なお、単にシステム的に外せないからだろ、と言われると、蛮族ルックで棍棒持って追い回すのでよろしく。
「結婚してくれないか」
花束を渡し、30後半にしか見えない海軍の制服に身を包んだ男は、顔を真っ赤にしながら、小さな箱を手渡す。動きはギクシャクとしており、緊張のあまり、下手くそな文楽のような惨状を見せている。
「まあその、本当に結婚するのは、まだ先になると思うんだが……なにせ、戦時中だし、その、まあ……どうなんだ?」
そういった男は、頭をかいている。手渡された女性、山城は、顔をしかめて、口を開こうとして、閉じた。
沈黙が落ちる。顔を真っ赤にしていた男も、顔から血の気が引き始めていた。
そして、山城は口を開いた。
「……あ、ありがと」
その言葉を聞いて、男に血の色が戻る。だが。
「提督。お気持ちは嬉しいのですけれど」
箱と花束を机の上に置き、男の目を真っ直ぐに見て、言う。
「姉さまがいますし……」
つまり、山城に結婚をする気はない、ということだった。
酷くショックを受けると、口がきけなくなる、というのは本当だな。と他人事のように男は考えながら、何かを言わねばならぬ、と口を開こうとした。
だが、出てきたのは気のきいた言葉ではなく、まぬけな言葉だ。
「そ、そうか。すまなかった」
ぎくしゃくと向きなおり、男は扉を開いた。
機械的な動きで更衣室で制服から着替えると鎮守府の外へ出て、真っ白な頭のまま居酒屋に入り、飲めない酒を、干した。
翌日、男が警察署の天井見た時には、今世紀最悪の頭痛と吐き気に苛まれていた。酒のためだけではなく、精神的な衝撃もある。まあ、30も後半のおっさんで、しかも上官がプロポーズしてくるなんて、逆の立場になったらぞっしないだろう、という考えが、浮かんでは、消える。とはいえ、断られて当然だったのだ。そう納得してから、目の前の視界がかすむのを自覚する。年甲斐がないのも知っている。
なんにせよ。仕事が休みで幸いだった。そうつぶやいたが、気は晴れず、余計に頭痛が酷くなるばかり。やはりきついな、と、思わずつぶやき、ためいきをついた。
「……」
机の上の指輪と花束を見て、本日何回目かわからないため息を、山城は吐いた。
「姉さまを出汁にしちゃうなんて……」
どうしよう。どうすればいいのだろう。山城は考えても答えを出せなかった。
確かに、別に悪い関係ではない。好意があるかないかで言えば、見た目はまあともかく、あるわけではない。
ただ、そこからいざ結婚となると、とても想像がつかない。そして、思わずあのような言葉を吐いた。それも、よりによって姉の名前を出して、だ。
断るにしても、断り方がある。そして、回答を先延ばしにすることだって出来た。少し考えさせてくれ、と言えばよかったのに、あれである。
どうしたものか。またしてもため息をつき、山城は頭をさすった。
「そう。提督のプロポーズを私の名前を出してお断りをしたのね?」
「は、はい。姉さま」
話を聞いて、山城の姉、扶桑は息を吸い込んで、山城の頬をはった。
頬に手を当て、姉、扶桑の顔を見る。唇は真一文字に引かれ、怒りをあらわにしている。
「何を考えているの!断るなら自分の言葉で断りなさい!」
「で、でも……」
「でももなにもありません!失礼だと思わないの?! 失礼ついでに指輪を私に返して来い、とでも言うつもりかしら?!」
そう言って、いつもとは比べ物にならないほどの大声を出した扶桑は指輪の入った箱を掴み、歩いていく。
山城は、慌てて立ち上がり、扶桑の腕をつかむ。
「ま、待ってください!」
「まだ何かあるの?」
「か、返したくありません!返してください!それをもらったのは私です!姉さまじゃありません! 返してください!」
はー、はー、と肩で息をしながら山城は叫ぶ。はた、と気づくと、詰まる所答えを叫んでいたのだ。
そう言ってみせた山城の顔を見て、扶桑は一瞬毒気を抜かれた。そして、笑う。
「黄色いバラでも私は買ってこようかしら?」
黄色のバラの花言葉を思い出し、山城は張られた頬より顔を赤くする。
つまり、扶桑は妬ける、といっているのだ。黄色い薔薇の花言葉は嫉妬である。
「やめてください、姉さま」
そう呻くように言うのが、今の山城の精一杯であった。