◆ ◆
「——準備はいいかな」
石凪赭石が問いかけたのは、零崎問識がペンを置いたのとほとんど同時にだった。
椅子の肘掛けから引き出した簡易テーブルの上に、紙を伏せる。吹けば飛ぶようなメモ用紙。これにこそ、零崎問識の運命がかかっている。あるいは自由が。もしくは名字が。
問識は膝の上で指を組み、ゆったりと返す。
「ああ、万端だ。始めようか。死神ゲームの、後半戦を」
死神ゲーム、第二戦。
攻守は入れ替わり——石凪赭石の後攻にて。
いざ、開幕。
(さて、最初に聞くべき質問だけれど——)
死神ゲームの初手は、その性質上完全な運に左右される——わけではない。
赭石はテーブルの上の紙を睨む。
(まず、書き込みにかかった時間だ——)
予測する。すでに、ヒントは多重にばら撒かれている。
問識は数字を決めるのにほとんど時間をかけなかった。紙を渡した直後に書き込みを始め、ものの数秒でそれを終えて見せた。
数字はあらかじめ考えていた、のだとしても——
(数字を書く速度があまりにも早すぎる)
数字の書き込みにはそれぞれ時間に差がある。単純な話、アラビア数字の1を書き込むのと8を書き込むのでは、直線に直した場合の線の長さがまるで違う。形状だって、直線一本を書き込むのと曲がりくねった線を書くのとでは時間に差が生まれる。
当然、それは僅かなものであるのだけれど——
(その僅かを見逃さないのが私だ)
問識は数字を書き込む際、一切迷わず五文字を書き込んだ。そして、その一文字一文字の書き込みにかかった時間はほとんど同じかつ、筆音が一回——つまり、一筆で数字を書いていた。この時点で。ペンを一度紙から離す必要のある10が含まれている可能性は無くなった。
そして、高いのは同じ数字を複数回書き込んだ可能性だ。
書く時間が均等だったことから、形状が似た数字を複数書いた可能性はあるし、あるいは赭石がそのような盤外戦術を——メタ読みをしてくる可能性を考えて、書き方をそろえた可能性もある。
が、それでもそのような小細工を弄したと考えるより、素直に、同じ数字を含んだと考えた方が可能性が高い。
赭石の予測では、最低二つは同じ数字があるだろう。おそらく、最初の二つがそうだ。あくまでも、筆音と時間からの推測であるが、一文字目と二文字目は特にそれが同一だったように思う。
もしかすれば、残りの三つの中にも同じ数字を含ませているかもしれない。
いずれにせよ——最初に聞くべきは『三、同じ数字はいくつある?』だ。
この数字が死神である可能性は、おそらく低い。同じ数字を複数含ませた場合には、
踏ませたい本命の死神に、いかにして誘導するか。それがこのゲームの防御側の目的
無論、その裏をかいて死神、と言う可能性もありはするが——
(裏の裏を読みすぎてもドツボ、だしね)
赭石は小さく息を吸い——
「最初の質問は、『六、同じ数字はいくつある?』だよ」
と宣言した。
それに対し、問識は答える。
当然のように。
必然のように。
どこまでも自然に、何気なく。
まるで恐れることなど何もないとばかりに、平然と。
彼はその答えを、口にする。
「——
五つ。
五つ?
五つ——!?
「——————はぁ!?」
思わず。
赭石はシートから立ち上がって、驚愕の声を上げる。
「おやおや、どう死たんだい、赭石ちゃん」
「どうしたもこうしたも——」
あるわけがない。
だって、五つだ。
同じ数字が——五つ。
そんなの。
そんなの——
(
同じ数字が二つなら、強い。
あるいは違う数字を二個ずつ、みたいな選択もなかなかだ。
だが——五つは。
五つ全てが同じ数字というのは、ダメだ。
そんなもの——
(
残る質問は六つ。
一、一番低い数は?
二、低い数三つの積は?
三、奇数(零は含まない)の数は?
四、素数の数は?
五、高い数三つの和は?
七、全ての数の和は?
この内特定が不可能なのは、三、四くらいのもの。残りはどれを聞いたって、一撃必殺。問識の数字は、丸裸だ。
(こ、こいつ……)
こいつ——アホか?
思わず。
思わず赭石は、そんなことをさえ、思う。
まさかとは思うが問識は、勝負を捨てたのか、とさえも。
だってこんなもの、どれを聞いたって、一緒だ。
全ての数字が同じ。その情報が明かされた以上は、次にどれを聞いたって、赭石の勝ちは確定していて——
(……違う)
ひやり、と。
その背筋に、冷たい何かが這う。
もしかすれば。
それはたとえば——怖気とか。
(どれを聞いたって一緒、じゃ、ない)
残る六つの質問の中には——
(——死神が、残っている)
そう、死神。
死神ゲームの象徴たる、死神の存在が。
この六つの中には、残っている。
(考えろ。考えるんだ——石凪赭石)
まず——三、四に死神と言う可能性はありえない。と言うより、考慮する必要がない。五つが同じ数字となった以上、どう足掻いたってその二つの質問が特定に繋がる要素はなく、赭石がそれを選ぶ必要性はない。だから、そこに死神が含まれていようが含まれていまいが関係ない。
赭石が勝利を収めるためには、必ず。
一、一番低い数は?
二、低い数三つの積は?
五、高い数三つの和は?
七、全ての数の和は?
この四つの質問の内から、
(どれだ)
たらり、と。
こめかみから、汗が流れ落ちる。
(どれが、死神なんだ——)
推理の材料が、一つもない。
数字五つが同じとなった以上、この四つの質問はどれを選んでも等しく同じで、
(そもそも、なぜ、問識くんは
考えてみれば、そこがまず、おかしい。
五つの数字が全て同じ。そんな、ほとんど自殺みたいな選択肢を取ったのならば、その情報は、なんとしてでも伏せなければいけない情報だったはずだ。
それこそ——六が死神に選択されていれば、赭石は初手で敗北していた。
なのに、どうして。
どうして問識は、六を死神に選ばなかった——
「たとえば」
考え込む赭石に、問識が、声をかける。
いやあるいは、それは赭石に声をかけたのかすらもわからない。
独り言のような、つぶやき。
けれど、色のないその瞳が、赭石の目を、あるいはその向こうにある心をさえも、見透かすようで——
「人間という生き物は——いや人間に限らず、ありとあらゆる生命体は、生まれた
零崎問識は、語る。
「たとえば
心臓が止まれば人間は死ぬ。
脳髄が活動を停止すれば人間は死ぬ。
当たり前の話で、当然の話。
しかし——
「たとえば心臓が止まったとしても、死ばらくの間人間は死なない。あるいは適切な蘇生処置がなされたならば、その状態から蘇ることだって可能だろう。脳の
それを考えた上で——
「人間の死とは、どこからが死と言えるのだろうか? たとえば、とある人間が心臓をナイフで貫かれたとする。どう死ようもなく致命傷で、どう死ようもなく致死傷だ。死か死、その人間は心臓を刺されたその瞬間にはまだ生きている。どう死たってもう蘇生の余地はなく、助かる可能性は皆無で、死ぬことが確定死ていると死ても、死か死その瞬間はまだ生きている。だがこれを、生きていると、そう定義死てもいいのだろうか? 今まさに死のうとしているその人間を、生きていると本当に定義できるのだろうか」
致命傷を負った時点で。
生命としてはすでに、終わりが確定していて。
ならばその人間はもうすでに、死と一体化していると言ってさえ、いいのではないだろうか。
「あるいは、とある人間がいたとしよう。その人間は病気だった。どう死ようもなく致死率百パーセントで、どう死ようもなく致命率百パーセントの病気だ。現代医学ではどう足掻いたって助からない。命を失うのは確定的で、助かる方法など絶無であって、死はどうしたって避けようがない。さあ、果たしてその人間は、生きていると言えるのだろうか。まだ死んでなどいないのだと、本当に声高々と叫ぶことができるだろうか」
あるいは——
「ここに一人の老いた人間がいる。彼は今まさに死のうと死ている。特に傷を負ったわけでもない。病気というわけでもない。死か死間違いなく
本当に。
生きているだなんて。
そんな欺瞞を言えるだろうか?
「
少なくとも、僕には。
とてもではないが、出来そうにない。
そして——
「そうであるのならば、人間は初めから——生まれた瞬間から死んでいるのだと、
人間は。
その始まりから常に。
死と言う概念に囚われ続けている。
「だというのに」
「なぜ、我々は、あるいは我々鬼とは異なる人間たちは、自分が生きているなどと思えるだろう? その内側に死を内包しながら、まだ生きいているなどと思えるだろう? 人間は生まれた瞬間から、必ず死ぬ。死に向かって歩み続ける。
僕は。
それが
そんなことを、零崎問識は、やはりどうしようもなく色のない瞳で、言って、言って、言って——
「問い三だよ、石凪赭石」
唐突に。
彼女は——問われる。
「きみもいつか、必ず死ぬ。どうしようもなく死ぬ。避けようがなく死ぬ。あるいは
きみが死神に追いつかれるのは——果た死ていつのことだろうか?
「さあ、赭石ちゃん。確率は四分の一だ。選ぶといい。残りの質問から——死神を」
人間は、いつか必ず死ぬものだ。
たとえば——
その言葉に、赭石は。
「人間はいつか必ず死ぬ……間違いなく、道理だね」
それでも笑みを絶やさず、答えを返す。
「それは、
なんて、啖呵を切ってみせて——
「これが、最後の、質問だ」
たからかと。挑発的な笑みと共に、その指先を、突きつける。
「私が問うのは——『七』。『全ての数字の和は?』——だ」
その問いに対し、問識は——
「残念だ」
薄く、笑みを浮かべながら。
手元の紙を、裏返す。
そこに刻まれていたのは——
五つの零と、そして——七。
死神は。
赭石の命を、刈り取った。
「ゲームオーバー、だね。赭石ちゃん」
告げられた終端に——赭石は。
「
と。
歯を食いしばって——叫ぶ。
「
なのに。
なのに——口が。
「
零崎問識の——石凪砥石の出生は、複雑なものである。
石凪の名を背負い、かつてには曲がりなりにも死神として活動していた彼だけれど、しかしそれは、
石凪砥石には、母がいる。
死吹。それは暴力の世界において、『殺し名』を超えて忌まれる六つの名——『呪い名』の一つ。
人を殺す戦闘集団である殺し名に対し、呪い名は
その能力は人間の殺害よりも、呪縛にこそ特化しており——
呪い名六名・序列五位——死吹製作所。
彼らは人間の肉体操作——『身体支配』にこそ特化した、『死配人』である。
石凪と死吹のハーフとして生まれた、零崎問識は——かつてにはその父の性質を受け継ぎ、生きているべきでない者を殺す『死神』であったように。
その伏せ札を。
その鬼札を。
その切り札を——零崎問識は、ここで切った。
切りながら、白々しくも。
「おいおい、言いがかりは止死てくれよ。いくら敗北が悔死いからって——人のせいに死ないでくれ」
なんて言い逃れを、言い張ってみせる。
「たわごとを——!」
「ほざいているのは、どちらかな」
問識の余裕は、揺らがない。
その勝利と、同じくに。
「考えてもみてくれよ。僕が身体支配を使ったなんて、
その証拠は——ない。
身体支配。その本質は暗示。一種の催眠によって肉体の操作権を奪うことがこそ、死吹の身体支配である。
「く、ぅううう——!」
赭石は深く、歯噛みする。
証拠はない。
証拠はないが——理屈はわかる。
彼が長々と語った言葉——
風の噂にでしかないが、聞いたことがある。かつて零崎には、
音によって、音楽によって、そして時には、
人の脳髄を揺さぶり、
そんな音使いがいたのだと。
無論——音使いと身体支配。その差異は大きく、系統としては全く別種のスキルなのであろうが——しかし
それこそいわゆる『普通の世界』で行われるような催眠療法なんかでも、人間の深層心理に語りかけるのは——暗示をかけるのは、術者の言葉である。
だからこそ——見誤った。
彼の言葉を、不用意に聞いてしまった。
聞き続けて——しまった。
まるでなんの警戒もせずに。
まるでなんの恐怖もせずに、聞き及んでしまった。
目の前の彼が、死神であると。
死神でしかないのだと。
その先入観を持ち続けてしまったことがこそ——失敗だった。
彼は石凪であり、死神であり——同時に死吹であり、死配人なのだ。
そのルーツを見誤ったことが、己の敗因だった。
そんな風に、彼女は悔いて——
「違うよ」
砥石はその過ちを、正す。
「僕は石凪でも死神でも、死吹でも死配人でもない」
僕はただの——零崎問識さ。
その言葉を終端として——新幹線は、停止する。
死神ゲーム・第二戦。
勝者はまたしても——石凪砥石。
この勝利によって、彼は石凪赭石と言う強力な味方を手に入れ——しかし。
たどり着いたのは新
それは奇しくも、かつて石凪赭石が、死神すらも終わらせ得る『最弱』とすれ違った地でもあり——ゆえに。
暗示される未来は闇。
次なる敵は、すぐそばにまで迫っている。
(第三問——口述ミス・不正解)
(回答終了)
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