ミラ子がおやつを食べたときのお話

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ミラ子とおやつとけっこんゆびわ

 授業が終わり、さあトレーニングだと周りが意気込むところ、わたしのトレーナーさんがわざわざ教室まで来てこんなことを言ったのだった。

 

「ミラ子、ごめん。今日はちょっと用事で遅くなるから、ミーティングにしよう。」

 

 しめた。正直なところ、トレーニングはあまり好きではない。ノルマを押し付けられてペースを上げると、なんとなく調子が狂ってしまうし、特にプールは好きじゃない。嫌いだ。大嫌いなのだ。

 わたしのようなフツーのウマ娘には、こう、熱血!とか汗と涙!みたいなものは似合わない。そういうのは特別な、それこそスターウマ娘といわれるコたちの特権だ。わたしはみんなを追いかけるだけで精一杯だし、それがフツーのことなのだ。

 それでもこう、なんとかやってこれたのもトレーナーのおかげではある。なんというか期待されるのも悪くないなと思ったりもするのである。でも、ただただおだてられて、調子づいた結果であったり、追いかけ回された結果でもあるというのがなんとも言えない。

 

「えーかなしいなー」

 

 こころにもないことをおどけながら言ってみる。すると、トレーナーは頭をコツン、と優しく小突いてきた。わたしがふへへ、と笑うとトレーナーも笑った。

 

 

「トレーナー室におやつがあるから、それでも食べて待ってて。」

 

 小突いた頭を優しく撫でて、トレーナーは何処かへ行った。だがそんなことは大したことではない。今最も重要であることは、おやつが如何様であるかだろう。

 ケーキ?クッキー?スナック菓子もいいな。急にできたわずかな余暇が俄然楽しみになってきた。今からでも踊り出したい気分だ。スキップ程度に止めておこう。フツーのウマ娘だから、誰かに見られたらやだなあとか考えてしまう。言うなれば凡人の、フツーの器なのだ。

 

「御用改めであーる!」

 そんなことを言いながら、トレーナー室の扉を開ける。ノーリーズンちゃんが言ってたことの真似だ。意味は「動くな!」とか「逮捕だ!」とかそんなようなところらしいけど、よくわかんない。

 

 そしてトレーナー室の机の上にあったものは、スナック菓子と、りんごジュースであった。これはいけない。スナック菓子はポテト系で、私の好きなリング状のものだ。だがこれはうすしお味なのだ。わたしは今、コンソメの気分である。そして、スナック菓子ならば付け合わせのドリンクは定番の100パーセントにんじんジュースか、炭酸飲料でなければならない。なんたることか、我がトレーナーは愛するウマ娘のことを何ひとつ理解していないのである。

 

「まあいいや。」

 

 もらえるものはもらっておく。それがわたしのポリシー。うすしお味もりんごジュースも好きだ。気分じゃないだけで、嫌いなわけじゃない。特に、トレーニングがおやすみなら、美味しさだって跳ね上がる。ありがたーくいただこう。

 

 袋をバリッとあけて、手を突っ込む。リング状のお菓子のいいところは、指を伸ばして手を突っ込めば、指先にハマってくれるところだ。ちまちまと指でつまむ必要がない。その指をまとめて口に突っ込めば、それはもうパラダイスだ。

 

 りんごジュースも悪くない。優しい酸味とまろやかで透き通った甘みは、ポテトの油と塩を引き立て、もっと食べたいと思わせる。これがコンソメ味とりんごジュース、あるいはうすしお味と他のジュースでは成り立たなかっただろう。

 

 トレーナーくんよ、素晴らしいじゃないか。わたしが社長だったら二階級特進させてあげたい。なんかちょっと違う気がするけど、そんなことはポテトの前ではどうでもいいことだった。

 

 

 もりもりむしゃむしゃと食べ進める。ポテトの楽しみ方は、何も食べるだけではない。リング状であることには、重大なフカカチとか言うものがある。

 1本の指にたくさんはめてみたり、5本の指全てにはめてみたり、どの食べ方が効率よくポテトを摂取できるか研究することができるのだ。これは食べ物で遊んでいるわけではない。大事な研究であり、世界を震撼させるものになるだろう。ノーベルおやつ賞は間違いない。

 

「へへっ、9個もとれた〜」

 

 時間も潰せて、美味しい。そして楽しい。このお菓子は素晴らしい。ポテトを口に運び、りんごジュースをちょっとすする。これは幸せのルーティンだ。トレーニング前に取り入れたい。これさえできればGⅠだってメじゃないぞ。なんちゃって。

 

 GⅠはトゥインクルシリーズ最高峰のレース。ふざけた妄想だがその響きに指が止まる。

 

 

「G Iかぁ〜…」

 

 

 トレーナーさんは本当にGⅠに出れると思っているんだろうか?

 ダービーと同じ日にようやく未勝利を勝って、未勝利抜けただけでもすごいことなのに、GⅠだなんて、悪い冗談にしか思えない。

 でも、トレーナーさんはまっすぐな目でそんなことを言った。私にはなぜそんなことを言えるのかわからない。

 

 でもちょっとだけ、信じてみてもいいのかな、と思うわたしもいる。なにより、わたしのことを大切に思ってくれているのがひしひしと伝わってくるからだ。

 

 歳も違うし、ウマ娘でもないのに、話題を合わせてくれたり、追いかけ回してトレーニングさせてきたり。いろいろあるけど、わたしのためなんだろうなぁっていうのはわかる気がする。

 一途でまっすぐ。そして気が効く。モテたんだろうな、と冷やかしてみる。そういえば、トレーナーさんは彼女とかいるんだろうか?

 

 わたしがGⅠ、とまでは行かなくとも、重賞を勝てればトレーナーさんも大スターだ。お給料も上がるだろうし、モテモテになるだろう。そして結婚して幸せな家庭を…・。と思ったが、なんか気に食わない。すごくもやもやする。やだ。わたしの努力で私腹を肥やすのはなんか違う気がする。

 まあ、でも、トレーナーさんみたいな人と付き合いたいって言うのはわかる気がする。良いパパになるんだろうなって思うし。

 

「けっこんゆびわ〜」

 なんかちょっと気分が萎えてきた。だからふざけてポテトを薬指にはめてみた。めっちゃつまんないし、誰もいないはずなのに恥ずかしくなってきた。自嘲してみても悲しいだけだった。だからわたしはポテトを外そうとした。

 

 

「あれ…?」

 

 抜けなかった。

 

 

 

「どうしよ……。」

 

 力いっぱい引っ張れば()()()()()()。だがそんな生優しい力じゃ抜けそうもない。わたしのかわいい薬指は、ポテトによってぷにっと締めつけられている。

 ヤバいヤバいヤバい。どうしよう。どうしよう。すっごいバカなことした。なによりトレーナーさんには見られたくない。恥ずかしい。絶対バカにされる。

 おやつを食べ始めてから、結構時間が経っている。たぶんミーティングも終盤だ。このままだとトレーナーさんが戻ってくるのも時間の問題だ。

 

 何度か引っ張っても、ただ薬指がぷにっとするだけだった。どうしようか。この世で最も価値のない思考の逡巡がわたしの中で行われている。

 

 これからわたしはずっと、このけっこんゆびわに薬指をぷにっと締め付けられて生きて行かねばならないのだろうか。ああ、そうだ。街を歩けば後ろ指をさされ、みんながなんかこう、いろいろ言ってくるんだ。世の中はつらくきびしいってみんなが言うから、多分そうなんだ。

 

 やっぱりそれは嫌だ。結婚指輪なら悪目立ちしない、小さくて上品なヤツがいい!それになんかこう、いろいろ言われるなら褒められる方がいい!褒められて伸びたいんだ!

 わたしはどこにでもいるフツーのウマ娘だけど、ウマ娘の力はフツーよりも強いと言われる。だから頑張ればわたしは結婚指輪は外せるし、すごいレースだって勝てるはずだ。

 やればできるこ!フツーのこ!実はすごいぞ!芦毛のミラ子!そんなことを心で唱えながら、自分を奮い立たせる。そして強い意志をこめて結婚指輪を握ると、それはパキッと軽い感触で割れ、ただのおいしいポテトに戻った。

 

 

 拍子抜けだった。ただのポテトに悩んでいたのがバカらしい。なにもそのまま外す必要はない、割ればよかったんだ。

 でも私は、()()()()()()ことを気にしていた。なんでだろ?と思いながら割れたポテトを口に放りこむ。

 そのポテトだけは、なんだかちょっとしょっぱかった。




ヒシミラクルのヒミツ
実は、輪っか型のスナックが指から抜けなくて困ったことがある。


これを読んで、お前絶対そんなキャラじゃねえだろと思ったので、自分の中で整合性を取るために書きました

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