澄んだ青い空に強い日差しが教室の窓辺に降り注いでいる。
入道雲がもくもくと昇り行く、しかしお兄ちゃんのいる所に比べたら低かった。
もうじき、夏も終わる。
「美紀、愛しのお兄ちゃんとの通話はどうだったの?」
正面の席に座る友人、篠原つかさから揶揄うように投げかけられた質問に私は戸惑いながら答えた。
「いつも通りだよ、お説教して…」
「嘘、喧嘩したんでしょ?」
昔から感情を表に出さない彼女だが、こういった事には鋭い。
嘘を見破られた私は回答に困ってしまった。
完全に図星だ。
「今日は何処か考え事ばかりしてたからすぐ分かったよ」
「昔から考え事する時は何処か遠くを見てるから尚更」
お兄さんそっくり。
彼女はスマホを操作する手は止めず、視線もこちらに向けないで言い放った。
そんなつかさに私は観念して吐き出した。
「お兄ちゃん、任期伸ばすって」
「だから私怒ったの、死んじゃうかもしれないからさ」
私は椅子を背中で押してもたれ掛かり、空を見上げる
夏の日差しが眩しかった。
「それでお兄さんは?なんで言ってたの?」
「お兄ちゃん、思い詰めてたみたい。」
つかさはスマホを置いてこちらを見る。
「お兄ちゃん、夢があったんだよ」
「長距離航行士っていう宇宙船の免許を取りたくて大学に行ったの」
「その免許試験に落ちちゃってさ、本人は気にしてない風に笑ってたけど」
「多分気にしてたんだと思う、ずっと」
スマホのクリアカバーに入れたプリクラを眺める。
私とお兄ちゃんが笑顔で写っている。
最初の任期が始まる前に無理を言って撮った物だ。
つかさは何も言わずにただ黙って聞いてくれていた。
「お姉ちゃんは夢だったバンド倶楽部の経営してるし、私はほら…」
「みんなと一緒に夢だったバンドしてるし」
「そりゃあ、お兄ちゃんからしたら置いてかれてる風にさ、感じちゃってたのかなって」
「私達姉妹がさ、追い込んじゃってたのかなって考えちゃうんだ」
写真を指でなぞる、優しく笑う彼はこの時何を感じて、何を考えてたのだろう。
「でもお兄さんは応援してくれてたんでしょ」
つかさは窓の外を眺めながら言う、視線の先は高く昇る入道雲に注がれていた。
「うん、ファン1号を自称するぐらいにはね」
基地から送られてきたビデオレターを思い出す。
初めての演奏の時に送られてきた映像には法被と鉢巻、私色のサイリウムで登場した。
バンドのみんなは笑っていたが、お姉ちゃんと私は恥ずかしかった。
「お金も私が困らないようにって色々してくれてさ」
「でも今となってはそれは私とお姉ちゃんに追いつこうとしてたのかな」
「ちゃんと働いてるし、今のままでも十分立派だと私は思うんだけどね」
バンド練習の時、私一人だけうまくいかなかった時を思い出す。
置いていかれてる、早く追いつかなくちゃって追い込まれた。
そんな気持ちでずっと過ごしていたのだろうか?
「多分だけど、応援の気持ちは本当じゃないかな?」
「失敗したお兄さんだからこそ、美紀には成功して欲しいって考えてるんだと思うよ」
「あと任期に関してはお兄さん自身がやりたいんじゃないかな?」
「胸を張って美紀やお姉さんと並べるように任期を伸ばそうとしてるとか」
「私だったらそうするし」
彼女の言葉に視線を机に落とす。
「でも、やっぱり私は終わりにして欲しいよ」
「お兄ちゃんは前の任期で十分頑張ったよ、なのに何で…こんな死にたがりみたいな事…」
「こればかりはお兄さん本人の問題だよ」
「許せないんだよ、お兄さん自身が…」
そう告げる彼女に私は返す言葉も見つからなかった。
そんな私に彼女は心配そうな目を向けるが、廊下を走る音に教室の入り口へ視線を移す。
「改めてよく話してみなよ、美紀」
つかさの諭すような言葉の後にバンドメンバーの華恋が血相を変えて飛び込んできた。
「美紀ちゃん!これ!」
彼女のスマホにはニュース速報が映っていた。
「オクソラ・クレーターで武力侵攻、大規模な戦闘が発生…」
画面の向こうには現地の映像が繰り返され、専門家が地図を用いた解説を始める。
中央にオクソラ・クレーターがあり、底に火力支援基地がある。
右側中央に三叉路、そこ一帯がオクソラ・ヒル。
オクソラ・クレーターの上を通る軍用道3号と下を通る4号、解説ボード左端の三叉路に知っている基地名がある。
オクソラ・クレーター前哨作戦基地、通称FOB-OT6。
お兄ちゃんの任地だ。
「美紀ちゃんのお兄さんは?どこなの?」
「ここ、FOB-OT6」
華恋の質問に私は画面を指差して答える。
正直、嘘であって欲しい。
「エフオー?」
「美紀、これお兄さんが出撃するんじゃ」
首を傾げる華恋を他所につかさが問いかける。
「そう…FOB-OT6は侵攻時の初動対応部隊」
お兄ちゃんが教えてくれた。
「オクソラ・ヒルの前哨基地に攻撃があったら1番早く派遣される」
「え?それって最前線じゃん」
三人でスマホを覗き込む、新たな情報がどんどん飛び込んで来ていた。
オクソラ・ヒル前哨基地の放棄決定。
月面機動師団の無人自爆攻撃機による攻撃。
戦闘部隊、オクソラ・ヒル一帯での地上戦。
宇宙服を着た兵士が大砲を担いで発射する記録映像。
その兵士のヘルメットに付いた識別番号に見覚えがあった。
「603…奥山さんだ」
「美紀のお兄ちゃん?」
「ううん、お兄ちゃんの部隊の人…604…」
「お兄ちゃんだ!」
「美紀ちゃんのお兄ちゃん…」
華恋とつかさが覗き込む、映像には605の柴井さんと604のお兄ちゃん、603の奥山さんが映っている。
きっと撮影者は606の古代さんだ。
大砲の後ろで弾を装填している宇宙服の兵士、奥山さんのヘルメットを叩く。
「もう、戦闘が始まってるんだ」
つかさがポツリと呟く、私は画面から目を離せない。
働いているお兄ちゃんを見るのは初めてだった。
夢から覚めたような、お兄ちゃんの冗談が現実を帯びてくる。
お兄ちゃんは今、戦争しているんだ。
いや、前の任期でもそうだったんだ。
遠く離れた私は変わらない日常の中で忘れていたんだ。
だからこそ、あの時に止めるべきだった。
そんな後悔も後の祭りでどうする事もできない。
思わず私は空を見上げた、綺麗な青が広がっている。
そうだ、ここから38万キロも離れてるんだった。
ここからじゃ、お兄ちゃんは見えないや。
見えない彼の無事をただ祈るしかなかった。