高嶺清麿がトレーナーになったときにありがちなこと妄想 作:朝凪小夜
こちらのゴールドシップ編は根本設定のみ共通したパラレルワールド的扱いなので前話の閲覧は必須ではありません。
勢いで一万字を超えてしまいましたがお楽しみいただければ幸いです。
凱旋門賞
それはまだ日本のウマ娘が超えることのできない大きな壁。
日本国内でどれだけ強くても、速くても海外という物理的距離に芝を始めとしたレース場の環境がその先の勝利を拒む。
だがそれも過去の話。
アタシにとっては関係のないただの羅列だ。
「2枠6番、ゴールドシップ!
今ゆっくりとゲートに入って行きます!」
実況の声が少し遠くに聞こえる。
レースの時はいつもこうだ。
緊張、高揚、集中、原因がどれだかは知らないが観客や待機の時にうるさいとも思った音が
随分と小さくなる。
呼吸。
風音。
ゲートの電磁音。
色んな音が聞こえては通り過ぎて、ただ心音のみが聞こえる。
ゲートが開くまでのこのわずかな時間で無音と、無性に体が熱くなる感覚を何度味わっただろう。
だが、今回は違う。
面白く走りたい、エンターテインメントとして最高に良いレースをしたい、そう思っていた今までとは全く違う。
ただ強烈に勝利が欲しい。
日本ウマ娘の誇りだとか、悲願だとかそういうのじゃない。
ただ個人的な、アタシだけの感情の問題だ。
言ってしまえば憂さ晴らしと、その先のもう一つ。
だからここは、勝って、終わらせる。
ガコン、とゲートが開く。
極限の集中はその瞬間を逃さない。
最高のスタートでレースが始まった。
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昔から身体は大きい方だった。
頭の方も悪くない。
生まれて育ったところが港近くで自然豊かな、言ってしまえば田舎なこともあって走り回ることはいつでもできたし飽きれば魚を釣りに行くのもすぐだった。
唯一田舎としてウマ娘が少ないことぐらいはあったが、それも大した問題でもなかった。
学校でもそれ以外の遊びでもずっと勝つことが出来ていたし、
テレビもネットもあふれんばかりの情報でまだあったこともないウマ娘との勝負も想定できた。
勝てる。
身体が成長するごとにその感覚が強くなる。
レースの流れ、各ウマ娘の勝負運び、スパートのかけ方とどの要素を見ても追いつけるものだという確信に似たものを抱けた。
残念なことに自分が周りの中で走りについては一番で、他と随分な差があったこともあってこの感覚を理解できるやつはいなかったが。
そうして日々強くなる感覚と同時にある時に勝つことへの疑問も浮かび上がった。
学校では常に勝てる。
もしこれが進学、その後のレースでも同じなら?
つまらない。
もっと面白いものでなくては。
もっとワッと心躍るような何かが無くてはいけない。
そう気づいてからはすぐだった。
ぼんやりとただ気分に合わせて走っていたやり方を変えて、追込に全力を賭した。
最後方からの一気呵成のスパート、これ以上に面白い物はないと心の底から思えた。
それに進学の方も順調に進んだ。
推薦なんてものを得られるようなコネも実績もなかったわけで入学試験を正面突破するほかなかったが、難易度としてはそうでもなかった。
本質的にアスリートとしての資質が前提の学校だということもあって学力としてはそこそこ程度。走力も見られたが内心の感覚を揺るがすようなものは無かった。
そして面接、これも問題なかった。
正直に心中の面白いレースや走りを求めることを伝えた。
面接に居た理事長はどう見ても自分より年下だろとは思える見た目だったが、アタシの回答には凄くうなずいていたし満足そうな顔もしていた。
それから何日かして感覚どおりに合格通知が届き東京は府中のトレセン学園へと向かうこととなった。
幸か不幸か寮では一人部屋だったし割とやりたいことはやりたいようにできそうだと思えた。
が、そうでもないと気づくのには入学後の数月で十分だった。
ウマ娘としてトレセン学園に居る以上レースに出る。
これはわかる。
アタシだってレースに出るつもりで来ている。
だがレースに出るためにチームへの所属や担当トレーナーが付かないと出走エントリーが出来ないという事実。
ここが曲者だった。
各種規定を幾ら読んでもトレーナー不在のウマ娘にレース出場が可能となるような抜け道は見当たらず、超特殊なケースも考えてみたがそれも塞がれている。
どのみちトレーナーを見つけない事には話にならない、言うなれば詰みだった。
そもそも何故こんなにトレーナーの有無で悩まなくてはいけないのか。
面白いレースをしたいと、見たやつの度肝を抜くぐらいのことをしたいと、その欲望に付き合ってくれる人間がいないのが根本的問題だった。
ついでに練習もありきたり、なんなら食事諸々ガッチガチに管理してくる人間までいた。
どうにも合わない。
トレーナーとしてついてもらうとなるとその付き合いはそれなりに長いものになる。
それなのに日々の行動一つ一つを合わないと思いながら過ごすような苦痛を容認などできない。
それからは暫くトレーナー探しに奔走していた。
所謂管理派とは違うタイプのチーム、一匹狼のようにチームではない個人トレーナー、チームでもサブトレーナーとして入りつつ思想は異なるようなやつ。
学園に居るトレーナーをこれでもかと調べ倒して、なんならちょっと無人島でもお話してみて明確にわかってしまった。
共に駆け抜けてくれるトレーナーは存在しないと。
無気力、燃え尽き。
表せる言葉は色々ありそうだが、やる気を失ったというのは事実。
面白いレースがしたいと望んでもそこにたどり着く手段がなく、手段を妥協して良いとも思えなかった。
山の頂上を目指しているはずが登山道は消えるし命を預けるはずの手許の道具類もボロボロの風体のものしかない、例えるならそんな感じだろうか。
そういえばトレーナーの方も新規で入ってくる奴がいるな。
思い当たったのはただぼんやり校庭を散歩していた時だ。
やけに怒られている男がいるな、と。
よくよく思い返せばその男は今年の新規トレーナーだった。
トレセン学園に来るトレーナーの内で地方でのトレーナー経験もないいわゆる未経験者。
こういう奴は基本的に既にトレーナーが運営しているチームで研修と実地での仕事を経てサブトレーナー、トレーナーとして上がっていく。
正確に言えば今はまだ試験合格と学園への就職程度でサブトレーナーとも言えない状態。
その男の様子を見ている中である閃きが起きた。
まさに稲妻。
天啓としか言えないそれは決定的にアタシの運命を変えたといえる。
トレーナーでもサブトレーナーでも気の合う奴は居なかった。
だったら今後そうなるやつで探す、特に変わった経歴とかがあれば一番イイ。
燻り、もう殆ど消えていたと思っていた情熱が一瞬で太陽のように燃え上がる気がした。
そうして再度トレーナーを、今度は将来そうなるであろう人物に絞り調査した。
見つけたのは片手で少し余る程度の人数。
だがすべての面々が個性を放っている。
不動産業界からの転身。
トレーナー一族からの輩出。
トレーナー試験最年少合格。
トレセン学園中退からのトレーナールート。
etc.....
まだ直接会っていない以上確実ではないがそれでも匂い立つほどに面白さが透けてみえるほどだ。
この中の誰かにトレーナーとなってもらえたら最高に楽しいレースまで行けると心が躍る。
しかしすぐに会うようなことはできない。
向こうがまだ正式にトレーナーとなっていない以上ウマ娘として担当を依頼する逆スカウトは使えない。
それをやってチームに所属させられて面白くもない練習をするようなのだけは絶対に嫌だ。
一応不文律としてもそういう研修中のトレーナーに将来的な担当を要求するのはご法度らしいし。
待ちと見。
それだけが今のアタシに出来ること。
トレーナーになる時期を見計らい、他の誰より先に搔っ攫う。
あとは誰に一番に声を掛けるかどうかを決めるだけだ。
そのための時間はそれなりにある。
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逆スカウトを行う対象を将来のトレーナーに絞ることを考えてから1年としばらく、ようやく自分も進級、トレーナー候補もトレーナーになる季節だ。
それなりの時間によって最初に声を掛ける対象も決まった。
本人の性格に触れるような情報があまり集められなかったのは残念だが、研修でやっていることとしては結構色々な分野に通じているという話は聞けている。
合う合わないは会って話してそこでわかる。
だから一番はその状況を完璧に作らなくてはならない。
これまでのサブトレーナーからトレーナーへの就任に関する儀礼的な集まりと進級に伴う諸々から何度もそのシミュレーションはした。
多少のイレギュラーがあってもこっちの対応でカバーし上手く時間を作り本来の流れに持ち込むことは出来るはずだ。
もうすぐで決行だ。
既に行動パターンの反芻は済んでいる。
あとは対象が来るのを待って開始をすればいい。
時間が長い。
秒針の進みがやけに遅い。
たった1秒の動きがこれほど鈍かったものだろうか。
焦れる心を抑えながら視線だけはずっと建物の出入口。
絶対にそのタイミングは逃せない。
ポツリポツリと幾人かの姿が出入口に見える。
その中には...
まだいない。
第一団にはいないことは確認し、影が見え始めた後方の第二団に焦点を合わせる。
...いない、いない。
何度繰り返したか、声を掛けるべき人物の姿はない。
どういうことか。
焦る。
この建物内でトレーナーとしての着任式が行われていたことは確定だ、そこは動かない。
だが何故出てこない。
冷や汗。
何か失敗を?
それでもここにはいるはず。
もしかしてどこかで退出していた?
思考は巡る。
どんどんと悪い可能性ばかりが浮かんでは否定しきれない推測として澱の様に心に溜まる。
もし間違っていたらどこで声を掛ければ良い?
先を誰かに譲ってしまう?
不安が増していく中で一瞬建物の奥に緑の何かが見えた。
緑でイメージされたのは学園の秘書の服装。
駿川たづな。
彼女ならばここに居てもおかしくはない。
その彼女と業務連絡や談笑していることも大いにあり得る。
光明が一気に広がった。
まだ待つべきだと心臓を落ち着かせながら身を隠す。
それから探していた人影が目に映るのは意外なほど早かった。
フォーマルなスーツにネクタイ。
慣れなそうにも見えるが何より若い。
見間違えはありえなかった。
建物より一歩踏み出すのに合わせて、ウマ娘の脚力をフルに使い
人を避け一気に迫る。
「...お前!
トレーナーだろ!
そのバッチも、トレーナーなんだろ!?」
「は!?
いきなり何言って...」
その先を言わせはしない。
それより先に手持ちのズタ袋を被せて持ち上げる。
幸いなことに、というべきか抵抗はほぼされていない。
ちらりとたづなさんと目が合った気がするが、記憶からは消しておこう。
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「...ん、ここは...」
「おう、目覚めたかい。
身を焼く暑い日差し、乾いた砂浜、その辺に放置された漁船。
何を隠そうここは無人島だぜ!」
「無人島ねぇ...
学園で拉致られた記憶はあるんだが、どうやってここまで来たんだ...」
「そりゃあもう華麗なるゴルシちゃんワープよ!
だーが、そんなことはどうでもいいじゃねえか。
ゴルシちゃんとのウキウキ無人島ランデブーを楽しもうぜ?」
「...ちなみに聞いておくが学園に戻るにはどうすればいいんだ?」
「無人島だが連絡船は週一でくるぞ。
今週の分はさっき行ったけどな」
マジか、と小声でつぶやく姿。
考え事はしているのだろう、だが冷静さは保たれていた。
以前同様の方法で拉致もといお話会をしたときにはめっちゃくちゃ慌ててほぼキレ散らかしていたやつもいたことからすると大分平和だ。
「...一旦状況はわかった。
ウキウキランデブーかはともかくほぼサバイバルなのは確定だな。
協力してくれ。
それと高嶺清麿だ、よろしくな」
「ゴールドシップ!
よろしくな!」
がっしりと握手を交わす。
やはり決断が速い。
こうでなくっちゃ楽しくないよな。
「それでサバイバルとなるとだが...ちょっと待ってくれ」
そういって懐を探し始める。
数秒の後にあったと呟いて手に握られていたのは、マルチツール。いわゆる10徳とか言われるやつだ。
「仕事柄たまに使うこともなくはないからな。
一応忍ばせてる」
「仕事柄ねえ、トレーナーとしてか?」
「そんなとこだ」
トレーナーとしての仕事は多岐にわたる。
主には事務と担当ウマ娘への指導だがそれでも多少手先を動かさないといけない部分もある。
器具の調整であったり修理など本来は専門の業者や職人がいるが時間的に急ぎでかつ簡易的なものであればトレーナーが弄ることはよくある。
それに、万が一の場合も。
おそらくだが緊急性が高く重度の問題が起きたとあれば使う、ということでもあるのだろう。
「道具まで揃ってるとなりゃ宝探しにゃすぐいけるな。
よっしゃ! ドンドン探索しようぜ!」
「まあ待て。
7日もあるならまずは優先事項の高いやつからやっていこう」
「宝探しより優先することがあるってのか!?」
「あるぞ。
まずは水だな」
テンションが高まりつつあるアタシに対して清磨は冷静だった。
まあ、水なら仕方がないかと先導を任せ島の中央を目指す。
途中なんか面白そうな木の蔦を見つけるとアドバイスが来た。
「...お、良いのを見つけたな。
そいつは蔓の中に結構水をためる植物でな。
そんなに量はないがそれなりの気温だし水場を見つけるまでに水分補給はしておこう」
かなり有用なやつだったらしい。
蔦の端付近で両手を使ってちぎるとほんのり水が染み出てきているのがわかった。
口元に充てて吸ってみる。
確かに、わずかではあるが水が染み出てくるのがわかる。
潤いは補給できたと清磨の方を見れば同様に水を吸っていた。
もっともさすがに蔦を切るのはナイフを使ったようだが。
「いやー、さっすがだぜ。
こんな良いもん知ってるなんてな」
「まあ趣味の一環だな。
この蔓は一応覚えておいてくれ。
水場は探しているがなければ俺たちの生命線だ」
「りょーかい、りょーかい」
それからあっさりと水場が見つかりまさか木の蔓が生命線となるのではと内心ビビっていたのはうそのように消えた。
そして火の用意も寝床の用意も夜までに、あっという間に済ませてしまっていた。
アタシはその時間で魚を釣ってたけど。
「でもよー、トレーナーは何でトレーナーになったんだ?
年もめっちゃくちゃ若いしあの植物のこととか知ってるし大学行っても研究者とかありえたんじゃねーの?」
足元の火を見ながら問いかける。
「そうだな...
昔レースを見に行ったことがあってな。
トレーナーとウマ娘の姿に繋がりとか絆ってやつを感じて、
何だか美しく見えた。
...それでトレーナーになろうって思ったな」
「美しい...ねえ...
あれか?
人バ一体ってやつを見れたってことか?」
「そこまで言っていいのかはわからん。
だが、少なくともパートナーってやつには見えた。」
多分それは人バ一体で良いと思う。
その言葉は言わなかった。
何故か妙にその時の言葉が嬉しそうな、あるいは何か秘めたような何ともつかみきれない感覚を覚えた。
「...そのパートナーにこれからなる、なるウマ娘を探してるってことで良いんだよな?」
「ま、そうだな。
一応今日付で俺もトレーナーになったわけだし」
辺りはすでに暗い。
足元の火だけが光源でギリギリ相手の顔が見える。
ロマンティックといえばその通りの状況だがそれよりももっと緊張してきた。
今ここで言いたいのはそういうことよりももっと大事なこと。
「そのウマ娘、アタシにやらせろ」
無言。
虚を突かれた、驚いた。
そんな表情はなく発言前と変わらない顔で見返してくる。
「アンタはウマ娘を探してる。
アタシはトレーナーを探してる。
需給の一致ってやつだ。
それで、アタシは面白いレースを、最高にエンターテインメントしてるぜってレースを走りたい。
トレーナー、どうだ?」
「...いいぞ」
ほぼノータイムの承諾。
聴き間違えなどではない。
自慢のウマ耳が捉えた返事に一気にテンションが上がってくる。
「...よっしゃぁあ!!
それならこれからバンバン走ろうぜ!!
よろしくな、トレーナー!!」
「…あ、ああ。
よろしくな。」
「そうと決まれば早速練習しようぜ!
こうしちゃいられねえ!
サクッと学園に帰るぞ!?」
「だが帰るったって...」
「そんなもんゴルシちゃんサービスでひとっとびよ!
さあ、いっくぜ、トレーナー!」
正直に言えば最後まで話を重ねてある種ストックホルムシンドロームみたいなものを狙っていないと言ったらウソになる。
だがそれ以上に島に連れてきてそこからの会話と圧倒的に冷静さを持った思考と態度でこれだと思った。
真面目にバカをやれる、そう感じた。
それも全力で。
故に一秒でも早くトレーナーとして就いてほしいと考えてしまった。
ほぼ勢いだったことも否定できない。
だけど成功したんだ。
やっと楽しくなってきた。
その充実感は多分人生で一番満たされていると、そう思えた。
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無人島から戻りトレーナーとしての契約を交わしたその日、
早速練習メニューを伝えられた。
「はっきり言ってトップスピードやスタミナ、追込で走るに必要な身体的能力はかなりの面で足りていると言っていい。」
自分でも認識していたことを伝えられ、その通りだこれで余計な練習は不要だと嬉しくなる。
自慢でもないがアタシは相当に身体が出来上がっている。
本格化こそまだ来ていないもののそれでも走ることについてはレースでも遜色ないものになっているはずだ。
「半面、特に追込をやるにあたってはさらに上に、むしろ徹底的に鍛えたい部分がある。
練習メニューとしてはほぼすべてをここに時間を使うようにしたい。
他のスタミナ等々については現状維持をできるレベルにとどめる」
「で、その鍛えたい部分て何よ?」
ちょっとばかり意外だった。
どこから見ても高水準だろ、と内心の声が沸き上がる。
「一言で言えば賢さってやつだな。
勝負勘、他のウマ娘の動きやスパートのタイミング、そういったものをひっくるめてレースの中でどう動くかの思考力。
これが足りていない」
「...んー、だけどさそれってそもそもレースにでないと無理じゃね?」
「いや、そうでもないぞ。
特にこういうのは得意だ」
へえ、得意ねえ。
そういうアタシを尻目にトレーナーが傍らから取り出したのは将棋セット、移動時でも遊戯可能な携帯サイズのやつだ。
「それ、将棋だよな?」
「そうだ。
これを3面同時にやってもらう。
俺は3面分別々のパターンで打つから全部で勝てるようになれ。
ああ、言っておくが思考時間は最初から短くしておくぞ。
レースでも使える高速思考じゃないと意味がないんでな」
「...は?」
「将棋は打てるよな?
無理ならチェスやトランプでもいいんだが…」
「いや、打てる。
やってやろうじゃねーの。
将棋界のウマ聖、ゴルシちゃんの打筋見せてやるぜ」
速攻負けた。
3面同時とかいうそもそも頭のおかしい状況に、全く違う戦況が展開されていくことにドンドン思考が混乱した。
まさかそんなに打ち筋が違うこともないだろと思った自分を殴ってやりたい気分だ。
あいつは本当にやってきた。
超攻撃的、超防御的、変則の3つを同時に、だ。
加えて一手の時間はごく短い。
最適といえる手は打てず読みも足りず、ミスをミスと思う頃には相手の最適が十重二重になる。
だが、だからこそ燃える。
「今日はこれで終了だ。
明日もやるが最初は走りからな。
それと自主練で走っているようであれば走った距離と内容を教えてくれ」
思考力の使い過ぎで頭は茹り気味だが明日にはリベンジできると気がはやる。
そうして他に類を見ないであろうアタシとトレーナーの日々が始まり、今日まで続いている。
3面だけでやっていた盤面はクリアするごとに増え続け最後には8面同時に他のゲームまで追加された。
加えて打ち筋のパターンも増えに増えた。本当に同一人物が打っているのかと疑問になる上途中で変化するという仕様まで入れてきた。
しかもこれはこれでまだ序の口で、シミュレーターを使って走っている状況で同じことをさせられた。
コーナーやコースの位置取りを考えると他の思考が一気に狭まると痛感した。
そのたびに
「追込で後方にいるからこその他のウマ娘への観察と推察は逃すな。
一番いいところで加速して一気に突き放すんだ」
声が掛かる。
やるべきことはわかる。
相手の目指すものを読み切ってその上を行け。
だが思考リソースが足りない。
自分を中心にすれば相手は見えず、逆に相手を見ると自分が曖昧になる。
「思考を思考としてとらえるのではなく、無意識になるくらいまで慣れるようにしろ」
アドバイスとしては抽象的な気がする。
しかし限界だと判断されなければ何度でも最初から、あるいは途中からでも付き合ってくれる。
毎回が限界でその次には限界を超えていることを認識できて、その繰り返し。
少しずつ広がっていく思考と世界の感覚が楽しくて仕方がなかった。
そしてそれを話せばすぐに理解されてより高く目標が積まれてく。
レースを面白くできるアイデアも実際に実現する走り方も日ごとに明確に細部までイメージが強くなった。
実現可能性も話せば打てば響くとばかりに示してくれる。
これが表向きの、あくまで話していいだろうと思える程度のトレーナーとの思い出と感情。
だがあくまで表向きだ。
もっと深い本音は別にある。
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それはレースでも冠のつくようなものに出られるようになってきたころ。
「今日は何か授業も早終わりだしトレーナー驚かせてやっか」
普段よりもずっと早い時間だからこそすぐに練習に入るよりも面白いことをしてみようとそんな思考は当然の流れだった。
グラウンドの一角、さすがにチームのものとは比較にならないほどではあるがトレーナーと担当ウマ娘用の部室が設けられている。
まずはトレーナーの現状を知らないと驚かせようがない。
窓からの視界を避けつつ近づいていく。
林がある分近づくのは容易だった、木を使いつつ死角だったりトレーナーらしき人影が見えないタイミングを見計らい進んでいく。
棟についてからは更に慎重を期す。
たまたま窓を開けられて見つかるのは初歩のミスだ。
手鏡を使って窓周辺の状況を見なくてはならない。
人影はない。
これならば窓に近づいても問題ないだろう。
窓横すぐに、壁に張り付くようにしながら立つ。
気づかれているようなことはなかった。
後はどう驚かせようか。
オーソドックスに窓からいつの間にか見られていた、ってやつにしてみようか。
そうと決まれば、と窓から中を見やる。
トレーナーの姿は直ぐに見つけられた。
部屋の反対側に置かれた事務作業用の机に向かい書類を仕上げて、
ほぼ終えていたのだろう視線は手許から斜め上へと向かう。
違和感は直ぐだった。
書類を終えて休憩か伸びでもするようなものかと思えば、視線が上向きのままで
何かを考えているようにも見えた。
そこからは只走っていたところまで少し記憶が飛ぶ。
走って、走って、何とか木の陰に滑り込むような動き。
荒れた息使い。
やけに速い鼓動。
それに見たはずの景色が蘇る。
あの時の表情がどういうものかというのは難しい。
だが、郷愁というのがそうなのだろうと確信できた。
女だから、ウマ娘だから、そういうのはあまり好きではない。
だが純然たる直観が視覚情報に解釈を与えてくれる。
それに、よくよく思い返せばあの時のトレーナー何かを呟いていたようにも見える。
人の名前か...?
「...アイツはアタシんだ。」
低く、おどろおどろしい声。
発音も曖昧で崩れがちな言葉をいつの間にか発していた。
独占欲。
トレーナーが、高嶺清磨という人間が自分以外に心を砕く。
その光景にやけにイライラする。
担当ウマ娘は自分だけ、練習もレースもリソースは全て向けてもらっている。
だがそれ以上に感情が一分でも離れることに神経を逆なでされる気がした。
どんな過去があるとか誰をどう思っていただとかもどうだっていいが、
それが今のものとして存在するのが気に食わない。
アイツのパートナーはアタシだ。
ただそれだけが心を支配する。
脳みそも体も熱いのになぜかそれだけがすっきりと染みこむようだった。
自覚、というやつなのだろう。
他人に渡してはならない、渡すものかと強烈な感情が内にあることを今初めて理解した。
走ることが好きで面白いレースをやりたいというのも欲求だ、それは揺るがない。
だがそれを超える感情があったのだ。
恋だとか愛だとか言うのだろうか、名前が付くのかはよくわからない。
少なくとも自分の許から離れることを赦せないというのが親愛の情の亜種なのであればその通りなのだろう。
そして自覚してしまった以上無視することなど出来はしない。
アタシにできるのはこの感情を捨てるために努力するか、確実にトレーナーをわがものとするかの二択だ。
答えなんて決まっている。
より面白くなる方だ。
アタシのモノである以上横取りも何もさせる気はない。
問題はそれを如何にして知らしめるかだ。
圧倒する。
他の誰もが思いつかず実行もできないレベルの行いで一切合切薙ぎ払ってやればいい。
そうすれば唯一無二だと示せる。
激動とも思えた身体の熱が少しずつ落ち着いてきた。
その代わりに頭の方の冴えがどんどん良くなってくる。
掴むべき栄光の再定義もその道筋も、そして記憶の中の微かな違和感。
今更ながらに何故高嶺清麿は無人島であそこまで落ち着いていた?
いくら優秀なトレーナーで頭脳明晰といったところで準備も一切なくサバイバルだというのに一瞬で受容・適応するのは不自然と言ってもいい。
それにその後もだ。
ウマ娘としての膂力は普通に使ってしまっていたが驚かずにいられるか?
トレーニングでどデカいタイヤ引き、杭打ちをやるのはわかる。
だがあの時はトレーニングですらない瞬間の話だ、脈絡のない異常性に取り乱さないなんてのはあり得るのか。
そして最後にウマ娘とトレーナーがパートナーとして美しいものと感じたこと。
それ自体はおかしくはないはず。
おかしいのはその表情が先程見たものとどうしようもなく似ていたこと。
ぐつぐつと感情が煮詰まっていく。
気に入らない。
どういうやつかは知らないが過去にウマ娘との付き合いがあったのだろう。
それも相当に深い仲で。
だとするなら膂力についての理解も多少振り回されていたというなら理不尽への慣れもあるだろう。
その後の事情は知らないが今も相当に心に残っているらしい。
イライラする。
アタシ以外のウマ娘を思い浮かべるような瞬間が存在することが。
「...ぜってー負けねえ」
これは決意と宣戦布告だ。
どういう存在だろうと、過去未来すべてにおいてアタシだけが独占するのだ。
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「ゴールドシップ、強い!
最後方からの追い上げ!
現在先頭に並ぼうとしています!」
息はまだ余裕がある。
脚の方ももう一段速くすることも可能だ。
そして残る距離はわずかで先頭を争う相手はギリギリの状態、この上の加速はない。
超える。
少しずつ詰まっていた距離が0になる。
後塵から並走、独走へ。
アタシがトップだ。
「ゴールドシップ!
ゴールドシップが先頭に躍り出た!
残る距離はほんのずかです。
このまま、このままいけるか!
…いった!
ゴールドシップ!
ゴールドシップが1位です!!」
微かに聞こえる実況もアタシの1位を確定させる。
掲示板にはまだ点灯がない。
着差としてはクビと少し前後がある程度か、と。
そんなことを思い返したところで掲示板にアタシの番号が映る。
一番上への点灯。
一層大きくなる歓声。
やはりアタシの勝利だ。
「...You are so strong」
(...強かったよ)
先程まで争っていたウマ娘が声を掛けてくれる。
少し目線を落とせば右手も差し出している。
「I told you so?
And, speak french. I can speak」
(だから言ったろ?
それとフランス語で良いぜ、話せるからな)
握手を強く返しながら返答。
フランス語なら普通に話せる。
気を遣って英語で話してくれたのだろうが、その気遣いはありがたくも不要ではある。
「Oui ?
Alors je le ferai.
...Pour être honnête, je vous ai dispensé parce que c'était de le "Uma" japonais.
La poursuite par derrière était intense.
Vous devez être le meilleur au Japon, n'est-ce pas ?」
(そう?
じゃあそうさせてもうよ。
…正直日本のウマってことで侮ったのは否定しないけど、
あの追込は強烈だった。
日本でもトップなんじゃない?)
「Oui.
Probablement, je suis capable de gagner même Rudolph au Japon.」
(だな。
日本で言えば多分ルドルフにだって勝てるんじゃねーかな)
「Ah, vous voulez dire empereur.
Je comprends votre force.
Mais pourquoi êtes-vous si fort ?
Je croyais que nous étions les meilleurs sur ce terrain.
Comment as-tu pu le renverser ?」
(かのルドルフにもねぇ...
確かに強いわけだ...
でもなぜそんなにも強いんだ?
この地で一番強いのは我々だと思っていたが、それを覆せた理由は気になるね)
「pourquoi ?
C'est simple.
La ténacité et la détermination.
Il n'est pas faux de dire que je voulais sincèrement gagner.
De plus, j'ai une chose à faire après avoir gagné.」
(理由?
そんなの単純だぜ。
執念と目的ってやつだな。
勝つだけじゃなくて勝ってやりたいこともあったんだよ)
「de l'objectif ?
Pourriez-vous me le faire savoir ?」
(目的?
内容を聞いても?)
「Ce n'est pas nécessaire.
Écoute attentivement les commentaires.
Tu verras bientôt ce que je veux.」
(いや、その必要はないな。
実況をよく聞いときな。
すぐわかるぜ)
「...D'ACCORD」
(...OK)
アタシたちの会話を邪魔しないようにと控えていたのだろう。
会話がひと段落したところでインタビュアーが周りを一気に取り囲む。
勝利後の気持ち、これまでの練習、意気込み、今後の予定。
ありきたりな質問が矢継ぎ早に飛んでくる。
まあ、悪くないものだが求めているのはそこではない。
「最後に何か言いたいことはございますか?」
来た。
これが欲しかったのだ。
思わず口角が緩みそうになり、気を引き締める。
「...まずは応援サンキューな。
メッセージめっちゃ来てて嬉しかったぜ。
繰り返しにはなるけど今後の予定はまだ未定ってやつだ。帰国後からまた考え始めるぜ、ゴルシちゃんの未来に乞うご期待ってやつよ。
それと今回勝てたのは色々理由はあるけど…」
一度言葉を切って、息を吸う。
ここからはレースよりも緊張が高まる場面だ。
一瞬でも淀みなく躊躇なく言わねばならない。
「...一番大きい要因としてはトレーナーの存在だと思う。
能力面も精神面でもレースに出るにあたって最高のサポートってやつだった。
それで、この先はトレーナーに言いたいんだが、」
ニッ、っと最高の笑顔を作る。
思い出すのはトレーナーを承諾してくれた瞬間。
あの楽しい日々が始まることを確信した日だ。
「...机の引き出し、一番上のところに婚姻届を入れてある。
もちろんゴルシちゃん、トレーナーの欄も記入済みだぜ。
OKなら提出しちゃってくれよな。」
NGの時?
そんなものは言う必要がない。
実況の言葉は通訳も伴って会場に届いているはずだが、いつの間にか場内は静寂に満ちている。
余程衝撃ってやつか、と思ったところで。
あいつ、やりやがった。
ぽつぽつとそう聞こえてきた。
そしてほぼ一瞬の様に広がる大きな声の連鎖。
トレーナーも叫んでるな。
どちらかというと純粋な驚きっぽいが。
静寂は嘘のようになくなって、ともすれば優勝時のそれを超えるほどの声の渦が巻き起こっている。
「quelle surprise.
Est-ce le but recherché ?」
(なんてことを...
これがやりたかったこと...?)
「OUI.
J'avais besoin d'écraser tout le monde, y compris le formateur et toute personne à venir.
Cela suffit.」
(そうだぜ。
誰も彼もを超える、それも強烈に。
これだけやれば十分だろ?)
「Fou...」
(イカかれてるって...)
圧倒する。
トレーナー本人も、今後アタシやトレーナーに関わるであろう全てを。
過去のどんな人間であろうと。
そのために強烈なインパクトが欲しかった。
そして何よりも面白くなくてはならない。
これがすべてを満たした最高に冴えたやり方。
前代未聞やイカレテルなんて言葉など褒め言葉でしかない。
やるならデッカク。
楽しくて仕方がない。
後はトレーナーに任せた。
どう選ぶのかはあいつ次第だ。
もしだめだったとしてもアタシがやらかしたってだけで済む。
OKなら最高がより最高になってハッピーってやつだ。
まあそれはそれとしてこの後の準備もあるだろう。
ウイニングライブや芝の整備諸々でレース後も忙しいばかりだ。
勝者も敗者もレースが終わればターフの上からは去るのだ。
最後にもう一度だけ拳を突き上げる。
今日一番の歓声が場内を包んだ。
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「いやー、言葉に残ってるとはいえ自分で見るとちげーよな。
まさかあんなに青いとは思わなかったぜ」
「...だな。
こんなに綺麗だとは...」
青くきらきらとした大きな海。
その上にまばらに広がる白い雲。
「ゴルシちゃんのワープでも二人以上での宇宙旅行はちょーっとしんどいからな。
二人して飛行士ってのも乙なもんだろ?」
「気が付いたら試験なりを受けさせられるとは思わなかったぞ...
それにまさかトレーナーとしての実績云々でクリアできるとも思ってなかったしな」
宇宙服越しに右手を顔付近に近づける動き。
思考時のクセはここでも健在だ。
「予想外でも結果オーライってやつだからいいじゃねーか。
それに何より、アタシが担当になってアンタの人生も楽しくなったろ?」
「ああ、そうだな。
トレーナーやれて楽しかったよ
それにこれからも、だろ?」
「...だな!」
お読みいただきありがとうございました。
以下には妄想にあたり考えていたことです。よかったら目を通していただけますと幸いです。
またトウカイテイオー編での誤字報告ありがとうございました。
私がまだハーメルンの投稿者機能に不慣れなこともあり本来個別に指摘いただいた方の名前を書きたいのですがすぐにわからず、こちらにてまとめてお礼とさせてください。
Q. ゴールドシップの性格とか思考とかああいう裏側があると?
A. ぶっ飛んだ考え持ちの人が裏でヤンデレチックなの好きなので。
Q. ゴールドシップの勘違い(清麿の過去について)は訂正されないの?
A. 清麿はその勘違いをしていることは知らないのでゴールドシップとしても清麿は過去ウマ娘と付き合いがあったと思っており最後の時点でもガッシュの事は特に話されてもいない想定です(今後何かきっかけがあれば話すことは確定くらいの仲を想定してもらえればと)。
Q. なんか清麿があっさり決め過ぎでは?
A. ガッシュと共に世界を飛び回った男だ。経験が違う。
Q. ゴールドシップの細かい感情の動きは?
A. 気が付いたら一万字行ったのでさすがにこれ以上は重たいかと。
(トウカイテイオー編でも書きましたが清麿のガチのサポートを日夜やられて堕ちないウマ娘がいるわけがないという気持ちで書いているので書くなら異様に細かい話になりそうです)
Q. 凱旋門賞での2位のウマ娘の描写はしないの?
A. 申し訳ないとは思いますが今回スコープから外しています。
シェリーからの紹介ルートでは彼女が清麿の担当となっていたかもしれません。
Q. いくら凄い実績でもゴールドシップの行動は怒られない?
A. たづなさんブチ切れです。トレーナー拉致は仏の顔を2回目まで使った形です。
Q. 他のウマ娘編は?
A. 今のところ考えてませんが少なくとも年内はありません。シーンくらいの妄想はタキオンと清麿でよくやってます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
年の瀬での投稿ではありましたが皆さまのお時間が少しでも良いものとなりましたら大変うれしく思います。
それではよいお年をお迎えください。
(2024/12某日)