感情×1.62m/s^2   作:ORC機関

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失ったもの、残ったもの

眩しい光に意識が覚醒した。

白い天井、一定リズムの電子音と自身の呼吸音が響いている。

視線を動かして辺りを探ると看護師が私の病室で呼吸器の数値をメモしていた。

声をかけようとしたが喉が渇いて上手く声が出せない。

掠れた音が宙に溶けていく。

記録が終わったのか此方に視線を向けた。

目が合った彼女が驚きの表情を浮かべて出て行ってしまった。

半身を起こすべくベッドに腕を付いた。

右腕が空を切る。

不思議に思って右腕を左手で探った。

そこには何もなかった。

 

前の任期でお世話になった軍医殿が私の容態を説明する。

被弾した左足は幸いな事にそこまで酷い損傷ではなかったらしく、しばらくすれば歩けるようになるとの事だった。

しかし、被弾した右腕はそうではなかった。

被弾角度が悪かった右腕は深い損傷を受け、応急処置として行った圧迫止血で壊死が始まっていたらしい。

運び込まれてしばらくして緊急手術が行われ、肘から先の切除が行われた。

昏睡状態であった為、全部過ぎた話だった。

「君の腕を奪ってしまった、本当に申し訳ない」

軍医殿がベッドの側で深々と頭を下げた。

そんな彼を私は慌てて止める。

「軍医殿、アンタは悪く無いだろ?」

「いや、しかし」

「腕の一本で命が助かったんだ、安いものだよ」

あの戦闘で救急搬送が殺到し限界ギリギリで対応していた彼らに非はない。

非があるとすればお上の連中だろう。

我が身可愛さから視察になんか来やしない。

先の戦闘時に崩壊しかけた医療体制から何も学ばず、予算増加は軍国主義への回帰と批判していた。

結局、現体制でやり繰りするしかなかった。

軍医殿達はむしろ厳しい体制で多くの命を救ってくださったのだ。

そんな彼らを誰が責められるだろうか、そんなヤツがいたらきっと現場の連中で袋叩きにされるだろう。

基地で寝る時は方位を確認し、医療施設に足を向けるな。

医療班と上官が同時に来たら医療班に敬礼しろ。

それぐらいに皆彼らの事を尊敬していた。

「それでさ、軍医殿」

「みんなは?」

私の問いに軍医殿は顔を上げる。

「君の部隊の負傷者は君以外居なかった」

「仲間たちには連絡してある」

軍医殿は優しく微笑むと眼鏡の位置を直した。

「里見さんは?」

私の問いに彼の表情が凍る。

私は理解した。

「彼はその…残念だが…」

辛そうな顔で言葉を絞り出す彼を手で静止した。

もしかしたらと思ったがやはりか。

「ごめん軍医殿、酷い事聞いて」

私は大きく息を吸い天井を眺めた。

あの時、もっと上手く動いていれば里見さんは死ななかっただろうか?

そんな"もしも"ばかりが脳裏に浮かんだ。

「しばらく安静にして、その後は移動する事になる」

「どこにです?」

彼の説明に私は問いかけた。

「地球、君の故郷だよ」

ふるさと、久しく戻っていなかった青い星。

「負傷で原隊への復帰は困難だから君の任期は終了だよ」

彼の言葉が現実を突きつける、改めて私は自身の状況を理解した。

「多分、人事の人が手続きに来るだろうから詳しくはそっちに問い合わせて貰えると助かるな」

軍医殿は私の肩に手を置いた。

視線を上げると彼が辛そうに此方を見ている。

「君は頑張ったんだ、ここで終わりにしていいんだ」

彼の言葉が耳に刺さる。

私は何を成し遂げた?

私は何を達成した?

大切な仲間を失って、そして自身の腕も失くした。

得たものは何もない。

二人と違って失敗ばかりの人生を歩んだ私は何かを得たくて、何かを成し遂げたくて来た筈だ。

今の私は?

私は自身の両手を見る。

片方しか無い手のひらには何もなかった。

 

翌日、人事の職員が来て退職手続きと戦災申請の手続きを行なってくれた。

掛け捨てていた保険がこんな所で役に立つとは。

その翌日には奥山や柴井、古代がお見舞いに来てくれた。

する事もなく、白い病室で考え事ばかりしていた私にとってはありがたいものだった。

「敷島、その…」

奥山や柴井が気まずそうに視線を逸らした。

「いいんだ、おかげでコレも入るし?」

私は笑いながらハンドサインを作る。

左手の掌を上に向け親指と人差し指をくっつける私に二人は複雑そうな顔をした。

「敷島さん、その」

下を向いていた古代が声を上げた。

病室に来てからと言うもの一言も彼女は喋らずに居た。

「私のせいで、本当に申し訳ありません」

彼女は涙声でそう言うと深々と頭を下げた。

「違うよ古代、私がしっかりしていればよかったんだよ」

頭を上げない彼女に私は語りかける。

「もっと、しっかりしていれば古代に辛い思いもさせなかったし」

「里見さんだって」

私はその後を言えなかった。

経験の少ない古代は仕方ない、あの状況で気が緩んだ私達の責任だ。

「古代、だから頭を上げて?」

私の言葉に彼女はゆっくりと頭を上げた。

「敷島、美紀ちゃん達には話したのか?」

ここまで黙っていた柴井が口を開いた。

「多分連絡は行ってる」

「自分から話したのか?」

「まだ」

私の答えに眉間の皺が深くなる彼。

わかってる、話さないといけないことは。

「結局さ、失敗しちゃった手前さ」

「どんな顔で話せばいいのか分かんないよ」

自身の両手を見る。

一つだけ残った掌が現実を突きつけた。

「先輩も美紀ちゃんも、誰も責めたりしねぇよ」

奥山が私の肩を叩いた。

「そうだよ敷島、しっかり話してみなよ」

柴井も微笑み、古代も私の顔を覗き込む。

「私達も敷島さんと一緒に帰投するんです、怒られるなら一緒に怒られますよ」

「そうだよ」

「俺たちは仲間なんだからな」

皆の言葉に思わず涙が出た。

掛け替えのない最高の仲間達に私は深く感謝した。

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