提督は、マホガニーの机から顔を上げ、たまたま書類の決裁をもらいに来ていた足柄に積年の疑問を問う。ある疑問だ。執務室は、駆逐艦娘の描いた絵がかかっている。
「そういえば、艦娘の年齢って見た目どおりなのか、それとも沈んだ時の年齢と同じなのかね」
提督は、ふと目の前の足柄に聞いてみる。とくに気分も害した様子もなく、足柄は答えた。
「どうなのかしら。私は見た目より年下ってことになるけど」
「19歳から16歳ってところか」
でも、と足柄は唇に指をあて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「それだったら軽巡洋艦のうちほとんどは30歳前半か手前ってことになるわよ?」
「それはそれでぞっとしないな」
「でしょう」
などというやり取りを繰り広げる中、提督は気付かなかった。秘書艦を務めている、金剛がわなわなと唇を震わせていたことを。無論、足柄も。
「こんごうさんじゅうななさい」
「Bloody hell!」
金剛は、昼休憩になった途端、トイレの鏡に向って呪詛を吐いた。彼女のもととなった巡洋戦艦「金剛」は、1911年起工、1944年戦没となっている。つまり、ものの見事に30を超えている計算になる。ちなみに、進水が1913年であるから、そちらで計算しても30を超えているのであった。
とはいえ、彼女が実際に30歳かというと、そうではない。この世にオギャアと泣きもせずに生を享け、教育が施されて戦場に出ても、それほど経っていない。確かに、この艦隊では古参の部類であるが、それでも10年は超えていない。
「失礼な話デース!」
鏡を見る。少なくとも、化粧などロクにしていなくても肌はきれいなものだ。珠のような、というと少しばかり日に焼けているが。なお、疲れが少し見えるため、若干荒れている。それを見て、うわ、と小声で言い、ひとりごちる。
「……失礼な話デース」
「何やってるんですか、姉さま」
比叡が鏡の前でぶつぶつ言っている金剛を見て、苦笑いをする。だが、金剛はにべもない返しをした。
「……ギリギリ20代で散った妹にはわからない悩みデース」
「はあ。でも、全員起工日で起算すると、全員30代で散ったことになりますけど。ところで、なんでそんなことを気にしてるんですか?」
「実はデスね」
提督と足柄の話を、比叡は聞いて吹き出しそうになった。なんだ、そんなことか、と姉の焦りを笑い飛ばそうとしたが、その次に言ったセリフで、ついにこらえられなくなった。
「足柄サンが焦ってるOLみたいだけど若いのは知ってマース! でも、実際に30歳を超えてるMid-life crisis真っ最中の提督には言われたくありまセーン!」
「中年の危機ッ……!」
ブフッ、と比叡は吹き出した。スポーツカーに申し訳程度のトランクスペースと後部座席を設けた車の写真を見て、これ欲しいなあ、などと言っているあたりが、ほとんどそのまんまである。侮辱でも何でもなく、実際そうとしか見えない。
というか「中年の危機」向けの車が好きなのは当人の趣味だからやむを得ないが。
「何がオカシイんデスか!」
「だって、ほとんどそのまんまじゃないですか、姉さま……! ちゅ、中年の危機……!」
あー、おなか痛い、と涙をぬぐいながら、比叡は言う。だが、自分で言っておいて、金剛は怒り始めた。
「良いデスか! たとえ買ってきたらオクサンに離婚されそうなエセスポーツカーが好きで! 酒に酔っぱらってソファに駅雑炊垂らして汚してたりして! 靴下からは洗ってない猫のにおいがして! ちょっと放っとくとひげが伸び放題になる中年デスけど! 提督にラヴなんです!」
比叡は、その金剛の叫びを聞いて、あっ、と声を出した。なんなんデスか!と言い、余計怒り出す金剛に対し、トイレの外を指さした。怒りながら外に出ると、金剛は、凍った。
「……悪かったな、靴下から猫のにおいがして」
「怒るところはそこですか、提督」
比叡のツッコミを聞きながらも、金剛はぴくりとも動かない。完全に凍っている。
「エ、エートデスね」
「ゲロった件は悪かったと思う。ソファーカバーは買い替えておいた」
「え、執務室のソファですか?」
「そうだよ?」
うわ、私今日座っちゃった。と、比叡は言った。本気で嫌そうである。
「捨ててくださいよ」
「物品だから管理規則上そんなポイポイ捨てられんのよ。捨てたいけど」
「提督!」
金剛の大声に、比叡も提督も振り向く。顔が真っ赤だ。
「け、け、け」
「結構毛だらけ猫灰だらけ?」
「寅さんですか。古いですね」
「わかる比叡もすごいよ」
目を閉じて、金剛が叫んだ。
「結婚してクダサイ!」
「それが結婚した原因デシタネー」
「そうだね。ところで、GT86買っていい?」
「Mid-life crisisからMidを抜きマスよ?」