綾小路は恋がしたい   作:Кудрявка

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#28 教訓とは物事の抽象化である

 

 

目紛しく経過していく日常と共に、豪華客船も大海原を突き進む。かの無人島も随分と前に水平線に飲み込まれた。

 

辺り一面は透明な海が煌びやかに輝き、まさに息を呑む絶景が広がっていた。

 

しかし、俺はそんなものには見向きもせずに、片手に持つスマホに映る佐倉の画像に釘付けになっていた。

 

…何が海だ。海よりも大きくて広くて深くて綺麗で飛び込みたいと思えるものがここにはあるやろがい‼︎‼︎

 

きっとパラオの海だって彼女の美しさには敵わない。

 

その魅力はこのスマホをスクロールするだけで残りの高校生活を過ごすのも悪くない。そう、思えるほどなのだから。

もうこれで終わってもいい、だから、ありったけを。ってやつだ。

 

「…なぁ、佐倉」

「な、何か変だった!?そ、その形とか…い、色とか…」

 

……それは一体、何の形でどこの色を指しているのか。知ってしまえば後戻りできない気がした。

身を乗り出して、食い気味に反応した佐倉に落ちちゅけと返しておく。冷静でないのは同じだった。

 

「いや、全く変じゃない。もし、仮に変な点があるとするなら、この素晴らしい景観が文化財保護法を指定されていないことくらいだ。文部科学省の職務怠慢だろ。こんなの」

 

いや、佐倉のスマホの奥底に未公開のまま眠っていたこの秘蔵の画像達を勝手に文化財として登録しようものなら、職権濫用どころの騒ぎじゃないんだけど。

 

そんな平常心を失ってるとしか思えない支離滅裂な俺の釈明に、佐倉はゆっくりと巻き戻すようにストンと椅子に吸い込まれる。俯いても分かるくらいには顔が赤くなっていた。

 

「…え、えと、あ、ありがとう……。……じゃあ、さっきは、な、なにを言おうとしてたの?」

 

恥じらいを押し殺して話の趣旨を戻しそうして、佐倉はおどおどとした様子で訊いてくる。

 

そんないたいけな少女を前にして、言おうとしていた『佐倉って絶対エロいよな』という品のない感想は喉を通過する事を許されなかった。余裕の一次審査落選だ。

 

しかし、この件に関して、俺は完全無罪を主張したい。

 

SNSに投稿すれば速攻でセンシティブ判定を受けそうな秘密のフォルダは、俺の身心を乱し悩ませ智慧を妨げるに充分な代物だったからだ。

 

(……というか冷静に考えてだ)

 

かつては歌って踊れるアイドルを目指していた少女の夢に現実が混入し歪曲して形を変えてしまったとして、グラビアアイドルという職業に辿り着くだろうか?

 

…否。本質があまりにも乖離している。この二つは全くの別物だ。

 

歌って踊るアイドルはパフォーマンスによる人気商売であるのに対して、素肌を晒すグラビアアイドルはプロモーションによる性的消費に近い。

 

佐倉愛里は理解しているのだ。

自分の体が持つ暴力的な魅力と男が内に秘めている根源的欲求を。

 

「佐倉って、エロいよな。…変な意味じゃなくて」

 

その事実に気付いてしまった今、一度は飲み込んだ言葉も吐き出して伝えるべきだと判断した。敗者復活である。

 

変な意味しかないのに、変な意味じゃないという最強の呪文を語尾に添えたのは俺の心の弱さが出た結果だ。

 

「えぇえぇえぇっ!?」

「驚く事か?こんな写真を撮っておいて」

 

驚いて声をあげた佐倉に対して俺は泰然自若とした態度で対応する。俺は冷静は感染するという事を知っているのだ。

 

…言うまでもないが、内心はドキドキバクバクだ。

 

後は適当な紙にお得意様のIDを丸文字で書いて小さな口にはむっと咥えれば、完全に完成してしまうこの画像の産みの親にストレートな欲望をぶつけてるのだから。

 

「……え、えーと……、あ、綾小路君も、……え、えっちなの?」

 

……なんだその質問は。その質問自体がそもそもえっちなんですが!?答えを言っているようなものなんですが!?

しかし、それだけで満足するのは仲間になりたそうにしているスライムみたいな伏し目を浮かべる佐倉に対して、『いいえ』の選択肢を選ぶようなものだ。

 

毒を喰らわば皿まで、濡れぬ先こそ露をも厭えだ。

 

「ああ。控えめに言ってライオン並みだ」

 

はい!俺は滅茶苦茶エロいです!

なんて、声を大にして言えるほど頭のネジがぶっ飛んでいない。

第二次性徴期を経た俺達の欲求が全盛期であるなんて自明の理。説明するまでもない事なのだ。

 

「…ラ、ライオン……?…綾小路君。スマホちょっとだけ返して?」

「駄目だ。これは俺の沽券に関わる」

 

佐倉がスマホで検索してしまえば、わざわざ濁して例えた意味がなくなるだろう。

 

それに、『ライオンは一日に交尾を50回もする』なんて雑学を彼女は知らなくていいのだ。

 

……って言っても、あとで部屋で調べてドン引きするんだろうなぁ。勢い任せに口を滑らしてしまった事を絶賛後悔中だ。

 

この間、堀北に心臓が3つくらいあるんじゃないの?と驚かれた俺でも50回戦は人体構造上、不可能だ。

 

「それに、佐倉はもっと自分に自信を持っていいんだぞ?可愛いだけじゃだめですか、とかなんとかほざいてるアイドル達じゃ足元にも及ばない魅力があるんだから」

「い、いやいやいやいやいや、い、言い過ぎだよっ。そんなトップアイドルに比べたら私なんてミジンコみたいなもんなんなんだからっ!」

 

容姿端麗を売り物にするくらい自覚と自信があるのも困りものだが、自己肯定感がここまで地の底に落ちているのも流石に煩わしいな。

 

俺がおもむろに彼女のスマホに指を走らせて僅か数秒後、

 

「なら、これを見ても本当にそう思うのか?」

 

通知の嵐が彼女のスマホを襲った。

鳴り止まない通知音は、クラスの日陰者とは思えない。しかし、そんなつまらない肩書きは彼女の前では些事だ。

 

そもそも、彼女が闘うべきフィールドはそんな狭くて孤立した世界じゃないって話なのだ。

 

「えっ……な、なんで……?今までこんな事……」

「大した事はしてない。ツイッターのシステムに準じた投稿をしただけだ」

 

今まで、佐倉は一言を添えて自撮りをアップロードしていただけ。

言葉を選ばず言えば、それは芸能人の活動ではなく一般人の趣味の範疇だ。

 

そんなやり方では少し露出度が増えたところでファンは増えない。ツイッターのフォロワーが5000人から伸び悩んでるのは、佐倉に魅力がないからではなくお粗末な運用をしているからだ。

 

「佐倉。少年誌のグラビアに抜擢されるという事はとんでもない快挙なんだぞ」

 

例えるなら、それは東大理三に現役で合格するくらいの狭き門だ。

 

しかも、彼女は特例中の特例だった。

オーディションに参加したわけでもなく、所属事務所が仕事を拾ってきたわけでもない。

少年誌の出版社の担当者の目がたまたま留まって、そのままメアド経由で仕事を請け負っていたのだ。言うならば推薦入試みたいなものだ。…これはちょっと違うか。

 

「しかし、少年誌のグラビアに掲載されたからといって爆発的に人気が出るわけじゃない。それは少年誌を読んでる人間は漫画目的で読んでる人が多いからだ」

「…う、うん。そうだと思う」

「だが、ツイッターは違う。明確な目的を持たず惰性で見てる人間がほとんどだ。そんな中なら、有名な少年誌に乗っていた佐倉のオフショットが数枚流れてくるだけで、脳の片隅に追いやってた記憶が鮮明に掘り起こされる」

 

これはある種のサブリミナル効果だ。

ただでさえ、水着の美女なんて刺激物は意識の外側に置くくらいで消えてなくなるものじゃない。

そういう本能的に抗えぬ習性は往々にしてビジネスに利用される。

 

「で、でも、それだけでこんなに……」

「ああ、肝心な部分を説明してなかったな」

 

どんどんと膨れ上がっていく数字に佐倉が違和感を覚えるのも当然だ。

どれだけ画像に付加価値を乗せたところで、5000人のフォロワーのアカウントから投稿されている事には変わりないのだから。

 

「リツイート欄を見てくれ」

「……あっ…、え、でも、なんで……?」

 

プチバズを見せているこの投稿の正体はこれだ。フォロワー数が100万をゆうに超える少年誌の企業アカウントにRTされているのだ。

 

「知ってるか?少年誌の公式アカウントのほとんどは掲載している作者や同業者の宣伝をRTするための情報発信ツールと化している事が多いんだ」

 

それは出版社が原作者や活動者ありきのビジネスモデルだからだ。

原作者に人気が出れば出るほど、グラビアアイドルの知名度が上がれば上がるほど、少年誌も比例して売れる仕組みになっている。

 

「フォロワー100万超えの企業アカウントのRTに佐倉の魅力が加わればこれくらいは当然の結果だ」

 

俺のSNS運用の手腕を見せ、佐倉に自信をつけさせる。

今回は一挙両得のいい機会になった。

 

「……ありがとう。綾小路君」

「ああ。もう二度と自分に自信がないなんて言うなよ。佐倉は可愛いだけじゃなくてエロさまで兼ね備えている最強のアイドルなんだからな」

「…え、えへへぇ。嬉しいような嬉しくないような…。えへへぇぇ」

 

という割には間抜けで陰属性丸出しの不気味な笑みが溢れてますよ。佐倉さん。

俺は不意打ちのようにそんな彼女をサンライズと海をバックにパシャリと撮った。

 

「……これは使えないな」

 

写真を確認すると、まるで好きな男が隣にでもいるかのように顔をふにゃふにゃに弛緩させた佐倉がいた。包み隠さず言うなら、メスの顔をしていた。

 

(……薄々思ってはいたが、佐倉って櫛田の比にならないくらい自己承認欲求が強いのでは?)

 

 

 

 

最終的に彼女のツイートは3万いいねを超え、フォロワーも2万人を突破した。

過去のツイートも軒並み伸びており、彼女の持つ魅力が存分に世間に知れ渡ったことだろう。

 

やっぱりJKブランドとこの垢抜けきれていない素人感がネットに居る男共の性癖にドストライクなんだろうなぁ……。

 

ほんっと、男って救えない性別だわ。俺含めて。

 

「綾小路君。実は…」

 

困り果てた顔で佐倉が打ち明けて見せてくれたのは、ブログやSNSに書き残されたメッセージだった。

……熱狂的なファンではないな。ストーカーの域に足を踏み入れてる。

 

しかし、実際問題この脅しとも誹謗中傷とも取れないメッセージだけでは刑事は動かないどころか、民事で裁く事も現実的ではないだろう。滅茶苦茶不吉だが。

 

「分かった。この件は俺に任せてくれ。考えがある」

 

俺は言葉強く断言して、佐倉の不安を払拭するように背中を軽く叩いた。

 

「佐倉は胸を張って生きればいい。障害を取り除くのは俺の役目だ」

 

ほら、神様はいたよ。そんなに立派なものを与えてくれたんだからね?ぐへ、ぐへへぇ。

 

……誤解なきよう言っておくが今のはプロファイリングだ。

犯罪者の思考をトレースして、犯罪の性質や特徴から行動科学的に分析する捜査の一環だ。他意はない。断じてない。

 

「うんっ。綾小路君を信じて待つねっ」

「…ああ。俺に任せてくれ」

 

無人島での撮影会に加え、今回の一件でビジネスパートナーとして完全に信頼を置かれたようだ。

だからこそ、馬鹿げた妄想を脳内で繰り広げている場合じゃない。期待に応えないと。

 

随分と長居した個室のレストランを後にして、猫背をピンと伸ばした佐倉と別れることに。

なんでもこの後はみーちゃんと遊ぶ予定らしく、ご機嫌な佐倉はフリフリと地下アイドル顔負けのファンサービスで手を振って走っていった。

 

…かわいい。追跡して監視しようかしら。

なんて笑えない冗談は水に流して、俺は一人で船内を探索する事にした。

 

(随分と久しぶりだな。一人の時間ってのは…)

 

(…そして、こんな時に真っ先に思い浮かぶのは決まって椎名なんだよなぁ。…今、何してるのかな。なんて粘着質な男みたいな思考まで芽生えてくる)

 

一人で本を読んでるのなら隣でその時間を共にしたいし、誰かと遊んでいるのなら邪魔をしたくない。

 

……結局のところ、彼女が幸せならそれでいいんだ。

 

そんな答えのない思考に耽っていると、テラスで釣りをしている森下がこちらをじーっと見てるのに気付いた。

 

「むむ。クロマグロではなく綾小路清隆が釣れるとは。すぐにキャッチアンドリリースしないと…」

「太平洋は全域でクロマグロの採捕は禁止だ。―って、聞けよ!あと、俺を海に返そうとするな。帰らぬ人になるから」

 

バッと駆け寄ってきた森下は、俺の腰に細い腕を回して海に投げ入れようとしてくる。力は弱いながらも行動自体は本気だった。

しかも、片手に持っている釣竿が鼻先辺りを何度も掠めて気持ち悪い。最悪の気分だった。

 

それに、ここは漁船じゃなくて豪華客船だぞ。ここから海面まで何メートルあると思ってんだ。仮に釣れたとして釣り竿ごと海に引き摺り込まれるのがオチだ。

 

「動かざる事山の如しですか。この岩をも動かす藍ちゃんパワーでびくともしないとは。坊主の腹いせにここで強力なライバルを一匹消しておこうと思っていたのに」

「犯行動機が森谷帝ニくらい理不尽すぎる」

「森谷帝ニ?ああ、乳房の比重が左右で異なってるからって理由で無差別に殺人を繰り返す猟奇犯罪者のことですか」

「創作するな。全年齢向けのアニメにそんな残酷な描写はない」

 

彼はただアシンメトリーな建築物が許せなくて、市民を巻き込んで片っ端から爆破してっただけだ。……相変わらず狂った犯罪者を生み出す天才だな、青山先生は。

 

そろそろ鬱陶しかったので、首元をひょいと掴んで森下を摘み上げて跳ね除ける。

背負った時も思ったが人間とは思えないくらい軽かった。

 

…実は宇宙人もとい対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスだったりしてな。…ないか、メガネ似合わなそうだし。

 

「ああぁっ!!!こんなところにっ!!!」

 

その後も森下とぎゃあぎゃあと棒にも箸にもかからない雑談に興じていると、急に刺々しい声が割り込んできた。

見覚えのある彼女は片手にテイクアウトしたと思われるレモンティーを持ったまま、こちらに駆けてくる。

そのせいでレモンティーが4分の1ほど飛び散っている。

 

「なんだ、そんなにパンツを見せたいのか?」

「ぐっ……⁉︎」

 

俺の発言を聞いて蹴りを繰り出す直前の足がピタリと硬直する。そこら辺の羞恥心はまだ忘れていないらしい。

苦し紛れに繰り出してきたパンチにはキレがなかったので、一歩も動かずに身を捩るだけで交わしておく。

 

分かりやすく、ぐぬぬという反応をしてくれるから伊吹の相手をするのはそこまで嫌いじゃない。

 

「綾小路清隆。この鶏のような頭の彼女は愉快な仲間の一員ですか?」

「はぁっ!?なんで私がこんな変態と仲間にならなきゃいけないわけ?てか、私のどこがモヒカンなのよ!?」

「ふふ。幸せ者ですね。皮肉が通じないとは。京都の舞妓さんも貴方の扱いにはさぞ困るでしょうね。あ、これも伝わりませんか」

 

森下藍のいつもの調子の発言に過剰に反応した伊吹は嘲るように笑われ、ターゲットが俺から森下に移っていく。

伊吹の性格を知る人間ならこの後に続く言葉は一つだ。

 

「喧嘩売ってんの?買うけど」

「綾小路清隆が大物なら、貴方は稚魚ですね。所詮は私の平熱36.5℃にも耐えられず火傷してしまう存在。ですが、この2mの釣竿を持った私に素手で挑もうとはいい度胸です。受けて立ちましょう」

「はぁっ!?それ、使う気!?」

「若輩者ではありますが、私もハンターの末端です。当然でしょうっ‼︎」

 

先手必勝と言わんばかりに振るわれた森下の釣竿に全く威力があるようには見えないが、それでも伊吹に向かって正確に飛んでいった。

その大したことのない攻撃に余裕を見せた伊吹だったが、釣竿が目前に迫ったタイミングで俺とばっちりと目が合ってしまった。

 

いつもの足癖で迎撃するのは簡単だ。彼女なら難なく釣竿ごとへし折ってしまうだろう。

しかし……………

 

「心臓、討ち取ったりです」

「―チッ‼︎‼︎」

 

結局、舌打ちした伊吹は俺の視線に怯えて後ろに飛んで退避を選択した。だが、二の足を踏み動作が遅れた事はあまりに大きく、森下の釣竿がヒットしてしまった。

 

伊吹の持っていたレモンティーに。

 

 ―バシャァッッ

 

「…………ふっ、狙い通りです。自分の才能が怖いです」

 

パンチラを避けた結果、レモンティーによって制服が透けてブラチラしてしまうという大事故。

確かに狙ってやってるのだとしたら、結城リト以上の才能だろう。デビルーク星から指名手配をかけられるに違いない。

 

「…み、みるなぁぁぁぁぁぁぁぁッッ‼︎」

 

怒号を響かせた伊吹は両腕で自分を抱くようにして走り去っていった。…ちなみに色気を感じる水色だった。

 

「…森下。お前、背後から刺されないように気をつけろよ。伊吹は腕っぷしだけは相当なもんだぞ」

「綾小路清隆。貴方を私のボディガードに任命します」

「断る。俺は忙しい」

「嘘つきです。その歳になっても彼女の一人もいないチェリーボーイ綾小路清隆は暇を持て余してるに決まってます。人肌恋しいこの季節に独り身を逃れて、可愛い私の側にいれる唯一無二のチャンスを棒に振るんですか?」

 

…俺は自分に驚いている。自分の中に怒りという感情が確かにあったという事に。そして、それが今にも発露してしまいそうな事に。

 

誰が!!!チェリーボーイ綾小路清隆だ、ゴラァ!!!

 

「なるほど。なら、間をとってこういうのはどうだ?伊吹に刺される前に俺がチェリーガール森下を仕留めるってのは」

「ぷーくすくす。造語を作ってまで私と張り合いたいようですが、捻りがないです。ユーモラス皆無です。綾小路清隆は将来子供が出来たら、ネットで検索して名前を決めるタイプです」

「はっ、残念だがチェリーの語源は『処女膜』由来のものだ。なんでも、昔の人はその血の色がさくらんぼの色に見えたらしい。そもそも直訳すれば、『処女』って意味も含むし間違いじゃない。チェリーガール森下の指摘は的外れって事だ」

 

…と、ここまで言って、奇人変人の森下が、地球外生命体の森下が、頬を大きく引き攣らせているのが見えた。

その表情に血の気がサーッと引いていき、自分の言葉が脳で反芻される。

 

…怒りで我を忘れて、滅茶苦茶気持ち悪い説明してた件について。…速攻で打ち切りだ。こんなの。

 

「ふ。私に乗せられて、ボロを出しましたね。綾小路清隆。セクハラで訴えられなくなかったら大人しく引き受けるのです」

「……期間は?」

「そういう殊勝なところは好きですよ、綾小路清隆。期間は勿論、彼女のほとぼりが冷めるまでです。解決に導いてくれれば早く解放されますね?」

 

結局は他人任せで解決しようって魂胆か。…抜け目がない奴だ。

 

「ふっふっ、一人で夜な夜なさくらんぼの茎を舌で結ぶ練習をしてる私と舌技で張り合おうなんて、チェリーボーイ綾小路清隆は身の程を知らないのです。自分を肯定する為にいつもの自分を曲げた、その時点で負けていたんです」

 

童貞である自分をどうやって全面的に肯定しろっていうんだよ。

 

最初から俺は負けてたんじゃないか。

 

 

 

 

ボディガードの一件で森下と連絡先を交換し、位置情報まで共有させられる羽目になった俺はとぼとぼと客室に戻ろうと重たい足を進めると…。

 

…客室の前に見慣れた生徒がいた。見慣れただけで関わり慣れていないし、なんなら喋った覚えもあまりない。

 

Dクラス随一のギャル。軽井沢恵だ。

 

「こんなところで立ち尽くしてたら誤解されるぞ」

「…だったら、入れてくんない?」

 

ダウナー系にキャラチェンジしたのかと思うほど、低く落ち着いた声音で要求されて、何かただ事ではない空気を感じ取った。

 

目の前の彼女は俺の知る軽井沢恵ではなかった。

 

『生徒の皆さんにお伝えいたします。先程、全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認してその指示に従ってください』

 

どうするべきかと思案していると、メールの着信音と共に船内アナウンスが流れた。

 

メールを確認するまでもなく、この前触れは特別試験だろう。となると、この階層には生徒が戻ってくる可能性が高い。

 

「部屋には入れない。場所を変えようか」

「ん、わかった」

 

……やけに聞き分けがいいな。一体、何を企んでるのやら。

 

俺はこの時、様子のおかしい軽井沢とスパンが短すぎる特別試験に頭がいっぱいだった。森下からの度重なるSOSに気付けないほどには。

 

…こんどはいいやつに生まれ変われよ。森下藍。

 





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