禁足地をテーマにしたホラー短編小説です

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禁足地

### 1. **呼び声**

 

大学三年の夏、僕は民俗学を研究している教授の手伝いで、ある山村を訪れた。そこは標高の高い山間部に位置する、地図にもほとんど載らないような集落だった。

 

村の名前は「幣守(へいしゅ)」といい、人口は十数人ほど。電気も通っているかどうか怪しい村で、外界とはまるで時間の流れが違っていた。

 

「この村には『禁足地』がある。古くから立ち入りを禁じられた場所で、そこに足を踏み入れた者は必ず行方がわからなくなると言われている」

 

教授は資料をめくりながら、そう語った。昔から伝わる民間伝承や禁忌に強い関心を示している彼にとって、こうした場所はまさに宝の山だろう。僕はただの助手として同行しただけだったが、村に近づくにつれ、妙な不安が胸に湧いてきた。

 

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### 2. **村の闇**

 

村に着いた初日、古びた木造の宿に案内された。村人たちはどこかよそよそしく、目が合うとすぐに逸らされる。教授が村長の家に向かい、僕は宿で待機することになった。

 

暇を持て余していると、宿の老婆が話しかけてきた。

 

「若いお客さん、ここはね、あんまり外を歩いちゃいけないよ」

 

「どうしてですか?」

 

「山にゃあね、『禁足地』があるんだわ。外の人が行くと祟りがあるってね。昔からの言い伝えで、誰も近づかんのさ」

 

老婆の目はどこか怯え、乾いた声は幽霊の囁きのように耳に残った。禁足地――教授の話と合致する。少し怖くなった僕は、早々に自分の部屋に戻った。

 

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### 3. **足跡**

 

翌日、教授と一緒に村の周辺を調査した。山に入る道は何本かあり、そのうち一本だけが異様な雰囲気を放っていた。入口には古びた木札がぶら下がり、「立入禁止」と書かれている。

 

「これだな……間違いない、禁足地への道だ」

 

教授は興奮気味にカメラを構えた。僕は胸騒ぎを感じつつも、後ろを振り返ると、村の子どもがじっとこちらを見つめていた。

 

「おじさん、そこ行っちゃダメだよ」

 

「どうして?」

 

「帰れなくなるから……行った人は、みんな消えちゃうんだよ」

 

子どもは小声でそう言い残し、走り去っていった。その言葉に背筋が冷たくなったが、教授の好奇心は止まらなかった。

 

「迷信に過ぎんよ、こういうのは大抵な。ただの村の信仰だ」

 

教授は笑いながら、その禁足地への道へ足を踏み入れた。僕は仕方なく後に続いたが、草木は異様に鬱蒼と茂り、空気は重く、湿っていた。

 

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### 4. **迷いの森**

 

歩き続けて一時間ほど経つと、周囲は薄暗くなり、まるで森が息をしているような不気味な静けさが広がっていた。突然、教授が立ち止まった。

 

「おかしいな……同じ場所を回っている気がする」

 

確かに、さっき通り過ぎたはずの倒木や岩が、何度も目の前に現れた。まるで森そのものが道を変えているようだった。

 

教授は焦り始め、僕は冷や汗をかきながら必死で後を追った。その時、耳元で何かが囁く声が聞こえた。

 

「おいで……おいで……」

 

振り返っても誰もいない。木々がざわめき、葉の隙間から無数の目がこちらを見つめている気がした。

 

「……戻りましょう!」

 

僕は叫んだ。しかし教授は耳を貸さず、どんどん森の奥へと進んでいく。

 

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### 5. **呼び込む者**

 

さらに進むと、小さな祠が現れた。それは苔むし、崩れかけていたが、何かを封印しているかのように縄が巻かれ、無数の札が貼られていた。

 

「これが……禁足地の中心か」

 

教授は呟き、札を剥がそうと手を伸ばした。

 

「やめろ!!」

 

僕が叫んだ瞬間、祠の中から何かが這い出てきた。白い手、黒髪の塊――それは人間の形をしていたが、顔はなく、ただ空洞が広がっていた。

 

「アア……アアア……」

 

耳鳴りのような声が響き、教授はその場に崩れ落ちた。僕は足がすくみ、声も出なかった。

 

その「何か」が教授に覆いかぶさり、彼の体は徐々に地面へと吸い込まれていく。

 

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### 6. **帰路**

 

意識が飛びかけた僕は、どうにかその場から逃げ出した。走って走って、気がつけば村の入口に戻っていた。村人たちが僕を見つけ、怯えた表情を浮かべる。

 

「教授は……?」

 

僕は震える声で尋ねたが、村人たちは目を逸らした。村長が静かに答えた。

 

「あんたらが禁足地に踏み入ったんだ……もう、教授さんは戻らん」

 

その言葉を最後に、僕は村を離れた。

 

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### 7. **後日談**

 

東京に戻った僕は、教授の行方不明報道を見た。調査中の事故として処理されたが、僕には真実がわかっていた。

 

あの祠の前で見た「何か」は、一体何だったのか。

 

ある夜、僕の耳に再び囁き声が聞こえた。

 

「おいで……おいで……」

 

禁足地の「何か」が、僕を呼んでいる――。

 

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### 8. **呼び声の再来**

 

それから数日間、あの声は僕の耳にまとわりついた。寝ていても、仕事中でも、まるで僕の内側から湧き出すように「おいで……おいで……」という囁きが響くのだ。最初は幻聴だと思い込もうとした。しかし、ある夜、僕の枕元に何かが立っていた。

 

暗闇の中、シルエットがぼんやりと見えた。人の形をしているが、その顔はまるで、あの祠で見た「何か」のように空洞で、黒い影が揺れていた。

 

「……教授?」

 

そう思った瞬間、それは一歩、僕の方に近づいてきた。

 

「オマエガ……連レテキタ……」

 

耳をつんざくような声が頭の中に響き、僕は跳ね起きた。部屋には誰もいない。だが、畳の上には泥だらけの足跡が残っていた。

 

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### 9. **後悔**

 

僕は恐怖に耐え切れず、再び幣守村へ向かうことを決意した。何かを「開いてしまった」のなら、僕自身でそれを閉じるしかない。教授を助けることができないまでも、これ以上の災厄を防ぐために。

 

村に着くと、村人たちは僕を見るなり顔を引きつらせた。村長が苦い顔で近づいてくる。

 

「戻ってきおったか……」

 

「すみません。禁足地へ行かせてください」

 

村長は黙って首を振った。

 

「あそこへ行けば、今度こそお前も戻れん。だが……そうせねば、お前が連れてきたモノはこの村に災いをもたらすだろう」

 

村長の目には諦めと憐れみが浮かんでいた。

 

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### 10. **最後の探索**

 

村人たちが用意した白装束をまとい、僕は再び禁足地へと足を踏み入れた。木々は前回よりもさらに鬱蒼としていて、吐く息は白く濁っていた。何かが僕を見ている。そんな感覚が全身を包んでいた。

 

やがて、あの祠が見えてきた。崩れた祠の前には、地面に吸い込まれていったはずの教授の姿があった。ただし、それは「教授」ではなかった。

 

教授の形をした何か――空洞の顔が、ゆっくりとこちらを向く。

 

「……オイデ……オイデ……」

 

僕は恐怖で足がすくみそうになったが、手にした護符と鈴を強く握りしめ、祠へと駆け寄った。そして、村長から教わった通りに、新しい封印の札を貼りつけ始めた。

 

「戻って……戻ってくれ……!」

 

祠の周りで風が巻き起こり、周囲の木々が悲鳴のような音を立てる。空気はねじれ、教授の形をした「それ」が僕に向かって這い寄ってくる。

 

「オマエモ……ココヘ……」

 

最後の札を貼った瞬間、耳をつんざくような叫び声とともに、その「何か」は崩れるように祠の中へと吸い込まれていった。

 

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### 11. **静寂**

 

気がつくと、森は元の静けさを取り戻していた。空は晴れ渡り、まるで何事もなかったかのように風が吹いている。僕は泥だらけの身体で祠の前に倒れ込んだ。

 

祠は静かに佇んでおり、再び札と縄で固く封じられていた。

 

「……終わった、のか?」

 

そう呟いたが、心のどこかでまだ不安が残っていた。僕の背後で、何かが動く音がした気がしたが、振り返る勇気はなかった。

 

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### 12. **その後**

 

村を去る前、村長は僕にこう言った。

 

「禁足地の封印は、しばらくは持つじゃろう。だが……二度と来るでない。お前が呼び込んだモノが、完全に消えたわけではない」

 

僕は頷き、村を後にした。

 

東京に戻ってから、あの声はぴたりと聞こえなくなった。日常に戻ったはずなのに、夜中にふと目を覚ますと、僕の部屋の隅に影が揺れていることがある。

 

祠に吸い込まれた「それ」が、まだ僕を呼んでいるのだろうか。

 

「……おいで……おいで……」

 

耳鳴りのような声が再び聞こえた時、僕は全身から血の気が引いていった。

 

――もう逃げられないのかもしれない。

 

 


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