あけましておめでとうございます。
お正月記念といたしまして、本日は時間を分けて三話連続更新します。
◆ ◆
「まさかお前が生き残ってるとはな——アス」
あり得ざる再会を懐かしむように、落ち着いた、静かな声で、常識は言った。
揺れる列車。濁流のように流れ行く、窓の向こう。新幹線は今も、進み続けている。
問識を自らの後ろへと庇う軋識に、常識は薄い笑みを抜けた。
「俺はてっきり、一賊は全滅くらいしててもおかしかねーと思っていたが、ふん。お前がそうして生き残ってるってことは、案外、他の奴らも生き残れたのかね」
常識の期待するような眼差しに、軋識は首を振る。
「いいや。残念だが——あの戦いで生き残ったのは俺だけだよ。零崎曲識という名の、いっとうかっちょいい殺人鬼が、俺を生かしてくれた」
言えば——常識はその目を見開く。
「……そうか、トキがね。あのトキが……ふん。ガキめ。格好つけやがって」
トキ——と。
噛み締めるように、常識はその名を呼んで。
小さく、息を吐く。
「——死んだのか、みんな」
レンも。トキも。誰も彼も。
みんな、死んだのか。
「ああ、死んだ。誰も彼も、一人残らず——あの橙色の暴力の前に散って行った」
俺以外はな——と。
軋識は、呟くように付け足した。
常識は、どこか寂しげに笑う。
「けはは、格好つけ損ねたな」
「全くだ」
肩を竦めて、軋識もまた、鏡写しのように同じ笑みを浮かべる。
「だが、お前が生きていてくれて、良かったよ。そのおかげで、こうしてまた会えた」
「……会えるとは、思ってなかったけどな」
「そりゃ俺もさ」
因果だよなあ、と。
呟く。
「語尾」
「あ?」
「やめたんだな」
もういいのかよ、キャラ作りは——なんて、常識は揶揄うように言った。
「バレてたのか」
「バレねぇわけねぇだろ。下手くそなんだよ、お前はいっつも。器用じゃねぇくせに器用ぶって、豪快でもねぇくせに豪快ぶって、いっつも無茶ばっかしやがってさ。ヒヤヒヤすんだよ」
「うるせーよ。無茶で言うならお前も人のこと言えねえだろ」
軋識は後ろ頭をかいて、ため息を吐く。
「キャラ作りは、もういいんだよ。今となってはもう、意味もなくなったしな」
「……家族が居なくなったから、か?」
常識の眼差しに、悔恨と哀愁の色が宿る。
けれど軋識は首を振った。
「いや、失恋したからだ」
「けっ——はははははは!」
予想の斜め下の回答に、常識は腹を抱えて笑う。
「なんだよお前、だっせぇな。あんだけお熱だったのに、振られてやんの」
「あんだけって……お前は知らんだろ」
「あ? バカ言ってんじゃねーよ。あんだけわかりやすく自分恋しちゃってますオーラ醸し出しといて、バレてないとでも思ってたのか? お前がどこぞのロリに惚れ込んでたのなんて、みんな知ってたことだっつーの」
振られたことまでは知らなかったけどな、なんて常識は笑う。マジかよ。軋識は舌打ちした。
「……ふん、振られたんじゃねーよ。結局俺は、振られることさえ、出来なかったさ。……でも」
—–それでいいんだ。
彼は頷く、
それでいい、と。
軋識は——己の恋に、すでにケリをつけ終えている。
「……はん、だせぇっつったのは取り消すぜ」
「別にいいさ、自覚してる」
「自覚すんな。男ってのはいつだって、自分が宇宙で一番イケてる男だって思ってなくちゃいけねぇんだよ」
なんじゃそりゃ、なんて、軋識は笑うけれど——常識は。
真剣な眼差しで、軋識を見つめる。
「お前はイケてる男だよ、軋識」
「ああ? なんだよ急に、気色悪い」
「言うな。滅多にねぇんだぜ、俺が人を褒めるなんてのはよ」
ちゃんと聞いとけよ——
「お前はよく頑張ったよ」
常識は、軋識に言葉を投げかける。
生前には、ついぞ言わなかったような本音を、語る。
「一賊最強の称号は、譲るつもりもねぇがよ。しかしお前は、俺よりもずっと、殺人鬼としては上だった」
「そりゃ、殺した数じゃ俺のが上だしな」
「茶化すなよ。そう言う意味じゃねぇ」
お前は——零崎として。
「誰よりも、一賊のために頑張ってた」
家族のために。
零崎軋識は家族のために、頑張っていた。
だからこそ。
「
もういいよ、軋識。
「お前はもう、頑張らなくたっていい」
零崎一賊は、終わった。
その尽くを殺されて。
その尽くを潰されて。
その尽くを滅されて。
その尽くが、終わり尽くした。
だから——もういい。
「お前は零崎に囚われなくてもいいんだよ、軋識」
常識はどこまでも優しい声色で、まるで子供に言い聞かせるみたいに言う。
「……トキと同じようなことを言うんだな」
「けはは、多分誰でも、そう言うぜ」
だってさ——と。
常識は、軋識の後ろで横たわる問識を指差した。
「
そこまでしなくたっていいはずだ、と。
零崎常識はそう言った。
「……零崎とも言えない、化け物——ねぇ」
「お前は気付いてないかもしれないけれどな、そいつはそんな状態になりながら、成り果てながら、
僅かの緩みもない、全開の殺意を。
死にかけた今でさえ、向け続けている。
「己を助けに来た家族をさえ殺したがる……んなもん、鬼ですらねぇよ。ただのどうしようもない化け物だ」
こんなやつを家族だなんて——認められない。
常識は、キッパリとそう言い切った。
「そいつは今ここで、殺すべきだ」
家族を害する前に。
零崎常識はそう告げて——それを受けた、軋識は。
「んじゃ、
なんてあっさりと、そう言った。
「——あ?」
意表を突かれた、とばかりに、常識は片眉を上げた。
「おい、待て、話聞いてたか?」
「聞いてたよ。聞いてたからこそ、戦うしかねーんだろ」
「待て待て待て。俺はお前とやり合う気なんてない。ただ、そこの小僧をぶっ殺そうってだけで——」
「だから、
軋識は。
背の竹刀袋から——
それは形状としては、持ち手のついた
平たく縦長、形状はまさしく卒塔婆そのもので——けれど、
通常木製であるはずの卒塔婆だけれど、軋識が手に持つそれは——総金属製。
鈍く輝くそれは、故人を供養するためのものなどではなく——故人を生み出すための
「……『
独り言のように、常識は言う。軋識はその呟きを律儀に拾って、「ああ」と頷いた。
「『
『
あるいは新たなる、信仰。
「俺はこの武器に誓っている。もう二度と——家族を失わせはしない、と」
零崎問識は——
「俺の大事な弟だ」
たとえそれがお前にだって、殺させるわけねーだろーがよ——リル。
と。
軋識はその時初めて、零崎常識の名を————『
「……そいつは間違いなく、危険因子だ」
「そうかもな」
「……そいつは必ず、お前を殺そうとする」
「そうかもな」
「……俺は、俺だけじゃない、一賊の誰もが、そいつを家族とは認めない」
「そうかもな」
常識の言葉に、軋識は頷く。
頷いて、頷いて、頷いて——
それでも。
「それでも、俺はこいつを家族だと——そう思っている」
だから、家族を守るために。
「俺はお前とだって戦うよ、リル」
戦卒塔婆——『
零崎軋識は、そう啖呵を切ってみせた。
「……本気なのかよ」
「ああ」
問いかけに、軋識はなんの躊躇いもなく頷く。
なんの躊躇いもなく——零崎問識を守るために、かつての家族と——零崎常識と戦うと。
その決意を、示す。
「そうか」
けはは——と、乾いた笑いを漏らし、常識は語る。
「——俺はよ。零崎としちゃ決して、真っ当な方ってわけじゃなかったんだろうと思うぜ」
好き放題、自由に生きていた。
馬鹿みたいに爆炎を振り撒いて、人を殺して生きていた。
殺して、殺して、殺して——そして。
家族と出会った。
「そんな俺でも、譲れないもんってのはある。一度死んだって揺らがない、揺らげない、信念ってやつがある」
常識は、軋識の瞳を見つめる。
エメラルドと、アメジスト。相対する二つの色が、真正面から向かい合う。
「お前は変わったよ、アス」
零崎常識は。
その手のひらの内に——『
「そう言うお前は変わらんな、リル」
零崎軋識は。
その手に『
呟くように、口にする。
「いつだってお前は——」
頑固で。
熱くて。
家族思いだ——
「だからこそ」
だからこそ——
「お前に家族殺しをさせるわけには、いかねぇよ」
「……けはは、それは全部まるっきり、こっちのセリフだってんだよ、馬鹿野郎」
その言葉を皮切りに、二人は駆け出す。
じゃれ合うように。
惹かれ合うように。
確かめ合うように。
過去の友情を。
過去の親情を。
過去の切情を——全て背負って。
二人はぶつかり合う。
譲れないもののために。
守りたいもののために。
失いたくないもののために。
零崎問識は、横たわるまま。
その大きな背を、ただ、見つめていた。
◆ ◆
踏み込んだのは零崎軋識だった。
爆弾使い相手に、距離を空けるわけにはいかない。その両手に『
零崎常識の戦法は、知りすぎているくらいに知っている。かつて幾度もその背を預け合い、共に戦った仲だ。戦法どころか、思考の方向性や体運びの癖をさえ、身に染みて知り及んでいる。ともすれば、目を閉じてさえ戦い合えるだろうと確信するくらいに、相手のことを知り尽くしている。
けれどそれは——お互い様のこと。
軋識は戦卒塔婆——『
新幹線の車両の中という狭いステージは、しかし爆弾魔の爆破により、座席が軒並み吹っ飛んだことで、ある程度開けたステージとなった。最低限、『
狙うは横降り。捻れる体がバネとなって力を蓄え、背後に構えられた戦卒塔婆が振るわれる瞬間を待ち望む。
常識は笑う。笑えるくらい、予想通りの展開だ。
軋識のバトルスタイルは、大きくは変わっていない。見た目も中身も大きく変わった愛しい兄弟であるけれど、しかし染みついた戦法までをは、変えることはできなかったらしい。
重鈍なる長柄の得物による、力任せの一撃。その単純極まる戦法とすら言い難い戦法がこそ、しかし必殺となるのが零崎軋識。
質量、速度、力。三拍子揃って放たれる、具現化した破壊そのものとでも言うべき攻撃。防御など尽く粉砕し、反撃など許すはずもなく捩じ伏せ、命など風に散る花びらも同然と奪い尽くす。それこそがかつて『
質量、速度、力。三拍子揃った破壊の一撃。
それは一見して完璧極まる、攻略不能の必滅技に見えて——けれども一点、穴がある。
質量に不足などなく、力など込められ尽くしてあまり、けれど——速度。
この速度にだけは——穴がある。
欠陥がある。
陥穽がある。
僅かなりとも——付け入る隙が、存在する。
極大質量の長柄武器によるフルスイング。その最高速度は、時速二百キロを有に超え——しかし、
その初速は、トップスピードに比べて明確に——遅い。
当たり前の話だ。
大質量、極重量の金属棒。空芯でもないそれを全力で振るったとしても、その
それを知っているからこそ、常識は笑った。
やるべきは一つ。構えを取った軋識がその戦卒塔婆を振り始めた瞬間に合わせ、後の先のカウンターを放つ。
それにて必殺。
それにて必滅。
それにて完膚なきまでに、必勝。
期して、軋識がその肩に力を込めた瞬間、常識はその手のひらの内側から、反撃の爆破を放とうとし——
まるで速度全開のダンプカー同士が正面衝突を起こしたような、凄まじい破壊の音色が響く。
見れば。
軋識の振るった戦卒塔婆——『
爆破は——間に合うことはなく。後の先は、しかし単なる後手に成り下がり。
軋識の破壊の一撃がこそ、どこまでも痛烈に、いっそ痛快にさえ、炸裂し尽くしていた。
「ぐっ——ぁぁぁあああああああっ!?」
悲鳴が上がる。当たり前の話だ。今や、零崎常識の二の腕は、
爆破の威力の九十九パーセントを反射する特殊素材の手袋も、しかし戦卒塔婆、『
常識の体の左側から襲いかかった戦卒塔婆は、常識の左腕——その上腕骨のど真ん中を
「が、ああああああっ!」
血混じりの咆哮。喉奥から、絶え間なく血潮が溢れかえる。折れた肋骨が内臓に突き刺さったか。いやあるいは、衝撃で直接、内臓が破裂した可能性すらもある。
それほどまでに——その一撃は重かった。
当たり前だ。
零崎軋識、殺人鬼。零崎一賊の二枚看板。かの『
だが、なぜ。
なぜ、その一撃は、
「リル。お前、俺が『
ネタバラしは、本人の口から語られた。
「あ——たりめぇだろ……」
がくりと膝をつき、息も絶え絶えに、常識は言う。当たり前だ。零崎軋識、殺人鬼。その代名詞は、『
「お前らしくもないミスだぜ。今の俺の得物をちゃんと見ていれば——今の俺の得物が『
軋識は、見せつけるように『
「確かに俺の戦法は変わっていない。
変わったのは——武器だ。
「『
軋識の新たな武器、『
長柄の質量武器であることには共通しているけれど——『
卒塔婆は、板状なのである。
横から見た時、『
その性質は棍というよりも剣や刀に近いのだ。
釘バットという、複雑な形状の——
ゆえにこそ、常識はその速度を見誤り、無防備に直撃を受けることとなったのだ。
「けはは——なるほどな」
血を吐きながら、常識は自嘲するように笑う。なんとも、自分らしくないミスだ。老兵として、その経験値の高さで散々ルーキーをいじめておきながら、初歩の初歩で躓くとは。
まったく、らしくない。
「いや、むしろ——らしいのか」
べ、と。
血反吐を吐き捨てて、常識は呟く。
「お前は変わったなぁ、アス」
息も絶え絶えに。
いつか見たそれとは異なる輝きを宿すエメラルドの瞳を、見つめる。
「ああ——変わったさ。いつまでも同じじゃ、いられない」
いつか見たそれと同じ輝きを示すアメジストの瞳を見つめながら、軋識は言った。
生きている限り。
人は変わり続ける。
あるいは人ならぬ鬼でさえ。
それは止められないことで。
「そうかよ」
そりゃあ、そうだよなあ——なんて、けははと笑って、彼はがちりと歯を食いしばる。
そして、膝に——全身に無理やり力を込め、もう一度、その両足で立ち上がった。
「けはは——片腕は持っていかれたが、けは、俺はまだ息の根を止められてはいねぇ。さあ、続きをやろうぜ、アス——」
震える膝を叱咤し、常識は構えを取る。
けれど——
「もうやめとけよ、リル」
軋識は。
すっかり戦意の失せた目で、常識を見つめる。
「ああ? なんだよ、甘いこと言ってんじゃねぇぞ——」
「そうじゃない。お前——
その指摘に、常識は思わず、己の頬に触れる。
そこにあるのは、柔らかな頬
ざらりとした——砂の感触。
「ああ——」
常識は呟く。
その肌は、
ひび割れた亀裂から——さらさらと。
白い砂礫が、こぼれ落ちる。
「畜生——
悔しげに歯噛みして、常識は言う。
「あの野郎、雑な仕事しやがって——」
「むしろ、よく持った方だと思うぜ。術者をぶっ殺した割にはよ」
何に対するフォローなのか、軋識はそんな風に言った。
零崎常識。
彼はもうすでに、死んでいる。
死んで、死体となって、
当然。
その支配が、解かれれば。
元の木阿弥、塵は塵。
死体は死体に、巻き戻る。
常識は、己を蘇らせた術者——死吹屍飼を、すでに殺した後であり。
残された時間は、あとわずかだった。
「無茶しすぎなのは、いつだって——お前の方なんだよ、リル」
寂しげに。
惜しむように。
エメラルドの瞳が、常識を見つめる。
「けは——」
それでも。
常識は虚勢を張るように笑顔を浮かべて、拳を握りしめた。
その様を見て、けれど軋識は尚更に戦意を失せさせ、歯を食いしばる。
「もう、これ以上はやめてくれ、リル。俺は、俺はお前を殺すなんてことはしたくない」
「けはは、いい一撃喰らわしてくれといて、よく言うもんだぜ。だが——それはまったく同意見だな」
俺は——お前に殺されてやるつもりなんて、さらさらない。
「だからこそ、だぜ、アス——どうせ死ぬなら、
爆笑必至の、大爆死だ——!
常識は叫ぶように声を張り上げ、そしてオーバーオールのポケットから、
「っ、お前、それは——」
「不愉快爆弾——バージョン零零! どうせなら一緒にくたばろうぜ、兄弟」
道を違えたってんなら、
常識は叫び、そのピンを勢いよく引き抜いて——
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