目も眩む大義、その隷《しもべ》たち。

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 大いなる最初の火より分かたれし、誰も知らぬ王のソウルよ。
 世界を照らせ、神々を照らせ。

 (めし)いたままに。(おろ)かなままに。


薪の王、あるいは、

 

 

 

 それは昏い使命だった。

 

 

 

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 深淵歩き。神々の王の許に集う、無双の四騎士。暗黒を狩る気高き獣。

 寝物語に聞かされる、絢爛たる英雄譚は、少年たちを戦士に変えた。

 憧憬は道標となり、彼らの肉体を強く硬く鍛え上げた。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 誰も知らぬ哀れな末路。暗澹に消えた惨めな栄光。

 闇色の汚泥に濡れそぼった群青を見せられても、彼らは揺らがなかった。

 ――彼の英雄が守った世界だ。我らの英雄が守った輝きだ。

 ならば、我らがその()を継がずに何とする。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 そして彼らは、賢狼の血を呷った。

 彼の騎士に習い大剣を鍛え、それに相応しき剣技を鍛えた。

 尖塔のような鉄兜で身を揃え、彼らは深淵を堰き止める狩人となった。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 時に結晶の教えを乞うた。時に不死すら受け入れた。

 神の敵。冒涜者。運命に呪われた忌み人たち。

 そんなモノにすら()を分け与え、彼らは膨れ上がった。

 生者が老いさらばえ、やがて斃れても、不死たちがその()を継いで戦う。心折れぬ限り、いつまでも。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 やがて生者は皆いなくなり、彼らは不死だけになった。

 闘うたびに、斃れるたびに、心を擦り減らす呪われ人だけに。

 気高き深淵の監視者は、忌まわしき不死隊と呼ばれるようになった。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 深淵を狩った。異形を狩った。そうなる前の、ヒトを狩った。

 村を焼いた。都市を壊した。国を滅ぼした。

 尖塔の鉄兜は、いつしか凶兆と化した。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 どれだけ忌み嫌われても。どれだけ石を投げられても。

 彼らは決して折れなかった。折れないと信じた。

 それが正しき()なのだと、堅く強く信じて。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 だが、心の死は止められない。

 敵の死。友の死。そして、己の死。

 監視者たちは深淵に囚われ、心を亡くし始めた。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

 気高き狼は、暗い幽鬼に変じた。

 せめてその()が絶える前に、弔うために。

 槍衾の中、暗い血の底に斃れることが、彼らの誇りの報いだった。

 

“戦え! 戦え! あの背に続け!”

 

“――誰の背に?”

 

 

 

“戦え! 戦え! あの背に■け!”

 

 どれだけ狩っても。

 どれだけ殺しても。

 どれだけ死んでも。

 深淵は尽きない。闇は絶えない。

 

“■え! 戦え! あの■に続け!”

 

 ()が足りない。薪が足りない。

 我らを照らす、道標が足りない。

 

“戦え! 戦■! あ■背に■け!”

 

 ――だったら、我らが()()しかない。

 世界を照らす、大いなる薪に。

 

“戦■! ■え! あの■に続■!”

 

 不死隊の刃は、互いに向いた。

 高めるために。極めるために。

 かつて分け合った狼血を、漉し上げるために。

 

“■え! 戦■! あ■背に■け!”

 

 大牙を突き付け、小牙を構える。

 それが、最初で最後の儀礼だった。

 

“■■! 戦■! あ■背■続■!”

 

 不死の戦いに終わりはない。それだけが誇りだった。

 死んでも、死んでも、死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも死んでも。

 心が折れ、魂が朽ち、やがて呼吸すら諦めるまで。

 

“戦■! ■え! ■の背■■け!”

 

 そして最後に残った誰かが、(おう)となった。

 果たしてそれは誰だったのか。その誰か自身が、己の名を憶えていたのか。

 足跡を追うだけの余人には分かるまい。彼らの言葉とは、つまり刃だったから。

 

“■■! ■■! ■■■■■■!”

 

 刃が止んだ後に、語るべきものなど残らない。

 あるいは、初めから必要なかったのか。

 

 

 

 ――だというのに。

 ああ、なんだこれは。

 

 鎮護の森は腐った。絆の墓標は朽ちた。

 闇が蔓延り、異形が拡がっている。怨霊共が我が物顔で闊歩している。

 世界は引き裂かれ、あちこちから深淵が覗いている。

 

 こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。

 こんなことのために、■■■■■の遺志(のこりび)を託されたんじゃない。

 こんなことのために、■■■■■の最期を狩ったんじゃない。

 こんなことのために、■■■■■の喉首を裂いたんじゃない。

 

 こんなことのために、(おう)なんぞになったんじゃない。

 

 

 

 だったら。

 もう一度やり直すしかない。

 深淵狩りを。闇色の闘争を。狼の誇りを。

 この手に、もう一度。取り戻すしかない。

 

 

 

 王たちに玉座なし。もとより、戦場こそが彼らの御座である。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それは儚い贖罪だった。

 

 

 

 

“死者に敬意を。その生涯に、貴き価値を”

 

 最初は、小さな思いつきだった。

 世界の万物は、ソウルで構成されている。その生と死は、命の根源へと強く焼き付く。

 その特質を凝固させれば、無二の品として遺すことができるのではないか?

 

“素晴らしい!”

 

 その発想は、諸手を挙げて受け入れられた。

 死してただ消えるだけのソウルが、形ある代物として残る。先人はその遺志を託し、後進はその生涯を尊ぶことができる。

 弔いとして、これ以上のものはあるまい。

 

“さあ、早速やってみよう”

 

 亡骸からソウルを抽出し、その歴史を紐解き、特性を暴き、意味あるカタチに落とし込む。

 ソウル錬成。神の鍛冶の再現たるそれは、民衆の畏敬となり、それ以上に賢者たちを陶酔させた。

 

“もっと、もっとだ”

 

 戦士のソウルは刃となった。魔術師のソウルは叡智となった。

 市民のソウルは糧となった。罪人のソウルは燃料となった。

 次々に形を与えられるソウルは、もれなく戦争の道具となり、クールラントを大国へと押し上げた。

 

“足りない。こんなものでは足りない”

 

 押し広げられる戦線。消耗される物資。

 困窮する戦争屋たちは、錬成されるソウルを求め、その贄を求めた。

 死念と亡骸を求めて、生者を狩る。墓地は暴かれ、市街は血に染まった。

 

“――なんてことだ。おぞましい”

 

 そう言い出したのは誰だったのか。

 敗残の都は蹂躙され、錬成の業は暴かれた。

 明るみにされたのは酸鼻極まる、研究という名の冒涜の数々。

 

“誰のせいだ? 誰のせいだ? 誰のせいだ? 誰のせいだ?”

 

 勝者も敗者も、こぞって悪者捜しを始めた。

 この冒涜の仕手は誰だ? この地獄を生み出したのは誰だ? この悲劇を持ち込んだのは誰だ?

 

“――おまえのせいだ。”

 

 言い出しっぺが槍玉に挙がるのは、当然のことだろう。

 

 

 

 

“赦してくれ。赦してくれ”

 

 彼は逃げ出した。どこまで逃げても、追手がやってきた。

 忌まわしい冒涜者。恐るべき魂喰らい。許されざる大悪党は、きっとまた()()()()

 殺さねばならぬ。滅ぼさねばならぬ。()()()()()()を殺せば、全部丸く収まるはずだ。

 

“赦してくれ。赦してくれ”

 

 彼はどこまでも逃げた。何をしてでも生き延びた。

 土を食んだ。蟲を食んだ。毒を食んだ。

 彼自身のもたらした業が、彼の(ソウル)を繋ぎ続けた。

 

“赦してくれ。赦してくれ”

 

 その(ちい)さな身体は、しかし巨大なソウルを孕んだ。

 その忌み名が指し示す通り、無限に喰らい続けることを可能とした。

 (かつ)えたまま。傷付いたまま。呪われたまま。

 

“赦してくれ。赦してくれ”

 

 それは、彼にとって啓示だったろうか。

 英雄にも匹敵する魂魄の怪物に、ひとつの途が唆された。

 ――翳りゆく世界。それを救い上げる、(おう)という選択肢。

 

“赦してくれ。赦してくれ”

 

 彼は戦士ではなかった。彼は英雄ではなかった。

 彼はただの学者だった。ただの罪人だった。

 それでも、世界を照らすことができるという。世界を救うことができるという。

 

“赦してくれ。赦してくれ”

 

 その未来(ひかり)を、彼は拒むことができなかった。

 縋ったのは彼の方か、世界の方か。

 

 

 

 熱い。熱い。熱い。熱い。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。

 こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。

 もっと貴い世界があるはずだった。もっと素晴らしい世界になるはずだった。

 そんな思い上がりが罪なのだとしたら、その罰がきっとこの苦痛なのだろう。

 

 熱い。熱い。熱い。熱い。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。

 こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。

 そんなつもりじゃなかったんだ。悪気なんてなかったんだ。

 だから、なあ、どうか赦してくれ。

 

 

 

 それでも、足りないという。

 もう一度身を捧げ、焼き焦がされろという。

 

 ――是非もない。受け入れるしかない。

 それだけが、唯一為せる贖罪だから。

 

 

 

 王たちに玉座なし。その赦しは与えられていない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それは癒えぬ孤独だった。

 

 

 

 

“……誰か……”

 

 彼は侵略者の末裔だった。

 殺戮者の末裔だった。忌み嫌われるものの末路だった。

 彼を最後に、並び立つ者はいなくなった。

 

“誰か、応えてくれないか”

 

 落ち窪んだ兜だけが、知らぬ過去を偲ぶよすがだった。

 無骨な大鉈だけが、知らぬ罪の証だった。

 彼の道程は、ずっと孤独だった。

 

“――おお、貴公が噂に聞く巨人か!”

 

 だが、友人ができた。

 丸々とした鎧に身を包んだ、小さな騎士。もっとも、彼に比べればの話だが。

 彼の巨躯に恐怖しなかったのは、騎士が初めてだった。

 

“なあ、貴公。折角だから、私と共に冒険をしないか”

 

 騎士の言う冒険、というものが、彼にはよく分からなかった。

 ただ、知らない場所に行ってみるというのは、興味が湧いた。

 

“よぉし! では、乾杯だ! 我らの友情に――太陽あれ!”

 

 その言葉と共に、小さな小さな樽杯をぶつけ合うと、不思議と口角が上がった。

 その胸に去来した暖かさの正体を、まだ知らなかった。

 

“貴公、貴公! その大鉈を、そう乱暴に振り回すものじゃあない! いや私ではなく、獣たちが怯えるからな”

 

 曰く、彼の祖国は、陽気な者が多いという。

 喜びも怒りも、まっすぐにぶつけるものだとか。

 それを語る友の声は、実に愉快そうだった。

 

“騎士は弱きを守り、悪しきを挫き、そして冒険するのが相場と決まっているからな!”

 

 ではなぜ祖国を飛び出したのか、と問うと、このように返ってきた。

 国を厭う気持ちなどなく、ただ「冒険をしたいからする」ということらしい。

 祖国を想い、而して未知を恋う。その気持ちはよく分からなかった。

 

“貴公はもっと笑った方が良いな。この私のように! ガハハハハ!”

 

 彼のように、自分の国を持てば、その気持ちが分かるだろうか。

 

 

 

 

“偉大なる戦士よ。私たちの王になってください”

 

 各地を巡り巡り、ふと故郷に帰って来たとき。

 小さな人間たちが、彼にそう乞うてきた。

 

“友よ。貴公にも、使命ができたようだな”

 

 侵略者の末裔に縋るなど、末期もいいところだろう。

 だが友は、弱きに手を差し伸べる騎士だった。

 その誇りを汚すことはできなかった。

 故に、彼も手を差し伸べた。彼は、祖国を得た。

 

“王よ、王よ。この盾をお使いください。この盾で、私たちを守ってください”

 

 人間たちは、彼に大盾を贈った。

 重い刃と対になり、国を守る偉大な王となるために。

 彼の巨躯に相応しい、立派な玉座を贈った。

 彼はそれに据え付けられた。猜疑と空虚と慇懃に囲まれて。

 

“素晴らしい、素晴らしい。さすが私たちの王”

 

 その戦いぶりを褒めそやす言葉は、彼にちっとも響かなかった。

 その小さな顔に浮かんでいる空虚の正体を、彼は知っていた。

 

“野蛮な巨人ではないか。あんなものに縋るなど嘆かわしい”

 

 知っていた。分かっていた。

 国を得ても、民を得ても、彼はずっと孤独なのだと。

 並ぶものなき玉座は、ただ彼の心を凍らせた。

 一人の騎士と小さな樽杯を交わす方が、ずっと暖かかった。

 

“我が生涯の友よ。貴公に、この剣を託す”

 

 故に、彼は友に一振りの剣を託した。

 それは、巨人を打ち倒す嵐。“統べる者”の名を冠す、彼の先祖を滅ぼした致命の刃。

 

“いつか、余が道を違えたとき――その剣で、この巨人を斃してくれ”

 

 

 

“王よ、王よ。あの火を鎮めてください”

 

 ある神官が、禁忌を犯した。

 深淵から這い出ずる熱と重圧が、彼の都を焼いた。

 

“薪の王になってください。火を、世界を統べてください”

 

 古い伝説。侵略された者たちの神話。

 (おう)となり、原初の輝きを取り戻せば、あの罪を祓えるという。

 その裏に隠れた暗い意図を、彼は知っていた。

 

“よかった、よかった。これで安泰だ”

 

 それでも、彼は(おう)になった。

 侵略者の末裔には、相応しい末路だ。

 

 

 

 ――その結果が、これか。

 人の罪業を暴き、焼き尽くした暴虐の火。

 絢爛豪華で、しかし誰もいない、空虚な都。

 ヒトの罪の証と、その末路。傲慢と虚飾ばかりが残る、空っぽの国。

 

 ならば、もう要らぬ。

 煌びやかで醜い祖国など、捨ててしまえ。暗がりに朽ちる世界など、捨ててしまえ。

 そんなものの玉座など、用はない。

 

 

 

 それはきっと、王にあるまじき蛮行。()()()()()()()()()()()()()()

 だから、きっと来てくれる。悪しき王を討つために、嵐を連れてやってくる。

 弱きを守り、悪しきを挫く、親愛なる小さな騎士が。

 

 ――ああ、だが、しかし。

 あの小さな樽杯が、ここにあれば良かったのに。

 

 

 

 王たちに玉座なし。孤独な高みなど、欲しくはなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それは悪夢の始まりだった。

 

 

 

 

“苦し、苦し”

 

 その美味に気付いたのは、いつのことだったか。

 思い出せないほど遠くのことだったのは、間違いない。

 

“辛し、辛し”

 

 人喰らいには様々な感情が渦巻く。

 食われる恐怖。非道徳への怒り。冒涜への侮蔑。――すべてが意味を無くした後の、絶望。

 食う者、喰われる者、供す者。その全員の感情が、賛歌のように鮮やかに奏でられる。

 

“酸し、酸し”

 

 どれだけ食っても飽きない。豚のように膨れ、筋も骨も蕩けても、構わず喰らい続けた。

 もとより、有象無象の禿猿である。我が饗宴に交わる栄誉を賜してやるというもの。

 ここにヒトの本質がある。彼は本気でそう信じていた。

 

“甘し、甘し”

 

 それが世界の本質であると、気付きもせずに。

 そんな彼に訪れたのは、刎頸でもなく、絞首でもなく――(おう)という末路だった。

 

“旨し、旨し”

 

 それはそれで面白い。

 我が贅肉()で輝かされる世界を眺めてみるのも、一興というもの。

 

 

 

 

“何だあれは”

 

 その異様に気付いたのは、いつのことだったか。

 華美な棺に押し込まれた後のことだったのは、間違いない。

 

“何だあれは。何だあれは。何だあれは。何だあれは。何だあれは”

 

 名状しがたいモノがいた。形容しがたい光景があった。

 蕩けた目がある。不揃いな歯がある。蠕動する肢がある。

 ()から、何かがこちらを覗いている。

 

“抗さねば。講じねば。――喰らわねば……”

 

 生まれて初めて、彼は焦燥に喰らわれた。

 ふやけた頭皮を掻きむしり、歪んだ爪を齧り、膨れた脚を揺らし。

 喰らわねば。喰らわねば。喰らわねば。喰らわねば。喰らわねば。

 

“――では、供しようぞ”

 

 それは悪魔の囁きか。

 否。これこそヒトの極み。

 神を戴きながら、神を畏れぬ冒涜的野心。

 

“神を従え、調理して御覧に入れよう。貴公は、いつも通り喰らえばよろしい”

 

 そうして法王は、神の都を征した。

 忌み人のもたらす冷気が巨人を凍らせ、騎士たちを縛り、神の裔を従えた。

 それはもはや冒涜ではなく、ヒトが敷く新たな摂理だった。

 

“そうか! これが人か! これが世界か!”

 

 彼は歓喜した。かつて味わった美味の正体を悟った。

 暗がりに淀む、おぞましい澱。()()()より零れた、深淵の欠片。

 ならば喰らわねばならぬ。()()()より零れたもうひとつ、光輝を奪わねばならぬ。

 

“喰ろうてやる。喰ろうてやる。喰ろうてやる。喰ろうてやる。”

 

 いつか見た、(ソラ)の悪夢に抗うために。

 

 

 

 遥かな地平、時の彼方。

 あり得ざるモノがもたらす視線を知った狂人は、しかし狂いなく覇道を進む。

 正道も邪道もありはしない。そんな上澄みに囚われて、見えるものなどあるものか。

 分厚い皮膜を剥いだその下に、世界の本質は眠っている。

 

 ――その目覚めは言祝ぐべきか、否か?

 

 

 

 王たちに玉座なし。すべて平らげてみせよう。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それは狂気という病だった。

 

 

 

 

“王になってください”

 

 やがて火は消え、暗闇だけが残る――

 世界を巡る蛇の予言は、しかし人に恐怖を与えた。

 講じねば。講じねば。継ぎ火の策を、講じねば。

 

“王になってください”

 

 それは狂った血脈を作り上げた。

 親と子、兄弟と姉妹、縁戚親類がしっちゃかめっちゃかの、人身御供。

 

“王になってください”

 

 そのためだけに産み出された国がある。

 それこそがロスリック。ロードランに代わる、新しき王産みの聖地。

 

“王になってください”

 

 聞こえはいいが舞台装置だ。

 ただ血を継ぐためだけの王家。純化するためだけの運営。

 王は支配する側ではなく、される側。

 

“王になってください”

 

 騎士と賢者と祭儀長。へりくだった嘘つき共に、命綱を握られた実験生物たち。

 いっそ臍の緒で己の首を絞めてしまえば、楽になれただろうか。

 

“王になってください”

 

 そして、ようやく産まれた資格者は――

 狂った業病に冒された、萎びた赤子だった。

 

 

 

 

“やめてくれ、やめてくれ”

 

 父は狂った。

 竜の神秘を求め、いもしない赤子を抱いて深みに消えた。

 

“やめてくれ、やめてくれ”

 

 姉も狂った。

 光も声も失い、いもしない幻想を崇め、夢想のままに囚われた。

 

“やめてくれ、やめてくれ”

 

 兄は呪われた。

 デーモンすら屠る勇壮な騎士を、呪ったのは自分だった。

 

“やめてくれ、やめてくれ”

 

 そして今、乳母すら己を見殺しにしようとしている。

 否、最初から敵だった。頸を落として捧げるために、乳をやっていただけの毒婦。

 

“やめてくれ、やめてくれ”

 

 そうして産まれた自分を顧みてくれるのは、たったの三人。

 黒い手。薄汚い(たきぎ)の代わりに手を汚す、薄汚い刃。

 

“やめてくれ、やめてくれ”

 

 こんなもののために生かされるのか?

 こんなもののために殺されるのか?

 こんなもののために、続いてきたというのか?

 

 

 

 もうたくさんだ。

 おぞましい営みに縋らなければ続かない世界など、知ったことではない。

 狂った王に、狂った世界。何もかも、暗がりに壊れてしまえ。

 末路としては、ちょうどいい。

 

 

 

 ――ああ、でも。

 だったら自分は、自分たちは、何のために生まれてきたんだ?

 何のために、あんな行為(コト)を繰り返してきたんだ?

 

 誰か、答えてくれ。

 

 

 

 王たちに玉座なし。その価値を、知る者はもはや亡い。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 そして、やがて火の無い灰が降る。

 

 王を求めた者が。王になれなかった者が。

 心すら亡くし、やがて(くずお)れ、屍となった塵芥が。

 

 王たちを糺すために。王たちを弑すために。

 いまや儚き、“最初の火”を継ぎ足すために。

 

 

 

 ――火継ぎの丘で、君を待つ。

 

 

 

 




薪の冠
 薪の王たちのソウルを結集した、炎の冠
 火のない灰を、最初の火の炉へと導く

 再度の火継ぎを拒んだ王たちの遁走は
 図らずも、はじまりの儀式の再演となった
 それを追う灰は、正しく王たる資格を得ることだろう

 そして、その残り火は導くだろう
 王産みの地、そして王殺しの地、ロードランへ

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