『サッカーは一人ではできない』と言われたので、一人で勝てるようになって無双します   作:幻覚症状

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記録と記憶

【2030年4月20日 15:00 日本サッカー協会 会見場】

 

 ワールドカップ日本代表の発表から1時間後。監督と、当日召集されていたメンバーたちが揃って受けた合同記者会見の後で、異例の単独記者会見が行われていた。

 

 主将、水城澄也、23歳。日本の心臓。

 

 無数のフラッシュを受けても、穏やかな笑みを崩さない。その佇まいは、23歳という年齢を感じさせない風格に満ちていた。

 

「あらためて、ワールドカップ本大会に向けた意気込みをお願いします」

「チーム一丸となって、日本のサッカーファンの皆の期待に応えたい。それだけです。僕一人の力ではなく、最高の仲間たちと共に、最高の結果を目指します」

 

 当たり障りのない、無難な質疑応答。

 

「発表されたメンバーは予想通りでしたでしょうか?」

「こうだったらいいな、と考えていたメンバーが多かったことは否定しません。やはり、一緒にプレーした経験のある選手の方が、戦術を共有するのも早いですから」

「では」

 

 誰もが水城の言葉を知りたがっている選手について、一人の記者が踏み込んだ。

 

「電撃選出された天原選手をどう評価しますか?」

「……天原選手ですか」

 

 すう、と。ほんの僅か、水城が息を吸い込み、瞳を細める。しかし、カメラにそれは伝わらなかった。

 

「ドイツでの彼の活躍には、もちろん注目していました。すばらしい成績を持つゴールキーパーであることは間違いありません。これまで日本代表として活動したことがないので、チームに合流したら、まずは日本の戦術、仲間との連携を深く確認してほしいと思っています」

 

 淀みなく、静かに。

 

「サッカーは一人ではできない」

 

 言葉を、会場に響かせる。

 

「皆さんも理解していると思いますが、サッカーは一人ではできないスポーツです。どんなに優れた個人能力があろうと、チームとしての連携が取れなければ勝利は掴めない。彼が僕たちのサッカーを理解し、その一員として機能してくれることを期待しています」

 

 その突き放したような言い方に、記者から手が上がる。

 

「それは、天原選手が試合に出ない可能性がある、ということですか?」

「それを決めるのは監督ですが、主将として、連携が取れない選手については厳しい評価をせざるを得ませんね」

「しかし、連続無失点記録を更新中の天原ですよ」

「彼に限ったことではなく、一般論としてです。チームとうまく連携できない選手を入れても、チームの総合力を上げることはできませんから」

 

 食い下がる記者に、水城は言い聞かせるように言う。

 

「代表に選出された選手たちは、その自覚をもってプレーしてほしい。それだけですよ」

 

 有無を言わせぬ正論に、記者は手を下げる。しかし、また別の記者が手を上げた。

 

「水城選手と天原選手は、小学生時代、全日本小学生サッカー選手権大会の決勝で対戦経験がありますね。当時の彼の印象は?」

「……ああ」

 

 水城は、どこか遠いところを見るような目をしてからゆっくりと答える。

 

「懐かしいですね。僕はライラックU12で出場していました。確か優勝したはずですが、それだけですね。相手チームで特定の誰かが印象に残った、ということはありません。残念ながら」

「では中学時代では?」

 

 記者は畳みかける。

 

「全国中学生サッカー選手権大会、中部地区大会の決勝でも、天原選手と対戦していた記録がありますが」

「本当ですか」

 

 水城は目を丸くして見せる。

 

「彼には申し訳ないですが、そちらも覚えていません。全国の決勝なら思い出深いのですが。日本での最後のクラブチームでの試合でしたし」

 

 そして苦笑する。

 

「サッカーで勝ち上がれば、そういうすれ違いもあるでしょう。現に代表に選ばれた選手たちとは、一緒に戦った経験もあれば、ライバルとして戦った経験もあります。天原選手と試合をしたことがあるのは知りませんでしたが、特別珍しいことでもありませんよ」

 

 それ以降も、天原に関する質問が続いた。しかし水城の回答は一般論に終始し、記者たちが求めるような話は出てこない。ええ、素晴らしい成績ですね。そう聞いています。そのようですね……――

 

 結局記者会見の終了時間まで、水城本人の天原への評価が言葉にされることはなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「なぜ、僕の確認を取らなかったんですか」

 

 監督室の重い扉が閉まるなり、水城は氷のように冷たい声を響かせた。

 

「い、いや……」

 

 問い詰められた、気弱そうな顔の中年男性……日本代表監督の長崎は、困惑する。

 

「な、何が不満なんだ? 確かに……天原は君のプランにはなかったが、しかし――」

「キーパーは東村山さんと鹿島田さん。そう決めたでしょう」

「しかし……二人とも世界レベルにはないことは、君も承知していたはずだ!」

 

 長崎は蛇に締め付けられた鼠のような声で言う。

 

「天原、天原だぞ。いったい、なんの不満があるんだね? ブンデスリーガ優勝まで、無失点で勝ち上がった……た、確かに出場数は少ないが、それだけだ。ドイツが国を挙げて引き留めようとした逸材だぞ。それが、日本でプレーしたいというんだ……いい話じゃないか!」

 

 長崎は必死にまくしたてる。

 

「ドイツが確保するから……だから君はリストに載せてなかった。それだけだろう? そう言っていた! だが、そうならなかった。だったら採るしかない。誰だってそう思う! ファンも、協会も――」

「ファン? 協会? そんなものは関係ありません。いいですか」

 

 水城が詰め寄り、長崎は壁に後退を阻まれる。

 

「僕は日本代表として、日本をワールドカップで優勝させる。そのための、僕のチームなんだ。僕の求める選手でなければ、日本は優勝できない……あなたはそれでいいんですか?」

 

 フ、と水城は冷酷に笑う。

 

「僕があなたを支持しているから、協会もあなたを代表監督にしているんです。そして僕がいて、僕が日本を勝たせているから、あなたは首がつながっている。なのに、勝手なことをして……自分の立場をよくわかっていないようだ」

「きっ……君こそ!」

 

 長崎は目を閉じたまま悲鳴のように怒鳴る。

 

「私は監督だぞ! 今更交代させて世間を騒がせるような真似は、協会だってしない!」

「そう思っているんですか?」

 

 うっすらと開けた目の奥を、水城が覗き込む。長崎は、ヒッと悲鳴を漏らした。

 

「僕のプランに必要なメンバーをそろえること。それがあなたの仕事だったというのに」

「し、しかし天原は……」

 

 長崎には、なぜこの若き天才が世界最高のGKを拒絶するのか、全く理解できなかった。

 

「彼は他のどんな候補よりも優秀だ! 間違いなく世界レベルの守護神なんだぞ!」

「それがなんです?」

 

 水城は冷たく切って捨てる。

 

「彼は、僕のサッカーには必要ない」

「な……なぜ……」

「理由を知る必要はありません。とにかく……彼を試合に出さないこと。それが、あなたの次の仕事だ」

「そ、それは……主将としての意見か?」

「命令です」

 

 監督は痩せた肩を震わせ、視線を泳がせた。この若き支配者の機嫌を損ねれば、自分の首が飛ぶ。しかし……天原を出さないことに、世論が納得するだろうか?

 

「いいですね?」

「……わ、わかった……」

 

 長崎には、頷くことしかできなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「よっこいしょ……ふう」

 

 がちゃん、と空きビンの入ったケースを地面に下ろして、青年は伸びをした。

 

 大学を卒業して、けれど就職活動がうまく行かず、結局生まれ故郷の群馬に帰ってきて、実家の酒屋の手伝いをしている。片田舎の、何の変哲もない日常。けれど、今の彼にはそれが心地よかった。

 

 こうして体を壊した親の代わりに働いていると、何も考えずにいられる。平穏。それが彼の求めているもので――

 

「お邪魔するよ」

 

 店の引き戸をガラリと音を立てて開け、サングラスをかけた短い口髭の、うさんくさい男が持ち込む不穏な空気こそ、彼が恐れるものだった。

 

「いや~、雰囲気のある酒屋さんだねえ」

「いらっしゃいませ。……このあたりの人ではないようですね。申し訳ないですが、うちはケース売りしかしてなくて……」

「ああ、いやいや。酒を飲みに来たわけじゃないんだ。仕事でね」

 

 男は、サングラスの位置を直して名刺を取り出す

 

「サッカージャーナリストの、比留川です」

 

 サッカー。青年の身体がびくりと震える。名刺を受け取る指が震えて、弾いて、名刺がケースの隙間に飛び込んで見えなくなった。

 

「あっ……」

「ああ、気にしないで。よければ何枚でも差し上げますよ」

 

 サングラスの男……比留川はニマッと笑う。

 

「今日は取材に来たんだ。村田(はじめ)クン」

「……俺は、ただの酒屋ですけど」

「いいや、珍しいお友達をお持ちの酒屋さんだ」

 

 比留川は勝手にケースを引っ張って、どかりと座る。

 

「天原烈。小、中と彼とサッカーをした経験がある、だろう? その話を聞きにきた」

「……ッ」

 

 喉がひきつる。村田は、なんとか呼吸をした。比留川は気づかずに続ける。

 

「知っているだろう? 天原。ブンデスリーガ、シュヴァルツヴァルト08の奇跡。ドイツじゃ映画化されるなんて話もあるらしい。そんなドイツの国民的英雄様が、ドイツを袖にしてワールドカップ日本代表になるんだから、そりゃもう世界中大騒ぎだ。今、一番高く売れるネタは天原だよ。だから、どんなことでも知りたいんだ」

「……ませんでした」

「ん?」

「知りませんでした。天原が……日本代表?」

 

 村田は、くらくらとする頭を押さえて、壁に寄り掛かる。

 

「ありえない。何を考えてるんだ、サッカー協会は……」

 

 また。

 

 また……天原烈にサッカーをさせてしまうのか?

 

 それも、ワールドカップという舞台で。

 

「知らなかったのかい?」

「……サッカーはもう、やってないから」

 

 あの日から。村田は、サッカーに触れていない。ボールどころか、情報さえ目に入れないようにしている。

 

「ソレだ、ソレ。ソレもおかしな話なんだよな」

 

 比留川は楽しそうに指を振る。

 

「村田クン以外の、天原君の小中学校時代のチームメイトにも話を聞きに行ったんだ。だけど、全員がもうサッカーと関りを断っていて、そして取材に答えてくれない。いやはや、困ったもんだ」

 

 まるで困っていない様子で、比留川は続ける。

 

「天原烈は、謎が多い。シュヴァルツヴァルト08に所属していた時も、基本的に取材お断りでね。周辺人物から取材するしかなかった。だが、チームメイトも彼のプライベートはよく知らない。『天原とのサッカーは緊張しかなかった』『彼が出場しているのに点が取れなければ、自分たちの存在意義がなくなってしまう』……そんなつまらないコメントしか取れない」

 

 村田には――その選手のコメントがよく分かる気がした。

 

「ドイツも日本も、天原がどんな人間なのか知りたがっている。だが、ドイツ以前の公的な記録はスコアしか残っていない。試合映像もなぜか誰も残していない。当時の出場選手や関係者に話を聞いて回っているんだが……誰もが口を閉ざす」

 

 比留川は肩をすくめる。

 

「ということで、実は君が最後だ。何か話してもらえるかな? 少ないけど金一封ぐらい出せる」

 

 村田の喉はカラカラに乾いていた。あの日の悪夢が、鮮明に蘇る。一人でフィールドを支配する巨人。その狂気。

 

「……あいつは……」

 

 何かを話そうとする。しかし、言葉が続かない。恐怖が全身を縛り付け、呼吸さえ浅くなる。

 

「……すいません……俺には、何も……」

 

 比留川はため息をつき、諦めたように立ち上がった。

 

「謎だね。皆さんそろって同じような反応だ。なんだろうねえ、才能に打ちのめされたってこと? やれやれ……しょうがない。ご協力どうも」

 

 コキコキと肩を鳴らす。

 

「ところで……村田クンは天原の家に遊びに行ったことは?」

「いえ……」

 

 そういう関係ではなかったし、天原が自宅に招くような友達もいなかったと思う。

 

「そうか。道案内を頼もうと思ったんだが」

「天原の……家に行くんですか?」

「ああ。ほら、ご家族の話ってやつさ。ああいうのもよく売れるんでね」

 

 比留川はニヤニヤと笑う。

 

「どうやら実家がこの辺にあるようだからね。世界的守護神、天原をどう産み、育てたのか……あの才能はいったいどこから来たのか……誰もが気になるテーマだろう?」

 

 ガラガラ、と引き戸が明けられる。日差しが目に飛び込んできて――

 

「待ってください」

 

 村田は、思わず声をかけていた。

 

「……よかったら、車出しますよ。その代わり……一緒に話を聞いても?」

 

 天原烈はどこからきたのか。

 

 何者なのか。

 

 それを知ることで……気持ちに整理が付けられるかもしれない。

 

 比留川は振り返って、ニッと口髭を曲げた。

 

「タクシー代が浮いて助かるぜ」

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