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「現在、石凪ではクーデターが巻き起こっていませう」
仙瓩おとふはそう切り出した。
「クーデター?」
問識は片眉を上げる。
新幹線はまだ、小倉を出たまま走り続けている。次の駅にも、辿り着いてはいない。
「ええ。石凪では近年、
仙瓩おとふの語るところによれば、現在、石凪調査室は内部で二つの勢力に分かれているという。
一つが、石凪調査室現室長、石凪墓石様率いる『墓石派』。
そしてもう一つが、石凪調査室の最大部門の一つ、審理課を中心とした反体制勢力、『審理派』。
両勢力は政治的信念の違いから、長らく水面下で合い争う状態だったものの、近年、その争いが激化。水面下では収まらなくなり——ついには先日、とうとう抗争状態に突入したのだ、という。
それゆえに現在、死神は死神同士で争いに忙しすぎて、おとふのような傭兵に仕事が回ってくるような状態になったのだ、とも。
「話が読めてきたね。それで、その
曲がりなりにも、零崎問識は——石凪砥石は、石凪墓石の血を引いてしまっている。
事実上石凪を追放された身といえど、墓石と敵対する派閥の人間から見れば、その息子というのは敵対勢力の一員に見えてしまうことだろう。
と、思ったのだけれど。
「いえ、違いませう」
おとふは首を振った。
「むしろ、逆でせうよ、砥石様。あなたの命を狙っているのは、あなたのお父上様であらせられる、石凪墓石様その人でせう」
あなたを狙っているのは、『墓石派』の死神たちでせう——と。
そんなことを、おとふは表情も変えずに宣った。
「……ちょっと待てよ、きみ。石凪墓石が僕の命を狙っているというのは、まあ、いいと死よう。少なくとも僕の命を守ろうと死ているだなんて言われるよりは、遥かに納得がいくことだ死ね。死か死だよ。きみは今さっき、何やらその石凪墓石が、僕のことを
「はい。確かに墓石様は心配していらっしゃいましたよ。
物は言いようにも程があるだろ。
少なくともさっき言われた時には、絶対にそんなニュアンスには取れなかった。大嘘もいいところだ。
「……というか、それならきみが僕の敵じゃないって言も、また大嘘ということになって死まうんじゃないかい」
砥石は白い目で言うけれど、おとふは首を振って見せる。
「いえいえ。わたくし、嘘とコーヒー豆はいったことがございません」
「紅茶派なんだね」
「いえ御煎茶派でございませうよ。……わたくしは確かに傭兵でせうし、またあなたの味方であるとも言いましたが、しかし
曰くして。
仙瓩おとふは、
「……それが、きみの言う『売り込み』だったわけか」
「ええ。それが上手くいったからこそ、わたくしは砥石様の味方としてこの場にいられるのでございませう」
おとふはやんわりと微笑んでみせる。見事な営業スマイルだ。白々しさしか感じない。
「……一応聞いておこうかな。きみの受けた、『達成不可能な
「それはもちろん、石凪砥石様の殺害でございませう」
それを聞いて、問識はわずかに目を細める。
「なぜ、それを達成不可能だと判断死たんだい」
「ほほ、意地悪をなさらないで下さないな。わたくしとて、前の座席の方のようにはなりたくないのでございませう」
流石に——気付かれるか。そりゃあそうだ。この至近距離で死体の気配に気付かないプレイヤーがいたのなら、三流以下もいいところ。
「それに、わたくしのようななんの後ろ盾も持たない傭兵が、
だから、鞍替えを決行せざるを得なかったのだ——と彼女は語る。
なるほど、確かに——彼女は
石凪砥石が、零崎問識と成り果てていることも。
そして、零崎一賊が
「まあ、そんな殺気だった視線を向けられると、わたくし、恐ろしくて堪りませんわ」
「案外
「ほほ、恐ろしい話でございませう。視線以外に何を向けられてしまうのでしょう。拳か刃かはたまた銃口か——それとも、デスサイズの切先でせうか?」
その一言に、問識は今度こそ気分を害したとばかりに舌打ちを一つする。
「『審理派』だかなんだか
それこそ——自分のデスサイズを持つことさえ、許されなかったくらいにね。
なんて、ほとんど自虐のように言う問識だったけれど、しかし。
「ほほ、またまた、
なんて。
問識の言葉を、おとふは
「石凪の死神ならば、誰もが知っていることだそうですよ。あなたがご自身のデスサイズを得られなかったのは——あなたのお父上様がその死神としての資質の高さを恐れたがゆえのことであるというお話は」
「は——?」
たとえばそれこそ、問識が警戒をしていたように、真横に座る仙瓩おとふが彼の命を狙う刺客だったのならば、今ほど仕掛けるに相応しい瞬間というものはなかっただろう。
そういう意味では、問識は間違いなく、目の前の彼女が刺客でなかったことに——刺客でなくなってくれたことに感謝するべきだった。それくらい、問識は致命的な隙を晒したし、致死的に警戒を忘れていた。
あんぐりと。
大口を開けて、固まっていた。
まるで素人のように。
まるで只人のように。
彼の兄が見れば怒るを超えて呆れるだろうほどに、呆然と、惚けていた。
だがそれも、本人からすれば仕方のないことだ。客観的には弁護の余地もないほどに、純粋な不用心であったけれど、しかしそんな隙を晒してしまうのも仕方がないほどに、その言葉は彼にとって、理解不能な言葉だったのだ。
だって、意味がわからない。
石凪砥石が、デスサイズを持てなかった理由が——よりにもよって、死神としての資質の高さ?
ちゃんちゃらおかしいにも程がある。
かつて故郷にいたその時、石凪砥石という少年は、死神としては間違いなく、
「
問識の意識の空白に差し込まれたのは、拳でも刃物でも銃弾でもなく——もちろん死神の鎌でもなく。
仙瓩おとふの言葉だった。
「あなたは死神としては落第であるとして、半ば追放に近い形で闇口への出向がなされました。しかし、それは不当な扱いであったのでせう」
墓石派にとっては、当然の処置であったとしても。
審理派にして見せれば、不当極まる冤罪だった。
「あなたは死神として、非常に高い資質を持っている。それこそ——石凪調査室の室長としてさえ、申し分ないほどに」
少なくとも審理派の死神たちは、そう考えているのでございませう。
おとふは淡々と言った。
「審理派の目的は、現在、石凪調査室の室長として
それゆえに。
それゆえに——だったのだ。全ては。
石凪墓石は、
全ては、
「……まさか本当に、巻き込まれただけだとはね」
深々とため息をついて——問識は額を抑えた。
それに呼応したわけではなかろうが、新幹線の車内にアナウンスが鳴り響く。『まもなく、徳山——徳山です』。減速が始まったのか、体に緩やかなGがかかる。
「事情は大体わかったよ。だからこそ——問い二だ、仙瓩おとふ。僕には嫌いなものが三つある。一つ目はつまらないジョーク。二つ目は家族の内輪揉め。さて、三つ目はなんだと思う?」
ヒントは今の状況だ——と。
問えば、おとふはくにゃりとその長い首を傾げた。
「ふむ、クイズでせうか? そうでせうね……たとえば、新幹線の匂いなど、いかがでしょうか?」
おとふの答えに、けれど返ったのは冷ややかな視線だった。
「残念、不正解だよ。それも好きじゃあないけどね。……正解は、『自分に関係ない面倒ごとに無理やり巻き込まれること』だ」
問識はにこりともせずに言う。
「そういうわけだ。きみには悪いけれど、僕は抜けさせて貰うよ。あいにくと、僕はもう石凪じゃあない。今の暮ら死が十分以上に気に入っていてね。今回の里帰りだって、石凪と死て返り咲きたいがためにってわけじゃなく、む死ろ、石凪のゴタゴタに巻き込まれず、今の生活を守るためにこそ、厄介ごとを片付けにいくつもりだったんだよ」
だからこそ、余計な面倒をこれ以上背負わされるのは勘弁だ。
問識は言って、肩をすくめた。
「
と。
列車が駅に停まろうとしているのをいいことに、席を立ちかけた問識だったけれど——しかし直後、その動きは止まることになる。
がしゃん、と。
音がしたのは、首元からだった。
「な——?」
問識は思わず、首元に手をやる。ネクタイの上、ちょうど喉仏を押さえつけるような窮屈な位置に——
手探りで確かめれば、それは硬質な、金属製の首輪のようで——
「不用意に触らないことをお勧めちませうよ、砥石様。なにせ、その首輪には——爆弾が仕込まれているのでせうから」
そんな声が、背後から掛かる。
「馬鹿な——」
なんて驚愕は、首輪に爆弾が仕込まれているだなんてド直球の爆弾発言に対してのそれではなく、より、単純に。
背後から聞こえたその声が、
いつのまに背後に回ったのだ——思いながら、反射的に真横に視線を向けるけれど、そこには。
「おや、わたくしに何か?」
なんて、やはり白々しい営業スマイルでそんなことを宣う仙瓩おとふが座るままで。
ならば、背後から聞こえた声は——
「そのまま振り返らずお聞きくださいませうようにお願いいたちませう。あたくち、仙瓩おあげと申します。そちらにいる、仙瓩おとふの
問識は歯噛みする。妹。仙瓩おとふの、妹——! 隣のおとふを警戒するあまり、前後への警戒が疎かになっていた——いや、そんな言葉は完全なる言い訳だ。
零崎問識は、いつのまにか背後に近づいていた仙瓩おあげの気配に、全くと言っていいほど気が付けなかった。
立ち上がるその瞬間まで、その席は完全なる空席だと思い込んだままだった。背後に対しては完全なる無警戒で、完全なる隙を晒したまま立ち上がってしまった。
それを——悔いる。
警戒して然るべきだった。
それこそ、火猟秋之にそう警告したように、一人では足りないと言うのなら——二人で。
仕事に取り掛かるのは、当然のことだと言うのに——
「ほほ、そう気落ちなさらずに、砥石様。わたくしの妹——おあげは、大層隠形が得意でしてね。肉親であるこの私でさえ、
その逸話は、彼の脳裏にある人物を思い浮かばせる。いやあるいは、思い浮かべようにも、その姿を知るわけではないから、思い浮かべることもできないのだけれど——しかし一つの逸話を、思い出す。
彼のかつての出向先。闇口衆の本拠地、大厄島で囁かれていた『伝説』の一つ。
闇口濡衣。
主以外にその姿を見たものはいないと言われる、闇口の中の闇口。
あるいは、世界の裏側にさえも
かの闇口濡衣は、主以外にはその声さえも聞かせなかったというが——しかしそれに匹敵する隠密スキルを、背後の仙瓩おあげが有しているというのならば——!
「かの『隠身の濡衣』様とお名前を並べ立てていただけることは光栄なことでございませうが、しかしあたくちの隠形は、そこまでのものではございまちぇんよ。どちらかといえば、あたくちの隠形は隠形というよりも、空間制作に近ちい技術でございませうちね」
そんなことを背後から聞かされるけれど、しかしそれで安心できることは一つとして存在しない。空間制作——それだって、かつて彼の下の兄から聞かされたことがある。ほんの僅かに、触り程度にではあったけれど——それもまた、『十三階段』にそのルーツを置く技術であったはずだ。危険度でいうならば、むしろ増している。
警戒の中、新幹線が駅に到着する。強い慣性が働いて、問識は思わず、立ち上がりかけた姿勢から逆戻りし、席に腰を戻すことになった。
「思い止まって頂き感謝いたしませう、砥石様。もしもそのまま列車を降りられておりましたら、わたくしたちの任務が達成不可能になるところでございました」
白々しくも胸を撫で下ろして、おとふはそんなことを言う。
乗客の乗り降りが発生し、にわかに車内が騒がしくなるも、それもすぐに落ち着く。
発車のアナウンスと共に慣性が働き、体がシートに押し付けられた。それはこれまでよりも強く、重く。
「妹の存在を伏していた失礼は、お詫びさせていただきませうよ、砥石様。しかし、先も言わせて頂きましたように、わたくしたちも霞を食べて生きているわけではないのでございませう。仕事を引き受けたからには、それを達成せねばなりません」
一方的に捲し立てるおとふ。腹の立つ限りだが——しかし、文句をつけるわけにもいかない。なにせ、今、問識の首元には——爆弾付きの首輪が嵌められているのだから。
「首元が気になるようでございませうね、砥石様。申し訳ございません。嵌める位置が悪かったようで、妹には後で言い聞かせておきませう」
「次は
傑作だ。下の兄の言を借りるのならばだが。
「こんな危ないおもちゃを使ってまで、僕に言うことを聞かせようとは、なかなか必死だね、仙瓩おとふ。あるいは、これも
「いえいえまさか。『何がなんでも連れてきてくれ』とは頼まれましたが、方法までは指定されていませんよ」
なのでその首輪に関しましては、あくまでわたくしたちの遊び心にてございませう——なんてどこまでもふざけた言。
「……僕の生殺与奪は、きみたちの思うがままと言うわけか」
「ほほ、そこまでではありませんよ、砥石様。いくら
「補助輪?」
「ええ。あなたに決まったレールを歩んでもらうための」
その首輪は、
仙瓩おとふは、満面の笑みでそう言った。
「補助輪、ね。ふん、言い得て妙じゃないか。あるいは素直に皮肉が効いていると言うべきかな」
言いながら、彼は首元をかく。
「富士山へ向かう限り爆発死ない
「まさしく、ご理解が早くて助かりませう」
これで、新幹線から降りると言う選択肢は無くなった。
富士山に向かっている、と言う情報を、どのような方法で取得しているのかはわからないし、富士山へ向かうことをやめる、と言う動作がどのレベルでそうカウントされるのかもわからない。
先ほど徳山で止まった時に爆発しなかったことから、少なくとも列車が駅に停まる程度は見逃してもらえるようだが——しかしたとえば新幹線から降りると言う行為が、どう見做されるかはわからない。最悪の場合、ホームに降りた瞬間ドカンと言うことだってありえる以上、このまま新幹線に乗って東へ——富士山の方へ向かう以外に、許される自由はないだろう。
「……僕はこの
「ええ、もちろんでございませうよ。そこまでタイトなシステムではございません」
最低限、富士山まで着かせる気はあると言うわけだ。……なかったら困るどころの騒ぎではないが、いずれにせよ。
これで問識の目的は絞られた。
(富士山に向かいながら——どうにか死て途中で、この首輪を外す)
あるいは。
(それが不可能なら——石凪を皆殺死にする死かないな)
そんな物騒なことを考えながら、彼は再び足を組む。
「
不本意であるが、しかし今この状況では、そう言う他にない。諦念と共に放たれた問識の言葉に、おとふは満足げに頷く。
「ありがとうございませう、砥石様。砥石様が目的地に辿り着くまで、わたくしたちはあなたの盾となり剣となり、万難を廃してあなたをお守りすることを誓わせていただきませう」
万難を廃して、ね。
人の首に爆弾をくくりつけておいて、よく言ったものだ。
問識は皮肉げに笑うが、しかしおとふは気にした様子もない。
「つきましては、早速、親睦を深めるためにも、一つ催しを共にさせて頂きたいのでせうが、いかがでしょうか?」
「催死? なんだい、ビンゴ大会でも開いてくれるのかな」
「ほほ、まさか。ここは新幹線でございませうよ。そんなことをしては、周りのお客様のご迷惑となってしまいませう」
あまりにも真っ当な正論に、思わず閉口する。
「……それじゃあ、何をするって言うんだい?」
問識が聞けば、おとふはにんまりと笑った。それは今度こそ、営業スマイルではない、血の通った笑みだった。
「それはもちろん——お祭りでせう」
「お祭り? おいおい、それこそ他の乗客の迷惑になるだろう」
「心配ご無用でせう。なにせ——今この車両にいる他の乗客十三名は、
突然のカミングアウトに——思わず、問識は身を強張らせる。
「ほほ。よろしければ、砥石様、共に上げませんか? 並み居る刺客を、血祭りに」
その誘いに——問識は、肩をすくめる。
「その提案には乗ってもいいけれど——一つ条件があるな」
「条件?」
「ああ。僕のことを、砥石様と呼ぶのはやめてもらおう」
——僕の名前は、零崎問識だ。
「……かしこまりました、問識様」
かくして——戦いが始まる。
それは先のうらぶれた神社の一角で行われたような、お遊び同然のそれではない、本物の——生き残るための戦いが。
殺人鬼、零崎問識。
傭兵、仙瓩おとふ。
隠密、仙瓩おあげ。
刺客、十三名。
以上、参戦者十六名。
思惑はそれぞれなれど、目的は一つ。
「死からば、零崎を始めよう」
すなわち殺戮。
血と死がこそ、誰もの望みだった。
(第二問——不正解)
(解答終了)
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