高嶺清麿がトレーナーになったときにありがちなこと妄想 作:朝凪小夜
(一応前のトウカイテイオー編とは繋がっています)
また一部設定や世界観が微妙に歪んでいる部分がありますがスルーしていただければ幸いです(どうしても気になる場合はコメントなどいただけますと助かります)
トレセン学園に入るまで、いや、入ってからもしばらく己の才を疑うことはなかった。
地元で負け知らず。
文字通りの経歴に入学から時折掛けられるスカウトの声も実力の証拠なのだと気分が良くなった。
とはいえ最終的に走るのは自分であってレースで何かすることもない以上そこからどうこうという気は起らなかった。ただトレーナーが居ないことでレースへの出場ができないのは困るというのはあったが、まだ本格化は来ていないこともあるしその時に見つければ良いと思っていた。
そんな考えを持ちながら過ごすうちに、転機となったのは学園と寮の生活にも慣れたと言える頃だった。
グラウンドの一角を使いながら自主練を行い、最後に体のストレッチを行いクールダウンをさせていざ帰るというところで声を掛けられた。
話をさせてくれと告げる男の姿。
視線をやればカジュアルなジャケットの胸元にはトレーナーバッジ。
またスカウトの話だと合点がいくには数瞬で十分。
そして反射にも似てそういうのはまだ良いと断りを入れるのもすぐだった。
これですぐに引き下がるだろうと思考を帰宅の途と夕食について切り替えながら、続く言葉を待つ。
だが返答は予想とは全く違っていた。
スカウトではない、レースと走法の根幹の話だと。
何を言っているのかと脳裏に疑問が浮かんだが運よく声にして出すことは無かった。
意外の方が勝っていたのだろう、その時こそ気にしてはいなかったがあまりに可愛げのないことだ。
それでも表情に怪訝さは出ていたらしく、返答より先に相手から言葉が続いた。
ここで話すには重い話。
時間が無ければ明日に、だが可能なら今からでもできるだけ早くに話したいと。
疑いは増した。
成績・素行、その他事柄のどれにおいても学園の規則に触るようなことはしていないし、何よりその辺にトレーナーの方はあまり関与していないはずだ。
何か叱られるにしても別に教員とかで十分な話だ。
何よりこのグラウンドで話せないというのが一番気になるところだ。
そこそこにウマ娘もいるしトレーナーや職員の姿も見ることができる。
そんな人らに聞かれたくない話となれば何か。
告白か、と。
随分な手法だと思った。
容姿にも自信はあるしどこかで気を引いたのかとも思ったが、同時に面倒だとも感じた。
そういうことに時間を取るほど自分の目標は簡単なものではない。
さっさと会話を終えてしまおうと、適当さも交えながらあしらいの言葉を投げかければまたも反応は予想と違った。
鳩が鉄砲を食らったような、というのはその通りなのだと。
完全に理外の一撃だったらしく、はと呆けた声から数秒していやいやいやと大きな首振りと共に否定された。
時間を取られたことへの意趣返しとしてはまさにしてやったりではあったが、それでも引き下がる様子は見せない。
それどころか溜息と共に将来的な出場レースについてだと告げられた。
目標は三冠。
幼少に打ち立てた唯一絶対の夢。
この男とは初対面だ、それに大ぴらに語った記憶もない。
どこから仕入れた情報なのか不審と、どこか少しだけ興味を覚えた。
内密だと言うなら知っていることを全て聞き出してみたいとも。
そんな内心を隠しながら、話をすることには肯定を、そこに手短にとの追加も入れながら応える。
その言葉に真面目な顔でついてきてくれと校舎に案内する男に、おそまきながらこんな顔をしていたのかと思った。
校舎にて案内されたのはトレーナーや職員の使用フロア。
専用というはずではなかったが特段利用する理由もなく面白そうな部屋もないことから近付くことは無かった場所だった。
連なる会議室、そのうち空いていた一部屋に促される。
部屋を空けるときにはカードキーをかざしていたが、セキュリティにも気を遣っているらしい。内密な、という言葉に違わず実際その通りの状況を用意するようだ。
そのことを伝えたかったのか、トレーナーであろう男からも防音性には触れられた。
さらにはキー使用が記録されるらしく各種ハラスメントにも事後的ではあるが対応はされるとのこと。
特段気に留めることが起きるとは思えないが、一応の策として心にしまった。
椅子に座ってからは少しだけ無言。
初対面の気まずさというより単に相手をちゃんと見たのが初めてだったからかもしれない。
そこからは自己紹介。
向こうが高嶺と名乗った一方で自分のことは知られていた。
だから自分で言うより先に確認の言葉が来た。
当然という思いもあったが、すこし鬱陶しかった。
自分がトウカイテイオーだと返し要件は何かと問えば、
身体の柔らかさは自覚しているかと。
今更も今更のことだ。
そんなことを話に来たのかと苛立ちを隠すことなく言えば、それは前提だと。
次も確認、身体の柔らかさを活かした走り、まさに跳ねるようなそれも自覚して狙ってできるのかと。
これも肯定、出来て当たり前で他のウマ娘を見れば柔軟性に欠けるウマではできないものだとも何となくわかっていた。
だがそれがどうしたといういらだちはさらに強くなった。
とっくに自覚して使いこなしている走りだ。
これを言われてトレーニングどうこうだとかが出てくるのなら迷うことなく話を切り上げて帰る。
そのつもりだった。
本題だが、悪いがはっきり言う。
そんな前置きがあったような気はする。
その走りは確実に脚をやるぞ。
そう、聞こえた。
血が冷えるような感覚というのを初めて知った。
それまでの苛立ちはすべて消えていて、代わりに目の前の男にあらん限りの敵意を抱いた。
椅子のアームがピシピシと音を立てる。
その響きを聞いてか、しかし焦りのない冷静な言葉が聞こえた。
あまりに柔らかい身体、脚が相当上がるだろう。
それだけに落とした時にかかる衝撃は当然大幅に強くなる。
これから本格化に伴い身体全体の成長もありうるが、仮に大きな成長が無い場合には骨に掛かる負担は他のウマ娘の比ではない、と。
昂った感情の中でもウマ娘としての聴力は健在らしく、そこで逃したものはない。
だが疑問がふつふつと湧いてくる。
初対面かどうかはこの際どうでもいい、仮に入学すぐに認識されてそれからずっと走りを見られていたとしても良いだろう。
そうだとして、身体の特殊性を見抜くまではまだわかる。
走りの方もそこから繋がるものとして普通に考えればわからないほうが不思議だ。
そこから怪我の可能性なんて分かるのだろうか。
医者は、あまり好きではないがもし本気で怪我を避けるのであれば毎週や毎日の単位で医者や研究者に見せるというのは自然な方法だ。
近いことは所謂名家がやっているというのは公然とまでは行かないが知られたこと。
それでも完全に防げるわけではなくまして予兆を認識するなんてお伽話のレベルだ。
だとするならこれはある種の盤外戦術か。
担当に同期になりうるウマ娘が居て早々に他の才をつぶしに来たと。
それならばと遠慮は無くなった。
盤外戦術は構わないけどそういうふざけたことには報復もやっていいよね、と。
最高潮の怒りと反撃の悪意を乗せた言葉は意外に軽くかわされた。
というよりも予想の範囲だったのかもしれない。
あっさりと担当ウマ娘はいない事、サブトレーナーとして所属していたチーム名も、何より他のウマ娘でも走法にケガの危険性があれば即座に伝えることをしていると。
馬鹿馬鹿しいなと鼻を鳴らす。
だが、内心で本当だろうかとも思ってしまった。
そのチームの情報も調べたことはある。
所属数に戦績はそこそこ程度だったが、最近評判が良くなっているというところだった。
その一つは故障率とその後の復帰の良さ。
他のチームの情報も見ていた時にはやけにその部分が目立っていた。
もしそれがこの男の貢献なら?
仮定としては相当に厳しいもの。
だがもしそうであるならとんでもないお人好しというやつだ。
チームを離れて一人でもトレーナーとしてやっていけるのにわざわざ担当でもないウマ娘にアドバイスするのは普通じゃない。
その手腕を担当ウマ娘一人に向けることが出来るようになったらそれこそ名バが生まれるだろう。
問題は今ここではそれが本当かどうかはわからず未だ悪徳トレーナーの可能性も残っていることだ。
仮にで考えてみよう。
もしケガの可能性が本当だとして、それをどう対処するのかはわかっているのだろうか。
本気でこちらの心配やケガを避けることを考えていて、レースでの勝利も捨てるわけではないというならその答えは固まっているはずだ。
その疑いを迷うことなく口にした。
回答はイエス。
2つの方針を示された。
しかもご丁寧に担当でないからと、メモを取ることも勧められた。
記憶力は良い方だとそのまま続きを求める。
1つには身体の強固さを上げること。
疲労の蓄積を抑えできる限り色々な部位を強くすることを考える。
だが、ある程度身体が出来上がっている以上劇的効果というのは難しく補助程度になれば良いと。
2つ目はレースの勝ち方を変えること。
圧倒的にバ身差をつけて勝つのではなく少しの差で勝ち続けろと。
それで全力のストライドをすることなく脚を守れ。
こっちの方針が本命だと。
何をバカな、と。
わざわざ自分の武器を手放すようなことをするわけがない。
それで勝てなんて無茶苦茶だ。
嘲るような言葉に返答は一言。
シンボリルドルフはやったぞ。
落ち着いてきていた感情がまた荒れ狂った。
自信の憧れの原点。
そして何より圧倒的な走り。
そこに結びつけることに意味が解らなかった。
それにこれまでの会長のレースは全て覚えている。
走りだしからの位置取り、スパートのかけ方にタイミングも。
一体何を見たらそんな言葉が出てくるのかと。
今度はボクが呆ける番だった。
それだけか。
短い言葉の後には、
俺はシンボリルドルフのレース全てで他のウマ娘の走りも覚えているぞと。
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結論から言えば、その後折れたのはボクだ。
会長のレースを幾ら覚えていたとはいえ他のウマ娘の動きまで覚えて解説までされては素直に負けたとしか思えない。
悔しさもなくはないが、一応はちゃんとしたトレーナーの可能性の方が大きいとして指導してもらうことにした。
仮契約とでもいうのだろうか。
とはいえそれで生活があまり変わったわけではない。
身体強化のために食事の栄養バランスの見直しとそこからの摂取量調整は毎日のことになったが、こと走ることにおいてはそう変わらない。
いくらまともなトレーナー(仮)とはいえ全力での信頼には遠い。
ましてこれまで自分で走ってきた量と比べて走る量はどうにも少ない。
自主練を行うのは当然の帰結だった。
走って、トレセンに行き、トレーナーの指導を受けて、また走って。
その繰り返し。
意外だったのは座学というか会長のレースも参考にしながら相手へのプレッシャーのかけ方や最善の位置取りの教え方が上手かったことだ。
シミュレーターも時折使いながら、自分の視界と俯瞰で見た他のウマ娘の位置を比較すると嫌な位置というのが良く分かった。
逆に自分がそこに居れば勝てる可能性はずっと上がるだろうと。
実力が離れた相手ならスペックだけでも勝てるしそこに戦略も加えれば確実。
もし伯仲の相手なら戦略で上を行ければ脚も負担なくかなりいい勝負になる。
何となくムカつくような気はするが理にかなっていることは確かだった。
それと意外だったのは指導後のケアもだった。
トレーナーはウマ娘のトレーニング後のクールダウンやストレッチの様子、あるいはマッサージも含めて調子の変動だったり負荷の適切性を見ているらしい。
自分一人の時より何となく終わった後の疲労感がスッキリしていてこれは良いなとちょっとだけ思った。
それにケガの回避を徹底する姿勢を伝えられて、何回も医者に行くようなことも想像していたからその未来が回避されたことがとても大きかった。
そうして少しだけ変わった日々に不思議な感覚が混ざったのは暫く後だ。
自主練の最中。
まだ日差しも少なく辺りがうす暗い時間。
息が少し上がりもうそろそろ終える頃合いかと思い始めたとき。
何となく足元の感覚が気になった。
それなりに疲れているはずの脚。
だが大地を掴む感覚は強い。
今までこんな感覚を持っていただろうか。
本当に少しだけ妙だと思った。
それは次の日もだった。
練習を終えるまで感覚は続く。
一日だけなら何か調子が悪かったか感覚のブレとも思えたがどうにも違いそうだ。
さらに次の日も、その次も。
一週間経ってもその感覚はあった。
走りにおいて気になってしまった以上これを放置することはできないと自分で可能な限りで調べることにした。
走るたびに練習開始時刻と走った距離と感覚の有無をまとめた。
ゆっくりとだが走る距離が増えていた。
それは同じ時間でもより速くなったと。
なら感覚の正体はよりよい走りを覚えたということだろうか。
疑問は中々晴れなかった。
意識してみれば日に日に走りは良くなっているような気はする。
だが何故それができているのだろう。
確かに才能として自分の持っている物が凄まじいのはわかる。
でもここまで急に何か起こるというのはあり得るのだろうか。
あるいはまったく自覚もないが本格化というやつなのか。
聞くところによればその前後で別人と言えるほどになるのが本格化らしいがこんなにゆっくりとした変化もあるのだろうか。
わからないことは多すぎた。
ここまでに至っては解決しないことで不安が溜まってくる。
だから思い切り聞いてみた。
あのトレーナーであれば、いくら仮であっても答えはくれるだろうと。
予想は当たり。
肝心の答えは半分程度は当たりで残りは想像の埒外だった。
まず事実として意識半分くらいで聞いていたトレーナーの指導はそれなりに意味のあったらしく、走るとき入れがちだった余計な力を使わない方向にシフトしていた。
それにより長く走っても疲労が減ることとなった。
そして問題の方。
トレーナーは自主練のことはちゃんと知っていた。
それ以上にどれだけ走ったかも想定されていた。
その予想にしたがいトレーニングの強度と量を調整し、マッサージ等で溜まってしまった疲労と身体の歪みを把握し少しずつ修正していたと。
正気かとすら思った。
今までにそんなことをしているようなそぶりは一切なかったし、そもそも単純な接触と短時間の会話でそこまでの情報がつかめるものなのかと。
だが一日ごとのトレーニング量調整だとか身体の歪みの把握を聞いてみれば本当にやっていたんだなと理解できた。
どの部位にどんな問題があったのか聞けば確かに自分の感覚と記憶には合致するものだった。
今までに気が付かなかったのもどうかと微妙な気持ちにはなったが。
そうなると気になるのは何故ここまでの事をしておきながら一切に触れなかったのか。
信頼が向けられていないのは気づいていたらしい。
まあ、初対面がアレなのでそれはそうだろう。
だがそれを言い訳をする気はなくただ結果を出していくことにした。
もしずっと聞かれなければどれだけレースで結果を出しても言うつもりもなかったと。
トレーナーとして担当して、かつ聞かれたからこその返答だと。
正直ずるいなと思った。
カッコいいなと感じてしまった。
疑っていたことは自然だと思う。
だけどそれを受け止めて黙って最高のサポートをするのは献身と言ってもいいのではないか。
これが初めてトレーナーを高嶺清麿を信頼した瞬間。
それからの人生の転機ともいえる日。
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かなり先の話になるが、トレーナー試験を受けようと決めた後の勉強でもキヨマロはこんな感じだった。
基本的に自習をしつつ、時折の疑問には解説と試験用の対策を教えてくれた。
理屈はあるが試験用には割切って暗記というアドバイスもあったりした。
加えて模試のように形で理解度もチェックされたりも。
普通に解けるものが多かったがたまに回答方針すら定まらないレベルの難しい問題も含まれていた。
試験では地方での経験者も受験されることが想定されているし実際にその人数はそれなりに居ることからそういう人も対象とした実践目線の問題も出るらしく、その対策だったらしい。
とは言え一度そういう問題だと理解し解説まで聞いてしまえば対応は出来るようになった。
一応模試というのも受けてみた。
全国規模のもので、トレーナー志望者としては1つの壁と言われているものだったが受けに行くことを伝えた時にもキヨマロはそうかと軽そうな感じだった。
普通に良い順位は出るだろうと思われていたのは嬉しかったがちょっとモヤっとした。
予想はその通りだったし所謂合格圏内というやつはサラッとクリアしていた。
そして本番の試験も同じような感じでスパッと合格した。
試験は面接に口頭試問もあったがそれも問題なかった。
ウマ娘としてレースに出ていた経験が大いに役立った。
面接ではまた理事長に会ったし、どういうことだったのかは未だに謎だ。
それよりもこの合格でキヨマロと同じ職場に、というのが一番うれしかった。
合格発表も掲示板に自分の番号を見つけた時は当然と思うより先に喜びでキヨマロに抱き着いていた。
まあ、トレーナーを目指した理由の大半はそういうことだ。
ただレースは引退していたとはいえトレセン在学中の合格だったのに歴代最年少ではなかったのはちょっと悔しかった。ウマ娘では最速ではあったけどレースをメインにする方が過半である以上競う相手としてはちょっと違う。
そういうところでもキヨマロの凄さをわからせられた。
とはいえこれでまた一緒に入れる時間が増えたのは事実だ。
特に全く知らないウマ娘の担当を自分のどうこう出来ない時間でされると考えると怖気が走る。
時間はまだたっぷりとある。
目的を達するには準備と位置取りと、教えの通りに戦略を進めた。
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少しだけ時間が戻る。
キヨマロの言う通りのトレーニングと各種座学を前提としたレース展開の支配力の強化は実力を圧倒的に上げた。
自分でも想像していたよりもずっと上に、それこそ才能溢れて自分一人でさえ走れば勝てると思っていた時分の姿が彼方に霞むほどに。
同時に遠くに思えた憧れがずっと近くにその姿を見せていた。
一つ一つレースを終えて、勝利の冠を戴く度に少しだけ近づくそれ。
数だけで言えば同等になろうとも数歩先の影が捉えられず追いつけない。
どれだけの練習を繰り返してもその繰り返し。
自分が似たようなレース運びをしたがゆえにわかってしまう絶対の所以。
本人のスペックはもとより、相手の動きや思考そのものがいつの間にか誘導されていると思えるほどに卓越した支配力。
凄い、強いと思っていた心にはいつの間にか勝ちたい、勝つためにどうするかという思いが生まれていた。
完全に同一条件でスタート地点が同じなら競って負けることはない。
むしろそこまでの条件を整えられるかが問題だった。
想定は数えきれないほどに。
思考、行動、前兆、見逃せば確実に後で追い詰められる一手を見逃さず自分も手を進めるためにどうするか。
秒単位でのプラン作成にキヨマロはずっと付き合ってくれた。
隙があれば確実に指摘が入る。
そこで修正を入れれば後が崩れる。
やっと一つ進んだと思えばそこからが続かない閉塞。
もっと前からの練り直しが延々と続く。
すぐ近くだと思えた背は透明なガラスで遮られて手が届かない。
レースの日は近づいていた。
元々冠の数で並んだ折に会長に申し入れて実現したものだ。
今となれば興行的にも最高のレースになりえるものだというのはわかる。
当時に会長がそこまで考えていたかは定かではないが、おそらくありそうではあるが、それでも全力で向かってくれることは約束してくれた。
その全力が少し恨めしいくらいだった。
絶対の皇帝は挑む前にその威を以て挑戦者を挫く。
噓ではない話だと思った。
どうすれば良いのか、完全に迷宮に囚われていた時に投げかけられたのは一度完全に忘れろと言うアドバイスだった。
その主はもちろんキヨマロ。
レースが近づく中の調整含めてギリギリの日程ではあるが、全力で遊ぶことで一旦問題は忘れてからまた考えれば良いと。
調整メニューなり負荷のことは完全に任せろとは言われたものの、ふと全力で遊べと言われてもどこまで何をすればいいかと少し悩んだ。
だから、任せた。
エスコートしてと。
意外なことにキヨマロの遊びは随分と色々な処を訪れた。
ゲームセンターに公園に、植物園に、渓流。
身体を動かしたと思ったら少し頭を使いつつ木々に囲まれて、釣りもした。
脈絡が無くて何でこんな、次は、と思っているうちにいつの間にかその時々の何かに全力になっていて思考は何処かに飛んでいた。
それにキヨマロも本気でやっていたらしく、釣りの最中には竿を引く魚に負けじとする顔がどこか子供の様にも見えた。
でも釣れたのはほんの数度でそれ以外はどちらかというと待ちの時間、時々話をしていた気がする。
意外だったのはキヨマロの年と家庭事情。
思っていたよりもずっと若くて、でも英才教育前提の家系というところでもなかった。
トレセン就職時の面接で理事長に一番年が近いというジョークを言われて焦ったという話で大笑いもした。
その時の真似をしたキヨマロの声が絶妙に似ていなくて最高だった。
そんな一日を過ごして夕暮れにはキヨマロの言った通りレースの事を忘れ去っていた。
あれだけ考えていたことが綺麗に頭になかったのは不思議だったがでもどこか納得もあった。
一つ壁にぶつかっていたというやつなのだろう。
でもそこから少し離れれば解決の方針はすぐに見えた。
これも狙っていたのかと訊けばリフレッシュは大事だと答えられた。
それにと、皇帝にぶつけるのはジョーカーだと。
大分ギャンブル性のある話ではあったが何となくつかめた。
正道での勝利は抑えられた、なら道筋は大穴のみ。
迷路にはまっていた状況を正道と、あえて遊ぶことを大穴に喩えたんだろう。
でも結構悪くないと思えた。
絶対の皇帝に勝ちうるには他の誰もがやらない方向で戦う愚かな挑戦者。
状況的にはぴったりだ。
そこからはレースプランはすいすいとと固まっていった。
ドンドンとハイレベルになってくるキヨマロとのシミュレーションの応酬も乗り越えられた。
漸く最後までどう走るべきかの方針が定まった。
レース当日、万全の体調と最高のプランを携えて会長の横に並んだ。
憧れのシンボリルドルフがそこに居るという感覚は喜びに緊張、そして期待。
どんなレースをするんだろうとゲートの中でも胸が高鳴った。
そして最後に勝ちたいと。
どんなレースをされてもその上で先にゴールにたどり着きたいと心に火が灯った。
スタートからすぐに位置取りの攻防が起こる。
今回レース出走者の中には逃げのウマ娘が複数。
そのウマ達と同時に後方のウマにもプレッシャーをかけるため全体の中ほど若干前よりを確保したかった。
出遅れた、というよりはゲート順の問題。
内側を走っていたこともあって会長の方が先にその場所を抑えた。
最善の策というわけではなくなった。だがこれを予想しなかったわけではない。
すぐに次のやるべきことに頭を切り替えひた走る。
次に狙うのは他のウマ娘との距離。
単純に空気抵抗の軽減だけではなくペース配分感覚を乱していく。
加えて時折ペースを上げる気配を見せることで後方集団も攪乱する。
これだけでもかなりボクにとって有利な世界が出来上がる。
勿論会長はそんなのには引っ掛からない。
むしろボクより完成度の高い動きで周りのウマ娘を翻弄している。
だけどそこについては今更だ。
今は勝利のためにやるべきことをやるのみ。
先頭に位置するウマ娘は逃げだが、スタミナが持つことは無いだろう。
見た目にもハイペースだし、何より後ろにボクと会長がいる。
これでも国内トップと言えるウマ娘だ、それが会長と並んで後ろから迫ってくるのは恐ろしいはずだ。
想像だが彼女の心臓は相当速く鼓動してるし周りの音もほぼ聞こえないくらいで走っていると思う。
だからボクや会長が狙うのはその減速の瞬間。
そこからスパートして最後まで走り切る。
問題はそのタイミング。
どこで脚に力を籠めるかその判断が勝敗に繋がる。
まだか、まだ先か、その瞬間がもどかしい。
少しずつ流れていく景色に少しずつじれったい気持ちが混ざる。
どこで仕掛けるか、仕込んでいた策と照らし考えながらも浮かんできたのは一つの絵。
それを思いついた瞬間には全力を賭した。
シンボリルドルフならここで仕掛ける。
数えきれないほどに繰り返したレースの映像。
何度キヨマロとのトレーニングで語られた場面か。
絶対に似た信頼はそこにも存在した。
シンボリルドルフはここで動く。
スパートに入る瞬間、先んじられることがあれば間違いなく追いつくことは不可能なそのタイミング。
シンボリルドルフが最後の工程に入ろうとした瞬間に、ボクの脚は動いていた。
バネに似た体はすぐに力を隅々まで伝えて跳ねるように体が前に進んでいく。
前に居たウマ娘たちを追い越しスピードが上がっていく。
それは会長も、シンボリルドルフも例外ではない。
瞬きよりも速い決断の差は取り返せない程に広がった。
交わす。
身体が先に出る。
その先は流れるような展開だ。
予想通りにスタミナを切らした先頭ウマ娘を捉えトップに走る。
もう誰も追いつくことはできない。
そのままゴールを駆け抜ける。
一片さえ逆転など許しはしない勝利。
憧れに挑むものだからこその栄光だった。
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思い返すと自分の行動だったり勝手さには気恥ずかしさを覚える。
特にキヨマロとの初対面は中々にクソガキだと思う。
だけどキヨマロも大分変ではあったと思う。
それでも自分の選択は後悔していない。
むしろ最高の選択としか考えられない。
もしあの出会いが無ければ、あのときに断っていたらどうなっていたのだろう。
そう考えると途端に不安になってしまうほどだ。
だが、そうはならなかった。
栄冠も称賛も、何より一番欲しいものが手に入った。
最高の選択をした自分をほめたいくらいだ。
そんなことを思いながら左手に光を見つめた。
ちょっとここだけ情報が薄かったので書きました。
もうちょっとヤンデレ感は出したかったんですがこのくらいで。
ブチキレの悪意マシマシが反転するのも良いかなって思ってます。