零崎問識の人間問答   作:忘旗かんばせ

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第三問『死人に口な死』1

 

 ◆   ◆

 

「——思ったより、早く済んだね」

 

 十三人の刺客を片付けるのには、大した時間を要しなかった。

 次の駅——広島に到着する前に、十分処理できる程度には。

 

 十三の死体を、最低限、巡回する車掌にバレないように、偽装工作を施しつつ椅子に座り直させながら、問識は呟いた。

 

「ほほ、『起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる』というやつでございませうね」

 

 同じく死体を椅子に収めながら、仙瓩おとふは言った。これらの死体のうち半分は彼女が作り出したそれであるわけだけれど、それだけの大立ち回りをしておきながら冗談を叩ける余裕があるのは、傭兵としての実力の証明と言えるだろう。事実、その真っ白な服には返り血どころか皺一つついてはいない。

 

 砥石は最後の死体を椅子に押し込めながら肩をすくめる。事後を見越して、血が流れないように殺しておいた自分を褒めてやりたかった。何も言わずともそれに合わせてくれたおとふを、素直に褒める気にはなれなかったが。

 

「それが通用すればいいんだけれどね。なんせ、十三人……十四人の寝坊助だ。どいつもこいつも疲れすぎじゃないかと思われたら一巻の終わりだよ」

 

 最悪のパターンは、死体を発見した車掌が警察に通報してしまうことだ。

 この新幹線が止まる、程度ならばまだ乗り換えるなどの対応策も取れるが、話が大きくなれば全線停止という可能性だって十分にある。そうなれば問識は富士山に向かう手段を失い、首輪も爆発。ジ・エンドだ。

 

刺客(死かく)は、これで全部だと考えていいのかい?」

「ほほ、まさか。その程度であれば、わざわざわたくしが派遣されることもなかったでしょう。おそらくこれからも、駅に止まるたびに刺客が乗り込んでくると考えていいかと」

「そんなことは百も承知(死ょうち)だよ。そうじゃなくて、つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、これで全員なのかと聞きたいのさ」

 

 あるいは。

 この車両の刺客は全て排除できたとしても、隣の車両なんかには、刺客が残っている可能性もあるんじゃないか——と思っての質問だったわけだけれど。

 

「妹が探り当てた範囲では、そうでせうね」

 

 との返事だった。

 無論、探り残しがある可能性はゼロではないわけだけれど、しかしあれだけの隠密スキルを持つ仙瓩おあげによる探索であると思えば、その可能性は低そうだ。

 ならば——

 

「別の車両(死ゃりょう)に移ろう」

 

 問識は提案した。

 

「流石に、死体だらけの車両(死ゃりょう)に居続けるわけにはいかない。生きている人間が僕たちだけとなれば、死体に気付かれた瞬間(死ゅんかん)、自動的に犯人判明だ。それに、刺客(死かく)を撹乱する意味でも、同じ場所(ば死ょ)に留まり続けるよりは移動死たほうがいいだろう死ね」

「それでちたら、あたくちはこの車両に残らせて貰いましょう。あたくちの隠密——空間作成を利用すれば、この車内に限れば、死体を隠し通すこともできませう。少なくとも、車掌に死体が見つかって列車が止まる——という最悪は防げるかと」

 

 背後からそんな声が聞こえて、問識は眉をあげた。

 

「そんなことができるなら、わざわざ死体を並べる必要もなかったね」

「いえいえ、空間制作は、決ちて魔法ではありまちぇんからね。そこにある死体を消し去ってちまえるわけではありまちぇん。あくまでも認識をずらちているだけでせうから、できる限り違和感が少なくなるように並べてもらっておいたほうが、露見する可能性を減らせるのでせうよ」

 

 寡聞にして、その手の分野には詳しくない問識だが、しかしそのように説明されれば納得もできる。

 

「それじゃあ、おあげちゃん。きみにはここの秘匿をお願い死ようか。僕たちは、別の車両(死ゃりょう)で、刺客(死かく)を迎え撃つと死よう」

 

 言って——問識とおとふは、連れ去って別の車両に向かった。

 進むは前方。前五両が自由席なのだ。指定席を勝手に陣取るよりは、リスクが少ない。切符の確認を求められたら終わりなわけだけれど……まあ、その時は席を間違えましたで乗り切ろう。

 そんなことを思って、彼らは三つ前の車両、五号車に移動した。

 

「時に、問識様」

 

 適当な空席——もちろん二人掛け席だ——に並んで腰掛けると、おとふはそんな風に切り出した。

 

「なんだい、おとふさん」

「ほほ、なぜ妹がちゃん付けで、わたくしはさん付けなのか、その差異の理由には大変興味が沸きませうが——それはとりあえず傍に置きまして」

 

 薄く微笑んで、おとふは言った。

 

「これは素朴な疑問と言いますか、少しばかりの好奇心から来る質問ですので、答えて頂かなくてもよろしいのでせうが——」

 

 なんて、前置きに前置きを重ねつつも、おとふは首を傾げてそれを問う。

 

「問識様はなぜ、零崎になられたのですか?」

 

 ◆   ◆

 

 振り返れば、過去。

 たとえばそれはまだ零崎問識が、その名を零崎問識と改めるよりも、ほんの少し前のこと。

 あるいは自らが、石凪砥石であることにこそ、疑問を、疑念を、疑惑を抱き——その名を捨て去った、直後のこと。

 つまりそれは、彼が石凪砥石でも零崎問識でもない、()()()()()()()であった時のことであり——同時に。

 彼が零崎軋識という一人の殺人鬼と、行動を共にしていた時期のことでもある。

 

「——しかし()()()も、相変わらずわけのわからんやつだな」

 

 喫茶店の一角。コーヒーを啜りながら、彼は呟く。

 高い背。細身。やや筋肉質な、引き締まったというよりも、引き絞られたと言った方がいいような、鍛えられた体つき。身に纏うのは、仕立ての良い、フォーマルな漆黒のスーツ。短い髪をオールバックに撫で付けて——緑色の、エメラルドのような瞳。

 

 零崎軋識、殺人鬼。

 

 かつては『愚神礼賛(シームレスバイアス)』の名で知られ、その通り名と同じ銘の、総鉛製の釘バットをこそ獲物としていたそうだけれど——それは今や失われて久しく。

 以前はトレードマークだったという麦わら帽子も、影も形もない。

 

「いきなり現れたかと思えば——『あんたの新しい兄弟だ』とかなんとか言って、いきなり人間一人を押し付けて行くとはよ」

 

 全く、俺は保育士じゃねーんだがな、なんて、彼はカップをソーサーに戻しながら言った。

 

「僕だって、保育されなければいけないような年齢ではないよ、軋識さん」

 

 そんな風に文句を付けたのは、テーブルを挟んだ向こう側。

 軋識と向かい合うように座っていた——白髪の少年。かつて石凪砥石であり、そして以後には零崎問識と名乗ることになる——この時点ではまだ、誰でもない少年だった。

 彼はその色のない瞳で、軋識を観察する。

 

(『ちゃっちゃちゃっちゃうるせー田舎っぽい大将』、って話だったけれど)

 

 その話し方も、ビジュアルも。

 

(どこがだよ、って感じだね)

 

 その前評判を聞かせてくれた、あるいは後に『下の兄』と呼ぶことになるとある少年の評価を内心で下げながら、彼は小さくため息を吐いた。

 

 実のところ、零崎軋識を評したその言葉は、少し前までなら完全に正しいそれであったと言えたのだけれど——しかし彼がその象徴であった釘バットを失った経験が、そしてもう一つの、ほんの些細なきっかけが——零崎軋識という男を、大きく変えていた。

 

 あるいは変えた、というよりも。

 解放した、というべきなのかもしれないけれど。

 

 いずれにせよ——その経緯を知らない、石凪砥石でも零崎問識でもない少年からしてみれば、後の『下の兄』が、自分を揶揄う目的で適当な嘘を吹き込んでいたという風にしか思えなかった。

 

 そんな内心の変遷を見抜くことなど出来ようもない軋識は、突然不自然に冷めた目をし始めた彼を訝しみつつも、話を続ける。

 

「……ま、人間としてはそうかもな。だが殺人鬼としては、お前は生まれたてもいいところだろうがよ」

 

 ちょっとくらい殺意の抑え方を覚えてから言うんだな——と、軋識は肩をすくめた。

 

「トキみたいに禁欲しろとまでは言わないが、しかし四六時中殺意を振り撒いてるってのも感心しない。……そりゃあ、『零崎』としちゃ、正しすぎるほどに正しいんだが——」

 

 しかし。

 

「今の状況では、ちとまずい。零崎が事実上、ほとんど滅んじまってるって状況じゃ——お前が『やらかした』時、フォロー出来るやつがいない」

 

 一言で言えば——

 

「危なっかしいんだよ、今のお前は。……それこそ、零崎としては死んだも同然で。プレイヤーとしても引退を決め込もうと思っていたこの俺が——それを撤回しようと思わざるを得ない程度にはな」

 

 ったく、本当はこういう役目は、レンの方が適任なんだがよ——なんて、時折呟かれる名前たちは、それを聞かされる少年には理解できなかったけれど。

 

 しかし、どうにも。

 目の前の男が、ひどく親切で面倒見のいい男であるということだけは、理解できた。

 理解できた上で——理解できない。

 それは——

 

「どう死て」

 

 少年は、呟く。

 

「どう死て軋識さんは——僕の、それこそ面倒を、背負い込もうとするんだい」

 

 知り合ってまだ、たかだか十日程度。

 見ず知らずの他人だとさえ、言っていい相手だ。

 そんな相手を、なぜ。

 なぜ、心配なんて、出来るのか。

 

「思い上がってんじゃねぇよ、ガキ。別に、俺はお前の面倒を背負い込んでやろうだなんて、そんなお節介はするつもりがない。むしろ、お前が面倒ごとを持ち込まないように、教育するつもりでいるんだよ」

「だからそこが、解せないんだ。面倒ごとを持ち込まないように、と言うのなら、それこそ、()()()()()()()()()()()()()、ずっと楽で早いじゃないか。わざわざ教育を施すとか、そんな面倒なことを死なくたってさ。もっと手っ取り早くて、楽で、早い、そんな素晴ら死い選択肢(せんたく死)が、あなたにはあるじゃあないか」

 

 だって、あなたは。

 

「あなたは、零崎なのだから」

 

 零崎なのだから。

 零崎一賊、なのだから。

 いわゆるこの世の裏社会——あるいは裏社会よりも、さらに下。深い闇の底に蔓延る、この世の深淵——『暴力の世界』。

 

 通常の論理など意味を成さず、尋常の倫理など意義を持たず、財力も権力も通じることのない、ただ暴力のみが唯一絶対の法則として君臨する世界においても、さらに『別格』として語られる、七つの名。

 

 匂宮、闇口、薄野、墓森、天吹、石凪、そして——零崎。

『殺し名』と呼ばれるそれら七つの人殺しの一族たちの中でも、唯一人を殺すことに理由を持たない——理由なく殺す『殺人鬼』である零崎。

 

 その数少ない生き残りである目の前の男にしてみれば、人など殺すことが当然で。

 むしろ殺さないことがこそ、不自然だ。

 

 だからこそ、少年はそう問うて見せたのだけれど——

 

()()()()()()()、だよ」

 

 お前を殺さないのは。

 俺が零崎だからこそ、だ——と。

 軋識はそんなことを言った。

 

「俺たちは理由なく人を殺す。逆に言えば、俺たちが殺すのは人だけだ」

 

 俺たちが殺すのは。

 殺せるのは。

 殺すことができるのは。

 人間だけだ、と、彼は語る。

 

「人ならぬ鬼は、殺せない」

 

 鬼は。

 殺人鬼は、殺せない。

 

「家族を殺す零崎なんて、この世のどこにもいやしねーよ」

 

 なんて、そんなことを。

 当たり前のことのように。

 火を見るより明らかな自明の理だとでも言いたげに、さらりと軽く言い放った軋識だけれど——しかし。

 

 問識にとっては、その言葉がこそ——胸に深く、突き刺さった。

 

(家族を殺す零崎なんて、いない、か)

 

 しかし、それでいうならどうなのだろう。

 自分は果たして、零崎なのだろうか。

 ここにいる自分は。

 石凪としての名を捨てた自分は。

 闇口からも逃げ出した自分は。

 ならば零崎であると、本当にそう言えるのだろうか。

 

(……彼ならば、どうなのかな)

 

 力でもなく技でもなく術でもなく運でもなく、ただ、家族愛によってのみ、彼を打ち倒して見せた、あの少年ならば。

 己がその背を——羨ましいと、そう思ってしまった少年は。

 今の誰でもない少年を、なんと評するのだろうか。

 

(僕は……)

 

 じっと。

 眼前の、エメラルドの瞳を、見つめる。

 

(僕は本当に、零崎なんだろうか?)

 

 絶えないままの、疑問を抱いて。

 零崎軋識を、見つめ続ける。

 今だって——

 

(僕は結構——あなたを殺死てみたいのに)

 

 石凪砥石でもなく、零崎問識でもない。

 誰でもない少年は、未だ大人でもなく。

 その問いにはまだ、答えが出せないままだった。

 

 ◆   ◆

 

『まもなく、広島、広島です』

 

 沈黙を切り裂いたのは、車内アナウンスだった。同時に列車の減速が始まり、やがて止まる。

 

「出過ぎた真似を致しました」

 

 問識の無言をどう捉えたのだろう、おとふはそんな風に言って頭を下げる。質問は取り下げ、ということらしい。

 

 別段——答えられない問いではないはずだ。

 零崎に()()ことに、理由なんてものはない。

 それがあるのなら、それこそ、零崎とは言えない。

 ある意味では、生まれた時から、そう()()ことが決定づけられているのが、零崎という種族である。

 

 殺し名七名の他の一族のように、零崎は血縁関係で増えるというわけではない。

 血ではなく流血によって繋がる一族。

 そんな風にも呼ばれるように、零崎というものはある日突然、()()()()ものなのだ。

 

 血のつながりなどなく、縁のつながりなどなく、理由も理屈も理解も何一つないままに——突然にして、()()

 それまでは普通の、あるいは普通でないにしても、()()()()()()()()何者かが、零崎へと、成り果てる。

 それがこそ、零崎の増殖のメカニズムである。

 

 繁殖ではなく、増殖。

 誕生ではなく、新生。

 

 まるで突然変異のように。

 人間という種族の内側から、鬼が、生まれ出る。

 

 だから問識の()()()にしたって、理由なんてものは一つもない。

 

 気が付けば、彼は零崎だった。

 零崎として、目覚めていた。

 

 気が付けば。

 

 気が付けば——だ。

 

(僕は……)

 

 緩やかに減速していく、窓の外の景色の流れを見つめながら、思う。

 

(果たしていつ、零崎に()()()と言えるのだろうか)

 

 思えば——ずっと昔からそうであったようにも思う。

 あの大厄島で、下の兄と初めて出会うよりも、ずっと前から。

 問識には——砥石には。

 殺意があって。

 殺意があって。

 殺意があって——

 殺意しか、なかった。

 

(理由なく人を殺す、ということ)

 

 理由なく人を殺せる、ということ。

 それが、それだけが零崎一賊に迎え入れられる条件——

 

(——では、ない)

 

 零崎の、もう一つの特性。

 それは——家族愛。

 あれだけ——零崎()()()()()下の方の兄にしてみたって、それは確かに、持っていた。

 羨ましいくらい。

 憎らしいくらい。

 恨めしいくらい、持っていた。

 だからこそ。

 

(僕は)

 

 零崎問識は。

 己自身でさえ悍ましくなるほどの殺意を抱えた、この零崎問識は。

 果たして本当に、零崎に()()()と、胸を張ってそう言えるのだろうか——

 なんて。

 

「問識様——」

 

 そんなことを考えているうちに。

 動き出した列車の中——おとふが囁く。

 車内は、自由席ということもあってだろう、少し人が増えていた。

 あるいは。

 彼らの前の席にも、座る誰かがいて——

 

「——お客様です」

 

 そんな言葉と、前の座席が回転するの、どちらが速かっただろう。

 ぐるりと、百八十度。回転した座席に座っていたのは、死体——

 

(なんてわけがない)

 

 それは元の席だったらの話だ。

 回転した座席には、マナー違反にも、二つ分の座席の真ん中を占領して座る、一人の少女がいた。

 

「や、はじめまして——」

 

 せせら笑うような口調。甲高い声で、少女は言った。

 

 新幹線にはいささか場違いなビーチサンダル。生足に、座っている姿勢では内側が見えそうなほど短いミニスカート。上半身は、薄紅色のノースリーブパーカー。全面のチャックを閉じ切ったそれの下には、ぱっと見、何も着ていないように見える。

 髪型はサイドテール。白色のシュシュによって結ばれたそれは可愛らしく——異様なのは。

 

 その顔面を覆う——髑髏の面だった。

 

 戯画化されたそれではない、現実の頭蓋骨を平面化したような、リアルなそれ。顔の全面を覆うそれを——少女はゆっくりと、剥ぎ取った。

 

「——()()()()()()()()()()()

 

 内側から現れたのは、あどけない。

 いっそ童女と言ってさえいいだろう、贔屓目にみても中学生くらいの、幼い顔つきで——けれど。

 彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「——赭石(しゃせき)、ちゃん」

 

 零崎問識は、彼女のことを知っている。

 あるいは——()()()()()、彼女のことを知っている。

 彼女の年齢が、幼く見えても、己と同じであることも。

 彼女の名前が、()()()()()()()()()()

 彼女の未来が、石凪の()()()()()()()()()()

 かつて、()()()()()()()()()()問識は——知り及んでいる。

 

「あは、まだちゃん付けで呼んでくれるんだ、嬉しいねぇ」

 

 なんて——べろりと舌舐めずりをしながら、彼女は笑顔を浮かべる。

 

「ねえ、砥石くん。一つお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな」

 

 見惚れるような、無邪気な笑みで、彼女は言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 零崎なんてやめて——石凪に戻ってきなよ、砥石くん。

 

 浮かぶ笑みは、かつて見たそれとまるで同じで。

 だから零崎問識は、己が何者であるのかを、ほんの一瞬、忘れそうになった。

 





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