「はい。多少予定とは異なりますが、まだ修正の範囲内です」
駒王町の夜景に溶け込むように潜むヴァニタスが携帯を片手に主人へ状況を報告していた。彼の視線の先には駒王教会がある。魂の視覚化――この能力で誰がどのように行動しているかを障害物を無視して正確に把握できるのだ。
「このまま監視? よろしいんですか、悠長にしていると機を逃しますよ」
リアスの判断に戸惑うものの受話器からの怒声にそれも引っ込む。
『悠長ですって!? こっちは逃げ回る敵を頑張って追ってるのよ!』
一誠が離れた後、リアスは眷属を総動員してこの事件の全容について調査していた。首謀者であるレイナーレには悪魔払いとは別に直属の部下の堕天使が3人おり、それぞれ駒王町にバラバラに潜伏している。教会を襲撃されたレイナーレの救援に行かないようにとリアス達はこれを見つけ出して討伐しなくてはならなかった。
既に2人倒したが最後の1人が厄介だった。その10歳に届くか否かの幼い容姿を利用して、人混みの中に紛れながら絶賛逃走中である。仲間を失って孤立無援になった為に向こうも必死だ。
「貴族たる者、
『分かってるわ! この町は魔王様の命で任された土地よ! 誰に喧嘩売ったのか思い知らせてやるんだから!!』
リアスが啖呵を言い放つと同時に通話が切れる。ヴァニタスは順調に成長している
(さて、一誠様は
フリード・セルゼン――僅か13歳でヴァチカン法王庁直属の悪魔祓いとなった天才児。純粋な人間の中では間違いなく、現駒王町では最強だろう。そんな彼と渡り合うヒルダもかなりの腕だ。ただし、互角では勝利は有り得ない。
「皆さんはどうなると思います? この戦いの行く末は…」
ヴァニタスは周囲にひしめく無数の気配に対して呟く。おそらく外野組の転生者達だろう。彼らも自分の住む町が、世界が、物語が、どう変化するのかが気になるようだ。
主人公が裏社会に身を投じる事になった初陣。今後の戦いに影響を与える重要な一戦だ。原作では上手く回った歯車も、転生者という異物混入でどうなるかは分からない。
ひょっとしたら結末に納得いかないと誰かが暴走する事だってあり得る。そうなればヴァニタスも黙ってはいられない。
(リスクから逃げた臆病者に、覚悟して飛び込んだ者を邪魔する資格はない。そうでしょう、ヒルダ様?)
黒い悪魔の相貌が戦場を照らす金色の魂を見据えていた。
◇
「あんた等、知ってて黙ってたのかよ!?」
「おい、松田! 落ち着けって!!」
司祭に食ってかかる親友を元浜が羽交い絞めにして抑える。
アーシアを無事に助け出せた事に安堵したのも束の間、松田はすぐさま元来た道を戻ろうとした。混乱する彼の話をまとめると、地下に化け物がいて一誠が足止めの為に残ったという。にわかには信じがたい話だが嘘を言ってるようにも見えない。まさかヒルダが警察の介入を拒むのも、司祭が照明を落とさせたのも関係しているのでは――そう考えた元浜が司祭に問いただすとあっさりと肯定した。
そのせいで一誠を置き去りにする事になった松田は今にも殴りそうだ。
「で、でもそういう事ならなんで公にしないんですか!? 対抗策が無いわけじゃないんですよね?」
「人間を襲う怪物が人間に化けて暮らしている。キミ達はそんな町に住みたいか? 情報公開すれば互いに疑心暗鬼になり、人間同士で潰し合うのが落ちだ。現代に『魔女狩り』を復活させるわけにはいかん。そして奴らはそんな人間の心の隙を突いてくる」
司祭の解答に2人は押し黙る。元浜も漫画やゲームで知った魔女狩りについて少し調べた事があった。
まだ魔女という存在が信じられていた時代、実際に起きた悲劇だ。
魔女という忌まわしい人間を見つけ出す為に、様々な拷問が施された。拷問に屈して
魔女の疑いありと認められたら、それは即ち‶死″だ。これが人間のする事かと疑いたくなる所業である。そしてこの風習を悪用する者が現れたのだから救いようが無い。彼らは気に入らない人間を何の根拠もなく魔女だと密告し、我が手を穢すことなく殺していったのだ。
「異端審問…」
「あれは教会の…いや、宗教による正義の暴走だと考えている。なぜ真実を明かさないのかと思うのは良い。だが、その理由について自分でも想像してくれ」
もし人外の存在が公になれば、まず思いつくのは『人種差別』だ。彼らに心があれば悪い者もいるだろうし、善い者もいるだろう。しかしこれはそんな善い者も死に追いやるシステムだ。
人間という単一種族でも未だに解決できない問題をこれ以上拡大してしまうのかと思うと、元浜は責める気にはなれなかった。
「じゃあ一誠はどうなるんです? あいつ1人で戦ってるんですよ!」
「私の部下達も下に残っている。民間人を1人で戦わせるほど非情じゃない。それでも安心できないのなら一つ頼みがある」
そう言うと司祭は懐から鍵束を取り出し、その中の一つを松田に渡した。
「ヒルダが苦戦しているようだ。あの娘の部屋から
◇
戦闘の余波を受けて少しずつ礼拝堂が崩れていく。荘厳だった面影はもはやない。しかし中央にいる金と白の竜巻は更に周囲を荒らしていった。
「いいねぇ、いいねぇ! やっぱ殺し合いじゃないと燃えないわ! そう思わないかい、ヒルダちゅわぁん!? 」
「やかましいっ!」
怒りを載せたヒルダの横薙ぎをフリードは跳躍して躱す。そして長椅子の背もたれに着地すると、曲芸師のように長椅子から長椅子へと跳び移っていく。
「お前は牛若丸か!?」
「ひゃははっ! じゃあそっちは弁慶ですか!? 馬鹿力なところがソックしですもんねぇ!」
四方八方から浴びせられる銃撃をヒルダは足を止めて一つずつ打ち払う。なるべく礼拝堂を壊したくないヒルダに比べてフリードは壊す事に躊躇いが無い。間違いなく敵はこちらを怒らせにかかっている。湧き上がる怒りとそれを宥めようとする冷静さ、相反する心で満たされていくのをヒルダは感じていた。
(いや、あれは天然だな)
研ぎ澄まされた技術と天性の勘が組み合わさり、フリードは絶大な戦闘力を発揮していた。殺し合う事が日常だったせいで、スイッチのonとoffを切り替えるのを煩わしいと考えるようになったのだろう。鞘に納める事ができない剣は魔剣と変わらない。
確かに剣は斬るもの、悪魔祓いは悪魔を狩るもの。それを体現したフリードこそ、教会が求めていた悪魔祓いの理想像だろう。だが、そんな彼をヒルダは哀しいと思う。
(違う。私の目指しているものはこんなものじゃない)
ただ強力なだけの剣、粛々と命を狩る獣、そんなものにヒルダは憧れない。
どんなものにも理由がある。
なんで剣なんて生まれたんだろう。なんで悪魔祓いなんて生まれたんだろう。
少なくともヒルダが悪魔祓いを続けているのは人間という弱い生き物を守る為だ。人外に比べて人間が圧倒的に弱い存在だからだ。強い事を言い分にして弱い者を蹂躙する事は間違っている。
だからヒルダは剣を振るう。力を振るう事すらできない者達の為に。
「ヒルダ先輩!!」
膠着していた戦場に闖入者が現れる。
両者の間に現れた人物――松田は息を切らせてヒルダへと‶ある物″を放り投げた。
「はぁっ!? 邪魔しないでくださいマス? 死ねよ」
楽しい時間を中断されたフリードの銃口が火を噴く。しかしそれを読んでいたヒルダが光剣を投擲して凶弾が届くことは無かった。
「ありがとう、松田…」
フリードが松田に気を取られている間に‶ある物”はヒルダの手の中に納まっていた。それは一振りの剣。簡素な鋼鉄の剣だった。
「おいおい、何かと思えばそんな骨董品で僕ちゃんと殺り合おうっての? ナメんじゃねぇえええ!!」
激昂したフリードが獣のように跳びかかる。
彼が怒るのも当然だ。時代が進み、人間の技術力は発展してきた。
持ち運びに不便で手入れが面倒だと、今では使用者は極少数となってしまった旧時代の一品。それでもかつては悪魔祓い達は皆がこれを携えて数多の悪魔を狩ってきたのだ。
祝福儀礼を施した剣。
聖剣には遥かに及ばないものの、これもまた教会を象徴する悪魔に対する‶切り札”である。
フリードが振り下ろす光剣。その光を発する僅かな部分を、ヒルダは彼の手を一切傷つけることなく斬り飛ばす。
「ああ、やはり剣はこれぐらい重い方が良い。手によく馴染む」
光剣は軽く、いくら斬っても斬れ味を損なわないという利点がある。しかしヒルダにはしっくりこないのが悩みだった。命を奪うのだから、手に感触が無いと気持ちが悪い。
「チィッ!」
近接武器を失ったフリードが距離を空ける。離れて銃撃に移るつもりだろうが、今のヒルダにそれは悪手だ。
この剣でないとできない技がある。長年悪魔と戦い続けて身に着けた技。人外にしか使う気が無かったのだが――
「その禁を今破ろう。アバン流刀殺法――海波斬!!」
高速度で振るわれた剣による真空の刃がフリードの体を斬り払った。
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