追悼と続く日常や夢見る軍人、死に別れの曲からの影響が大きいです。
書いている時に身内のお葬式を思い出して辛くなりました。
この作品の初期段階から書いていたもので、人を亡くした悲しみからの立ち直りを描きたくて作りました。
多分、ナブナ氏の後ろ向きだけどそれを受け入れて前に進んでいくそんなものを作りたかったんです。
宇宙(そら)の旅人、或いは私の大切な人
青く澄んだ空、眩しい日差しが浮かぶ入道雲の白を際立たせていた。
蝉時雨の音は鳴りやまず、吹く風は熱を帯びていた。
絶賛夏休みの中、私は学校の夏服に袖を通した。
8月末の事だった。
「第二次オクソラ・クレーター事件から2週間、緊張状態が続いており」
テレビでは相変わらずあの事件で持ち切りだ。
私には年の離れた従兄弟がいた、優しい人だった。
遊びに行けば小さいころに好きだといったアイスを必ずくれた。
あのころとは違うのに。
しばらくして彼の転勤が決まった。
月の探査施設と聞いたときはとても驚いた。
「月でウサギを捕まえたらレターパックで送ってやるよ」
笑いながら言う彼をひどく覚えていた。
彼を乗せた宙船の打ち上げを見送ったのが一昨年の5月、その日は前日までの雨が嘘のように晴れ渡り、風も穏やかだった。
轟音を響かせて重力の底から飛び立って行ってしまった時は帰って来ないような気がしてしまった。
知らせは突然だった。
ニュース速報が現場の状況を伝え、定期便の連絡が途絶えた。
今日も報道機関は同じ映像ばかりを流していて、死傷者数を伝えている。
白い砂漠に似た色の戦車が攻撃を受けた映像。
手前の宇宙服を着た兵士がロケット砲を構え奥の戦車を攻撃する。
見覚えのあるワッペンを腕につけていた。
次に流れて来るのは土嚢の壁に三脚が付いた機関銃。
クレーターの対岸目掛け銃撃している。
「死傷者は8000人を超え、過去最大の戦闘となっています。」
ニュースレポーターが原稿を読み上げていたが私は見る気になれなかった。
停戦が決定した翌日、携帯に従兄弟のおばちゃんから連絡が入った。
結構な頻度でかかってきた電話に不安を覚えて折り返した。
彼が死んだ。
要約するとそうだ。
現実感が薄れ蝉時雨が遠のいたのを覚えてる。
そして今日、彼が帰ってくる。
父の車に揺られて1時間、灰色の都心部から景色が変わり緑が多くなった。
今年のお盆は父母と共に従兄弟の家へ帰省したが来年を待たずして戻ることとなってしまった。
隣の妹はスマホに夢中だ。
クーラーが効いた車内に嫌いになりそうなほどの強い日差しが差し込んでいる。
永遠に感じた車旅は終わりを迎え見慣れた空き地に到着した。
車外へ出ると熱気と蝉の合唱が出迎えた。
八月の午前11時、青い空に強い日差しが照り付けている。
現実感だけが欠如していた。
通りなれた道を抜けてたどり着いた里見の表札、彼の家は多くの人が参列している。
空気は鉛の様に重い。
「ああ、遠いところありがとうね」
玄関先で来客対応していたおばさんがこちらに気付き、駆け寄ってきた。
「それで本当に...優は?」
父の問いかけにおばさんは首を縦に振る。
「本当に、間違いではなく?」
「座敷にいるよ。」
指さすおばさんの目は涙をたたえていた。
父は早歩きで玄関に向かっていく、それに続いて母と妹が歩き出した。
しかし私は、一歩を踏み出せずにいた。
そんな私をおばさんは抱きしめた。
「晴香ちゃん、優に会ってあげて」
やさしくおばさんは言うと背中を押してくれた。
自然と私は歩みだしていた。
来客用の玄関を抜け家に上がると見慣れた廊下の先に父の背が見える。
歩みを進め座敷の敷居を跨いだ。
父は座敷の入り口に立ち尽くしていた。
「優にぃ、朝だよ」
妹の夏鈴は柩の脇に座り込み覗き込んでいた。
彼女の肩に手を置き視線を落とす。
安らかな顔で優兄さんが眠っていた。
声をかければ今にも目を覚ましそうな、そんな気がしていた。
「寝坊助なんだから、ほら優にぃ」
震える声で呼びかける夏鈴も耐えられなくなったのか声をあげて泣き始めた。
実感の湧かないまま歩みを進めて夏鈴の脇に座る。
やはり、寝てるのではないのだろうか。
そんな気がしてならなくて、手を伸ばす。
「兄さん」
思わず彼を呼んでいた、あまりにも安らかで。
彼の頬に触れた指先に氷のような冷たさを感じる。
「兄さん!」
あまりにも容赦のない現実に心が潰れそうになった。
お盆の集まりで見たビデオレターには元気な彼が映っていたはずだ。
視界が歪み目が熱くなる。
宇宙服を着た兄さんが装甲車の上でポーズをとる姿
宇宙センターのロビーで少し気まずそうに笑う姿
麦わら帽子を被って軽トラを運転する姿
帰りたくなくて泣いてゴネた私達を抱きしめた姿
私が好きだと言ったアイスを差し出す姿
記憶の断片が浮かんでは消えた。
もう二度と会えない。
呼吸が荒くなり声が抑えられなくなってきた。
涙が止まらない。
顔を上げれば夏鈴と目が合った。
お互い顔がぐちゃぐちゃだ。
夏鈴が胸に飛び込んできた。
私達は2人抱きしめあって泣いた。
お互いの温もりが現実だと告げていた。
夜になると親族や関係者が揃いお通夜が始まる。
お坊さんが来てお経を読み、周りの見様見真似で焼香をあげた。
従兄弟の叔父さんの挨拶を皆で聞いて、気がつけばお通夜の食事会が始まった。
知ってる顔ぶれ、初めて見た顔ぶれ。
美紀ちゃんのお姉さんも居た。
親戚の叔父さん叔母さんへの挨拶や兄さんの職場関係者への挨拶などが終わり食事に手をつける。
味はよくわからなかった。
月面基地からこちらに来るまでに2日はかかったそうだ。
回収班が遺体の検死と死化粧を施し送り出してくれた。
犠牲者が多い事もあり、2日でも早い方らしかった。
少し落ち着いた私達は柩の側に座り彼の顔を眺めている。
「優にぃ、最期はどんな事してたの?」
夏鈴は兄さんに語りかけた。
「きっとかっこよく、みんなを助けたのかな」
「でもそれで死んじゃったらダメだよ、優にぃ」
柩の淵に手を乗せ頬をつける夏鈴。
「別の仕事にすればよかったね、ロックスターとかさ」
彼は楽器が苦手だったが、知り合いのバンド倶楽部が好きだった。
「学校の先生とかさ、優にぃに向いてたと思うよ」
彼は勉学に優れていた訳ではない、私達の宿題に一緒になって唸っていたのは良い思い出だ。
「そうね、結婚して子供が出来たら最高のパパだったのに」
でも、その前に死んでしまった。
「月に行ったパパとか私結婚するもん」
私がポツリと言ったもしもの話に夏鈴が頷く。
眠り続ける兵士になった兄さん。
名誉の戦死、どこに名誉があるんだ。
名誉なんて無くてもいい。
兄さんは優しい人だった。
それだけでよかったんだ。
そんな気持ちを抱いてしまった。
玄関の方が騒がしくなり、ドタバタと叔父さんが玄関へ駆けて行く。
視線を向ければ見たことある女性が顔を出した。
アレは確か兄さんの後輩だ。
クールな人でバカをする彼を嗜める姿を度々見かけ、どちらが先輩かわからない事もあった。
「晴香ちゃん、夏鈴ちゃん、久しぶりね」
「悠香先輩」
彼女は微かに微笑むと視線を移動させる。
彼女の顔から感情が抜け落ち、ズカズカとこちらへ向かって来た。
「先輩、今なら怒りませんから」
柩のそばに膝をつくと彼の顔を覗き込む、皆彼女を見守っている。
「早く起きてください、この寝坊助」
彼女は手を伸ばし頬に触れる。
彼女の目が見開かれた。
「あぁ、違うんです先輩」
柩に寄りかかり、震えた声で彼女は言う
「あれは本心じゃ…」
「私…わたし…」
彼女は項垂れると声をあげて泣き始めた。
あまり感情が表に出ない分、彼女にとってどれ程のものか言うまでもなかった。
おばさんが優しく抱きしめると彼女は強く抱きしめ返す。
「優もわかってる、だから思い詰めないで」
悠香先輩の泣き声が響いていた。
優にぃの気持ちは今となってはわからないままだ。
生ぬるい風が通り抜ける。
いつも遠くに聞こえる蛙の合唱も今日は異様に静かだった。
追記・マジで漢字って難しいですね、特大の誤字をやらかしました。穴があったら入りたいっす。