というよりは、寧ろ……。
目が覚める。長い夢を見ていたような、そんな心地。視界のピントは段々と定まってきて、やがてハッキリした光景を写した。
「…………ここどこ?」
温度の感じない雰囲気。何もかもが白いその部屋。
病院、ではある。ただ、見覚えのある雄英のそれではない。別の、市政の病院だろうか?点滴やら何やらが繋がれた体を煩わしく感じながら、五条はゆるやかに体を起こす。
部屋には誰もいなかった。個室の病室。僅かに人の歩く音や話し声が漏れてくる入り口のドアとは対照的に、部屋の中は驚くほど静まりかえっている。
「……ん?あれ?」
ふと、視界の真正面に壁掛け時計が目に入る。少し珍しいかな、日付も分かるタイプの物のようだ。そこに表示されている数字は────。
「5日後?!」
体育祭終了から5日経ったこの日、ようやく五条の意識は戻ってきた。
***
「脳内血腫?」
「そう、脳みその中に血液が溜まってたの」
小太りでゴーグルをつけた医者は、五条の問いかけに対してゆったりと答える。
「その血腫があるままだと、重度の麻痺や意識障害、最悪の場合命を落とす可能性があった。だから、手術でその血液を排出させてもらった。本来だと君自身から同意を得なくてはいけなかったんだけど、なにせ意識もなくて緊急性も高かったからね。勝手な判断ではあったから、申し訳なく思っている」
「……アンタが俺の治療やったの?」
「ん?ああいや、違うよ。私はあくまでここの病院との提携先というだけで、普段からここにいるわけじゃない。君の治療に尽力したのはここのスタッフ達だ」
若干狭さを感じる病室の中には、一種の緊張感が漂っている。少し間を置いて、医者が口を開いた。その口調に変化は見られない。
「じゃあなんでここにいるんだ、って顔だね。最もな疑問だろう。……先ほど脳内血腫、つまり血液が中に溜まっていたと言ったが、血液があるということは、つまり出血箇所もあるはずだろう?少なくとも、そう考えるのが普通であるはずだ」
「……」
「……
ここに来て、少し医者の語る言葉に熱がこもり始めたような、五条はそんな気がした。一介の医者としての問題解決に努めるための熱量かもしれないし、あるいは純粋な知的好奇心を煽られたのか。どちらにせよ、五条は置いてけぼりのようだった。
「脳みそというのは所謂ブラックボックスだ。それは、"超常"以前と以後で変わることはない。いや、むしろ個性因子によって脳の構造が組み変わる人間もいることを考えれば、さらにガラパゴス化していると言ってもいい」
「……で?結局何でいるのさ」
「その話だよ。つまるところ、脳の怪我とは非常に専門性が高い問題なんだ。私はこれでも個性研究の一任者とも言われていてね。"個性"が脳みそに与える影響なんかについても幾らか詳しいんだ。だからここに呼ばれてきたの」
医者の口調は、出会ってから今まで優しげなものから一貫して変わることはない。だが、相対する五条の言葉の節々には棘があった。別に何か明確なものがあるわけではない。それでも、何故か本能が警戒を求めていた。
「入院に当たって、君の個性届を見せてもらったよ。呪力というエネルギーを操れるんだってね。汎用性が高い"個性"ではあるが、治療行為なども行うことができると?」
「まぁ……ちょっとしたバフ程度で、大した効果じゃねえけど」
「そうなのかい?体育祭で大怪我をした君を看たリカバリーガールによれば、彼女が君に治癒を施す前にほぼ全ての外傷が治っていたようだけど?」
「…………何が言いてぇんだよ」
「
「……!!」
脳への反転術式。医者の言葉にそれが頭に浮かぶ。
しかし、脳への反転術式は、他の部位などとは比べものにならないほど難度が高いはずだ。まして、大した反転術式も出来ない自身が出来るとは思えない。そうすぐに一蹴しようとして、ふとあの時のことを思い出す。
『今日一日呪力出力に制限をかける代わりに、自身で指定した時間に3分間だけ呪力出力を増幅させる』
あの時の縛り。3分間という時間は、自身が「赫」を打った後にも、いくらか残っていたはずだ。
……しかし、本当に?怪我の方は兎も角、脳みそを治すだなんて、幾ら反転術式とは言っても、出来るのだろうか。
「赫」を打った瞬間、五条は吹き飛ばされる体と同時に、頭の中でブツッと何かが千切れるような異音を聞いた。あの時は、その後思考が崩壊したのもあって、何の音なのか分からなかった。
しかし、今なら分かる。アレは、脳が壊れた音だった。
只の疲弊なら分からなくもない。だが、完全に破壊されているものを治す、というのは。
「……そう渋い顔をするものではないよ。おかげで、問題箇所は残った血液のみに留まったんだ。君がパッと見大きな後遺症がないのも、そのおかげなんだよ」
俯いて眉を寄せ、考えこみ始めた五条に対し、明るく医者はそう告げる。
……確かに、そうかもしれない。結局自分で治したことに対する実感や確信は生まれなかったが、とりあえず治っているのならいいとするべきか。
「まあ、それはそれとして、細かい異常がないか診察や検査を繰り返すから、元気でもあと一週間は入院だと思ってね」
「は!??」
「いろいろ回りくどいことを言ったと思うけど、それじゃあ私はここで」
そう告げると、医者は椅子から立ち上がる。そうして、退室の直前で、ふと一言こちらに呟いた。
「君の"個性"は実に興味深いものだ。普通じゃあり得ないことが多く起きている。まるで、
「……」
五条は、無言でその背中を睨み付けていた。
***
「職場体験?ヒーローネーム決め??めっちゃ楽しそうじゃん!!うわあやりてーなあ」
あの後、別の医者がやってきて、大量の書類を置いていった。それはどうやら、五条が休んでいる間の雄英からの配布資料のようだった。中には、自身がいない内に進んでいるヒーロー関連の書類も含まれている。
しかし、悲しいかな。現実は無常である。五条はあと更に一週間、病院に閉じ込められる未来が確定していた。
しょぼくれながらちまちまと書類に目を通す五条だったが、ふとある疑問が頭の中をよぎる。
あの後、結局体育祭はどうなったのだろう?
自分が準決勝で「赫」を撃って以降のことを五条は知らなかった。なにせ、つい先ほど目が覚めたばかりだ。恐らく自分自身は動けずに自動的に敗退となっただろうから、爆豪と轟が決勝戦を行ったのだろうか?
いそいそと携帯を取り出して、早速五条は体育祭について調べ始める。すると、真っ先に一つの動画が検索トップに昇ってきた。
動画のタイトルは、『雄英体育祭 準決勝 事故』。どうやら、観客席にいた者が撮ったものであるらしい、不穏なタイトルのその動画。五条はやや嫌な予感を感じたが、それ以上は考えずに再生ボタンを押した。
突然聞こえ始めたのは人々のざわめきと悲鳴。撮影している者も動揺しているのだろうか、映像はブレが非常に多く、かなり近い位置から「やばいやばい」と焦るような男の呟き声が響いた。雑音も相当である。
『え、何?どういうこと?』
『うわっ!血ぃ出てる……!』
『誰か!こっちで怪我人がいるんです!』
様々な人の声が飛び交い続ける。そこに含まれている感情は困惑、恐怖、混乱だろうか。未だに映像の方はブレが酷い。
そうした劣悪な状態の動画ながら、いや寧ろそのことが臨場感をかき立てるように、そこには"あの時"の観客席の様子が鮮明に残されていた。
みっしりと埋められていた観客席。その人々の中に度々蹲る者、苦しそうに呻く者がまばらに見える。彼らの中の幾らかは、その体から出血をしていた。混乱の理由は、恐らくこれだろう。
しばらくそのまま負傷者と場の混乱、それを納めようとする放送とが響き続ける。カメラを持つ手が震えているのだろうか、細かな映像のブレが収まらない。
そうしてその後、ある時を境にカメラはある一点を移し始めた。それは、観客の一人が突然ある方向を見て甲高い悲鳴を上げてからだ。それから共鳴するように、彼女の視線の先の者に気づいた人々も、一様に恐ろしいものを見たような反応を起こしていた。
カメラがズームしたのはスタジアムの内側。試合が行われていたステージの方である。破損して原型を保っていないそのステージからは二つ分の衝撃痕が残っていた。それを辿ってたどり着いた先に写っていた者。
その片方は、全身に怪我を負って、苦しそうに蹲るだけの、爆豪の姿。彼も出血を起こしていた。そうしてやがて、もう一つの痕の方にも、カメラの視線が向けられる。
そこにいたのは、紛れもない────。
「……」
ようやく五条は、自分のしでかした事の重大さを理解した。
自分が、眼前の光景を、"人災"を引き起こしたのだ。
『なんであいつ、笑ってんだよ……』
カメラ自体がそこまで高性能なものでないらしく、鮮明に自分の姿が映っているわけではない。だが、それでもその血に塗れた自分自身が笑っていることは、十分読み取れた。
今の五条にその時の記憶はない。彼の記憶は「赫」を撃ったその瞬間で途絶えている。
……映像はその数十秒後に終了した。しかし、五条は動画を見たその体勢そのままで、固まっているままだ。数秒か、数十秒か。あるいは数分にも感じられるようなその状態を経て、ようやく五条は口を開いた。
「…………やっちまった」
頭を軽く押さえるようにして、五条は俯いたままそう呟いた。その見てくれとは別に、意外にも口調はそこまで重たくないものである。
夢中になりすぎた。というのが一つだろうか。目を瞑れば、頭の中にはあの瞬間の情景が鮮やかに蘇る。「赫」を撃つ前の興奮、衝撃、そして全てを吹き飛ばす赤い閃光。……あの時、確かに自分は笑っていたのだろう。
それに、見通しも随分と甘かった。「赫」を発動してみたいという気持ちが逸りすぎて、それに付随する破壊力の問題を浅く見過ぎていた。
対戦相手だった爆豪を必要以上に負傷させて。無関係の人間をこんなにも巻き込んで。
流石に今回はやりすぎだった。"良くない"ことだ。
(次以降ああいう場で大技発動するときは気をつけなきゃな)
自分自身の反省点をそう淡々と振り返る。
それと同時に五条は、
そうして何かが足りない反省を頭の中で考えつつ、ようやく五条は動画を見ていた端末の操作に再び手を伸ばした。ふと、先ほどの動画の下に続くコメント欄の文字が五条の目に映る。100件以上ついているらしいそれを、五条はほんの興味本位で開いてみた。
『ヴィランのクソガキ』
『ヒーローどころか災害起こしてて草』
『これを見逃すなら雄英はマジで終わり。早よ退学させろ』
『オールマイト信者だけど、流石にこれは擁護できんわ』
「────ハァ??!!?!」
先ほどまでの思考が完全に吹き飛ぶ。その他にもたびたび罵詈雑言が溢れるコメント欄を見て、五条の気持ちはすっかり怒りに変わっていた。
「なんだこのクソコメ!!確かにやらかしたの俺だけど普通ここまで言う???どーせ匿名でしか吠えられなさそうなチキンのくせに、何様だよコイツら!!!」
インターネット、もといSNSが今ほど一般的に普及していない2006年から来た五条にとって、直に触れるインターネットのクソ民度は、あまりにもクリーンヒットであった。先ほどまでの反省の色はどこへやら、今となっては高速で画面をスクロールさせながら、自分のことを棚に上げてグチグチと文句を言い続けている。
もはや自分が文句を言う相手の彼らと同レベルの争いをしていることには、残念ながら気づいていないようだった。
***
「こんばんは、ドクター。珍しいね、緊急の連絡だなんて」
薄暗い部屋の中。全身にスーツを纏い、貌のない男はそう話しかける。相手は、遠隔で連絡をとる自分の"友人"相手であった。彼は、妙に興奮したような上ずった声で、こちらに話しかける。
『こんばんは先生。夜分遅くに申し訳ないのう』
「いやいや、大丈夫だとも。君ほどの男が急ぎだというのだから、それはそれは大層な何かがあるのだろう?」
『そうなのじゃよ!!!……まずはこれを見てほしい』
男の使用するパソコンに一通のメールが届く。送信相手は勿論、今話しているドクターである。そこには、添付されている資料が二つ。
男は、一つ目の資料を開いた。すると、誰かの足のレントゲン画像が映し出される。小指の関節が
「……無個性の人間のものかな?特にそれ以外目立った部分は僕にはわからないが……」
『その通り、この足の持ち主は確かに無個性である、そのはずじゃ。じゃがな……』
「……」
男は、そのまま二つ目のファイルを開く。今度は、誰かの脳の画像のようだった。こちらは複数、様々な撮影の仕方が取られている。
『いろんな方法を試してよく確認もした。単なる脳の病気としても線を当たってみた。じゃが、この脳の持ち主の持つ"右脳の前頭前野の奇形"は、どの病気の特徴とも一致しない!ならば、個性因子が由来のオリジナルの奇形だろう。……普通ならそうなるが』
「……先ほどの足の画像の人物かな」
『そう、この脳の持ち主と、先の足の持ち主は全くの同一人物。しかも、彼は"個性"らしき力を使用している様子がハッキリと確認できていさえする!!』
無個性であるはずの人間の、"個性"使用。男には既に思い当たる節はあったが、恐らくそれとこれとは別件なのだろう。
「その人物の、名前は?」
個性社会、ひいては自身の"個性"の絶対性を揺るがすかもしれない可能性を孕んだ存在、その名を男はゆったりと尋ねた。
『雄英高校ヒーロー科、一年A組。五条悟』
男────AFOは至極興味深いように、その顔に笑みを浮かべた。
連続更新はひとまずここまでとなります。
次回以降の更新につきましては、改めて活動報告の方にも詳しく書きますが、またキリのいい部分まで書き上がってから今回のようにまとめて投稿する形となります。
しかしながら、私生活が現在忙しい関係で、いつになるかは完全に未定です。就活ほんまクソ。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。