最近暑いですね……水分補給はこまめにしましょう
転移すると、尚文達がまず視界に入った。
よしよし、三勇教に闇討ちされたとか一瞬脳裏に浮かびかけたがそんな事はなかった。
尚文は既に強化方法を実践しているお陰で防御力だけなら私と同等レベルだと思う。
……三勇教に警戒されてないといいけど。
樹は私を一瞥だけしてからさっさとボスが居る亀裂がある方へと向かった。
相変わらずだなぁ……リーシアはいないね。
原作でもいないから逆にいたら困る。
錬も樹と同様にすぐ亀裂へ向かったけど……少し違うのは視線に乗った感情。
なんか、私を見つめる視線に暗い何かが含まれていたような気がする。
何を考えているのかは全く分からない。
……何もしてないつもりなんだけど、なんだろう?
「……まあ、いいか。クロはサディナと一緒に行って。私はフレオンと先に向かうべき場所があるから」
「分かったー」
「了解よ。でも、本当に必要な事なのかしら〜?」
「うん。割とね」
私はフレオンの背に乗り波の亀裂へと方向転換。
「正直、今の尚文だけでも過剰戦力だろうけどね。兎に角、そっちは任せたよ」
「ええ、分かったわ」
と言う訳私は全速力で……と言っても動くのはフレオンちゃんだけど。
魔物を見かけたらちょくちょくエアストジャベリンを投げ付けながら私は目的地へと向かう。
遠目で確認できるかなっと。
「……お、見えた」
あの巨乳の着物美女みたいなシルエットは多分間違いないだろう。
距離は……大体六百メートルくらいかな?
今の私の視力ならこのくらいは余裕だ。
元康アイには色んな意味で負けると思うけど……
「フレオン、あそこまでゴー!」
「はい!」
フレオンの飛ぶスピードは走るよりかは遅いが馬よりも余程速い。
みるみる内にシルエットへと近付いて行く。
うぇ、ジェットコースターよりもずっと早いねこれ!
絶叫系はあまり得意なイメージなかったんだけど、これは楽しいかも。
そして……距離が大体半分くらいまで縮まったその時。
私とフレオンを目掛けて紫色のエネルギーの刃みたいなのが飛んできた。
「よっ」
エアストジャベリンでペシっと撃ち落とした。
威力的にはフレオンもそこまで深い傷は負わない程度。
ガチガチに育てた甲斐があった。
しかし、翼とかにクリーンヒットしたら流石にヤバいかもしれない。
こう言う時に尚文がいれば楽だったなと思う。
私はともかく、フレオンちゃんに攻撃が当たらないように気を付けないとだ。
多分この身体はこの程度の高さじゃ落下死しないけど……フリーフォールは流石に怖い。
「フレオン、気にせず直進。全部防ぐから!」
「熱い突撃ですね! わかりました!」
なんかノリに乗ってる……やる気がある分には喜ばしいか。
そして計六発のエネルギー刃を弾き、シルエットの目の前まで到達した。
この孤独なシルエットは紛れもなくあの人だ。
うーん、私の話聞いてくれるかな……?
もし聞いてくれなかったら元康式説得を行う必要があるんだけど。
一先ずは敵意のない事をアピールしながら話しかけてみよう。
「こんにちは。私は槍の勇者である金森千秋だよ」
「貴女と話す事はありません。大人しく倒されなさい」
次元の裂け目から出てきたのは原作通りの人物。
ええと、フルネームはなんだったっけか……まあいいか。
どうせ後で教えてもらえるでしょ多分。
こいつはグラス。
元康からは扇豚とか散々な呼び名だった着物の似合う黒髪美女。
そして……異世界の勇者でもある。
災害である波についてこの時点の尚文達よりも情報を握っている。
が、その情報に誤りがあって……
最終的には味方になるんだけど、今は敵意剥き出しで襲いかかってくる。
自分の世界がかかってるんだから当たり前ではある。
その戦う理由は仕組まれた罠であり、騙されていたと言うわけだ。
……名前呼んだら来そうだし誰がとまでは言わないけど。
「待って待って、私は戦うつもりはないよ」
「先程私の攻撃を弾いた力量を見るに……かなりの手練ですね。貴女が四聖勇者のリーダーですか」
「いや、リーダーは盾の勇者かな」
んな役割は私には似合わない。
苦労人らしく尚文がやれば良い。
「そんな事はどうだっていい。少しの間、話を聞いてくれたらそれで良いの」
「戯言ですね。戦う以外の道があるとでも言うのですか」
そうなんだよ。
「戦う理由なんかないんだ。四聖勇者がいくら死んだって貴女の世界が救われるわけじゃない」
「! そこまで知っているとは……」
「証拠はないけどね。だけど、信じて欲しい」
私は頭を下げてそう言った。
グラスは一瞬目を閉じて考える仕草を見せた。
彼女もやりたくてやっている訳じゃないんだろう。
もっと優先している事……自分の世界を守る目的の為に行なっている手段だから。
やがて、グラスは口を開いた。
「もう……我々にはそれにかけるしか無いのです」
「……そう」
これだけじゃ駄目か。
まだ此方にも暴力以外の札は残ってる。
しかし……先に彼女を落ち着かせる方が先かな。
私のターンが回ってくるよりも、斬りかかられるのが早いだろうから。
「覚悟っ!」
スキルらしい攻撃を放ってきたので槍で捌いた。
向こうも警戒しているのか次元の隙間から出てこないので手を出すのが難しい。
今のところ、攻撃する理由はないからそれは問題じゃないんだけど……
ううん、第二のカードを出すか?
ちょっと時期尚早かもだが、これ以上話が拗れない内になんとかしたい。
彼女の信頼を……一時的でもいいから勝ち取る切っ掛けは、ある。
書籍版で登場したあの子がそうだ。
居場所を教えてあげれば、救い出す方法を掲示すれば……もしかしたら。
試してみる価値はあると私は思っている。
説得スキルは残念ながらあんまり自信はないけど、まあ元康よりも酷いことには多分ならない。
「やはり手強い……いえ、全然本気を出していませんか」
「貴女と戦う理由がないので。では、貴女に是非教えたい情報が——」
と、私が言いかけたその時だ。
弓矢がグラスに飛んできた。
これは……樹か。
ここまで届いているのは仮にも勇者か。
まあ大分ヘナチョコ威力になってるけど。
くっそ、話を遮るなよあいつ……私が居たから気付いたのか?
「……これがこの世界における勇者ですか」
「感想を聞いても?」
「弱過ぎますね。偽者でしょうか」
残当。
今の樹じゃあねぇ……
「本当の勇者は貴女だけということですか」
「いや、私なんかよりもよっぽど勇者らしい人がいるよ」
私は多分槍の精霊に選ばれたわけじゃないだろうし。
面倒くさ……勇者らしいことは全部尚文に任せたい。
適材適所というやつだ。
「とにかく、今日のところは一旦戻るよ。私もこの世界の為に戦わなければならないのは一緒だから」
「……随分と余裕ですね」
実際余裕だからね。
「意図せずとは言え、此方側の人物が攻撃したのに会話を続けようとするのは非礼に当たるかな……じゃ、今日のところはそこで眺めるだけにしておいてくれると助かるよ。フレオン、降下してくれ」
「わかりました!」
私はそう言ってフレオンに指示を出す。
……樹は余計なことしてくれたな。
まあ、この程度なら可愛いものだ。
説得に成功したところですぐに進展があるものでもないし、じっくりやって行こう。
次にグラスと会うのはたしか……カルミラ島だっけ。
……ん?
ええと、アニメだとたしかカルミラ島にも龍刻の砂時計が見つかって波が来るのが発覚したんだっけ。
この世界だとどうなんだろう?
心構え的には、あるつもりでいれば問題はないだろうけど……
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
「千秋さん……貴方は何をしていたんですか?」
「なんか人影が見えたから気になって確認してただけだよ。そっちこそ矢を撃ったよね?」
「波に現れるのだから敵に決まっているでしょう。その敵と何をしていたのか聞いているんです!」
「これ以上手出しするなら容赦はしないって威嚇してたんだよ。此方から手を出そうにも勇者はあの裂け目に入れないみたいで」
「……なるほど」
樹から見当違いながらも常識的に考えたら真っ当な追求を交わしながら、私はこれからの予定を考えていた。
え、波のボスであるソウルイーターはどうなったのかって?
ははは、とっくに片付けたよ。
樹と錬は苦戦していたけど尚文と私にとっては余裕な相手だった。
なお、トドメはサディナさんだった。
本格的にあの人だけでいいんじゃないかな……私いなくてもどうにかなるんじゃない?
尚文達も物足りなさそうにしていた。
今度、模擬戦の提案でもしたら面白いかもしれない。
あと、特筆すべき事は……グラスの乱入がなかったことかな。
私も一応目を配らせてたからか、挑みにこなかった。
……流石に分が悪いと感じたんだと思う。
私、レベルとか能力値は元康のものを受け継いでるからなぁ。
「……本当にそれだけか?」
錬は何故か疑いの目を向けて来た。
……んん?
「ええと、名前とかなら聞いて来たけど……何をそんな疑ってるの?」
「……少し前に妙な話を聞かされてな」
そう話す錬の表情から明らかに私を疑っているのが窺える。
妙な話ねぇ……三勇教辺りの仕業か?
あいつらへの対処法もそらそろ講じていかなくちゃだ。
ってちょっと待てよ。
妙な噂を『聞かされて』……?
それってつまり、誰かに吹き込まれたってことか?
「千秋、あまりお前のとこの……クロと言ったか。そいつに近付くなと。あまり仲良くすると悲惨な結末になるだろうと……」
……待てよ、もしかして犯人アイツか?
未来から来た刺客こと可愛くないラフ種を自称しているあの?
何気に戦闘能力はある癖にポンコツ呼ばわりされていた?
もしそうだとしたら……
「大丈夫、クロは本気で錬が嫌がる事はしないだろうから」
「そう、だよな。すまない、変な事言って……俺もどうかしてた。姿の見えない相手の話を間に受けるなんてな」
その時、私の耳には微かに舌打ちが聞こえた。
思わず辺りを見渡すと……半透明の何かを見つけた。
それはこっちを明らかに見ていた。
『害があるかと念の為干渉したが……まあいい、あの腑抜けた姿なら問題ないだろう』
今度はなんか呟きが聞こえてきたぞ。
やっぱりお前か!
てめぇ、うちのクロちゃんに何しでかそうとしやがったゴラァ!
衝動のままに最大強化のエアストジャベリンをしそうになったが何とか耐えた。
はぁ……とにかく大事ではなくて良かったけど。
グラスの説得は次の機会までお預けか。