がっこうぐらし!恋愛死に別れEND『この身命を愛に捧ぐ』攻略(たどり着けるとは言ってない) 作:ヒャル
――きれいな人がいた。
それが、私を助けてくれた男性を見て最初に思ったことだった。
放課後、補習を受ける友人を待っていた私『柚村貴依』は、教室で暇を持て余していた。
時間の有効活用を兼ねて女子トイレへと向かって…結果として、それが私の命を救ったんだと思う。
「きゃあああああぁぁぁぁ!!」
手を洗っていると突然外から聞こえてきた悲鳴。何事かと思って廊下を見たら…そこには地獄が広がっていた。
制服を着た“なにか”が校舎を闊歩し、近くの生徒に襲い掛かっては群がり貪り尽くす。動かなくなった犠牲者は、明らかに致命傷を受けているのに立ち上がるとその群れに加わって更に仲間を増やしていく。
普段なら、そんな話を聞いても「夢でも見た?」と笑い飛ばす内容だ。……でも、それは紛れもない現実で。
「――ひっ!」
その濁った瞳がこちらを見た気がして、弾かれたように走り出した私はトイレの個室に引き返して鍵をかけた。
――死にたくない
気づかれないように、必死に息を潜めながら目と耳を塞いで縮こまって、それでも尚聞こえ続ける怒声と悲鳴。
ドクドクと心臓の鼓動がうるさい。パニックになって大量の酸素を求める肺が痛い。
ドンドンドン!
「おねがい、開けて!やつらが来っ……ひ、いやぁぁぁぁぁ!!」
誰かがドアを叩いて助けを求めても、必死に聞こえないフリをして。やがてその声も、身震いするような咀嚼音とうめき声に変わっていく。
――死にたくない
視界がぐるぐると回る。なんで、どうしてという思考がループし、吐きそうになったけどその音で気づかれるかもしれないと思って必死に我慢した。
断末魔の叫びが耳に届く度、誰にも気づかれないように気配を消して。物音がすぐ外まで近づく度、死ぬんじゃないかというほどに息を止めて。
やがて、何も聞こえなくなったけれど……一度目にしたあの惨劇が目の裏にこびりついて、外に出ようという勇気はどうしても出てこなかった。
ただただ恐ろしくて、心細くて……頭に浮かぶのは、帰りを待っていた親友の姿。
(由紀、無事かな……)
佐倉先生と一緒だと思うけれど…佐倉先生は良い人だけど、こういう時に頼りになるタイプかというと少し心配だ。
生徒を置いて逃げるような人じゃないから、もしかしたら由紀を連れてどこかの教室に立てこもっているかもしれないけど、それ以上のことができるかどうか。
…だったら、私の方から動いて助けに行くしかないだろう。そう頭では思っても、足は萎えてしまったように動かない。
むしろ、由紀たちのことを思う度に涙が零れそうになって、大声で泣き出してしまわないように必死に自分を抑え込む。
(…はは、笑っちゃう)
周囲から浮いたところがある由紀が変な奴に絡まれないように、傍にいて威嚇しようと不良っぽい見た目をして。
でも、肝心な時に自分を守るので精一杯でトイレで震えていることしかできない。なんて無様で、滑稽なんだろう。
(ごめんね、由紀。こんな役に立たない友達で。でも……)
…無事を祈るくらいは、許してもらえるかな?
(……!?)
いつの間にか眠ってしまっていたけど……廊下の方から、何かが倒れるような物音がして目が覚めた。
耳を澄ませてみると、足音がゆっくりとこちらに近づいてくる。救助か、それとも――
コンコン
「ひっ……」
思わず悲鳴を零してしまって、慌てて口を抑える。
救助だったら嬉しい。でも、あの化け物以外の脅威……治安が崩壊したのを見て動き出した悪人の可能性だってある。
ここに閉じこもっている限り外敵からは安全だ。でも、それではいつか餓死してしまう。知らんぷりをするか、それとも一か八か応じてみるか。
「だれかいませんかー?」
「えっ子供?あっ……」
頭の中で堂々巡りになっていると、場違いな幼い声をかけられて思わず扉を開けてしまった。
そこにいたのはこちらを心配そうに見つめる小学生くらいの女の子と……人を安心させるような微笑みを浮かべた、綺麗な長身の人物。
「だ、誰……?」
「……俺はここのOBで、佐倉先生の従姉弟の佐倉桐吾。この子は俺の後輩の妹のるーちゃん。ここの生存者が屋上に集まっているって聞いて合流しに来たんだけど…良かったら、一緒に来るか?」
「屋上?えっと……」
(本当に、屋上に行けば助かるの……?)
「いかないの…?」
るーちゃんが心配そうに私を見つめてくる。彼女の天真爛漫な瞳が、どこか由紀を思わせて。
「……いや、行くよ。…このまま隠れてても、仕方ないし」
尚も震えそうになる足に喝を入れて、何とか立ち上がる。
「…私は三年の柚村貴依。よろしく」
「…ああ、よろしく」
握手を交わした佐倉先輩の手からは、しっかりと人の温もりがした。
佐倉先輩に先導されて、3人で屋上への道を進む。
行く手に『かれら』が現れる度、佐倉先輩は音もなく忍び寄っていき、私は顔を強張らせながらるーちゃんの目を隠す。
「……うっ」
『かれら』がバールで殴り倒される度、零れそうになる悲鳴を必死に堪える。
由紀も屋上にいる――その希望を伝えられていなければ、もう挫けてしまっていたかもしれない。
「…るーちゃんは怖くないのか?」
私よりずっと幼いのに、泣き言ひとつ漏らさずについてくる女の子に、思わず問いかける。
「こわいよ。でも……とーにいがいてくれるから」
返ってきたのは、そんなシンプルな答え。
「とーにいはすごいんだよ?わたしが車にひかれそうになってもたすけれくれたし、りーねえもいつもとーにいのことをたよりにしてる。…だから、とーにいがいてくれれば、わたしはあんしんできるの」
…ああ、この子は佐倉先輩のことを心から信頼しているんだ。
淡々と化け物を処理していく様には恐ろしさを感じてしまうけれど…小さい子供にこれだけ好かれているからには、私たちの為に無理をしているだけで本来はとても良い人なのだろう。
…由紀を守ると意気込んていた私こそ、彼のように強くあらねばならなかったのに。
何度か『かれら』と遭遇した末に。ようやく、屋上へ続く扉が見えて。
「由紀……っ!」
思わず、走り出してしまう。
その時、私は扉しか見えていなかった。――ここまで安全だったのは、ずっと佐倉先輩が守ってくれていたからだったのに。
「――ひっ!」
屋上を目前にして、物陰から現れる1体の『かれら』。
慌てて逃れようとするが、希望を前に冷や水を浴びせられた身体が竦み上がってしまい、その場に尻もちをついてしまう。
「ぁ……」
腕を振り上げる『かれら』を、凍り付いたように動けない私はただ見上げる。
ここまで、と死を覚悟したところで…1つの人影が割り込んできた。
「間に合え……!」
私をかばうように躍り出た佐倉先輩がバールを振り抜く。
無理な姿勢から放たれた横薙ぎは『かれら』を転ばせるに留まったけれど…佐倉先輩は立ち上がる隙を与えず、そのまま頭部へバールを振り下ろしてトドメを刺した。
「ふぅ……大丈夫か?」
「――っ、ごめん……」
助けてもらって、ここまで守ってもらったのに。最後の最後で先走って、迷惑をかけて。
もしかしたら、無理に割り込んだ佐倉先輩の方が怪我をしてしまったかもしれないのに。
「…気にするな。立てるか?」
それでも、佐倉先輩は手を差し伸べてくれて。その手を取って、助け起こされる。
「…ありがとう」
足を引っ張ってしまったのに、嫌な顔ひとつせずに優しい笑顔を向けてくれる佐倉先輩が眩しくて、思わず視線を逸らしてしまう。
――その微笑みは、やっぱりきれいだった。
私は『佐倉慈』。私立巡ヶ丘学院高校の国語教師だ。
だから、教え子が危ない時には身体を張って守り、教え子が惑う時には正しい方向へと導く義務がある。…でも、現実にはそう上手くはいかなくて。
「…三階を制圧する時には、連中の動きに特徴がないか気を付けるようにする。皆も、何か気づいたことがあったら教えてくれると助かる」
「あたしも行くよ、めぐねえ。2人がかりなら、1人の負担もそんなじゃないだろ」
しなければならないと思っていた校舎三階の制圧。それを最大戦力であろう桐吾くんと恵飛須沢さんが自ら志願してくれたのは、ありがたくないと言えば嘘になる。……でも。でもだ。
桐吾くんは小学校から瑠璃ちゃんを助け出し、途中で柚村さんも助けながらこの屋上まで突破してと戦い通しだ。恵飛須沢さんだって、昨日『かれら』と化した想い人をその手にかけたばかりで平気なはずがない。
「恵飛須沢さんも……なら、私も行きます!生徒に戦わせて、教師の私が安全な場所で待っているわけにはいきません」
だから、2人にばかり負担はかけられないと、無理を言ってついていったのに。
「っ、めぐねえ!」
2人が大勢を前に大立ち回りをする中、ロッカーの中から飛び出してきた1人の『かれら』。
迎え撃とうと必死にモップを構えたけれど。昨日まで守るべき生徒だったことを思うと、どうしても腕を振り下ろすことができなくて。
「危ない……っ!」
「…ぁっ」
気づけば、私は床にへたり込んで。戻ってきた桐吾くんが、私に襲い掛かろうとしていた『かれら』をバールで沈めていた。
「サンキュー佐倉先輩!これで……最後っ!」
いつの間にか最後の1人になっていた『かれら』も恵飛須沢さんの前で倒れて。桐吾くんが、私を助け起こして床に転がっていたモップも拾ってくれる。
「…怪我がなくて良かったよ」
「……ありがとう、桐吾くん」
結局、同時に10人以上の『かれら』を相手取った時も、2人に頼るばかりで私は1人も倒せなくて。
――本当に、私は教師失格だ。
「…それで、今度は三階の安全を確保する為にバリケードを作る……のよね?めぐねえ」
「はい。階段は3つありますから……」
三階の制圧が終わった後、私の提案に従って皆が探索とバリケード構築作業を進めていく。
皆、頼りがいがあるとは到底言えない姿を晒してばかりの私を変わらず慕い、教師として立ててくれるいい子ばかりだ。
――だからこそ、彼ら彼女らの想いに甘えるだけでは駄目だ。他の先生ならもっと上手くできたのではと、泣き言を言っても何も解決しない。…今あの子たちを守れる大人は、私しかいないのだから。
…皆が夕食とシャワーを終えて寝室に向かう頃。覚悟を決めた私は、シャワー室から出てきた桐吾くんに歩み寄る。
「……桐吾くん、ちょっといいかしら?」
「…どうかした?慈姉さん」
私にしかできないことを。……私しか知らない、役に立つであろうものを。
「ちょっと、職員室で探したいものがあるの」
――職員用緊急避難マニュアル。
「確かこの棚の……これね」
“校外秘”“禁転載”と仰々しく赤い判が押された、薄い冊子。
3つ書かれた開封条件の何れもまだ満たしてはいないけれど、そんなことを気にしていられる場合でもない。
「…慈姉さん、それは?」
ついてきてくれた桐吾くんが、後ろから私の手元を覗き込む。
「職員用緊急避難マニュアル。教頭先生から、緊急時にのみ読むように言われていたものなの」
赴任間もない時期、それをそんなことが起きるはずがないと笑いながら教頭先生が棚に仕舞うのを見ていた記憶。
何の憂いもなかったあの頃が、ひどく昔に感じた。
「《機密保持条項》?普通の緊急避難マニュアルにしては変ね……」
机の上に広げたマニュアルの中には、“開封を以って機密保持契約に同意したものと見なす”だの、“資格なき第三者への開示もしくは漏洩の際は、速やかに監査部へ連絡すること”だのと不穏な文面が踊っている。
だが、そんなことより生徒の安全が第一だと読み飛ばし、ページをめくる。
――その先に眠っていた、おぞましい真実を知らずに。
「――どういうこと……感染症?生物兵器?これじゃ、まるで……」
「…慈姉さん?」
マニュアルに書かれていたのは、この事態を想定していたとしか思えないパンデミックへの備えの数々。
生物兵器とそれに備えた薬剤について記されたこのマニュアルこそが、地獄と化したこの惨状がやむを得ない天変地異などではなく、人災によるものだという確かな証拠で。
「…たった15人?それじゃ……まさか、この学校そのものが……」
「慈姉さん?大丈夫?慈姉さん!?」
何が“15人以内での生活を想定”だ。何が“小数の人命の損耗をためらってはならない”だ。
秘密を知らされた教師たちだけが安全な場所へ逃げ込んで、それ以外の……輝かしい未来を夢見て、日々を精一杯生きていた生徒たちは皆見捨てろと言うのか。
――生徒を守り導くことこそが、教師の本懐ではないのか!
「私のせいだ……誰かが、私がちゃんとこれを見てれば……こんなことに」
「…慈姉さん!」
耳に飛び込んでくる大声と、強引に横を向かされる感覚。
「と、桐吾……くん?」
…自罰思考へと沈んでいた私の意識は、桐吾くんに両肩を掴まれて現実へ引き戻された。
「慈姉さんは悪くない。何も知らされてなかったんでしょう?だったら、悪いのはこっそり研究だの何だのやってた連中で……慈姉さんが責任を感じる必要なんてないよ」
「でも……みんなを巻き込んだのは、私たち大人で。大人はもう……私一人。だから、全部……!」
「そんなことは、ない……!」
意外と内気で、目と目を合わせて話すのが苦手な彼が、まっすぐに私を見つめている。その瞳には、私への非難も嫌悪も一切込められていない。
「少なくとも、俺は慈姉さんに救われてる。慈姉さんがいたから、慈姉さんが誘ってくれたから俺はここに逃げ込むことができたし、それがなかったら今頃どこかで野垂れ死んでたかもしれない。るーちゃんだってどうなっていたかわからない」
「高校の皆だって……慈姉さんがいてくれるから、導いてくれるから前を向いて、纏まっていられるんだ。みんな、慈姉さんに救われてるんだよ。だから……そんな風に、俺たちの恩人を卑下しないで欲しい」
その言葉にはこんな私を気遣い、大切に思ってくれる気持ちが確かに込められていて。
「桐吾くん……!」
――気づけば、彼の胸の中で泣いていた。
「ごめんなさい。でも、ちょっとだけでいいから……もう少しだけ、こうさせていて……」
「…いいよ。生徒の前では弱い姿は見せられないんだろうけど……俺はもう生徒じゃないし、一応身内だし。…慈姉さんだって女の子なんだから、愚痴や弱音を聞くくらいはいくらでもするよ。そのくらいは、俺にだってできるから……」
桐吾くんが、しっかりと抱き締め返してくれる。
あの瞬間からずっと抑えてきた、心の弱さが溢れ出して。あの瞬間からずっと隠してきた、心のもっとも柔らかい部分を受け止めてくれる温もりが耐え難くて。
その優しさに甘えて、私は彼の胸の中で泣き続けた。
「…じゃあ、私は夜の見回りに行ってきますから。夜更かしはしないようにね?」
マニュアルのことはまた後でみんなに話すことに決めて。桐吾くんを寝室まで送ってきたけれど、何だか気恥ずかしくて彼をまっすぐ見ることができない。
「わかってるよ。……うん、その……」
桐吾くんは少し言い淀んだ後、またこちらに視線を向ける。
「……さっきも言ったけど、俺は慈姉さんの従姉弟で、ずっと良くしてもらってきたから。だから……慈姉さんに罪があると、責任があるとどうしても言い続けるなら、それを俺も一緒に背負うよ。大した事ができるわけじゃないけど、慈姉さんに一人で抱え込んで、苦しんで欲しくない。それだけは、本当だから…」
あんな情けない姿を見せてしまった私を変わらず慕い、大切に思ってくれる眼差し。彼の存在に、私はどれだけ救われているだろう。
“ありがとう”と、しっかりと頷く。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、慈姉さん」
男性ということで、一人だけ別に割り当てられた寝室に桐吾くんが消えていく。
「すぅーっ……ふぅーっ」
それを見送ると、漏れ出しそうになる高ぶった感情を鎮める為、小さく深呼吸する。
…ずっと、年の離れた弟のように思っていた従姉弟は、いつの間にかとても立派になって……私を受け止めてくれた胸の広さが、もうすぐ大人になろうという頼もしい存在なのだと伝わってきた。
ちょっと灰色の青春を送って、男性とお付き合いしたことがない私にとって……男性に抱きしめられるなんて、幼い頃にお父さんにされて以来で。
男性の胸の中が、こんなにも心安らぐものだったなんてずっと忘れていた。
(それでも……みんなの為に、私も出来ることをやらなくちゃ)
彼はああ言ってくれたけれど…私には責任があるのは変わらない。
既に学校として機能しなくなったとしても…あの子たちがいる限り、私は教師だ。だから、あの子たちがいつか笑ってこの校舎を巣立つその日まで、大人として守り導く義務がある。
――でも、時々でいいから。彼に……あの温もりにまた、縋ることくらいは許してもらえるだろうか……
極限状態で、頼りになる男性がいたらみんな依存しちゃうよねって(なお当人のやせ我慢)