VRSAO アインクラッド 100%RTA 実績【誰が為の明日】獲得まで   作:クソ煮込みうどん

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初投稿です。(迫真)



本編更新が1ヶ月半前ってマジ…?(震え声)
えー、ともかくお久しぶりでございます。本業が落ち着いたのでまた投稿再開します。
収穫と出荷同時進行のデスローテが終わってようやくまともに執筆時間が取れます……(›'ω'‹ )
こっから2月くらいまで余裕ができるはずなんで何とか投稿ペース上げたいですね()

まぁ年内に1章終わらねぇだろうなとは感じてますが†┏┛墓┗┓†
もう進捗ガバガバです。

とりあえず次のほんへの前に一回記念単話書くことにしましたので、リクエストありましたら活動報告の方か本作の感想欄にでも投げてください。


また誤字脱字や文法のミス等ありましたらまたお願いします_(:3 」∠)_


『同族嫌悪』 1/2

「ふぅ~ン」

 

「違うぞ」

 

 

 アスナを宥めつつやって来た大衆酒場、山籠もり以来二日ぶりとなるアルゴとの初手の会話がこれだった。

 互いの省略した言葉を補完すると、概ね以下のようになる。

 

 

──ふぅ~ン。とうとうソロ専だったキー坊もアーちゃんたちとよろしくやることに決めたのカ。さて、この情報はどの程度の値が付くかナ

 

──違うぞ。アスナは成り行きでこうなっただけだし、ホルンとは互いの都合があるから共犯者ムーブしてるだけだし、ストレアはあいつに付いてきてるだけだ。コンビとかパーティーとか正式に結成はしてない

 

 

 苦しい言い訳なのは百も承知だが、あまり変に勘繰られても困る。女子二人だって別に俺たちみたいにやらかしたわけでも無いので同族扱いは不服だろう。彼女たちの本意はともかく、名誉の点では軽はずみに肯定するわけにはいかなかった。

 何よりアルゴのおもちゃになるのが嫌だ。

 

 そんな抗議の視線をサラリと流し、今度はストレアを見た。

 

 

「ほぉ~ン」*1

 

「そうだよ♪」*2

 

 

 例によってかなり省略されてそうなやり取りだ。ストレアのことだし十中八九ホルン絡みの何かだろう。深入りすると笑ってない目を向けられそうなので黙っておく。許せホルン。

 

 

「……さっきから何なのその圧縮言語コミュニケーション。絶対何か僕に不都合な事実を捏造してるだろ」

 

「まぁまぁいいからいいから♪」

 

「ま、ご愁傷様ってとこだナ」

 

「おっと一気に不安になったぞ?ねぇマジで何言ってくれやがったの。……おい何事も無いように席に着くな」

 

 

 いつも通りホルンは食い物にされていた。しかも人目を気にして普段ほど強気に訂正できないから非常に歯痒そうだ。哀れである。

 

 

「ま、とりあえず注文しなヨ。積もる話はあるだろーガ、一応酒場だしナ」

 

 

 そう言って黒エールを(あお)っているアルゴは実に空気に溶け込んでいる。RPGの酒場なんてそれこそ情報や仲間との出会いの定番ロケーションだ。ある意味一番この場を満喫しているように思う。

 ひとまず指示通りに着席すると、入客フラグが立ったのか奥からNPCウェイトレスがやって来る。

 このNPCに注文することで飲食物が届くのだが、どう考えても調理時間が存在していないだろ、というごく短時間で提供される為、無粋なのは分かるが直接テーブルに召喚するんじゃダメなのか?とはβ時代から思っていた。まぁ雰囲気作りには貢献しているし、彼女たちに人件費は発生しないので余計なお世話と言われればそこまでだが。

 それはそうとこのドブラックな店員の勤務形態に異を唱える社畜は居なかったのだろうか。現代社会の闇が垣間見える異世界RPG、ちょっと苦しいんだけど。

 

 俺の内心の葛藤をよそに、店員は俺たちの前まで来ると設定通りの笑顔で定型文を口にした。

 

 

「ご注文をお伺いします」

 

「えっと…じゃあ、黒エールを」

「果実酒のソーダ割りをお願いします」

「アタシはハーブ入りワイン~」

「ジンジャーエール」

 

「かしこまりました」

 

 

 一人変な注文があったにもかかわらず、店員は笑顔のまま厨房へと下がっていった。こういう時彼女たちの鋼の接客サービスを尊敬する。この卓上では注文した本人以外、全員が奴の正気を疑うような目を向けていた。

 

 

「…………なぁホルン、ここ酒場なんだけど」

 

「酒飲まなきゃいけないルールあんの?アルコールすら入ってない苦くてまずい奴を」

 

 

 酒場で酒飲まないなら云々かんぬん、という定番のやり取りも、恐らく奴には響くまい。言葉の過剰報復かグーパンが返ってくるのがオチだ。

 なんなら注文できる段階でゲームシステム的にはホルンの言い分が正しいのだろう。正しいからと言って納得するかと言われると微妙なところだが。

 

 

「いやでも…こう……あるだろ、雰囲気ってものが」

 

「雰囲気に流されて未成年飲酒とかガキのすることだろ」

 

「未成年飲酒って子供にしかできなくない?」

 

「……急に哲学的な話になったわね」

 

 

 言われてみるとそうだな…、と一瞬流されたせいで会話の趣旨を見失った。マイペース赤眼どものせいで空気が混沌としている。

 ホルンが煽り、ストレアが脱線させ、アスナが呻き、俺が振り回される。いつもの展開だった。既にアルゴの作っていたRPGの酒場感はもう感じられない。件の《鼠》嬢も呆然としていた。哀れな。

 

 そうこうしている内に注文したドリンク類が届き、どうにか酒場の体裁は取り戻された。あとはこの納得いかない感じも酒で流し込んでしまおうとジョッキを手に取ると、周囲の三人とアルゴが各々のドリンクを手にこちらを見ていた。ちょっと圧にビビったのは内緒だ。

 何故俺が……という思いを誤魔化すよう一度咳払いし、それっぽい雰囲気が出るように言う。

 

 

「えーと、それじゃ……無事2層到着を祝って、乾杯!」

 

「かんぱーイ!」

「かんぱ~い♪」

「……乾杯」

「はいはい乾杯乾杯。なんか最近飲んでばっかだなぁ」

 

 

 一応の唱和が取れたので流れでジョッキの半分ほどを喉の奥に流し込む。現実で母さんの晩酌を味見させてもらった時同様、俺の舌にも苦酸っぱい炭酸にしか感じない。なのだがこう……一日冒険をした後だと謎の美味さを感じるのだから不思議だ。

 成人連中は飲んでも酔えない酒に何の意味がある、と不満を零していたのを聞いたが、俺のような雰囲気だけを求めているティーンエイジャーには丁度良いのかもしれない。隣でジンジャーエール飲んでる奴は知らん。

 

 

ぷっはァ~!この一杯の為に生きてるナァ!燻製ベーコンがよく進むゼ。店員サーン、おかわりヨロシクー」

 

「酔わない酒でそこまで雰囲気出るのは流石だよな……。俺もなんかツマミ頼もうかな」

 

「アルゴ、《鼠》って呼ばれてるのにチーズじゃないんだ?」

 

「いやいやスーちゃん、流石のオレっちもそこまでキャラ作りしてねーカラ。食いもんくらい好きにさせてくれよナ。……んで、ホー吉とアーちゃんはどうしたんダ」

 

「……意外と目立ってないなって。南国侍とオールウェイズ赤ずきん居るのに」

 

「南国侍って」

 

「黙りなさい晴れの日レインコートくん。……でも確かに、大人数でもそんな目立たないものね。誰かさんが言ったようにバラける意味あったのかしら」

 

「やかましい」

 

 

 二人の様子を眺めつつ、アーちゃんもすっかり汚染されたナァ、などと宣うアルゴに俺もストレアも苦笑い。

 

 

「これに関しては顧客も内容も選ばないっていう、アルゴの商売方針が知れ渡ってるからだな。妙ちくりんな変装した客と同席してることも珍しくないし、『あーいつものか』って流してもらえるってわけ」

 

「木を隠すなら、ってわけか」

 

 

 アルゴ的にも変装した顧客は歓迎するところだろう。何故ならこうして怪しい格好の客と同席してるだけで『誰が変装してまでアルゴから情報を買おうとしたか』、というゴシップ寄りの情報(商品)が手に入るのだから。外界と遮断されているSAOではこういう些細な娯楽が流行ると踏んで早い内から取り扱っているのだ。本当にいい性格している。

 だからきっと。どこかの物好きがこのオシャレなバンダナの剣士は誰!?……という情報を彼女から買うかもしれないのである。きっと誰か居るはずなんだそんな人が。

 

 

「マ、1ヶ月も1層に居たのから一転、ゲート開通から五日で迷宮区到達ダ。キー坊が残念な陽キャの成り損ないみたいなファッションしててもそんな気にされないヨ」

 

「この色そんなダメかなぁ……もう一つ悩んでた、赤と紫の縞々の方が良かったりする?」

 

「ヤドクガエルみたいな色しか選ばないのな。普段の黒づくめのが100倍マシなセンスしてる」

 

 

 瞬間、アスナとストレアが肩を震わせながらテーブルに沈んだ。まさか南国侍より酷い評価が待っているとは思わなかった。ちょっと黒エールがしょっぱくなった気がする。

 

 

「……あー、うン。キー坊はまだ慎ましくはしゃいでる方だヨ。他の連中なんて盛り上がり過ぎて3層まで行ってないのにギルドネーム決め始めてるんだゼ?トンガリ頭(キバオウ)のとこなんて《アインクラッド解放隊(Aincrad Liberation Squad)》とか名乗ってるヨ」

 

「名前負けの雰囲気しか感じない」

 

 

 これはまた何とも……と言葉を濁しつつ合いの手を入れておく。俺は隣の煽りカスとは違うので、たとえ一時の気の迷いで仰々しい名前を名乗ろうと茶化しはしない。

 それにギルド規模で人が集まっているのなら、あながち見栄を張っているわけではなく、実際に遠大な計画を有している可能性もある。MMOに於いて人数の多少はかなり影響力の大きい要素だ。

 

 

「そうね───《レジェンド・ブレイブス(伝説の勇士たち)》なんて名乗ってる人たちも居るみたいだし」

 

「オ?最近前線まで上がって来た奴らじゃねーノ。アーちゃんも耳が早いナ」

 

「ええ……ちょっと気になってるんです。色々と」

 

 

 ぴしり、と空気が僅かに悲鳴を上げた……ような感覚がした。グラスをテーブルに置く音が何故か妙に響く。二日酔いとか無いはずなのに胃痛がしてきたような気さえする。

 

 

「オイラも小耳に挟んだばかりだけどナー。マ、時間掛かった分レベル平均はβの時より高いし、今後もこうやって前線に合流する人数が増えると良いんだがネ」

 

「βの時って2層攻略時どんくらいなん?」

 

「7か8ってとこだったヨ。初めレベル5くらいで突っ込んで壊滅(ワイプ)しまくってたケド、頭が冷えた頃には普通にレベ上げて挑んでたナ。どっかの誰かもネ」

 

「どっかの誰か……ね」

 

 

 アルゴの弁でホルンは概ね察しが付いたのだろう、こちらにジトっとしたワインレッドの視線を向けてきた。特に理由はないが、なんとなく居た堪れない気分になって黒エールを流し込むスピードが上がった。

 

 あの時はまぁ廃ゲーマーの意地だとか、ささやかな自己顕示欲の為にLA(ラストアタック)狙いで大分無茶したけど。流石に今そんな無謀をする気は無い。以前と違い、『次』なんてものが無いのだから。

 

 そもそも1層攻略時、俺のレベルは12。これは経験値効率的にほぼ当時の上限まで上げ切っていた状態だ。レイド参加者全体で見てもβ時クリア平均を大きく上回り、リーダーを努めていたディアベルに至っては俺と同じレベルに達していた。

 βの感覚を知っていた彼も、これなら定数割れの1レイドでも勝てると確信していただろう。それがあの強気の演説だった。

 

 にもかかわらず、ボスのスキルコンボはディアベルのHPをあっさりと削り尽くしている。それも1層で最上位クラスの装備の上から。

 これはつまり……フロアボス相手ではステータス的安全圏など無いに等しい、ということの証左だと言える。

 

 

「オレっちも警戒を促しとくヨ。それに今回のボスはレベルよりも装備が重要だからナー」

 

「あー…うん、そうだね~。……その話題、ちょーっと最近のアタシたちにはホットって言うか……えっと」

 

「アーちゃんがご機嫌斜めなのと関係してるのカ?」

 

「察してくれますかね……」

 

 

 ストレアが言葉を濁そうとして盛大にボロを出し、ホルンが半ば投げやりに肯定した。なお俺の右隣では、何かを誤魔化すように果実酒を一気飲みしておかわりを注文している細剣使い(フェンサー)の少女が居たりする。気まずいなんてもんじゃない。

 別になぁなぁにするつもりでも無いが、流石にこれ以上この話題を先延ばしにするのは無理そうだ。とっとと本題に入ってしまおう。

 

 

「……アルゴ、これ。迷宮区のマップデータ。1・2階は埋めてある」

 

「いつも悪いナ。毎回言ってるけど既定の情報代なら……」

 

「いや、マップデータが無かったせいで犠牲が出たら夢見が悪いからやってるだけだよ。代金はいい。……ただその代わりに、今回一つ、条件付きの依頼を受けてほしい」

 

「ふぅン?ま、他ならぬキー坊の頼みダ。オネーサンに言ってみな」

 

 

 こちらがオブジェクト化した羊皮紙状のマップデータを受け取っていた情報屋の表情が、殊勝なものからいつものふてぶてしさを帯びたコケティッシュな笑みに変わる。

 と同時に、何故かアスナの方から強烈な圧を感じた。何だと言うんだ一体。

 

 

「さっき話題に上がった《レジェンド・ブレイブス》について調べてくれ。メンバー全員の名前と、できれば結成の経緯も」

 

「条件ってーのハ?」

 

「俺がこの情報を欲しがってることを知られたくない。特に、本人たちには」

 

 

 予想はしていたが非常に渋い顔をされた。《トールバーナ》の宿でしたように、アルゴは本来口止め料の交渉次第では依頼人の名前すら商品にする。守秘義務など存在してないに等しいが、それがある種の公平さを保っていた。誰であってもアルゴの前では平等な情報源である、という共通認識が生まれるほどに。そのおかげでボス部屋の騒動があってなお《鼠》のアルゴという情報屋が重宝されているのだ。

 本来なら俺も彼女の流儀に則り、口止め料を払って交渉を依頼するべきなのだが。今回は『誰かがブレイブスのことを嗅ぎまわっている』ということを知られること自体がマズい。トリックを暴けない内に証拠隠滅に動かれる可能性がある。

 

 つまり俺の要求は、アルゴに情報屋としての矜持を曲げてスパイ行為をしてほしい、というグレーなものだ。

 《鼠》のブランドにひびを入れかねない要求なので彼女もかなり困って──

 

 

「じゃあここは手間賃代わり、ってことでひとつ」

 

 

 そんなセリフと共に、ホルンが俺と同じようにオブジェクト化した羊皮紙の束をアルゴの手前に差し出した。厚さの違うものが二つある。

 

 

「あン?ホー吉なんだコレ」

 

「筋を曲げてもらう分への誠意……で、いいのかな?多分。割に合わない要求してるのはこっちも分ってるからその辺の補填」

 

 

 思わぬ援護射撃が来てちょっと驚いている。用意がいいのもそうだが、プライバシー侵害であれだけアルゴに敵意を向けていたホルンが、アルゴの土俵で交渉をするなんて…と。山籠もりで多少どころかかなり打ち解けてたりするんだろうか。

 同様の認識なのかアスナや頼まれてるアルゴまでちょっとポカンとしていた。しかしストレアだけはどこか誇らしげな笑みを浮かべているので、付き合いがもう少し長くなれば分かっていたことなのかもしれない。ホルン理解度検定一級にはまだ及ばないらしい。

 

 

「へェ……オネーサンの扱い方が分かってきたみたいだナ。そういうノ、嫌いじゃないゼ」

 

「そりゃどうも。姉弟子好みの情報をピックしたつもりだよ」

 

「出来た弟弟子で嬉しいネ。どれどレ~…………あー、何だこの…ナニ……?『必見!ランプ一個で始める簡単ワスプ根絶講座』…?まさか昨晩のボヤ騒ぎホー吉のせいなのかヨ」

 

「僕は悪くない。木が勝手に燃えただけだ」

 

「犯行道具タイトルにしといて何言ってんダ」

 

「おい」

「まだ諦めてなかったの!?」

「ホルン、お話」

 

 

 まぁそんな空気もアルゴの読み上げた資料の題材で消えてしまったのだが。ちなみにだが今のタイトルが付いてる資料の方がぶ厚かった。ハッシュドポテトとビック○ックくらいに厚さに差がある。

 どうやらあの時ストレアにした発言は本気だったらしい。冗談であってほしかった。

 

 

「うわァ…なんかキモいくらい情報が纏まってル……。しかもオイラの攻略本の情報引用して、火だるまにしたハチがどれくらい削れてたとか、獲得した素材やコルの量とか列挙されてるんだガ……執念ヤバいぞコレ」

 

「…………えっと。アタシたちも今初めてそれの存在を知ったんだけど、アルゴ的にどう?」

 

「……倫理とか道徳とかの別問題が生じるだろうガ、この狩り方ならレベルや装備の質が低くてモ……あるいは生産職みたいな直接戦闘力の低いプレイヤーでもある程度のレベリングが担保できル。ワスプ系は今後も出てくるし、同じ対策取れるとしたらかなりアリなネタだナ…」

 

「うそぉ……」

 

 

 しかも困ったことに、資料をめくってる感じアルゴの受けがそこそこいい。多分俺の出したマップデータより。解せぬ。

 ……まぁ仕方なくはある。この層でしか役に立たないマップデータと、うまくいけば上の層でも流用できるホルンの狩り方の情報。価値に差が生まれるのも已む無しと言ったところか。ここは長期的な利益を見越した情報提供ができた彼の方が上客だったというだけの話だ。

 

 

「いいのかホー吉。コレ普及したらおめーが取れる利益減るゾ」

 

「……?いや僕ワスプ素材必要ない武器だし別にいいよ。小遣い稼ぎの手段は無くなるけど、それよりも誰かがこの方法でワスプ絶滅させてくれてる方が嬉しい。フィールドでエンカウントしないで済む」

 

「目的よりも手段が重要なタイプの狂人じゃねーカ。これひょっとしてオイラに犯罪の片棒担がせようとしてんじゃないよナ……?」

 

 

 目が澄み切ってるのに何でだろう、ホルンから殺意害意敵意しか感じないのは。川の水は綺麗なほど栄養が少なくて生物が少ないと聞くがそういうあれなのだろうか。奴の場合はろ過を重ねた純度100%の透明な毒が川のように流れているだけな気もするが。

 

 震えを誤魔化すようにもう一つの紙束に目を移す。アルゴの表情から見て、恐らくこちらが本命だったのだろう。

 タイトルは──『《体術》活用スキルコンボ理論暫定報告書』。妙に仰々しい辺りホルンも中二病が抜け切れてないような。

 

 

「こっちは……なるほド。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()カ。仕入れてない情報を提供されるのは多いガ、こういうのは初めてだナ。悪くない切り込み口ダ」

 

「メリット・デメリットをはっきりさせられないのがあのクエの情報を売れなかった理由だと思ってね。これなら多少はマシなプレゼンテーションできるだろ。……で、足りる?」

 

「貰い過ぎなくらいだヨ。……全く、ここまで身銭切って頼んでくるのを断ったら、オネーサンが悪者みたいじゃないカ」

 

「じゃあ…!」

 

 

 グイっとジョッキを突き出すアルゴは、しょうがない奴メと言わんばかりの不敵な笑みで応じた。

 

 

「ああ、受けてやるヨ、その依頼。その代わりって訳じゃないガ、今後も《鼠》のアルゴを御贔屓に、ってナ」

 

 

 こちらも二ッと笑みを返し、突き出されたジョッキに俺とホルンの物が打ち合わされる。こういう交渉事を見ていると普通のマルチオンラインゲーにありそうな空気だ。今居るここがデスゲームだと忘れそうに──

 

 などと温いことを考えていた俺に、右側から強烈な熱気を伴った圧と、左側から極低温を帯びた視線が突き刺さる。死の気配がする。

 何事かと振り向くと、そこにはこちらをきつく睨みつけるアスナと、ホルン越しに笑ってない目を向けてくるストレアが。先ほどよりも二人の機嫌が悪い。なんでだ。本件の事態収拾の為の必要な交渉だっただろう。

 

 言い訳の出力すらできなくなる程の少女二人のプレッシャーに、震えに合わせてジョッキの中身がちゃぷちゃぷと情けない波音を立てている。

 そしてあちらにも多少は()()が向けられているだろうに、アルゴは特に気にした様子もなく、三杯目の黒エールを注文しながらビジネススマイルを返す。

 

 

「さテ、他に何かオレっちに依頼はあるカイ?」

 

 

 その鋼のメンタルの仕入れ先を教えてほしい、と心の底から思った。

 

 

「あ、忘れてた。依頼じゃないけどメモ帳切れたから早く新しい攻略本出してよ」

 

「ぶち殺すぞ」

 

 

 アルゴから仕入れなくてもホルンから聞けるかもしれない。あいつから語尾が消えるの初めて聞いたぞ。

 

 そんな静かな関心を抱いていると、(おもむろ)にアスナが予想外の言葉を口にした。

 

 

 

「では──武器強化ペナルティに《武器破壊》があるか、調べてもらえませんか?」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 アルゴさんとの情報交換を済ませた私たちは、再びその足で《タラン》村の東広場まで戻ってきていた。

 主街区がそうであったように、2層の《圏内》設定エリアの多くはテーブルマウンテンをくり貫く形で設計されているらしい。この村も例外ではなく、面積あたりに強引に空間を確保する為か、日本の建築基準法で考えると違法判定を受けそうな階数の建築物も多い。

 その上外壁部に近いほど高い位置から建てられてるので、窓から覗く景色はただの4階建てに比べてかなり高所に感じる。……それこそ、眼下の《強化詐欺師》が気付くことはないだろうと思えるほどに。

 

 

「結構いい場所選んだな。真後ろでもなく、遠すぎもしない。手元も見れるし監視に丁度良さそうだ。ホルンFPSとか得意だったりする?」

 

「C○Dみたいなジャンルだっけ。やったことないよ。僕RPGとか狩りゲーみたいなチマチマ一人でやる奴のが好きだし」

 

「じゃあ何を基準にここ選んだんだ」

 

「……ストレアが僕の部屋監視する時の位置取りを参考に」

 

「…………強く生きろよ」

 

「慰めるな。惨めになるだろ」

 

 

 男子の方からそんなやり取りが聞こえたような気がするが。多分気のせいだろう。きっとそう。

 

 

「アスナアスナ聞いた?アタシ、ホルンに参考にされちゃった♪」

 

「…………よかったわねストレアさん」

 

 

 他にどう返せばよかったのだろう。15年の歳月しか生きていない私には難解すぎるシチュエーションだった。だからホルンくんもそんな顔しないでほしい。きみの向けてくる保健所の処分寸前の犬がしそうな悲哀と諦観の視線に耐えられるほど私は強くないの。

 

 

「えーっと…俺とストレアが買い出し行ってる間、何かあったか?」

 

「何も。メンテ依頼が数件くらい」

 

「そんな簡単に尻尾は掴めないか……。まぁいいさ、晩飯食いながらのんびり行こうぜ」

 

 

 

──結論から言うガ、武器強化ペナルティに《武器破壊》は存在しナイ。ただ、()()()()()()()()()()必ず武器が壊れる状況は存在すル

 

 

──それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ダ。……普通は試さねぇだロ?所持金ゼロで買い物する奴が居ないように、『残ってないなら仕方ない』って諦めるからナ

 

 

 

 先の酒場でアルゴさんはそう言った。私たちが真相を追っている《強化詐欺》が意図して起こされたものなのか、偶発的に起きた事故だったのかを知りたいが為の質問は、予想通りと言うか、故意であったことが確定したのだ。

 私の愛剣《ウィンドフルーレ》の強化試行回数は6回が上限。強化回数は4、振り分けは《正確さ(Accuracy)》+3と《丈夫さ(Durability)》+1。つまり、強化終了まで2回分の猶予が存在している。そして今もそれは変わっていない。

 やはりキリトくんの考察通り、あの瞬間金床の上にあった剣は私の物ではなく、エンド品のウィンドフルーレだったのだ。そして私とキリトくんは、あの鍛冶師がどうやってエンド品を収集しているかも見ている。あとはすり替えトリックの手口を暴くだけだ。

 

 そんなことを考えて一人熱意を燃やしていると、近くのテーブルの上に食料品が積まれたらしく、温かな湯気と共にふわりと仮想の胃を刺激する香りが漂ってきた。そう言えばお昼から今までまともな食事をしていない。やる気を出すのは後にしよう。

 視界を外から室内へ戻すと、そこは内容物不明の饅頭のようなものが湯気を立てていた。テイクアウトしてくれたようだし、近くの屋台かどこかで買ったのだろうか。

 栄養バランスや食事のマナーにうるさい現実の母が知ったら卒倒しそうな夕食であるが、私としてはひそかに憧れのあったコンビニの買い食いみたいでちょっとワクワクする。ストレアさんとのお風呂場の交流以来、こういうちょっとお行儀の悪いことに期待するようになったのは内緒だ。

 

 

「ありがとうキリトくん。……ところでそれ、中身はなんなの?」

 

「《タラン饅頭》って言うらしい。βで買ったことないから中身は分からん……多分牛がテーマの層だから、関西風の牛肉の奴じゃないか?あっちの方だと牛を『肉まん』、豚を『豚まん』って呼び分けるみたいだし」

 

ここ(アインクラッド)関西ってか西洋だろ。日本文化まったく見かけねぇぞ」

 

「あ、じゃあアタシの買って来た牛肉の串焼き食べなよ~。ホルンの好き嫌い治るように食べさせてあげるね♪」

 

「ありがた迷惑余計なお世話だ」

 

 

 ぶつくさ言いつつも饅頭に手を伸ばす辺り彼もチャレンジャーだった。単純に嫌いな牛肉で確定してる串焼きを避けただけかもしれないが。

 そうして串焼き二刀流状態のストレアさんの頭を抑えつつタラン饅頭を手に取るのを見て、私とキリトくんも苦笑しながら手近な食料に手を伸ばす。12月の冷え込む空気のせいか、手に取ったタラン饅頭の柔らかい生地と湯気に生唾が溢れそうだ。

 すぐさま齧り付きたくなるのを堪え、いただきます、と小さく零していざ口元に──

 

 

「んん‶~~~!!?」

 

「あ‶っ‶づぁ‶!!?!?」

 

 

 直後、二人の方からそんな悲鳴が聞こえる。

 大声に驚いて振り向くと、そこには小さな歯型一つ分の質量を失った饅頭を持ったホルンくんと、謎にのたうち回っているストレアさんの姿が。よく見れば彼の饅頭から噴き出たらしいクリーム状の流動物で、少年の左袖周りと、少女の口元から胸元までがベタベタになっている。中身は肉じゃなかったようだ。

 ……その光景を見たせいではないが、私とキリトくんは齧り付く直前だったタラン饅頭をそっとテーブル上に戻していた。

 

 

「……一応聞くけど、大丈夫?」

 

「中身は熱々のカスタードクリームと、イチゴっぽい味の果物だったよ……割と美味しい…。でもクリーム多過ぎだよぉ……うぅ…胸の方までベタベタになったぁ……」

 

「呑気に食レポしてんじゃねぇぞダボが…お前のせいで僕の左袖巻き添え食らったんだけど……?あとこの食いかけどうにかしろ」

 

「だってホルン『あーん』してくれないじゃん。アタシはレストランでやってあげたのに。あ、残りはホルンが食べていいよ。間接キスだね♪」

 

「はっ倒すぞ」

 

 

 とんだブービートラップである。二人には悪いが手を付ける前で助かった。あと、同じような目に遭わないように今後は自前で用意しようと思う。

 

 同じ轍を踏まぬよう、軽く手で扇いで冷ましてから齧り付く。するとしっとりもちもちとした皮のほのかな甘さと、口の中に広がるクリームの滑らかな舌触り、ほのかに甘酸っぱいの果肉の味が調和を保ったまま舌に広がった。肉まんだと思って食べるとあれだが、スイーツとしては十二分にアリだと思う。

 順番がおかしい気もするが、次は牛串も一口。こちらも炭火の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、香辛料のパンチが効いた肉は噛むほどに肉汁が溢れ、肉自体の弾力もあって見た目以上にボリューミーで満足感がある。

 

 個人的に食べ合わせは微妙に感じたが、それが気にならないほど食が進む。空腹は最高のスパイスとはよく言った物だ。

 他の三人も同様なのか、一通り空腹感が落ち着いたからか平時のテンションまで戻っている。

 

 そうして英気を養いながら監視を続けていたのだが…。

 

 

「……昨日と同じなら、あと20分もしないであいつ店閉めるな」

 

 

 ボソッとホルンくんが口にした言葉に反応しメニューを開く。時刻は19:44。監視を始めて一時間ほど経過したにもかかわらず、成果は上がっていなかった。

 それどころか途中二件あった強化依頼は、まさかの両方とも大成功。期待と言うと不謹慎かもだが、ともかく盛大な肩透かしを食らっている。

 キリトくんはミドルクラス……一線級に及ばない装備だったからではないかと言ってくれたが、こうなってくると自信が薄れてしまう。

 

 昨晩私が遭遇したのは《強化詐欺》で間違いない。しかし、今の彼はもしや、既に詐欺をする気は無くなったのではないか?などと言う疑念が湧いてくる。

 犯罪心理に詳しくはないが、既に私の剣を騙し取れなかったのは彼も気付いているはず。ならトリックを割られた疑惑のある詐欺行為自体、避けようとするのが自然ではないか。

 何より……。

 

 

『お、お買い物ですか?それともメンテですか?』

 

 

 ……あの応対、そしてキリトくんを介して聞いた《レジェンド・ブレイブス》の雰囲気。まるで、客に対して必死に武器強化を選択肢から外そうとしているようにも…。

 

 

「アスナ…大丈夫?」

 

 

 急に声が掛かりはっとする。見れば、こちらを心配するように不安げな目で、ストレアさんとキリトくんがこちらを見ていた。途中から口に出てしまったのだろうか。

 何を弱気になっているのだろうか。私が発端となって彼らを巻き込んでいるのに、真っ先に折れるようでは申し訳が立たない。

 

 

「……ごめんなさい。食べて落ち着いたら、ちょっと疲れが出たのかも」

 

「そっか。無理しないでね」

 

「それに今日はやらないかもしれないからさ。あんまり気を張りすぎなくても──」

 

「残念ながら、そうもいかないみたいだよ」

 

 

 視線を受けて彼が外に向けて顎をしゃくった。釣られて全員が確認に向かうと、すっかり日の落ちた広場を横切るよう、目立つ金属鎧のプレイヤーが横切っているところだった。

 外は薄暗いが、街灯に照らされた防具は深みのある反射光を見せる高品質品のテクスチャで表現されている。そしてその下に着込んでいるのは、ボス攻略メンバーの2大グループの片割れ、リンド隊の所属を示す青の胴衣。

 人通りの少なくなった広場をまっすぐ突っ切り、彼の足は《ネズハのスミスショップ》に向かっている。

 

 

「あの武器……ナックルガード付きで直剣…《スタウトブランド》だね。装備の質的には十分標的になるよ」

 

 

 ストレアさんが腰の武器を確認してかそう呟く。たしかその武器は、私の腰にある《ウィンドフルーレ》と同等かやや高めのレアリティの武器だ。もしあの剣士が強化依頼をするなら狙われる可能性は高いだろう。

 次いで声を上げたのは窓際から広場を見下ろしていたホルンくん。

 

 

「──強化依頼っぽい。《重さ(Heaviness)》指定、武器は+3から+4だって」

 

「………………もはや何も言うまい」

 

「なんだその反応。疑ってるならなんか賭けてもいいよ?負けたら腐り牛乳飲ますけど」

 

「誰も疑ってないからこういう反応なのよホルンくん」

 

 

 私の言葉に小さく解せぬ…と答えているのが聞こえた。私たちとしてはいい加減解してほしいものだが。

 彼を除く全員が地獄耳に引いていると、空気を変えたかったのか咳払いと共にキリトくんが口を開いた。

 

 

「……あー、っと。あのリンド隊のメンバー、名前分かるか?」

 

「確か…シヴァタさん?だったような」

 

「ヴァ?シバタじゃなく?」

 

「だってスペリングが【Shivata】だったんだもの。ヴァでしょ」

 

「……ヴァだな、それは」

「ヴァ~~~♪」

 

 

 キリトくんとストレアさんが下唇を噛んでVを発音しようとしているのを見て、英語の教師は生徒に教えるとき笑わないからいい人達なんだなと感じた。私はちょっと笑いそうになって誤魔化す羽目になった。

 最後の一人はこちらの即席英語教室には混じらず、冷めた目でその様子を見てため息を吐いている。

 

 

「紛らわしい名前ですこと。読み仮名振る機能でも付けろよな」

 

「……キミ(Horn)がそれ言うのはダメじゃない?パッと見『ホーン』なのか『ホルン』なのか分からないじゃん」

 

 

 小ばかにしたような笑みが気になって言い返そうとしたら、それより先にストレアさんがカウンターをお見舞いしていた。ちょっと頬が膨れていた。

 言われてみるとそうだ、ここにも名前の紛らわしい人物が居るのだった。私の場合彼の名前を知ったのが《トールバーナ》のアレなので、綴りより先に自己申告で読み方を聞いてたせいかもしれない。

 なお、言われた方もすっかり忘れていたのか、ちょっと気まずそうにそっぽを向いている。こういう反応は割と年齢相応なのだが。

 

 

「はは、まぁホルンの方はまだ分かりやすいよ。俺なんか1層の攻略部隊に居た《Hokkaiikura》って名前の奴見て、《ホッカ・飯倉》だと思ってたら、仲間の呼び方的に《北海いくら》だったっぽくてさ。まぁそんな感じで、ネトゲのPN(プレイヤーネーム)なんて自己申告あるまで本人がなんて名乗りたいのか分からないことの方が多い。あんま気にしなくてm」

 

「いや、どっちも無理あるだろ。なんだよホッカ・飯倉って」

「変な名前~」

 

「…………」

 

 

 なおそんな友人をフォローしようとしたキリトくんは、流れるように恩を仇で返されていた。先ほどまでホルンくんに指摘する側だったはずのストレアさんまで追撃に加わっていて目も当てられない。

 しかし傷心の友人を宥めようとする前に事態が動いた。シヴァタ氏が腰の剣を鍛冶師ネズハに預けたのだ。

 

 

「…!みんな、強化が始まるわ!」

 

「手元に注視するんだ!」

 

「言われなくても!」

 

 

 窓際に四人も集まると肩幅で結構狭く感じるものだが、今の私たちはそれさえ感じぬほどに集中していた。全員の視線が一見普通の商談をしているように見える露店へと向けられる。そこにあるはずの、真実を求めるように。

 

 右手に剣を持ったまま、鍛冶師の左手が携行炉から離して置いてあるいくつかの袋をまさぐる。恐らく中身は強化に使う投入素材だ。サイズからしてあの中に入れ替え用の武器はしまえないだろう。

 次いで確認したのは剣の近くに並べられた、カーペット上の既製品たち。念の為昨晩ストレアさんが言った、類似品との入れ替えを懸念しての確認だ。しかしやはり、並んでいるのは廉価なアイアン系武器だけ。同じ物どころか同格の武器すらない。仮にあそこに同じ武器があっても悠長に入れ替えるのを店先で見逃すはずがない。

 

 こちらが注意深く確認する中、目的の素材袋を見つけたらしい鍛冶師がその中身を携行炉の中へと流し込んだ。その間も左手の剣に意識を割くのは怠らなかったが、不思議なことに彼の手は剣を保持したまま微動だにしない。

 訝しんでいるこちらとは裏腹に鍛冶工程はよどみなく進み、材料を()べられた炉の炎が、《重さ》の強化を示す真紅へと染まる──その刹那。

 

 

「──っ!」

 

 

 一瞬……ほんの僅かな時間だが。鍛冶師の右手が『何か』をした。それに伴い、炉で熱される直前だった《スタウトブランド》のテクスチャがブレたように見えた気が──。

 接し合う肩の強張りから友人たちも同じものを見たようだ。しかし言葉を出力するより早く、鍛冶のハイライトシーンの放った強烈なライトエフェクトが視界を埋め尽くす。肝心の部分が見えなかったものの、確実に手を加えた形跡が見えた。

 忸怩たる思いを噛みしめつつ、視界の先の工程を見守る。そこには何事も無かったかのように赤熱化された剣身を、スミスハンマーで表向き丁寧に鍛え上げる鍛冶師と、それを見るシヴァタ氏。

 8回──9回…10回。槌音の途切れに合わせるように、昨晩の再演をするよう、鈍色の刃が砕け散る…。

 

 

「…………どうする……?」

 

 

 ……その瞬間から目を逸らした後ろめたさをないまぜにした問いに、応えられる者は居なかった。大分省略されているが、キリトくんの問いの中身は全員が理解している。それはすなわち……今しがた剣を奪われた激情を、自制心でもって抑え込み、今広場を去ろうとしているシヴァタ氏に真相を告げるかどうか、だ。

 正直に言うのであれば、同じように《所有アイテム完全オブジェクト化》で剣を取り戻せることを伝えたい。同じ目に遭ったからこそ分かる、愛剣を砕かれた悲しみと、その剣で冒険をした時間が永遠に失われたと錯覚するあの喪失感が。あんな思いを誰かにしてほしくない。

 

 しかし同時に、それが多大なリスクを孕んだ行為であることも理解していた。私の場合は支えてくれる友人たちがすぐそばにいた。彼彼女らは理性的で、私もそうありたいと願えたから己を律せられる。

 だがシヴァタ氏が必ずしもそうだとは限らない。今真相を伝えることが彼の心の癒しではなく、激情を起爆させるスイッチになったとしたら?そうなったとき、この身近に凶器の存在する世界で、どれだけ苛烈な制裁が行われるかは想像に難くない。軽はずみな言動が、プレイヤーの手によってプレイヤーの命を奪うことになるかもしれないのだ。

 

 誰も声を上げられるぬまま時は流れ、やがて、20時を告げる鐘楼(しょうろう)の音が響き渡る。

 ぽつりと、ホルンくんが呟く。

 

 

「……既にブレイブスもヘボ鍛冶屋、いけるとこまで行くつもりだろうね」

 

「『も』…って、昨日の感じ、ネズハ本人は乗り気じゃなかったように見えたけど」

 

「今実際にやってたのに?」

 

 

 キリトくんの反論を、どこまでも残酷に突き付けた事実で遮る。どろりと淀んだ紅の瞳がこちらを流し見た。

 ブレイブスの面々がなりふり構わないのは、なんとなく想像できる。今は装備の質でステータスを補っているだけだが、いずれステータスも前線の水準に追いつくだろう。そうなれば現行の前線集団を追い抜くことだって視野に入る。

 しかしホルンくんはどうにも、ブレイブ側よりも鍛冶師ネズハに重点を置いて話を進めているような。その彼らに軽んじられている側の方が危険と言わんばかりだ。

 

 ぎしり、と背もたれに体重掛けたことによる軋みが、やけに大きな音を立てた。

 

 

「と言うかさ、反論封殺されてたのも見たんだろ?アイツの意見なんて、ブレイブスにとってはその程度なんだよ。そしてあのヘボ鍛冶屋も、実行犯の自分がボイコットすれば破綻するのを知ってるくせにやらない」

 

「それは…そうなんだけど……」

 

「……個人的な見解だけど、ああいう、所謂(いわゆる)『いじられキャラ』に落ち着く程度の奴はね。何かしら自分の存在価値を示せないと、コミュニティに属せないって強迫観念があるんだよ。どれだけ自分がないがしろにされようと、やらされてることが不本意だろうと、『そこ』に居られるに足る何かを示さなきゃいけないんだって。

そうして周りを見なくなって、狭いコミュニティに縋って、惨めな自分を慰めながら固執する。それを指摘されれば『仕方なかったんだ』って被害者意識すら口にしてね。……反吐が出るよ」

 

 

 随分と生々しい心理分析だが、謎の説得力を感じてしまう。まるでどこか、身近なところで似たケースを見たかのような、実感のこもった呪詛だった。

 そんな空気に呑まれる私たちに向けて、彼は「だから」と続ける。

 

 

「変に他人に同情する暇があったら、アイツの手品を暴く為に脳みそ使ってくれないかなぁ。どっちみち実行犯潰せば成立しないんだからさ。変におセンチモード入るのやめてほしいね」

 

「……………………?……えっと、つまり何?きみはその…私たちに発破をかけてくれてるってことでいいの?」

 

「ついでに、だけどね。僕としてはもうこの際連中のことなんかどうでもいい。この件を裏から糸引いてるだろうあの黒ポンチョの思い通りの展開になってそうなのが気に食わないんだよ…!絶対台無しにしてやる……吠え面かかせてやる…!!

 

 

 黒ポンチョ……《PoH(プー)》と名乗ったというその人物が余程彼の逆鱗に触れたようだ。未だかつて見たことないほどの熱意でホルンくんが真相解明に取り組んでいる。負の感情を原動力にした人間、怖いなぁと素直に思う。

 なおそんな相棒の変化にストレアさんは、よく見る「ホルンはしょうがない子だなー」みたいな顔で苦笑していた。その程度で済ませていいのかあれは。

 そして彼女はそのままシームレスに彼の頬をつねりに行った。ギリギリッ…という人体から聞こえちゃいけなそうな音が聞こえる。止め方が雑過ぎて私とキリトくんは(おのの)いた。

 

 

「……そうだな。スキルスロット的に他に《鍛冶》スキル持ちは居ないだろう。仮に外部に居ても、手口が同じなら対処できる。まずはすり替えトリックを暴くことに集中だ」

 

「そうしましょうか」

 

 

 隣が混沌としてきたせいか現実逃避が捗る。

 そのついでに窓の外に視線を投げかけ、視界の先で店じまいをしている鍛冶師の背を見て、ふと。

 

 

「……ねぇキリトくん。あのカーペット、どんな機能があるのかしら」

 

「《ベンダーズ・カーペット》のことか?えーっと、まず営業行為承認機能だろ。次に商品展示機能、及び保護機能。あとは収納機能…」

 

「その収納機能で、入れ替え用の武器を隠せたりしない?」

 

「……いや、無理だよ。あのカーペットは確かに独自ストレージを有しているけど、カーペットの上に乗ってるものは全部収納してしまうんだ。ネズハも今やってるだろ?ああやってメニュー操作すれば全部…しまって……だから、剣一本だけなんて…………」

 

 

 やはり浅知恵だったか。悪くない思い付きだと思っていたのだが。

 そう内心で自嘲していたのだが、聞き手の少年の表情は違った。今私が口にした何かが引っかかったのだろうか。

 

 

「……カーペットのストレージを使う必要はない…自分のストレージなら、選べる……?」

 

「キリトどうかしたの?」

 

てひはほはへははへははんひ(手品のタネは割れた感じ)?」

 

 

 頬を引っ張ったり引っ張られながらエントリーしないでほしい。気が散る。

 しかしキリトくんはその程度で動揺することはなく、少しして弾かれたように窓から離れ、床に這いつくばって何かしら操作を始めた。

 背中から鞘ごと外した剣を左手に、右手は可視化表示したアイテムストレージタブを低く、低く……右手が垂れた瞬間、自然に触れられるように配置して。その姿勢はまるで、鍛冶師ネズハの作業風景を再現しているように見えた。二人も察したのか真面目な表情に戻った。

 

 

「ホルン、剣を貸してくれ」

 

「あいよ」

 

 

 返事ひとつで彼は鞘ごと曲刀をキリトくんに投げ渡した。躊躇が微塵もない。信頼故か……あるいは彼の本当のメインウエポンが脚のスローイングダガーだからかは不明だが。

 ともかくキリトくんはそれを受け取ると、床のストレージタブの上に置いた。瞬く間にシステムが曲刀を青白い粒子に変えて格納し、ストレージ欄最上部にその名前が表示される。

 

 

「俺のが盗られる側、ホルンのが入れ替える側だ。時間を計ってくれ」

 

「了解」

 

「行くぞ…3、2、1!ゼロ!」

 

 

 言うが早いか、彼の右手がストレージに剣を落とし格納。粒子の納まりを待たずに素早く所定の入れ替え武器…ホルンくんの曲刀の名前を指でタップ。すると、剣が消えてからほぼ間を置かず、彼の右手に一振りの曲刀が出現する。

 

 

「どうだ!?」

 

「……現象としては、似ていると思う」

 

 

 キリトくんの顔が少し強張った。しかし。

 

 

「でもライトエフェクト派手過ぎかな…。格納と展開で二回もこんなエフェクト出てたらバレるよ。ハイライトシーンで誤魔化すのも難しいと思う」

 

「何より遅すぎる。クイックが足りない…圧倒的にスロウリィ……!!」

 

「ぐぬぬぬ……。ダメか…」

 

 

 赤眼コンビのご尤もすぎる追撃に沈んだ。ちょっとホルンくんのテンションがおかしいが。

 ……しかしクイック…はて。最近どこかで聞いた単語のような気がする。

 

 

「……訓練して、動作を最適化しても無理そう…?」

 

「諦め悪いなお前。てかマジレスするけど、このゲームって大体の要素プレイヤー側のステータスに依存してるだろ?レベリング厨のお前のAGI(敏捷性)値をあのヘボ鍛冶屋が上回ってると思うか?あの鈍くさい足取りで。アルゴみたく極振りしてるようにも見えないんだけど」

 

「へ、ヘイトスピーチ……」

 

「ってなると、システム的な要素であのスピードを出すことになるよね。生産職のスキルにそんなのあったかなぁ」

 

 

 言葉は悪いが正論だと思う。今も大捕り物ならぬ大()()物をこなしたはずだと言うのに、カーペットを担いで広場を去る足取りは重く、遅い。

 ……しかし何故だろう。さっきから微妙に喉の奥に小骨が引っかかるようなこの感覚は。何かを見落としているような…?

 

 

「……ん。待ってくれ、今アルゴからメッセが飛んできた」

 

「酒場の依頼もう進展あったの?調べもの早いなぁ」

 

「ついでに手口も解明してくんないかな……カンカンカンカン金属音聞かされてたせいで頭痛いんだわ…もう考えたくないナリ」

 

「キャラ崩壊が激しいわね今日のホルンくん…」

 

 

 呆れつつキリトくんの可視化表示に変えてくれた、非常に長いフレンドメッセージに目を通す。件名には【取り急ぎ、第一報】と書かれていた。

 その下に列挙されていたのは構成メンバーの名前と大まかなキャラクタービルド、そして軽くだが、名前の由来にも触れられていた。これはホルンくんが彼らの名前に反応してた時に気になって、追加依頼でアルゴさんに頼んだものだ。この世界(SAO)に百科事典などないだろうに、綴りなどまで乗っていたのは少々驚いた。

 

 それまで空気が張り詰めてたせいか、そこに書いてある情報を見ながら全員が肩の力を抜いて話し出す。やれやっぱこの英雄なのかとか、出身地間違って覚えてたね~とか。クイズの答え合わせをするような和やかな雰囲気だ。

 そして5人のメンバーの名前の下、最下部に6人目のメンバー……鍛冶師ネズハの情報が載っていた。

 

 名前は《Nezha》、レベルは意外と高く10。これは生産行為でも経験値が入るからだろうとはキリトくんの談だ。

 しかしレベルが高くてもキャラクタービルドは典型的な生産職のものらしく、先の話の通りAGI(敏捷性)よりもDEX(器用さ)STR(筋力)に振っている。素人目に見てもアンバランスだし、ホルンくんみたいな尖った才能が無ければ前線では戦えないだろうと思う。

 最後には妙なことに、彼の名前の由来と思われる情報が──

 

 

「……これどういうこと?」

 

「…………俺も聞きたいよ…!ブレイブスの連中、酒場では彼を『ネズオ』って呼んでたんだぞ!?」

 

「…………でもこれ、全然読み方が違うよ……」

 

 

 私たちは今まで、ブレイブスの面々が彼一人を仲間外れにしていると思っていた。あの小柄な鍛冶屋だけが英雄の名前を語っていないのは、彼らとの関係性を知られない為のものだろうと。

 だがアルゴさんの情報が確かなら、この前提条件が崩れる。

 

 

──ネトゲのPN(プレイヤーネーム)なんて自己申告あるまで本人がなんて名乗りたいのか分からないことの方が多い

 

──何かしら自分の存在価値を示せないと、コミュニティに属せないって強迫観念があるんだよ

 

 

 少年二人の言葉がリフレインする中、キリトくんが表情を変えた。

 

 

「……すり替えトリックを、暴けたかもしれない」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 二日後、《タラン》村東広場。

 

 

 

「いらっしゃいま……ヒッ!!?

 

 

 店先にやって来た俺の姿を見て、小柄な鍛冶屋の口から悲鳴が漏れ出た。俺のメンタルに50ダメージ。

 しかしそれで彼を責める気にはなれなかった。何故なら現在、俺はホルンによって最高にイカしたファッションにコーディネートされてしまっているのである。

 

 

 

~ ~ ~

 

 

『いいかキリト。お前の顔ははっきり言って女っぽい以外特徴が無い。かなり没個性だ。だからこそ使いようがある』

 

 

 泣いていいか?

 

 

『お前があの有毒生物カラーのバンダナ如きで変装できた理由がそれだ。素顔が地味で特徴が薄いからこそ、お前がイカれた色のバンダナを付けるとそっちにしか注意が向かない。そのせいで顔バレすることがないんだ。

きっとネズハもお前が趣味の悪いバンダナを付けてる人間という認識じゃなく、個性的なバンダナが歩くマネキンを装備しているくらいにしか思ってない』

 

 

 泣いていいよな?

 

 

『だから全身金属鎧なんてバカみたいな装備に金使わないで、今ある物でお前らしささえ上塗りすれば変装が成立する。という訳でだ』

 

『これ貸してあげるね~』

 

 

 ストレアの手によって俺の上半身が《マイティ・ストラップ・オブ・レザー(生足魅惑のマーメイド)》へと変更された。アスナが噴き出したのが辛い。俺の羞恥心に120ダメージ。

 あとめちゃくちゃ寒い。12月の外気温でしていい恰好じゃない。ソシャゲの水着ガチャじゃないんだぞ。

 

 

『……顔もバンダナ以外で誤魔化すか。なんかいいのある?』

 

『タラン饅頭入れてた袋があるよ』

 

『でかした』

 

 

 ホルンの手によって俺の頭部が紙袋で覆われた。目出し穴だけは付いたが、ヤベー奴にしか見えない。アスナが腹を抱えてうずくまってしまった。俺の自尊心に250ダメージ。

 

 

『す、ごーい!これならキリトだって絶対…バレ……な、い…っ!』

 

『……っ、……っ!!』

 

 

 フォローはありがたいんだけど、それなら笑わないで言ってくれないかなストレア。それかアスナみたいにいっそちゃんと笑ってほしい。

 

 

『…………完璧だろこの変装。視線合わせて会話したくねぇもん。僕初めて会った時のお前がこの見た目だったら逃げてたわ』

 

 

 お前本当に覚えてろよ。

 内なる俺に150%のダメージバフが入った。なお、顔に出た瞬間一睨みで黙らされた模様。

 

 

~ ~ ~

 

 

 

 

 

 こうして俺は現在、頭部:紙袋(リトル○イトメア)・胴体:帯だけ(H○T LIMIT)というファンキーすぎる出で立ちへと変更されてしまったわけだ。怖いもの見たさで見てしまった、窓ガラスに映る変質者が自分と同じ動きをしたときの絶望感は筆舌に尽くしがたい。

 しかしその甲斐あってかネズハには三日前に対面したプレイヤーだとバレていないようだし、ついでに呼吸の度に口や鼻に紙袋が張り付くせいで声もいい感じに誤魔化せてた。

 

 

「……プロパティ、拝見します」

 

 

 彼も店じまい寸前にやって来た変質者を帰らせたいのか、おずおずとしつつも確かな手つきで俺の差し出した……この装いの中では唯一まともな装備である、《アニールブレード》の柄をタップした。

 

 

「アニールの+6……試行回数二回残し、ですか。しかも内訳が……S3・D3。使い手は選ぶでしょうけど、すごい剣ですね……」

 

 

 先ほどまでの怯えは消え、ただ感嘆するような呟きだった。プロパティ内訳も《鋭さ(Sharpness)》、《丈夫さ(Durability)》のイニシャルで呼んでる辺り、ネトゲ慣れも十分してそうだ。何より自身の剣を称賛するその表情は、とても悪意を持って剣を奪い取る人物のものには見えない真摯さがある。やはり、根っからの悪人ではないのだろう。

 しかし間を置かず、表情が歪む。心の内を抉られたかのように苦し気に。

 

 

「…………強化の種類は、どうしますか?」

 

速さに振ってくれ素材は90%分料金込みで

 

 

 指定内容に意味はない。敢えて言うのであれば、風邪をひく前に着替えたいから早くしてくれ、とかそんな感じだ。

 提示される料金に同意しつつ剣を手渡す。あらゆる葛藤をねじ伏せ、寒さに耐え、わざわざあれから二日掛けて覚えたとある《技》が、結末に繋がることを信じて。

 

 変質者と目線を合わせない為か、それとも後ろめたさ故か。顔を上げないネズハは、事が終わればすぐさま着替える為、料金を払った後もシステムウィンドウを閉じない俺を怪しむ素振りはなかった。

 

 鍛冶作業が始まった。素材投入によって携行炉の炎が鮮やな緑に染まる光景を、俺はほとんど見ていない。平時の視野角では注目せざるを得ない演出を、紙袋の狭い目出し穴と身体の震えが抑制してくれている。

 故に……視えた。ネズハの右手が、一瞬カーペットに並ぶ剣同士の隙間を──その下に隠されているだろう、彼自身のシステムウィンドウを軽くつつくのを。

 直後、ほんの一瞬だが、彼の左手の内にあるアニールブレードが明滅した。意識しなければ気付けない、それほど巧妙なすり替え。

 

 紙袋の中に先ほどのネズハのような感嘆のため息が漏れ出た。もしこれがデスゲームでさえなければ、詐欺行為であることを棚に上げて拍手を贈りたい気分だ。

 俺の視線に気づくことなくネズハが剣を炉で熱していく。……恐らくだが、あのアニールブレードは三日前に買い取った、リュフィオール氏のエンド品の剣だろう。確証はないが、アニールブレードの市場供給量から考えてほぼ間違いない。

 そして慎重な手つきで色づいた剣身を金床(アンビル)の上へと移し、振りかぶったハンマーで打ち鍛えていく。

 

 カァン、カァンと鳴り響くその音は何の変哲もない澄んだ音だ。三日前、アスナの前でウィンドフルーレが砕かれた時と同様に。

 あの時俺は彼を慰めるよう、アスナに代わって丁寧に鍛冶作業をしてくれたことを労ったものだが、今にして思えば、彼がこれほど心を込めて作業するのは別の理由があったのだろう。

 

 槌音が8回目を超え、9回……10回。そして俺の目の前で剣はアスナの時と同じように、シヴァタ氏の時と同じように、儚い金属音を立てて砕け散った。

 ネズハの背が更に縮こまりながら震える。だが俺は、彼が謝罪の言葉を紡ぐ前に割り込んでいた。

 

 

「いや、謝る必要はないよ」

 

「……え…………?」

 

 

 表示したままの装備タブをいじると、上半身の帯が消え、代わりに簡素な灰色のシャツと軽金属製の胸当てが現れる。重ね着可能になった瞬間、追加で《コート・オブ・ミッドナイト》をコール。召喚された裾の長いコートが俺の身を包むのと同時に、役割を終えた紙袋を破り捨てて素顔を晒す。

 その瞬間、ネズハの細い目が呆然とするよう大開きになった。ホルンの奴と違って、彼はちゃんと俺の顔を見て覚えてくれてたようだ。ホルンの奴と違って。

 

 

「……あ、あなたは…あの時の…………」

 

「悪かったな、騙すみたいな真似して。素顔のままじゃ依頼を受けてもらえないと思ったんだ。……あと、あれだ。俺は別にあんな変なファッションする趣味はないから、その辺勘違いしないでくれよ?」

 

 

 まともな服の温もりに感動したせいか、少し軽薄な感じの言葉になってしまった。しかし今のネズハはそれを、既に全てを明るみにした断罪者の余裕と受け取ったのか、顔には驚愕よりも絶望の色合いが多い。

 俺も好き好んで彼を追い詰めたいわけではないので、残る手順を踏むことにする。彼の目の前で少し前まで無かった──武器スキルMOD起動アイコンを選択。

 すると、しゅわっ、という控え目なSE(サウンドエフェクト)と共に、薄く燐光を放ちながら一振りの剣が右手に収まった。つい先ほどネズハに託したはずの……彼が奪ってしまったと思っている、俺の《アニールブレード+6》が。

 一層深く絶望を刻む顔を見つめつつ、できるだけ刺激しないよう言葉を選ぶ。

 

 

「……俺も想像してなかったよ。こんな早い時期に、それも非戦闘職の鍛冶屋が、武器スキルMODの《クイックチェンジ》を取ってるなんてさ。それにカーペットと剣の隙間にメニューウィンドウを隠すのも見事だった。《ベンダーズ・カーペット》とその上のアイテムが、システム的保護を受けてると知らなければできない隠し方だ……」

 

 

 スキルMODとはModify……つまりは改造機能の一つだ。一定の熟練度ごとに解放権を与えられ、選択内容によって様々な効果をもたらす。

 うちのパーティーで例を挙げると、ストレアの《隠蔽》だろう。あのスキルはMOD解放時に大きく分けて《視認性》《静穏性》《索敵阻害性能》の項目でパラメーターを伸ばしていくのだが、彼女はメインターゲットを聴力に優れたホルンにした為か、基本的には《静穏性》を重点に伸ばしていると聞く。

 このようにプレイヤーが自身のスタイルに合わせて任意タイミングで能力を伸ばせる為、熟練度が同じスキルでもその内容は千差万別になる。完全習得(マスタリー)して全てのMODを解放した場合は違うのだろうが、現段階では絶対にありえないので割愛。

 

 ともかくこうして各種のスキルは熟練度を伸ばすと解放可能になるのだが、問題の《クイックチェンジ》もその一つだった。

 これはほぼ全ての武器で最初から習得可能なMODなのだが、悲しいかなアインクラッド5層までほとんど出番のない死にスキルだ。俺も5層までに取っておけばいいかー、くらいのノリで、《ソードスキルCT(クールタイム)短縮》とか《クリティカル率上昇》みたいな無難な能力を伸ばしている。

 そんなイマイチパッとしないスキルであり、なおかつ本来戦闘職のプレイヤーにしか縁が無いはずのスキルだという先入観が、事の真相を把握するまで時間が掛かった大きな原因だったわけだが。

 

 

「…………」

 

「……クイックチェンジの仕様を忘れかけてたから、大急ぎで熟練度を上げてさ。トリックの検証の為、こうして覚えてきた訳だけど…結構便利だよな、このスキル。本来ならメニュー展開→装備セル指定→オプションを《装備変更》指定→アイテム指定→承認でようやく呼び出す武器を、クイックチェンジならメニューを開いて、ショートカットを押すだけだ。

設定次第では……『直前まで装備した武器と同じものを、ストレージから自動で選び出す』ことも、俺がやったみたいに《強奪(ロビング)》の無い奴のストレージから、『自分の所有権が失われてない武器を強制的に呼び出す』こともできる」

 

 

 そして何より、剣を取り換えられたことに気付くだけではこのトリックは破れない。何故なら咎められた瞬間、再度武器を入れ替えてしまえばいいだけの話だ。もっと言えば、剣を砕かれた後では、動揺してすり替えの可能性に至らないことの方が自然。

 つまりこのトリックを破る為には彼が剣を砕いた後に、目の前で《完全オブジェクト化》で装備をぶち撒けるか……こうして同じように、《クイックチェンジ》で武器を取り戻して見せるかしかない。

 

 

 被害者であるアスナとも話し合ってこの方法を取ったのは、完全にトリックを暴いているのだと伝える為であり……また同時に、彼にまだ改心の余地があると信じてのことだ。一度この手口で心を傷つけられただろうに、アスナはこれに懲りて詐欺をやめるのであればそれでいいと言った。

 もちろん無罪放免とはいかない。自身の剣を奪われたプレイヤーたちを思えば、それだけは。しかしその刑罰が、プレイヤーによるプレイヤーの処刑であってはならないとも思っている。

 

 

「……謝って、許されることじゃ…ない、ですよね…………。でも、お返しするべき剣は……もう、ほとんどお金に…………だから…僕にできることは、これくらいしか……!」

 

 

 そして同時に……彼自身が命で償おうとするのも、避けねばならない結末だ。

 ゆらりと立ち上がったネズハが早まった行動をする寸前、彼の進行方向に数本の剣が突き刺さる。切断力のほぼ無い、刺突用の投擲剣が。

 

 

「はい残念ー、通行止めでーす」

 

 

 近くの空き家の屋根の上から、そんな小ばかにした声が聞こえる。次いで二人分の着地音が周囲に聞こえた。

 見渡した彼はさぞかし驚いたことだろう。自身を囲むように、数日前の来客集団が立ちはだかっていたのだから。

 

 

「ボックス*3みたいなことしてごめんね~?でも、アタシも()()は良くないと思うんだよなぁ」

 

 

 無言のアスナは元より、隣のストレアも、表面上は普段の笑顔だが有無を言わせぬ圧があった。

 それにたじろぐネズハが、完全に自殺を試みなくなったタイミングでトドメの情報を叩き付ける。

 

 

 

「……悪いけど、まだ聞きたいことがあるんだ。知っていることはすべて話してもらうよ、鍛冶師ネズハ────いや、《ナタク》」

 

 

 

 その言葉に今日一番の驚きを見せ……少しして、彼は力なく地面にへたり込むのだった。

 

 

「…………そこまでご存じなら、隠し事なんてできませんね…」

 

 

 彼の表情は、全てを諦めたようなそれだった。しかしその声は…どこか、僅かばかりの喜色を感じさせるものだ。

 彼はいったい、これをどういう心境で言ったのだろう。

 

 

 

 

「…………チッ」

 

 

 

 

 そして、ホルンは何故。それを見て苛立たし気に舌打ちしたのだろうか。

 

 

*1
「ほぉ~ン。ホー吉も折れたみてーだナ。コンビ結成おめでとサン。買い手が居たらこの話売っていいかイ?」の意

*2
「そうだよ♪なんてったってアタシたち両想いでベストパートナーだもんね~。それはそうとあんまり目立つとホルンが困っちゃうから、情報は売らないでね」の意

*3
ゲーム内で複数のプレイヤーによって対象を取り囲み、プレイヤー同士の接触判定、またはそれに伴うハラスメント警告により相手の行動を阻害する行為。良い子は真似しないように




2025/12/16 追記:
 sontoku13アニキ、liolアニキ誤字報告・文法ミス指摘ありがとナス!文字数のせいでチェックガバいので助かりますわ(›'ω'‹ ) 
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