「絵本読んでくれよ、どろしー」
リーヤ君が読み聞かせをせがんでいる。
にゃんこハウスの居間でどろしーちゃんに絵本を読んでもらうのはよくある風景だった。
大丈夫、リーヤ君はバカで幼児並の脳みそだから読んでもらう以上の意図はない。どろしーちゃんのヒザの上、あまつさえ胸があたるなんてことはカケラも思っていないので大人の僕は冷静にスルーしておく。
夕飯のカラアゲが間違ってリーヤ君だけコショウが大量に入ってしまうかもしれないけど、それは仕方がない。
「どれがいいの?」
「えーとえーと……うわあっ」
本棚から雪崩が起きる。
「犬!」
「リーヤ!」
「大丈夫かリーヤ!?」
頑丈なオオカミ男だから本が頭にぶつかったぐらいで大したことはないだろうけど、つい心配してみんなが駆けよる。
「大丈夫?」
「バカだな、一気に出そうとするからだぞ」
みんなで本を棚に戻す。
「あら、コレだけ妙にキレイね」
どろしーちゃんが手にした本をしげしげと見る。
「オズの魔法使い……?」
「コレ読んでもらった覚えがないのだ」
みんながどろしーちゃんが持っている絵本をのぞき込む。
「懐かしい。同じ本がありましたね、もっとボロボロだったけど」
「しいねちゃんはコレ好きだったわよね」
「だってお師匠様と同じ名前だったから」
主人公の名はドロシー。竜巻で異世界に飛ばされた少女の物語だ。
「私も先生にいろいろ読んでもらったけど、コレは覚えがないわ」
チャチャが不思議そうにこちらを見上げる。
「だって笑っちゃうじゃないですか、”ドロシー”が主人公だなんて。悪い魔女ならともかく」
どろしーちゃんの目がつり上がる。
「あらピッタリじゃない。世間をだましているハリボテの魔法使いをこらしめる話でしょう!?」
「ま、まあまあ、せっかくだから読んでくださいよ。久しぶりにお師匠様の『オズの魔法使い』聞きたいなあ」
ピリピリとした空気の間にしいねちゃんが割り込む。
「私も聞きたい聞きたい!」
ヒートアップしかけたどろしーちゃんは、子供たちの提案に振り上げた手を下ろして座る。
三人とも彼女のまわりに座って絵本をのぞき込んだ。
「ポピィ君もいらっしゃい」
どろしーちゃんが壁際で遠巻きに見ていたポピィ君を手招きする。
「いや、俺は……」
「いいから君も読んでもらいなさい。ひとり増えたって同じなんだから」
彼の背中を押してやるとみんなの近くにしぶしぶと座った。
「ドロシーは大草原のまんなかの小さな牧場で、おじさんとおばさんとくらしていました……」
僕が「オズの魔法使い」を読めなかったのは他でもない、主人公の名が”ドロシー”だったからだ。簡単に会えなくなってしまった彼女をどうしても思い出してしまった。
「するとどうでしょう、背中に翼のある恐ろしいサルが飛んできました」
「ひえっサル!?」
「小さい時もこわかったけど、改めて見てもこわいな」
「さくぞーにハネが生えてたら最強かもね」
「ひええ……オソロシイこと言わないでほしいじょ」
「お前、空飛べる靴あっただろ」
「飛んでも絶対に逃げられる気がしないのだ」
ポピィ君も始めは仕方がなさそうにしていたけど、楽しそうに参加している。
どろしーちゃんが本を読み、それを囲んで4人はワイワイと物語を楽しんでいる。幸せを形にしたらこうなるだろうかと思える光景がそこにあった。
「おじいさんは小さな声で言います。『わたしは魔法使いでもなんでもない、みんなをだましていたんだ』」
今になってやっと「オズの魔法使い」を受け止めることができた。
空っぽだった魔法使い、そんな自分を認めたくはなくてずっと虚勢を張ってきた。
どろしーちゃんは「魔法使いをこらしめる」と言ったけど、本当は魔法使いを救う物語だ。”ドロシー”は魔法使いを救ってくれたのに、どうして僕を救ってくれないのだろう。読むのが辛くて、チャチャたちに読んであげることはできなかった。
でも今はどろしーちゃんも子供たちも居る。本当の自分を晒してもそばに居てくれる。空っぽの中をみんなが満たしてくれた。
魔法使いを救ってくれた。僕の、どろしー。
ヒロインの名がドロシーなのでこの作品になぞらえた絵とか見かけたりしたけど、自分が書いたらこうなりました。
セリフ的にポピィ君が居るタイミングになってしまったので考え直すことに。
絵本読んでもらったりしてないだろうな、と、その辺を書きそうになったけどネタがぶれるのでアッサリと。
同じ本を持っててもセラとどろでは対称的、というのが書きたかった。