令和のガンマン   作:星乃 望夢

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第8話 藤木戸紅茶館

 

 大宮の地下深く、喧騒から切り離された場所にその店はある。

 

 重厚な扉を開くと、カランコロンと軽やかなベルの音が静寂を破った。

 

『藤木戸紅茶館』。

 

 それがこの店の屋号だ。

 

「やあノワール。みんなお揃いだよ」

 

 カウンターの中から声を掛けてきたのは、店の主である藤木戸(ふじきど) 喜咲(きさき)。

 

 漆黒のタキシードをパリッと着こなし、ショートに切り揃えた髪を流したその姿は、宝塚の男役も裸足で逃げ出すほどの麗人ぶりだ。

 

 一見すれば誰もが眉目秀麗な美青年と見紛うだろうが、彼女は正真正銘の女だ。

 

 その甘いマスクと紳士的な振る舞いで、昼間は有閑マダムや貴婦人方を相手に茶を振る舞い、優雅な会話で心を解きほぐして情報を集める。

 

 そして夜になれば、こうして昼とは違う客層相手に、静かに場所と情報を提供するのが彼女の生業だ。

 

 カウンター席を見れば、既に先客が二人。

 

 一人は昼間にハンバーガーを山ほど平らげた大尉。

 

 そしてもう一人は、この辺りの裏社会を統べる天狼城(あまらぎ) 藍(あい)。

 

 裏と表の怪物が並ぶその真ん中、意味深に空けられた席に俺は腰を下ろした。

 

「今日はカモミールで頼む」

 

「カモミールね。お安い御用さ」

 

 藤木戸は流れるような手つきでポットとカップを用意し始める。

 

 俺の店──イザベルの店が、警察官や表の政治家の先生方が羽を休める秘密基地だとするならば、ここ藤木戸の店は、警察ご法度である裏社会の人間たちの寄り合い所だ。

 

 ヤクザなんていう軽い言葉じゃ括れない。

 

 極道者たちの会合や、海外マフィアの密談、あるいは表ではクリーンな顔をした政治家の先生方が、泥に塗れた闇の相談をする場所として使われている。

 

 本来ならば、一応は警察組織に属する俺のような人間が足を踏み入れられる場所ではない。

 

 それでも俺がこのカウンターに座れるのは、ひとえに隣に座る天狼城や大尉、そして藤木戸との腐れ縁と付き合いの長さがあるからだ。

 

 それに、俺の店にも政治家は来る。

 

 表も裏も、結局のところ求めているのは「信用」だ。

 

 口の堅さってやつは、裏社会で生き残る為の必須スキルであり、最強の防具でもある。

 

 それを理解しているからこそ、俺たちはここでこうして、同じ釜の茶を啜れるというわけだ。

 

「さて、と」

 

 出されたカモミールの香りで肺を満たし、俺は左右の怪物たちを見やる。

 

「始めようか。俺の安眠を妨害する不届き者への、お礼参りの相談を」

 

「まずは水漏れの件だがね」

 

 カモミールの湯気を楽しみながら、大尉が口を開く。

 

 結論から言えば、水漏れ──つまり俺の店を襲った連中が持っていたRPG等の出所は、大尉の組織からの横流しではなかった。

 

 商売敵がシマを広げようと、日本の裏社会に安価な武器をばら撒いて営業をかけているというだけの話だ。

 

「……というわけで、少々行儀の悪い同業者には、私からキツいお仕置きをしておこうと思うのだよ」

 

「好きにしな。そっちはアンタの管轄だ」

 

 鉄火場の闘争という彼女のお楽しみを邪魔する趣味はない。

 

 大尉に丸投げしておけば、その商売敵とやらはこの世から消滅するか、あるいは彼女のコレクションの一部になるかだ。どちらにせよ、俺の手を煩わせる必要はない。

 

「次はこっちだ」

 

 天狼城が革の鞄をカウンターに置く。

 

 中身を確認するまでもない、今回の件の落とし前だ。

 

「被害総額の回収は完了した。店の修繕費、割れた酒の弁償代、そしてお前への慰謝料。残りは実働部隊として動いたウチへの報償として折半させてもらう」

 

「仕事が早くて助かるぜ」

 

「あの馬鹿共の一族郎党がどうなったかは、聞きたいか?」

 

「俺の知ったこっちゃねぇよ」

 

 その辺りも天狼城に丸投げだ。

 

 資産を凍結されようが、海外へ売り飛ばされようが、魚の餌になろうが、因果応報だ。

 

 一応、それだけの金額と「誠意」を見せれば、店の常連である政治家の先生方の鬱憤晴らしにもなっただろう。

 

 ──まったく、松永の奴が居る前じゃ出来ない相談だ。

 

 武器の密輸に製造、そして人身売買のオンパレード。

 

 必要悪というのは認められるべきだが、根本的に「悪」そのものを生理的に赦せないあの難儀な警視総監様の前では、口が裂けても言えない処理方法だ。

 

 奴は光、俺は影。

 

 あいつが照らせない場所の掃除をするのが、裏の元締め代行としての俺の仕事だ。

 

 武器の流通ルートを潰し、被害金を回収し、落とし前をつけさせる。

 

 これで手打ちは済んだ。

 

 今夜も「世はすべて事も無し」と、カモミールを飲み干して帰路につくのが理想的なんだが──。

 

「ククク……フフフフ……」

 

 隣で大尉が、喉の奥から湧き上がるような笑い声を漏らし始めた。

 

 その愉悦に歪んだ表情を見れば、どうやらそう平穏無事には終わらないらしいと、俺は小さく溜息を吐いた。

 

「何人伏せてる?」

 

 俺の問いに、大尉はカップに残った紅茶を飲み干し、愉悦に満ちた笑みを浮かべて答えた。

 

「一個中隊、といったところだがね。どうやら連中は、我々と火遊びがしたいようだ」

 

 最後の大隊が、一個中隊だと?

 

 冗談じゃない。藤木戸の店ごと、この地下街が種子島辺りまで吹き飛びかねない火力だ。

 

 俺の店が警察官、特に松永の部下たちの憩いの場であり屯所であるように、藤木戸の店は用心棒を兼ねて天狼城の組員や、大尉の部下たちが入り浸っている。

 

 そして何より、ここは極道、海外マフィア、そして政治家の先生方が暗い秘密を共有する秘密基地だ。

 

 そんな場所に鉛玉をプレゼントしようとするなど、正気の沙汰じゃない。

 

 俺の店をめちゃくちゃにした時の比ではない。物理的に首が飛ぶどころか、一族郎党根絶やしにされた上で歴史から抹消されても文句は言えないレベルの暴挙だ。

 

 一体どこの馬鹿が、これほど巨大な地雷原でタップダンスを踊ろうとしているのか。

 

「さぁ、闘争の始まりといこうじゃないか」

 

 大尉がそう宣言すると同時だった。

 

 店の重厚な扉が僅かに開き、何かが床を転がってくる音がした。

 

 カラン、カラン、シュゥゥゥゥゥ────。

 

 転がってきた金属缶から、瞬く間に白煙が噴き出し、視界を奪っていく。

 

カモミールの香りは一瞬で消え、代わりに鼻を突く化学薬品の臭いが満ち始めた。 俺は愛用のマテバの重みを確認し、帽子の目深さを整える。

 

平和な紅茶の時間は、たった今の銃声なき「宣戦布告」によって終焉を迎えた。

 

缶が床を転がる乾いた音が響いた瞬間、俺と天狼城は示し合わせたように藤木戸の立つカウンターの内側へと飛び込んだ。

 

 同時に、椅子に座っていた大尉が歓喜に歪んだ笑みを浮かべながら、愛銃であるMG42──通称「ヒトラーの電動ノコギリ」を構えるのが見えた。

 

 あれなら催涙ガスだろうが睡眠ガスだろうが、あるいは致死性の毒ガスであろうがお構いなしだ。ガスマスクもつけず、ただ肉片を撒き散らす祝祭の予感に打ち震えながら、その忌まわしき機関銃の引き金を引くのだろう。

 

 バンッ!と扉が乱暴に蹴破られた。

 

 だが、突入してきた連中が中を確認する暇などありはしない。

 

 間髪入れず、大尉による暴虐的な制圧射撃が開始された。

 

 布を引き裂くような独特の発射音が店内に轟く。

 

 毎分1200発を超える速度で吐き出される鉛の嵐。

 

 おそらく最前列にいた不運な連中は、何が起きたのかを理解する前に、蜂の巣どころか穴だらけのチーズへと加工され、肉塊となって後続の足止めになったに違いない。

 

 俺の店には、対戦車ライフルをぶっ放すアリスや、化け物じみた拳銃を振り回す伊手蔵といった規格外の常連がいるが、今日のこの店には機関銃を持ち歩く戦闘狂の大尉が居た。

 

 それが連中の最大の不幸だ。

 

 おそらく連中は、地下にあるこの店を、逃げ場のない「袋のネズミ」だと判断して舌なめずりでもしていたのだろう。

 

 だが、現実は逆だ。

 

 この店へ通じる地下通路の出入り口は、既に物理的に大尉の部下たち──最後の大隊によって封鎖されているはずだ。

 

 つまり、自ら退路を断たれた袋小路へ飛び込んだのは、連中の方だったというわけだ。

 

 まったく、ここがどんな店だか知らずに突入してくるとは、命知らずにも程がある。

 

 俺の店の時もそうだったが、連中は裏社会で武器を調達できる程度のコネはあるようだが、肝心の情報収集能力はお粗末極まりないらしい。

 

 ウチの店や、この藤木戸の店に鉛玉をぶち込むことがどういう意味を持つのか。

 

 それを知らないというのは、自分は裏社会のルールも知らないモグリですと、声高らかに喧伝しているのと同じだ。

 

 無知は罪、そして裏社会においてその罪は、死で贖うしかない。

 

 MG42の銃身交換のためか、一瞬だけ射撃音が途切れた。

 

「んで? やっちまっていいのかよ?」

 

 隣で天狼城が、自身の獲物であるAmerican-180を構えながらニヤリと笑いかけてくる。

 

 22口径弾を毎分1200発以上ばら撒く、これまた凶悪なサブマシンガンだ。見た目は古臭いが、その弾幕は防弾ベスト上からでも撃ち抜ける銃だ。

 

「私の店をめちゃくちゃにした慰謝料分は、命を残しておいて欲しいかな」

 

 そう涼しい顔で答える藤木戸の手には、M1ガーランドが握られている。

 

 第二次大戦の名銃。クリップが飛び出す独特の金属音が聞こえてきそうだ。

 

 ……普通の銃を持っている奴が、一人もいねぇ。

 

 大尉のMGの音が完全に止んだ瞬間、天狼城がカウンターの外へと身を躍り出させた。

 

 それをカバーするように、藤木戸がカウンターの中から正確無比な構えで銃口を向ける。

 

 カモミールの香りが硝煙の匂いに塗り替えられていく中で、俺はゆっくりとマテバの感触を確かめるようにホルスターに手を添えつつ、苦笑した。

 

 どうやら、俺が出る幕はなさそうだな。

 

 藤木戸紅茶館へと至る、地下通路。

 

 地上の階段から降りてすぐ、左右に小洒落た店が並ぶその空間は、本来なら隠れ家的な地下街として静寂が約束された場所だ。

 

 だが、その10メートルほどの直線は今、完璧な「死の回廊」へと変貌していた。

 

 先頭を切って飛び込んできた数名の運命は、一瞬で決した。

 

 大尉が放ったMG42の暴虐的な弾幕。

 

 毎分1200発の鉛の嵐を真正面から浴びせられれば、人間など肉の袋に過ぎない。

 

 彼らは悲鳴を上げる暇もなく、見るも無惨な肉塊と化して石畳に崩れ落ちた。

 

 後続の連中が慌てて左右に散開し、通路に置かれた看板や観葉植物の陰に身を隠そうとするのが見えた。

 

 だが、そんなものは気休めにもならない。

 

 薄っぺらい木製の看板やプラスチックの装飾如き、7.92ミリ弾の前では紙切れ同然だ。

 

 MGの銃口が僅かに薙ぎ払われるだけで、遮蔽物ごと粉砕され、隠れたつもりでいた連中の身体が次々と吹き飛ばされていく。

 

 逃げ場など、最初からどこにもなかったのだ。

 

 地上への唯一の脱出口である階段は、物理的に──おそらくは大尉の部下である「最後の大隊」の重装甲車両か何かで──塞がれているだろう。

 

 かといって、左右に並ぶ他の店に逃げ込めるわけでもない。

 

 この地下街に軒を連ねる全ての店は、天狼城の息が掛かっている。

 

 助けを求めて飛び込んだとしても、そこで待っているのは別の地獄だ。

 

 ふいに、轟音が止んだ。

 

 MG42の過熱した銃身を交換するための、ほんの僅かな空白。

 

 生き残った連中が、それを反撃の好機と勘違いして顔を上げた瞬間──。

 

 今度は、電動ノコギリとはまた違う、蜂の大群が羽音を立てるような甲高い発射音が回廊を支配した。

 

 天狼城が構えるAmerican‐180だ。

 

 22口径という小口径弾ながら、MG42に匹敵する発射速度で弾丸をばら撒くそのサブマシンガンは、残存兵力を文字通り「掃除」していった。

 

 重機関銃とサブマシンガン、二つの暴力的な弾幕が交互に、あるいは同時に襲いかかる袋小路。

 

 ウチの店が襲撃された時よりも遥かに早く、そして一方的に、その虐殺劇は幕を閉じた。

 

 静寂が戻った通路には、硝煙と鉄錆びた血の匂いが充満している。

 

 うめき声を上げているのは、運良く──あるいは運悪く──即死を免れた数名だけだ。

 

 彼らに対しては、これより大尉による徹底的な「軍隊式」尋問と、天狼城による仁義なき「ヤクザ式」尋問のフルコースが振る舞われることになるだろう。

 

 命乞いが通じる相手ではないし、俺が口を挟む義理もない。あとは向こうに任せておけばいい。

 

「……掃除代が高くつきそうだね」

 

 木っ端微塵になった出入り口の残骸を眺めながら、藤木戸が肩をすくめる。

 

 被害と言えばその程度で、店の中身は無傷だ。

 

「ダージリンを頼む。少し、喉が渇いた」

 

 俺はMG42の銃身交換を終えて満足げに笑う大尉と、獲物の硝煙を吹き飛ばす天狼城を横目に、藤木戸へそう注文して深く息を吐き出した。

 

 

 

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