零崎問識の人間問答   作:忘旗かんばせ

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第三問『死人に口な死』2

 

 ◆   ◆

 

「——酷くやられたもんだねぇ、砥石くん」

 

 にたにたと笑いながら、石凪赭石は言った。

 

 それは彼女がまだ、見た目通りの年齢だった頃。

 零崎問識が、まだ石凪砥石としか呼ばれておらず——その背だって今よりもだいぶと小さかった頃。

 富士山地下の、異界——死神界がこそ、彼らの世界の全てだった頃。

 

 古い記憶の、中のこと。

 

 陽光なき地下都市、死神界。火山ガスを利用したガス灯ばかりが唯一の光源である、日本の象徴とも言える山の地下にありながら、どこか異国情緒漂う——異界情緒漂う、その場所。

 

 石畳の街路。張り巡らされた真鍮のパイプライン。回る歯車。閉ざされた天蓋。それを支える、円柱状のビル群。

 

 その隙間にある、小さな公園で——石凪砥石は、手を洗っていた。

 

 じゃばじゃばと。真鍮の蛇口から流れ出る水を使って——血を、洗い流す。

 

 返り血ではない。己の手の、腕の——全身の。

 傷口という傷口から滲む血を、洗い流す。

 

「別に」

 

 きゅ、と。

 蛇口の栓を捻って水を止め、振り向きながら、砥石は言った。

 

「酷くやられた、ということはない。こんなもの、いつも通りだよ」

 

 いつも通り。

 石凪砥石はいつも通り、ボロボロだった。

 いつも通り傷つけられて、いつも通り痛めつけられて、いつも通り——死にかけていた。

 まるでそれが当たり前の日常であるかのように。

 

「お父様に稽古を付けて頂いた時は、いつも、こんなものだ」

 

 石凪砥石は——己の父親に、殺されかけていた。

 

「僕は、きみと違って出来損ないの死神だからね。それこそ——デスサイズだって持てないくらいに」

 

 持たせられないくらいに。

 持たせてもらえないくらいに。

 死神としては、落ちこぼれ。

 落第であり、落伍者。

 それが石凪砥石という少年の、少なくとも現状での、評価だった。

 

「だからまあ、人一倍、過酷な鍛錬が必要、ということなんだろう」

 

 死神になるためには。

 死神として、一人前になるためには。

 このくらいの過酷さは、必要経費というやつなのだろう。

 石凪砥石は、そんな風に言った。

 内心がどうであったかは分からずとも。

 少なくとも表面上は、そんな風に納得していた。

 納得しているように、見せていた。

 

「……鍛錬、って言うんなら、終わった後には手当てくらいしてあげてほしいところだけれど」

「そこまでは望めないさ。お父様は、お忙死い方だ」

 

 直々に稽古を付けて頂けるだけ、ありがたいことさ。

 肩を竦める。少年らしくない、大人びた所作。

 

 あるいは。

 子供らしさを奪われた、と、そんな風に言ってもいいのかもしれないけれど、いずれにせよ。

 

 石凪砥石は、まだ知らない。

 日の光なき、この地下都市以外の世界を。

 血の繋がった両親以外の、家族というものを。

 石凪砥石は、未だ——知らないままだ。

 

 だから、この時の砥石にはまだ分からない。

 石凪赭石の視線に籠る、感情も。

 彼女の内心も——わからない。

 

 ただ、なんとなく。

 自分が傷付いている時に、この少女はよく寄ってくるな、くらいの法則性には——気付いていた。

 

 それは逆説的に言えば、石凪砥石が元気な時(そんな時は滅多にないのだが)には、近づいて来ないという意味で——

 

 それは。

 

(助かる、よね)

 

 砥石は思う。

 

 傷付いていれば。

 痛んでいれば。

 疲れていれば——砥石は、何もできない。

 体も満足に動かないこの状況なら——済む。

 目の前の少女を、殺さずに、済む。

 

「手当て、してあげようか?」

 

 そんなことを、赭石はいつも問うけれど、しかし。

 

「いらないよ」

 

 いらない、と。

 砥石はいつだって、同じように拒絶する。

 

 手当てなんて、されてまえば。

 体が満足に動くようになってしまえば。

 自分はきっと、目の前の少女を殺してしまうだろう。

 殺そうと、してしまうだろう。

 

(それは、良くない)

 

 良くないことだ、と。

 砥石はそう思う。

 そう思うように、教育されている。

 

 死神として。

 生きているべきでない者以外を殺すことは、御法度だ。

 

 死神とは、法則。

 死すべき定めのものに、死を与える。

 そんな法則。

 

 人ではなく——神と、そう呼ばれるのには、理由があって。

 その理由から背くことは、許されない。

 

 石凪は、人ではない。

 人ではなくとも、鬼でもない。

 石凪はあくまでも、確固たる理由とともに人に死を与える死神であって——

 

 決して。

 

 理由なく人を殺す、殺人鬼では、ないのだから。

 

(——もっとも)

 

 砥石は内心、自嘲する。

 

(死神と死ては、()()で死かないこの僕が——どこまで死神ら死くなれるかは、分からないけれどね)

 

 石凪砥石。死神の父と——死配人の母の間に生まれた、ハーフ。

 死神として出来損ないなのも、きっと、当然なのだろうと思う。

 

「ねえ、赭石ちゃん」

「なあに、砥石くん。やっぱり、手当てを受ける気になった?」

「いいや、そんな気には、多分一生ならないよ。そうじゃなくてさ——」

 

 少死、聞きたいことがあるんだけれど。と、砥石は言う。

 風も吹かぬ、地下の異界。公園に生える木は、見かけばかりの人工植物。

 わざとらしい緑が、ガス灯の灯りを鈍く反射する。

 

「僕たちは——なんて一丁前に言えるほど、僕は死神ら死い死神というわけではないけれど、死か死少なくともきみはすでに、死神と死て十分以上の実力を——()()()()()を備えているわけじゃないか」

 

 あるいは、死神と死ての()()を。

 その身に備えているわけじゃないか。

 

「私だって別に、そこまでちゃんとした死神かって言われると、微妙なところだとは思うけれど」

「よく言うよ。石凪の次期エースがさ」

 

 石凪赭石。石凪調査室が誇る、若手のホープ。この若さ——いっそ幼さとさえ言っていい年齢で、次期室長候補とさえ囁かれる、圧倒的な実力。その手に持つ真紅のデスサイズがこそ、その証明。

 

 本来ならば彼女は、自分のような出来損ないの死神もどきとつるんでいていいような立場の死神ではない——と、砥石は思う。

 

「……まあ、少なくとも死神として現場に出ている期間で言えば、砥石くんよりは長いかもね」

 

 赭石は控えめに肯首した。

 その様子を見て、砥石は続ける。

 質問を。

 疑問を。

 発問を——続ける。

 

「そんなきみに問いたいんだけれどさ、死神にとっての、殺すべき相手ってのは——()()()()()()()()()()()()って奴は、一体どんな人間なんだい?」

 

 生きているべきでないから殺す——死神。

 石凪調査室を語る時、必ずと言っていいほど用いられる枕詞にして、石凪調査室を——死神という概念を、これ以上なく端的に表した言葉。

 で、あるのだけれど。

 

 けれど——しかし。

 真実のところ、それはどういう意味なのだろう。

 生きているべきでない人間——それは一体、どんな存在なのだろう。

 どんな存在がこそ——生きているべきでないと定義されるのだろう?

 

 石凪砥石にはその辺りが今ひとつ、理解できない。

 死神としては出来損ないの、砥石には。

 人間なんて——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて。

 そんな風にさえ、思えてしまって。

 だからむしろ、聞きたかったのは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 そんな質問だったのかもしれないけれど——

 しかし口に出されなかったその疑問は、闇に溶け消える以外に道はなく。

 赭石はうーんと首を傾げる。

 

「それこそ、死神としての性質、としか言いようがないんじゃないかな。なんとなく——この人は、生きていてはいけない、と感じる。そんな違和感。あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな不和感。あるべきものが、あるべき形になっていない。そんな齟齬感。それを感じる相手が——私たちが、()()()()()()()()()()()、なんだと思う」

 

 死なせてあげるべき相手、か。

 その言葉のチョイスが、すでに、()()と感じる。

 砥石にとって。

 人はどこまで行っても、殺すものであって。

 死なせてあげる、なんて、そんな穏やかな考え方は、どうしようもなく、出来ない。

 

「……それはたとえば、延命措置を受けている老人みたいなものを想像すればいいのかな。誰がどう考えたってとっくに寿命で、意識(い死き)だってとっくに消え失せていて、命と死てはもう尽きている方が自然(死ぜん)であって、だのにまだ、機械なんかの力で無理やり生かされているような。そんな状態の相手を、生きているべきでないと……死んでいて(死か)るべきであると定義する。そんなイメージであっているのかな」

 

 砥石が言えば、赭石は薄く苦笑う。

 

「なかなか極端な喩えだけれど、まあ、間違ってはいないと思うよ。ただし、そこでいう寿命は、なんていうかそういう、生物学的な寿命ではないかな。もっと概念的な——観念的な。あるいは精神的なそれ、とさえ言ってしまってもいいのかもしれない。私的には、()()寿()()ってイメージだね。もうとっくにそれが尽きていて、死んでいて当然のはずなのに、まだ生きている。生きて、しまっている。肉体に、というよりも、()()()()()()()()()()()()()()()、まだ続いてしまっている——終わり損ねている。そんな存在が、うん。()()()()()()()()()()()、なのかな」

 

 言葉にすることで自分自身納得したようで、赭石は頷く。

 

「一度、()()()()()()()()()を見たことがあるよ」

 

 少し前、神戸に仕事に行った時に、ちょっとすれ違っただけだけれどね——なんて、彼女は言う。

 

「青い髪の、女の子だった」

 

 青い。

 青い。

 どこまでも青い、髪の。

 どうしようもなく青い髪の、女の子で。

 彼女は。

 

「生まれてきたことが間違いみたいな、そんな女の子だった」

 

 思い出すように、遠い目で言う。

 

「……その子、殺死たの?」

「まさか」

 

 彼女はとんでもないと言いたげに、肩をすくめた。

 

「私には、あそこまでの存在を殺すのは無理だよ。関わるのだって恐ろしい。砥石くんのお父さん——室長でやっと、可能性があるかもってところじゃないかな。それにしたって——()()()がいなければ、って感じだね」

「隣の子?」

「うん。その女の子の隣にいた、男の子。あれもまた、すごい子だったなぁ」

 

 むしろ。

 青い髪の女の子よりも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——

 

「でも」

 

 そんな風に、感じるのに。

 赭石の本能が、神経が、魂が。

 その存在をどうしようもなく間違っていると、そう感じるのに。

 それなのに——

 

「何も感じないんだよ」

 

 死神としての、性は。

 その少年から、何も感じられなかった。

 まるでそこに存在しながら、存在していないかのように。

 いや、むしろ——

 存在しなくなったのは、()()()()()()()()()——

 

「あるいはああ言うのを——最悪、って言うのかもね」

 

 最悪。

 最弱。

 災厄。

 

 この世でもっとも弱く、それゆえに最強すらをも無意味に変える。

 

 神をさえ。

 ただの人に引き摺り下ろす。

 

「生まれて初めて——死ぬかと思った」

 

 すれ違った、だけ。

 それだけだと言うのに、自らの終わりを悟りかけた。

 もしも、あるいは一言でも、話し掛けでもしていたら。

 いや、目の一つでも、あっていたなら。

 

 間違いなく、()()()()()()と、そう感じる。

 

「そんな存在も、この世にはいる」

 

 だから砥石くんも、気を付けてね、なんて——いつのまにか、質問の答えからは随分遠ざかった場所に話がたどり着いて。

 

 けれど砥石は、ぼんやりと思った。

 死神でさえ()()()()()、そんな存在が、もしもこの世にいるのなら。

 

 自分はそれに、会ってみたい。

 

(僕は)

 

 ビルとビルの隙間。仄暗い公園の中心で、砥石は思う。

 

(僕は本当は、死にたいのかもしれない)

 

 胸の内に溢れかえる、殺意の衝動。

 人間という人間を、殺し尽くしたいという本能。

 それの向く先は、決して、()()()()()()()()()()()()()()——

 

 石凪砥石は、まだ。

 幼く脆い、子供だった。

 

 ◆   ◆

 

「……人生のパートナーを探死ているのなら、結婚相談所に向かうべきじゃないかい」

「死神の縁結びをしてくれるような結婚相談所なんてあるわけないでしょ」

 

 新幹線は走り続けている。

 かなえ四十四号、五号車。自由席。ボックス状になった、四つのシート。

 向かい合うは三種三人。死神、傭兵、殺人鬼。

 窓の外に流れる景色も、今は見つめる余裕もなく。

 零崎問識は、眼前の死神少女——石凪赭石にこそ、その意識を集中させていた。

 

無手(む死ゅ)、か)

 

 赭石の手に、デスサイズはない。新幹線というステージでは、当たり前の選択だろう。

 だろう、けれど。

 

(それは、僕の優位を意味死ない)

 

 石凪赭石。彼女が石凪の次期エース()()であったのは、今は昔の話。

 問識が——砥石が、闇口に売り渡される直前には、もうすでに、エースの看板を背負い、次期室長の座を確固たるものにしていたのが、目の前の彼女だ。

 

 武器もなく、徒手空拳であるのは両者同一のことであるけれど。

 仮に、問識だけが一方的に武器を持っていたとしても、彼女には勝てないだろうと思う。

 それくらいに、目の前の彼女の実力は高い。

 

 高い、が。

 

(それでも)

 

 殺そうと思えば——殺せる。

 勝てなくても。

 負けるにしても。

 殺すだけならば、できる。

 問識はそう確信する。

 彼はゆっくりと拳を握り——

 

「待って待って、どーしてバトる雰囲気になってるのさ」

 

 両手のひらを前に突き出して、赭石は言う。

 

「私、別に砥石くんを殺しに来たってわけじゃないよ? むしろ今だって、この新幹線に乗る時に、同時に乗り込もうとしてた他の刺客、私が片付けて来たんだよ?」

 

 ちょっとは感謝して欲しいよねぇ、なんて彼女は言うけれど、問識はそれを無視した。

 

「ほら、私、言ったよね? 問識くんには、私と結婚して——」

「石凪の室長になって欲しい、って?」

「そう、その通り」

 

 赭石はうんうんと頷くけれど、しかし問識の表情は晴れない。

 

「僕を室長に死たい——ということは、きみはいわゆる、『審理派』ってことでいいのかい? 隣の傭兵の(やと)(ぬ死)の?」

「うーん、それはちょっと違うかな。おとふさんと個人的な親交はあるけれどね。今回は、雇い主ってわけでもない。むしろ——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って感じかな」

 

 だからこそ、その恩に免じて、今も()()()()()()()()()()面会させてもらってる感じ——と彼女は言った。

 それはつまり——

 

「きみは、『墓石派』ってことかい」

 

 問識は視線を鋭くするけれど、赭石は特に態度を変えることもなく、平然と頷く。

 

「その派閥名はまーったく好きじゃないけれど、政治的な立場としてはそうなるね」

「死か死きみは——僕を室長に死ようと死ている」

「私と結婚した上で、ね」

 

 赭石はイタズラっぽく微笑むが、好感は微塵も抱けなかった。

 

「それになんの意味があるのかは知らないけれど、しかし矛盾死ていないかい。きみの主張(死ゅちょう)と政治的立場は」

「しているね。ま、『墓石派』も一枚岩はないってことだよ」

 

 特に私は、墓石さんとはあんまり仲良くないしねぇ、なんて彼女はさらりと言う。

 

「ふぅん? 次期室長筆頭候補だろう、きみは。それならてっきり、あの男との仲も良好なものだと思っていたけれど」

「あはは、むしろ、次期室長だからこそ、かな。政治的な信条が全く同じなんだったら、代替わりする意味もないよね、ってこと」

 

 どうやら彼女の立場というものも、なかなか複雑なものであるらしい。

 これが政治、というやつか。立場的に、問識には縁がなかったそれを、彼女は存分に遂行しているらしい。

 

「私としては、墓石さんには立場を退いて欲しいと思ってる。()()()()()()()()()()()()()()()なんだよね」

「それなら、きみがさっさとクーデターを起こ死て権力を握って死まえばいいじゃないか」

「私のことを過大評価しすぎー、それができるほど強くないよ、私って。……仮に私がクーデターを起こせば、まあ墓石さんを蟄居させるまでは行けるかもね。でも、できるのはそこまで。戦略ゲームじゃないからねぇ。トップを倒せば下が自動的に仲間になる、なんてことはないわけさ。旧墓石派をまとめようとしている間に、審理派に蚕食されてジ・エンドだよ」

 

 それを避けるために、便宜上、彼女は石凪墓石と協調路線をとっているらしい。

 

「でも、墓石さんが勝っちゃうのも、私としては望ましくないんだよねぇ」

 

 だから——折衷案だ。

 

「墓石さんの後継者として、ではなく、()()婿()()()()、砥石くんに戻ってきてもらう——それができれば、ベストなんだよ」

 

 彼女は語る。

 現状、審理派は現室長の墓石を廃し、石凪砥石を新たな室長として擁立することを目論んでいる。

 これは別段、砥石を室長として崇め奉ろうというわけではなく——擁立した砥石を、()()()()()()()()()()()なのである。

 

「きみの首に爆弾括りつけてまで連れてこようってほどだしねぇ。向こうも必死なんだよ」

 

 彼女はやれやれとため息を吐く。

 

「だからこそ、私は砥石くんと結婚したいんだ」

 

 室長・石凪砥石の権力基盤を、()()()()()()()()()()()()()()

 それにより、傀儡化を防ぎつつ、墓石を廃すという目的自体は達成できる。その上——

 

「審理派は名目上、きみを『正統後継者』なんて喧伝してくれちゃってるからねぇ。末端としては、それを信じ込んでいる。砥石くんが室長の座に着くのなら、文句は言いづらいのさ」

 

 散々後継者ともてはやしておいて、いざ実際にその座についてから、傀儡に出来そうにないのでやっぱなしで——なんて言い出せば、下が付いてこないというわけだ。

 

「そして、きみが旗印になってくれれば旧墓石派もまとめやすくなる。なんだかんだ、墓石さんがきみを最大限に警戒して、あまつさえ殺そうとしているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()、なわけだからね。君を蔑んでいた、愚かな旧墓石派にとっても——本音のところでは、きみは()()()に見えるんだよ」

 

 それが——目の前の彼女が、問識に結婚を申し込むなんて突拍子もないことをしでかした理由の全てというわけだった。

 

「もちろん、私はきみをただのお飾りになんてするつもりはないよ。完全に暴走するようなら流石に止めるけれど、そうじゃないなら、実権は全て開け渡す。私は妻として奥ゆかしく、三歩下がってきみを支えるとしよう。悪くない話じゃない? 零崎をやめて石凪に戻るだけで、きみは石凪の最高権力と、石凪の最高の女を同時に手に入れることができるんだ」

 

 赭石は冗談めかして言うが、その目は本気だった。彼女は本気で——目的を達成できるなら、問識に実権を渡していいと、どう考えているらしい。

 

 一通り、彼女の主張を聞いた上で、問識は答えを出した。

 

「——冗談じゃないね。そんな提案、とてもじゃ無いが受け入れられないな」

「なんで? 私こう見えて、結構尽くすタイプだよ? あ、それとも、ロリ体型が嫌いとか?」

「好みのタイプについては黙秘させてもらうよ。元とはいえ、幼馴染に聞かせたいような話ではない死ね。一番の問題はそこじゃなくて、()()()()()()()()()()()、ってところさ」

 

 問識は視線鋭く赭石を見つめる。

 

「きみはさっきから僕のことを砥石くん砥石くん、と呼んでくれるけれどね。その名前は僕にとって、とっくの(むか死)に捨てた名前なんだよ。今更拾い直そうだなんては思えない位にね。今の僕の名前は零崎問識だ。それ以外に、名乗る名を持つつもりはないんだよ」

 

 一通り捲し立てて、砥石は首を振る。

 明確な拒絶のジェスチャー。それを示したつもりだが、しかし赭石は大して表情を変えなかった。

 

「なかなか寂しいこと言ってくれるねぇ、砥石くん——じゃなくて、問識くん、か。……ふうん、零崎の居心地ってのは、そんなにいいものなのかな?」

 

 赭石の問いに、問識は頷く。

 

「ああ。鞍替えは考えられないくらいにね」

()()()?」

 

 赭石の目は——疑りに満ちている。

 

「本当に、砥石くんは——問識くんは、零崎の居心地がいいと、そう思っているのかな? 心の底から胸を張って、自分が零崎であると言えるのかな?」

 

 あの頃からずっと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「本当に居場所を見つけたと、そう思えているのかな」

 

 そんな風に問いかける、赭石の視線に——問識は思わず、言葉を詰まらせる。

 

「……僕は——」

「ま、いいや」

 

 何かを絞り出そうと口を開いた瞬間、赭石はそんな風に言って片目を閉じた。

 

「きみの内心がどうであろうと——別にいい。本当のところどんな風に思っていたとしても——うん。少なくとも、問識くんが()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことは、わかったよ」

 

 赭石は頷く。うんうんと、繰り返し、しつこいくらいに。

 

「……そうだね。少なくとも僕は、きみの言う()()()を聞こうという気には、全くなれない」

「……振られちゃったねぇ」

 

 寂しげに、彼女は口元に指を当てる。

 

「でも、残念ながらこの私は——石凪赭石という女は、振られたくらいで諦めるほどお行儀のいい淑女じゃあないんだよ。欲しいものは、全力で手に入れるってタイプでね。暴力も財力も権力も——愛も。私は全部欲しいんだ」

 

 だから、私はきみに、挑むことにするよ。

 

「きみの自由と名字をかけて——死神ゲームを」

 

 まもなく、新幹線の辿り着く場所は、岡山。

 それを超えて、戦いは始まる。

 あるいは血も死も遠ざかり、振るうは知恵と弁舌のみなれど、しかし何より死に近い、運命を弄する戦いが。

 





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