会社の後輩が悪魔っ娘なのだが魔族恐怖症の俺はどうすればいい   作:足洗

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魔人偶像

 

 

 

 ソファーの上で目が覚めた。

 暖色のライトの淡い光量が、開いたばかりの目に眩い。

 薄暗い。壁紙が暗い所為か。

 ダーツの的、壁掛けの振り子時計。

 スツール、カウンター、そして棚に並んだ多種多様な酒瓶。

 ここは。

 

「お、やっと起きた」

「!」

 

 真上に現れた美相に息を呑む。

 金髪、金眼、白い肌の精緻な形をした中性的な顔。

 先刻、異界で。

 

「あんた、生きて」

「オーガに踏み潰されたわりには元気だよ。傷一つない」

「……魔族だったのか」

 

 声に出してから気付く。その、落胆、のような響きに。

 俺が勘違いを起こし、事を無闇に荒立てただけだ。

 それを、相手を勝手に値踏みして、何様のつもりなのか。相手を選んで助けるかどうかを判断していたこともまた、ひどく、ひどく卑劣だ。

 なにより、この手で。

 

「……」

 

 この手が潰した肉と骨の感触。他者を害したという事実が。

 重い。

 俺はこんなに嫌な人間だったのだと。

 知りたくはなかったな。知らないことこそ恥なのだが。

 

「やっぱり僕、人間だと思われてたか」

「あ、いや……」

「面倒事に首を突っ込んじゃったね。魔界人同士の揉め事と分かってれば無視もできたろうに。ご愁傷様だ」

 

 女は、シニカルな笑みを口の端に刻む。綺麗な顔立ちに浮かぶその酷薄な表情はどこか倒錯的だった。

 そして脱力するように、ふ、と吐息をこぼす。今度は無表情で、いやそれで真面目な顔のつもりなのか。無気力にも弛緩したようにも見える不思議な表情のまま、ひどく柔らかな口調で女は言った。

 

「でも助かった。オーガ共があの程度で済ませたのは、君が現れて矛先を変えてくれたからだ。商売道具は無事だし、結果として君が奴らを追い払ってくれたわけだし」

「商売、道具?」

「この顔」

 

 笑顔。極上、そう分類される美しさの。

 華。彩。言葉ではなかなか的確な言い表しようのない感動を引き起こす顔。

 瞳。

 気配(オーラ)

 

「アイドルは、まあ全てとは言わないけど、顔が命でしょ?」

「アイドルなのか」

「そう。まあこうやって差し向かいでも気付いてもらえないってことは僕もまだまだみたいだ」

「す、すみません……」

「はは、冗談だよ。インヘルノってグループのセンターやってます、麗人ベルでーす。名前だけでも覚えて帰ってね。紳士のお方、お手を拝借」

「え」

 

 聞き返す間もなく取られた手、その甲に彼女はそっと口付けた。

 

「どうぞお見知りおきを」

 

 戸惑うべきか驚くべきか……それらしく嫌がるべきだったか。俺は未だ、自分が抱えるこの自称恐怖症を理解しかねている。魔族に触れられ、あまつさえ接吻を受けて、けれど不思議なほど動揺はなかった。

 むしろ感慨すら湧いている。

 こんなにも自然に触れ合うことができる魔族がいる、その一方で。

 それでは収まらず我慢も躊躇もできない魔物もまた存在するという事実が。

 虚しくさせる。

 俺の心理はいかにも優柔不断に定まらない。

 

「……初めてだな。人間にこれをやって、そんな顔されるのは」

「俺が異常者なんだ。あんたの落ち度じゃない」

「ふぅん……そうなのか。ふふ、そう」

「?」

「面白いな、君」

 

 笑みに細められる目、睫毛の光輝に混じって妖しげな光を見た。

 

「……ここは、どこなんだ。なんで俺をここに」

「知り合いのバーだよ。流石に眠ってる君をホテルに連れ込むわけにもいかなかったからさ。僕、一応芸能人だし」

「重ね重ねお手数をお掛けします」

 

 ソファーに浅く腰掛けて頭を垂れる。

 麗人は今度こそ楽しげにころころと笑い声を上げた。

 

「……なんであんたは追われてたんだ?」

「商売敵の嫌がらせかな」

「同業者、ってことか。芸能関係者にそんなことをする奴が」

「いるさ。魔界人タレント同士だと特に熾烈だね。なにせ、愛しの人間さん達の信望を取り合うわけだから、それはもう……容赦なく、潰し合うし、もっと酷いことだって平気でやる」

 

 楽しげに、笑いながら、ベルは溜息を吐いた。呆れ深い音色。

 心底何かを見下している。彼女の様はそんな風に見えた。

 俺はごく自然に呟いていた。

 

「人間が、嫌いなのか」

「! へぇ……そう見える? 僕は魔族だよ。人間が好きで好きで堪らない種族だ」

「……なんとなく、俺を見る目が」

「目が?」

「冷めてた。俺に大して興味がない。それに……」

 

 安心を覚えた。

 口には出さず内心で俺は彼女に対する印象の言語化に成功する。

 そうか。だからか。

 だから手に接吻を受けても、恐怖も嫌悪も湧かなかった。

 彼女は魔族だが、人間に偏執していない。熱情がない。愛欲など抱かない。

 

「……なんでアイドル?」

「うん、不思議だよね。なんでアイドルなんてやってんだろ、僕」

 

 ベルは明らかに惚けて小首を傾げた。

 

「まあいいじゃないの。僕のことはさ。それよりも聞きたいのは君のことだよ」

「あぁ、すまない。俺は、魚蔵。会社員だ。今日はたまたま休みで、あの辺りを出歩いてて偶然……」

「そうじゃなくてさ」

 

 す、と伸ばされたしなやかな指。避けるべきか迷って、結局それは俺の首筋に触れる。

 冷えた指先が撫でる。その部分を。

 

「誓印か。また古い術を」

「せ……なんことだ?」

「自覚がないのかい? あはは、そりゃますます性質が悪いや」

 

 酷薄な笑声が薄暗いバーに響く。

 そうして冗談めかしに、歌うようにベルは口ずさんだ。

 

「君はね、魔族の力を身に着けたのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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