ゲームの脱落者は須く専門の医療施設へ強制転送される。忙しなく看護師が治療にあたる中、いち早く意識を取り戻したレイヴェルは観戦モニターで勝利の行く末を見守っていた。
「レイヴェル様!? ご無事でしたか!」
「カーラマイン…。あなた、もう大丈夫ですの? もっと寝てて良いのよ」
「ユーベルーナ達に比べたら私など軽傷です。それより、レイヴェル様を倒したという剣士がまだ健在との事なのでこっちを優先しました」
やはり剣を扱うものとしてライバル意識が湧くらしい。特に剣1本でフェニックスを下したとあれば、その実力を確かめたいと思うのは当然だ。かくいうレイヴェルもあの
「私では何が起こったのかすら分からなかったわ。だけどお兄様なら…」
兄なら、ライザーなら必ず気づく。その上でグレモリー眷属を返り討ちにしてしまうだろう。そしてまたいつもと同じ日々がやって来る。そういつもと同じだ。
(でも、それはお兄様にとって良い事なのかしら)
リアスが語ったライザーの孤独。悔しい事にレイヴェルは想像すらしなかった。
軽薄で女にだらしなくて、それでも貴族の誇りを守ろうと生きる姿に妹として呆れながらも認めていた。彼が兄で良かったと。
しかし、その貴族の在り方こそがライザーに孤独と苦痛を与えてしまったのだとしたら。
モニター越しに繰り広げられる激闘。4対1というリンチに目を背けたくなるが、歯を食いしばって耐える。兄のこれまでの痛みに比べたら、こんなもの痛みの範疇にすら入らないだろう。
「悔しいです。なんであの場に私はいないんでしょう」
絞り出すようにカーラマインから声が漏れる。眷属だというのに主人の盾になる事すらできない。そんな自責の念に苛まれていた。
「私も同罪ですわ。だけど時の針は戻せない。次の戦いに向けて精進するしかありませんわ。雪辱はその時に晴らせば良いのです。今はお兄様の勝利を信じましょう」
「はいっ!」
敗者にできる事は見守る事だけ。レイヴェルとカーラマインは己の主の勇姿を見届けるのだった。
◇
「ハアッ!」
「シッ!」
「おらぁっ!」
飛び掛かる木場、ヒルダ、一誠。その連携攻撃をライザーは炎で撃ち落とし、防ぎ、殴り返して対処する。
(まただ!? 一体どんなカラクリをしている)
木場は
ヒルダは闘気を込めた斬撃。
一誠は倍化した拳打。
ここまでは解る。だが何故かヒルダから受けた傷だけ治りが遅い。更には血まで流す始末。フェニックスの不死性を無視してダメージを与えてくるのだ。
(今まで冷気や圧倒的パワーで立ち向かってくる敵はいたが、こいつは違う。別格だ!)
特殊能力か
「フレイム・ゲイザー!!」
ライザーが地面に拳を打ちつけた瞬間、炎の壁が噴出しながらヒルダ達に迫り来る。それを防ごうと木場が仲間の前に立ち、氷の魔剣を×字に組む。魔剣の力を最大出力に開放して冷気のバリアを形成した。
しかしそれこそライザーの狙い。炎壁と木場が接触する瞬間を見計らって炎拳を炎壁に叩き込む。
「ッ!? ウッ…ウアアアア!!」
壁を突破した炎拳は木場の魔剣を砕き、彼の体を貫いた。
『リアス・グレモリー様の「
これで残り3人。
「残りは箱入り娘、未熟な
「ハンデ…ですって?」
「妹の仇討ちもある。そこの
「はぁ!? ふざけんな、そんな事を言って俺達の戦力を削ぐ気だろ! そうはいくか!!」
激昂する一誠をライザーは片手で制する。
「これは
あからさまな揺さぶりにリアスは熟考する。これはライザーにとっても賭けだった。チーム一丸となって勝利を信条とするリアスの性格上、誘いに乗らない確率の方が高い。しかし決して楽観的な人物でもない。潜在能力はあれどそれを発揮するには時間がかかる一誠はカッとなりやすい。能力と性格が致命的に嚙み合っていない事には彼女も気づいているだろう。仮に全力開放できたとしても、そんな状態で仲間と足並み揃えて戦うには経験不足すぎる。最悪、互いに足を引っ張り合って自滅しかねない。ライザーはプレイヤーとしてのリアスを信じた。
「……分かったわ。その提案、飲みましょう」
「ぶ…部長!?」
「一誠は倍加に専念して。これは命令よ。ヒルダ、あなたも頼めるかしら」
「承知した。負ける気は無いが、もしもの時は頼むぞ…」
賭けに勝った。そう感じたライザーはほくそ笑む。実力的にリアスと一誠には負ける気がしない。おそらく最後の障害であろうヒルダを迎え撃つ。
「来い、
ライザーの声と同時にヒルダが飛び込む。そして振るわれる唐竹割りを炎の翼を重ねて防御する。
「大地斬!!」
「む…チイッ!」
殆ど抵抗なく斬り裂かれた翼を捨てて後ろへ飛び退く。それでも完全には躱せず、胸を浅く斬られてしまった。純白のシャツにジワリと血が滲む。いつ以来だろう。戦いで‶死”を感じたのは。この剣は自分を殺せると思うと体が震えそうになる。
(これが恐怖か。レイヴェルが負ける訳だ…)
死への恐怖ーーフェニックスには縁の無い感情だ。だがそれは免疫がないという事と同義。戦闘経験の少ない妹にはさぞ効いただろう。
(しかし、まだ何かあるはずだ。これを可能にしているのは何だ)
「海波斬!!」
思考の海に入ろうとするライザーをヒルダの追撃が妨害する。防ぐのは危険と判断し、真空刃を地に伏せて躱した。続いて炎の矢を放つ為に炎翼を展開しようとするが、翼が出ない。
(まさかっ!? さっき斬られたせいか!)
どうやら炎で形成されたものも、体の延長とみなされるらしい。ここまでくると防御自体が危険だ。受けに回るのはまずい。今度は炎弾を顕現させてヒルダに放つものの、敵はそれを自分に当たりそうなものだけを選別して斬り払う。
埒が明かない。こうしている間にも赤龍帝は倍加を続け、リアスもこの攻防を見て勝ち筋を探っている。
「…なんのつもりだ?」
「見ての通りだ。くれてやる。貴様の手品のタネを知るには無傷ではいられんらしい」
ライザーが差し出したのは左腕。まるで斬ってくれと言わんばかりにそれをヒルダに掲げた。これで片腕を失うのは間違いない。リアスがなにやら騒いでいるがどうでも良い。負けるくらいなら片腕など惜しくない。
「では、遠慮なく頂戴させてもらう!!」
ヒルダが猛スピードで間合いを詰める。振りかぶられる剣。一陣の風が吹いたと同時に鈍い音を立ててライザーの左腕が消失した。
「グッ!? ううッ!!」
そして訪れる激痛にライザーは蹲る。鮮血の噴水がヒルダの鎧を赤く彩っていく。まるで冷たい鋼に血液が通うかのように。
「わ…解ったぞ。その剣に込められたのは闘気だけじゃない。極限まで練り上げた
「へぇ…続けて?」
ライザーの推論をヒルダが促す。
「昔、何かで読んだ事がある。ある実験で強い催眠状態の被験者に『これは火で熱せられた鉄棒だ』と言って熱くない鉄棒を押し付けると火傷したように肌に水膨れができたとな。お前の技の正体…。強い殺気の刃をぶつけ、脳に斬られたと錯覚を起こさせるんだろう?」
肉体が不死身だろうと、脳が斬られたと認識すれば意味がない。脳が勝手にダメージを肉体へ伝えるからだ。
「お見事。戦闘中にこれに気づいた奴は初めてだ。誇っていい。お前は強いよ…」
よくできましたと手を鳴らしてヒルダが肯定する。秘剣を看破されたというのに余裕の態度を崩さない姿にライザーは歯軋りする。そして同時にこの技の恐ろしさも気づいた。これを破るにはこちらも同等の殺気で相殺するか、敵の剣を全て躱さなければならない。それが意味するのはーー
(倒すには最低でもこいつと同等以上の体術が必要という事か。クソッ、この体では…)
万全の状態ならいざ知らず、隻腕で体力も消耗している今の自分に果たしてできるだろうか。
「三位一体という言葉を知っているか? 三位とは魂、精神、肉体を指す。つまり生命体とは‶魂”というバッテリーを動力にして、‶精神”というパイロットが‶肉体”という
「魂を絶つ…か。確かに決まれば‶不死”すら殺せるかもしれんな。だが、こうして俺が生きているという事はその技は未完成と見た」
「リアスへの気遣い、またはゲームだから急所を外しているとは考えないのか? まぁ、そこは好きに解釈してくれ。私から教える気は…ない!!」
そして再び振り上げられる剣。狙いはーー‶右肩”。
地べたを転がりライザーは凶剣を回避する。このままでは嬲り殺しにされる。認めなければならない。この敵は今まで戦ってきた者達の中で最強だと。
「おぉおおオオ!!」
ライザーの雄叫びと共に炎の翼が顕現する。位置は両肩と両足の計4箇所。背中から出していたものと違って小型だが、これで良い。余分な力は放出せずに留める。更にそれを凝縮したものがこの翼。
「お前の秘技を見せてくれた礼だ。今度は俺の秘技を見せてやろう!!」
言い終わると同時にライザーの姿が掻き消える。桁違いのスピードは空間に赤い残光を残し、繰り出された一撃はヒルダを一瞬でフェンスに叩きつけた。全身を鎧に身を包む重量は100㎏近い。それを軽々と吹き飛ばす威力は絶大だ。
(やはりどうしても狙いが甘くなる。スピードがあり過ぎるのも考えものだな…)
いくら超速を誇ろうと急所に当たらなければ意味がない。ライザーの動体視力と反射神経が追いつかないのだ。自ずと攻撃は単調で大雑把になる。ライザーが実戦で使用できなかった理由だ。しかし、現状打破するにはこれ以外思いつかない。攻撃こそ最大の防御也。
「さぁ立て! 俺にここまでさせたんだ! 楽にリタイアできると思うな!!」
「よう…やく、本気になったか。面白いっ!」
フェンスから抜き出たヒルダが鎧を脱ぎ捨てる。音を立てて転がるその鋼の装甲は拳の形に深々と陥没していた。破損した鎧など重しにしかならない。
前傾姿勢になって隙を窺うライザーと剣を正眼に油断なく構えるヒルダ。
互いの最強が今ぶつかる。