翌日、私は通信室へ向かっていた。
美紀との通話を予定している。
さて、今回は何分でお説教が終わるだろうか。
モニターとカメラの動作は正常、マイクの感度も問題はなかった。
画面に映るのは遥か彼方にある故郷の地。
良く見慣れたなじみの顔がカメラを覗き込んだ。
「もしもーし」
相変わらずの元気な声に安心を覚えながら私はマイクのスイッチを入れた。
「聞こえてるよ」
「おー」
彼女は歓喜の声を上げ目の前の椅子へと座った。
「元気?ケガとかしてない?」
「元気だよ」
心配性な彼女にそう返すと嬉しそうにほほ笑んだ。
「任期がもう少しで終わりなんだし、気を付けてね。」
「あー、そのことなんだけどさ」
私の一言に彼女の表情は凍り付いた。
そんな顔に私は眼をそらした。
「引き延ばすの?」
「2か月ほど」
「なんで?」
有無を言わせぬ圧を掛けられ、次の言葉を咀嚼した。
「お金のことは大丈夫、バイトも始めたし。」
「危ない仕事を続けなくても何とかなるよ。」
少し困ったように笑う彼女に気まずさを感じていた。
夢をかなえるにはお金がいる。
それに、夢に破れた私に彼女は眩しすぎる。
そんな後ろめたい気持ちもあった。
ここでの業務はそんなことを忘れさせてくれる。
居心地がいいと感じていた。
「なんて言うかこの仕事が案外楽しくてね、あはは」
私の笑い声がむなしく響いた。
「楽しい?」
「地球じゃないんだよ、危ないんだよ?」
「昨日のニュースだって私、気が気じゃなかった。」
昨日の戦闘は早くもお茶の間を賑わせたらしい。
余計なことをしてくれたマスメディアに心中で中指を立てた。
「でも、地球じゃこんな大金の仕事は中々無いし、殉職手当だって手厚い。」
「くたばったら8桁ももらえるんだ。」
「ふざけないで!」
彼女の怒鳴り声がカメラ越しでも身に染みた。
「お金じゃないんだよ」
「前の任期に怪我した時、すごく心配だったんだから」
少し俯いた彼女の手は微かに震えていた。
しかし、ここでやめてしまったら私は何も成し遂げられていない。
先輩も美紀も夢をもって頑張っている。
私は?
夢に破れ、先輩と違い私は何も達成していないし、美紀のように夢を持っているわけでもない。
私はこれぐらいしかできなかった。
「あの時がヤバかっただけだよ」
「いつも大丈夫とは限らないんだから」
危険な仕事なのは理解している。
しかし、優秀な二人と並ぶにはこの仕事でも足りないぐらいだ。
お互い沈黙し何分たっただろうか。
沈黙を破ったのは美紀の方だった。
「もうさ、任期終了してさ...」
すがるような視線が私とぶつかった。
潤んだ瞳がこちらを見据えている。
「戻っておいでよ。」
私は大きく息を吸い込んだ。
のらりくらりと誤魔化してきたが限界を迎えたようだ。
「先輩は立派な倶楽部の経営者になった。」
「美紀は軽音部で立派に活動してる。」
「先輩や美紀に助けられたこともたくさんあった。」
ああ、取り繕っていた現状が崩壊するのは避けられないだろう。
「じゃあ、私は?」
視線を上げれば彼女の顔には困惑の感情が映っていた。
「何もないんだよ、なにも!」
「長距離航行士の学部に入ったが馬鹿だったから結局ただの人で卒業した。」
「失敗したんだよ!私は!」
顔が熱くなっている、頭に血が上ってしまっているのだろう。
どこか他人事のように感じた。
「二人と違って私は何にも成し遂げられてないし、返せてないじゃないか!」
彼女の表情は困惑から怒りに変わっていく。
拳がきつく握られ、テレビ越しでなければ飛んできているだろう。
「ちがうよ、お兄ちゃんは失敗したけどちゃんと取り返して働いてるじゃん!」
「なんで?もう十分じゃん、なんでその仕事にこだわるの?」
こちらに詰め寄るように椅子から前かがみになる彼女。
怒りに震えた瞳と相まみえた。
「私はこの仕事が決まったとき、なんか嫌な予感してたんだ。」
「何か思い詰めてるような気がしてさ」
彼女はだんだん俯いていき最後は力なく椅子の背もたれに身を預けていく。
「ねぇ、私わからないよ。」
「私じゃ力不足なの?それとも信頼できないの?」
「ねぇ」
私は鉛の空気を吸い重たくなった声帯を震わせた。
「ようやく、成し遂げられそうなんだ。」
「二人と違って失敗した私がやっと二人と同じ人間になれそうなんだよ」
「だから、この仕事がしたいんだよ」
そのあとのことは良く覚えてない。
しばらく二人の間に無言が支配し、別れの挨拶も覚えていない。
自分が改めて本当にどうしようもない奴だと再認識した。
簡単にあきらめんなよって言うけれど、何かをあきらめるってすごい大変だよね。