あけましておめでとうございます。
お正月記念といたしまして、本日は時間を分けて三話連続更新します。
このお話は三話更新の三話目です。
「第五問『死しての千年より生きての一日』1」および「2」をお読みで無い方は、そちらからお読みくださいませ。
◆ ◆
名古屋駅、十五番ホーム。
新幹線専用のそこで、問識と軋識は、並んで列車を待っていた。
あれだけの激戦がありながらも、しかし、それは表沙汰にはならなかった。秘匿役であった仙瓩おあげも亡くなった今、事件が暴露されるのは避け得難いことだろうと思っていたのだが——しかしそうはならず。
新幹線は、平常のまま運転を続けている。
なんでも、軋識が旧友を頼ったそうだが——あれだけの大規模な隠蔽を遠隔で成し遂げるなんて、その旧友とは何者なのか。それとなく問うてはみたけれど、曖昧にはぐらかされるばかりだった。
だから代わりに、問識は問う。
「——どう死て、僕を助けに来てくれたんだい」
「あ? それはさっき言っただろ。それとももう一回言わせる気か?」
軋識はぶっきらぼうに言ってみせるけれど——
「違うよ」
その理由は、間違っている。
と。
そんな風に、問識は言った。
「僕はね、軋識さん。あなたに愛されるような、愛されていいような、殺人鬼ではないんだ」
あなたの家族と死て相応死いような殺人鬼では——ないんだ。
か細く。
蚊の鳴くような声で。
問識はその罪を、告解する。
「常識さんが、僕を評死た言葉は、残念ながら全て事実だ。軋識さんは、気付いてなかったかもしれないけれど、僕は、僕はね——」
「
言い当てられて——問識は、びくりとその肩を跳ねさせる。
「……そうだよ」
問識は。
今も零崎軋識へと。殺意を向け続けている。
向け続けて、しまっている。
「別に、言われなくたって知ってるよ、そんなことは」
んなもん初めて会った時から、ずっと気付いてたっての。
軋識は言った。
そうか。
初めから——気付かれていたか。
新幹線は、まだ来ない。
「なら、わかるだろう。常識さんも、それを見抜いた。それを見抜いて、僕を——」
「悪いが」
軋識は、問識の言葉を遮った。
「改めて説明してもらう必要はねぇよ。話は、全部聞かせてもらってたしな」
後ろ頭をかきながら、軋識は言う。
「なあ、問識。俺がなんで、あの新幹線にピンポイントで乗り込めたと思う?」
言われてみれば、だが。確かに、軋識はどうやって——問識の場所を知り及んだんだろう。
「それは当然、一賊としての勘——と、言えればカッコいいんだけどな。それだけじゃ、高速で動き続ける新幹線には振り切られる」
俺が駆けつけられたのは——
「携帯だよ」
「え?」
「俺がやった携帯を、お前がちゃんと持ってたからだ」
その言葉に思わず、スーツの内ポケットにある携帯を、服の上から確かめる。
その携帯は、軋識から授けられたものであり——
「まさか——」
「その携帯は、緊急時にはある程度、こっちから操作を受け付けるような、バックドアが仕込んである」
新幹線に乗る直前、問識がマナーモードに切り替えた時から——携帯は密かに、
「と、盗聴——!」
「悪かったとは思ってるよ」
本当は、こういうのはレンのやることなんだが……なんて、ありし日の零崎双識でさえ、弟相手に盗聴行為までをもやらかしたことはなかったのだけれど——しかし文句を付けられるのは、生きている者だけの特権だ。
「とにかくそれで、色々と、聞かせてもらったよ」
常識がお前をどう評したかも。
これまでお前が、どんな悩みを抱えていたのかも。
「全部、聞いた」
その上で。
その上で、軋識は。
「お前を家族として愛していると、そう言ったんだ」
俯く問識の顔を、無理やり上げさせ。
軋識は、問識と目を合わせる。
「どう死て……」
問識は問う。
僕は。
僕はあなたのことを、今だってずっと、
と。
心情を吐露する問識に、軋識は言った。
「——
「え——」
問識は。
思わず、固まる。
「お前は俺を殺したいと思ってる。それは多分、事実なんだろ。だけど、それじゃあなんで——これだけ長く付き合い続けて、お前は一回も、俺のことを殺そうとしないんだ?」
零崎問識は、零崎軋識を殺したくて。
けれど零崎軋識は、生きている。
生き続けている。
「俺だけじゃない。人識にも、舞織にも、お前は殺意を向けている。それがわからんほど、俺も耄碌してはいない。機会はいくらでもあっただろう、殺意はいくらでもあっただろう。なのに、俺も、人識も、舞織も——お前に殺されては、いない」
俺たちは生きている。
生き続けている。
それは——なぜだ。
「なぜ、お前は俺たちを殺さない?」
問い五だ——と。
問われ。
けれど問識は、答えられない。
「それは」
それは。
それは。
それは——
「
軋識は。
問識の頭を、ポンと撫でる。
「そう言うもんだ」
軽く。
何を気にすることもなく。
平然と、軋識はそう言った。
「人間ってのは、一枚岩じゃない。自分自身だって、一人じゃない。いろんな気持ちが同時にあって、それぞれが本音で、それぞれが本当なんだ。最近俺もやっと、それに気付き始めた。そういうことなんだと、そういうことだったんだと、気付き始めた。そして、それでいいと思えるようになった」
軋識は思う。
自分はきっと、ようやく——大人というやつに、なったのだろうと。
「お前だって、そうだよ。俺を殺したいと、心の底からそう思う気持ちもあって——けれど同時に。俺が殺されそうになった時——身を盾にしてだって、それを庇おうとする、そういう気持ちもある。それはどっちも本当で、どっちかを嘘にしなきゃ成り立たねーようなもんじゃねぇんだよ」
だから。
答えは出さなくていい。
軋識は問識に、そう言った。
「リルだって、言ってただろ」
お前は危険だ——
危険だが——
「それだけじゃ、ない」
「そう。人間ってのは——それだけじゃないんだよ」
あるいは、人ならぬ鬼でさえ。
一つではない。
一つにはなれない。
そして、
「実を言うとな。俺だって、零崎としちゃ、真っ当ってわけじゃない」
いつだって、家族のためにありたくて。
家族のためにだけありたくて。
けれど——出来なかった。
「俺には、憧れてる殺人鬼がいる」
軋識は語る。思い出すように、どこか遠くを、ここではないいつかどこかを見つめて。
「そいつは零崎曲識っつー名前の、いっとうかっちょいい殺人鬼だ」
音楽家で。
戦争嫌いで。
変わり者で。
「それでも——」
誰よりも家族想いの、殺人鬼だった。
「俺の背の『
それくらい。
軋識は彼のことを、大切に思っていて。
同時に。
「そいつを恨む気持ちも、確かにある」
ちょっぴりだけどな。
なんて、軋識は笑ってみせる。
「そんなもんだ」
そんなもん。
誰だって、そんなもん。
一つじゃない気持ちをいくつも抱えて、生きていく。
それが人生というものだ。
だから——
「お前が抱えきれなくなった時は、俺がそれを拾ってやるよ」
辛くて。
苦しくて。
全部を投げ出したくなるかもしれないけれど。
それでも。
「お前が苦しい時には、そばにいてやる」
——家族だからな。
軋識はそう言って、問識の肩を抱く。
『まもなく、十五番線に、新幹線、たまえ四十九号、十六両編成で参ります——』
アナウンスが響き。
真っ白な列車が、やってくる。
「じゃ、行ってこい、問識」
ぽんぽん、と背を叩き、彼は問識を送り出す。
「……いいのかい。僕は——」
「零崎でもあり、石凪でもある。それがお前だ」
それでいい。
それでもいいと、軋識は言った。
「お前がどういう答えを出すのかは、お前次第だ。だから、俺は、お前がどんな答えを出したとしても、それを確かに、聞いてやるよ」
兄として。
それが役目だ、と、軋識は言う。
「——行ってきます、軋識兄さん」
「ああ、行ってこい、問識」
遠巻きに待っていた死神が、問識の隣に並び。
二人の若者たちは、新幹線に乗り込んでいく。
一人の大人が、それを後ろから見送っていた。
発車のメロディを聞きながら、彼は小さく、何処かへと呟く。
「……まったく、兄ってのは難しいもんだっちゃよなあ——リル」
応答は帰らず。
彼は遠く消えゆく列車を、見守り続けた。
(第五問——無回答)
(回答終了)
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