「それを知ったところで、何ができる……!」
「必死だな、魔人。わざわざ塔まで建てておいて、大したことではないなどと矮小化は無理があるぞ?」
少なくとも魔術は発展しそうだよね。このご時世、魔術が人間社会で果たす役割は大きい。うむ、とても大事な話だな!
この納得は私だけではない。先輩やリーダー、精鋭騎士達もおのおので納得する理由を見つけたらしい。先程よりもさらに戦意が高まっているのを感じる。
だって、そんないいものを私たちから奪っていた張本人がここにいるのだ。それを取り戻せるかも知れないのだ。なら頑張るのも当然のお話だ。
いよいよとばかりに、師匠が笑う。空に浮かぶ三日月のように、亀裂が入ったかのように、師匠の口がきれいな弧を描く。そこから出るのは、心底魔人を馬鹿にした鼻息が一つ。
「キサマァ!!」
とうとう怒り心頭に達した魔人が吼える。魔術も何もなく、羽ばたき一つで一気に師匠の元へと飛び込んでくる。もはや怒りをぶつけることしか考えてなさそうだ。あれほど人を馬鹿にしてた癖に、馬鹿にされるのは耐えられないらしい。
もちろん降りてきてくれるなら文句はない。すかさず抜き打ちを仕掛けるリーダーと剣を振りかぶる旦那。長髪の騎士が師匠と私の前に盾を構え魔人の進路を塞ぐ。
少し下がって私の隣まできた師匠は前を見たまま私に手を伸ばす。触れると同時に魔力が引き出され、氷の槍が魔人へと放たれる。
……別に魔力を使うのは全然問題ないけど、ちゃんと触るところは選んで欲しい。師匠の手を掴んで胸にあったそれを自分の肩まで移す。この切羽詰まった状況で、おまけに師匠は一切そういう意図がないと分かっているけど、お胸に触られているのは落ち着かないのでね!
それはさておき、魔人は自分の不利を悟って再び舞い上がる。多少の切り傷と凍傷が考え無しのお土産だ。なんならもっと持ってっていいのに。
戦いが中断されるやいなや、再び師匠が語り出す。
「三百年前。お前は知らないだろうが、人間の技術というのはすごいものでな、残っているんだ。本や文書がな。それを紐解いてみれば面白いことが分かる。三百年を境にして、必ず読めない言葉が出てくるんだ。三百年以前の文書には、字形も文字数も違うのに、必ず読めない言葉が出てくる。それは何だろうな?」
もう、みんなそれが何かを分かっている。
ダンナがその話を継ぐ。
「古くさい王都の石碑にも、ある年代から前になると突然読めなくなる文字が出てきておったの。しかし、魔人どもはやりすぎたな!」
「全くだ。王都には年代記も王統譜もある。今に至るまでの歴史あるものだ。それがある時期から書き方が変わっている。黒葉の王、緑王、香盤の王と遡れば、突然に読めなくなる。王統譜にかかれるべきものなど一つしかないというのにな」
「歴史書も同じだの。ある年代までは軍の頂点は将軍とだけかかれている。この国も、当時あった別の国も、おかしなことに突然書き表し方が変わっている。なあ、黒いの。これは一体何が隠されていたんだろうなぁ?」
「一体なんで隠されるんだろうな、旦那?」
最初に結論を言ってたくせに、二人は嫌みったらしく何度も隠されていたことを繰り返す。激高する魔人の反応からすればもう既に間違える余地はない。本当に塔は"名"を奪うためだけに存在していたのだと。
「不思議なんだがな、王都へ久しぶりに来てみれば、その単語が少しだけ読めるようになっていた。なあ魔人よ、これはどうしてだと思う?」
魔人は答えず、再び宙へと上がって黙りこくっている。さっきの攻撃は思わずって感じだったけど、なんでいきなり冷静になったんだろう。図星を突かれて思わずってことだったのかな?
「そら、うちのアホ弟子すら不思議な顔をしているぞ? どうした、攻撃してこないのか? 俺の言葉が都合悪いのに、どうして口封じをしないんだ?」
おお、めっちゃ煽ってる……。でも私のことは引き合いに出さないで欲しかった!
「ただ一人。ある特定の、その人そのものを表す言葉が"名"だ。さあて、お前達はなぜ人間からそれを奪う必要があった?」
「そろそろ魔人からの回答がほしいところだのぅ。どうだ、そろそろ種明かししてくれても良いのだぞ?」
「くくっ、やめてやれ旦那。こいつも所詮は下っ端だ。この塔を、その秘密を守るのでいっぱいいっぱいなんだ。俺たちがどこまで知っているのか、分かっているのかを確認しなくてはならないんだろう。それと、もう一つは時間稼ぎだろう。──なあ、ザフライカ?」
今度こそ、魔人の動きが完全に止まった。驚愕という言葉では表せないほど、何気なく師匠が言った言葉に衝撃を受けている。
「な、なぜだ……」
「なぜ? 面白いことを言うな。俺が読んだ本には自己紹介は円滑な交流に不可欠なものだと書いてあったぞ?」
「重要な相手であれば、下調べも大事だとも書いてあった」
「そうそう。だからな、俺たちは調べたんだよザフライカ。この王都には世界最大の図書院がある。この国が興った歴史も、近隣の国のことも、戦いのことも残っていた。当然、国を脅かす魔人についても、だ」
旦那が分厚い剣を魔人に突きつける。
「青い肌、四つの目、赤子の身体に老人の顔。ざらついた肌にコウモリのような翼もだ。高慢な性格で小型ゴーレムによる物量戦を好む。さんざん暴れ回った魔人のことが記録に残ってないわけがないだろうが」
「さあ、ザフライカ。挨拶してくれよ。お前自身が、ちゃんと名乗ってくれよ?」
そうしたらぶち殺してやるから。
声に出さなかった言葉が私にはありありと分かった。本当に、うちの師匠は魔術師なのに血の気が多すぎる!
「……それが、私の名が分かったから何だというのだッ! キサマらなど所詮、私たちに比べれば下等な──」
突然に魔人の胸から鋭い剣が飛び出す。細身でありながらもやたらと良く斬れる片刃の剣だ。その持ち主は我らがリーダー。魔人の背中に飛び乗り、そのまま剣をぐりぐりとえぐってから引き抜いている。そして行きがけの駄賃とばかりに魔人の翼を2枚ともストンと落として見せた。
ほとんど羽ばたきはしなかったが、やはり羽根がなくなると飛べないらしい。途端に落下を始める魔人とリーダー。地面にたたきつけられる前にリーダーは魔人を蹴飛ばして私たちの元へと飛んでくる。師匠が軽く指を振りくみ上げた魔術によって、衝撃の一つもなくふわりと着地するリーダー。
対照的に魔人はそのまま地面に激突してる。もちろん体のつくりが違うから、墜落程度で魔人は死なない。死んでくれるなら楽で良いのにと思うけど、まあ仕方ないね。
師匠達がひたすら煽っている最中、実はリーダーはひたすら塔の壁を登っていたのである。他ならぬ魔人が開けた壁と天井の穴を利用して、気がつかれないように気配を消して。その努力は見事に実り、致命の一撃になった。
魔人はおのれぇ、とか言ってるけど、私たちが手をこまねいてみているわけもない。
師匠の雷撃が動きを止め、私の横から飛び出した先輩が魔人の胸の傷を更にえぐる。しかし魔人も回復が早い。命獲ったらぁと旦那が思いきりたたきつけた剣は空振りし、思い切り私たちから距離をとる。さすがに飛ぶのは無理みたいだけど、その身体能力は獣みたいに素早い。
でも私の魔術からは逃げられないぞ! すでに何度も雷が直撃しているのだから、当然マーカーがペタリとくっついている!
私の十八番、火球がザフライカの胸元に生成され、一気に膨れ上がる! 離脱するよりも前に炸裂する火の玉は、魔人ザフライカの全身を見事に真っ赤に染めてみせた。
さすがの魔人もやけどは痛いのか、すごい顔で私たちをにらみつけている。
「私を本気で怒らせた様だな……!」
さっきからずっと怒ってるのに、まだ怒るの?? でも、これヤバい奴では? みるみる間に魔人ザフライカが2体、3体、4体と増えていく。分身するって言ってたけど、こうして見ると同じ顔が並んでいて結構気持ち悪い。やけどの跡すら全部同じなんだもの、鏡だって左右逆に映すっていうのに。
「まあまあ、話の続きでもどうだ? ここからは魔術について、だ」
さすがにもう話を聞くつもりはないらしい。4体の魔人が一斉に飛びかかってくる。残る一体が多分本体で、腕を振ってゴーレムを大量に生成している。ゴーレムだけでは足りない質を分身で補い、完全に私たちを制圧するつもりだ。
慌てて私は後ろで偉そうにペラペラ語っている師匠の元に寄っていく。リーダー達と精鋭騎士が壁となって立ちはだかる。
「思うに、魔術というものには大きな欠落がある。構成を組むたびに俺は何か不足があると感じていてな。ある程度魔術を修めた人間と話をすると、半数くらいはこの感覚に同意してもらえる」
私はそんなこと感じたことないなぁ。首をかしげつつ、師匠に魔力を流し続ける。私の構成速度は結構上がってきたけど師匠の前ではよちよち歩きなんだもの。増えた魔人にゴーレムの群れ。相手にするには連携がとっても大事だ。そして前衛をちゃんと援護するのが魔術師の役目!
師匠の腕なら騎士同士の連携にもついて行けるくらい早く魔術を届けられる。同時に私も火の魔術を構成する。先輩の槍がさりげなく示す位置へと火球を飛ばす。槍の穂先に注意を向けて、火球を自分の体で隠す。そして火球が飛んでくると同時に体をずらすのだ。魔人からすれば突然火球が飛んできたことになる。しかも火球と同時に先輩が槍を振るうのだ。いやぁ、避けられるものじゃないよね。
全身が真っ赤に燃える分身の首を、真円を描く槍の穂先が断ちきる。これでまず一体。残りの3体はリーダーと旦那で1体、騎士団の5人で2体を抑えている。
さくっと分身の首を飛ばした先輩はゴーレムの群れを蹴散らしていく。精鋭騎士も見事な連携で分身を翻弄している。勢いに乗って騎士君が分身に剣をたたきつけるのが見えた。これはもう決まったな?
どうも分身と言ってもあまり強くはないみたい。というか明らかに分身してからの方が弱くなってない? あんなに自信満々だったのに、見かけ倒しもいいところだ。苛立ちを隠さない魔人へ、師匠が煽りを入れる。
「不思議そうな顔をしているな、ザフライカ。もしかして、ゴーレムから出ている毒が効かないのを不思議に思っているのか?」
毒?! びっくりして師匠を見れば、いつも通りつーんとしている。そもそも効いていないって話だからいいのか。いいのか? そういえばさっき時間稼ぎとか師匠も言ってたな? 最上階に蔓延しているゴーレムの粉、これが毒だったとは……。
思い起こせば師匠はわざわざ全員に強化の魔術をかけていた。剣を使える師匠はともかく、絶対に前衛としては役に立たない私にまでだ。つまりアレは耐毒という意味での強化だったのだろう。
あっという間に分身達を切り伏せた前衛組が苛烈に笑う。
「正々堂々って見せかけといて毒の散布かい。これが君の奥の手? 本気で怒ってこれでは、幼児のかんしゃくと変わらないな。もしかして私が付けた傷が原因かい?」
「白々しいこと言ってんじゃないわよ。黒いのの与太話を真に受けて集中切らしてたんだから、まぬけな魔人の自業自得でしょ」
「与太話じゃないぞ。実際分身の動きも鈍くなったろう?」
「人間様見くびった結果が惨めすぎて、笑っちまうなぁ」
嫌がらせといえば師匠かと思ってたけど、ちょっと違った。うちの人達全員酷いんだった!
「なんでか不思議そうだな、ザフライカ? お前の名はそこそこに残っていたと言っただろうに」
厄介な魔人がいるなら、その対策が練られないわけがない。その対策を残さないわけがない。その答えはきっと師匠の胸元に収まっている書士さん謹製の資料だろう。多分記されている魔人の名と特徴、使う魔術までも全部を丸暗記して、即席で対策魔術をくみ上げたのだ。そんなの良くできるなと思うけど、できる人だから今更でもある。
「ゴーレムに分身、毒。回復能力の高さも自慢らしいな。しかし、ぜーんぶ凌がれちまってるなぁ。まだ何か切り札があるか? ないなら──」
──話をしようザフライカ。
師匠が笑い、魔人はただ黙る。まるで自分が操るゴーレムたちのようだった。立場が逆転したのはいいけど、師匠が完全に悪役の行動してて、弟子としては心配です……。