偉大な船長は、この言葉を残した。
『宇宙を全裸水泳すると気持ちいいと思う……思わない?』
そう言ったあと、彼は全裸で宇宙空間に飛び出て死亡した。
彼の全裸スピリッツは多くの人々からはゴミのように唾棄されたが、一部の人々の中に呪いの如く染み付いた!
そして彼の死後100年、『全裸人』と名乗る新人類が誕生する。
彼らは人外じみた身体能力と、固有の特殊な能力を持ち、全世界に全裸を広める立ち上がった!
……この物語は、そんな全裸人の教祖に担ぎあげられるのから全力で逃亡する、ハダカンボ船長の唯一の子孫のお話である。
『宇宙を全裸水泳すると気持ちいいと思う……思わない?』
初めて太陽系外に脱出した有人宇宙船の船長。
『ネイキッド・ゼンラニョーコ・ハダカンボ』はそう言い残したあと、全裸で宇宙空間に飛び出して死亡した。
世界中の政府はハダカンボの無様すぎる死に様を隠蔽しようとあらゆる策を講じる。
しかしハダカンボ船長の遺言に心を打たれた宇宙船員の面々が、その無駄に高いIQを利用して政府の陰謀を打ち砕く。
かくして、ハダカンボ船長の遺言は地球に残った人類すべてにあまさず伝えられた。
大半の人類は『人類史に残る馬鹿』と罵ったが、一部の者はその崇高な散り際に心酔する。
ハダカンボ船長の全裸スピリッツは地球の各地に呪いの如く残り続けた。
――――そして100年後。
人類の中で、宇宙に適応した新人類なる者たちが現れ始めていた。
今までの人類とは比べ物に成らないほど頑強な肉体、強力な身体能力、鋭敏な動体視力。
そして
おまけと言わんばかりに、新人類たちは個別に『特異な能力』を持っていた。
中には既存の軍隊を単体で相手にできるほどの強力な能力を持つ新人類もいたりもした。
そして、一部の新人類たちはハダカンボ船長の全裸スピリッツを受け継いだ『全裸人』と名乗る。
その影響で全裸スピリッツを受け継いでいないマトモな新人類も『全裸人』と一緒くたに呼ばれるようになった。クソ迷惑な話である。
マトモじゃない全裸人たちを国が捕まえようとしたが、彼ら彼女らはあまりある身体能力と強力な能力で全裸ダンスウォーキングを断行。
世界中で最も起きた犯罪の名に『公然わいせつ』が躍り出てはや十数年。
これからの物語は、そんな世界で生きる男がもがきまわる話である。
時針が9の文字を過ぎた頃。
「くッ……!」
「待ちなさぁいッ!」
「私達がこの街の裏路地の構造を調べていないとでも!?」
「観念しろよ!!」
一人の男が全身を汗に濡らして暗い路地裏の中を走っていた。
その男の見た目はまだ若く、恐らく20を超えていないだろう。黒い髪をたなびかせて暗闇に包まれる路地が
そして男が路地の角を左に曲がった時、靴の底を地面に押し付けるようにブレーキを掛けた。
曲がり角の先は行き止まりであり、それ以上進めなかったのだ。
どこかに開きそうな扉や窓でもないかと首を振って探す。
しかし、それよりも早く、男を追いかけていた者たちが彼を追い詰めた。
「ふふふ……。私達を相手に、よく逃げたと褒めてあげるわッ!」
「っ……」
冷や汗が頬を伝い、顎からぽたりと地面に落ちる。
それを見て、男を追い詰めた赤髪の小柄な女はにやりと口角を上げた。
「そして、全裸人である私達から十数分も逃げ続けるその人外れた脚力! やはりあなたも全裸人なのね! ハダカンボ船長の血族の唯一の生き残り――――『
「お前ら……」
そして目の前にいる三人の女――――しかも
「何が『全裸人』だ! 俺の格好のどこが全裸だっつーんだよ!! お前ら狂人が全裸で暴れ回るせいでめちゃくちゃ迷惑してんだよ!!」
「生まれたままの姿で世界を練り歩くのはとても気持ちが良いのよ!」
「うるせぇ!!」
創は肌を極力隠すために黒一色の長袖長ズボンの格好をしている。先ほどの追いかけっこで出た汗のせいで服が体に張り付いてとても気持ち悪い。
対して、目の前にいる若い女性たちは堂々と裸体を晒していた。むしろ見てくださいと言わんばかりの仁王立ちである。何やってんだ。
三人の全裸女のリーダー格であろう、赤髪の少女が口を再び開く。
「私達の目的は……いや、その前にまずは自己紹介でしたわね。貴方たち、見せつけてやりなさい!」
「はい! 姉さん!」
「うっす! 姉貴!」
「もう既に十分見えちゃいけないものが見えてんだけど!?」
創の突っ込みを無視し、少女の横にいた金髪の女性二人が前に出る。
そしてお互いに妙なポーズを取りながら創の顔を見て声を出した。
「私の名前は『キタカゼ』! 手から生み出した風でどんな相手の服でも綺麗に巻き取れるよ!」
「私の名前は『タイヨウ』! 火の温度で相手が自発的に服を脱ぐまでぽかぽかあっためてやるぜ!」
「クソくだらねぇ能力の使い方を解説してんじゃねえ! 要は風と火の能力だろ!? 一言でバシッと言えって!」
最悪な北風と太陽を見た創が声を荒げる。
というか、旅人の服を脱がせる側の北風と太陽が初っ端から服を脱いでるってどういうことだよ。着ろよ。服を!!
既に突っ込みすぎて呼吸が乱れてきた創を他所に、リーダー格の少女が一歩前に出る。
そしてキタカゼとタイヨウの真ん中で、ふふんと胸を張って名を名乗った。
「そして私の名は『ムッチ・ムチ・アリス』!! 気軽に『ムチムチ』と呼んでいいのよ!」
「……いやあんた、殆ど子供みたいな体してるし、ムチムチはちょっと……」
「…………」
「それに、キタカゼとタイヨウみたいに自分の能力を言わないのはなんでだ? ぜん……新人類なんだから何かしらの能力は持ってるだろ?」
「…………」
淡々とした声色でそう問い詰めると、ムチムチアリスがぐっと唇を食いしばった。
そして涙目になりながら後ろに振り返りぐすぐすと鼻をすする。
「うぅ……どうせ私は貧相な体で、能力も二人みたいに全裸の教えに上手く活かせないのよ……。『ヒンッ・ソウ・アリス』なのよ……」
「そんなことないよ姉さん! 私は姉さんの能力も体も大好きだよ! ナイス全裸!」
「コラァ!! いくらハダカンボ船長の最後の子孫だからって、姉貴に言っていいことと悪いことがあるだろがァ!!」
「お前らが俺にキレるのはどう考えてもおかしいだろォ!!」
少しヤンキーチックなタイヨウの怒りに、創もぶち切れ返す。
変態三人衆に追い詰められたこの状況でなぜこちらが悪く言われなければならないのだろうか。10:0で向こう側に非があるだろ。別に服を着てたら相手の体格とか悪く言ったりしないし、そもそも気にもしないって。
キタカゼに慰められたムチムチアリスが目元の涙を拭い、創の方に振り返る。
そして再び、虚勢を張るように胸を逸らして言葉を放った。立ち直り早いな。
「私が、ひ、ヒンッソウ……ぐすっ、なのはどうでもいいわ!」
「自分で言って泣きかけてんじゃねえよ……」
「うるさいわねッ! とにかく、私達が三人揃ってあなたを追いかけていたのは……ズバリ、あなたに私たちのボスになってほしいのよ!」
「……はあ?」
困惑したような声を出す創。
それを見て、ムチムチアリスはにやりと不敵に口角を上げる。
「私達全裸人は、全裸の教えを全世界に広めようとしてるわ……」
「新人類を全裸人でひとくくりにすんな。カルト集団め」
「けど、依然として世界に全裸は根付いていない。これの原因はズバリ、全裸人が一致団結していないからなのよ! 私達全裸人は今こそ力を合わせるべきなのだわ!」
「ひとくくりにすんなって!!」
アリスは創の突っ込みをフル無視し、言葉を紡ぎ続ける。貧相な体躯をいじられない限り彼女は無敵なのだ。
そしてアリスは笑みを浮かべながら創にゆっくりと手を差し出し、口を開く。
「全裸人が纏まるためには、相応しい『リーダー』が必要よ! そしてハダカンボ船長の最後の子孫であるあなたこそがリーダーに相応しい! 全裸の教えを世界中に広めるために、あなたが必要なの!」
「……いや、無理っす……」
「さあ、今すぐ服を脱いで私達と一緒に行きましょう! 今宵のひんやりした風は火照った体に気持ちいいわ!」
「だから嫌だっつってんだろ! 街中で全裸になるのも絶対嫌なのに、誰が全裸カルト集団の教祖になるのを快諾すんだよ!!」
創が声を荒げて、全力でアリスの誘いを拒絶する。
すると彼女たちは悲しそうに、そして予想していたように軽くため息を吐いた。
「ふぅ……初めて見たときに服を着ている時点で予感していたけど……やはり駄目のようね」
「姉貴、どうします?」
「……彼には絶対素質があるわ、でも今はまだ目覚めていないだけ。だからここは、無理やり連れ去った後に私達で全裸の才能を目覚めさせるのよ」
「彼を全裸のまま車のフロントに貼り付けて街中走るんですね! わかりました姉さん!」
「何をおぞましい会話してんだよ」
彼女たちはひそひそと小声で話していたが、創も普通の人類とは比べ物にならない聴力の持ち主だ。その内緒話の内容はばっちりと聞こえていた。
……聞きたくない内容ではあったが。
三人は抑えた声での会話を終えた後、くるりと創の方を向き直った。
そしてムチムチアリスがバッと手を出し、横にいるキタカゼとタイヨウに命令する。
「こうなったら実力行使よ! 行きなさい、キタカゼとタイヨウ! 彼を全裸にひん剥くのよ!」
「はい! 姉さん!」
「うっす! 姉貴!」
行き止まりに追い詰められた創。
そんな彼に対し、アリスの手下であるキタカゼとタイヨウが素早く襲い掛かった。
全裸の若い女性という妙すぎる出で立ちだが、彼女たちも超人の身体能力を持った全裸人だ。しかもそれぞれが持つ能力は『風』や『火』とシンプルながらも強力な類のものである。
二対一という不利な状況で、創に成す術はないかと思われたが――――。
――――パパンッ!!
「!!」
アリスが驚きで目を見開く。
彼女の視界には、拳を振り切った姿勢の創と、キタカゼとタイヨウが地面に倒れる姿。
創は一瞬のうちに二人の顎先を拳で打ち抜いて脳震盪を起こして気絶させたのだ。
その光景を見て、アリスが警戒を瞳に浮かばせる。
「ふうん……。さすがハダカンボ船長の最後の子孫といったところね。能力を使わず一瞬でキタカゼとタイヨウを倒すなんて」
「一応鍛えてんだよ。……女性を殴ったことに関しちゃ、悪いと思ってるけどな」
「あら。全裸の教えの前には男女平等パンチなんて些細なことだわ」
足を肩幅の広さに開き、戦闘態勢を取るアリス。
「私が全裸の教えにそぐわない体と能力なのに、キタカゼとタイヨウを従えているのはね……私が『強い』からなのよ」
「……今引いてくれると、お互いに怪我をしないと思うんだが?」
「その怪我すらも、全裸の教えを世界に広げることに比べれば些細なことだわ」
アリスは小さな手をゴキゴキと鳴らし、自身の横の壁を這うパイプを掴んだ。
そして、その錆びかかった鉄パイプを強靭な膂力で無理やり引き抜く。およそ三メートルほどの長さの鉄パイプは、狭い路地裏で使うにはあまりに長すぎるものだった。
「そんな長いパイプで戦うつもりか? 壁にぶち当たってまともに振れないだろ」
「あらそう? 本当にそう見える?」
「何……?」
笑みを浮かべたアリスが鉄パイプをきゅっと強く握ったとき。
天空に向かって直立していた鉄パイプが、芯を失ったように
「金属製のパイプなのに、とてもだるだるよね。これなら振れると思わない?」
「……おいおい。『ムッチ・ムチ・アリス』って、まさか
「大正解! さあ、少し痛い目にあってもらうけど――――全裸になったら許してあげるわよ!」
アリスが鉄パイプの鞭を握り、創に向かって叩き下ろすように振る。
しなりを持ったパイプの鞭を交差した両腕で受け止めた創は、普通の人類なら骨が容易に粉砕するその威力に顔を歪めた。
(いッッだぁッ!? 普通の鞭の威力の比じゃねえ!! 金属パイプの硬さと重さを保ってるくせに、鞭みたいにビュンビュンしなるって……そんなのありかよ!?)
革で出来た鞭の先端は、達人が振るえば音速を超えるという。
その際に発するソニックブームは人対に耐えがたい痛みを与え、容易に破壊する。古来より鞭は拷問や殺傷目的で使用された、れっきとした武器なのだ。
ただ……これは革で出来た鞭を、普通の人間が振るったときの話。
これがもし。
鞭のようにだるだるになった鉄パイプを、人外の身体能力を持つ達人が振るえばどうなるか?
音速を超える鞭の先端に、金属の硬さと重みを乗せた場合はどうなるか?
そんなものは……考えるまでもない。
「あまり痛い思いをさせたくないわ……。早めに降参してね!」
アリスが鉄の鞭を振るう。
その鞭の先端は、狭い路地裏を作るコンクリートの建物の壁を豆腐のように抉り取った。音速で振るわれる鞭からの逃げ場は路地裏にはない。
「くッ……!」
創の動体視力では鞭の先端を捉えることができない。アリスが振るう熟練の鞭捌きは挙動の予測も難しい。
腕や足などの致命傷にならず、しかし逃げる力を奪う箇所に的確に鞭が振るわれる。新人類の頑強な体のおかげで骨が折れたりはしないが、このまま何度も鞭に打たれると流石に折れてしまう。
顔を歪める創。
このまま路地の中にいてはどうにもならない。一方的に嬲られ……負ける!
(俺の能力は、バレたら対策が取られやすい! でも……!)
「私は両手でも鞭を操れるのよ! 早く降参しないと、本当に骨が折れちゃうわよ!?」
(い、今ここで負けて全裸になるよりはマシ! 絶対にッ!!)
アリスが少し冷や汗を流しながら、鞭を勢いよく振るう。
その挙動を創は見切ることができない。しかし。
何度も腕や足ばかりを攻撃されていれば、次に来る攻撃も腕や脚だと予測できる!
――――ガキィンッ!!!
「ッ!?」
創の腕に振るわれたアリスの鞭が、
しかし概念防御のような貫通不可能のような防御力ではない。まるで空気が固まって、盾になったような感覚。
なるほど、これが――――!
「『空気を固めて盾にする』ってところかしら、あなたの能力は!」
「バレやすい上に攻撃にも向かないから嫌いなんだよ、この能力ッ!!」
創は空中に空気の盾を作り出し、それを足場に真上へと駆け上がっていく。路地裏を脱出して近くのビルの屋上に昇り、そこから逃げるためだ。
それを見たアリスは笑みを浮かべ、両足に力を込めて十数メートル以上の高さを一歩で飛び上がった。
「思ったよりやるのね! 少しびっくりしてるわ!」
「いくら新人類だからってビルの屋上まで一歩で来るんじゃねえよ!」
「私は全裸人だもの! それくらいはするわ!!」
アリスは屋上に着地するなり、再び創に鞭を振るう。
彼女は創が思ったより強いことで興奮したのか、先ほどより無意識に鞭を早く振るっていた。まるでガトリングガンを撃っているかのような轟音が周囲に響く。
「う、ぉお……!?」
鞭の一発一発は能力で作った空気の盾で防げる。
しかし何発も何発も連続で当てられると話は別である。無色透明の空気盾に次第にひびが入っていく。
(くそ、コイツマジで強いじゃねえか! 一発当てて動揺させたところ逃げないと、本気で裸にひん剥かれちまう!!)
しかし、真正面からの攻撃はどうにも通るとは思えない。無数に放たれる鞭が攻撃と防御壁の両役を成している。
となれば、攻撃を当てるには側面か背後に回るしかない。
(……かなり分が悪い賭けだけど、やるしかないか……!)
創は心の中で十字を切り、壊れかけの空気盾の背後から飛び出した。
そしてアリスを中心とした円を描くように走り始める。そんな創の動きの意図にアリスは一瞬で気が付いた。
「……私の側面に回り込もうとしてるの? でも、流石にそれを簡単に許すほど甘い私じゃないわよ!」
アリスは鞭を持ったまま片足を軸に回り、走り続ける創に対して鞭を振るう。
それを咄嗟に作り出した空気の盾で防ぎつつ、そのまま円を描くように走る創。
その奇妙な行動にアリスは違和感を覚える。
(何をしているの? 私の側面に回り込んで攻撃するのは良い案だけど、単純にぐるぐる回るだけでは無理よ……?)
鞭という距離アドバンテージと、強力な攻撃力。
一気に接近されたり死角に回れ込まれたりすれば弱いのは分かっている。だからその弱点も克服して潰している。死角から懐に入り込まれてもどうにかする技術は会得している。
アリスは『やけになったか』と創の顔を見るが。
彼の目は全く諦める気配を見せていなかった。
(……やはり何か企んでいるようね。いいわ……一体何ができるのか見せてもらいましょうか!)
そう考えながら、アリスは攻撃を続ける。
そして……創がアリスの周りを何週かしたとき、彼はピタリと足を止めた。
そのまま乱れた呼吸を整えるように胸をトントンと叩く。それを見たアリスはつい攻撃の手を止めた。
「ふー……あー、疲れた」
「あら? もう終わり? そろそろ全裸になってくれる?」
「嫌に決まってんだろ」
「そう……。私は攻撃しながら、ずっとあなたの能力の使い道を考えていたのだけど」
「は?」
創が不可思議そうな顔を浮かべる。
そしてアリスは鞭を持った手で創を指さしつつ、にやけた顔を浮かべて言葉を放った。
「空中に盾を作れるということは、つまり空中に足場を作れるということよね?」
「…………」
「その足場の上で私達の全裸を見せつければ、誰にでも見えやすい空中から全裸の教えを広められるわ! ホント、私達全裸人のリーダーにするのにピッタリな能力ね!」
「お前らホント……なんで……そういう風なのばっかしか考えられないんだよ……」
呆れたような声色の言葉を出す創。
アリスは唇から軽く声を漏らすように笑ったあと、手に持った鞭を再び構えた。
「さぁ、そろそろ観念してリーダーになってもらうわよ!」
「いい加減にしろ! ならねぇっつってんだろ!!」
「大丈夫! あなたの素質は最上、目覚めさえすれば全裸は気持ちいことなの! ムチムチアリス嘘つかない!!」
アリスが気持ち悪すぎる言葉を吐きながら鞭を振るい始めた。
それを創は空気の盾で防御する。再びガトリングガンが放たれているかのような轟音が響きわたる。
空気の盾の背後で創は息を整える。
タイミングは一瞬。方向をミスれば負ける。分の悪い賭けである。
しかしやるしかない、全裸になりたくないのならば。
(…………)
アリスはこちらを殺そうとはしていない。
なるべく無傷で連行しようというスタンスを崩していない。だから空気の盾がある間は高威力の攻撃を撃ってくるが、盾が壊れそうになると、万が一にも創を殺さないために攻撃の手を緩める。
その緩めた瞬間が勝負だ。
空気の盾に走るヒビが次第に大きくなっていく。
そして、ヒビが盾全体に無数に広がり――――。
――――パリィィインッッ!!!
隠れていた盾が割れた瞬間。
「――――シッ!!」
創は勢いよく横に飛び、そのまま何かを投げた。
「!?」
アリスはその動きを見て当惑する。
確実に何かを投げたはずだ。しかし何かを持っていた様子はない。
そして投げる方向も妙だった。アリスが立っている場所からかなり横にずれた場所に投げていた。
(一体何を――――)
アリスがそう考えたのも束の間。
彼女の背中に、硬い何かが勢いよくぶつかった。
「ッ!?」
「今だッ!!」
その瞬間、創は体勢を立て直して逃げ出そうとする。
――――彼が行ったことは単純だ。
先ほど、創はアリスの周囲を走り回っていた。
それは彼女の側面や背後に回り込もうとしていたのではなく……至る所に空気の盾を作りまくっていたのである。
(俺の能力は、触れたところに空気の盾を作る……! そして作った盾を、持って投げることも可能……!)
周囲に作られた空気の盾の角度や位置を暗記し、アリスの背後までのルートを計算。
そして手元に作り出した空気の盾をルート通りにぶん投げ、アリスの背後に不可視の攻撃を当てたのだ。
(攻撃力がない俺の、一発限りの不意打ち手段だ……! 角度の計算とかは脳内で一瞬で暗算できるように勉強したんだぜ!)
創は内心で得意げになりつつ、すぐさまアリスから距離を取ろうとする。
キタカゼとタイヨウの二人は気絶させたままである。アリス一人だけからなら、ビルの屋上を飛び移って何処かで暗闇に潜めば十分逃げられる。
そう、思ったのだが。
「……ちょっと優しくしすぎたかしら。だから……少し、本気を見せてあげるわ!」
アリスは背後から受けた衝撃に従うように、ビルの屋上の床に手を突く。
そして突いた手に血管が浮かぶほどの力を込めた瞬間。
彼女たちが戦っていたビルの一棟丸々が、突然芯を失ったようにだらりと揺れた。
創が踏みしめようとしていた屋上の地面が泥のように柔らかくなり、両足がすぶりと膝元まで沈み込む。
「はあッ!?」
「私の能力は『なんでも鞭にする』……。ビル一棟を物として考えれば、当然鞭にすることもできるのよ」
「無茶苦茶言ってんじゃねえよッ!!」
「そしてここで、能力解除!」
アリスがパッと手を離した瞬間、ビルが鞭のように柔らかさを持った状態から、元の硬い状態に戻る。
そして不自然な形で固まったビルの屋上で、創は地面に沈んだ足が抜けずにその場でもがいていた。
そんな創に、アリスは得意げな顔を浮かべて近づいていく。
「ふふー。さ、ここからはお楽しみの全裸タイムよ!」
「やっ……やめろ!!」
「大丈夫大丈夫、ムチムチアリス嘘つかない! 全裸楽しい!」
「ふざけんな! つーかさっきからムチムチ自称してるけど、鞭以外はどこにもムチムチ要素ないじゃねえかよ!!」
「うっ……そ、それを言われると痛いのよ……」
アリスは痛そうに胸を抑えながらも創の上着に手を掛ける。
そしてその衣服を一気に破り裂こうとした瞬間。
――――ファンファンファン……
「ん?」
遠くから警察のパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
さすがに新人類同士で暴れすぎたようで、近隣の者が通報したらしい。音の位置的にあと数分もすれば警官が駆け付けるだろう。
アリスはサイレン音を聞きつつ、チラリとビルの隙間の裏路地の方に目を向ける。
そこにはまだ手下であるキタカゼとタイヨウが気絶したままのはずだ。自分ひとりなら創を連れて警察から逃げることは容易いが、それだとキタカゼとタイヨウが捕まってしまう。
「…………」
無言になったアリスは、創の上着から手を離して一歩後ずさる。
そして二人が気絶する裏路地の方に踵を返し、肩越しに創に声を掛けた。
「まあ、あなたの能力はおおよそ分かったし……全裸人のリーダーに相応しいのも分かったわ! 今回は退くけど、次回は三人揃って確実にあなたを全裸に目覚めさせるわよ!」
「二度と来るなッ!!」
「あーははは! 私はあなたをリーダーにするまで何度でも来るわよ! ムチムチアリスの名を覚えておいてね!」
そんな風に彼女は高笑いしつつ、裏路地の中にいるキタカゼとタイヨウを回収するためにビルの屋上から降りた。
創の視界からアリスの姿が消える。そして再び創を回収に戻ってくる様子もない。
……どうやら、今回は警察のおかげで運良く逃げ延びられたようだ。
「常に全裸の変態のくせに、なんであんなに強いんだよ……」
創は悪態を吐きつつ。
屋上の地面に深く埋まった足をどうやって抜こうかと、頭を悩ませた。
宇宙に適応した新人類たちの能力バトル物を書こうとしてました。
どうしてこうなった?
(作者の脳内に続きが思い浮かばないのでこれで)失礼する。