「何考えてるの?」
僕が日が落ちていく景色を眺めていると、ゆっくりと細くしなやかな腕が僕のお腹辺りを包み込む。
視界の端には夕暮れの光を受けて神々しく輝く金色の髪。
ふわりと鼻に香るのは少女特有の甘さを残しながらも、夜の様な静かさを持ったすっかり嗅ぎなれた匂い。
「また皆の事考えてたんでしょ?」
僕はゆっくり頷く。
すると彼女は僕の前に向かい合って座り、頬に手を添えるとゆっくりとキスをした。
「今はルリの事だけ考えて〜、なんてね、冗談。ずっと考え事してると疲れちゃうから」
「そうだね 」
「焦ったっていい考えは出ないよ?ルリも手伝うよ」
僕はそのまま頭に手を添えて押し倒す。
彼女はゆっくりと目をつぶった。
彼女の部屋の犬のぬいぐるみが僕たちを見咎める様に見ていた気がした。
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皆おかしくなってしまっている。
そう気づいたのは最近のことだった。
花帆は異様に僕との距離が近いし、他の女の子を見るだけでヘンテコな事を言い始める。
さやかはいつの間にか僕の部屋に居て朝、昼、夕とご飯を作っている。頼んでいないのに。
「凪くん、さっきクラスの子とどんな話してたの?私に教えてよ。いいでしょ?ねぇ」
「凪さん、今日のお弁当です。忘れていっちゃダメですよ。何で毎日持ってくるかって?当たり前じゃないですか。他の人が作ったもの、食べてないですよね……?」
姫芽ちゃんは、部屋から出られないようにしてくる。
吟子ちゃんは、僕がいる場所へいつの間にかいる。
小鈴ちゃんは、婚姻届を書くように強制をしてくる。
「センパイ、鍵、閉めちゃいました。これで2人きりですねぇ〜、ずっと二人でゲームしてましょ〜、みんなの事なんて忘れて」
「凪先輩、今日うちが連絡してたのにどこにいたんですか。どこか行く時は必ず連絡してくださいって言いましたよね」
「先輩!婚姻届です!必ず書いてくださいね!」
梢さんは僕と結婚したみたいな話をしてくる。
慈さんは無くしてしまった僕のものと似ている物を持っていることが多い。
綴理さんは目を離す事を極端に嫌がる。
「ねぇ、凪。私と貴方はもう既に夫婦になったのよ。他の女の人と仲良くするのはやめなさい。妻としての命令よ」
「凪!このペンいいよね、ん?僕も似たようなの持ってた?うん、だって凪がめぐちゃんにくれたんだもんね?」
「ボクの視界から消えちゃダメ、ボク何するか分からないよ」
僕はただ皆と仲良くスクールアイドル部として活動していただけなのに。
気苦労が毎日耐えず、精神的に疲れ果ててしまっている。
「大丈夫?」
誰も居ない教室で考え事をしていると背後から声が掛けられる。驚いて後ろを振り返り構えるが、そこに居たのは大沢瑠璃乃だった。でも僕は警戒を解かなかった。
「何か疲れたような顔最近してるよ」
彼女は自然な動作で僕の隣に座り、顔を覗き込む。
彼女の目はまっすぐと僕の目を見ていた。
「気のせいだよ、昨日ゲームやりすぎて眠くてね」
「ルリ、昨日姫芽ちゃんとめぐちゃんとやってたけどオンラインになってなかったよ。」
「違うやつでやってたんだよ」
「そういえばゲームしてる時ずっと凪の話してた気がする。2人とも。結構花帆ちゃんもさやかちゃんも最近は凪の話ばっかかも……」
「そうなんだ、一体なんの話をしてたんだろうね。悪い話じゃなければいいのだけれど」
僕は努めて取り繕って答えた。最も上手く出来ていたかは定かではないけれど。
「凪は隠すのが下手だね〜、分かりやすかったよ。何でもいいよ。ルリに話してみ?」
彼女のまっすぐな瞳が僕の心を少しずつ温めていった。僕の抱いていた僅かな違和感ごと溶かされていく感じがした。
僕は全てを彼女に話すことにした。内容もきっとめちゃくちゃだったかもしれない。けれど彼女は最後まで相槌を打ちながら聞いてくれた。
「大変だったね」
ぎゅっと抱きしめられる。彼女の柔らかな感触の身体が、お日様のような温かさが僕に伝わる。
「ルリの部屋に来る……?きっと君の部屋よりは安全だよ」
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すっかり慣れてしまった彼女の部屋の匂いで目を覚ます。
すると彼女がじっと僕を見つめていた事がわかった。
さっきまでの汗と焦りと不安もどこかに引いていた。
「ね?焦らずゆっくりといこ〜」
ゆっくりと細くしなやかな腕が僕のお腹辺りを包み込む。
遭難してた時に火を見つけたような安心感があった。
瑠璃乃は僕の全てを受け入れてくれた。苛立ち、不安、焦り。
身体を重ねたことも一度ではない。
文字通り、彼女は僕の全てを知っている。知っている上で隣に居てくれる。
その事が僕にとっては何事にも変え難い存在だった。
彼女と言葉を交わす度、笑顔を見る度に僕の中に入り込んでくる様な気配があった。
どんどんと染み込んでいって僕の一部になっていく。
恐怖でもあり、快感でもあった。
「ごめん、ありがとう。」
「うんうん、全然!君のためならルリ、何でもするよ」
ぐっと僕を包む腕の力が強くなる。
その姿は旅立ちを拒む鳥の様だった。この狭い世界で僕も彼女も満足をしていた。
けれどいつまででも彼女に甘えている訳には行かない。
僕は僕の足で歩かなければならない。
「ねえ、瑠璃乃。僕そろそろ皆に会ってみようと思うんだ。話せばわかってくれるかもしれない。ずっと逃げてる訳には行かないよ」
瑠璃乃にそう告げる。
彼女は酷く無表情だった。まるで感情という概念がこの世界から取り除かれてしまったみたいに。
「や、辞めといた方がいいとルリ思う。また凪が疲れちゃう、もしかしたら危険な目に会うかもしれない、まだもうちょっと休んでていいんだよ」
「けれど、そろそろ一人で立たないと。」
ブルッと短く音が鳴る。急かす訳でもなくかと言って、待たせてくれる訳でもなくその空間に自然に差し込んで行った。
どうやらスクールアイドル部の全体のチャットに来たようだった。
僕はそれを確認しようとして、視線を落とした瞬間、その隙を彼女は見逃さず次に目を開いた時には僕の手にはあったはずの重さだけが残されていた。
「……来てたね」
瑠璃乃は、画面を見ずにそう言った。
まるで中身を最初から知っていたかのような口ぶりだった。
「返事、しなくていいよ」
声はやさしい。いつもと同じ調子だ。
けれど、そのやさしさは毛布のようで、同時に逃げ道を塞ぐ膜のようでもあった。
僕は身体を起こし、彼女の手から携帯を取ろうとした。
しかし彼女は抵抗するでもなく、ただすっと距離を詰めてくる。
「ねえ凪。君が皆に会いに行ったらさ」
囁くような声だった。あるいは縋り付く様な
「きっとまた、同じ顔になるよ。今よりずっと、疲れた顔」
言い返そうとして、言葉が見つからなかった。
否定できない自分が、確かにそこにいた。
「ルリはね、凪が壊れちゃうのが一番イヤ」
彼女はようやく、こちらを見た。
感情のない表情の奥で、何かが静かに揺れている。
「だから守ってるだけ。凪が何も考えなくていい場所を」
その言葉は、救いにも檻にもなり得た。
「ただ凪は今ルリと休憩をしているだけ。ここから何時でも出ていける。閉じ込めるなんてしたくないもん。でも出ていくのは今じゃないよ」
その言葉は、はっきりとした形を持たないまま、いくつもの性質を同時に帯びていた。
脅迫のようでもあり、誰かに向けた控えめなお願いのようでもあり、そして深い場所で必死にしがみつこうとする手の感触にも似ていた。
彼女の手がゆっくりと僕に伸びてくる。
「皆は凪を不幸にした。ルリは凪を不幸にしたかな?まだどっちも時間が必要なんだよ。」
彼女の手が頬に触れる。温かさと冷たさを感じる手。
そして僕の顔を這うように動いた。
「君が安心出来るまで、ルリの部屋で休んでていいよ。ここなら安全だよ。ルリと凪の二人しかいないもん。危ないものはないよ。君がいい様にルリを使ってよ」
小話
〜その後〜
気づけば、僕は外に出なくなっていた。彼女の部屋で殆どを過ごしている。
理由は簡単で、出る必要がなかったからだ。
朝になれば、彼女が朝食を用意してくれる。
昼にはメッセージが届き、返さなければ心配と不安と詰問が重なる。
夜には「おかえり」と言う声が、必ずある。
僕の中心にいるのは瑠璃乃だった。
「今日は誰とも話してない?」
彼女は責めるでもなく、確認するように聞く。
僕が首を振ると、安心したように微笑んだ。
「よかった……凪が疲れちゃうもんね」
彼女の手が、僕の指を絡め取る。
逃がさない、というより——離れないための形だった。
「皆、凪のこと好きすぎるんだよ。だから、凪が壊れちゃいそうで……」
「……瑠璃乃も、でしょ?」
そう言うと、彼女は一瞬だけ言葉に詰まった。
でもすぐに、ゆっくり頷く。
「うん。私も」
その正直さが、胸に刺さる。
拒む理由を、ひとつずつ削っていくみたいに。
ゆっくりと刃物は僕の芯に近づいていく。
「でもね」
彼女は額を僕の肩に押し付けた。
「凪がいなくなったら、ルリすぐバッテリー切れて何も出来なくなる」
震えた声。
それは脅しじゃない。ただの事実の告白だった。
「だから、凪も……私がいなくなったら、困るでしょ?」
困る。
確かに、困る。
一人で外に出て、誰とどう距離を取ればいいのか分からない。
誰の言葉を信じて、誰を拒めばいいのか、もう判断できない。
「……困るよ」
そう答えた瞬間、彼女の体から力が抜けた。
「よかった」
安堵の息と一緒に、彼女は笑った。
「じゃあ、これで一緒だね」
一緒。
その言葉が、救いにも鎖にもなる。
スマホが震える。
未読の通知が、また増えている。
ルリはそれを見て、僕の手から端末をそっと取り上げた。
「今日は休もう」
そう言って、電源を落とす。そして、目を優しく隠す。
「凪は疲れてる。私がいるから、大丈夫」
彼女の存在が、僕の代わりに世界を遮断する。
ありがたいと思ってしまう自分が、もう否定できなかった。
僕は彼女の髪に顔を埋める。
彼女は僕の背中を撫でる。
どちらが先に縋ったのかは、もう分からない。
ただ一つ分かるのは——
この温度を失うことが、外の世界よりずっと怖くなっているということだけだった。
縛りたくはないの、だだ今はこの狭い部屋の中で飛んでる姿を見せて?大丈夫、皆が元に戻るまでだから。それが君も私も皆もシアワセでしょ?という主人公を守ってくれる優しい優しい大沢瑠璃乃の話でした。
いつでも出ていいよ、皆が元に戻ったら(出すとは言ってない)。
セラスちゃんと泉ちゃんは気分次第で。なのでこれにて一旦蓮ノ空依存日誌完結!皆蓮ノ空でヤンデレを書こう!