零崎問識の人間問答   作:忘旗かんばせ

16 / 23
第六問『死を視ること帰するが如死』2

 

 ◆   ◆

 

「なんだ、来たのか」

 

 第一声がそれで、問識は呆れのあまり笑ってしまった。

 

「はっ。来たら死ぬぞと、そう警告したつもりだったんだがな——」

 

 最上階、最奥。室長室。

 広々とした空間の、そのまた最奥。

 磨き上げられた黒檀のデスクの向こう側。

 革張りの椅子に——どかりと、一人の男が座っている。

 

 高い背。厚みのある、筋肉質な体。ヴィクトリア朝のそれを思わせる、格式高いスーツ。

白髪混じりの、癖の強い髪。髭はなく、年相応に皺の刻まれた顔付きは、けれど老いという言葉がまるで似合わぬ壮健なる凶相。鋭い眼光に、それを覆う金縁のモノクル。一文字に結ばれた無愛想な口元が、どこか、問識に似る。

 

 彼こそは、石凪調査室の室長にして、統括執行課の長たる、死神を殺す死神——石凪墓石。

 

「警告どころの騒ぎじゃなかっただろう。刺客なんて差死向けてくれちゃってさ。こっちは大変だったんだよ、お父さん」

 

 問識は立ったまま言う。座る場所もないので、仕方のないことだ。

 

 かつては——立っていても、座った父の顔を、見上げるしかなかった。けれど今は、見下ろしている。

 

 殺したくなるだろうな、と、そう思っていた。

 そのために、()から授かった『人間問答(イーハトーヴ)』だって、片手に携えていた。

 

 けれど——どうしてか。

 

 実際にこうして、対面してみれば。

 穏やかに、言葉ばかりが口を突く。

 

「あの程度の刺客を退けられないのならば、もとより死んでいるも同然だ」

 

 にこりとせず厳しく言って、墓石は鼻から息を吐く。

 

「なぜ来た」

 

 彼は言って、問識を見つめる。銀色の瞳。どこまでも鋭く、射殺すような視線。

 

「……初めは、そうだね。はっきりとした理由は、ないといえばなかったかな。どうも、そっちで妙なことが起こったらしいってのはわかったからね。こちらに火の粉が飛んでくる前に、面倒ごとは片付けておこうと、そう思った。それくらいの動機だよ」

 

 そして——

 

「次は、強要されて、だ。首輪を嵌められてね。お父さんも知っていると思うけれど、件の『審理派』ってやつ」

「なんだ、あんな連中に良いようにされたのか」

「うるさいな。不意打ちだったんだよ……ま、そこまではほとんど、自分の意思ではなかったよ」

 

 けれど——

 

「赭石ちゃん、知ってるだろ? 彼女が来てね」

「結婚でもせがまれたか」

「……なんで知ってるの?」

「知ってはいない。だが、分かるさ」

 

 産石(うぶいし)の娘のことは、幼い頃から知ってるんだ——なんて、言われた問識は、その産石なる人物のことを知らないのだけれど。

 

「ま、それ自体は断ったよ」

「断ったのか」

「当たり前で死ょ。……で。断ったけれど、こっちで何が起きてるかは、それで大体わかった」

「わかったなら、引き返せばよかっただろう。ああ、首輪が付いていたんだったか」

「それは外死て貰ったよ。……ま、そのお礼、ってのもある。彼女の遺志を果たせなかった分、せめて仕事(死ごと)くらいはってね。でも、ま、それは一番の理由じゃないよ」

「ほう。では、一番の理由は?」

「本人を前に死ていうのもなんだけれど——親の死に目くらいには、会っておこうと思ってね」

 

 そう言って、問識は墓石の姿を見る。

 

 その()()()()姿()()

 

 椅子に深く腰掛ける彼の体には、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 命に届くほど深々と、死を思わせるほど惨たらしく。

 彼の体を、処刑鎌が縫い留めていた。

 

 問識は軽く当たりを見回す。

 部屋の床は血塗れだ。それは墓石の体から流れ出たもの——ではなく。

 

 部屋に散らばる、死神たちの死体から流れ落ちたものだ。

 

 夥しい数の死神の死体。全てが全て、その命を刈り取られて絶命したあとのものだけれど——だからこそ、それはこの部屋で、激戦が繰り広げられたことを示している。

 

 墓石は小さく笑った。口の端から、血が漏れ落ちる。

 

「まるで普通の人間のようなことを言うじゃないか、砥石」

「その名前は捨てたよ。今の僕は、零崎問識だ」

 

 彼は言って、肩をすくめる。

 

「クーデターは、失敗、ってところかな」

「半分失敗で半分成功、というところだろう。審理派は私が皆看取ったが、その代償に私もこの様だ。はっ、あと十年若ければな……」

「これだけの数の死神に襲われたんだから、そこは十年前だろうが二十年前だろうが死んでおきなよ」

「親に向かって何という口を利く」

「敬されるほど上等な親のつもりかい?」

 

 問識の皮肉に、墓石はため息を吐いた。

 

「生意気になったな、お前は。悪い友人でも出来たか?」

「まさか。親の血だろうね、そこは」

 

 問識の言葉に、墓石は咳き込みながら笑う。血反吐が舞って、机を汚した。

 

「本当は、会うつもりはなかった」

 

 ぽつりと呟く。

 

「けれど、兄にも勧められてね」

 

 それなら——最後くらいは。

 最期くらいは、会っておこうと、そう思った。

 

「……はっ、兄、ね」

「ああ、兄、さ」

 

 そうか、と。

 呟くように言って、墓石は目を閉じ、深呼吸を一つする。

 

 再び目を開いた時。

 彼の瞳は、どこか懐かしむように、問識を見つめていた。

 

「お前は泣かない子供だった」

 

 ぽつりぽつりと。

 石凪墓石は、語る。

 

「赤子の頃からずっと、お前は泣かなかった。育っても、それは変わらなかった。どんな怪我をしても泣かず、泣き言一つ言わない。ただじっと、流れ落ちる血を見つめている。……気味が悪い、と思ったよ。自分の子供だというのにな」

 

 碌でもない親だ、と彼は言う。

 

「そんな碌でもない親だから、お前のような子供が生まれてきたのかと悩んだこともある。……お前の母親を見ていると、余計にな」

「母親?」

 

 突然出てきたその言葉に、問識は思わず反応する。

 

「なんだ、覚えていないか? まあ、あいつが死んだのはお前がまだ五歳にもならない頃のことだ。仕方ない」

「いや、覚えてはいるよ。いるけれど、どうしてお母様の話が出てきたのかと思ってね」

「はっ、俺は「お父さん」であいつは「お母様」か。……ま、それが正しいだろうな。あいつは俺と違って、お前のことをきちんと、愛そうとしていたのだから」

 

 上手くいっては、いなかったけれどな。

 墓石は言う。

 

「それでも、()()()()()()()()()()()()()()、ずっと上等だっただろうさ」

 

 実の息子を——理解できず。

 それどころか、悍ましいとさえ、思い。

 甚振り、遠ざけ、追放した俺よりは——

 

 無理であっても。

 無謀であっても。

 お前を愛そうとして——失敗した壊屍の方が。

 

 親として。

 人間として。

 ずっとまともだっただろうさ、と。

 

 墓石はそんなことを、語る。

 

「……ま、確かに、稽古と称して息子を死ぬ寸前まで痛めつけるような親は、まともとは言い難いだろうね」

「はっ、そうだろうとも」

 

 問識の言に、墓石は深く頷く。

 それが当然だ、とばかりに。

 けれど。

 

「けれど——今ではあれにも、感謝しているよ」

 

 感謝している、と。

 父親からの虐待を、問識はそう肯定した。

 

「なんだ、お前、頭がおかしくなったか」

失礼(死つれい)だね、全く……別に、狂ったわけじゃないさ。マゾヒズムに目覚めたってわけでもね。ただ、単純に」

 

 あなたの虐待のおかげで——

 

「僕はあの頃、()()()()()()()()()()()

 

 それを、感謝していると言うだけのことだ——と。問識はそっぽを向きながら、そう言った。

 

「……何か、勘違いしていないか。私がお前を痛め付けていたのは、単純に、お前のことが嫌いだったからだ」

「勘違い死てはいないよ。あなたの動機がどうであれ、僕にとっては、それはありがたい行いであったと、それだけの(はな死)さ」

「ありがたい行い、ね……果たして本当にそうなのか、零崎問識」

 

 零崎問識——と。

 彼は初めて、問識のことを名前で呼んだ。

 

 古いそれではなく。

 新しい名前で。

 

 零崎としての——名前で。

 

「私の行いはただ、お前を押さえつけていただけのことではないのかな。お前を零崎として目覚めさせることを——自覚させることを、遅らせていただけのことじゃないのかな。お前としてはむしろ、恨み言を言いたくて仕方がないんじゃないか。もしも私がお前を甚振らず、お前の殺意を解き放っていれば、お前はもっとずっと早くに——零崎として生きていくことができたんじゃないか」

 

 重く、鋭い、墓石の問いかけに、けれど問識は動じない。

 

「その側面は、確かにあるさ。あなたのことを恨む気持ちだって、もちろんある。あるけれど——」

 

 それだけじゃない。

 

「それが、人間ってもの、ら死いよ」

 

 兄さんの受け売りだけれどね——と。

 問識は穏やかに、微笑んだ。

 

「兄の受け売り、か」

 

 墓石はそれを聞いて——どこか寂しげに、笑みを作る。

 

「お前は、一人では無くなったんだな」

「ああ、僕には——家族が出来た」

 

 最高の家族さ、と、問識は笑う。

 それはともすれば、石凪墓石が一度も見たことがないだろう、なんの翳りもない、晴れやかな笑顔だった。

 

 その顔を見て、墓石は積年の疑問が解したかのように満足した表情で、けれどそれでいながらどこか悔いるように、小さく「そうか」と頷いた。

 

「……問識。お前に一つ、言っておくべきことがある」

「なんだい、か死こまって」

「まあ聞け。……お前の元に、デスサイズを持って行った傭兵がいただろう?」

 

 思い返せば、一番初め。

 全ての始まりとなる、九州の果ての神社にて。

 問識は、デスサイズを携えた奇妙な傭兵と戦った。

 

「ああ、いたけれど——それが?」

「あれは、()()()()()()()()だ」

 

 墓石は。

 問識の瞳を、じっと見つめる。

 

「手配して、最高のデスサイズを作らせた。お前のために作り上げた、一点ものだ」

 

 せいぜい、上手く使え——なんて、優しげな声色に、けれど問識は微妙な顔をした。

 

「あー、その、さ」

 

 言いづらそうに、おそらくは生まれて初めて使うだろう部位の表情筋を稼働させながら、得も言われぬ表情で、問識は口を開く。

 

「なんだ? ……ああ、そう言えば、今は持っていないようだな。産石の娘にでも預けたのか」

「……あれ、捨てたよ」

「……は?」

「海に沈めた」

 

 問識は。

 火猟秋之から奪ったデスサイズを——その直後に廃棄していた。

 海に沈め——今頃はどこか遠く、果てなき海の底へと、流れて着いているころだろう。

 

「いや、待て、お前、捨てたって——は!?」

 

 それまでの余裕を崩し、墓石は焦ったように顔色を変えた。

 それを見て、問識は申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「いや、だってそんなの、わからなかったし」

「わからなくても、拾ったら使うだろう!? お前、昔はあんなに自分のデスサイズを欲しがっていたじゃないか!?」

「昔はね」

 

 人は変わるものだ。

 良くも悪くも、悪くも良くも。

 ずっと同じでは——いられない。

 

 それは零崎問識にしたってそうで。

 背丈は伸び。

 声も大人び。

 名すら改めて。

 問識は、変わった。

 

 いつまでも、子供のままではいられない。

 

「今はもう、デスサイズなんて要らないよ」

 

 ()からもらった武器もあるしね、と、手元の爆発鎚を見せれば——墓石は、破顔した。

 

「わはははははっ!」

 

 大口を開けて。

 記憶の中の、それまでの仏頂面からは、とても想像できないくらい。

 下品に、粗野に、どこまでも純粋に——大笑いした。

 

「そうか。デスサイズなんて、要らないか」

 

 わはは、と。

 まだも笑いが収まらないようで、墓石は肩を振るわせ続ける。

 

「くっくっく……変わったなあ、お前は」

「変わったさ。よく言うだろう? 男子(だん死)三日会わざれば、ってやつだよ」

 

 両手を広げれば、墓石は「はっ」と鼻を鳴らす。

 

「全く……大きく育ちおってからに」

「まだ、立ったあなたを見下ろせるほどではないけれどね」

「はっ、お前が幾つになろうとも、見下ろされるほど安い男ではない」

 

 墓石は言って、机の引き出しを開ける。

 そこには、小さな酒瓶が入っている。

 

「受け取れ」

 

 ぽい、と。

 投げつけられたそれを、問識は慌てて掴み取る。

 

「なんだい、これ」

「デスサイズの代わり——とは、口が裂けても言えんがな。それなりの酒だ。いつかその兄とやらと、呑むが良いさ」

 

 墓石は言って、再び椅子の背もたれに深く背を預ける。

 

「……ま、ありがたくもらっておくよ」

「ああ、そうしろ」

 

 墓石は目を閉じて、呼吸を一つ。

 

「もうすぐ、死神界は崩れる」

「は?」

「もともと、そのつもりだったんだ」

 

 石凪は、古くなりすぎた。

 悔いるように、墓石は言う。

 

「他の死神たちには、すでに退避命令を出している。心配せずとも、調査室が終わると言うわけではない」

「いや別に、その心配はしてないけれど」

「石凪は、新しくなる必要がある。新世代の旗印は——そうさな。産石の娘が良いだろう」

 

 あいつには、そう伝えておけ。

 墓石は言うけれど、しかし問識はそれどころではない。

 

「こ、ここが崩れるってどう言う意味さ」

「文字通りだ。木っ端微塵よ。そこかしこに、爆弾が仕掛けてあってな。時間がくれば、全域が吹き飛ぶ」

 

 わはは、と呵々大笑。

 

「だから言っただろう? 来たら死ぬぞと」

 

 年寄りの警告を無視するとこうなるのだよ——墓石はにたにたと笑う。

 

「こ、このクソ親父——!」

「やっとらしい顔になったな、砥石——いや、問識か。はっ、お前とて、死にたくはなかろう。そら、命を拾いたければ、さっさと逃げろ」

 

 帰れ帰れ、なんて笑う墓石を強く睨みつけて、けれどそれ以上できることもなく、問識は背後を振り返った。

 

「言われなくても帰るとも。あいにくとあんたと心中(死んじゅう)死てやるつもりはないよ」

「私だって願い下げだ」

「だから——これで最後だ」

 

 問識は、背越しに言う。

 

「さようなら、お父様。あなたのことは寸分たりとも理解できなかったけれど——それでも、あなたのおかげで僕は育った」

「はっ——さようなら、息子よ。お前のことは寸分たりとも理解できなかったが、勝手にすくすくと育ちおって、憎らしい限りだ」

 

 せいぜい、幸せにでもなってしまえ——なんて。

 背中に受けたその言葉を最後に、彼らは別れた。

 

 それは一つの決別であり、二度とは戻らない決裂にして、同時にきっと、誰にでもごく当たり前に訪れる、取るに足らないありふれた、幼年期の終わりの、巣立ちの時だった。

 

 ◆   ◆

 

 六月某日。

 

 富士山地下およそ一キロ付近を震源として、微細な地震が巻き起こった。

 

 噴火の予兆ではないかとも騒がれたそれを、しかし専門家たちは否定。

 振動の波形は噴火の予兆などではなく、むしろ人工的な爆発が起きたに近いと発表し——けれど世間は、そちらの方をこそ荒唐無稽な珍説として否定した。

 なにせ、富士山の地下である。そんな場所で、誰が爆発など起こそうとするだろう?

 あるいは一部では、テロリストが富士山の噴火を誘発させようとして失敗したのだなどと、陰謀論じみた考察が盛んに行われたりもしたが——結局のところ。

 

 現在に至るまで、その原因は不明のままである。

 

               (第六問——正解)

                  (回答終了)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。