悲劇がだいたいギャグになる推しの子   作:ラゼ

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四話

 

 鏑木さんの言った通り、『今日あま』の制作スケジュールはカツカツなんてもんじゃなかった。というか撮った端から編集して配信していくようなスケジュールだ。しかも第一話の配信予定日まで大した時間もなく、これじゃ元々のキャストでリスケして撮影するのは、たしかに無理だっただろう。

 

 とはいえキャストは大幅に削減されたので、そこの部分についてはなんとかなる。主役級で出番の多いかなちゃんは『今日あま』以外の仕事はほとんど無いし。そもそも原作の主要キャラって元から少なめだから、これでちょうど良くなったともいえるだろう。

 

 それにツカサが人脈と金と権力をフルに使って、撮影場所から代役まで無理やり揃えたのだ。スケジュールはきつくとも、元々出来上がる筈だった作品より遥かに高いクオリティにはなったと思われる。

 

 それを示すように、三話まで配信された現時点での評価は上々である。上々というか、バズりまくってて若い世代での知名度は突出している。ネット配信ドラマとしては異常の一言に尽きるだろう。

 

 まあそれについては、自画自賛になるが僕らが出演した影響が大きい。なんせ知名度も人気も世界トップクラスのユーチューバーだ。告知期間が短かったとはいえ、金にあかせて広告を打ちまくったこともあり、配信前から盛り上がりまくってたし。

 

「ふふ、ふふふ…」

 

 そしてそんな状況とあっては、かなちゃんが気色悪い笑みでずっとスマホを見つめているのも当然といえるだろう。子役をお払い箱になってからは、聞くも涙、語るも涙のタレント人生を送ってきたらしいし。雌伏の時を耐え、ようやく努力が報われたとあっては嬉しさもひとしおに違いない。

 

「嬉しそうだね、ピ、かなちゃん」

「いまピーマンって言おうとした?」

「言ってない言ってない。ほら、エゴサもほどほどにしとかないとまた調子に乗って干されるぜ」

「嫌な記憶思い出させないでくれる!? というかアンタもさっきからエゴサしてんでしょうが!」

「いや、実況スレのまとめ見てるだけだし」

「似たようなもんでしょ…」

「リアタイのアニメとかドラマならともかく、ネット配信の実況スレは珍しくてさ。配信時刻と同時にスレ立ってたし」

「ふーん……そういうのはあんまり見ないのよね。ちょっと見せなさいよ」

 

 そういってかなちゃんが僕のスマホを覗き込む。ちなみに今僕がいるのは、数少ない『芸能科』が存在する高等学校──陽東高校の『保護者控室』の近くにある休憩スペースだ。

 

 あのカラス騒動のとき、アっくんに『前世を知ってる理由とかお前らが何者か説明しろ』と言われて了承した僕だが、今の今までその時間がとれなかった。

 

 なんせ元からギリギリの調整でスケジュールを組んでいた撮影が、第一話の段階で躓いたのだ。しかも台本やキャストがほとんど変わったとなれば、状況はギリギリなんてもんじゃない。冗談抜きで一分一秒を争うスケジュールだったのだ。

 

 加えてルビーちゃんは受験勉強で忙しく、アっくんはルビーちゃんの受験対策で忙しいとなれば、会える時間が取れる筈もなく。彼らの受験が終わるこの日、僕らもようやく喫緊の状況は脱したということで、約束を取り付けたのだ。

 

 あと今世では高校に通えなかったので、ちょっとした憧れもあって校内にお邪魔させてもらった。芸能科があるということで普通の高校よりセキュリティは高いが、受験生の保護者枠で滞在を許可されているのだ。

 

 そしてたまたま会ったかなちゃんと雑談に興じているというわけだ。というかアっくんとルビーちゃんを待っていることを話したら、無理やり横に座られた。どうやらかなちゃんはアっくんにご執心らしく、彼の名を出すと途端にメスの表情を見せるのだ。ぺっ。

 

「ふむふむ……へぇ、他のSNSとかと結構雰囲気違うのね」

「板によりけりだけどね。ただアニメとかドラマのリアタイ実況スレなんかは、アンチ少なめな印象」

 

 家族や仲の良い友人なんかと一緒にテレビを見るのは楽しいものだが、現代では不特定多数の人間とその楽しさを共有できる……リアタイ実況はそれの延長線上にあるから、アンチが少ないとかだろうか? ざっと見てみると──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1: ID:pNZB8eBuM

始まったか

 

 

 

 

8: ID:qVi+hMvXF

原作少女漫画のネット配信とかいう微妙なポジに対してキャストが異次元すぎる謎ドラマ

 

 

 

13: ID:VIw5wjtu4

有馬かな以外のキャストほぼ全とっかえって何があったんだよ

 

 

 

 

19: ID:LkbuO9Xpd

>>13

カラスの大群に襲われて負傷者続出したらしい 

 

 

 

25: ID:WCzkYzfCV

ここまで変えるなら有馬かなも変更でよかっただろ

 

 

 

 

26: ID:mSNcp4jgJ

>>19

そんなことある?

 

 

 

35: ID:Wj/qqrrHW

相手役いきなり帰国子女設定になってて草

 

 

 

 

43: ID:pM3D3hPLj

ツカサきゅんゲェジンだからしゃあない

 

 

 

 

50: ID:pQqn073YN

てかツカサじゃないほう演技とかできんの?

 

 

 

 

59: ID:TrmSxK0B1

企画ものもコントもCMもこなしてるからいけるやろツカサくんじゃないほうでも

 

 

 

 

63: ID:IztRq0CZI

ツカサくんじゃないほうエンタって呼ぶのやめてさしあげろ

 

 

 

 

64: ID:CYhbd4YMq

ゥー!

 

 

 

 

73: ID:q+iAiP6ae

そもそも相手役がツカサくんならヒロインはエンタにすべきでは?

 

 

 

 

76: ID:yCH99Ky78

>>73

それはそう

 

 

 

83: ID:tqU5VNuGl

ヒロインのメイクやば

 

 

 

 

85: ID:sJeXZni10

メイクもだけど演技もヤバくね

 

 

 

 

92: ID:ngQHSPhf2

拒食症でガリガリ(当社比)どう表現すんのかと思ってたけどこれえぐ

 

 

 

 

98: ID:nVjWcOsKy

あかんエンタ出ただけで笑う

 

 

 

 

103: ID:Rt70ae6sX

俺の女に手ぇ出すな!(お前は俺だけ見てればいいんだよ!)

 

 

 

 

111: ID:LxewI00vZ

エン×ツカではなくツカ×エンだ二度と間違えるな○すぞ

 

 

 

 

121: ID:83rie8sTz

過激派はかえってどうぞ

 

 

 

 

122: ID:Tt3Ibr8GC

つか全員違和感なさすぎヤバ杉内

 

 

 

 

130: ID:3NhxoR+SG

クラスメイト不知火フリルで草

 

 

 

 

132: ID:8Ka1KjitV

女教師も片寄ゆらで草

 

 

 

 

146: ID:K+gQ9L+FM

どこ目指してんだよこのドラマ

 

 

 

 

156: ID:NVzBGEUzh

>>146

相手役が死ぬ前に作ってくれてたカレー食ってヒロインが『あまくち…』って泣きながら言うところだろ

 

 

 

 

158: ID:ITi4Sr0pM

>>156

 

 

 

 

160: ID:0CNCixC+H

>>156

 

 

 

 

161: ID:19crVL2x3

>>156

 

 

 

 

163: ID:iCz3z9Cz2

>>156

お前モテねぇだろ

 

 

 

168: ID:NVzBGEUzh

いきなりネタバレやめろ

 

 

 

 

170: ID:htBvwNg1b

…モテたことくらい……ある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …うむ……まあ最初は微妙なレスが多いが、スレが進むにつれて絶賛が多くなっているのは事実だ。僕とツカサの掛け算については何も言うまい。僕に対するツカサの態度や、女っ気の無さを考えればある程度そういう意見が出るのは仕方ない。

 

「にしても、かなちゃんの評価高いねぇ……僕だって負けてないと思うんだけどな」

「散々オワコンだの成長失敗だの言われて、配信前から『ヒロインだけ格落ちしすぎ』なんて評価だったもの。侮ってた人間が凄いパフォーマンスを見せれば、落差のぶん余計に評価も上がるわよ」

「めっちゃにやけ顔で言われてもね…」

「まあアンタの評価に関しては、そもそも完全にキャラが固定されてたからしょうがないんじゃない? 『エンタ』っていう味が強すぎるのよね……でもそういうのは物語が進んでくと気にならなくなるし、芸人がNHKの朝ドラとか出演したときみたいなもんでしょ」

「ま、それもそっか」

 

 受験の日ということで在校生はあまり見かけないが、かなちゃんのように用事があって登校している学生も少数ながらいるようだ。そしてかなちゃんの隣にいる僕の姿に気付く子もちらほらと。芸能科があるだけあってミーハーに騒ぐような子はいないが、遠目にキャイキャイはしゃいでる女の子に手を振ると『キャー!』なんて良い反応が返ってくる。

 

 うむ……撮影のために原作の『今日あま』を読み返したせいで、恋愛したい欲が半端ないの。もはや相手は誰でもいいから、恋に恋したいレベルである。キャッチフレーズ『あなたも恋してみない?』は伊達ではないな。

 

「かなちゃんはアっくんとどうなの?」

「急になに!?」

「いやほら、このまえアっくんに再会したときやたら嬉しそうだったからさ。幼馴染だったりするの?」

「別にそんなんじゃないわよ……ただ、十年くらい前に一度共演したってだけの話。天才子役として調子に乗ってた私が、無様に鼻っ柱を折られた……それだけよ」

「えっ?」

「…なに?」

「あ、いや……ううん、なんでもない」

「ちょっと、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「十年前に一度会っただけの男にあのレベルで執着する女ヤベェなって」

「はっきり言いすぎでしょ!?」

 

 嘘だろ? それなりに交流があった上で久々に会ったからあんな反応したものだと思ってたのに。十年以上前に一回会っただけであの反応は、男側からするとちょっとした恐怖でしょ。

 

 まあ子役のときに全盛を迎え、その後に傲慢さのツケをこれでもかと支払わされたかなちゃんだ。周囲に──家族にさえ必要とされなくなる経験を味わい、ある種の歪みを抱えたまま育ってきた彼女は、恋愛の感覚も常人とは違うのかもしれないな。

 

 ──なんてことを憤慨しているかなちゃんを宥めながら考えていたら、向こうからアっくんとルビーちゃんがやってくるのが見えた。気落ちしてる様子もなさそうだし、受験は上手くいったのかな?

 

「アっくんたち来たから僕もう行くね。また撮影のときはよろしく、かなちゃん」

「あ、うんよろしく……いやちょっと待てぇ!」

「どしたの?」

「今まで一緒に待ってた意味は!?」

「いや、結構センシティブな話になるから一緒に来られても困るんだけど」

「先に言いなさいよぉ!」

 

 地団駄を踏んで憤っているかなちゃん。長い芸歴を持っているだけに、好奇心で他人の領域に踏み込むようなことはなさそうだ。女子高生なんてのは噂やら秘密が大好きな年代だけど、この辺の分別はさすがである。

 

「有馬? なにしてるんだこんなところで」

「こんなところって、私はここの在校生なんだけど?」

「お兄ちゃん! エンタくん! お話あるんだからさっさと行こ!」

「ハァ……あんた今年から高校生でしょ? ガキみたいな癇癪おこしてんじゃないわよ」

「べー!」

「それでアイドル志望? おバカなのはキャラだけにしとかないと、すぐ干されるのが芸能界。先達として忠告しといてあげる」

「実感こもってんな…」

「さすが代表作がピーマン体操の女…」

「息ピッタリで嫌味言うのやめてくれない!?」

 

 かなちゃんのことを強力な恋敵になり得る存在と認識しているルビーちゃんは、彼女に対して少しばかりキツい態度をとる。僕が見た感じ、かなちゃんはまだ恋ってほど心を寄せているようには見えないけどね。

 

 さっきの言動からして、天才子役の名をほしいままにしていた時分、その分野で負けたショックが思い出を鮮明にしているのだろう。幼少期にわからされたメスガキで草。

 

 キャンキャンと吠えるルビーちゃんに追い立てられるように、不満気な表情で退散していったかなちゃん。物凄く無駄な時間を過ごさせてしまったようだが、僕も手持ち無沙汰だったもんでアっくんが来るまでのお喋り相手が欲しかったのだ。また何かお詫びの品でも用意しとくかな。

 

 かなちゃんの後ろ姿を見送りながら、二人と連れだって駐車場へと向かう。取りたてほやほやの免許なので、ツカサ以外を乗せるのは初めてのことだ。やだ、ドキドキしちゃうわ。

 

「…エンタって十八になったばっかだよな。免許持ってるのか?」

「お兄ちゃん動画見てないの? 『教習所すっとばして飛び入り一発合格してみた』」

「マジか…」

「まあアメリカじゃ十六歳から取れるし、普通に乗り回してたからね。日本より簡単に取れるし……というか日本が世界トップレベルに厳しいだけか。あと前世で普通に乗ってたってのもあるかな」

「…! あのときも言ってたが、やっぱりお前も転生者……なのか?」

「だね。アっくんたちとは違って、僕はツカサに転生させてもらって面倒も見てもらってるけど」

「ってことは、神様ってのもマジなのか」

「本人曰く芸能の神様──近代のサブカル系の神様らしいよ」

「じゃ、じゃあ、あの女の子も神様なの?」

「らしいね。どういう神様かは聞いてないけど、君たちに恩があって見守ってるってさ」

「神様が俺たちに恩…?」

「『動物の恩返しなんて碌なことにならない』──ってツカサが言ってたし、どっかで鶴でも助けたかい? …いや、あの子の場合カラスかな」

「カラス……あ」

「せんせ! もしかしてあのときの!」

 

 おっと、なにやら心当たりがあるようだ。情けは人の為ならずというが、獣にまで巡るとは世の中意外と不可思議で溢れてるもんだ。僕にも猫の恩返しとかあるかな……いや、あるとすればビニール袋の恩返しか。悲しくなってきた。

 

「…俺たちの前世を知ってるのも神様だからか?」

「んー……まあそんな感じ」

 

 ツカサが記憶を読んだからだと思うけど、そこは言う必要もないだろう。僕はあんまり気にしないけど、普通の感性してれば心を読まれてるなんて不快にしかならないだろうし。

 

 知られたところでツカサは気にしないだろうけど、ツカサが避けられるのを僕が気にするのでここはお口にチャックだ。ツカサはツカサで、僕が気にするのを気にするので自分から吹聴することはないし。

 

「他に聞きたいこととかある?」

「なんでドッキリなんてしたんだ」

「面白そうだったから!」

「殴っていいか?」

「まだ撮影あるから顔以外でお願い」

「お兄ちゃん、ダメー!」

「妹さんもこう言ってるし、許してやったらどうや?」

「加害者が言うセリフじゃねえ!」

 

 いやぁ、ルビーちゃんがまあまあ強火のファンで助かったぜ。タチの悪いドッキリだったことは事実だし、拳の一発くらいは仕方ないかと思ってたんだよね。

 

 そんな感じで会話を続けていたら、気になることはすべて聞き終えたようで──ちょうど苺プロの事務所にも到着した。昔と比べると苺プロも随分大きくなって、立派な持ちビルに大きな事務所を構えている。

 

 アイが抜けた後の『B小町』も順調に売れていて、もはやアイドルの金字塔といってもいいくらいだ。最近はネットの方面にも手を伸ばしていて、人気ユーチューバーも結構抱えているらしい。二人を送るだけ送ってそのまま帰るのもあれだし、挨拶くらいはして帰るとするか。

 

「ドキドキ…」

「わざわざ口に出すやつ初めて見たわ」

「アイ、いるかな?」

「うん! 受験は付き添えなかったけど、なるべく早く帰るからねってママ言ってたし」

「僕のこと覚えてくれてるかなぁ…」

「覚えてないわけないだろ……というかアイがお前らのチャンネルずっと追ってたから、こいつもファンになったんだよ」

「えっ、嬉しい」

 

 二人の自宅はここから徒歩圏内だが、二人共こっちに用事があるようなので送り届けた次第である。まあどちらにせよ半分実家のようなものらしいけど。

 

 入口で入館証を発行してもらい首にぶら下げる。アイのことがあったからか、かなりセキュリティを高くしているようだ。事務所は最上階だけで、あとはレッスンルームとか会議室とか色々と備えているみたい。まあまあ人とすれ違う。

 

 ルビーちゃんとアっくんは子供の頃からいるだけあって、周囲から気さくに声をかけられている。そして芸能関係者しかいないこともあって、隣にいる僕にもすぐ気付き、面食らいつつも丁寧な挨拶をしてくれる人が多数。

 

 YouTubeチャンネル登録者数トップのインフルエンサーということもあるが……どちらかというと、業界最大手の事務所のトップで、日本にできた六社目のキー局のトップで、世界有数の財閥のトップ──の相棒という立ち位置のほうが丁寧な挨拶の理由だろう。

 

 ちなみに外資が日本でテレビ局を立ち上げるにあたっては、放送法でガチガチに固められているため実質的には不可能である。それどころか、地方のローカル局を買収することすら難しい。

 

 大手テレビ局が国民に与える影響を考えれば、文化的乗っ取りや有事の際の情報操作対策としては当然の措置だろう。まあ立ち上げや買収を阻止したところでスパイを防止できるわけでもないし、内部的な乗っ取りに関しては無力なのが悲しいところではあるが。

 

 それを踏まえて、なぜツカサが日本でキー局を作り上げられたのかというと──謎である。世界には触れてはいけない謎が沢山あるのだ。僕は唯一の側近で、ツカサの全てを知っているとか言われてるけど、とんだ勘違いである。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ようやく事務所の前に到着した。勝手知ったる我が家のようにずかずかと入り込む二人。それに続いて僕もお邪魔すると、ちょうど壱護さんとその奥さん、そしてアイが話し込んでいるところだった。

 

「ただいまー!」

「ただいま」

「あ、おかえり二人共! 受験は大丈夫だった? …あれ? わ、エンタくんだ! 久しぶりだねー!」

 

 瞳に星を瞬かせて、アイがこちらに駆けよってくる。もう三十路を超えたというのに、ほんと老けないなこの娘……そして可愛いが過ぎる。しまった、恋したい欲が高まっているときに会うべきではなかった。勢いで求婚でもしてしまいそうだ。

 

 壱護さんの方はというと、僕の急な来訪にぎょっとした表情をしている。この人も相変わらずヤクザみたいな見た目してんな……というか奥さんも老けなさすぎでしょ。本人の努力もさることながら、最近のアンチエイジング技術は目を見張るものがあるな。

 

「あー……宝多さん、お久しぶりです。今日はどんな御用で?」

「やだな、そんなかしこまっちゃって。『久しぶりじゃねえかクソガキ!』くらいでいいですよ」

「そういうわけには…」

「いいですいいです、僕だってまだまだ若輩の身ですし」

「いや、しかし…」

「事務所ごと潰されたいのか?」

「怖ぇよ!!」

「どっかで見たやりとりだな…」

「僕は三段落ちが好きなんだ、アっくん。あ、壱護さん急に押しかけてすみません……これ、良かったら」

「おう、悪いな──なんで山盛りの苺なんだよ…」

「お好きと聞きまして」

「言ったことねえよ! ぜってぇ名前だけで選んだだろ! …ん? …これ、一粒で五万くらいするやつだよな……おい、百粒くらいあるぞ…」

「高すぎる贈り物って、もはや恐怖感じますよね」

「わかっててやんじゃねえ! いや怖ぇよマジで!! 今からなに要求されんだ!?」

 

 籠に盛られた苺を見て『あわわ…』って感じで口を開いているルビーちゃん可愛い。アイとルビーちゃんが並んでるの眼福ってレベルじゃないな。ここはエデンか? リンゴを持ってきたほうがよかったかもしれない。

 

 ──いまやアイは押しも押されもせぬ大女優だし、壱護さんは大手芸能事務の社長だ。一粒五万円の苺くらい、嗜好品として手が出ないなんてことはないだろう。とはいえお土産に五百万分の苺はさすがに驚くか。

 

「アイの握手券代わりになるかなって」

「要求がささやかすぎるわ! むしろそっちが握手お願いされる立場だろ!?」

「あと壱護さんの反応とツッコミも楽しみにしてまして。ありがとうございます、バッチリです」

「追いつかねえよ!」

「握手したいの? いいよー」

 

 にぎにぎ。あー、柔らかくて最高。あと壱護さんのツッコミも最高。立場が上がるにつれ、気安く突っ込んでくれる人ってどんどん少なくなってくるんだよね。なんならその辺で出会った視聴者さんの方が、カジュアルに接してくれるまである。

 

「で? 実際なにしにきたんだよ」

「あはは、そんな勘ぐられても何もありませんって。普通に友達の送り迎えついでに挨拶しにきただけですよ」

「友達ねぇ…」

「そこから疑われるの心外すぎるんですけど」

「ハハッ、ワリぃな。なんせ相手が相手だろ? 職業柄、裏に何かあんじゃねえかって思っちまうんだよ」

「ハハ……事務所ごと潰されたいのか?」

「沸点どこなんだよ!?」

 

 壱護さんの奥さん……ミヤコさんがお皿とフォークを並べ、持ってきた苺を洗ってヘタを取り始めた。あらやだ、美人なのに家庭的。好きになっちゃいそう……しかし恋したい欲が高まっているとはいえ、彼女は人妻だ。NTRは許されざる行いである。

 

「あ、深めのお皿に牛乳と砂糖入れてもらっていいですか? 潰して苺牛乳にしたいので」

「懐石料理に化学調味料ぶちまけるみてえなことしやがんな…!」

「美味しいならそれが正解なんですよ。あ、一粒だけタバスコ入りにしてるんで気を付けてくださいね」

「なにしてくれてんだよ!?」

「撮影入りまーす」

「取れ高求めてんじゃねぇよ!」

 

 いい感じの画角になるようスマホを置いて、撮影を始める。日常に取れ高を求めるのは、ユーチューバーの職業病といってもいいだろう。タバスコ入りは上の方に置いておいたので、誰かの皿には必ず入っている筈だ。

 

「良いリアクション頼むよー」

「うぅ、普通に高級苺を味わいたかった…」

「まあまあルビーちゃん。もし当たっちゃったら、お詫びになんでも買ってあげるからさ」

「ホント!?」

「ほんとほんと、マンションでも宝石でもなんでもいいよ。何が欲しい?」

「えっとね、部屋に置いてあるエンタくん人形にサイン書いてほしいなって」

「ぐふっ!」

「血ぃ吐いたな」

「自分の心の醜さに耐えられなかったんだろ」

「うぅ、口直しに苺を……辛っら!?」

「当たったな」

「良いリアクションとは程遠いけどな」

 

 辛っら! 誰だ苺にタバスコなんて入れた馬鹿は! 僕か! ──あまりの辛さに涙が滲んできたが、牛乳を飲んで事なきを得る。辛さを中和するには水やお茶ではなく、乳製品……牛乳を飲んだりバターを口に含むのが最適解なのだ。

 

「こいつ…! 自分だけ保険代わりに牛乳用意させてやがったな…!」

「意外とみみっちいな…」

「アっくん、さっきから僕に辛辣じゃない? …ははーん、さてはルビーちゃんが僕にお熱だから嫉妬してるんでしょ」

「んなわけあるか!」

「えっ? えっ? そうなのお兄ちゃん? もう、可愛いんだからー! エンタくんはファンとして好きなだけだから心配しなくて大丈夫だよ!」

「おい、あんまりくっつくなって」

 

 アっくんの膝の上に乗って、安心させるように抱き着くルビーちゃん。うーん、双子の美男美女がこの態勢は背徳的で非常に映える。ちょうどカメラも回ってることだし、あとで一枚絵に加工しとこう。

 

 …しかし壱護さんとミヤコさんは二人の様子を見て、かなり悩まし気な表情を見せている。まあ兄妹がそういう関係になったら、親代わりからすれば複雑だろう。そしてアイのほうも形容しがたい難しい表情を見せている。

 

 いくら感性が独特とはいえ、アイも価値観自体は普通の人とそう変わらない。近親でのあれやこれやを許容できるかといえば、難しいように思う。自身が世間的に認められない年齢で妊娠したという事実こそあるが、しかしそのくらいの年頃で童貞や処女を卒業するのは珍しくもない話だ。兄妹間でのそれとは重みが違う。

 

 実際に小声で『うーん…』って言ってるし。アっくんはルビーちゃんを妹として愛してるって感じだが、ルビーちゃんは思いっきり恋愛感情って雰囲気だもんね。

 

 まあでも実際にそういう関係になったとしたら、日本なだけまだマシかな? 欧米じゃ同性愛や近親相姦は蛇蝎の如く嫌われるし。日本なら『えぇ…』『お、おう…』くらいですむイメージ。もちろん付き合いは減るだろうけど。

 

 …難しい話だ。否定するのは簡単だが、恋愛ってのは理屈じゃなくて感情だ。そしてその感情が、かつて恋愛が許される間柄で育まれたものであったのなら、そう容易く諦めきれるようなものではないだろう。

 

 加えてその辺りの事情が説明できないとなると、それは兄妹仲の良さの延長線上にある、倒錯した感情であると誤解されるのは当然の話だ。

 

 …ちょっと相談に乗ってあげたほうがいいかな? どうしたって当人同士の感情でしか解決できない以上、僕にできることはないが──とはいえ悩みを吐き出してもらうだけでも、後の判断を冷静にさせる助けにはなる筈だ。

 

「アイ、ちょっといい?」

「うん? どしたの?」

 

 アイの手を引っ張って部屋の隅に連れていき、耳元に口を寄せる。とても良い香りがふわりと鼻腔をくすぐり、幸せな気分になる……おっと、今はそういうんじゃないんだ。我慢我慢。

 

「二人のことで悩んでるんなら、話だけでも聞くよ。ツカサみたいに明確な解決方法は出せないけど、一緒に考えるくらいならできるからさ」

「…! …あはは、二人っきりでかな?」

「いい店予約しとくぜ」

「じゃあお願いしよっかな。私もそういうのは普通じゃなかったから、難しくって」

 

 甘い吐息が耳にかかる。結構身長差があるので、足を伸ばしてもたれかかるような態勢で顔を寄せてくるアイ。もうこれ結婚では? まあ相談に乗ることが一番の目的ではあるが、それはそれとして役得である。

 

 アイと連絡先を交換し、ホクホク顔でスマホをしまう……ん? 壱護さんとミヤコさんが先程とはニュアンスの違う悩ましい顔でこちらを見つめ、アっくんが少しばかり険のこもった瞳で僕を貫いている。やだな、そんなんじゃないって。

 

「なにかと忙しい身なので、そろそろお暇させて頂きますね。お義父さん」

「おい待てコラ」

「冗談です。でも忙しいのは事実なんで、これで失礼させて頂きますね」

「はぁ……おう。ま、いつでもとは言わんが、また来たときは歓迎してやるよ」

「あはは、ありがとうございます。あ、見送りは結構ですよ──……あれ、どしたのアっくん?」

「世界的なVIPを見送りなしはマズいだろ。仰々しいのが嫌なら、俺だけで行く」

 

 おや、何か話したいことがあるようだ……というか、普通にさっきのことに釘刺したいだけかな。シスコンっぽいアっくんだが、マザコンでもあるようだし。みんなに手を振って事務所を後にして、アっくんと並んで歩く。

 

「さっきの、本当に冗談だろうな」

「ほんとだって。でも世間的に見れば、アイってもう行き遅れの年齢だよ? 言いよってくる虫を払うより、良い人を見つけてあげるほうが親孝行じゃないかな」

「うっ…」

「あとアイのことは好きだけど、変な下心とかはないって。ただ相談に乗ってあげるだけ。アっくんだって、アイが君らのことについて悩んでるのは理解してるんじゃないの?」

「…まあな」

「ルビーちゃんのこと、どうするつもりなんだい?」

「お前も転生者だからわかるだろうが、精神ってのは肉体の影響をかなり受ける。女性はある程度の年齢になれば、本能的に父親とか男兄弟を忌避する傾向にあるし……前世の恋愛感情だって、そのときに自然と消えていくだろ──と思ってたんだけどな」

「まったくもってそんなことはなかったと。ズルズルいくと、傷口どんどん広がっちゃうよ?」

「…わかってる」

 

 わかってはいても妹を傷付けたくはない、と。前世の恋愛感情を持たせたまま兄妹に転生させるなんて、神様も酷なことをするもんだ。シリアスな顔で俯くアっくんの背中をポンポンと優しく叩き、いつでも相談に乗るよと伝える。色んな秘密を抱えてるだけに、星野家は問題が多いねまったく。

 

「それはそれとして、アイには手ぇ出すなよ」

「どんだけ心配性なのさ、まったく……そんなに気になるなら、ほら」

「うん?」

「指切りしたげる」

「小学生かお前は」

 

 アっくんの前に小指をピンと差し出し、指切りをせがむ。呆れたようにため息を吐くアっくんだが、ちゃんと乗ってくれるようで小指を差し出してきた。きゃっ、中学生の美少年と小指を絡ませるなんてちょっと淫靡。

 

「ゆーびきーりげーんまん、ウソついたらおーまえのかーさんとワン・ナイト・ラブ♡」

「手ぇ出す気満々じゃねぇか!!」

「冗談冗談」

「お前のは冗談に聞こえねぇんだよ…」

 

 ビルの外まで見送ってもらったあと、帰路につく。アイにも壱護さんにも久しぶりに会えたし、中々に楽しい時間を過ごせた。最近はほんと忙しかったから、精神的にリフレッシュできてよかったぜ。撮影、まだまだ頑張らなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやー、終わった終わった。この『今日あま』、元は全六話での配信予定だったけど、最終的には全八話での完結となった。そのへんはネット配信だったおかげで調整もききやすかったが、とはいえスケジュールは余計に厳しくなったのでほんとに忙しかった。ツカサの神パワーでちょっとズルしてなかったら、ぶっ潰れてただろう。

 

 とはいえこうやって無事に打ち上げパーティーを行うことができたのだから、なによりである。というか湯水の如く金をジャブジャブ注ぎ込んで製作したのに、まさかペイできるとは思わなかったぜ。金持ちが利益度外視、道楽で作ったなんて評価になる可能性が高かっただけに嬉しい誤算だ。

 

「本当にありがとうございました。とっくに完結した原作なのに、重版までかかって……これもお二人のおかげです」

「あはは、原作が面白いからこそですよ。おかげっていうなら、僕とツカサをファンにさせた、先生の手腕のおかげです」

「…! ──はい…!」

 

 ギューっと万感の思いを込めるように手を握ってくれている目の前の女性は、吉祥寺頼子先生。『今日あま』の原作者であり、滅茶苦茶になった撮影現場でレイプ目をしていたのが印象的な女性だ。

 

 まあ元は演技未経験の顔売りモデルが主役の作品だったわけだし、その演技を目にした上であのカラス騒動だ。何かに呪われてるんじゃないかと放心していたのも当然といえば当然である。

 

 最終的には災い転じて福となった感じだし、その大きな要因となった僕とツカサには、そりゃあ恩を感じるだろう。年齢はアイと同じくらいかな? 地味カワ系の女性に潤んだ瞳で手を握られるのは嬉しいものだ。

 

 ドラマの完成と共に恋したい欲もどんどんと高まってきた身としては、くらっとくるものがある。眼鏡っ娘というのもポイントが高い。熱い握手に応えるようにこっちもしっかりとにぎにぎしていると、ハッと我に返った様子の先生が照れたように目をそらした。

 

 まあ僕もツカサほどとはいわないけど、アっくんと並んで見劣りしない程度にはイケメンだ。あちらからしても悪くない気分だろう。真剣な交際とはいわずとも、若いツバメにでもしてもらえないかしら。

 

「あ、あの…」

「あ、すいません。つい名残惜しくて…」

「…っ! …あはは、からかわないでください。こんなおばさん捕まえて──」

「それ男がグッとくるセリフトップ10くらいに入るやつですからね?」

「えぇっ!?」

 

 『こんなおばさんでいいの…?』は年増好きじゃない男にすら刺さるリーサルウェポンだ。劣等感を抱える女性が可愛く見える心理。負けヒロインを応援したくなる気持ちの亜種だろうか。

 

 とはいえこんなところでナンパなんて非常識だし、ほどほどのところで会話を打ち切る。原作者ということで色んな人が挨拶に来る関係上、彼女を独占するのはよろしくない。けど連絡先は交換できたので、機会があればお茶でもしたいところである。

 

 一通りの挨拶回りは終えているので、一息ついて近くにあったジュースで唇を湿らせる。果実の甘さを堪能していると、お馴染みかなちゃんが傍にやってきた。無事に代表作が『ピーマン体操』から『今日あま』になった彼女は、物語が終盤に近付くにつれ評価もうなぎ登り、今回の作品でもっとも躍進した存在といえるだろう。

 

「アンタ、年上が好みなの?」

「んー? まあどっちかというとそうだけど──あっ」

「えっ?」

「だからって年下とか同い年がダメってわけじゃないから、かなちゃんも諦めなくていいからね」

「私からの好意を前提にしないでくれる?」

「ごめんごめん、そういやかなちゃんはアっくん推しだったっけ」

「なっ…!? そ、そういうのじゃないわよ!?」

「わあ、典型的なツンデレ反応。そういうことなら、アっくんはストーカー役じゃなくて主役のほうがよかったかな?」

「だから違うって言ってるでしょ! …というか出番少なめのキャラとはいえ、なんで無名も無名の新人(アクア)を起用したのよ。演技力は期待以上だったけど、今回はちょい役すらビッグネームで揃えてたのに」

「え、僕の友達だからだけど」

「想像以上にコネだった!」

「いやまあ、実力が足りてること前提だけどね。ツカサが問題なしって判断したし、ネームバリューは僕らで充分足りてたからさ」

「間違ってないのが腹立つわね…」

「それに才能も充分以上、その上で努力と研鑽も積んでる。所属も苺プロだし、そこの社長からはほとんど息子扱いだからプッシュも期待できる。ほっといてもブレイクする金の卵に、恩を売るって目論見もあったよ」

「…! ふ、ふーん……そうなんだ…」

 

 アっくんをべた褒めすると、ニマニマと口元をひくつかせるかなちゃん。そういうとこだぞ。まだ恋ってほどではなさそうだが、時間の問題にも思える。気色悪い笑みから、不意に『ふふっ』って感じの笑顔になったのはなんだろう。

 

 『いつかは天才役者同士のカップルになっちゃうのかしら! でもそういうのもありよね…!』などと妄想でもしているのだろうか。しかし顔面偏差値の高さも相まって、魅力的な笑顔には違いない。これは褒めるしかないな。

 

「『なんだ、笑えば可愛いじゃん』」

「ぷっ…! それはアンタのセリフじゃないでしょうが」

 

 褒め言葉ついでに『今日あま』のセリフを流用すると、やや受けのご様子。ちなみに『笑えば可愛いじゃん』は主人公の相手役のセリフで、ツカサが担当。僕はその当て馬で、セリフに『俺の女に手を出すな!』なんてものがある、小者全開のキャラ担当である。

 

 そんな感じで楽しくわちゃわちゃ会話していると、アっくんが近づいてくるのが目に入った。ピシッと決めた正装で、いつもより数割増しでかっこよく見える。これにはかなちゃんもノックアウトされてしまうことだろう。

 

「エンタ、有馬と一緒に居たん──」

「俺の女に手を出すな!」

「!?」

「いやアンタのセリフだけど! 今じゃないでしょ!?」

「え、お前らそういう…?」

「ち、違うから! 本当に違うからね!?」

「そ、そうだよ! 誰がかなちゃんとなんて!」

「アンタがそういう言い方したら“素直になれない二人”みたいになっちゃうでしょうが!」

 

 ギャーギャーと喚くかなちゃんをよそに、アっくんにも今回の出演に対する労いの言葉をかける。さすがに受験前の忙しいシーズンにお願いはできなかったが、アっくんが担当したストーカー役の登場シーンは合格発表後だ。

 

 シーン自体も短かったし、練習時間もそこまで必要なかったため依頼した次第である。既に注目度の高い作品となっていたためか、役柄に対するイメージの悪さを差し引いても出演するメリットはあると判断してくれたようで、二つ返事で了承してくれたのだ。

 

「急な話だったのに、受けてくれてありがとねアっくん」

「それはこっちのセリフだろ。これだけ話題性のあるドラマに起用してもらえたんだ、知名度ゼロの新人からすればありがたすぎるくらいだ」

「そりゃあよかった。手当ての恩も少しくらいは返せたかな?」

「手当て?」

「ほら、僕がお腹刺されたとき。救急車が来るまでの間に応急処置してくれただろ?」

「ああ……つーかあれはこっちを助けてくれた代わりに負った傷だ、恩もなにもないだろ」

「ちょっとなに、どんな修羅場よそれ? どういう状況?」

「昔の話だよ。まだユーチューバーとして活動もしてない頃のね」

「ふーん……あれ? でもアンタって結構小さい頃からやってるわよね。その前って言ったらアクアなんて未就学児なんじゃ…」

 

 かなちゃんの指摘を聞いて、アっくんの眉間にピクリとシワが寄る。そして『余計なこと言ってんじゃねえこの馬鹿』という視線を僕に寄越す。いや、当時既に完璧な大人の演技を映画で披露してた人に言われてもさ。そんなに変わらないと思うんだけど……仕方ない、適当に誤魔化すか。

 

「…勘のいいガキは嫌いだよ」

「なんで!? …ふ、深掘りしたら消されるやつ!?」

「んなわけあるか。たまたま『家庭の医学書』みたいな本を読んだばっかだったんだよ」

「それはそれでおかしい気もするんだけど…」

「幼い頃から凄い演技できてたかなちゃんも大概じゃない?」

「え? そ、そう? ふふ、それもそうかしらね!」

 

 ちょっと褒めれば誤魔化されてくれるかなちゃんがチョロすぎて心配になってくる今日この頃。まあ僕が褒めてるからってのも多少はあるんだろうけど。対外的には大物だしね、僕って人間も。

 

 ──そんな感じで楽しくお喋りしていたら、方々から挨拶されたりしたりを終えた鏑木さんが、ツカサを伴ってやってきた。いや、立場的にはツカサが鏑木さんを伴ってやってきたと言うべきか。

 

「やあ、お疲れ様。楽しんでるかい?」

「お疲れ様です──いや、ほんと疲れてそうですね鏑木さん」

「スケジュールがスケジュールだったからねぇ。ま、無茶した分以上に回収できたんだから文句なんて言えないけどね。それに…」

 

 色んな勘定をしてそうな笑みで、アっくんとかなちゃんに視線を向ける鏑木さん。将来有望な若手に恩を売るのが好きな彼は、この二人に十分な貸しを作れたことでホクホクなご様子。

 

 特にかなちゃんの方は、安いギャラに対して使い勝手がいいということで今までもちょこちょこと起用していたのだ。もう才能が枯れたと考えて適当に使っていた相手が、圧倒的な実力を魅せた上でブレイクの兆しまで見えている。そんな娘に、干されていた状況でも細々と仕事を回していたという『恩』がある。棚ボタとはこのことだろう。

 

 アっくんだって僕がプッシュしたとはいえ、最終判断は鏑木さんだ。起用された本人もそれなりの恩には感じているだろうし、言葉通り無茶した甲斐は十二分にあったんだろう。実際、アっくんも定型句ではあるが鏑木さんに頭を下げてお礼を言ってるし。

 

「こっちもキャスト不足の中で助かったところはあるんだけどね。ただ、恩に感じてくれてるなら──」

「…?」

「君、恋愛リアリティショーに興味ない?」

「あります!」

「エンタ君には聞いてないんだけど」

「実は『今日あま』のせいで恋愛したい欲が高まってまして…」

「エンタ!? ボクとの約束は!?」

「えー……でも『女性に手を出さない』ってそれ、いつまでなのさ? もうユーチューバーとして充分に結果も出してるし、そろそろ十代も終わっちゃうぜ。女性に縁のない一生とか、さすがに嫌すぎるんだけど」

「うぐっ…」

「それにリアリティショーなら、本気の恋愛からワンテンポ置いてる感あるしちょうどよくない?」

「むぅ…」

「いや、まず出る前提で話を進めないでくれるかな」

「視聴率とれますよ?」

「エンタ君が出ると、恋愛リアリティショーじゃなくてコメディになっちゃうんだよ」

「そんなことないですって。それにアっくん誘うってことは、学生メインでやるんでしょう? 多感な時期の少年少女集めてリアリティショーなんて、それなりに危ないところもありますし……僕、そういう状況のバランス取るの得意ですよ。ここは一つ、リスクヘッジの一環としてですね…」

「どんだけ出たいんだよお前…」

 

 いやまあ、正直なところそこまで出たいってわけじゃないんだけどね。ただ、この状況は利用できるんじゃないかと考えた次第である。呆れるアっくんの肩を引っ張って、耳元に口を寄せる。

 

「君に恋人ができればルビーちゃんだって諦めもつくだろ? 君らの関係をアイに相談されてる手前、何もしないってのもね。上手いことサポートしてあげるから、アっくんも出なよ。それにこういう番組なら、知名度アップのための義務恋愛してやろうって女の子もいるだろうし。そういう娘を狙えば罪悪感もないだろ?」

「…!」

 

 『俺たちは兄妹なんだからそんな関係にはなれない』くらいの言葉は、既にアっくんもルビーちゃんに言っている筈。それで諦めていないのだから、行動で示すのは一つのやり方としてありだろう。そもそもアっくんが強く突き離せばそれで済む話なのだが、やっぱり難しいだろうしね。

 

「なーんだ、そういうことならボクも協力するよ……あ、鏑木P。ついでにカラス事件で迷惑かけた子に声かけていいかい? お詫び代わりの仕事の斡旋、まだ回してない子もいるんだ。『今日あま』の方が忙しすぎて、そっちの番組はキャストもちゃんと決まってないでしょ」

「なんで知られてるのかな…」

「ボクは大抵のことは知ってるのさ」

 

 まあこのタイミングで勧誘なんかしてる時点で推測はできる……ツカサの場合は心を読んだだけだろうけど。僕らの提案に対し、口元に手を当てて思案する様子の鏑木さんとアっくん。

 

 鏑木さんに関しては、メリットとデメリットを考えて悩まし気な様子だ。おそらく僕らの存在感が強すぎて、恋愛リアリティショーとして成立するかを危惧しているのだろう。数字が正義とはいえ、番組の根幹がぶれるのはプロデューサーとして思うところがあるのかもしれない。

 

 アっくんはもう、ルビーちゃんがどれだけ傷付かないかを最優先で考えているに違いない。まあ関係を持つ気がないなら、どうしたって傷付くのは避けられないだろうが……その中でもなるべく優しい失恋を、ということかな。二人とも十数秒ほどたっぷりと考えたあと、両方から肯定が返ってきた。

 

「ちょ、え、で、でるの? アクア。本気で?」

「ああ。この二人が出るなら話題性もあるしな」

「気になるんだったらかなちゃんも出たら? 話題がある内にブーストかけとくのも手でしょ」

「…!」

 

 気になってる男の子がかっさらわれるかもしれないという焦燥。更なる知名度アップという点では間違いないという打算。アイドル売りをしていないとはいえ、若い女優が恋愛関係を公開するというリスク。

 

 先ほどの二人と同じようなポーズで悩んだかなちゃんだが、思案は一瞬。もはや反射で答えただろうという速度で『でる!』と表明した。ついでに鏑木さんが『なんでキャストが勝手に決まっていってるんだろう』という表情をしている。

 

「無理言って悪いね鏑木P。代わりって言ったらなんだけど、ボクとエンタのギャラはロハでいいよ」

「ああ、それは助かるね」

「それと有馬かな、君さえよかったらボクらの事務所に来てほしい。今はフリーだろう? 売れてきたら、一人でマネジメント業務までやるのはどこかで限界がくる」

「へっ!? ──い、いいんですか…?」

「お願いしてるのはボクの方だよ」

「…っ!」

 

 おい、なにキュン顔してるんだチョロガール。アっくんが気になってるんじゃないのか。部屋に連れ込まれて楽しくお喋りでもしたら、そのまま雰囲気に流されそうで心配である。

 

 まあツカサの言う通り、ブレイクした状況でマネージャーすらいないなんてのは、無理を通り越して無茶だ。かなちゃんからすれば渡りに船だろうし、才能ある人間が好きなツカサからしても利はある。まさしくウィンウィンだね。

 

 ──ま、何はともあれ……楽しみだな、恋愛リアリティショー。




コナンの方も同時更新してます。

https://syosetu.org/novel/253572/
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