◆ ◆
怪談百面相。件の吸血鬼は、巷ではどうやらそんな風に噂されているらしい。
曰くにして。
それは怪奇を喰らう怪奇。
それは怪異を喰らう怪異。
それは怪談を喰らう怪談。
百の怪を束ねし王——怪談百面相……なんて。
随分とまあ、大仰な肩書きだ。
怪奇。怪異、怪談——百面相。
大仰だと言うのならば、それこそ解知だって『呪い名』の第三位という肩書きはありはするのだが、しかしいくら『呪い』とは言っても、正真正銘の呪いを扱うわけじゃあない。人知を超えた神秘を扱うわけじゃあない。あくまでも、解知たち——奇野解知たちの扱う技は、どう足掻いてもテクニックの領域のそれであり、マジックでもなければミラクルでもなく、ましてカースでもチャームでもない。あくまでも、『普通の世界』の狭い見識から見れば、それが魔法や呪術の類の
縋るにはあまりにか細い糸で、誇るにはあまりにか弱い児戯だ。
それがわかっていたからこそ、解知はまず無関係の人間に怪談百面相を襲わせた。
怪奇、怪異——怪談。
百の面を持つと言われる、怪物の中の怪物。
そんなものを捕らえようとするのなら、まず、それがどれほどの存在なのかを測るところから始めなくてはならない。
猛獣には、それに相応しい檻と鎖が必要だ。
では怪物には、どんな檻と鎖を用意すればいい?
怪奇には、怪異には、怪談には?
それを知るための第一歩が、つまり薬で操った一般人を嗾けることであり、それに対して怪談百面相がどのような怪物的対処をするのかがこそ、解知の知りたいことであったのだけれど——しかし。
意外にも。
怪談百面相は、嗾けた一般人に
刃物を持った、そこらの素人。
そんなものに、怪談百面相は普通に追い詰められていた。
ろくな反撃もできず、突き立てられるナイフに抵抗もせず。
怪談百面相は一般人に、負けそうになっていた。
何かの罠かと思った。
あるいは遊んでいるのか、とも。
もしくはいつかの昔に壊滅した伝説、裏切同盟の一員であったという『死吹』の異端が使ったとされる御業のように、自らダメージを負うことが何かのスキルの発動条件なのか、とも思った。
しかし、どれも違って。
怪談百面相はただ単純に、一般人に甚振られているだけだった。
理由は不明。理屈も不明。理解は不能。
少なくともわかるのは、怪談百面相は一般人に対して攻撃をすることが出来ない——少なくともする気がない、ということ。
そしてもう一つは、怪談百面相についての真偽不明な多くの前情報——そのうちの一つが、少なくとも真実ではあるということ。
曰くにして。
怪談百面相は——不死身の吸血鬼である。
その前情報は、真実であると証明された。
全身にナイフを突き立てられても、心臓を、肝臓を、膵臓を、肺臓を、眼球を、脳髄を、尽くに破壊されても、怪談百面相は死ななかった。
血を吐きながらも平然と、生き残っていた。
尋常の手段で、怪談百面相を殺すことは不可能だろう。
あるいは爆弾なんかで原型がなくなるほど吹き飛ばしたり、伝承に語られる通り白木の杭で心臓を刺したりすればまた違うのかもしれないけれど、ともかくとして。
少なくとも、普通の人間を殺すつもりでは、怪談百面相を殺せはしない。
それがわかった。
この二つの情報は、この上なく有益な収穫であり——そして損失は。
怪談百面相に——味方が付いてしまったことだ。
味方が。
「計算外……だよなぁ」
夜の闇の中。中空をホバリングするドローンのカメラ越しに現場を見ながら、遠く離れた部屋の中、解知は独語する。怪異と殺人鬼。二人の人でなしたちは、撒き散らした死体もそのままに、連れ立ってその場から離れていく。マイクも付いているが、声を拾える距離ではないから、そこにどんな会話があったのかはわからない。いくら静音性が高い専用のステルスドローンとは言え、仮にも不死身の怪異の、そして歴戦の殺人鬼の射程圏内には入りたくなかった。なるべく遠くから、それこそカメラの望遠機能を限界まで使って、ギリギリ人の像を捉えられるくらいの遠くから、解知のドローンは二人を観察していた。
用心のしすぎ、とは、思わない。むしろ不用心であるとさえ、解知は思う。不死身の怪異——そんなものを相手にするにあたっては。その隣に殺人鬼が現れてしまったのならば、なおさらに。
現れた殺人鬼は、おそらく戦争に新規参戦した二人の正体不明のうちの片割れだ。殺意の化身と呼ぶしかない、新たなる零崎。旧時代、『橙なる種』との激突で、殆ど壊滅したと伝わる零崎だけれど……新たな同胞を、いつの間にやら迎え入れていたらしい。この辺りが、『零崎一賊』を敵に回す厄介さの一つなのだろう。つまりは、どれだけ敵の戦力が減っているように見えても、突然、新たな『零崎』が覚醒し、盤面に躍り出る可能性がある。……血と教育によって、時間をかけて戦力を育てていくしかない他の『殺し名』とはその辺りが根本的に異なる。血ではなく流血によって繋がる一賊——血ではなく流血によって生まれる一賊。まったくもって、厄介だ。かつてにも、古くは『二十人目の地獄』の誕生がそうであったように……零崎一賊は壊滅しかけている時がこそ最も恐ろしい。追い詰めることが、そのもの血の昂りを高め、数を減らすことがこそ、そのもの血の濃度を高める。追い詰められている時にこそ、『零崎』の新たな殺人鬼は覚醒しやすく、またその『覚醒』の規模は高まりやすい。そういう意味で、今の零崎はある意味最盛期とも言えるのだ。
よりにもよって、敵対中の『零崎』の殺人鬼が、怪談百面相と接触してしまったのは最悪だった。結託されれば襲い難くなるという意味でも当然そうだし、もっと最悪なのは、つまりあの二人が仲違いをした時だ。
順当に、怪談百面相の側が勝利を収めるのならば良い。しかし……もし万が一、『零崎』の側が勝利を収めてしまったならば?
あまつさえ——怪談百面相を、『零崎』の殺人鬼が殺してしまったならば。
そうなれば、解知の目論見は全てパアだ。求めるのは、あくまでも生け取り……『
「あー……めんどくせぇ」
解知は頭を掻き乱す。つまり、なんだ? これから解知は、怪異と殺人鬼のタッグなんてものを独力で敵に回しつつも、それでいてその二人が反目し合わないようには調整し、その上で殺人鬼を出し抜いて怪異だけを生け取りにする……そんな面倒なことをしなければならない、と?
「——でも、それをやり遂げちゃうのが俺なんだよな」
言って、奇野解知は立ち上がる。
敵情視察は十分とは言えないが、しかしだからこそ、動かなくてはならない。
解知はポケットから、携帯電話を取り出した。電話帳から目的の番号を呼び出し、コール。
「——もしもし?」
夜はまだ、明けない。
◆ ◆
「ふぅん、なるほどね。完璧に理解死たよ。つまり君は一言で言うと性癖の化け物で、口では巨乳の女の子が好きと言いつつも実際には美乳スレンダーの同級生と付き合い、その一方で実の妹とも姦通死、さらには密かに幼女の奴隷までをも飼っているようなその性癖の混濁ぶりから、人々から恐れと共に『百面相』の名を授かったってわけだ」
「何一つとして理解できてねぇ」
まばらば客入りの、静謐な喫茶店の一角。テーブルを挟んで向かい合う殺人鬼——零崎問識に、怪談百面相こと阿良々木暦はそんな風に突っ込みを入れた。
「現代には存在すらも許されない歩くコンプラ違反だね。君が人間でなく『猥談』と死て語られているのも頷けるよ」
「頷けてたまるか。何が悲しくて人間やめて『猥談』なんかにならなきゃいけないんだよ。新横浜じゃあるまいし。『怪談』だ、『怪談』」
「まあ確かに、君の変態性はすでに怪談の域にあると言っても差死支えはないね」
「あるよ。あるある。全然ある」
「真夜中に出会うと死たら、お化けより変質者の方が怖い死」
「真夜中じゃなくても怖いよ、どっちも」
そしてそれで言うなら、僕はそのどっちよりも殺人鬼に出会う方が怖い。暦は言った。
「あとは熱いお茶も怖い?」
「オチをつけようとするんじゃないよ。その流れだと僕はお化けと変質者と殺人鬼を肴にお茶を楽しむ怪人物になっちゃうだろ」
「まあでも、大体状況的にはそんな感じだよね、今」
殺人鬼とお化け兼変質者withお茶、みたいな。
実際に飲んでいるのはお茶ではなくて、コーヒーなのだけれど。
「コーヒー怖いって言うと、なんだか子供みたいでちょっと可愛ら死さを感じるね。試しにランドセルでも背負ってみたらどうだい」
「お前はどれだけ僕に属性を後付けすれば気が済むんだよ」
暦は言って、しかし問識は視線を鋭くする。
「けれど、つまりはそういう『後付け』が必要だから、君は怪談になったんだろう?」
「……少なくとも、『そういう』ではねぇよ」
阿良々木暦——散々繰り返したその紹介も、けれど訂正が必要なのかもしれない。——元、と言う一文字を、その頭に飾るべきなのかもしれない。
阿良々木暦。かつて鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の眷属となり、ひとたび人を失い、そしてまた取り戻し、けれど全てをは取りこぼし——後遺症を引きずる羽目になった、非人間の吸血鬼もどき。
それが、彼の本来の『物語』におけるプロフィールだった。
「それを——逆利用された、ってとこなんだろうな」
かつて。
阿良々木暦は失った。
己の最も敬愛する、大恩ある友人を——
羽川翼を、失った。
いや。
失った、なんて表現は、失礼だ。
羽川翼は、別に阿良々木暦のものじゃなかったんだから。
だから多分、言うべきならば——損なった。
阿良々木暦は、損なったのだ。
羽川翼との人間関係を、損なった。
その結果として。
羽川翼は、貌のない狐に魅入られたのだ。
貌のない狐に魅入られ——連れ去られたのだ。
別の世界へ。
別の——物語へ。
「『
「ああ」
この世界とは——一つではない。
無数の世界は通常隔てられ、交わることがない。
しかし——
強い因果に纏わりつかれた
世界を越境し、交差する。
隔たる境を越えて。
差う二つが、交わる。
だからこそ。
だからこそ、阿良々木暦は
「
吸血鬼の弱点と言えば何を想像するだろう?
たとえば太陽。たとえば十字架。たとえば大蒜。たとえば聖水。
思い浮かぶ弱点は多いだろうけれど——その内の、マイナーな一つに。
吸血鬼は、流れる水を渡れない、という弱点が数えられる。
無論、マイナーな伝承はマイナーな伝承。もどきではない本物として、伝説の吸血鬼の眷属に成り果てていた阿良々木暦でさえ、流れる水に足を取られることはなかった。
なかった、が。
それでも、
他にも。
吸血鬼は、家主に許可を得ずに家を出入りできない、などという伝承もまた。語られることがある。
この二つを。
羽川翼は
「吸血鬼は——境界を越えられない」
外と内。
彼岸と此岸。
あちらとこちらの——境界を。
吸血鬼は、越えることができない怪異なのだ、と。
招かれてもいないのに。
羽川翼は。
吸血鬼という怪異を、そんな風に再定義した。
再定義して——吸血鬼である阿良々木暦を、呪った。
呪われた、彼は。
世界を越える手段を失った。
羽川翼を追う手段を、失った。
「
問識の言葉に、百面相は静かに頷く。
怪談百面相。
百の怪談を束ねた混沌。
百の怪奇を揃えた混迷。
百の怪異と番った混血。
怪談を暴き、怪奇を下し、怪異を解し——そうして、怪談を蒐集し。
己の面の一つに変えて、同化する、怪談現象。
そうやって、怪異としての側面を増やすことで、彼は『
それこそ、陽にあたってもちょっと肌が焼ける程度で済むくらいに。
十字架を押し付けられても、ピリピリするで済むくらいに。
大蒜を食べても。胸焼けするで済むくらいに。
聖水を呷っても、喉がつかえるで済むくらいに。
世界を渡っても——少し力が落ちるで済むくらいに。
己を薄めて、希釈したのだ。
「変態と死ての側面を増や死てまで」
「そんな側面を増やしてはいない」
「元からだった……と」
「お前はどれだけ僕に変態としての属性をこじつけたいんだよ」
「こじつけたい……っていうか、ね」
そう言って、問識は視線を横に向ける。
「証拠を見て死まうと、ねぇ」
「……あ、私のことですか?」
そんな風に言って、可愛らしく小首を傾げるのは、つまりその場にいた
コーヒーではなく、甘くミルキーなココアの入ったカップを手に持つ彼女の名は——
「怪談百面相が略取死ている、未成年の女児である……と」
「人聞きの悪いモノローグを入れようとするんじゃねぇ」
「そうですよ。私は阿良々木さんに略取されているわけではありません。むしろ、一心同体。阿良々木さんと、心身ともに合体しているのです」
「も死も死、ポリス?」
「殺人鬼が警察を呼ぶな!」
ツッコミに疲れてか、百面相ははあはあと肩で息をする。
「確かに僕は殺人鬼ではあるけれどね、はあはあ言いながら女子小学生と合体死ているような男を放置できるほど人情を捨てれてはいないんだよ」
「捨てれてないのは悪意をだろ。悪辣な偏向報道をしてくれやがって。違うから、合体っていうのは比喩表現とかじゃなく、文字通りの意味だから」
「余計に不味いんじゃないのかい?」
「
変な含みを見出すな——と彼は言った。
「含みどころかそのものずばりを理解できないんだけれどね。怪異と死ての合体ってのは、つまりどういう意味なんだい? まさかとは思うが、掛け声と共に変形死てってわけじゃあないだろう」
問識が尋ねれば、百面相は頭を掻く。
「合体っつーか、融合っつーか、ま、誤解を恐れずに言えば、僕は八九寺を——迷い牛を吸収したんだよ」
面の一つとして。
百の面の、一つとして。
怪談百面相は、迷い牛を取り込んだ。
「迷い牛——原義的には行き逢った相手を『帰れなくする』怪異でな……そう言う意味でも、相性は良かった。僕が別の世界を探査するに当たって、『うっかり元の世界に帰ってしまう』ってことも防げるし。そういうことで、僕は八九寺を取り込んでるんだよ」
「とは言っても、合意もなく食べられちゃったってわけではないですよ。詳しくは省きますが……始まりはとある『くらやみ』から逃れるために仕方なく、ってやつでしてね。むしろ、私の方が軒を貸してもらっている状態です」
なんて、八九寺真宵は肩を竦めた。
「な。合意なのは分かっただろ」
「合意の上、女子小学生を吸収死た、と」
「言っとくけど、女子小学生っつってもこいつ、僕より年上ではあるからな?」
享年を無視した実年齢ではあるけれど、なんて百面相は言う。
「そうなのかい?」
「ええ、こう見えて私は阿良々木さんよりお姉さんなんですよ」
「ふぅん、怪異ってのは複雑だね」
問識は特に気にした風もなく頷いた。
「ま、世の中には六百歳の吸血鬼だっていらっしゃいますからね。二十歳の幽霊程度、誤差みたいなものですよ」
「その理屈はよくわからないけれどね。ただの人間である僕からすれば、吸血鬼も幽霊も同じくらい現実味がないよ」
ましてや、そのどちらをも吸収している『怪談百面相』なんて存在も。と彼は続けた。
「ただま、現実味がないからと言って目の前の現実を無視はできない。事実として、君たちが『そう』であるのは、きっと確かなんだろうね」
姉を助けられた恩を持ち出すまでもなく。
この目で見たのだから、確かなのだろう——と彼は思う。
そう、あの時——正気を失った群衆に襲われる、怪談百面相を助け出した時。
怪談百面相の敵を——皆殺しにした時。
問識は確かに目撃している。
怪談百面相が——人間ならば確実に致命傷であろう傷を負った上で、それが瞬く間に治癒する様を。
その言い逃れのしようもない、常人が巻き起こすことは絶対的に不可能な、文字通りの怪奇現象を、問識は確かに目撃している。
だから——信じる。
信じるしか、ない。
「それで、貌のない狐、か」
問識は言う。
貌のない狐を探すこと——それこそが、無数の怪異によって希釈されていく怪談百面相を繋ぎ止める、唯一のアイデンティティ。
「ああ。何か知らないか?」
「残念だけれど、さっぱりだ。そもそも、僕は君たちを除けば、お化けなんてものには人生で一度死か出会ったことがないからね」
「一度は出会ったことがあるんだな……」
その経験について詳しく聞いてみたいような気もしたが、しかし今する話でもない。
「死か死まあ——自分を削って、世界を渡って、そうまで死て狐退治かい」
「恩人のためだ。苦でもないさ」
苦でもない、ね……。含みと共に、問識は言う。
「でもそれってさ、ちょっと行き過ぎているようにも思えるよね」
「何がだよ」
「君はその羽川って子のことを、『狐に魅入られた』なんて表現死てみせたけどさ、死か死逆だったならどうするんだい?」
「逆?」
「そう。だって——その女の子は、君に呪いをかけてまで世界を渡れなく死た——自分を追って来れなく死たんだろう? そんなの、明確な拒絶じゃないか。狐に魅入られたんじゃなくて、狐を体良く使っただけかも死れない。元いた世界から逃げるために」
あるいは君から、逃げるために。
なんて、問識は残酷を突きつける。
「君はまるでその狐の化け物が諸悪の根源みたいに語っているけれど、死か死根本的なきっかけは、君とその女の子の『仲違い』なんじゃないのかい? それを前提と死て考えるなら、君は振られた相手に未練がま死く縋っているストーカーもいいところじゃないか。それって、外野と死てはどこまで応援していい話なのか、結構困って死まうけれどね」
「なっ——!」
と、怒りの声を上げたのは、けれど怪談百面相ではなく、八九寺真宵の方だった。
「訂正してくださいよ問識さん。阿良々木さんは。羽川さんのためを思って、故郷に恋人を置いてきてまで過酷な旅に——」
「故郷に恋人を置いてきてまで、か。だったら尚更じゃないかい。故郷に恋人がいるのにも関わらず、仲違い死た女を追って過酷な旅? ちょっとそれって——どうか死てるよ」
人ならぬ殺人鬼でさえ、思うほどに。その行為は普通じゃない。普通じゃなくて、まともじゃない。正気じゃない。どう考えたって、狂気の沙汰だ。
でも、だけれど。
「そんなことはわかってるんだ」
わかってる。
普通じゃないことなんてわかってる。
まともじゃないことなんてわかってる。
正気じゃないことなんてわかってる。
それでも。
それでも——
「俺はあいつに……これ以上誰も殺して欲しくないんだよ」
だから。
これはただの、エゴだ。
羽川翼のため、なんかじゃ——ない。
ただ、納得できないというだけのこと。
羽川翼という少女が、選び取る結末が、あんなものであることが——許せない。
「ただそれだけのために、僕はあいつを追ってるんだ」
追いかけて。
今度こそ掴み損ねたあの手を、掴みたいんだ。
阿良々木暦は、そう語った。
「誰も殺死て欲死くない、ね」
それって、残酷だぜ。
殺人鬼は言う。殺人鬼にしか、言えないことを。
「それは、ただの押死付けだ。君だって、さっき痛感したばかりじゃないか? 殺さなければ殺される。そんなシチュエーションだってあること。殺さなければ生きていけない——そんなモチベーションだってあることを」
「わかってるさ」
わかってる。
そんなことはわかってる。
わかりきっている。
だが——それでも。
それでもその綺麗事を、彼は彼女に押し付けたかったのだ。
押し付けねば——ならなかったのだ。
「僕は、人殺しなんて——嫌いだ」
「そうかい」
「人を殺した奴は……人間じゃ、なくなる」
どれだけ、他で埋めたとしても。
自ら背負った負目は、消えない。
「……もう、人間を辞めたくせに、それでも?」
「ああ、それでも」
怪談百面相は、真っ直ぐに頷いた。
「……そうかい」
「だから」
だから——と阿良々木暦は言う。
「だからお前との行動も、ここまでだ。助けてくれたことは、ありがとう。でも、もう、これっきりにして欲しい」
「……人殺死とは、仲良くなれない、って?」
「仲良く……なれなくはないと思う。でも——仲良くしたくない」
「そりゃ——素晴ら死いね」
皮肉でなく。
心の底から、問識は言った。
この少年は。
少し、眩すぎる。
「だから、ここでお別れにしよう」
「——悪いけれど」
言って。
問識は先に、立ち上がる。
「そういうわけには、いかないみたいだ」
「……なんで——」
「君の身柄は、『奇野師団』に狙われている」
それは零崎一賊にとっての明確な敵であり——
そして。
「そんな敵に、君が利用されるようなことがあっては、困るんだ」
パワーバランスが。
崩れてしまっては——困る。
「君を殺して後顧の憂いを断つ、という選択肢もある。だが、姉を助けてもらった恩がある以上、その選択肢は僕の一存では決められない。せめて舞織姉さんの合意がなくちゃ」
「合意があったら殺すのか……?」
「そもそも、君は不死身だ死、どうやったら殺せるのかもわからない」
不安げな百面相を無視して、問識は言葉を続ける。
「だから、僕は家族のために、君を守ることにする。これは譲れない一線だ」
「おい、そんな勝手な——」
「
問識は。
決意と共に——言う。
「譲れない一線以外は、譲ることに死よう」
言って。
彼は背広の内側から取り出した
がしゃり、と。
音が立って、人殺しの凶器が顕現し——けれど。
その炉に火は、点かない。
「君が人殺死と仲良くできないと言うのなら——いいさ。僕は——君と共にいる間だけ、殺人鬼であることを、封印死よう」
「え、それって——」
「君の前では、人を殺さないと誓うよ——阿良々木くん」
呟く。
視線はすでに——店の外へ。
見れば——その向こうに。
明らかに正気とは思えない、まるで悪い薬にでも操られているかのような、不審な人影が集まりだしていて——
「行こう、百面相。全て峰打ちで、仕留めてみせるよ」
死からば、こんな零崎を始めるのも、たまには良いだろう。
かくして。
殺人鬼と怪異の同盟は、続く。
戦争もまた。
争奪も、また。
イシンノセカイ14、お疲れ様でした。
同人誌版「零崎問識の人間問答」、会場にてお買い上げ頂いた皆様、ありがとうございました。
次の更新ができる頃には、事後通販も開始できると思います。
同人誌版「零崎問識の人間問答」
カバー付き
208ページ
書き下ろしおまけ付き
また今回は表紙と挿絵を沃懸濾過(@loka_ikaku)さんが担当してくださっています。
濾過さんによる超絶美麗イラストと共に、小説をお楽しみいただけましたならば幸いです。
「狐猫社」BOOTH(https://konnyansha.booth.pm/)にて近日中に通販開始予定ですので、ショップのフォローなどなど、して頂けますと幸いです。