やばい、やばいやばい。殺される、他はいいけどアスカには絶対殺される」と青い顔をして走り出す。
フードコートからの帰りにエントランスのあたりでシンジを見かけたが、「バカシンジ!」と気の強そうな赤髪の女の子に蹴りつけられながら、その周りに談笑する無口そうな女の子や色白な美少年がいて、胸の大きなお姉さんが「ほら、ワンコ君に姫、さっさと行かないと飲み会に遅れちゃうぞぉ」と楽しそうに野次馬をしていた。シンジから聞いた限り今日の飲み会にはあと飲んだくれのお姉さんと数人が合流するらしいから、随分個性の強い御一行である。
「あれは助けなくて大丈夫なのか?」と言う父さんを「大丈夫大丈夫」と引っ張って夕暮れ時の帰路へとつく。地平線の端に沈みそうになった夕日にあたって街灯が長く影を伸ばした。途中、先を歩く僕は「なぁ、タケル」と言う父さんの声に足を止めた。
「今日のこと、本当にごめんな。お前のこと全然わかってやれなかった。父さん、父親失格だ・・・」
夕日に沈む顔はどこか落ち込んでいる。僕はふと、シンジの言葉を思い出した。
「大丈夫、そんなことないよ・・・。大人も子供も間違えるもんだし、気持ちは伝えにくいんだ。僕も今日はいっぱい間違えちゃったし、伝えたいこともたくさんある。だからさ、話そうよ。いっぱい、話そう」
「大事なのはちゃんと言葉にして話すことなんだ」
彼が語ってくれたように、あのひょろ長い背中をマネするように背伸びして口に出す。
彼はこれまでどのような経験をしてきたのだろう、どんな人生を送ってきたのだろう。
きっと傷ついて、失敗して、逃げ出して、それでも前を向いて。そんな人生だったのだろうと想像が浮かんだ。
僕もそうなれるかな、そう一瞬思って頭を振った。
真似をするんじゃない、追いつくんだ。走り出すことが、話し合うことが大事なんだ。
振り返ってみれば彼の話は、あの話は。
ずうっと遠くに見えるその背中。それでも追いつきたいと思える、そんな物語だった。
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エヴァンゲリオンに捧ぐ
高評価感想あったら、おなしゃす。