仮面の慟哭と凶宴   作:咲野 皐月

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 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 前回更新より2週間の空白を経まして……来たる本日、最新話の投稿となります。読者の皆様方におかれましては、大変長らくお待たせ致しました。今宵も恙無く開演でございます。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみください。


Non tempus habemus.


↓ ↓ ↓ ↓ ↓


私たちには時間がありません。



#10 Non tempus habemus.

「……うーん、やっぱ連日の仕事明けで講義はキッツ」

 

 

 若葉邸にて一悶着あった翌日……僕は大学の方に顔を出していた。千歌はAve Mujicaの全国ツアーに引率する為、講義を欠席する事が多くなったので、今対応出来る僕が彼女の分まで履修して後に伝えようと思った次第だ。

 

 今は午前の講義で二つ目が終わった所で、時間は11時を少し過ぎた頃だった。立て続けに同じ講義室で似た様な内容なので、こうして伸びを入れないと身体に負荷がかかってしまう。

 

 

「イタタ……。暫くは千歌の分まで履修しないとだから、これくらいで音を上げてられないね」

「ね、ちょっと良いかな」

「いいけど……どしたの?」

「さっきの講義、少し分からない所があって……。盛谷くんなら綺麗にまとめてそうだったから、と思って」

 

 

 あー、そう言われれば確かに。

 

 

 さっきの教諭の教え方は所々書き記す所こそあったが、一番前に座っている僕ですら聴こえているか不安だったので……彼女たちの居たところから考えれば、まず何と言っているのか理解できないだろう(ちなみに先の女子たちは一番後方に居ました)。

 

 そのうえ不明な点を問う事も無くガンガン進むので……置いて行かれる時は、もうズルズルとが通例になっている。

 

 

「わかった。僕も少し振り返りをしたいと思ってたんだ、何だったら……今からやる?」

 

 

 僕がそう答えると、その声をかけて来た二人組は飛び上がらんとする勢いで二人同士の会話を始めた。

 

 

「良かったね夕美、あんた盛谷くんと話したいって言ってたじゃんか!」

「う、うん……結構忙しそうだから、機会があまり出来なかったんだけど…っ!」

「ほら、この機会にどんどんお近付きに!」

「そ、そんな……迷惑じゃないかな」

 

 

 ……あー、なるほどね。

 

 僕の周囲だとそう言う認識になってるのか。今は千歌が諸用で席を外しているし、僕の事になると過敏に反応する幼馴染でさえも別の大学と言う事で問題は無い。

 

 

 なら、大丈夫かな。

 

 

「いいよ、気にしなくて。せっかく大人数でやるんだし、場所を移動しようか。食堂とか今なら空いてるかもだから、先ずは場所を探そう。その後に勉強会をしようか」

「よ、喜んで!」

「……えっ、私も?」

「僕は一人教えても二人教えても何の問題も無いよ」

 

 

 そう言って僕は二人を連れて、勉強会をするに相応しい場所へと移動をした。向かった先では定期考査が近いのか、何処のテーブルも試験勉強中の様子が見て取れた。それを見た僕は彼女たちを屋外のテラスに誘い、円形のテーブルの上にそれぞれの参考書を取り出してミニ講義をする事にした。

 

 外は風があまり吹いておらず、暑さは感じるもののそこまで気になるほどでは無かったので……互いに不安な箇所や、ここは自信があるポイント等を教え合っていた。

 

 

「うっわ、盛谷くんってすっごくマメ〜。いつもこんなにキレイにノートとか纏めてるの?」

「いつも……と言われたらそうなのかな。中学の頃から定期考査の事を視野に入れて勉強する時は、大抵ノートを見返す習慣を付けてるんだ。それもあって、先生の発言や板書された内容は書き漏らし等が無い様に気をつけてるよ」

「「へぇ〜」」

 

 

 そう言って僕が説明すると、二人は感心した様に相槌を返していたので……僕はそのまま自分の纏めた内容に、自分の言葉で注釈を足しながら、言葉を続けた。大事な箇所はカラーマーカーで線を引いたり、重要な語句や公式は色ペンで記載したり。

 

 二人のノートを見ている限りだと、そこまで講義の内容に遅れを取っているとは思えなかったのだが……念には念を、と言う気概で僕もサポートをする事にした。

 

 

 ……そうして暫くすると。

 

 

「ねぇ、盛谷くんってさ」

「?」

「水澄さんとはどう言う関係なの? 普段から二人って一緒に居るけど、幼馴染とか?」

「そうだよ。千歌とは、小学校の頃からの付き合いだね。かれこれもう10年以上は経ったのかな」

「良いなぁ……。盛谷くんみたいな誠実な人がもし幼馴染だったら、私なら自慢しちゃう」

 

 

 まあ、そう思われるのは悪い気はしないのでツッコミは特にしないのだが。その後にあらぬ事を言い出したので、隣に座っていた夕美と言われた女子生徒の友人に確認を取り、軽い手刀で正気に戻させた。

 

 その友人曰く……彼女は少々妄想癖がある質みたいで、読書が好きな一面は理解しているのだが、長時間もその状態にさせる事は避けているらしい。

 

 

 ……今の様子を見れば、その言葉も納得だね。

 

 

「あはは……」

「でも、夕美の言う事も分かるかも。盛谷くんって学部外の先輩からも声をかけられてるでしょ。気付いてないかもだけど、意外と貴方を狙ってる人……それなりに居るよ」

「マジか」

 

 

 おっと、これはさすがに想定外。

 

 

「あのさ、もし良かったら夕美と」

 

 

 その友達がそう言いかけた所で、講義開始5分前の予鈴が鳴り始めた。……さすがに雑談で時間を多めに使いすぎたのか、お互いにノートが軽くしか埋まっていなかった。それにお昼を食べて居ない所為もあるのか、時折腹の虫が煩く鳴り続けていた。

 

 

 ……まずいな。千歌からは確り休息を取って現状維持に務める様にと苦言を刺されている建前……こんな所を彼女に見られデモしたら、確実にお説教は免れないだろう。

 

 加えて自分の知らない所で他の女子と関わった……と言うのが伝われば、明らかに良くない事が起こりかねない。

 

 

「ヤバッ、そろそろ行かなきゃ遅れる」

「わわっ! ……えっと、盛谷くんは次の講義って……」

「そうだね。同じ講義室だから、早めに行かないと」

「それなら……えぇっと……。お近付きの印と、さっきの勉強を教えてくれたお礼に……これ!」

 

 

 そう言って手渡されたのは、キレイに風呂敷で包まれた物だった。中を開けて確認しても良かったが、時間も差し迫っている以上……この場でそれをするのはあまりにも悪すぎる。

 

 

「時間がある時に食べてね! それじゃ、行こっ!」

「了解。とりあえず、ここに広げた物を片付けてからだ。それから移動しよう」

「わかった!」

「おっけー!」

 

 

 僕たちはテーブルに広げた一式をサッと片付けて、次の講義が行われる場所へ向かった。時間としてはギリギリ間に合ったのだが、入る時にこちらを見る視線が何やら生暖かかったのは、今となっては黒歴史に近い出来事だ。

 

 

 ……そうして午後の講義も恙無く終わった頃。

 

 

「ん、誰だろう。今ちょうど終わった所だけど……」

 

 

 そう言ってスマホを付けてみると、そこには短く非通知と表示されていた。不審に思いながらも僕は応答し、足早に荷物を纏めて講義室を退出した。そうして暫くした後……電話をかけて来た相手と相対する事にした。

 

 

「……もしもし」

『暫くぶりですわね、颯樹様。お元気でしたか?』

「その声……美優(みゆ)か?」

『……っ、はい! (わたくし)です、美優ですわ!』

 

 

 突然電話をかけて来たのは……なんと、美優だった。

 

 出会った時は小学三年の頃で、ある事例でクリニックを訪れた際に知り合った女の子だ。そのある事についてはまた後に説明するのだが……その時に知り合って以降、家族ぐるみで仲良くなった経緯がある。

 

 

 母はその医療機関に務めている看護師と親交があって、休みが合えば長電話をする程の間柄だ。ちーちゃんの母親である美凪さんもその一人だけど……美優の関連で言えば、同業者としての積もりに積もる話がよく議題に出て来る。やれ病院でのスタッフがどうの、仕事の内容があまり自分に釣り合ってないのだと……本当に様々だ。

 

 

「久しぶり、元気にしてた?」

『はい。お陰様で変わり無く……私も両親も元気ですわ。颯樹様の方は如何ですの?』

「此方も同じく。でも、どうして僕の番号を?」

『……お義母様からお聞きしたのですわ。颯樹様がスマホを持たれたので、連絡がしやすい様にと取り計らって下さったのです』

 

 

 あ、母さん余計な事をしたな?

 

 これは今度会った時に問い詰めないと。

 

 

「まあ、その点に関しては今度本人に詰問するとしてだ。今回はどうしたの」

『久しぶりに颯樹様のお声が聴きたくなりましたの。颯樹様は私からのお電話は……ご迷惑でしたか?』

「んーん、大丈夫。今は大学の舎内に居るから、いきなり鳴ったもんでびっくりしただけ」

『そうでしたか……それは良かったですわ♪』

 

 

 僕が美優にそう答えると……通話口を挟んでいると言うのに、美優の表情が変わったのがわかった。美優の家柄的に、すっごく厳格そうな感じはしてたんだけど、こう言う事に関してはそのイメージとは相反してかなり寛容だったりする。

 

 

 思えば僕自身も、小さい頃はよく可愛がられていたのを思い出した。母親を呼びに勤務先の病院に顔を出した事なんて、一度や二度じゃない。その時はたまたまちーちゃんがお仕事で居ない時だったのもあり、結果的にそうなっただけかもしれないが。

 

 それが起因したのかは定かでは無いが、病院に勤務している医師や看護師さん達からは名前と顔を覚えられたうえ……仕事の様子を少しだけ覗かせて貰う事もあったのだ。

 

 

「あっ、そのついででなんだけど……美優。少し相談したい事がある」

『まあ♪ 私でご不満で無ければ、よろしくってよ?』

「……実は先日、僕の関係者がライブの前に倒れかけた。単なる疲労かと思っていたんだが……目の焦点が虚ろで、自分が何をしていたかさえも記憶に無いらしい」

『……それは重症ですわ。その後は何かありまして?』

「普段ならしない演奏ミスをした後、椅子に座り込んだ。仲間内曰く魂が抜けて、死んだ様な感覚だったとの事だ」

 

 

 淡々とした僕の説明を聞いた美優は、少し唸った後に返答を返して来た。

 

 

『私の……個人的な見解でよろしいですか?』

「構わない、聞かせてくれ」

『畏まりましたわ。……恐らくですが、その方の精神に何かしらの異常があるのかもしれません。詳しくは私も答えられないのですが、颯樹様の先程お話された言葉に近しい物がある、とするのならば……多重人格かと思います』

 

 

 ……多重人格。

 

 詰まるところ……睦の中には彼女自身の人格とは別に、彼女とは別のナニカが存在する、と言う事だ。実際に知識として知ってはいたが、まさか自分が受け持っているバンドのメンバーがその症状を患わっていたとは夢にも思うまい。

 

 

「……やはりそうか」

『と言うと、颯樹様は既にお気づきになられて?』

「ああ。後日そのメンバーに聞き取りをしたんだが、結果は何も収穫無しだ。恐らく、ライブハウスに来るまでの間に何かしら強い影響が及んでいた可能性が高い」

『さすが颯樹様♪ ……そうとなれば、次に考えなければならないのは、それが起こり得る可能性のある原因ですわ。颯樹様、ここ最近で構いませんが……何か心当たりはございませんか? もしかしたらそれが理由かもしれませんの』

 

 

 美優からそう問われた僕は、自身の記憶を頼りに心当たりが無いかを探し始めた。多重人格を患う場合……と言うより、精神に障害を持つ事象の原因となる物の多くは、外部から掛けられる過度なストレスが大多数を占めている。

 

 軽い症状であれば、まだ早期のうちに対処は出来ると思うのだが……今回の場合で行くと、進行状況がかなり深刻な物に該当する危険性が高い。

 

 

 たぶん……こうなった背景を想像(イメージ)するのなら。

 

 

「……固定観念」

『颯樹様、何か心当たりが?』

「美優、重ね重ねの質問ですまない。もしその多重人格を患っている患者が、普段からこう言う存在だ、と言う固定観念に縛られていた場合……今回の事象は起こり得る物なのか?」

 

 

 ……さあ、どう答える……?

 

 

『……起こり得ますわ。多重人格と言うのは、先程颯樹様もご指摘されました通り、入れ替わられている間の記憶が存在していないのです。たまに微かにだけど記憶が残っている場合もありますが、それは極稀と言っても良いでしょう』

「じゃあ、睦……若葉 睦の中には、彼女自身の人格とはまた別の……もう一つの睦が居る、と言う事か」

『ご明察ですわ。恐らく……その方は自身の中にある別の人格から、何かしらのアプローチを受けているはず。そして今はそれを拒んでいると思いますが、本人自身がストレスなどに耐えきれなくなった場合は……』

 

 

 ……これで、全て理解出来た。

 

 

 今し方向かっている京介たちには悪いが、この全国ツアーは途中で頓挫する危険性が高い。最悪……ツアー自体を取り止めにしたうえで、全てを畳んで解散する可能性だって無い訳じゃない。一人の精神の不調から来る僅かな異変が、ここまで重大な事態になろうとは誰が予想したのだろうか。

 

 

 ……しかし、今更悔やんだ所でもう意味は無い。

 

 全てが壊れるか、全てを無かった事にして記憶からも存在さえも全部消し去るのか……選び難い地獄の二択だ。後戻りは出来ない、どっちに進んでも破滅しか無い。

 

 

「……わかった。僕の方でも、何かこの件に対しての対処法が無いか考えてみるよ。やれるだけの事はやる」

『……それしか方法がありませんわね。今の颯樹様のお話を聞いている限りだと、もう残された時間は殆ど残っていないはず。加えてそこにもし過度なストレスが与えられよう物なら……っ!』

「……成り代わられる。傷付いた主人格を守る為、副人格が表に出て来る可能性が高い」

 

 

 ……最悪だ。考えていた中で最悪のシナリオだ。

 

 

 少し頭を捻れば対処はできていたかもしれないのに……まだその時じゃないと、素早い対処をしなかったのがそもそも間違いだった。思えば、練習中に何度か危険信号は出ていた……でも、それを無視してしまった。事が深刻になるまで、睦を見殺しにした様なものだ。

 

 

 ……ハッキリ言って、一番地獄だ。

 

 どう足掻いた所で対処はできないし、時間が解決してくれる保証なんてどこにも無い。一番考えたくなかった最低最悪のバッドエンドだ。

 

 

『……颯樹様?』

「……なに」

 

 

 自分でも声が低くなったのがわかった。

 

 何も守れない自分に心底嫌気が差したのか、美優に対して言い方が少し刺々しくなってしまった。分かり易いくらいの不機嫌。事態の深刻さを考えれば当然と言った所か。

 

 

『……もし、颯樹様さえよろしければ……私が、其方へとお伺いしましてよ?』

「……どうして」

『颯樹様……9年前も同じでした。お義父様の犯した過ちに振り回され、お義母様と颯樹様は揃って癒えない傷跡を負われてしまいました……。そして、心に大きな傷を残したまま……この地を離れられて』

「……」

『颯樹様の心情を思えば、今の状況は大変危険です。下手をすれば貴方自身も壊れかねませんわ!』

 

 

 美優からそう言われた僕は、思わず次の言葉を詰まらせてしまった。……事実が事実なだけに否定出来ないのだが。

 

 

『……分かりました。お父様にご相談をした後、承諾が得られましたら其方にお伺い致しますわ』

「ごめん、手を患わせて」

『颯樹様の為とあらば、私はいつでもご協力します。それではまた』

「助かるよ、美優。それじゃ」

 

 

 そう言って美優との通話を終えた僕は、足早に駐車場に停めてある車へと向かった。相談先が増えた事への安心感と、ここからどうしようかと言う不安を心の内に同居させながら。




 今回はこれにて終幕です。如何でしたでしょうか?


 次回の更新も2週間後を予定しておりますが、状況次第によっては前後する場合もございますので、その時はまたお知らせをさせて頂きたいと考えています。


 それでは、また次回のご来場をお待ちしております。


どうか皆様、良い夢を。
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