零崎問識の人間問答   作:忘旗かんばせ

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第四問『死は或いは泰山より重く或いは鴻毛より軽死』1

 

 ◆   ◆

 

「問識。お前には一つ、言っておかなきゃいけねーことがある」

 

 零崎軋識がそんな風に切り出したのは、零崎問識の成人祝いの席でのことだった。

 

「お前の血筋——っつっても、零崎に成った今となっちゃ、血筋もなにもあったもんじゃないんだけどよ。しかしそれでも、どいつもこいつもそう思ってくれるわけじゃあ——ない」

 

 特に。

 お前の敵として立ちはだかる奴らにとっては、きっと。

 

「俺も()()()()で生きてきてなかなか長い方だが、石凪と死吹のハーフ——『殺し名』と『呪い名』の混血ってのは、流石に、お前以外に出会ったことがない。その特殊性は——特異性は、お前にとっては()()()()だ」

 

 特に——

 

「お前がこれから、この世界でプレイヤーとして生きていくのなら——()()()()()()()()()()()()使()()()

 

 真剣な表情で——深刻な表情で、軋識は言う。

 

「それは、なぜ?」

 

 問識は問うた。彼が死吹としての力を——()()()()()()()()()()自覚的に扱えるようになったのは、つい最近のことだ。

 奇野師団との凄惨なる抗争——軋識が言うところの『小競り合い』の際に、問識はその力をコントロールできるようになった。

 以前までなら、仮にそれを扱えたとしても、積極的に使おうとは思わなかっただろう。

 しかし今の彼は零崎で——零崎として戦うのであれば、その力は有用な武器になる。

 彼自身はそんな風に思っていたのだけれど、彼の兄はどうやら意見が異なるらしい。

 

「別に、大層な理由があるわけじゃない。むしろ、理由は単純明快だ。()()()()()()()

「……大いなる力には大いなる責任が伴うってやつかい」

「俺はお前をピーター・パーカーだとは思ってないぜ。そうじゃなくて、単純に——」

 

 その力に頼り切りになってしまうのが、危ない——と、彼は言った。

 

「『身体支配』——掛かれば必殺の、強力な術だよ。間違いなく、それはお前の切り札たり得る。しかしだからこそ、切りどころを間違えればお前自身を殺しかねない」

 

 殺し名ならぬ、呪い名としてのスキル。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「基本的に、その手のスキルってのは初見殺しだ。初見の相手にこそ最も効果が大きく、そして二度目以降は通用しない前提で考えるべき術だ。分かってない時に喰らうのが最も怖い技であり、同時に()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。無論、対策のしようなんてないのが『呪い』なわけだが——」

 

 しかしそれだって絶対じゃない。

 彼は言う。

 

「基本的に、人間を殺すのに特殊な技ってのは必要ない。人間ってのは脆い生き物だ。それこそ、人類最強でもない限り、人間なんて殺せば死ぬ。首を絞めれば、頭蓋を砕けば、臓物を抉れば——心臓を打ち抜けば。簡単に、死ぬ」

 

 ゆえに。

 

「お前の呪いは必殺であっても最適解とは限らない。人を殺すのには、基本的には過ぎた長物なんだ」

 

 それこそ特別な目的を持って扱うときでもない限り。

 殺人鬼である問識にとっては——()()()()()()()()()

 

「ま、要は殺しのスタンスの問題だ。お前は零崎で、死吹じゃない。ましてや奇野でも時宮でもな。呪い名に寄った殺し方をし過ぎていたら、()()()()()()()()()()()()。それはプレイヤーとして——戦う者としては致命的だ」

 

 致命的で、致死的だ。

 だからこそ——

 

「切り札は切るべき時にだけ切れ。そして、()()()()()()()()()。伏せて伏せて伏せ続けて、ここぞという時に切ってこそ、お前のその札は生きる。切り札を切り札として持ち続けるためには、使()()()()()()()()()()()()()()。その辺りを忘れるなよ、問識」

 

 軋識のそのアドバイスに、問識は頷く。

 

「分かったよ、軋識さん」

 

 いつも通りに、素直に頷く。

 

 零崎として——プレイヤーとして。

 長くこの世界で生きてきた——生き続けてきた軋識のその言葉は、問識にとっては重く、しかし()()()()()()()()()()

 

 それはある種、仕方のないことでもあったのだろう。

 

 零崎軋識、殺人鬼。

 若年の時代には、四つの世界全てを巻き込んで吹き荒れた嵐——現代においてはほとんど神話に等しい、狐と鷹の大いなる親子喧嘩——『大戦争』を生き抜き、そして続く全盛期には『大戦争』に続く新たな伝説——『小さな戦争』のメインプレイヤーとして戦い抜いた、零崎一賊の大看板。

 

 いわゆる()()()()()()()()()である軋識と——『大戦争』を神話としてしか知らず、『小さな戦争』すら()()()()()()()だった、()()()()の問識との、意識の差。

 

 それは歴然たるものであって、だからこそ。

 軋識の言葉は届かない。

 軋識が本当に届かせたかった心の芯には、響かない。

 

 軋識さんは相変わらず過保護だな、なんて。

 そんなに僕が可愛いのかな、なんて。

 そんな風に、楽観的に。

 重くは捉えていたとしても、()()()()()()()()()その言葉を受け取ってしまった問識は、だからいずれ、致命的な失敗をすることになる。

 

 致死的な失敗を——することになる。

 

 そう、それはたとえば、この新幹線かなえ四十四号の中でとか——

 

 ◆   ◆

 

 新神戸。

 

 出発地点の博多から数えれば、すでに五百キロメートル以上の旅路を経て、零崎問識はそこにまで辿り着いていた。

 しかし道行は、まだしも半ばと言ったところ。

 ようやく辿り着いて、関西圏、だ。

 

 富士山までは、まだ遠い。

 

「——そういうわけで、これから同行者が一人増えることになった」

「ほほ、それはよろしい限りのことで。おめでとうございませう、問識様」

 

 五号車、半ば。刺客を片付け終え、新神戸からの出発を受けて、ボックス席状態のそこに戻ってきた仙瓩おとふが見たのは、意気消沈する石凪赭石と、余裕綽々でコーヒーを口にする零崎問識だった。

 どうやら、車内販売のそれを買ったらしい。

 

「あうー、負けちゃったよう」

 

 しょんぼりと。先ほどまでは席を二つ占領して王者の如くに座っていた赭石も、今は小さく縮こまり、シートの隅。サンダルを脱いで、シートの上で膝を抱えながら、彼女は嘆く。

 

「落ち込むのはいいけれど、仕事(死ごと)はきちんとこな死てくれよ、赭石ちゃん」

「分かってるよ。どのみち、この道中をきちんと進んでもらうことは、私の望みでもあるわけだしね」

 

 はあ、とため息をついて——ぴょい、と。足を下ろし、サンダルを履き直す。

 

「この新神戸でも、また誰かしら刺客が乗り込んできているだろうしねぇ——気合い入れなくっちゃ」

 

 その言に、問識はふと思い立つ。

 

「そういえば、赭石ちゃん。きみは曲がりなりにも『墓石派』なわけだろう? それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の情報は、知っているんじゃないのかい?」

 

 それこそ、仙瓩おとふの就職活動にも干渉していたように。

 墓石派が雇った傭兵たちの名簿くらいは、知っていてもおかしくはないのではないか。

 そう思って聞いた問識だけれど——

 

「うーん、知ってはいるけど、知らないってところかな」

 

 それは半分当たりで、半分外れだった。

 

「知ってはいるけど、知らない?」

「うん。つまり、名前とちょっとした概要くらいなら分かっているけれど、詳しい情報は知り及んでない、ってこと」

 

 問識くんの抹殺を企んでいるのは、あくまでも墓石さんだからねぇ、と彼女は間延びした口調で言った。

 

「最悪名前だけでもいいから、(お死)えてはくれないかい」

 

 問識は言った。今は少しでも、情報が欲しい。幸いにして、今の所やってきた刺客に大物はいなかった。だからこれからも——なんて考えられるほど、問識は楽観主義ではないし、愚かでもない。

 

「いいよー。味方にされちゃったしね。ご主人様のお言葉には従いますとも」

 

 ははー、なんて冗談めかして一礼しつつ、彼女は続ける。

 

「と言っても、基本的には、名前を言う必要もないくらいの有象無象が大半だねぇ。総合すれば、五十人弱くらいかな。数で押して疲れさせちゃえ、って作戦っぽいけど、零崎であるきみ相手に数で押すってのは、おとふさんや私がいなかったとしても、ぶっちゃけ失策だよねー」

 

 彼女はやれやれとばかりに両手のひらを上に向ける。

 

「ま、その辺りはやっぱり、問識くんに対するイメージもあるんだろうねぇ。事実、私がそうであったように、石凪からしてみれば、今でもきみは『石凪砥石』なんだよ。そのイメージに引きずられてる部分が、墓石さんだってあるわけだ」

 

 傭兵にだって、頑ななまでに『石凪砥石』を狙え、と。そんな風に命令をするくらいなのだから。

 

「仮に僕が『石凪砥石』であったと死ても、有象無象を高々数十人送り込んだ程度で疲れさせられると思っているなら、それは舐めていると死か言いようがないけれど——死か死、有象無象を送り込む目的が疲れさせるためなんだったら——当然、本命がいるわけだよね」

 

 疲れさせたところを狙い定めて。

 とどめを刺すための、本命が。

 

「うん。本命の刺客としては、三人かな」

 

 彼女は指を立てながら言った。

 

「まず一人目となるのが、『繰捲巡(くりめくりめぐり)乱頁(らんぺいじ)』。ここ数年でめきめきと頭角を現してきた、新進気鋭の独立傭兵。『黒赤交差(トランプル)』の異名でも知られる、返り血塗れの殺人ピエロ。いわゆる『戦後世代』のプレイヤーでは、トップクラスの実力だって話。有名さで言っても、三人の中では一番だと思う」

 

 と言っても、私はそこまで詳しくは知らないけれどね——なんて言い訳のように言いながら、赭石は二本目の指を立てる。

 

「二人目が、『獣室(ししむろ)貪狗(どんく)』。二つ名は『完投権(ドライイースト)』。鉄球使いの『戦う野球選手(キリングベースボーラー)』。少年時代にはあの『大戦争』にも参加していたっていう、『旧世代』のプレイヤー。かつてはあの三十三間堂三振の好敵手としても有名だったけれど、あっちが消えて久しい今は、単独首位の鉄腕投手だね」

 

 そして三人目が——と、彼女は最後の指を立てる。

 

「『土論(どろん)耕作(こうさく)』。この中では多分、()()()()

 

 神妙なる面持ちで、彼女は語る。

 

「土論耕作——御歳五十五歳の『研究職』。愛知県の大学で、教授をやってる」

「待ってくれ」

 

 問識は思わず、話を遮った。

 遮らざるを、得なかった。

 

「大学教授って、そいつは——()()()なのかい?」

()()

 

 頷かれ——問識は思わず、困惑する。

 

 一般人。

 

 暴力の世界でも、権力の世界でも、財力の世界でもない、『普通の世界』。

 そんな場所に生きる、ただの大学教授が——『殺し名』である、零崎問識に対する刺客——?

 

「『ただの大学教授』、じゃあないんだよ」

 

 土論耕作。その専門分野は——人体。

 

「『解体紳士(リバースエンジニアリング)』——土論耕作。完全な一般人でありながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「い——」

 

 ()()()()()

 

 問識をして、思う。

 ()()()()()()()()()()——思わざるを得ない。

 狂気という分野においては、暴力の世界において間違いなく頂点に位置する零崎であるけれど、しかしだからこそ、その狂気に怖気を感じざるを得ない。

 

 一般人。

 ただの、一般人が。

 理由もなく、理屈もなく、理論もなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんなことが——あり得るのか。

 

「あり得るからこそ、きみへの刺客として選ばれたんだ」

 

 確かに——それならば。

 それならば、殺し得る。

 

 零崎問識を——殺し得る。

 

 死神にして死配人にして殺人鬼たる三重称号(トリプレット)

 ともすれば彼の下の兄——零崎一賊の()()たる彼よりもよほど異端なる異形のキメラ——零崎問識。

 混血がゆえに強く、混合がゆえに強かなる彼は、並大抵の殺し名や呪い名相手には、負けるつもりもないけれど——しかし。

 

 一般人でありながら暴力の世界に踏み込み、そして()()()()()()()()()()()()()なんて狂気を成し遂げる相手に——果たして勝てるのかと問われれば——

 

 問識は、答えられない。

 

「——大丈夫だよ、問識くん」

 

 いつのまにか。

 握り込んでいた拳に——赭石の手が添えられる。

 

「いくら相手が凶悪だろうと——きみは一人じゃない。私もいるし、おとふさんもいる。毛利元就も言ってたでしょ? 三人よらばって奴だよ」

 

 なんだか話が混ざっている気もするが——しかし、そうだ。

 敵がどれほど強大であったとしても——こちらには団結した三人であると言う有利がある。

 

 無論、家族のようにというわけではないし、仲間のようにというわけですらないけれども——それでも同じ方向を向いて進む同士ではある。

 ならば、それを最大限に活かすまで——

 

 なんて。

 

 そんな考えは、どう考えたってただの甘えでしかなくて。

 どうしようもない楽観であったのだと、彼はすぐさま、思い知ることになる。

 

 ガタン——と。

 音を立てて、ブレーキ。新神戸から新大阪なんて、ほとんど目と鼻の先であって、走行距離は短く。先ほど出発したばかりだというのに、もう停車のころ。

 車両がホームに侵入し、窓の外の景色が静止画へと変わる。

 

『新大阪、新大阪です』

 

 停車とともに鳴り響く、くぐもったアナウンス。

 扉が開く音が、どこか遠くに聞こえ——そして。

 

「お二方——()()()()()()()()()

 

 仙瓩おとふは、呟くように言う。

 

()から、通信が入りました。私たちが元いた車両——八号車に、刺客が侵入したようでせう」

 

 ()()()()()

 

「『黒赤交差(トランプル)』繰捲巡乱頁。『完投権(ドライイースト)』獣室貪狗。『解体紳士(リバースエンジニアリング)』土論耕作」

 

 本命の刺客、三人が——()()()()()()()()()()()()()

 

「いかがいたしましょうか、問識様」

 

 問われて、問識は。

 こめかみから——冷や汗を垂らす。

 

「そりゃあ、そうだよね」

 

 考えてみれば、当たり前の話。

 敵方の傭兵にしたって、それぞれ独立した他人同士の商売敵であったとしても。

 

 ()()()()()()()()

 

 協力する余地なんて——それこそいくらでもある。

 数の有利は、潰された。

 いやあるいは、隠密として潜む仙瓩おあげを数に含めるならば、まだしも数的有利は取れていると言えるかもしれないけれど——しかしそんなものは詭弁でしかないと、誰よりも問識がこそ理解していた。

 ならばこそ——

 

「打って出よう」

 

 一分の迷いもなく。

 問識はそう、言い切った。

 

「敵が三人だと言うのなら——上等じゃないか。まとめてやってきてくれたなら、む死ろ手間が省けたというものだよ。お望み通り、まとめて返り討ちに死てやればいい」

 

黒赤交差(トランプル)』、『完投権(ドライイースト)』、『解体紳士(リバースエンジニアリング)』。

 なるほど強者揃いなのだろう。

 さすれば曲者揃いなのだろう。

 ともすれば。

 問識を殺し得る敵がさえ、含まれているのだろう。

 

 だが——それがどうしたと言うのだろうか。

 

 零崎問識、殺人鬼。

 恐れるものなどありはせず。

 高々死を前にした程度のことで、その精神は揺らがない——

 

「行こう、三人とも」

 

 彼は言って、立ち上がる。

 

「問識様がそう仰られるのなら、否やはございません。目的地までは、どこまでも、お供いたしませうよ」

「やれやれ、血気盛んだねぇ……でもまあ、そっちの方が問識くんらしいかな。いいよ、付き合ってあげる」

 

 付き従うは二人。白き麗人と、薄紅の少女。彼女らもまた、待ち受ける死闘に覚悟を固めながら。

 向かう先は——八号車。

 

 待ち構えるであろう三人の刺客を殺し尽くすべく、零崎問識は拳を握り——都合五度。

 自動ドアを超え、三両分。車両を移動しきっての、最後の接続部。

 六度目の自動ドアを開けば——その先がこそ、八号車だ。

 

「開けるよ」

 

 問識の言葉を合図に、彼らはその扉を開き——

 そして。





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