ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
ご注意ください
産まれた瞬間のことを覚えているだろうか。
オレは覚えていない。
だけど死んだ瞬間のことは覚えている。
死後の世界のことも朧げながらではあるが、覚えている。
しかしながらこの記憶は、長くはもたないものだろう。
覚えていようと意識していても、いつのまにか忘れてしまう夢のように、自然と消えてゆく類のものだ。
オレの名前は、ルイ=ゾルディック。
それは過去の名前だ。
いまの名は――
「ミルキーちゃん。今日もママと一緒にお出かけしましょ」
「ダメだよ、ママ。今日ミルはオレと修行するんだから」
オレはミルキ=ゾルディック。
イルミの
飽きもせず毎日のようにママとイルミはオレのことを取り合っている。
イルミと呼び捨てにすると「イルにぃでしょ」と猫目でじっとりと睨まれるが、イルミはイルミだ。
男であればよかったのだが、どういうわけか女に産まれてしまった。
ルーナの魂の影響が強かったせいじゃないかと思っている。
3歳の誕生日にしっかり記憶を思い出したが、いまだにルイだったことを言い出せずにいる。
言い出せないままに、8歳の誕生日を迎えてしまった。
すっかりオンナノコの身体にも慣れてしまった。
だって、時間は進んでいるのだ。
オレがいた形跡はたしかにそこにあって、でも皆前を向いて歩いている。
イルミの部屋にはルイだった頃のオレの写真が飾られているし、ママもオレのことを忘れる日はないと話していた。
オレは自分がルイであることを言い出せないままで、いいのではないかと思い始めていた。
そしてオレには新たな弟ができた。
今世のオレもまた銀髪で、弟もまた銀髪の男の子だ。
父さんの遺伝子強くね?
この子のことを、イルミはとてもよく面倒をみた。
もちろんオレもイルミが産まれたときのように面倒をみたが、正直イルミがここまで人の世話をできると思っていなくて感動した。
昔はオレ以外には興味なんてまるでない、って感じだったのに。
執事たち曰く、オレが産まれたときも甲斐甲斐しく世話をしてくれていたらしい。
記憶を取り戻したのが3歳くらいだから全然知らなかった。
オレは不自然でない程度に前世で覚えた技や念を、少しずつ覚えていっている風を装った。
ルイに次ぐ才能の持ち主であると言われているらしい。残念、どっちもオレだ。
ゾルディック家を継ぐのは男児であるため、弟――キルアの修行は苛烈を極めていて、泣きべそをかくキルアをオレはしょっちゅう慰めた。
イルミもキルアの教育に参加しており、キルアを死なせないことを目的に、幼児では逃げ出したくなるほどに強度の高い訓練を施している。
それはイルミからキルアへの紛れもない愛情であると、オレは思う。
ちょっとばかしフォローが足りていないけれど。
「ミル姉はイル兄が怖くないの?」
厳しい修行を施すイルミに対して、キルアは恐怖心を抱いているらしい。
「怖くないよ」
だって、お前もイルミも、どっちもオレの大事な弟だから。
オレが再びこの世に産まれた理由はまだ見つけられていない。
オレがこの記憶を保持したままである利点は、もしかしたら見出せないままに終わるかもしれない。
過去のルイとしてのオレはずっと、焦燥感のなかで生きていたように思う。
なにに焦っていたのかというと、原因はさまざまだが、詰まるところいまを見れていないことが問題だったのだと思う。
いまの自分を認めることができなかったことでの自己否定が焦りに繋がっていたのかもしれない。
過去や未来に想いを馳せては怖くなって、イルミが死んでしまったらどうしようと恐れて、“今”というものをきちんと感じれずに生きていた。
とても勿体無いことをしていたな、と思う。
いまもイルミが死んだときの夢を思い出すと、ギュンっと過去に引き戻されて、焦りでどうにかなりそうになる。
だけどオレは知っている。
あれは過去であって、“今”ではないのだ。
オレは過去の不安をそっと切り離すことができるようになった。
こうして出てくる不安や焦りの感情だって悪いもんじゃない。
オレを守るために出てきてくれたオレの大切な感情なのだ。
オレは、過去と今をきちんと区別できるようになった。
だからもう、恐れるばかりではない。
過去が積み重なって今があるけれど、今は過去と同じではないのだ。
オレが変わるのと同じように、周りもまた変わっている。
オレは必要以上に未来や過去に囚われるのを、やめた。
ルイであることを捨てたわけではないが、そのことに執着しなくてもよいと思ったのだ。
可愛いだけだったイルミは、すっかりお兄ちゃんのようになっているし、身体も大きくなって、力も強くなって頼もしくなってきた。
ミルキとして産まれたオレは、これからルイではなくミルキとして生きていくつもりだ。
きちんと、いまを見つめて。
なんちゃら旅団とかいう劇団員になったらしいクロロとバッタリ出会って突然求婚されたり、携帯をパクったクソガキを見つけて天誅を下したり、医者になったマチとバッタリ会ってデートしたり、変なメイクをしたヒソカに追いかけ回されたりするのはまた、別の話だ。
おしまいです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
毎話のように感想をくださった黒幕さんには一等の感謝を捧げます。
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