★あらすじ
 虚月館殺人事件の後日。その事件に“容姿として”関わったサーヴァントは、管制室の記録媒体で具体的に何があったのか閲覧した。
 今回はその中でも、湖の騎士ランスロットと女神エウリュアレが主役となるお話である。

★注意点
 虚月館のメンツとストーリーを覚えていないと、うまく楽しめないと思います。
 マシュのお父さんいじりネタなど、やや古い(人によっては嫌に感じる)ネタがあります。
 セイバーのランスロットが、いたずら好きなエウリュアレによって憂き目に遭います。

★執筆時期:2018/05/27(たぶん)
 USBメモリの中に眠っていた書き物を偶然発掘したので改稿して載せときます。
 十中八九、虚月館殺人事件を読了した後、衝動的に書いて放置していたものです。(つまり今更が過ぎる二次創作の小話をお楽しみあれ)

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女神と騎士

 時刻は正午。大勢のサーヴァントが食堂に赴く昼餉(ひるげ)の時間。

 カルデアの廊下を歩くエウリュアレとステンノは、瓜二つの外見をしているが、その表情を異ならせていた。エウリュアレは思案に耽り俯き、ステンノは優雅に泰然と歩いている。

 

「……ねぇ、エウリュアレ(わたし)。どうしたの? むつかしい顔をして」

「……いいえ、ステンノ(わたし)。ちょっと、面白い遊びを思いついちゃって」

 

 エウリュアレは意地悪な流し目を送る。

 すると彼女たちの前方に、白い甲冑に身を包んだ湖の騎士ランスロットが歩いてきた。

 

「……もしかして、エウリュアレ(わたし)

「……えぇ、そうよ。ステンノ(わたし)。だから、ちょっと別行動を取りましょう?」

 

 示し合わせた顔をした、ふたりの女神。

 ステンノはエウリュアレの考えを見抜いて(きびす)を返す。

 かたやエウリュアレは廊下を小走りして、白い騎士のマントの裾を掴み取った。

 

「……む?」

 

 ちょんちょん、と。後ろに引っ張られる力を感じたランスロットは振り返る。

 

「……どうしたのかな? 可憐な女神よ」

「えっと……貴方、ランスロットって言うのよね? ちょっと女神様のお遊びに付き合ってほしいのだけれど」

「……遊び。それも女神の戯れとは、あまりよい予感はしないが……少女の頼みであれば、まずは話を聞こうか」

「うふふ。そんなに難しいことじゃないわ。なんたって、これから貴方には────」

 

 流し目の微笑みを浮かべ、女神は一拍の間を置き、遊びの内容を告白する。

 

「これから、私と夫婦になってもらうんだから!」

「────は?」

 

 目が点になるランスロットは口をあんぐりと開けて硬直。

 

「だから、私と貴方は、今日から夫婦ね? おしどり夫婦がいい? それとも破局寸前の痴話喧嘩夫婦? あ、おままごとみたいだとか思わないでよね。実際そうだし、一度やってみたかったのよ」

「……………………ま、待て……話が見えない……まさか貴女は、私に、そのおままごとの遊びに付き合えと言っているのか?」

「そうよ。同じことを二回も言わせないでよね。────ダーリン?」

「ダーリン!?」

 

 ランスロットは脊髄反射で、一歩二歩と足を引く。身の危険を感じたのだろう。

 

「ちょっと。そんなに逃げることないじゃないのよ。少し失礼じゃない?」

「い、いや、待ってくれ。本当に待ってくれ。……まず、だな。なぜ、私はそれに付き合わねばならないんだ?」

 

「私が女神だから」

「至極当然のような顔で言われてもだな!? ……いや、第一、私はサーヴァントだ。そのような戯れに興じてよい身ではないし、そうするつもりもない。悪いが、ほかを当たってくれ。おそらく最近マスターの身に起きた出来事から思い付いたのだろうが……さすがに……」

 

 断固とした意志で拒否を示すランスロット。

 かたやエウリュアレはため息をついていた。

 

「はぁ……お堅いんだから。ちぇっ、つまんないの。そんなに嫌なら好きにすればいいわ」

「申し訳ない」

 

 目を伏せたランスロットは、最後まで乙女を相手に騎士としての礼節を忘れず、礼を取って背中を見せる。

 しかしエウリュアレは、口ではああは言っても、まったく諦めてはいなかった。────両手に宝具の弓矢を番える。瞬間、ランスロットは足を止め、ゆっくりと目を見開き、背中で語った。

 

「……どういうつもりだ、アーチャー。さすがに少女の遊びといえど、宝具(それ)を人に向けるのは関心しない。まさか脅迫(おどし)のつもりか」

「うふふ。そうね。でも言うこと聞いてくれない貴方が悪いのよ? それに、これは交渉と言ってもらいたいわ。もし私の宝具に魅了されて醜態を晒してもいいなら、そのまま歩き出せばいい。それが嫌なら、私の返事に『はい』と答えなさい」

 

 横暴なエウリュアレの台詞に、ランスロットは深いため息をつく。

 

「私が反撃するという考えはないのか?」

「それなら、こ~んな無垢で純真で可愛らしい少女を斬った不届き者の騎士として、貴方が悪く言われるだけよ? それは私も心苦しいから、できれば射ちたくはないのだけれど……」

 

 そう言いながらもエウリュアレは、愛の弓矢を引き絞る。

 究極の選択を迫られるランスロット。確かに彼の技量ならエウリュアレの宝具を躱し、返す刀で彼女を無力化できるだろう。傷一つなく、怪我をさせることもなく、痛みも与えず、制圧し、戦闘を中止できる。だが、カルデアの廊下に放たれるアーチャーの宝具はどうにもできない。相性が悪いことに、エウリュアレの宝具は掠っても当たってしまえば魅了される宝具。躱せば廊下に着弾して爆発。博打として斬り止める選択肢もあるが、やはり純粋な魔力の爆発はそれだけで周囲に被害が及ぶ。

 

 ────ここで事を荒立てるのは得策ではない。なにより少女に剣を向けることはできない。さらに同じマスターを持つ仲間でもあるのだから、それが身勝手に争うなど言語道断。

 そう考えたランスロットは渋々と振り返った。

 

「まったく。そもそも貴女は、なぜこんなことをする? そこまでしたい遊びなのか、それは」

 

 しかしランスロットは女神の遊びに付き合うとは言わなかった。どうやら遠まわしに話を伺い、説得することにしたようだ。

 

「そうね……理由は、まぁ色々とあるわ。一つは、ただの気まぐれ。一つは、みんなの反応が見たいから。一つは……マシュの反応が気になるからかしら?」

「鬼かね貴女は!?」

 

 わざとらしく最後の理由を教えたエウリュアレは、面白そうに弓を構える。

 

「それで、どうするのかしら」

 

 女神の意志も堅かった。否、それは意地と言おうか。あるいは、女神にとって、これは意地でもなんでもなく、当然の要求なのかもしれない。

 ランスロットは苦悩する。面倒なことに巻き込まれたと思案する。だがそれよりも、いかにこの面倒事を穏便に済ませるかを模索する。

 ……だが、そんな彼の苦慮も、次のエウリュアレの寂し顔で打ち砕かれた。

 

「それとも……私じゃ不服かしら?」

「……なに? いや、たしかにあと十歳ほど歳を────あぁいや、そういう話ではなくてだな!」

 

 いま自分は何を口走ろうとしたのかと、ランスロットは口に手を当てる。

 

「……オホン。年若いレディよ。貴女は可憐だが、火遊びはいけない。そういった嘘はついてまわり、いつか不幸を呼び込んでしまう。すまないが、私は付き合えない。女神の精神性は理解しがたいが、私の説得が通じることを切より願う」

 

 跪き、胸に手を当て、ランスロットは誠心誠意、謝意を表す。

 対するエウリュアレは、つまらなさそうに弓矢をしまった。

 

「強情ね……真面目すぎる男はつまらないって、よく言われない?」

「さて……よく言われたことはないが……淑女にそう思われているのは、事実かもしれない」

「そ。判ったわ。ごめんなさいね。もうやめにする」

「あぁ、そうしてくれるとありがたい」

「えぇ────貴方からの承諾を得るのは、ね?」

 

 ふと、エウリュアレは含みを持たせた言い方をする。

 その言外の意味を遅まきに察したランスロットは、次に狼狽えた。

 

「えいっ!」

「な、なにぃっ────!?」

 

 少女の前に跪いていたランスロット。それでちょうど、彼らの身長は同じくらいになっていた。

 するとエウリュアレは、突然ランスロットの体に飛びついて、彼の首に両手を回す。思わずランスロットは、バランスを取るためエウリュアレの体を受け止めてしまい、少女の腰に両手を回してしまった。

 

「ダーリン大好きー!」

「な、なんっ────?!」

 

 結果的に抱き合うような形になってしまった両者。

 そこに運悪く、あるいは示し合わせたかのように、二騎のサーヴァントが通り掛かった。

 

「あら────」

 

 厳格な騎士と可憐な少女が抱き合い、ダーリンと言っていた光景を目撃して、わざとらしく口に手を当てるステンノ。

 

「ニャニャ────!」

 

 抱き合う少女と騎士という不埒な現場を目撃して、大スクープのネタを見つけたと言わんばかりに目を輝かせてよだれを垂らすジャガーマン。

 

「はっ────!」

 

 ここでランスロットは、しまった、と。全ての奸計を悟ったことだろう。

 

「……だ、大丈夫。絶対に、誰にも言わないから。絶対に……絶対にぃ~……」

 

 ランスロットと目があったジャガーマンは、ジリジリと後退りながら“誰にも言わない”と約束する。だがその顔には正直に、“誰かに言いたい”という文字が書かれていた。

 

「ま、待て、豹の戦士! 少し話を────!」

「大丈夫だぜ色男! 絶対に誰にも言わないからにゃああ────!」

「そう言いながら全力ダッシュで行くやつがあるかぁああああああ!!」

 

 ランスロットの雄叫びがカルデアの廊下にこだまする。

 しかして遁走を完了したジャガーマン。これでカルデアの明日は、此度(こたび)の事件で持ち切りとなるだろう。

 

「……や、やってくれたな、アーチャー……アサシン……」

「うふふ。これから楽しみね? さて、貴方は普段通りにしてくれていいわ。ただし私は常に貴方のそばにいて、ダーリン? って、可愛く言うだけだから」

「それがとても迷惑なのだがっ!? ……あぁ、これは、どうすればよいのだ……。──そうだ! すぐマスターに相談して、全サーヴァントの誤解を解けばいいのか……!」

 

 この時点で“全サーヴァントによからぬ噂が知れ渡っている”と推理するランスロットは正しい。何故なら神速の豹を舐めてはいけないことを、このカルデアにいる者は皆、重々承知しているからだ。

 

「……よし、そうと決まれば。マイルームはすぐそこ。今すぐマスターに助けを乞わねば!」

「えぇ、そうね。ダーリン?」

 

 踵を返してランスロットは廊下を歩き出す。

 その傍らにはエウリュアレがついていて、騎士の腕に手を回していた。

 

「は、離れてくれないか……」

「乱暴に振り払うならいいわよ?」

 

 無論、そんなことは騎士として出来ない。ランスロットは疾くマイルームへ向かう。その道中、誰ともすれ違わないことを祈って、彼は先を急ぐ。

 

「……おっ!」

 

 しかし、廊下でばったりと。彼はアイルランドの光の御子と出会ってしまった。

 

「……まじか。あの豹の言っていたことは本当だったのか……」

「────っ! お、お待ちください! こ、これは、誤解というもので────!」

「お~。お熱いねぇ。腕に手を回してよぉ。まっ気にすんな。もし誰にも知られたくないってんなら、オレは黙っといてやるからよ!」

「ち、ちが────! あ、アイルランドの光の御子よ! 話を……!」

 

 ふらふらと手を挙げて、青い槍兵はクールにその場を去っていく。

 

「……くっ……」

 

 伸ばした手を握り締めるランスロット。その顔は苦渋に満ちていた。

 

『……ふふっ』

 

 ふと、女神のこらえきれなかった失笑が、ランスロットの傍らと背後からこぼれる。

 それは言わずもがなエウリュアレと、影から見守っていたステンノの嘲笑である。

 

「……大丈夫だ。落ち着け。これはただ、子供のタチの悪いイタズラに巻き込まれただけだと思えばいい……」

「あら、子供って失礼ね。私のこと女として見れないのかしら? ……まぁ、それも当然か。なんたって私は、綺麗で可愛い、守られる少女なのだもの」

 

 廊下を進み始める騎士と少女。目と鼻の先のマイルームまで、あと少し。

 

「……あ。サー・ランスロット……」

「が、ガウェイン卿!?」

 

 ────まさか、ここで円卓の騎士とまみえてしまうとは。

 蒼白の貌となったランスロットは、ガウェインからどういう目を向けられてしまうのか気になってしまい、先手を打ち損じてしまう。

 

「……サー・ランスロット。貴方とは色々ありましたが、それでも決して、そのようなところまで落ちる人ではなかった。ゆえに、私には解っています」

「……! な、なんと、ガウェイン卿……まさか、判ってくれるのか!」

 

「えぇ……もちろんです。────人の趣向は、人それぞれですから」

「────────え?」

「私は大きい方が好みですが、えぇ。貴方は小さい方が好みときた。そこには大きな違いがありますが……まぁ、妻は年下を選ぶという点は一致していますので、そういうことで」

「何がそういうことで!? ま、待て、ガウェイン卿! まさか卿はわざとやっては────!」

「いいえ。私は真剣です。かつて私は貴方を許せなかった。ゆえに、今度は許しましょう。……じゃ、そういうことで」

「だから何がそういうことなんだ!? ガウェイン卿! 待ってくれ、ガウェイン卿ぉおお!!」

 

 会釈してその場を去っていく太陽の騎士。

 今度こそランスロットは、もはや猶予はないとして、マイルームへ足早に急ぐ。

 

「ちょっと、そんなに早く歩かないでよ。転んじゃうじゃない。女性のエスコートさえできないとか、もしかして騎士失格なんじゃない?」

「お許しを、女神。しかし、今は急いでいるのです。……主に貴女のせいで」

 

 して、これ以上誰ともすれ違うことなくマイルームに到着したランスロットは、自動的に開閉される扉の動作を待たず、先走って声を上げる。

 

「マスター! 緊急事態です! お手を煩わせることを申し訳なく思いますが、どうか……!」

 

 ウィーン、と開かれる両扉。

 しかし室内はもぬけの殻だった。

 

「……な、なん、だと……」

 

 誰もいない。マスターがマイルームにいない。つまりこれはどういうことだと、ランスロットは先の長い戦いとなることを察してしまい、わずかに思考を停止させてしまう。しかし、すぐ狼狽から立ち直ったランスロットは、ふと時計に目をやった。

 

「時刻は正午過ぎ……そうか、食堂!」

「あらやだ。そろそろ終わりが近そうね」

 

 エウリュアレを転ばせないよう無理のない動作で迅速に振り返り、ランスロットは背筋をピンと立てた歩法で疾く食堂に向かう。すたすた、すたすた、と廊下を歩く。

 すると前方から、黒ヒゲを生やした大男と、眼鏡を掛けてフードを深く被った女性が現れた。

 

「……むっ? ──おっ! ロリコン騎士を発見ですぞぅ!」

「────ッッ!?」

 

 あまりにも複雑な感情が織り交ぜられた相貌で、ランスロットは硬直する。

 その表情を読み取った女性は、さりげなくフォローを入れようとした。しかし陰キャのフォローはフォローにならない。

 

「ちょ、ちょっとくろひー。その言い方は……確かに、間違ってはないかもしれないけど……」

「…………」

 

 もはや色々と諦めそうになるランスロット。しかし、ここで諦めれば、その発言が真実のものとなってしまうことに気付いて、彼は奮起する。

 

「……そこの海賊。そしてレディ。今の私が彼女と仲睦まじいように歩いているように見えるのは深い訳があるのです。いえ、思えば結構かなり浅い訳があるのです。つまり誤解というもので……私は決して、そのような不埒ものではございませんので……」

 

 ライダーとアサシンのサーヴァントを相手に弁解するランスロット。

 その時、廊下の奥からランドセルを背負った銀髪の少女と、赤い弓兵の少女が歩いてきた。

 

「……あっ」

「おっと」

 

 少女ふたりはランスロットの顔を見た途端、遠くでひそひそと話を始める。

 

「じゃ、ジャガーマンさんが言っていたことって、ほんとだったんだね? クロ……」

「そうね。あれって援助交際ってやつよ、援交。まさか騎士があんなことするなんてね……」

「で、でも、本物の愛の上での恋かもしれないでしょ!? そんなこと言ったら悪いよ……」

「だったらただのロリコン騎士ね。気をつけなさいイリヤ。あなたも狙われるかもよ?」

「ふぇ!?」

 

 ……サーヴァントの聴力であれば、たかが数十メートル先の話し声など全て聞き取れてしまう。ゆえにランスロットは震える両腕を握り締め、この屈辱に耐えていた。

 

「……失礼。私は先に急いでおりますので……」

『あ、逃げた』

 

 弁解よりもマスターを見つけた方が手っ取り早いとして、ランスロットは先を急ぎ、ひそひそと話を続ける少女ふたりの横を通り過ぎる。

 そこでエウリュアレが行動に出た。

 

「ねぇ、ダーリン! これから食堂で何を食べようかしら? ひとつのジュースと一本のストローでハートでも作っちゃう?」

「なっ────!」

 

 くすくす……と銀髪の魔法少女が微笑む。彼女にとってはお似合いのカップルを見て微笑ましく見えただけなのだろうが、ランスロットにとってはそうではない。

 

 まさに今の彼の心境は──慙死此処に極まった──と言えるものなのではないだろうか。

 その場から逃げるようにランスロットは歩く。心中では早くこの地獄から抜け出したいと叫びを上げ続けている。いっそバーサーカーになった方が楽なのではないか、という思考も彼にはあっただろう。無論、あっただけで、なかったとしても、彼は真面目に問題の解決に取り組む姿勢を変えはしない。

 

 やがて食堂の入口が見えてきた。道中で何人かのカルデアスタッフとすれ違い、物珍しい目で見られたが、ランスロットはここにきて耐性というものを身につけていた。

 かの童話作家のように興奮して全裸で疾走するよりはマシだと。そんな、これ以上の恥を考えることで、今の状態の方がまだ健全だと、己に言い聞かせていた。

 

 ────しかし耐性とは、突破される運命(さだめ)にある。

 

「……む? あぁ、サー・ランスロット」

 

 ふと、ランスロットの前に金髪の騎士が現れた。蒼銀の鎧に身を包み、今から食堂に入る様子。

 

「────────」

 

 翠の瞳。可憐な姿を一目見て、ランスロットは息を呑む。命の凍えさえ感じ、全裸疾走より勝る恥辱を味わいつつあった。そして我を忘れて佇むランスロットに、蒼銀の騎士王は一言で済ませる。

 

「私は何も言わない。卿のことだ。おそらく女神のいたずらに付き合わされてしまっているのだろう。だが、それもあと少しの辛抱だ。人の噂も七十五日という。皆もすぐに忘れるだろう。それにマスターも食堂にいるはず。すぐに問題は解決するはずだ」

 

 それだけ言って、蒼銀の騎士王は食堂に入っていく。赤い弓兵の男が切り盛りする厨房に赴いて料理のオーダーを出し、それを受け取ると、テーブルに着いてもっきゅもっきゅと食事を取り始めた。

 

「……ランスロット? 食堂に入らないのかしら?」

 

 身動きひとつ取らずに佇立するランスロットを仰ぎ見て、エウリュアレが呼びかける。

 しかしランスロットは何も言わず、何も為さず……ただ暗い影が差す顔で、一言……呟いた。

 

「…………貴方は、いつでも…………私を裁かず、赦してしまうのですね────」

 

 力なくランスロットの両腕が垂れ下がる。まるで生ける屍のように落ち込んでしまった姿を見て、エウリュアレは息を呑み、思わず距離を取った。

 

「あ……」

 

 腕から離れたエウリュアレを意に介さず、ランスロットは食堂に入る。誰もいない席に独り座り、周囲からの視線を気にもせず、彼はただ────座り続ける。

 

 そこへ厨房から赤い髪を束ねたエプロン姿の女性が現れた。

 

「はい、ご注文は何にする?」

「なんでもいい。……いや、やはり、食を断つべきかな……」

「う~ん。……それじゃ、精の出る日替わり定食でいいかな?」

「あぁ、気を使わせてしまったようで済まない。それにしてくれ……」

 

 湖の騎士の注文を受けて、勝利の女王は厨房に向かう。

 

 一方、食堂の端では藤丸立香と、その他のサーヴァント──その中にはジャガーマンもいた──が団欒していた。そこで藤丸立香は、目ざとくランスロットの姿を見つけて席を立つ。

 おそらく藤丸立香は、ほとんどのサーヴァントが集合する食堂で、この事件の顛末を説明すれば、それだけでランスロットの誤解がすべて晴れると判断していたのだろう。

 しかし藤丸立香は足を止める。それはランスロットのそばに現れた女神エウリュアレを見てのことだった。

 

「えっと……その……」

 

 もじもじとする女神は言葉に詰まる。それは多少の自己嫌悪が垣間見える振る舞い。

 ふと傍らにエウリュアレが立っていたことに気が付いたランスロットは、優しげな笑みを浮かべてこう言った。

 

「あぁ、女神よ。申し訳ない。そのような顔をする必要はない。今の私は……ただ、ほかのことで落ち込んでいるだけだ。決して貴女のせいではない。だから……できれば、しばらくひとりにしてもらいたい」

 

 その発言に、野次馬もとい三人の子供サーヴァントが囁く。アサシンとキャスターとサンタのランサーだ。

 

「うわぁ。痴話喧嘩だぁ……」

「夫婦喧嘩は犬も食わないと言うわ。そっとしてあげるべきよ」

「それに、どちらも大人です。すぐに仲直りするでしょうし、大丈夫ですよっ!」

 

 場面は戻り、今さら罪悪感にでも駆られたのかエウリュアレが謝る。

 

「……いいえ。謝るわ。正直に。──ごめんなさい。ちょっと、調子に乗りすぎちゃったみたい」

 

 素直に謝罪し、エウリュアレは目を伏せる。

 それを受けて、ランスロットは静かに語る。

 

「頭をお上げください、女神。なに、気になさるな。本当にこれは、己が身から出た錆なのですから」

「で、でも、あなた……裁かずとか、許してしまうとか、色々と言っていたじゃないの……」

「あぁ……それは……────」

 

 軽く目を伏せたランスロットは虚空を見つめる。

 やがて彼は口を開き、仲直りの要求を提案した。

 

「ならば女神よ。謝意を示してくれるのならば、しばし、つまらない男の話を聞いてほしい」

「えぇ、いいわよ。なに? 本当につまらなかったら、途中で寝ちゃっているかもしれないけれど」

「はは……まぁ、退屈にはなるでしょうが、それも一つの軽い罰だと思って頂ければ」

 

 丸い食卓を挟んで、ランスロットと対面するようにエウリュアレが座る。

 しかしてランスロットは、本人でさえ、なぜこの話をしたがったのか理解していなかったが……それでも己を見つめ直すいい機会だと思い、語り始める。

 

 ────それは終焉の騎士として円卓を崩壊させた、男の終生にまつわる話だった。

 簡潔に、端的に、平たく、要領よく、自虐的にならず、同情を誘うような語り口もせず……彼はただ、ランスロットという騎士の要所をかいつまんで、己の罪を告白した。

 

「────私は……罪人として、王に裁いてほしかった」

「なにそれ。別に貴方は悪くないじゃない。なんで断罪してほしいだなんて思うわけ?」

「それは……私が元凶だからだ。周りの言うように環境のせいもあったろう。だが、それでも、私がもう少し、何かできれば……」

 

 ……この話でエウリュアレが知ったことは、そう深いものではない。サーヴァントならば、聖杯の知識により、真名を把握するだけで、そのサーヴァントの歴史を窺い知ることができる。ゆえにランスロットの話は、ほぼ無意味だったといえよう。それでも面と向かって話されると、また違う感想を得るのかもしれない。しかし、かの女神エウリュアレが同情なんてするはずもなし。

 

 ただ彼女がこの数分間の話で得ることがあったとすれば────それは目の前の男が、馬鹿で、真面目すぎて、損をする男だ、ということだけだった。

 

 ふと、ランスロットとエウリュアレの食卓に、勝利の女王たる赤毛の女性が料理を運んでくる。

 

「はい、おまちどーさまっ!」

「礼を言う。──ところで女神。貴女は何か頼まないのか?」

「私? 私は要らないわ。お腹なんてすいてないし」

 

 それを聞いて引き上げていく赤毛の女性。

 

 一方、ふたりの様子を見守っていた外野が、また囁く。

 

「仲直りしたね!」

「良かったわぁ!」

「やはり夫婦円満の秘訣は正直になることですね!」

 

 そしてエウリュアレが呟く。

 

「はぁ……それにしても、本当につまらない話だったわ。十数分とはいえ、時間を無駄にした気分」

「そうか。……だが、これで女神の戯れは終了かな? ならば、解放されて良かったと、最後に言い残しておこう」

「は? 私、たしかに謝ったけど……この遊びを終わらせるなんて言った覚えはないのだけれど」

「────なに?」

 

 まさかの夫婦演技続行発言に、ランスロットは眉をしかめる。

 

 それからは、またランスロットにとって苦行の始まりだった。食事中、エウリュアレはスプーンを持って、彼の口に「あ~ん」と食事を運ばせようとしたり、衆目を集めるようなことをしたり、様々ないたずらを以てして楽しんでいた。

 ちなみに藤丸立香は、もうしばらく静観していようと、自分の食卓に戻っていた。

 

「はぁ……そろそろ飽きてきたわね~。いったい、いつになったらマシュは現れるのかしら?」

「────ぶふっ!? っ……やはり、貴女はそれが目的だったのか……さすがに性格が悪いと言わざるを得ないぞ……!」

「えぇ。食堂の扉が開くたび、貴方の口へスプーンを運ぶの、狙っていたのだもの」

 

 ならばとランスロットは、そそくさと食事を終えて、食堂をあとにする。

 無論、それにエウリュアレもついていく。しかしランスロットの腕に手を回すことはせず、肩を並べて廊下に出る。

 

「はぁ……女神よ。正直に答えてほしい。私はあと何時間、この苦行を続ければいい?」

「私が飽きるまで」

 

 ……もはや脱出はできないのかと、ランスロットは悟りに至ったかのような顔を作る。

 そこで廊下の先から誰かが歩いてきた。エウリュアレはタイミングを狙ってランスロットの腕に抱きつこうと、ぴょんと飛びつく。

 

「あ────!」

 

 瞬間、ランスロットは廊下の先から来る“誰か”の正体に気がつき、あっと叫んで足を止めた。

 そのせいでエウリュアレは、ランスロットより少し先の地点へ飛び込んでしまい、あわや床に転んでしまいそうになる。

 

「きゃ────!」

「! あぶない!」

 

 すかさずランスロットは機敏な動きで少女の転倒に対応。エウリュアレを抱きとめて、床の上に立たせる。怪我がないか確認して、ランスロットは一言。

 

「怪我がなくて良かった」

 

 胸に手を当てて、ほっと胸をなでおろした。

 かたやエウリュアレは、呆と立つ。いつの間に己は助けられていたのかと。その早業に驚いたのもそうだが、目前の男の本気で安堵する様子を見て、少し呆気に取られていたというのもあった。

 

「────ランスロット卿」

 

 ふと、廊下の先から女性の声が上がる。

 ギクリ、とランスロットは肩をビクつかせて、おそるおそる立ち上がった。

 

「……ま、マシュ・キリエライト……」

「どうやら、エウリュアレさんにダーリンと呼ばれている噂は本当だったらしいですね。ただランスロット卿のことです。エウリュアレさんの悪巧みにでも利用されてしまったのでしょう」

「────! ま、マシュ! やはり君だけは、ちゃんと私のことを判ってくれるのか!?」

「えぇ。ですが、それとこれとは話が別です。私は貴方のようなお父さんを持って、とても恥ずかしいと思います!」

「グッハァ────!?」

 

 心労ここに極まれり。ショック死間近になるサー・ランスロット。

 

「周りの人がどう言っているのかご存知ですか? ロリコン騎士です。ほかにも変態騎士など色々とありますよ? 不名誉な渾名を上げればキリがないです。はっきり言って失望しました」

「ま、待ってくれ……! これが女神の仕業だと判って、なぜ、そこまで私を責める……!」

「端的に言って嫌いだからです」

「グハァッ────!?」

 

 もはや血反吐をぶちまけてしまう勢いで、ランスロットは死に悶える。

 それを横目に見ていたエウリュアレが一言。

 

「……は~あ。なんか飽きちゃった。それじゃ、私はもう帰るわね~」

 

 きびすを返すエウリュアレ。

 そこで彼女は、廊下の先からひょこっと顔を出した白髪の巨人を見つけた。

 

「あら、アステリオス。どうしたの? こんなところで」

「えうりゅあれを、ずっと、さがしてた。なにしてたの? いいこと、あった?」

「えぇ。……貴方は、まだ噂を聞いてないのね。それじゃ、これから面白い話をしてあげる」

 

 アステリオスの肩に乗ったエウリュアレは、ランスロットとの夫婦演技について愉快に語り明かした。

 

「うぅ……らんすろっと、かわい、そう……えうりゅあれは、やっぱり、ちょっと、じゃあく、だ……」

「うふふ。えぇ、そうよ? 私は邪悪。なんたって女神だもの」

「うん……でも、よかった」

「────え?」

 

 何が良かったのかと、エウリュアレは首をかしげる。

 

「だって、えうりゅあれ。らんすろっとのことだと、すこし、くちかず、おおくなった」

「……な、何を言っているのよ。そんなの気のせいよ。気のせい」

「ううん。だって、えうりゅあれ……いまのはなしを、していたとき……わらって、いた。だから……」

 

 アステリオスは見抜いていた。ただ、女神の表情を見るだけで、彼女の変化に喜んでいた。

 

「ともだち、できて、よかった、ね?」

 

 肩に乗る小柄な少女に微笑みかける。

 それを受けて、エウリュアレは顔を赤くしていた。

 

「ぼくは、いっぱい、ともだち、いるけど……えうりゅあれは、いつも、ひとりだった、から……よかった」

「な、ち、ちがうわよ! それに友達って……あの騎士と満足に顔を合わせたのって、今日くらいなものなのよ? そんなので友達になれるわけないじゃない! これからも顔を合わせることなんてないわ。確かに、ちょっと面白かったけど、それも今日限りよ!」

「……? ぼくと、えうりゅあれは、いちにちで、ともだちに、なった、のに……?」

 

 不思議そうにアステリオスは首をひねる。

 かたやエウリュアレは、この話はこれでおしまいだと、そっぽを向いてしまった。

 

 

 

 一方その頃。ランスロットはマシュからの対応に追われていた。それも、すぐにマスター・藤丸立香が駆けつけてくれて、すべては事なきを得る。ランスロットの誤解も解かれて──ほとんどのサーヴァントは最初から女神のいたずらだと察していたが──湖の騎士は汚名を洗い流し、平和な日常に戻ることができた。

 

 かくしてランスロットは、時たまエウリュアレを目にすると眉間に皺を寄せるようになったが、淑女に礼節を尽くす態度は変えずエウリュアレに接した。しかし、かつて艱難辛苦に苛まれたせいか、ややほかの女性と比べると態度が軟化している面も見受けられた。

 そして、そのことに関しては、特にどうとも思わないエウリュアレではあるが。気軽にいじれる(いじめることができる)不運な騎士を玩具として手に入れたためか、気軽に話せる仲になっていた。

 

 

 

 その後、今度は別のイタズラを思いついたのか。

 有り余る女神の神性を用いて聖杯を作り、それを服の下に隠してお腹を膨らませたエウリュアレは、藤丸立香に対して「ねぇマスター。わたし、子供ができちゃった☆ 誰との子だと思う? うふふ。これでわたしは、貴方とマシュの義母になっちゃったわね?」などという極悪なイタズラを仕掛けて、またもランスロットは不憫な目に遭うが────それはまた、別のお話……。

 

   /完


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