もはや魔人ザフライカに選択肢はほとんどない。師匠の下調べによればザフライカという魔人は物量と毒による戦いを得意とするらしい。はっきり言って厄介極まりないいやらしい戦法である。
なにせ人の体力は有限だ。私たちの中で一番体力がある旦那であっても、丸一日剣を振り続けることはできない。魔術師である私たちにしても、魔術を使うのは頭を使う。その場で使う魔術を選んで、術式を思い浮かべて魔力を出して構成を組む。その上で適切な魔力を注ぐのだ。どれもこれも集中力がものを言う。つまり、限界があるってこと。
単純に底なしにゴーレムを出されたら処理が追い付かなくなるし、ゴーレムに仕込まれた毒がどんどん人を弱らせる。だけど、ザフライカは選択肢を誤った。有限の体力なれど、体力自慢がそろってる。この程度の戦闘では全然余裕がある! そしてそういう強敵相手に使われるだろう毒も対策済み。じゃあ他に手札があるんですかってわけ。ザフライカの様子を見る限り、そんなものはなさそう。だから後はゴーレムを出し続けて私たちの疲労を待つか、潔く降参するかということになる。
底の見えた魔人にも師匠は容赦ない。
「なぜ、お前達魔人は名を奪わなければならないか。どうして塔を建てる必要があったのか。……言えないか。言えないだろうなぁ。なら、俺が話そう」
師匠は本当に楽しそうである。こんなに自分の難しい話を聞いて貰う機会なんてそうはないもんね。しかもみんなが夢中になって聞いてくれているとなればなおさらだ。横顔があまりに楽しげで、釣られて私も嬉しくなる。
「古文書によれば、約三百年前に大陸全体を巻き込んだ戦乱があった。それは──」
「ちょっと待った! 頼むから、必要な部分だけでお願い。本当に」
リーダーからの横やりに初めて師匠の顔がゆがむ。そんなに話したかったのか、師匠よ……。仕方ない、全部終わって私が暇で暇で仕方ない時に聞いてあげます。全くいい弟子を持ったものですね。
「……戦乱を引き起こしたのは魔人で、その目的は魔人の崇める神の召喚だった。人の命を禁術に焼べて、神の居場所とこの大陸をつなげようとした。だが、その目論見は他ならぬ人間によって打ち砕かれた」
なぜか。静寂に師匠の声だけが朗々と響く。
「存在自体が名によって縛られたことに他ならない。誰もが知る名であるが故に、その名へ向けて攻撃が集中した。剣、魔術、呪詛。結果として神の召喚は失敗し、魔人も数を減らすことになった。──前提としてはこんなところか。では以上の事柄から予想をしてみよう。なぜ、塔が必要だったか」
師匠が指を三本立てる。
「一つ。人の世から神の名を消すこと。禁術の力を以て徹底的に人の思考から名を消すためだ」
「二つ。神の召喚を再び行うために力を蓄えること。塔を建てた場所を繋ぐことで大陸全体を術式に見立てるつもりだろうな」
「そして三つ……」
ごくり。
「……まあ二つだな。その反応を見るだに、それ以外はなさそうだ」
ないのかい! という拍子抜け感と、魔人の反応から類推するための嘘かよという二つの感情に私の頭が引き裂かれそうだ。
「ところでザフライカ。随分頑張って名を消したようだが、本当に神の名を全て消せたと思うか? なあ、"ザフライカ"」
師匠による煽りは大概効果抜群なのだが、今度ばかりはものすごい核心を突いたらしい。猛烈な勢いでゴーレムが溢れ出す。その勢いたるや、おもちゃ箱をひっくり返したかのようである。
私は師匠の右手側に滑り込み、ひたすら魔力タンクに徹する。前衛組も師匠の前をがっちり固めている。先程までの無差別な動きから、ただ一点に向けてゴーレムはひたすら前進している。当然狙いは師匠。怒りの対象であるのもそうだし、この場この世で一番魔人にとって都合の悪い存在になったのだから仕方ない。師匠さえ倒せばと考えるのは当然のことだ。
……ああ、つまり私たちにもろくに説明しなかったのはそれもあるのか。騎士は守るのが信条。冒険者は遊撃が得意。魔術師は守られ慣れている。うむ、組み合わさればとてもいい循環になる。
まっすぐに一点だけしか見ていないゴーレムほど倒しやすい敵もない。サクサクと斬って斬って斬って斬る。次々次々現れるゴーレムの群れのことごとくを返り討ちにしている。
が、数が多すぎる。如何に凄腕揃いの私たち(除く一名)だとしても、疲労ばかりはいかんともしがたい。理性なんてどっか飛んでいったように見えても魔人は狡猾だ。ひたすら数を作って私たちを疲労で追い詰めるつもりらしい。
本当に魔人とは思えないこすっからい手を取る奴である。案の定旦那にあげつらわれている。けれど言われるままで反論する余裕もなさそうだ。
なぜならさっきから師匠が延々魔術を打ち続けているからだ。
「こうか? 少し違うか。これならどうだ? 悪くない。じゃあこうするとどうなる?」
ぶつぶつと独り言を言いながら、その左手からは次々と私でも見たことない術式が放たれていく。時に火であり、雷であり、氷の礫だ。火はゴーレムに飛び火してその数を減らすし、雷は一瞬でザフライカへと届く。いかに素早く宙を飛び回ろうと、雷ほどの速さはない。逆に言えば雷くらいしか届かないということでもあるけど。
ザフライカは遅い魔術は回避し、避けられない魔術は目の前にゴーレムを生み出すことで盾代わりにする。単純な魔術の障壁は危険だと考えているんだろう。それはまあ、うん。正解だ。この人さっきからなんかヤバそうな構成を組んでは消してる。下手に魔術で壁なんて作った日には、壁自体が襲い掛かっていきそうだもの。
ただただ、この新しく手に入れた
ちなみにこういうときの私の役目は魔力タンクへの専念だから、黙って師匠に魔力を献上している。つまり、静かなる狼がそれぞれの役目を完全に果たした全力稼働状態なのである。
「ん? これか? ああ、そういうことか!」
そして両手でも足りないくらいの新しい魔術が試された結果、コツか何かを掴んだみたい。師匠の声が一気に明るくなる。良い考えをひらめいた時ってすごく嬉しくなるのってあれは何でなんだろうね。
「そうか、確かにそうだ」
何がそうなのか。もったいぶった物言いをするなぁ。さっさと言えば良いのに。それだから勿体ぶり屋だなんて言われるんだ! 先輩と私だけだけど、それを言うのは。
でもまあ、それももう終わりになりそう。だって師匠が私から一気に魔力を引き出した。目の前でくみ上げられていく術式の構成は緻密でキラキラして見える。これならいくらでも見ていられるなぁと暢気な感想を持つ私。こまごまと自分でも念のための用意をしているけど、いらないかもなぁこれ?
魔術の術式構成、芸術品だと見間違うような精緻な技術。だというのに。こんなにきれいなのに──魔人は引きつったような表情で焦りを見せる。元々師匠狙いだったゴーレムたちだけど、攻撃の勢いが激しくなる。どうやっても師匠が邪魔な魔人は、他の人間などに目もくれない。
でもダメダメ、先輩の槍が流麗な線を描きながらゴーレムの動きを強制的に押しとどめる。リーダーが振るう剣にずんばらりとゴーレムが斬られ、旦那の剛剣がまとめてゴーレムをなぎ払う。騎士くんが盾をうまく使って流れてくるゴーレムの数を調整している。
いやさ、はじめのはじめから物量で攻め続けていれば違ったかもだけど、私たちは完全にザフライカとの戦い方を覚えちゃったもんね。このくらいの戦闘時間で根を上げるほどヤワな鍛え方をしていないのだ!
師匠が組み上げた構成に、私から引き抜いた魔力が注がれる。ぐんぐん汲み出される魔力は普段の比じゃない。師匠の本気度合いに私の魔力がひりつく。
私の目の前すぐで組みあがっていく魔術は初めて見る形だ。でも私にとってなじみ深い形もしている。
言葉──名を基点に据えて、均一でありながらいびつ。見え方によって変わるその術式は美しいの一言。
「緋の道行、朱の
なんとなく落ち着く師匠の声が、これから放つ魔術と魔人の名を朗々と告ぐ。師匠の手が真上に伸ばされる。
「──全く、魔術は面白いなザフライカ」
魔術が発現し、一抱えもあるような巨大な火の玉が師匠の手のひらへと顕現する。火の魔術! 私が教わったものよりもさらに複雑な構成がぎゅぅんぎゅんとうなる! 両手を広げたよりも大きな火球が、ぼうぼうと狂暴な音を立てながら一気に小さくなる。火も熱もそのままに、指でつまめるほどの大きさになった。もはや火球と言うよりは光の玉──つまり、狂暴極まりない力がそこに秘められているということだ。
師匠が魔術を動かす。
「行け」
小さな小さなその光の玉は、ぴゅうとザフライカの元へ飛んでいく。私が投げる礫よりも速いが、宙を自在に飛ぶ相手に当てられるほどではない。
案の定ザフライカが光の玉を大きく回避する。私の火球を一度見ているせいか、十分すぎる距離を取っている。
「名が分かろうと、羽虫程度の魔術ではなぁ! これが切り札なんて、底が浅すぎる!!」
ザフライカのしわがれた声が、幼い声が勝利を確信して笑う。師匠をまっすぐに見て、笑う。
それは確かに魔人の道理であり、この上ない愚行だ。
ただ当てるなら雷でいい。なのに火を選んだ。その意味が分かってない。師匠は火を飛ばすだけの魔術を面白がったりしない。それを分かってないのだ。
だから光の玉から視線を外せる。散々名の意味を問うてたというのに、魔人ときたら何にも理解していないのだ。
光の玉は、師匠は初めからザフライカだけを狙っている。それは当然、今この時でも同じだ。ザフライカの横を通り過ぎた魔術は、急な曲線を描いて魔人へ向かう。今までの、これまでの魔術にはない動き。これは”名”を元に狙いを定める、師匠がそう定めた必中の魔術だ。
ザフライカがその危険に気づいた時にはもう遅い。
師匠が最後の一押しを告げる。
「爆ぜろ」
次の瞬間、小さな光が膨れ上がる。もはや光そのものが熱となってザフライカの全身を呑み込む大きな球体を形作る。その内部だけを焼き尽くす、赫灼の光。
熱そのものとなった光は、塔の冷えた空気をかけらも震わせることなく、ただただそこに輝く。影が揺らぐことすらない圧倒的な光に、塔の暗闇が消し飛ばされた。
***
あまりにまぶしいから、顔を背けて目をつむる。普通なら晒しちゃいけない大きな隙だけど、こればかりは仕方ない。時間にして約十秒。光が弱まり暗さを塔が取り戻す。
ぼろぼろ、どさどさと何かが落ちる音。それがザフライカだったらいいのにと思いながら、まぶしさにやられた目を凝らす。音は止まない。落ち続けている。
そこに積み重なっているのは、焼き焦がされて原型のないゴーレム。次々に地面に落ちてくる。強大な魔術の残り火は、ゴーレムにくすぶる音だけ。跡にはわずかな残り火に揺れる熱気のみ。
空中を見上げる。くすぶる煙の中に影が浮かぶ。青い肌は真っ黒に焼け焦げて、両手両足も末端が焼き切られたか短くなっている。だけど、魔人ザフライカはそこにある。師匠の作り出した灼熱を耐え抜いたのだ。
「ゴーレムを作り続けて壁にしたか。確かに熱の光だ、遮蔽を作るのが一番効果的だな。腐っても魔人と言うことか」
し、師匠……。敵を褒めてどうするんですか……。
その言葉の通り、ゴーレムという障害物で光を遮り続けて威力を減衰したのだろう。それでも光の威力はすさまじく、ザフライカの全身を焼くことには成功したのだが。しかしそれが限界だった。
ザフライカは全身を焼き焦がしながらも、未だ空に健在だった。見るも無残な姿。だが、そこにいる。生きている。魔人特有の生命力か、禁術なのか、全身の修復すら始まっている。
師匠が息をつく。魔力を使い果たした者特有の、気だるさを感じさせるゆっくりとした動きで天へと突き出していた腕が下がる。
「俺はここまでだ」
騎士たちの顔がゆがむ。ザフライカが生き残った喜悦を現す。ただの魔力タンクに魔力のない前衛。騎士たちの魔術は速度を第一としているから魔人が脅威と思うような威力はない。秘密を暴いた黒い魔術師が限界を告げた以上、もう手札はない。
きっとみんなが、魔人がそう考えた。
「──なら私がやります」
でも私がいる。師匠は魔人の秘密を暴き、いざという時の緊急防御をも使わせた。万能の使い手たる魔術師の面目躍如と言うヤツだ。静かなる狼の筆頭魔術師、師匠は見事に役目を果たした。
じゃあ弟子たる私の役目は何か。決まっている。こういう手合いを上から叩き潰す最大火力。求められるのは純粋なる破壊力!!
私が上げた名乗りに先輩は目を見開き、旦那はやるのかと期待の声。リーダーは任せたよと言う。そして師匠は──にやりと笑った。
それは私の魔術を見てのこと。手元には師匠が普段使う雷撃の術式──に酷似した私の構成がある。そして背にたなびく魔術の帯。その周囲にはぎゅうっと固められた魔力の玉が浮かぶ。
そう、これが静かなる狼の奥の奥の奥の手、最終兵器私の登場だ!!