零崎問識の人間問答   作:忘旗かんばせ

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第四問『死は或いは泰山より重く或いは鴻毛より軽死』3

 

 ◆   ◆

 

 振り返って考えてみれば、石凪赭石の行動は間違いなく最適解だった。

 

 零崎常識——『寸鉄殺人(ペリルポイント)』零崎常識。

 

 かつてには零崎一賊が誇る三天王——零崎双識、零崎軋識、零崎曲識の三人をさえ上回り、一賊においてもっとも名高く、また恐れられていた、万死鏖殺の爆弾魔。

 

 その名声は死後においても尽きることなく——あの人類最終、橙色の暴力を相手に一歩も引くことなく戦い抜き、最後には壮絶なる自爆を遂げて戦死したというその猛々しい死に様からも、その名声を不朽のものとした、零崎一賊の大看板。

 

 暴力の世界において、彼の存在はあまりにも有名で、()()()()()()()()()()()()()、その戦法もまた知られすぎるほどに知られ尽くしていた。

 

 零崎常識、爆弾魔。その二つ名が示す通り、彼は『爆弾使い』であり——彼が振るった『不愉快爆弾』の威力はと言えば、ともすれば暴力の世界における最大火力であったとさえ語られるほどで——ゆえに。

 

 その火力を()()()()()()()()()()()至近距離に、相手がまだ戦闘体制を取っていない初手初動で潜り込むことは、きっと間違いなく、彼と戦う上での最適解だった。

 

 ただし——石凪赭石は知るべきである。

 

 それは彼と戦う上での最適解であって——彼と遭遇し、そして生き残るための最善手とは、全く異なると言うことを——

 

 ◆   ◆

 

 ドォ——ン、と。

 

 響いた音色に、問識は花火を連想した。

 ファイヤフラワー。美しき炎の花。けれど現実に咲いたのは、そんな輝かしいそれではなく——

 

 焼け焦げた、血の花が。

 

 石凪赭石の肩口から——咲いていた。

 

「ぎぃっ——ぁああああああっ!」

 

 悲鳴と共に、吹き飛ぶ。殺しきれなかった衝撃が赭石の矮躯を吹き飛ばし、近くの座席の隙間へと叩きつける。

 

 ど——と、鈍い音が響いて。

 

 それっきり——石凪赭石は、動かなくなった。

 

「けはは——しゃしゃり過ぎだぜ小娘が。だがしかし、センスは上々だ。なかなかイケてるじゃねぇかよ、咄嗟に肩で()()()とはねぇ。本当なら、頭蓋骨を吹っ飛ばしてやるつもりだったんだがよぉ」

 

 べぇ、と。

 その巨大な口から長い舌を垂らして、馬鹿にするように笑って見せる。

 

 下品な所作。けれど、それに文句をつけようなんて気にはならない。

 なれない。

 なりようが、ない。

 

 問識は——動けず。

 その横を、仙瓩おとふが駆け抜ける。

 

「千景殺法——二段の七、『湯豆腐』」

 

 ど、と。廊下を跳ね上がり——その白き影が、()()()()()()

 

 音もなく、影すらも絶ち、一条の光と化して駆けたおとふは、再び『ダン』と音を鳴らし——天井を踏み切り台に()()()()()

 

 頭上からの急襲。空中で一回転しながら、その右足の踵——ハイヒールの角を、痛烈に叩きつけ——

 

 爆音。

 

「つまんねぇよなぁ」

 

 けはは——と。

 零崎常識は、笑う。

 

 仙瓩おとふは。

 その右足の、くるぶしから先を失い——地に伏していた。

 

 だくだくと。

 赤い血が流れ落ち——その白を穢す。

 

「残るはお前だけだぜ、後輩くん」

 

 挑発的に、セリフを受けて。

 問識は小さく、息を吸う。

 

「——噂は聞いていたよ、『寸鉄殺人(ペリルポイント)』……零崎常識さん。零崎一賊が誇る伝説——まさか直接お会いできる日が来るとは、思ってもいなかったけれどね」

 

 零崎常識——その殺人鬼の名は、零崎一賊にとっては特別だ。

 問識が零崎に『成る』よりも早く、没していた彼だけれど——しかしその輝かしい伝説は、軋識の口からも良く語られていた。

 

「その上——」

 

 問識は言葉を続ける。

 

「まさかあなたと、争い合うことになるなんても」

 

 思っても——いなかった。

 心底残念だという風に、問識は深々とため息をつく。

 

「ま、仕方(死かた)がないことだ。これが僕の、古い名に絡みつく因果の終端(死ゅうたん)だっていうのなら、それを清算する良い機会だよ。親の因果が子に報い、ってね。せいぜい、胸を借りさせてもらうさ、『寸鉄殺人(ペリルポイント)』。()()()()()()()()()()()()()()()()()——」

 

 と、言い切って、構えを取る問識だったけれど、しかし——

 その言葉に常識は、()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()、だぁ?」

 

 けっ——と。

 唾を吐き捨てさえして、蔑むように。

 彼は問識を——見下した。

 

「おいおいおいおいなあなあなあなあ。冗談きっついぜ後輩くんよぉ。まさかとは思うが、お前ってばさぁ、まさかまさかにこの俺が、この零崎常識が、たかだか死吹の身体支配風情に、操られちゃってるとでも思ってんのか?」

 

 だとしたらそれなりに爆笑だぜ——と。

 まるで笑顔には程遠い顰め面で、常識は言う。

 

「違う——のかい? だってあなたは、死吹屍飼とやらの能力によって、蘇ったんだろう? その能力の支配下(死はいか)にあるからこそ——()()()()()()()()()()()()()()と、そう言うことなんじゃないのかい?」

 

 その言葉に、今度こそ。

 

「けっ——ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 

 零崎常識は、()()()()()()()()()()

 

「爆笑だ爆笑だ爆笑だ爆笑だ——どこまでも笑わせてくれるぜ後輩くん。俺を笑い死にさせようって策略ならマジで良い線行ってたぜ」

 

 あともう一歩であの世に叩き返されるところだった——なんて、眦に浮かんだ涙を拭い——彼は。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ」

 

 その顔を——怒気一色に染め上げる。

 

「てめぇが俺の同族だ? 侮辱するにも程があらあな。冗談にしたって一ミリたりとも笑えやしねぇ。下品で下劣で下衆で下賤で、徹頭徹尾下卑た妄言だ——」

 

 零崎常識は——激怒していた。

 

「てめぇなんぞが、俺たちの家族であるものかよ」

 

 初めっからずーっと、癇に障るんだよ——()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に——問識は。

 二の句を継げず、黙り込む。

 

「これから俺がお前を殺すのは、操られて仕方なくなんてことじゃねぇ。純然たる俺の意志だ。死吹なんたらの身体支配なんざ、その脳髄ごと吹き飛ばしてやったさ。今の俺は完全に自由で、完全に自律している。お前に対する怒りも敵意も、全てが全て純度百パー俺のものだ」

 

 熱り立って、常識は言う。

 

「てめぇを家族に迎え入れたのが誰だかは知らねぇ。蘇ったばっかだしな。あの後のことを思えば、最悪一賊が全滅しててもおかしかねぇなと思っていたが——ふん。トキくらいは生き残れたのか? あるいは案外、人識の小僧なんかが生きてたりするのかもな……いずれにせよ——俺はそいつらほど甘くねぇ。てめぇみたいなクソガキを——()()()()()()()()()()()()()()()、零崎に迎え入れる気は、ない」

 

 出会った瞬間から、感じてたぜ——お前の悍ましいまでの殺意はよ。

 視線鋭く、問識を睨みつける。

 

「初めは俺だからか——と思った。すでに死人である俺だから、それが蘇る異常事態に、敵として殺すつもりだったのか、と思った。でも、お前——()()()()。お前の殺意には、一切の区別がない。俺に対する殺意も、()()()()()()()()()()()()()()()、全部一緒の一緒くただ」

 

 当たり前みたいに人を殺し。

 当たり前みたいに鬼だって殺す。

 そんなどうしようもない有様だ——と。

 零崎常識は、問識を評する。

 

「あの人識ですら、レン相手に殺す殺すと散々ほざいておきながら——本気で殺意を向けたことは、俺の知る限り一度もなかった。なのにお前は——その様だ」

 

 閉口する問識に、常識は告げる。

 

「お前なんか、鬼ですらねぇ」

 

 ただの獣か、化け物だ。

 

 ◆   ◆

 

 ねぇ、舞織姉さん。家族って、どんな感じなのかな。

 

「え? 今みたいな感じじゃないですか? みんなで集まってだらーってしながら、テレビでも見て喋ってれば、一家団欒って感じですよう」

 

 それじゃ普通の家族じゃないか。そうじゃなくってさ——

 零崎と死ての家族ってのは、どんな感じなんだい?

 

「そんなに変わらないと思いますけどねえ。今がまさしく、ですよう。一緒にいて、安心する。この人たちと一緒なら大丈夫。そんな風に感じていられるから、家族なんですよ」

 

 ……そっか。

 舞織姉さんは、僕と一緒(いっ死ょ)にいて、安心(あん死ん)する?

 

「しますよそりゃあ。ま、人識くんといる時ほどじゃないかもですけどね」

 

 ……はは、そうだね。

 あの人に比べれば、僕はまだまだだから。

 

「いやいや、家族としてはむしろ、問識くんの方がしっかりしてますよ。人識くんったらもう、良い歳していつまでも、どこほっつき歩いてんだか。滅多に顔見せないし、いつも出夢さんと一緒にいるし。自分が零崎だってこと、たまに本気で忘れてんじゃないかって思いますよ」

 

 彼に限って、それはあり得ないと思うけれどね。

 

「……そうですね。それは私も、ええ、そう思います」

 

 あの人は、とても零崎ら死い。

 

「そうですね。私を零崎として最初に迎え入れてくれたのは、双識さんでしたけれど——二番目に出会ったのが人識くんで、本当に良かったと思います」

 

 あの人はどこまでも家族思いで、優死い人だ。

 

「そうですね。素直じゃないのが、玉に瑕ですけど」

 

 ……それに引き換え、僕は。

 

「え? なんです?」

 

 いや……なんでもない。

 

 なんでもないよ、舞織姉さん——

 

 ◆   ◆

 

 最初の一撃を叩き込んだのは零崎問識だった。

 直線の廊下を駆け抜け、愚直に、懐に潜り込む。それだけならば、赭石と同じで、けれど運命を分けたのは——

 

「けはは、頭まで獣になったかよクソガキ——って、ぅおっ!?」

 

 ()()()()

 

 赭石の時よりも、()()()()()

 接敵の瞬間深く腰を落とし——その両手が捉え損ねるほど深くに、潜り込む。

 

 そして——一撃。

 零崎常識の鳩尾に、拳を叩き込む。

 

「け——っは!」

 

 ほんの一瞬、呼吸が止まり——その隙に、二撃目。下がった顎をかち上げるような、アッパーカットを放ち——

 

 不発。

 

「っとぉ、危ねぇ危ねぇ」

 

 バク宙。常識は後方宙返りにより、アッパーカットをすかしながら距離を取る。

 着地と同時に手のひらを伸ばし——爆発。

 

「——は、流石に見え透いているよ」

 

 椅子の隙間に転がり込み、爆発を躱しながら、問識は言う。

 

寸鉄殺人(ペリルポイント)』。零崎常識の異名として語られるそれであるが、しかしその名が()()()()()()()()()()()を知るものは、意外にも少ない。

 零崎常識の名はと言えば、『不愉快爆弾』とこそ並び称えられるもので——それゆえに。

 

 彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『寸鉄殺人(ペリルポイント)』——あなたの両腕を覆う()()()()。爆発による熱や衝撃(死ょうげき)の九十九パーセントを弾き返死、()()()()()()()()()()()()()()()()()、あなたの切り札だ」

「けはは——誰から聞いたか知らねぇが、なかなかよく勉強しているらしいじゃねぇか、クソガキくん」

 

 ぼ——と。手のひらの内で小さな爆弾を爆発させながら、常識は言う。

 

「だが、タネが割れてようがなんだろうが変わらず強いのがこの俺でね——そらよ」

 

 ふ、と。

 椅子の隙間に隠れ潜む問識の元に——()()()()()()()()()()

 

「——っ!」

「近接戦闘は()()()なのがこの俺なのさ!」

 

 問識の反応は早かった。

 手榴弾を投げ込まれたと見るや否や、座席を駆け上がるようにして飛び上がり、一段前の席へと身を滑らせる。が。

 

「そこには俺がいるんだなぁ」

 

 振りかぶられる手のひら。その内側には、起爆寸前の爆弾が乗っており——

 

 爆音。

 

 背後で一度、至近距離で一度。輪唱するようにそれは響き——しかし。

 零崎問識の命脈は、尽きず。

 

「——は、度胸あるねぇ、クソガキくん」

 

 咄嗟の判断。問識は突き出された手のひらを()()()()()()()、爆発を手のひらの内側でのみ完結させようとした。

 

 その試みは半分成功し、半分失敗した。

 

 爆発はそのほとんどが『寸鉄殺人(ペリルポイント)』の手のひらの内側に収まり——しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「——っ!」

 

 思わず、痛みに顔を顰める。

 右手はもう、使い物にならないだろう。

 指が飛んだりと言うことこそないが、手のひらが焼け爛れ、傷だらけで、拳を握ることさえもが苦しい。

 

「片手、もーらいっとぉ」

 

 軽く言いながら、常識は追撃を叩き込む。

 ご、と。

 鈍い音を立てて、膝蹴りが問識の顎をかち上げた。

 

「そーら、ガラ空きだぜ——」

 

 開かれたボディ。ガードはなく、そこに常識の爆弾が叩き込まれ——

 

「ぁああああああっ!」

 

 真横から飛びかかったのは——石凪赭石だった。

 

「私を忘れんなっ——このゾンビ!」

 

 やぶれかぶれのタックル。しかし意識外からのそれを、常識は避けれずもろに喰らう。

 

 爆発は——すんでで逸れ行き、問識の脇腹を掠めて、通過する。

 

 問識の命が救われたのは、その爆発が『寸鉄殺人(ペリルポイント)』の五指で覆われ、ある程度の指向性がつけられたものだったからこその奇跡だった。

 

 その奇跡を、問識は決して無駄にはしない。

 

「——っ、らぁっ!」

 

 下の兄直伝、()()()()()

 力任せのその一撃が、姿勢を崩した常識の顔面に叩き込まれ——

 

 今はなぜだか——思ったより威力が出なかった。

 

「けはは、軽いぜ」

 

 鼻血を吹き出しながら、けれどそれを長い舌でべろりと舐め取り、常識は笑う。

 

「んんー、二対一ってのはちょっぴし卑怯でよくねーよなぁ。けはは——ここは一つ、派手に行くか?」

 

 ず、と。ダボついたオーバーオールの、その大きなポケットに手を突っ込んで——引き抜かれた時、その手に握られていたものは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()——バージョン零七。威力控えめの室内用だ。直撃しても致命傷で済むから、どうか安心してくれよ——」

 

 止める間もなく、ピンは引き抜かれ。

 

 不愉快爆弾が、起動する。

 





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