高嶺清麿がトレーナーになったときにありがちなこと妄想 作:朝凪小夜
また一部設定や世界観が微妙に歪んでいる部分がありますがスルーしていただければ幸いです(どうしても気になる場合はコメントなどいただけますと助かります)
夢を夢として認識したのはいつからだったか。
遠く、幼い日に見た景色に憧れを抱きいつしか自分をその姿に重ねていた。
そしてそれを夢というのだということも知った。
三冠。
皐月賞、東京優駿、菊花賞を勝ち上がることでたどり着く頂。
夢とわかれば後は如何にその道を掴むか、という思考になるのは時間はかからなかった。
幸いにして実の父が元トレーナーということもあり早くから鍛錬を積むことはできた。
当然ながらトレーニングは厳しいものであり、而して身体を作り上げるのにはこれ以上ないものであった。
本格化を済ませていない幼少の身でありながらそのトレーニングをすることが出来たのは夢への思いもさることながら、内容がとても考えられたものだったことにも依るのだろう。
筋肉を付けすぎることなく、将来の成長を加味しながら柔軟性と根底の体力を養う。
トレセン学園に入るまでの間絶えずそんなメニューを作り続けてきたという事実にただ尊敬と嬉しさを覚える。
ただトレセン学園に入った後は思うようには行かなかった。
自分が憧れた三冠という道は他の人、他のウマ娘にとってもとても輝かしいもので同時にとても険しいものであると突きつけられた。
そして自分の生まれ持った身体がその道に向いていないとも。
何故三冠を目指すのか。
向いているものが違う。
才能を捨てるべきじゃない。
何度言われたのだろう。
練習で駆ける度。
模擬レースでの挑戦の後。
ステイヤーを多く担当するチームや過去長距離レースでの実績を残したトレーナーの元へ伺う度。
毎度の様に自分が向いているのはその道ではないんだと。
悔しいとか悲しいといった感情の前に出てきたのはただ空虚感。
そして何故。
何故自分の可能性を拓いてくれないのか。
何故無謀であっても挑戦をしてくれないのか。
言いたいことは分かる。
分かってしまう。
短距離に全力を注ぐことで自分の能力は十全に発揮されるだろう。
頂で鎬を削ることだってできるかもしれない。
だが、そうではない。
その未来をすべて捨てることになっても長距離というフィールドに立ちたい、そこで競いたいと。
そのためならどれだけの練習、どこまでの過酷も受け入れると。
残念ながらその言葉を聞いて私の傍に残る人はいなかった。
皆、どこか遠い目をしながら去っていく。
口口に応援するだったり、どこかのレースで会うことを期待するという言葉はあった。
それが社交辞令で本心からなんて言葉ではないことはすぐにわかった。
でもどうすれば良いのだろうと、私の夢はと。
自分の身体が恨めしいと思いながらも涙も出ず、ただ走ってはグラウンドに立ちすくむばかり
の日々。
幾日をそう過ごしていたのか、だが変わるのは突然だった。
自主練をしようとグラウンドに入り身体を解す最中に声を掛けられた。
トレーナーだと名乗る男性から目指すものは三冠で合っているかと。
はい、と即答した。
質問は続いた。
自分の特性は理解しているか、その特性とは違う場所を目指す以上場合によってはどちらも失う可能性があることも理解しているかと。
肯定。
迷うような質問ではない。
長距離に向いた身体ではないのは昔から言われていたし自分でも気づいている。
だがその上で挑むのだと。
リスクがあるのは承知の上で、たとえ才能を捨て去る道だろうと構わないと。
その答えにただ、わかったと答えてからそのトレーナーの男性は一度頷いた。
これもまた、と脳裏に浮かんだ悲観的想像はすぐに打ち破られた。
良ければその夢を叶えるのを手伝わせてくれ。
言葉は確かに聞こえた。
だが頭が呆然と理解を止めていた。
咄嗟に出てきた言葉は
それは自分のトレーナーになってくれるということか、という問い。
冷静さなどないはずでありながらも論理的な質問であった。
これも是。
回答の言葉を脳内で繰り返しながら少しずつ理解をするに従い、感情が追い付いてきた。
やっとトレーナーを見つけることができた、と。
気づけば、よろしくお願いいたしますと言葉にしていた。
その後には簡単に自己紹介とトレーナーとの担当契約を結ぶ書類の記載があった。
高嶺清麿とそのトレーナーは名乗った。
背は自分よりも少し高くて、理知的な雰囲気をした人。
何故か時折雷の日のような気分も感じたりしたが、一時的なエラーだと思うことにした。
雷雲に伴う閃光も轟音もなくただ人が居るだけなのにあり得ないことだと。
ただ尻尾だけは話の最中には握っていることにした。
その日話したのは夢と目標、そしてその達成方法。
三冠を手にするにあたりどうやってそこに至るかを明確に戦略に落としこむ。
最初はトレーナーとしてのスタイルの話から。
ケガをさせるような真似は絶対にしないと。
当然のようにも思えたが適性の壁を超えるというチャレンジに可能なのか、リスクは背負わなくてはいけないのではと疑問が出た。
だからこそだ、との返答。
壁を超えるからこそ一層慎重にならなくてはならない、そしてそれは三冠を実現するにあたり途中で諦めるような事態になることを避けるためでもあると。
そしてそのためにハードなトレーニングは勿論の事、普段の生活でも徹底した自己把握と管理の必要性を伝えられた。
食事、睡眠、体調、歩数に至るまで様々なデータは日頃から知っておかなくてはならないと。
確かに、と。
ウマ娘の脚が繊細なのはその通りで、当然練習量が多くなればなるほど脚への負担は大きくなる。修復と成長と負担でどうバランスを取るかそのために情報が多くて悪いことは無いというのは自然な帰結だった。
次には今後のトレーニングと取るべき戦略の話。
昔から多くの練習を積んだとはいえ、それは幼少の自分であり今後は本格的に長距離用の練習を積まなくてはならない。
坂路を中心とした重量級のメニューをざっくりとではあるが伝えられた。
詳細については次回以降詰めていって話すと。
そして戦略について。
こればかりはすぐに結論を出せたわけではない。
後日に走力を計るため走りを見せてから決まっていった。
基本は逃げ。
目標タイムをレースに十分勝てるという水準に設定し、後は本番でそのタイムにたどり着くようなペースで走り続ける。
自分自身の特性としても正確に時間を刻みながら、一定ペースで走り続けるのが性に合っていることもありその特性を活かすという意味でも向いていると思えた。
だが、それだけでは終わらなかった。
その逃げは、負ける可能性を少しだけ持ってしまうと。
あまり良い言い方ではないが、という前置きを経て言われたのは格下殺しの戦法であって格上殺しを持っている相手には負けうる可能性があること。
どういうことかと聞けば、レースにおいては自分の走り方をするのと同時に相手に相手自身の走り方をさせないというのが勝負の基本というのが一点。
二点目には最後のスパートに強いウマ娘が居る場合で、自分のペースにギリギリ付いて来られた場合競り負けるということ。
そのどちらもシンプルにタイムをベースにした逃げのみの戦法では対応が不可能だと言われた。
ならばどうするのか、との疑問は生じたの同時に消し去られる。
だからこそもう一段構えるのだ、と。
基本スペックを活かした逃げの戦法に最後のスパートを組み合わせる、と。
問題なのは時間だ、とも。
これから長距離用の練習メニューを組むものの、長距離で走れて勝てるような状態にしたうえでさらにもう一つ武器を持つに至るにはギリギリの勝負となると。
特に三冠で勝てるレベルの地力の上に組み合わせるのは最後の最後までの課題だと。
挑戦の上に挑戦を重ねる、賭けの極北。
乗らない理由はなかった。
まだ頂は遠い。
それでも至るための道筋とその全景は見えてきた。
ならば全力でその道を歩むのみ。
承知しました、と。
肯定の返答をしながら、いつの間にか彼の事をマスターと呼称をしていた。
練習は過にして酷。
そんなことを言われるようになったのはすぐだった。
私にトレーナーが付いたこともすぐに知られていた。
元々が短距離向きの才能でありながら長距離を目指すという夢を持ったウマと認識されていた以上本格的に長距離用のトレーニングをし始めればその情報が回るのも当然のこと。
批判、非難は消えなかった。
練習を繰り返しながら、漸くたどり着いた中長距離レースに出場しながらも一層激しくなるそれ。
何故短距離を選ばないのか。
せっかくの才を捨て去るとわかっているのか。
幾度言われようとも判断を変えるようなことはしなかった。
ただ、言われる先が自分でなくマスターに変わっていたことだけが苦しかった。
振り返ってみれば悔しさもある。
自分の無謀とも言える夢を目標に変えてその実現手段も一緒に考えてくれて、日々の全てを挑戦へと向けてくれるその人にそんなくだらない言葉が向くことに。
憤りを抱かないのか。
そう聞いたこともある。
トレーナーとしての判断が間違っているというような言動に苛立ちすらないのか、と。
返答は否。
そんなものはどうでもいいと。
外野のくだらない意見など聞いている暇はない、お前がやりたいという思いに俺はそれを叶える手伝いが出来ると信じたからこうしているのだと。
その言葉が噓や偽りのないものだというのはこれまでの事からすぐに、そして手元の資料からもわかった。
手書きでびっしりと紙面いっぱいに書かれたメモ。
所どころに数式を交えながら様々なシナリオに対して計算を繰り返しているのが見て取れた。
一日毎、あるいはもっと短い周期で変動する可能性から最良を選び続ける。
その証がそこにはあった。
この程度は何でもない、とマスターは言う。
だがそれを常にやり続けるのは並大抵ではない。
自分が同様にやっているからこそわかる。
一回ごとの難しさに継続することへの難しさも。
その応援に、献身に報いるのだと必ず勝ちますと内心の覚悟を強めた。
そして結びから振り返れば三冠の夢は手にすることはできた。
本当にギリギリの最後まで時間を掛けたトレーニングと戦略の末の結果だった。
基本戦略として用意していた逃げの戦法はほぼすべてのレースで優位に働いてくれた。
精密にラップタイムを刻み続けることで必ずと言っていい程安定したレースの運びができたのは大きかった。
だがそれもGIへ、三冠に近づくに従い変わり始める。
正確なペースを乱すようなフェイントやプレッシャーのかけ方も、最後に追いすがらんと全力で駆ける末脚もレースの度に迫ってくる気配があった。
その中で誰より強かったのはライスシャワーだ。
先頭を走る戦法故、マークされるのは当然。
だが彼女の脅威はその先。
マークから末脚の勝負に移った後。
こちらを食い破らんとするほどに強烈な気迫を伴って走り抜ける。
無尽蔵とも思えるスタミナを背景にした脚の動きは猟犬にも思えた。
彼女に対し最初は無警戒だったのは事実だ。
皐月賞での結果からして彼女は8着と恐怖を感じるにはまだ距離があった。
変わったのは東京優駿から。
セントライト記念、京都新聞杯とレースを重ねるにつれて少しづつ迫ってくる。
まして菊花賞においては距離は3000mという圧倒的にステイヤーの世界。
このままだと勝てない、と。
それまでの勝利の定石は間違いなく崩れるのだと予感した。
私の戦法と対をなす、格上殺しの戦法だった。
いかに相手が優位であっても、自分の得意となる状況になれば一気にそこで勝負をかけるという万に一つ、億に一つの可能性を拾うやり方。
誰にでも通じるようなものではない、相手を知り自分を知るからこそできる乾坤一擲の策。
だが彼女なら間違いなく来ると、マスターの言葉も自分の直感もそう言っていた。
ライスシャワーと知り合ったのは最初はスプリングステークスから。
そこからクラシック戦線の中で共に駆けるレースが増えていった。
皐月賞、東京優駿もその中の一つ。
三冠に近づきつつある中で私のことを憧れだと言ってくれるその言葉に自分が夢に近づいていること、いつか見た姿が自分になりつつあることに嬉しさと少しだけ戸惑った。
あの感覚、感動と言われるそれを私は誰かに与えられるのだろうかと。
それを素直に聞いたこともある。
憧れるに足る存在なのだろうかとも。
それを聞いたときには、普段少しだけ弱気にしゃべる彼女がとても強く答えたものだった。
ブルボンさんはとっても速くて、強くて、カッコよくてライスの憧れなんです、と。
続けて、でも次は勝ちます、と続けてくれた。
真直ぐに心をぶつけてくれることが嬉しかった。
自分の走りが誰かの憧れとなっているということが誇らしささえあった。
そして、次も私は負けませんと。
絶対の覚悟と共に口にした。
そんな彼女に勝つために道は一つだった。
最初から示されていたもの。
基本戦略の上に用意した最後のスパート。
ようやく長距離を走れるようになってから積み始めたトレーニングで、皐月賞を終えてやっと形が見えてきたそれ。
そこから実戦、最高峰の勝負の中で使えるまでに磨き上げて気が付けば最後の冠が近づいていた。
負ける気はしなかった。
そうして迎えた菊花賞。
一番気にしていたライスシャワーはもとより、マチカネタンホイザにキョウエイボーガン、世代の強者が集っていた。
レース場は満員。
今までのレースとは上を行く熱気に満ちていた。
時計が時刻を指し示して、控室からパドックへ向かう地下の道すがらマスターから言われたことを今でも覚えている。
いや、生涯にわたって絶対に忘れないだろう言葉だ。
ブルボン、これまで勝てるように練習はしてきた。
正直逃げの戦法だけで今日も勝てれば良いがおそらく無理だ。
その上で勝つために最後の走りは教えてある。
最後はお前の、その生まれもった走りで勝て、と、
聞いたときの衝撃はとてつもないばかりで言葉にするのもとても追いつかない。
一瞬これで終わっても良いとさえ頭をよぎった。
自分の夢を叶えるため努力は重ねてきた。
その度自分も周りからも才能と目指す道の不一致を突きつけられてきた。
何度自分でも自らの身体の恨めしいと思ってしまったか。
だがそれが最後の最後で武器になるのだ、その武器で勝ってこいと。
オペレーション『三冠獲得』、最後のミッションを開始しますと。
いつも通りの声で言えていただろうか。
今となってはわかるものではない。
だがその時はどうしようもない嬉しさと胸の暖かさもあって、いつも以上に、これまで一度もない程に絶対に勝つのだという思いが満ちていた。
レースは序盤からハナを奪われた。
トップにはキョウエイボーガン。
これまでほぼ全てのレースで抜け出ていたこともあり確実に対策を打たれていることを実感する。
コースを回り2週目でも状況は変わらず。
集団は縦に伸びつつ機を伺う時間が長くあった。
動き始めたのは残り半周を切り始めた頃。
少しずつ少しずつ彼我の距離が縮み始めた。
タイムはほぼ変えていないはず。
ならばそれはこれまで逃げを続けていたキョウエイボーガンのスタミナに翳りが見えてきた証左。
全体がここぞとばかりに動き始める。
相対速度が正に傾き、キョウエイボーガンを交わしトップに立つ。
だがそれだけではない、後ろからもライスシャワー、マチカネタンホイザの姿。
レースは既に終盤に差し掛かる。
最後のコーナーはそれまでの差を縮めに来たウマ集団が何馬身かの後ろに見える。
そして何よりすぐ後ろの二人。
一歩一歩、足が芝を踏む度に近づいてくる。
引き離すのは不可能。
身一つ程に近づかれた時、残る距離は最後の直線だけだった。
既に2000mはとうに終えて完全にステイヤーの距離。
その最後の力場が訪れる。
足音が先程より大きくなる。
すぐ横に、黒い姿が見える。
本の少しだけ、手の先程の余裕はいつでも消えてしまいそうなほど。
だが先には行かせない。
最後の最後だからこそできる走り。
耳にはマスターの言葉が聞こえる。
私自身の才。
スプリントを主戦場にして輝くと言われた脚に、エンジンに火が入る。
スピードの極致へ。
ギリギリだがスタミナは残してきた。
ともすれば交わされる、その差を広げた。
もう少し、もう少し。
脚を前に出すたび差は少しだけ広がる。
だが勝利を確信できるほどには届かない。
また近づかれる。
まだゴールは届かない。
前方を見据えたその一瞬、観戦する人の中にマスターの姿を見かけた。
行け、と。
レースは高速の世界。
普通であればその中で誰か一人を群衆の中から、まして口の動きまで追うなど不可能。
だがその時は見えた。
見えたのだ。
だからこそまだ足が動く。
ずっと聞こえている心音は一層大きく、千切れそうなほどに酸素を取り込み続ける肺、新鮮な血流が脚に流れ込んでいく。
抜かせはしない。
踏み込んだ一歩は先に出た。
黒い影を振り払い差を残しながら駆け抜ける。
攻防の終わりは不意に訪れた。
急に後方からの圧が消えたと思い、横を見ればとっくにゴールは過ぎていた。
気が付かないうちに全てを忘れて走ることだけに夢中になっていた。
そう気づいてから掲示板を見上げる。
1着の欄には自分の番号。
勝ったのか、とわかり始めてからゆっくりと歓声が聞こえてきた。
正確にはもっと前から聞こえていたはずなのに、全くわからなかった。
三冠。
遠く、果てに見ていた景色はここに成ったのだと。
そこからは記憶が曖昧だ。
どうしようもない程の歓声がずっと聞こえていたことは覚えている。
だがもう一度はっきりとした光景になるのは、控室でマスターが居たところからだ。
頭を撫でてもらっていて、でも時々目元にハンカチが当てられていた。
どうにも泣いてしまっていたらしい。
心の底から嬉しくて、最高の気持ちだと言えるくらいのはずなのに
涙が止まらなかった。
感謝を伝えたいのに、勝ちましたと伝えたいのに言葉にならなくてずっと嗚咽だけ。
マスターは何も言わなかった。
ずっと落ち着くまで待ってくれていた。
やっと涙も止まって、呼吸も落ち着いてからは一言だけ。
やったな、と。
はい、と一言返してウイニングライブへと向かいながらマスターの笑顔がいつもよりずっと優しそうに見えた。
それからは三冠達成バとして、ついでに無敗三冠ということもあり今後の方針を聞かれることが多かった。
だが長らく抱えていた夢を叶えたのもあってか何を目指すべきかはわからなくなった。
ゆっくり決めれば良いさ、丁度レース後の休養もあるしな、と言われながらもわからないままだった。
こんな時ライスシャワーならどう思うのだろうと聞きに行ったりもした。
彼女としては天皇賞をはじめステイヤー路線から変わることはなく、今後も私が長距離で戦うならまたレースでの勝負をしたいと言っていた。
次こそは絶対に2着から1着になるのだと。
バクシンオーさんに聞いたこともある。
適性の壁を超えた偉業達成との事で凄く褒められたが、彼女も私の様に長距離にいずれ出たいのだと語っていた。
一方で彼女の戦歴としては短距離で圧倒的勝利を収めており、言葉の中にはスプリンターとしての矜持がちりばめられていた。
同時にスプリンターとしての道もどうかと誘われた。
菊花賞の最後の脚はスプリンターとして是非戦いたいと。
すぐに結論は出なかった。
だが、迷いながらも考えた末で得たのは両方という選択。
兼ね合いが難しいのは分かるが短距離での戦いもやってみたいという欲望を素直にマスターに伝えた。
良いんじゃないか、と答えは存外あっさりとしていた。
元々スプリンター向きなのは確かで戦い方こそ鍛える必要があるがやりたいのであれば反対はしないと。
ただ中長距離も辞めないのであればトレーニング内容や出場レースの吟味は必須とも伝えられた。
加えて、多分どうでも良いと思っていることだとは思うがという前置きの後で言われたのは、無敗という称号への拘りについて。
もしこのまま得意のレースだけに出場すれば生涯無敗という称号に変わることもあるがそこに思いはあるか、と。
答えは否定。
そんなものはどうでもよかった。
ただ走りたいと、その欲求の方がはるかに強い以上無敗である必要も拘りもにないと。
そうしてライスシャワーという長距離の強敵だけでなく、サクラバクシンオーというスプリンターの強者も相手取ることに決めた。
これまでと同様どころかさらに激しくなる練習の中、レースの方もさらに磨きがかかった。
鍛え上げた脚は距離適性の壁を大きく超えて強者の一角として古バとの闘いの中でも通用するまでになっていた。
そんな折、ライスシャワーの天皇賞への出場の応援の機会があった。
私自身は他のレースとの兼ね合いから出場こそしなかったもののライスシャワーからはコースの外からでも分かるほどにゾクリと気迫を感じた。
名優と呼ばれるメジロマックイーンを交わし、勝利した姿。
まさに鬼とまで言えるほどの走り。
出場しなかったことを悔やむほどに、鮮烈に記憶に残った。
だが、問題はその後、だ。
レース場には落胆と悲鳴。
何故かはすぐにわかった。
メジロマックイーンの天皇賞出場はこれまで二回、そのどちらも勝利で終わっている。
ゆえに3度目を見たいという期待があったのだろう。
だが、それはライスシャワーの走りを称えないことへの理由にはならない。
マスターと一緒に大声で称賛を叫びながらも、ターフの上の彼女の顔には曇りがあった。
悔しかった。
あれだけのレースをしておきながら彼女に対して今一つ歓声がないという状況が。
何よりそれが自分とも争ったライバルへの扱い、というのが。
マスターも同じ憤りを抱えていた。
本来であれば担当と違うウマ娘へ入れ込み、何か対応を取るのはあまり推奨される行為ではない。
だがそれでも見逃せるものでもなかった。
それで行ったのはウイニングライブでの全力の歓声。
無論他の誰もがライスシャワーに向けて快哉を叫ぶのであればそのままのつもりだった。
しかし懸念はあたり、会場の光の列は青色が見えない程。
ウイニングライブまで時間がそれなりに有ったことも幸いして準備は出来ていた。
ペンライトに蓄光素材を張り巡らせた衣服。
会場の一角はすぐに青色に染まった。
それに腹の底からの大音声も伴えば少しずつ青の流れは拡がっていった。
ステージではライスシャワーがダンスの中で時折こちらを見つめる。
苦笑交じりではありながらもその笑顔は本物だった。
レースに関わる全工程が終わり、ライスシャワーの控室を訪ねたところで最初に言われたのは感謝の言葉。
と同時にやり過ぎかとちょっと不安になったとの感想。
どうやらステージ上からだと真っ青な光が強烈に見えていたらしい。
だがそれでも嬉しそうにしていたのはやってよかったと思えた。
そして話すのは再戦の事。
次も負けないとの宣戦布告を交えて解散した。
彼女が全力で走りその結果を褒めたたえられて欲しいのは本心だ、だがライバルとして同じレースを走るのであれば負けるつもりは一切ないと。
そうして過ごすうちに一度実家に戻り父と話したことがある。
ずっと夢だったことを叶えたこと。
これからまだ色々と走っていくこと。
マスターが、トレーナーとしてずっと支えてくれたこと。
練習メニューを考えるにあたって、幼少のトレーニング経験がとても良い影響を与えていたと言われたこと。
そう口数の多くない父がお酒を片手にそうか、そうかと頷きながらとても嬉しそうに笑みを浮かべていたのがとても印象的だった。
厳しく、その裏に優しさがあるとはわかりつつもこれまで見たことのない姿にどこか不思議な気持ちになった。
マスターはどんな人なのかと聞かれた時にはありのままを答えた。
出会ったときのことも、日々のトレーニングに様々な対応をしてくれること。
何より最初から未来を見据えて夢を実現させるための道を作ってくれたこと。
最後の最後で私自身の生まれ持った力で勝たせてくれたこと。
その言葉を聞いてグッと飲み干した杯の氷の音が澄んだ高い音を立てていたことが妙に頭に残った。
再びトレセン学園に戻る時にはお土産としてマスターに渡せとあるものをもらった。
マスターにその旨を伝えながら渡したところ微妙に困惑の表情をしていた。
どういうことかと聞いてみれば、中身はお酒だったらしい。
取り出してみると表面にはEやC、あとは18の文字。
どうやら海外のお酒であると。
そこで気が付いたのは父にはマスターの年齢は伝えていたはずだと。
トレーナーとして学園で働き始めるのがとても早かったためまだ20には届いていない、私と近い年齢であることも。
だというのにこれは、と思えば最後にもう一つ言伝があったのを思い出した。
それも追加で伝えると、なるほどなと笑っていた。
その時になったら一緒に杯を、とそんな感じの言葉のはずだ。
何のことかとぴんと来なかったが飲める年齢になったら一緒に飲みたいということだろうと。
その時のお酒は私とマスターとの間では定番になっている。
時折とそして、今日には必ずのものとして。
特に今日は外せない。
今日だけは仕事は必ず早めに切り上げてもらうようにしている。
その間に私が行うのはチョコレートを用意すること。
家族に渡すのは恒例でマスターにも渡すのも当然かと渡していたが、いつからかあのお酒と一緒にすることが増えた。
最初は不思議な取り合わせにも思えたが気が付けば当たり前になっていた。
既に2つのグラスとお酒はテーブルに用意してある。
チョコレートも良い感じに仕上がった
後は少しだけ盛り付けを整えるだけ。
早く帰らないかと思い数分、
ただいま、と玄関から声が聞こえた。
お読みいただきありがとうございました。
設定等の紹介を兼ねて下にQA書いておきます。
Q. ブルボンが最初に清麿に雷っぽい恐怖を感じたのは何故?
A. ガッシュとあれだけ濃い日々を送っていたので多少の縁はあるかなと。
Q. 最後のお酒のシーンはどういうこと?
A. お酒のモデルはエライジャ・クレイグ18年です。分類としてはバーボンです。バーボンがブルボンの英読みなのはもちろん、バーボンの元祖と言われる銘柄で18年ということもあります。意図としては全ては書きませんがご想像にお任せします。また、若干急な気もしますが本編はブルボン視点でチョコを作りながら振り返っていたという想像の為ちょうどいいところでの区切りだと思ってもらえれば幸いです。
Q. やっぱりあんまりヤンデレ感なくない?
A. ブルボンから見れば夢を否定せず、応援どころか実現させる手段を構築して実際に獲らせた男でほぼほぼ一緒に居て当たり前になってますね。特に電子機器に対するブルボンの体質もあって連絡手段が減ることからも一緒に過ごす時間はめちゃくちゃ多いです。それもあり強烈に清麿に対して逃がさんという考えは無いものの傍にいて当たり前ですよね、くらいになっているかと思っています。
Q. その後の出場レースと戦績は?
A. 完全にご想像にお任せします。長距離でライスと一進一退の戦いも、サクラバクシンオーとの最速勝負もありだと思ってます。
Q. 清麿のやっていることってそんなに大変なレベル?
A. 本人からすればそうでもないものですが、日頃から確りと状態の確認をしつつ目標に対してトレーニングの進捗を検証している感じなのでやることはそこそこたくさんある感じですね。
Q. ライスシャワーの天皇賞でそこまでする?
A. ライバルとしてガンガンに意識していてかつ現場にいて、という前提を満たすのであればやっても変ではないかなと。手段と規模の大きさは清麿の存在が大きいですが。
Q. 最後の"今日"とはいつ?
A. これもご想像にお任せします。もしかしたら結婚記念日かもしれないですし、二人が出会った日かもしれないです。
Q. 清麿とブルボンがあったときに最初からこんな未来予知レベルの戦略思いつく?
A. そこは清麿なのでというところではありますが、ガッシュ本編中では清磨が殆ど格上に対しての勝負だったり不利な状況からのスタートだったりで清麿からすると如何にして勝ち筋を見つけるかの繰り返しだったかと思います。そのため基本戦略ともう一手というのは考えうるものではないかと。特にファウード戦ではファウード転移+プロテクト(武器とハック対策)を行っていたので。