12月24日。
その日、宮城県S市の繁華街は騒然としていた。
まるで百鬼夜行のように、たくさんの界異がクリスマスイブに盛り上がっていた街中を我が物顔で跋扈する。
人々は我先にと逃げ回り、どこもかしこも悲鳴と怒号が飛び交う。クリスマスムードは台無しだ。
『■■ャァ!!』
「ひ、ひぃぃっ!?」
逃げ惑う人々、それに襲いかかる一号級界異【黒百足】。その全長四メートルほどの巨躯が、転んで逃げ遅れた男性サラリーマンを押し潰そうと迫る。
そこに文字通りの横槍が入った。
「おらぁあ!!」
『■!?』
「柔らけえんだよ、その殻ァ!!」
【黒百足】は自慢の硬い殻を破られ、首を大槍型祭具で刺し貫かれて沈黙する。
現れた傷痕の男は特徴的な制服、界異を相手にする祓魔の者の装束たる狩衣を纏ったタクティカル祓魔師と呼ばれる存在だ。
男は投擲した大槍と
「しぃっ、スコア十六匹目! 数多すぎんだろ! つか、アンタは早く逃げな!」
「あ、ありがとうございますぅ!?」
祓魔師の男の声に弾かれるようにサラリーマンが逃げ去っていく。それを見送ってから、男は無線機に手を伸ばす。
その顔には少し疲れが滲んで見えた。
「こちら志操班、黒百足を中心とした界異の群れに襲われている! キリがない! はあ!? なんとかしろって言われたって、こらどうしようもねえぞ! 数が多過ぎる!」
「志操班長! あぶない!」
「っ、ぐっ!? 噛蝿まで混ざってやがんのか!? 坊主、助かった!」
志操班長と呼ばれた男に迫る、通常ではありえないサイズの蝿の界異【噛蝿】。
間一髪、男と【噛蝿】との間に挟まれた槍がその命を救い、お返しとばかり振るわれた大槍が【噛蝿】の身体を叩き落とす。
「こいつはマジでやべえぞ。一号級や二号級程度しかいねえが、これだけ派手に暴れてんだ。散った瘴気溜まりも、市民の畏怖も相当溜まってる。いつ、もっとヤバいのが出てきても不思議じゃねえ」
繁華街には、今日という日のために駆り出されたたくさんのタクティカル祓魔師、境界対策課所属の祓魔師たちがいた。
彼ら彼女らは前線部隊だけでなく、最低限の戦闘能力を持ってさえいれば問答無用で班に割り振られた者達。境界対策課の総力戦と言っても過言ではない。
なぜ境界対策課の上層部は、それほどまでに必死になって人員を掻き集めたのか。
「────がははー! オレの天下だ! 逃げろ逃げろ、オレを畏れろ! がははー!」
イベント事には、決まってこういう手合いが現れるからである。
全身を古風な武者鎧で覆った女は、傲岸不遜な態度でビルの上から猊下の人々と祓魔師を見下ろして笑う。その手に持った軍配を振り回して、繁華街を賑わせる界異達を操っているらしい。
女は呪詛犯罪者【逆巻】。
あまり知名度のない呪詛犯罪者であるが、どうやら今日という日のために力を蓄えていたのだろう。
「ちくしょうが、界異が多過ぎてあそこまで辿りつけねえ!」
「ここは僕たちに任せて志操班長がアイツを!」
「この数だ、坊主らだけじゃどうにもなんねえだろ! くそっ」
志操はそう言って悔しそうに吐き捨てる。実際この局面を打開するのは、寄せ集めの自分たちだけでは難しいと言わざるを得ない。
周りで戦っている祓魔師達は全員が普段は広報部門などで働いている戦闘未経験者。今し方志操を助けた青年が唯一、かつて一度だけ前線部隊員として界異と戦ったことがある程度。今この現場の指示を彼に任せ、自分が呪詛犯罪者を倒しに行くと考えれば心許ないのは確か。
なれば自分が指揮を取って市民を守りながら、元凶たるあの呪詛犯罪者を捕らえねばならないのだろうが、そのためには少し戦力が足らない。
それがブランクがあるとはいえ、多少前線に身を置いていた経験のある志操には重々わかっていた。だからこそ、誰か人が欲しい。そう思わざるをえない。
「───
その声が聞こえた時、志操と部下達、その周囲を取り囲んでいた数十の界異達が、一瞬にして消し飛んだ。
それはもう跡形もなく、そこだけ綺麗さっぱりと。
唖然とする祓魔師達の視界にばさりと外套が翻り、白髪が夜闇に靡いた。
「……さあ、まだ来る。アレは拙がどうにかする。あなた達は界異を倒して」
「じょ、嬢ちゃん、アンタは……」
「ん。指揮系統は依然貴方に。拙は単なる助っ人マン、ぴすぴす」
どこか無感情めいた声音で志操達に指示を出すのは、身長140cmと少しほどの背丈の少女。
腰の後ろには大小二振りの刀をベルトで吊るし、年季の入った黒い外套の背には【十】の文字を飾った特徴的なエンブレム。
ふふんと無い胸を張ってピースして見せる様は呑気この上ないが、その出立ちは少なくとも彼女が単なる乱入者の少女ではないことをその場にいる全員に示す。
志操は、驚愕のままに風の噂に聞いていたその名を口にした。
「祓魔隊、
祓魔隊第十班。
境界対策課の前線実働部隊、祓魔隊を構成する班のひとつ。
その構成メンバーは全員が班長の指示のもとに全国各地を放浪しており、境対本部に寄り付くことがないとされる。
彼ら彼女らは界異との戦闘行為や他班の任務にふらりと現れて参戦し、傍若無人を極めたような在り方、行動を見せ付けて去っていくという。
まるで都市伝説だと、そう笑い飛ばすべき存在が今目の前にいた。
「ん。第十班所属祓魔師、
侘無流那、そう名乗った童女のように幼い風貌の少女は、薄い身体に反してむっちりと張ったその下半身で独特な構えを取る。
その手は鞘に入った刀を握り、姿勢を低く。視線の先には焦った様子で喚き立てている呪詛犯罪者の姿。
「戦術的無外流───」
ただの一言。
鈴の音のような声で流派の名を唱えれば、立ち所にして祓魔師達の眼前から少女の姿が掻き消える。
一体どこへ、辺りを見回してもその姿は見つからない。しかしそれも当然のことだろう。何故ならば、
「───壱太刀」
「ぬぉおっ!?」
突然目の前に現れた侘無流那の姿に、呪詛犯罪者【逆巻】は面を食らう。
それでも長い間この裏社会で祓魔師や気狂いの呪詛犯罪者相手に逃げ延びてきた立ち回りの経験が、神速の居合一閃をなんとか手にした軍配で防いでみせた。
冷や汗を流しながら大きく距離を取れば、すぐさま追撃の気配はない。
「……オマエ、ここは八階建てのビルの上だぞ。どうやって来た」
「? 普通に飛んできただけ」
「はぁ? 何を馬鹿なことを。この高さを飛んでくる人間がどこにいる!」
「班長とかならこれくらいは余裕だと思うけど」
少し幼いその声は、しかしこんなことはなんら不自然なことではない、至極当然なことであるという確信めいた認識を感じさせて、【逆巻】は今度こそまずいと喉を鳴らした。
「ちっ、祓魔隊か」
祓魔隊といえば歴戦の戦士達。人の身と戦術で五号級、つまりカミにも等しい界異すら打倒してみせる者達。
こういう手合いは本当にそれを為せると理解している、つまり単なる人間から逸脱した者の視座を話すことがある。経験則から言えば、そういった者は己よりも格上であることがほとんどだ。
たとえ不思議なことに目の前の少女からなんの脅威も感じなかろうとも、ここは退くべき。
一歩後退る【逆巻】に、侘無流那は無念そうに声をかける。
「一太刀で全部剥くつもりだったんだけど、その鎧思ったより硬い」
「……? 何を言ってるんだ、オマエが打ち合ったのはこの軍配だろう。ふざけているのか」
「ふざけてはいない。ただ、その下まで丸裸にするつもりだったから、驚いただけ」
「はぁ? さっきから何を言ってっ、ぇ?」
要領を得ない無機質な侘無流那の言葉に、短気な女が声を荒げ、そして次には呆けた声を出して固まった。
がしゃりと具足が地面に落ちる。バラバラになった装甲がコンクリートの地面に音を立てて剥がれ落ちていき、ついに【逆巻】はその下に隠していたボディースーツ、中肉中背のよく鍛えているのがわかる女性的なラインをした身体を露わにさせられる。
「っ、〜〜っ!?」
「ふへへへ、スーツ越しでもやっぱりいい身体してる。拙の見立て通りだ」
「なっ、は、ぁぅ……オ、オマエ、何したぁ!?」
【逆巻】の纏っていた鎧は境界対策課より指定呪具として扱われる【合掌装・一度剪】。一度だけ、着用者の肉体精神尊厳問わずのさまざまな破滅を肩代わりする、広域で効果を働かせる形代。
それが効果を発動して身代わりとなったのだろうが、それでも本来なら術などによる破滅を代替わりすれば砕けて霧散するはず。だが、その鎧の断面は鋭利なものでばらばらに斬り捨てられたことを示している。
「何って、さっき跳んで来た時に、その全身の邪魔な鎧を全部剥いだだけ」
「は、はぁ……!?」
自らの身を掻き抱いて顔を真っ赤に染め問いただす【逆巻】に、なんということはないとそう告げれば、侘無流那はベルトで提げた鞘から大小二刀を引き抜いてだらりと構える。
「こ、この変態やろーがっ!」
「変態じゃない。拙はただ老若男女関係なく、ありのままの姿、裸体が好きなだけ。その身体も、全裸に剥かねば無作法というもの」
「変態じゃねえか!?」
侘無流那は端的に言って変態だった。そしてそれを包み隠すことがない、所謂オープンスケベと云われるもの。
その全身からは溢れんばかりに自分は間違っていないというオーラ、自信が醸し出されているように、対面している【逆巻】には見える。
だからこそおかしい。得てしてこんな場面で如何な内容であれど立ち振る舞いに自信がある人間が、それも時代錯誤にも刀を携えているような人種がなんの脅威でもないなどありえない。
その構えは、ただの自然体のように見える。なんら技術も術理もありはしない、ただの二刀流。いや、それどころか刀を抜いて立っているだけ。
そんなはずはない、目の前の剣士が弱いはずがないのだと理解しながらも、【逆巻】はどうしても脅威ではないと見積もろうとする感覚に頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ふへへ、さあその身体。余す所なく見せてもらう」
「ひっ!?」
静かに、されど必ずそうするという強い意志を感じさせる言の葉。
言外にお前に生き恥をかかせてやるぞという執念を感じさせて、【逆巻】は恐怖する。こんな祓魔師がいていいのかと困惑する。なぜ自分がこんな感情を抱かせられているのかと憤る。
それが弾けた。
「くそッ、ふざけやがってぇぇ!!!」
「わ、なんかすごい気配。まだやる気?」
「まだまだ終わるわけねえだろうが! これからオレの時代なんだよぉ!」
「あー、なんか小物っぽい」
【逆巻】の怒り、恐怖、困惑。
そういった感情に、この繁華街に溜まった瘴気と市民の畏怖の念が呼応する。
地響きを起こしながら、鎧を失ってボディースーツ姿の【逆巻】の身を瘴気が覆う。
それは正しく生ける鎧か。太刀を構え、【逆巻】を甲冑と面頬、陣羽織で鎧う。その怒り、野望に燃ゆる炎に焦がれる。
「【般若甲】?」
「ハッ、ツキはまだオレにあるらしいなぁ!?」
【般若甲】、三号級界異。
あまりその姿を見かけることはない存在だが、今宵はこの街の騒ぎに誘われて幽世から現れたらしい。
効力を失った【合掌装】を依代に顕現した界異は、総身に憤怒と穢れを纏う。市民は愚か並の祓魔師ですら卒倒するような威圧感を放ち、侘無流那の前に立ちはだかる。
「三号級程度だが、オマエを完膚なきまでに捻り潰すには十分だろぉが! 【般若甲】、この変態をぶっ殺すぞ!」
『■■ッ!』
吠える。
その声に従い【般若甲】がひとときの主人と定めた女の膂力を補って、瞬きの間に彼我の距離十メートル余りを埋め、加速を伴った【逆巻】が剛の太刀を振るう。当たれば歴戦の祓魔師であれど一溜まりもない怪腕の一撃だ。
それを正面から受け止めるような無謀なことはせず、侘無流那はすっとその身を半歩後ろに退くだけで回避すると、側面に回り込むように足を滑らせて、勢いのまま左の脇差を手の内で回しながら遠心力による加速を乗せて返した。
「しゃらくせえなぁ! そんなもんが、この【般若甲】に効くかってんだ!」
純然たる力の篭らぬ脇差の一撃など取るに足らない。籠手をぶつけて容易く弾けば、無駄なことをと調子付く。
……だが、【逆巻】が前にしているのは裸体を追い求めるあまりに、人を傷付けぬ太刀へと至った者。
裸体を覆い隠す邪魔な服も、鎧も、矜持も何もかもを斬り捨てて、あるがままに美しきを見出す侘び寂びの剣客。
「いや、もう切ったけど」
「あ?」
気が付けば、【逆巻】を覆う【般若甲】のその腕部の装甲だけが切り裂かれ、ずるりと剥がれ落ちて霧散した。
「は、はぁ……!? はぁー!?」
「拙にとって、裸体を覆い隠すものを剥くことなど他愛も無し」
「にしたって、おま、オマエ!? 三号級だぞ!?」
「三号でも四号でも五号でも、その裸体を隠す邪魔者は斬って捨てるのみ」
ありえない。
その技量も、精神も何もかも。無茶苦茶過ぎる。
こんなことがあっていいはずがない。【逆巻】は理不尽の嵐のような存在を前に泣きそうになった。
「くそ、があッ!!!」
「もう終わりにしよう。拙は優しいので、その身体を余すところなく撮影したら命までは取らない」
感情も、信念も、倫理も、何もかもが関係無い。何物も枷にはならず、行く手を拒む障りは踏破する。
第十班とはそう在るべきモノ。奔放なりし、無双の天稟。
───我らの足に枷はなく、我らの行く手に障りなし。
「我らの足に枷はなく、我らの行く手に障りなし」
かつてこの身を枷より解き放ち、障りをものともせぬ在り方を体現した人の語った、祓魔隊第十班の在り方。
それは人斬り堕武流であった己を、今この時も侘無流那として活かし続けている。
「我が手に剣を、我が心に無限を、我が剣に
一なる剣は万古不動、泰然自若として揺らぐことなく。
その刃は毛を吹きつければ即座に斬り捨てる鋭さを持って、我が心に納められ。
されど僅かに動く時、刃には清々しいほどの光輝が燦然と輝く。
「まあ、言ってもわからないと思う。だから、その身で味わって」
狼狽する【逆巻】へ向けて一歩踏み込む。
その手の二刀は月明かりを受けて煌めき、なんの術理も感じさせぬ立ち姿には確と一つの剣の理心が宿っていることを表した。
ゆえにこそ、侘無流那の太刀筋には迷いも憂いも何も無い。
「弍太刀、木端呪詛犯罪者にしては頑張った。褒めてあげる」
「ふ、ざっ、けろぉおお!!!!!」
「では、これにてお終いお仕舞い」
半狂乱になりながら襲いかかる【逆巻】にはもう何も伝わらないだろう。ならばしっかりとその身に教え込むのみ。
侘無流那は真っ向から飛び込み、その二刀を振るう。
それは技の名を持たぬ、ただ無形にして無敵の剣。
戦術的無外流、堕武流式対人魔剣───
「───また、つまらぬものを斬ってしまった」
ほんの一時、刃を交わす。入れ替わるように互いの距離を離し、侘無流那は【逆巻】に背を向けて沁沁と呟いた。
『■■ォォっ!?』
「きゃぁぁっ!?」
かちゃり、鯉口を鳴らして刀を納めれば、それを合図に界異【般若甲】は粉微塵となって祓滅される。
そして、【逆巻】のボディスーツが跡形もなく斬り捨てられて、妙齢の女の裸体が晒された。
「ふへへへ、お姉さんいい身体してるね、ちょっとおじさんに写真撮らせて、ふへへへ」
「や、やめろおおおお!?!?」
そうして一人のうら若き乙女の尊厳が凌辱され尽くした頃、この小さな百鬼夜行は志操達タクティカル祓魔師の活躍で一体残らず界異が祓滅されたことにより終わりを告げる。
クリスマスイブの営みは護られたのであった。
侘無流那は勝利ムードで喜びを分かち合う志操達をビルの上から見下ろしながら、その無表情に小さく微笑みを浮かべる。
手元のスマートフォンには、羞恥に気を失って今も潰れたカエルのような姿で転がる【逆巻】の、その生まれたままの姿、あられもない裸体を収めた写真。
時刻は二十三時五十分。クリスマスイブが終わるまであと少し。彼女を下の祓魔師達に預けて自分ももう休もうと決めて。
「もうすぐ、今日も終わり、か」
ふと、侘無流那は自らの大恩ある存在をスマートフォンの電話帳から探して、何の気無しに発信ボタンを押す。出ないだろうな、と半ば諦観を抱きながら。
しばらくして通話相手が出たことを表す表示に、侘無流那はほんの少し目を見開いて口を開く。
「ん、ハンチョー。メリークリスマス」
電話の相手は他でも無い自らの班の班長である女。全国各地を回り界異や呪詛犯罪者狩りに勤しむ彼女は、神出鬼没の第十班の長らしくなかなか連絡を取ることができない。それは、彼女が班長となってから最初の班員である自分でも例外はなかった。
加えて普段は電波圏外の場所にいることが多く、なんならしばらく携帯電話が壊れていたというではないか。
今日、このタイミングで電話が繋がったのはまさしく奇跡という他ない。
「電話復活したんだ。
送る、とは言っても彼女は定住しないため自分が届けにいくか、他の十班員と出会った時に渡してもらうしかないのだが。
おそらくその時にはクリスマスどころか桜が散る季節かもしれないな、などと思いつつ、それもまた自分たち第十班の在り方と頷く。
「うん。お正月は取り敢えず三姉妹のとこ行って、ステラのとこ行くつもり」
侘無流那の脳裏には、久方ぶりに裸体が見たい同班員の姿が思い浮かぶ。そうでなくても、たまには理由もなく顔を合わせたいと、そう思った。
自分から繋いだ縁だ。切れるのは、怖い。
「え、拙は元気だけど。うん、人も斬ってないよ」
元気だとか、人を斬っていないだとか。
まさか、自分がそんな報告をするなんて、昔の己では考えもしなかった。何者にも縛られぬ、ただ好きなように在って良い環境などありえないモノだったから。
ただ、暗殺者として無敵の剣を振るうだけの存在には想うことも烏滸がましいような、人との触れ合い。
「大丈夫、拙はもう子供じゃないから。……ないから」
齢十八、侘無流那にとってはもう十分大人と言い張りたい年頃だが、電話の向こうの声はまだ大人とは認めてくれないらしい。
だがそれもまた嫌ではない。枷とならぬ人との繋がりの心地良さは悪くなかった。
「まあいいよ。拙の剣も前より鋭くなった。次はハンチョーも剥くから、覚悟してて」
返ってきたのは、待っている、というただその一言。
通話の終わったスマートフォンをポケットにしまって、侘無流那は聖夜の空を見上げて微笑むのであった。