ペレディア帝国従属化アオネイア聖王国
白凰砦
「ふあ〜あ」
「おい、弛んどるぞ!!」
見張りの番に就く同僚の欠伸を叱責する先輩兵士。
「でも先輩、タクミ殿は完全に牙を抜かれた狼っすよ? 両親も兄姉もマール聖王陛下に討たれて恨みしかない筈っすよ? 一応、白凰砦は匠城監視の為の砦すけど、タクミ殿は援軍としてカムイ城攻略に向かったばかりじゃないですか。40000の大軍にタクミ殿の知略が加われば、大陸統一は目前っすよ!」
「・・・・それもそうだな。ふあ〜あ」
後輩に釣られて欠伸する先輩兵士。
「ぐあわあ?!」
先輩兵士は突如として背後から薙刀で斬りつけられる。何が起きたのか分からぬまま先輩兵士は絶命する。
「せ、先輩?!」
「あんたも先輩と同じ場所に送ってあげるわ!! ありがたく思いなさい!!」
状況を全く飲み込めない後輩兵士の胸元を魔王顔をした女性が操る薙刀が突き刺さる。
「・・・・お、お前は・・・・タクミ殿の家臣・・・・ぐふっ」
言い切る前に絶命し、後輩兵士も先輩兵士の後を追った。
「オボロ様!! 哨戒中の敵兵の一掃、完了しました!!」
「よろしい。さて、激戦はここからですよ。如何に兵力で勝っていようとも、死兵と化した敵は強い。しかも白凰砦を守備する将や兵は、当家を毛嫌いするアンヤ家に仕えていた者。ビャクヤの兵が来たと知れば、壮絶な抵抗は必至。決して気を抜くんじゃないわよ。さあ、鎚隊前へ!! 扉をぶち壊しなさい!!」
忠臣ヒナタを伴い黒城攻略に向かったタクミは、もう一人の忠臣オボロに1500の兵を与え、匠城を監視する白凰砦を攻撃させた。一見すると兵力差は5倍であり、楽に勝てそうな戦である。何故にタクミはオボロにこの場を任せたのか。それは激戦となる事を予想していたからである。
白凰砦本陣
「ピエリ様、一大事です!! タクミ・ビャクヤの寵臣、オボロ・カオリが1500の兵でここ、白凰砦に攻めて寄せてきました!!」
白凰砦を守備する将は、元アンヤ家家臣ピエリ・アンヤ。彼女自身はアンヤ家の血筋ではないが、かつての主からアンヤの姓を名乗る事を許された忠臣である。アンヤの御家再興の為、闘志を燃やし続けており、アンヤ家滅亡の一助となったビャクヤ家を・・・タクミとその忠臣オボロ、ヒナタの3名に強い恨みを抱いていた。
「何? オボロ・カオリが? それは真なの?」
「はい! 砦の最前線で自ら薙刀を振るいながら我が方の兵を薙ぎ倒す魔王顔の女性がいたとのことですから、間違いないかと!!」
「タクミとヒナタは?」
「両名は黒城に向かったとの事!! 恐らくは、黒城攻略に向かったものかと!!」
「御苦労。そなた、天馬に乗れるな?」
「はい」
伝令兵はその先に待つ命令を察した。
「私の天馬をそなたに与える。ソメヤダイの本軍に急ぎ早馬として走れ。タクミ・ビャクヤはアオネイアに反旗を翻した。白凰砦の兵は死兵として戦い、尽く玉砕を遂げたと!!」
「・・・・ははっ!!」
伝令兵はピエリより天馬を賜ると、全速力で砦から脱出した。
「退きなさいよ!!」
「たかが、女なんかに〜!! こなくそー!!」
「女だからって、舐めるんじゃないわよ!!」
「ぐあ!!」
鎚隊が大手門を破壊すると、オボロを先頭にビャクヤ兵が砦に一斉に雪崩込んでくる。弓や魔導書はあったものの、不意を突かれたアンヤ軍は有効的な反撃が出来ないまま、その数を減らしていく。
「怯むなー!! 隊列を整えよー!!」
「退け! 一旦退くのよ!!」
オボロの合図でビャクヤ兵が一次後退する。それを見たアンヤ兵が追撃に移る。
「逃がすな!!」
「オボロの首さえ取ってしまえば、こっちのものだー!!」
「ビャクヤの者なんか、死んじまえー!!」
大将であるオボロの首を求め、混乱から立ち直ったアンヤ兵が前進する。しかし、
「!!」
「わ、罠だー!! 止まれ、止まれー!!」
異変に気付いた騎馬隊が味方に報せるも、時すでに遅し。破壊された砦の構造物の陰や空堀の中に潜んでいたビャクヤの弓隊や魔道士隊が、突出したアンヤ兵目掛けて弓と火炎、雷撃魔法で攻撃。完全に足が止まると、一時後退していた部隊が反転し、槍や薙刀、刀でアンヤ兵を次々と薙ぎ倒していく。
「私に続けー!!」
「「「うおおお!!」」」
殿として一時後退する部隊を最前線で指揮していたオボロは、部隊を反転させ、自らを先陣に突撃を敢行する。
「子世代達、見ときなさい!! これがオボロ・カオリの、ビャクヤの戦い方よ!!」
「は、はい!!」
「しかと見させて頂きます!!」
この闘いには、先のマールの反乱により喪われた武官らの子世代達も従軍していた。子世代達は最年長で12歳。かく言うオボロ自身もまだ15歳なので、充分に子世代と言えるのだが、両親は既に他界し、親族もおらず、平民階級出身ながら訳あって幼き頃からヒナタと共にタクミに奉公していた事もあり、年齢に反してしっかりしており、世話焼き(一部の者は老けていると陰口を叩いている。本人は気にしていないが、主のタクミは酷く憤慨し、自らの手で陰口を叩いた家臣を始末した事もある)である。対する同僚のヒナタは年相応のクソガキらしさも見せるのだが。
「我はー官軍我敵はー!!」
「天地容れざる朝敵ぞ!!」
突撃するビャクヤ兵の中には、異世界残留日本兵が現地人に伝えた軍歌の一つ、「抜刀隊」を口ずさみながら敵を刀で斬り伏せる者もいた。タクミがマールを裏切り、大英帝国の側についた訳で、一見すると朝敵なのはタクミ側に思えるが、彼等の視点から見ればかなり違う。自分達は正当なる聖王位継承者であるルキナ・アオネイアの為に戦う官軍であり、マールに与する者達こそが朝敵なのである。主君であるタクミがマールの傘下に入った事に不満を抱くビャクヤ家家臣や足軽、領民らは非常に多かった。無論、領主であるタクミの気持ちが分からない理由ではなく、臥薪嘗胆である事を皆、深く理解していた。本来、家督を継ぐ事のない次男坊であるタクミを領民らは部屋住の身として憐れんでいた側面もあり、彼に対する心証は非常に良好。それで以て文武両道で当代1の美男子。支持しない領民はいなかった。此度のタクミのマールからの決別とルキナへの忠誠(実質的には大英帝国への従属化)には大いに沸き立った。遂に先祖代々受け継がれてきた、ビャクヤの精神を果たす時、即ち死ぬべき時が来たのだと。
「死ぬべき時は、今なるぞ!!」
「ぐはあ!!」
「敵に遅れて、恥かくな!!」
「ぐう!!」
ビャクヤ兵は犠牲を顧みる事なく、抜刀隊の歌詞のままにアンヤ兵を駆逐していく。
「刄の下に死ぬべきぞ!!」
「舐めんな!! 腐れ外道のビャクヤめ!!」
互いに刺し違えたのか、ビャクヤ兵とアンヤ兵が共に抱き着くように地面に倒れ伏す。
「白夜魂・・・ある・・・・者 の・・・」
致命傷を負ったビャクヤ兵は、まだ息の合ったアンヤ兵にトドメを刺した後に息を引き取る。異世界残留日本兵から伝わった軍歌「抜刀隊」であるが、歌詞がそのまま使われている訳ではなく、一部の歌詞は異世界の情勢を反映し、変更が加えられている。
「抜刀隊/アオネイア聖王国ビャクヤ家バージョン」
1.
我は官軍我敵は
天地容いれざる朝敵ぞ
敵の大将たる者は
古今無双の英雄で
之に従う兵は
共に慓悍決死の士
鬼神に恥じぬ勇あるも
天の許さぬ叛逆を
起こせし者は昔より
栄えし例有あらざるぞ
敵の亡ぶる夫迄それまでは
進めや進め諸共に
玉散ちる剣抜き連れて
死ぬる覚悟で進むべし
2.
皇國の風と武士の
其身を護る霊の
維新此方このかた廃れたる
白夜刀(びゃくやがたな)の今更に
又世に出づる身の誉
敵も身方も諸共に
刃の下に死ぬべきぞ
白夜魂ある者の
死ぬべき時は今なるぞ
人に後れて恥かくな
敵の亡ぶる夫迄は
進めや進め諸共に
玉散ちる剣抜き連れて
死ぬる覚悟で進むべし
3.
前を望めば剣なり右も左も皆剣
剣の山に登らんは未来の事と聞きつるに
此世に於て目の當剣の山に登るのも
我身のなせる罪業を滅す為にあらずして
賊を征伐するが為剣の山も何なんのその
敵の亡ぶる夫迄は進めや進め諸共に
玉散ちる剣抜き連れて死ぬる覚悟で進むべし
4.
剣の光閃くは雲間に見ゆる稲妻か
四方に打出すトロン(雷魔法の最上級主)は天に轟く雷か
敵の刃に伏す者やトロンに突かれて玉の緖の
絶えて墓なく失うする身の屍は積みて山をなし
其血は流れて川をなす死地に入るのも君が為
敵の亡ぶる夫迄は進めや進め諸共に
玉散ちる剣拔き連れて死ぬる覚悟で進むべし
5.
トロン雨飛の間も二つなき身を惜まずに
進む我身は野嵐に吹かれて消ゆる白露の
墓なき最期とぐるとも忠義の為に死ぬる身の
死しにて甲斐あるものならば死ぬるも更に怨みなし
我と思はん人たちは一步も後へ引くなかれ
敵の亡ぶる夫迄は進めや進め諸共に
玉散ちる剣抜き連れて死ぬる覚悟で進むべし
6.
我今ここに死しなん身は君の為なり國の為
捨つべきものは命なりたとひ屍は朽ちぬとも
忠義の為に捨る身の名は芳しく後の世に
永く伝えて残るらん武士と生れた甲斐もなく
義もなき犬と云わるるな卑怯者となそしられそ
敵の亡ぶるそれまでは進めや進め諸共に
玉散ちる剣抜き連れて死ぬる覚悟で進むべし
「会津藩より引き継がれし、会津魂を見せてやる!!」
先祖が旧会津藩家老の男性が白夜刀片手に突撃を敢行する。
「貴様、名を何と申す!!」
騎士道精神を重要視するアンヤ兵が彼に死に場所を求め、最期に名を聞こうとする。これに、彼も応える。
「オボロ・カオリ付侍衆筆頭、カンベエ・サガワ・タバルザカ!! 先祖は会津藩家老、佐川官兵衛!! マールとやらに伝えてやれ!! 勝てば官軍、負ければ賊軍!! 油断しちゃすまんしんぺぎ! 分かったかー!!」
後がないアンヤ兵は皆死兵と化し、完全に息の根を止めない限り何度でも立ち上がる。油断したビャクヤ兵が返り討ちにあい、道連れにされる。後にこの場面を切り取り、異世界の田原坂と称される事になる。
「お前!! 何でアンヤ軍に加わっとる?!」
「そう言う兄さんこそ、何でビャクヤ軍なんかに!?」
白凰砦に入っている兵の大部分はアンヤ家に仕えていた者ばかりだったが、先のマールの乱でマール側に与したビャクヤ兵も部隊に加わっていた。彼等はビャクヤ家内では、戦死または行方不明扱いであり、いるはずのない存在であった。
「兄さん!! どうして賊軍で戦っているんだ!!」
「賊軍はお前じゃ!! 何故に聖王クロム陛下を裏切り、更にルキナ王女殿下を殺めようとする輩に与しておるのじゃ!!」
兄弟姉妹同士、更には恋人同士で敵味方に別れたビャクヤ兵同士の斬り合いが多発した。
「悪く思わないでよね!! ルキナ様を・・・・タクミ様を裏切ったアンタが悪いんだから!!」
「君に斬られるのなら本望だ!! 早く殺せ!! アンヤに・・・クロム陛下から王位を簒奪したマールの手先を殺せ!!」
「・・・バカヤロー!!」
「・・・・・ありがとう・・・・僕の彼女で・・・・いてくれ・・・て・・・ぐう・・・」
「例え妹と言えど、ビャクヤの武士は裏切り者を絶対に許さない!! 介錯してやる!! ビャクヤの武士らしく、そこで腹を切れ!! 兄が苦しまぬよう、一撃で・・・・早く腹を切れ!!」
「お兄様・・・・ごめんなさい!! うぐっ!!」
「すまぬ!!」
恋人を切った女ビャクヤ兵、妹の首を落としたビャクヤ兵・・・あちこちで悲劇が生まれる。そんな悲劇と犠牲を乗り越えながら、ビャクヤ軍は戦線を押し上げていく。
「皆の衆!! もうひと踏ん張りだ!!」
部隊を率いるオボロは声を張り上げ、味方兵を鼓舞する。彼女は体中返り血で真っ赤に染まり、服もあちこち破けてしまっているが、前進を止めない。
白凰砦本陣
「・・・・・・」
ピエリは本陣で静かに敵が向かって来るのを待つ。全体で金属同士がぶつかり合う音、魔道士による火炎、雷撃攻撃、弓兵による攻撃・・・・そして倒された味方兵の悲鳴。本陣の直ぐ側まで敵は迫っているのは明らかだった。此方は300かつ、奇襲されたのに対して、敵は1500。しかも、その最前線にはタクミの寵臣が自ら薙刀を振るい、戦っている。そりゃあ、ビャクヤの兵の士気は上がり、逆にアンヤの兵の士気は下がる。
「・・・・・・!!」
天幕が破られ、ビャクヤ兵が本陣に雪崩込んでくる。そしてその中に・・・・
「アンタがタクミ様を監視する不届き者、ピエリ・アンヤね?」
オボロがビャクヤ兵数人と共に本陣に突入してくる。背後には倒され、息絶えたアンヤ兵が複数転がっている。
「フッ、憎きビャクヤの家臣にもピエリの名が知られているのね。裏切り者タクミ・ビャクヤの寵臣、オボロ・カオリ!!」
互いに武器を構える。オボロは薙刀を、ピエリは槍を構える。
「お前達、ここは神聖なる一騎打ちの場よ。私には構わず、砦全体の制圧を」
「しかし、万が一オボロ様が討たれたりしたら・・・・」
「私が簡単に死ぬと思う? タクミ様より先に死ぬつもりはないわ。行け!!」
「畏まりました!!」
オボロはビャクヤ兵を本陣から退かせ、一騎打ちの場を作る。
「ふうん? 奇襲攻めをする卑怯者のビャクヤにも、騎士道精神を持ち合わせている者がいるのね」
「騎士道精神なんか知らないけど、私はタクミ様から武士道精神なら教わったわ」
「そう。じゃあ、始めるとしましょう。アンヤ家再興の為、ビャクヤには死んでもらわないといけないの!!」
「気を付け、礼!!」
「ラッサンブレ・サリューエ!!」
薙刀と槍が激しくぶつかり合う。魔王顔のオボロと狂気に満ちた笑顔のピエリ。互いに遠距離主体の武器を用いる事もあってか、中々相手に決定打を与えられない。しかもオボロは先程まで数多の敵兵を薙ぎ倒してきたにも関わらず、疲れを感じさせない気迫を見せつけており、ピエリは押され気味である。
「死になさいよ!!」
ピエリは隠していた短刀を不意討ちでオボロの顔面目掛けて投げつける。
「舐めるんじゃないわよ!!」
即座に脇差を抜いて短刀を弾くオボロ。
「アンタのせいでタクミ様から賜った脇差が穢れたわ!!」
お返しと言わんばかりに脇差を投げつけるオボロ。
「きゃあ!!」
オボロが投げつけた脇差は、ピエリの右腕に深く突き刺さる。痛みのあまりに槍を持つ腕力が緩んだ隙をオボロは逃したりしなかった。
「死になさいよ!! タクミ様を傷付ける賊は!! 一人残らず、死になさいよ!!」
薙刀でピエリの槍を思い切り弾く。ピエリが丸腰になると、オボロは刀を抜き、一気に距離を詰めてピエリに斬りかかる。
「ぐあああ!!」
胸を思い切り切りつけられたピエリ。明らかに致命傷を負っており、先は長くないのが明らかだった。
「・・・・・とどめは・・・刺さないの?」
「少し話がしたかったのよ」
「話? ビャクヤの将から何を聞かされるのやら」
せめて笑顔で逝こう。そう考えたピエリは笑みを浮かべる。オボロは神妙な顔つきで片膝を突き、ピエリの視線に合わせて話し掛ける。
「貴方は見る事がないまま彼の世に行けて良かったわね。私達のような、槍や薙刀、弓に刀、そして魔導書に天馬。それらを用いた戦は・・・もう直ぐなくなる」
「・・・・・なんで?」
「戦は変わるのよ。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国を始めとする、外の世界の国々では、全ての足軽は銃という、鉛の玉で遠くの敵を狙い撃ちに出来る兵器を皆持つの。足軽は皆、庶民からの志願兵や徴兵で、しかも魔力の有無に左右されない。私達のような、槍や薙刀を振り回す武士は、いらなくなる」「・・・・・騎士道精神は、通用しなくなる・・・・のね。アンタの武士道精神とやらも・・・・」
「だからこそ、私はこの戦が・・・武士として・・・オボロ・カオリと言う、一人の武士の最期の戰場と決めていたの」
「だから、最前線で突撃してたわけ?」
「それもあるわ」
「・・・・・なら、逆に聞きたいわ。オボロ、私は・・・貴方の・・・武士として・・・・最期の・・・・相手・・・に・・・」
息も絶え絶えのピエリ。残された時間は僅かだ。
「相応しい・・・・存在で・・・あっ・・・・た・・・・かしら?」
「ええ。これ以上にない、強敵だったわ」
オボロはピエリの右手を両手で強く握った。先程まで命を賭けて戦っていた戦士達が最期の別れを遂げようとしている。
「・・・・そう、ならピエリ・・・・幸せ者ね・・・」
偽りのない笑みを浮かべるピエリ。ゆっくりと瞼を閉じ、そして永遠に意識を手放した。力なく崩れ落ち、ピエリ・アンヤは名誉の戦死を遂げた。
「・・・・御免!!」
オボロはピエリの首を取り、そして大声で味方兵に呼び掛ける。
「白凰砦守将、ピエリ・アンヤの首、タクミ・ビャクヤが臣下、オボロ・カオリが一騎打ちにて討ち取ったりー!!」
オボロの声が戦場に木霊する。それを聞いたビャクヤ兵は一斉に本陣になだれ込み、オボロの無事を確認する。
「流石はタクミ様が戰場において一番信頼する忠臣!!」
「オボロ様の戦いぶりは我等の誇りぞ!!」
「オボロ様、勝ち鬨の前に〆を!!」
戦いが終わり、ビャクヤ兵達が本陣に集う。皆、何処かしらに傷を受けているが、皆名誉の勲章と言わんばかりに誇らしげだ。
「皆の衆、我が主タクミ様の為によくぞ命を捧げてくれた。皆の忠義にオボロ、タクミ様に代わり、感謝するぞ!!」
「「「「「おおお!!」」」」」
「しかし、戦いはまだ始まったばかり!! 我等の大勝利を聞いた逆賊マールは、必ずや討伐軍を匠城に差し向けてくる!! だが、今はこの勝利を皆と分かち合いたい!! 勝って兜の緒を締めよ!! 勝ち鬨よ!!」
「「「「「エイ、エイ、オー!!」」」」」
後世には、カムイ城の戦いの一部として雑に紹介される事の多い白凰砦の戦い。300の砦兵に対して、1500の大軍が一方的に蹂躙したと思われがちな戦いだが、実際にはアンヤ軍は玉砕したのに対して、ビャクヤ軍は321名の死傷者を出しており、人員の被害はビャクヤ軍の方が多かったのである。またこの戦いは、大英帝国と手を結ぶ事を選んだタクミ・ビャクヤが起こした最初の軍事行動の一つであると同時に、一番の大激戦であり、アオネイア大陸最後の武士達による大戦とも称される。この白凰砦の戦いは、タクミ・ビャクヤの名声を高めると同時に、ビャクヤ氏がルキナ王女を支持する事を大々的に宣伝する結果にもなった。この戦いの後、タクミは次男坊の庶流家筆頭の座から、ルキナ・アオネイアを聖王女とする、アオネイア聖王国(親日英派)の初代首相の座に登り詰める事になるのである。
黒城の戦い・白凰砦の戦いから3日後
匠城本丸執務室
「・・・・・・」
傷一つなく、何時ものように整った顔立ちに、白に近い銀髪ポニーテールの美男子が本丸執務室に戻る。執務室では、彼の忠臣が平伏して待機している。
「タクミ様、おかえりなさいませ」
「・・・・・・」
タクミは平伏するオボロを強く抱き締める。
「タクミ様?」
「・・・・・・生きてる。ちゃんと生きてる・・・・良かった・・・よがっだあ!! うう・・・・」
タクミはオボロの胸に顔を埋めながら、年相応の泣き言を言う。
「オボロ、知ってるとは思うけど、昔から僕は夢見が悪いんだ。そして何時もなって欲しくない夢を見る。昨日、匠城へ帰還中の籠の中で見た夢は本当に最悪だった」
オボロはタクミの頬を涙が伝い、彼女の衣服を濡らすのに気付き、優しく手縫いで顔を拭いてやる。
「匠城に戻るとね、皆が暗い顔をしているんだ。家老の一人に何があったのかと尋ねると、匠様。貴方の忠臣は名誉の戦死を遂げられました。彼女の奮闘で、白凰砦は陥落。我軍は勝利したのです、って。嘘だ!って言いながら僕は本丸に走った。そしたら、本丸には、死化粧を施された・・・ぐすっ、オボロが、ぐすっ、いでね・・・・」
要は自分の大好きな家臣が死んだ夢を見た。不安で不安で仕方なかった。正夢じゃなくて良かった、というものである。オボロは昔から、夢見が最悪の主の精神安定剤として、彼の泣き言を聞いてやる唯一無二の存在であった。タクミがサクラと婚姻して以降も、その関係は変わらない。タクミはサクラに対して、己が掲げる理想の当主像を壊したくない。弱い当主を見せたら、彼女に見捨てられるんじゃないか。そう考えており、未だに彼女に本音を打ち明けられていない。
「大丈夫ですよ、タクミ様。私がタクミ様より先に死ぬ事なんて、あり得ませんから。ヒナタも、サクラ様も、ユヅルマル様も同じです。貴方を置いていったりなんてしません」
妻にすら本音を打ち明けられない主の弱い姿を独占出来る事に喜びを感じながら、オボロは甘い言葉で夢見が最悪でマイナス思考の主を慰める。
「・・・・・(尤も、サクラ様はタクミ様の本音を知ってはいるのよね。ただ、そこはサクラ様も武家の娘。自らを極端に卑下する夫を気遣って、敢えて家臣の私にお任せしてくださってる)」
「オボロ、僕は何も得られないのに、全てを喪うんだ・・・」
タクミの言う、何も得られないと言うのは、己の力で手にした物は何一つない。という意味である。
「父上と兄上は聖王陛下を、民を守るためにイリースに散った。母上と姉上は、燃え盛るイリースの一部になった。間の悪いタイミングでイリースに向かった妹オウメは未だに行方知れず。どうして・・・・どうして皆僕を置いていってしまうんだ!!」
邪竜ホズルの器として覚醒してしまった聖王女マール。マールは、聖王クロムの側女リズと聖王妃ルフレお気に入りの呪術師ヘンリーによる討伐軍を退けた。更に地方の貴族達から特権を取り上げ、中央集権化(当時、安土桃山時代の豊臣政権に近い態勢だったが、それ故に地方貴族の力が強く、中央の統治が行き届かない箇所があった)を進めようとしたクロムとルフレに不満を持つ貴族達が同調し、国を二分する内戦に発展。邪竜の力に加え、地方貴族、隣国ペレディア、そして異世界の大国(アニュンリール皇国)が加わった反乱軍は徐々に軍事的優位を確立。忠義と武勇を誉とするビャクヤ家は、当然の如く聖王家側として参戦。しかし異世界の軍は強力であり、聖都イリースでタクミの家族は皆戦火に散ってしまった。
「タクミ様、私はまだここにおります。ヒナタも、サクラ様も、嫡男ユヅルマル様も此の世におりますよ」
貴方は一人じゃない。そう必死に語り掛けるオボロ。昔からタクミはオボロにそう言われると、表情が緩み、気持ちが落ち着く。次男坊であり、家督を継ぐ事のない部屋住みの身。両親から愛情らしい愛情を注がれた事はなく、全て乳母が彼を世話していた。しかし、彼を世話した乳母は、彼が6つになった時に流行病に罹り、亡くなってしまう。幼き日のタクミ(当時は幼名のユヅルマル)は絶望し、部屋に引き篭もる日々が続いた。遊び相手兼臣下のヒナタがあの手この手で励まそうとしたが、タクミは心を閉ざしたままだった。そんな彼の心を再び光の元に導いたのがオボロだったのだが、詳しい馴れ初めはまた後日である。
「・・・・・オボロ、君は僕にとって大切な人なんだ・・・どうか、僕より先に死なないで・・・・」
「あらまあ! サクラ様が聞いたら、私は大切ではないのですか?とヤキモチを焼いてしまわれますよ!!」
「さ、サクラも大切さ!! 僕はサクラ以外に妻を迎える事はない!! 側女も迎えない!! そう誓ったんだ!!」
「あとヒナタも、俺はどうでも良いんですか〜?! タクミ様〜!?って走ってきますよ」
「ははは。ヒナタも大切だよ。皆、形は違うけど、一番大切さ」
あ、気持ちが落ち着いたな。そう判断したオボロはタクミに風呂を促す。
「タクミ様、今日はお疲れで御座いましょう。既に支度を済ませておりますので、風呂に入り、汗を流しましょう」
「それもそうだね。ふー、ふー、ふー」
気持ちを落ち着けた後にタクミはオボロを解放し、退室する。その間際にこう言い残した。
「・・・・・ゴメンね、オボロ。君を見ていると、幼き日の僕に愛情を注いでくれた乳母を思い出すんだ。同い年の女の子に乳母代わりを求めるなんて、みっともないよね。サクラとヒナタには、秘密にしてね。特にヒナタには。アイツ、口が軽いから」
タクミが湯を浴びに向かう。彼の小姓が付き添いの為、オボロに一礼して彼に付いていく。
「・・・・・この戦いが終わったら、サクラ様と密会して、今日の事をお話しておかないといけませんわ。サクラ様にお伝えするな、とは言いますけど、お伝えしておかないと、サクラ様が心配されてしまうのですよ。私に何か落ち度があったのではないかと、あの御方も変に空気を読んで互いに距離を取られてしまう。私から見たら、タクミ様もサクラ様も、似たもの同士というか・・・やれやれ、夫婦仲を上手く取り持つのも臣下の務め、なのかしら?」
まあ、尤もヒナタには不可能だな。そうオボロは思った。
「さて、タクミ様の衣服が解れてらっしゃいましたから、直しておきませんと!!」
先程まで薙刀を振り回し、大激戦を繰り広げていたとは思えない程の体力である。皆からは、
・タクミ様のオカン
・サクラ様のオカンも兼務
・ヒナタの尻拭い担当
・実質的なビャクヤ家の支配者
・魔王顔の匠城本丸の守護神
と言われているとか、いないとか。
「・・・・・感じるわ。戦の気配が」
オボロは本丸から聖都イリースの方角を見つめる。
「・・・・・黒城への後詰めが間に合って欲しいけど・・・」
(続く)