高嶺清麿がトレーナーになったときにありがちなこと妄想 作:朝凪小夜
また一部設定や世界観が微妙に歪んでいる部分がありますがスルーしていただければ幸いです(どうしても気になる場合はコメントなどいただけますと助かります)
予備教室からもくもくと漏れる黒煙。
それは廊下を歩いていた高嶺清麿を驚愕させるには十分だった。
これは何かという問いと同時に有毒性や危険性も脳裏で判断していく。
多少の煤らしきものはあるが危ないものではないとの結論を出すのには数瞬で事足りたが、眼前でもくもくと排出され続ける煙そのものを無視することはできなかった。
少しばかり目線を上げればそこには理科準備室の文字。
煙の発生源としてはありえなくもない場所だが、現在は夕刻。
今日の授業は終わっている以上実験は行われていないはずで、しかも今現在理科準備室は諸般の事情からあまり使われていない教室のはずだった。
少しばかり思い出すことがありながらも、躊躇することなく扉を開ける。
そこからは
「ゴホっ、...少し失敗してしまったねぇ...」
咳と共に落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
どうやら彼女が煙の原因らしい。
「...これでダメとなると少し方向性を変えてみようか」
失敗はしつつも実験自体は継続するつもり。
そのタイミングで声を掛ける。
「あー、ちょっと良いだろうか?」
バッ、と擬音が聞こえてきそうな速度で振り返る。
その姿は頭頂に耳のあるもの。つまりはウマ娘。
「...なんだい、君は?
この教室には使用予定は特になかったはずだが?」
栗毛の髪に独特な瞳。
胡乱の色を浮かべながらこちらを見つめてくる。
「...使用予定がないのは知ってるさ。ただ盛大に煙が出てきたからな。
一応安全確認というやつだ」
「...ああ、そういうことか。
それなら問題ないよ。私はこの通り平気さ」
さっさと出ていけ、という言葉は無いが視線や言葉の調子からありありと伝わってくる。
「ついでに確認しておきたいんだが、君はアグネスタキオンで良いんだよな?」
「...そうだが?
聞きたいのはそういうことかい? 私は忙しいんだが?」
「いや、君の想像していることじゃないさ。
少なくともレースに出ろという勧誘じゃない」
「...ふぅん? なら一体なんなんだい?」
先程よりも言葉に棘が混じる。
高峰清磨が考えていたのはアグネスタキオンというウマ娘について。
高峰清麿はまだトレーナーとしてウマ娘を担当していない。
今年度からその資格を得たばかりだ。
ただこれまで研修の一環で所属していたチームにおいてかなりの功績があったことからトレーナ内でも学園職員の中でも知名度は高い。
その中でも駿川たづなからの覚えはよく今日も少しばかり打ち合わせがあった。
そこではトレーナーとしての今後の話と、アグネスタキオンというウマ娘の話題があった。
曰く、名門の出自ではあるがまだレースには出ておらず本人もあまり出る気がなさそうであること。
曰く、本人としてはその理由が明確であり克服の可能性を探っているであろうこと。
曰く、時折どころかほぼ毎日殆どの時間で理科準備室に居ること。
曰く、悪いウマ娘ではないからもし見かけたらよくしてほしいとのこと。
直接話こそされないものの表情や話し方からレースに出ないことに事情があることは簡単に察しがついていた。
もし出会うことがあればその時には覚えておこうと思っていたことが直ぐに実現した。
「...ウマ娘の可能性を探る、その中にはケガやそこに至る不安を抱えた者の救済も含めている…違うか?」
「...!
...どこかで耳にしたかい?」
キッ、と目が細められる。
緊張と敵意に似た強い視線。
「一応ここで働いているからな、何となくはわかるさ。
それにアグネスタキオン、その脚のこともな」
「私の脚…?
まさかガラスの脚だとでも言いたいのかい?
初対面にしては随分なことじゃないか」
「ガラスの脚と揶揄したいわけじゃない。
だが...見ればわかる。
その脚は全力を出した時の出力には耐えられない。
...わかってるんだろ?」
「随分とずけずけと...
だったらなんだと言うんだ?
私が足を気にしていることを突きつけて笑いでもしたいのか!?」
怒気を伴い荒げた言葉。
まさに溢れんばかりの感情が全身からオーラとも言えそうなほどにまとわりつく。
「...違う。
そんなことを言いたいわけじゃない。
...その可能性を探る話、俺も一枚噛みたくてな」
は、と呆けたのは数秒。
最初は小さく、徐々に笑い声が大きく聞こえてくる。
終いには腹を抱えて大笑いをしていた。
「...はっ、実に面白いじゃないか。
君が私のプランに絡むって?
君は学園側の人間だろう?
私に走れと言わずにわざわざそんなことをするなんてどういう風の吹き回しだい?」
トレセン学園においてウマ娘に求められ期待されるのはレースへの出場とその成績。
デビュー時期こそ各々の成長に任せられるものの、トレーニングとレースへの意欲は常に示されて然るべきとされている。
だがその中でアグネスタキオンは異なる。
学園の授業にはほぼ出席せず、レースへの出場意欲は見られず引きこもるかのように理科準備室に居ては怪しげな実験を繰り返すウマ娘。
それがアグネスタキオンの評価だった。
学園側としてはトレーナーやチームの紹介を遠回しにしてはいたものの当人はこれを拒否してのらりくらりとしながら走らずにいる。学園側としての健康は一番ではあるが走ってもらいたいという思惑とぶつかりがあった故にアグネスタキオンからすれば厄介事を運んでくるというのが個々の職員への印象だった。
「無理に走ってもらおうという気は無い。
俺はケガ無く引退まで出たいレースに出て走れることが一番だと思ってるしな。
そしてそれを実現させるための研究をしてるやつがいるなら手伝いたいと思うのは自然じゃないか?」
「...ほう?
ウマ娘のケガを減らす、果てはなくすようなことまで考えていると?」
「ああ、その通りだよ。
レースに出られず終わる、戦えずに終わるようなウマ娘は0であってほしいと思ってるよ」
細められ暗い感情を伴っていた目がいつの間にか大きく拡げられ、好奇の色を宿している。
「...ふぅん。
それで仮にその話が本当だったとして君にそれだけのことを為せるのかい?
それ相応の実力というやつがあると?」
弧を描いた口元。
純粋な興味かそれとも別の思いか、いづれにせよ声色は随分と明るい。。
「それについては問題ないだろう。
...だが、口で言っても信用はないな。
...丁度いいからその作りかけの薬について話そう。
その薬だが、おそらく副反応が強く出てる。
本来想定される反応を得たいなら温度に気を遣う方が良いな」
そう言って指をさすのは机に並んだ数本の試験管。
鮮やかな色をした薬液で満たされたそれが不完全なものだと。
「...何を言っているんだ?」
「薬の方はあまり専門てわけじゃないが、…まあ見ればわかる。
噓か本当かどうかは調べてみればわかるだろう。
俺は今日は行くよ。信用できるかどうかは、また来るからその時までに考えてみてくれ」
「...ちょ、ちょっと待て!」
追いかけようと彼女が外に出た時にはもう先程の姿は見えない。
呆けてしまった分動いたのだろうと頭を掻く。
「...本気で言っているのか?
見ただけでこの薬がうまくいってないなどと...」
ぶつぶつと独り言を発しながらも分析を始める。
元よりあまり上手くいっていなかった実験なのは認めよう。
だがまだその原因は特定に至っておらず、ましてほんの数分程度で話すついでに目にした程度でわかるとは到底思えなかった。
「...ふん!
わざわざ変なことを言おうとしたところで!
...これは…?」
イライラとする内心を落ち着かせようと喋りながらも手は動く。
指摘された以上は確認しなくてはならない、それがあり得ないようなものでも。
そんなことを思いつつ薬液を弄っていたところで手が止まる。
「...そんな...
まさか、本当に...?」
先程から少し色の褪せた試験管の中身をよく見ようと目に近づける。
試験管をゆすり、振ってもその色は変わらない。
それは明らかに、本来得ようとしていたものがないという印であった。
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「やぁ!
よく来てくれたね!
論文案も色々書いてみたんだ、是非意見を聞かせて欲しい」
あれから数日。
アグネスタキオンは高嶺清麿とはいったい何者かという問いを抱えつつもとりあえずはその手腕をもう少し確認しようという姿勢で落ち着いた。
友人があまり居らず、同じ理科準備室を半ば勝手に占拠する仲のマンハッタンカフェに聞いても割とトレーナー内での評価が高いという程度の噂しか得られなかったという背景もないわけではないが。
「...うぉっ、随分多いな。
さすがに目を通すのに時間をくれ。
...というかその前にこの部屋をどうにかしないか?」
「うん...?
何か変かい?」
「いや...、変どころか、これはもう散らかってるとかいうレベルじゃないだろ」
理科準備室。
元々アグネスタキオンが占拠し始めてからというもの、そこそこ程度ではなく散らかっていた。
そこに最近案をまとめたというのもあるのだろう輪をかけた惨状ができあがった。
方々に書籍やアイデアを記したメモ。
実験ノートや薬剤こそまとめられてはいるが、積み上がった山がいくつも聳え立つ。
安定しているようでよくよく見てみればゆっくりと周期的な運動をしている。
傍を誰かが通れば、もしくは廊下からの振動でさえ倒れてしまいそうな不安があった。
「...特にそうは思えないが?」
「とりあえず片付けるぞ!
ここで実験なんて危なすぎるわ!」
「えー!」
「とにかく!
やるぞ!」
「...全く...仕方ないな。
あー! それは捨てちゃだめだぞ!
これまでの考察とアイデアがまとまってるんだ!」
不要なものかと思えばまだ使うのだと待ったがかかり、不要かどうかを確認しようとすれば紙面に集中し始める中々進まない片付けの時間が始まる。
片付けのための片付けが必要だな、と一人呟きながらも高峰清磨は手早くあたりを綺麗にしていく。
時折、ほう、こんなことも考えていたのか、など聞こえてくるが聞こえなかったことにして必要そうな紙類とよくわからない紙類は未確認として一応目を通してくれと渡す。
そうして数十分、数時間の戦いは終わった。
「...いやー、すごいね!
随分片付いたもんじゃないか!」
「...そう思うなら普段から片付けとけよ?」
「...あまり気の進むものではないねぇ...」
まったく、とため息をつきながらゴミ袋を持ち上げる。
「ああ、そうだ。
論文案はちゃんと目を通してくれ給えよ?」
「...わかってるさ」
その意図、思惑については聞くことはしない。
ただ結果を出すのみ。
手許の紙束に一度視線を落としたのち特に言葉なく理科準備室を出る高峰清磨が再びその部屋を訪れたのはわずかに二日後の事だった。
「...気になったところはコメントしてある。
見てくれるか?」
「...ふむ...」
二日前に渡した論文案は自分で書いたものよりもずっと余白が少なくなっていて、
薬の作成方法の工程全体、反応機構、将来的な研究案の考察がびっしりと書かれている。
一部はアグネスタキオン自身も思い至っていたもの、だがそれだけではない全く考慮もしておらずまだその片鱗さえも掴めていない示唆が含まれるものがいくつか見つかった。
うぅむ、と唸らざるを得ない。
一枚一枚文言を確認しながら読み進めていくが少しずつ少しずつそのペースが遅くなっていく。
このアイデアはこことつながらないか、あの薬との効果はどうか。
そんな思考が泉のように湧いてくる。
滾々と溜まり続ける閃きを抑えながらもどうにかすべてのページを読み終える。
「...これはすぐにでも試したいものだね...」
口だけの人間なのではないか。
そう疑っていた時の気持ちは吹き飛んだ。
それ以上に、この男を逃がしてはならないとも思う。
まだ粗削り、洗練されたとはいえないまでも自身の論文案として水準だけで見ればそう他のものと劣るものではない。
だというのにこの男、高嶺清麿は的確に時にはアグネスタキオン自信の想定も超えて考察を返してきた。
薬学が専門でないというのがブラフなのか真実なのかはこの際どうでもいい。
それだけのことができるという才は見逃すにはとても惜しいほどに輝いていた。
「...いやぁ、長々と悪かったねぇ。
正直驚いたよ、ここまで鋭い意見が返ってくるとは思ってなかった。
是非に私の進めるプランに協力してほしい」
「...わかった。
よろしく頼む。
それとありがとな、結構書いたこと色々あったろ」
「構わないよ。
実に楽しいものだったさ。
いくつかは私も考えていたものではあったが、全くアイデアの欠片すらなかったものもあったからね」
「それじゃ共同研究者、ということで良いか?」
「んー?
それはどうだろうねぇ?
君の方から私に協力を頼んできたわけだし…」
揶揄うような声と共に口が弧を描いて右側に上がる。
「...助手君、というのが最適じゃないか?」
「助手、ねえ...
まあ、それで良いさ。
それよりそのコメントした奴をこれから試すんだろ?
助手として早速手伝おうじゃないか」
「おお!
実に助手らしい心構えができてるじゃないか!
早速実験を始めるとしよう!」
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「アグネスタキオン!
アグネスタキオンがトップ!
超光速の粒子が圧倒的な力を見せつけました!」
テレビが映しだし、実況の声が伝えてくるのは名バの最高と呼ばれるレース。
誰も寄せ付けないほどの隔絶した強さがそこにはあった。
「...随分懐かしいものだねぇ
こういうのを見ると年の瀬というのを感じるよ」
こたつに入り頬杖を突きながらテレビを眺める。
その対面には娘がいた。
「懐かしいって...
アタシ達からしたらもう伝説そのものなんだけど…」
「それは仕方ないねぇ。
私の残した宿題というやつさ。
これでも超光速とまで言われたんだ、それくらいはしておかないとね」
「それで残す宿題にしちゃ重たすぎるでしょ…
今でも最速、最強のウマ娘は誰なのかって話では必ず出てくるのに…」
「最強の称号に興味はなくもないが、当時としては残念ながら会長さんと戦うこともできなかったし、今となっては机上の空論さ。
同じレースで戦ってこそという展開もあるしねぇ…」
「会長さんって、シンボリルドルフさんのこと?
見てみたかったな、ママと走ってるレース」
「どうだろうねぇ...
当時だと会長さんはもうあまり頻繁にレースに出ているというわけではなかったし、私もこのレースの後で引退してしまったから噛み合うのは難しいかもしれないね。
...もっとも今からやれ、と言われても私はそれなりには走れるが」
表情に少しばかりどうだ、と言った気配が映る。
年齢を重ねても衰えなぞないと言わせたいのだろうが、そこにはあえて触れなかった。
「でもここまで圧倒的に勝って引退でしょ?
元々そういう風に考えてたの?」
「半々程度だったかな。
レース自体は楽しいものではあったが目標は達成してしまったからね。
それ以上走るというより別の目標の方を取りに行ったというわけさ」
「別の目標?」
「そうさ、元々私は足があまり強くなくてね。
それもあって昔から色々と研究をしてたのさ。
レースを引退してからはその研究方面により注力した、ということだね」
「...引退してからかぁ...
全然わかんないなぁ」
「無理に考える必要はないさ。
トレセン学園に行ってからでもいくらでも面白いことは見つかるだろうしね。
それに走りだけに集中できるというのもとても良いことさ」
そういうものなのか、といまいち釈然としない感覚を抱えながらも娘の方は頷いておく。
テレビからは相変わらず名バ特集の映像が流れており、つい最近引退を表明したウマ娘の名前も聞こえてくる。
「...こういう風になれるかな...」
ふと口からこぼれたのは一抹の不安。
走るときはいつだって一着だった。
だが、映像で見る実母の姿も他のウマ娘たちも自分では届かないほど遠い存在に思えてしまう。
「大丈夫さ。
君の走りは私がずっと見てきた。
彼と共にね。
その私が保証するんだ。間違いなんてないさ」
それに、とこたつから手を引き抜いて娘の手に重ねる。
「あまりプレッシャーをかけるつもりはないが、君は私の娘だ。
伝説とまで言われたウマ娘の血が流れている以上速くなれるのは当然と考えたまえよ。
私が懸念していた脚の弱さも今はもう克服できる時代だからね」
「...脚の弱さって克服できるの?
ウマ娘について習ったときに脚が弱いとどうしようもないって聞いたけど」
「それは少し情報が古いねぇ。
といっても一気に進歩したきらいもあるから仕方のない部分もなくはないか...。
だがまあ、とにかく、問題は解決済みなのさ。
...それこそ私と彼の、君のパパの功績だけどね」
「...パパも?」
ニヤリと笑みを浮かべる。
「知らなかったかい?
彼はトレーナーもしているがトレセン時代から私との共同研究者でね。
トレーナーとしてのウマ娘に対する知見と、あの頭脳を活かして色々と知的刺激をくれるのさ」
「...そうだったんだ...。
...あれ、でもトレセン時代って…その時からパパがトレセンに居たってこと?
もしかして、その時のトレーナーって…」
「はっはっはっ、
気づいてしまったねぇ。
そう、私たちはトレーナーとウマ娘、そういう関係だったのさ!」
驚いたかい、と聞いてくるタキオンの前で娘は目を回している。
目の前に居るのはかつての伝説そのもの。
それだけであれば何となく慣れては来ていたが、そのトレーナーまでもが実の親だったという衝撃に頭がクラっと来ていた。
トレーナー業をしているのは知っていたし、頭脳面でも優秀だというのは何となくわかってはいた。
だがその上で未成年時代からトレーナーをしていて、かつ母であるウマ娘を担当していたということまではつながらなかった。
思い返せば確かにそういう言動であったり、現役時代を近い立場で見ていたからこそ知っていたのだろうということもある。
十数年分の気づきが洪水のように頭を巡る。
「...落ち着いたかい?」
「...うぅ、人生一の衝撃って気分...」
机に突っ伏しながら声だけで返答を返す。
「まあ、話せるなら問題はないかな。
隠すつもりでもなかったが、一応は配慮というやつさ。
トレーナーと担当がくっつくという例はなくはないが、彼の場合特殊なこともあるからね。
やたらに知られるのは避けたかったのさ」
「...それはわかるけど...」
わかるけどぉぉ、と天板を響かせながら何とも言えない声が漏れてくる。
普段の彼女であればそうそう聞くことのできない珍しい声であった。
「慰めでもないが、学園にはそれなりに良いトレーナーも居るさ。
もちろん彼もいる。
君を掻っ攫っていくというのは少し、いや、ひっじょーに腹立たしいがそういう素敵な出会いもあるかもしれないよ」
数年先にありえるかもしれない未来を想像しながら、笑顔からムッとした顔に変わる。
愛娘をさらっていくというのが言葉に出すだけでもどうにもイライラさせる。
「...そういうもの?」
「そういうものさ。
現に私達二人は出会ってるじゃないか」
「...それなら、まあ、わかるかな...
でもどうやって出会ったの?
トレセン時代から共同研究者なんて想像つかないんだけど...」
のそのそと頭を持ちあげ、顎を卓に乗せながら問う。
少しだけ興味と好奇の色がにじみ出ていた。
「最初はそこそこに強烈というか中々に変なやつだと思ったものだよ。
私が脚を気にしていることを見抜いて自分も解決に協力させろと言ってきたからね」
「断ったの?」
「いや?
ムカつきはしたが、あまりに自信ありげだったからね、それだけのことを言えるだけの実力あるのかと試してみたよ」
「試したってどんな風に?」
「当時から論文は書いていたから、まだ案の段階のものを渡してどう思うかコメントしてみろと言った気がするねぇ…
変なことを書いたり言ってきたらけちょんけちょんにするつもりだったが、素晴らしく内容のあることを書いてくれて、これは良いと思って助手になってもらったのさ」
「助手って...
その時点で論文も凄すぎるしそれを返せるのもおかしいでしょ...
でも共同研究者とは違うの?
それに恋愛的なのもなし?」
「その時は良い拾いものをした、くらいの感情しかなかったよ。
だからあくまで助手君だったね。
だがいつぐらいだったかな、結構研究に進展があってね。
そこそこ祝われる程度にはなったんだが、そこで彼から走れと言われてしまってね」
一度息をつきながら目を瞑る。
その表情は懐かしさとどこか嬉しさを覚えているようにも見える。
「私としては脚を気にしていたから何を言っているんだと反論したが、彼としては秘密裏に私の体質改善だったりをしていたらしくてね。私自身全く気付いていなかったが。
それに加えてデータも示しながら全力で走っても問題ないことを伝えてきて、そうまで言うならと走ることにしたのさ」
それでそれで、と急かす娘。
僅かばかりの好奇はいつの間にか、目を爛々と輝かせるほどに心中を占めていた。
「...結果から言えば確かに全力を出すことはできた。
まあレースの最初から最後までとは言わず、条件付きではあったが。
でもそれでも、全力を出して駆け抜けるというのはとても、良い気持ちだった。
...ああ、一応だが体質改善については変なことや薬を使ったわけじゃない。そういうのは嫌いだからね。
彼がしてくれたのは食事と栄養の管理だったり睡眠とかの生活習慣の管理が大きかったかな」
「すごっ...まさに担当トレーナーってやつ...!」
「誤解はしないでおくれよ?
君も何となく知っていると思うが彼自身は料理はダメだ。
あくまで3食きちんと取るように仕向けたり、そのバランスをきっちりとしたものにしたり、あとは私が徹夜しそうなときにはいつの間にか現れて寮に叩き込まれたりしてたねぇ...」
「料理が作れないのはわかるけど、それならどうやって食べるものを?」
「どうにもトレセンの学食の人に依頼していたらしいよ。
色々な方面に顔が効くらしくてね。その線で頼んだみたいだ」
「ふぅん...
...それでその走ることの嬉しさをくれたパパに惚れたってこと?」
「...どうなんだろう、正直その時にはそんなことを考えてはいなかったと思うよ。
もっと走りたいと思う方が強かったからね。
そこから共同研究者として私の走りをより高みへ持って行くという目標で改めて動き始めたという感じかな」
「...そうするといつ頃恋愛の話が出てくるの?」
悉く、ここぞというタイミングが外れており好奇の気持ちはあるものの一体いつになればという気持ちも浮かんできた。
「さっき言ったように彼は料理がダメだろう?
だが当時の私は全く知らなくてね、ことあるごとに料理を作れと頼んでいたのさ。
殆どは拒否されてたんだが、しょうがないからと私と一緒にキッチンに立たせたらまあそこでの料理がひどくてね。
...これは私がいないとダメだなと思うようになったんだよ」
「...それってもう惚れてない?」
「言い逃れは出来ないねえ...
居心地がよかったのは事実だし惹かれてはいたんだろうね。
少なくともそこで自覚した、というのが事実だよ。
その後はまあ、あれだ。
担当ウマ娘は私だけだったし、研究方面に移ってからは彼の方はトレーナー兼研究ではあったけど最初の頃は担当が中々つかなくて時間は有り余るほどだった、ということさ」
あとは想像に任せるよ、と話を切る。
満足かい、と聞こうとしたが娘の表情からはとても良いものを聴いたとばかりにツヤツヤとした輝きが見てとれた。
「さて、彼もそろそろ帰ってくるだろう。
...全く年末までご苦労なことだ。
夕飯の支度を始めるよ?
何せ彼は料理がダメだからね」
未練なくこたつから立ち上がりキッチンへ向かう。
エプロンを身に着け、食材を並べていく姿。
口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。
お読みいただきありがとうございました。
2. ゴールドシップ編に似たQA集を記載します。
Q. 最後の娘とは?
A. 大体想像通りです。
Q. どれだけ圧倒的だったの?
A. ご想像にお任せしますが、最強議論の常連とだけ
Q. 清麿が料理ポンコツなのはともかく、他にポンコツ感ある?
A. 特にありません。料理以外の家事は完璧です
Q. 何か問題児ばっかりSSにしてない?
A. ちょっと問題のある子でないと清麿と組ませたときにぶっちぎります。具体的には会長ですね。へたすると会長が千年君臨する皇帝みたいなことになります。ガッシュ世界で言えば、ゼオン・ガッシュが魔界時点で和解済かつ高嶺父がデュフォーを清麿の家庭教師として紹介するルートのようなものだと考えてください。
Q. まだ書くの?
A. ネタを思いつけば
Q. 何か今回は割とサラッとしてない?
A. アグネスタキオンの場合、競合となりうる存在がいないというのが大きいです。研究者かつ競技者という性質でどちらでも清麿と関われるため他のウマ娘が立ち入ることはないという強固な自信ゆえにあんまりヤンデレ感はありません。ただしマンハッタンカフェと遭遇し、清麿がコーヒー派の場合はちょっとまずいことになります。