後藤ひとりが虎杖悠仁とただ話すだけのお話   作:アザトゥース

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お久しぶりです。永らく更新していないですが、もしかすればぼちぼち進めていこうと思っています。特に激しい描写は物語ではないのできままに見た頂ければ…


第二話

放課後の公園で

第一話 缶の底の一粒

 次の日の放課後も、空はよく晴れていた。

 虎杖悠二は、昨日と同じコンビニで、昨日と同じ唐揚げを買った。レジ横のケースで湯気を立てているのを見たら、「持ってくる」と言ってしまった昨日の自分を思い出して、気づいたら財布を出していた。

 約束は約束だ。しかも、あの子の反応を見たかった、というのも、正直ある。

 袋をぶらさげて、住宅街の外れの小さな公園へ向かう。ブランコと滑り台と砂場。奥の木陰に、色の剥げたベンチ。

 その端っこに、桃色の髪が見えた。

 黒いギターケースを足元に置いて、背中を丸めて、膝の上で指をもぞもぞと動かしている。昨日とまったく同じ姿勢だった。同じすぎて、悠二は思わず吹き出しそうになった。

「ひとりちゃん、お疲れー」

「ひぃっ」

 やっぱり肩が跳ねた。けれど、昨日ほど大きくはない。ひとりはおそるおそる振り返って、悠二の顔を確認すると、ほっと息をついた。

「あ……い、虎杖さん……」

「そ、俺。ちゃんと来たぞ」

「あ、あの、き、来てくれたんですね……」

「言ったじゃん、また来るって」

「い、言ってましたけど……社交辞令かなって……」

「そんなわけないだろ。ほら、これ」

 悠二は、コンビニの袋を掲げてみせた。

 ひとりの目が、ぱっと見開かれた。

「そ、それは……あの、昨日の……」

「そう、昨日の唐揚げ」

「ほ、本当に持ってきてくれたんですか……!?」

「約束したからな。隣、いい?」

「は、はい、どうぞ、どうぞ」

 ひとりは慌てて、ベンチの端をさらに端へ寄ろうとして、危うく落ちかけた。

「そこまで寄らなくていいって! 落ちるから!」

「す、すみません……癖で……」

 悠二は、昨日よりほんの少しだけ近い位置に座った。それでも、人ひとりぶんくらいの距離はちゃんと空けた。これくらいが、きっと今の二人にはちょうどいい。

 袋を二人の間に置く。

「事故だな」

「じ、事故ですね」

 ひとりが、小さく頷いた。昨日と同じやり取りを、少しだけ照れくさそうにして。

 それから、唐揚げをひとつ取って、両手で持って、ちびちびとかじり始めた。昨日と同じ、大事そうな食べ方だった。

「ん、おいしい……」

「やっぱ、うまいよな」

「は、はい。昨日、家に帰ってからも、ずっと考えてました。あの唐揚げのこと」

「そんなに?」

「はい。夢にも出ました」

「夢にも」

「唐揚げが、ギターを弾いてました」

「どんな夢だよ」

 悠二は笑った。ひとりも、つられたように小さく笑った。その笑顔は、昨日の別れ際に見たものと、同じだった。

 しばらく、二人は黙って唐揚げを食べた。ブランコが風で揺れる、きいきいという音だけが、公園にのんびり響いている。

 ふと、悠二は思い出したように口を開いた。

「そうだ、ひとりちゃん。昨日の、コーンの件」

「あっ」

 ひとりの背筋が、ぴんと伸びた。

「そ、そうでした。缶の底の、一粒……!」

「あれ、調べてみたんだよ。昨日の夜」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。プルタブを、ぎゅーって奥まで倒すと、飲み口が広がって、粒が出やすくなるらしい」

「ひ、広がる……」

「そう。あと、飲む前に、缶をよく振って、粒を全体に散らしておくといいって」

 ひとりは、ものすごく真剣な顔で、悠二の話を聞いていた。まるで、大事な秘伝の技を授かっているかのようだった。

「な、なるほど……勉強になります……」

「だから、今日、試してみようと思って」

 悠二は、鞄の中から、缶を二本、取り出した。

「じゃーん。さっき自販機で買っといた」

「あっ、コーンポタージュ……!」

「昨日と同じやつ。リベンジ戦だ」

「り、リベンジ……」

 ひとりが、ごくりと唾をのんだ。

 二人は、並んで缶を握った。手のひらに、じんわりと熱が伝わってくる。

「いくぞ」

「は、はい」

「まず、振る」

 悠二が、缶を上下にがしゃがしゃと振った。ひとりも、ぎこちなく真似をする。

「次に、プルタブを、ぐいっと」

「ぐ、ぐいっと……」

「よし、開けるぞ」

 ぷしゅ、という音が、二つ重なった。

 飲み口を覗き込むと、確かに、いつもより少しだけ広がっている気がした。

「飲もう」

「は、はい」

 二人は、同時に缶を傾けた。

 甘いコーンの香りが、ふわっと広がる。喉を通っていく温かさが、秋の空気にちょうどよく沁みた。

 缶を傾け続けて、しばらく。

 底のほうで、何かが、ころん、と動く気配がした。

「……来た」

「来ましたか!?」

「来た来た来た、来てる来てる来てる」

 悠二が、缶をぐいっと傾けた。

 ころ、ころ、ころ。

 三粒ほどのコーンが、口の中に転がり込んできた。

「おおお……!」

「で、出たんですか!? 出たんですか!?」

「出た! 三粒くらい出た!」

「す、すごい……!」

「いや、でも、まだ缶の底に、何粒か残ってる気がする……」

「あっ、わ、私のも……」

 ひとりが、缶を逆さにして覗き込んだ。それから、ぷるぷると震えながら、声を落とした。

「……一粒だけ、出ました……」

「おお」

「でも、あと、二粒、残ってます……」

「惜しいな……」

「悔しいです……」

「悔しいな……」

 二人は、並んで、空になった缶を見つめた。昨日の勝負は引き分け、今日の勝負も引き分けに近い。けれど、不思議と、悪い気分ではなかった。

「完全勝利は、難しいんだな」

「そうみたいです……」

「また、他の方法も試してみるか」

「は、はい。次は、私も調べてきます」

「おう。頼んだ」

 ひとりが、ほんの少しだけ、胸を張った。調べ物を任されたことが、嬉しかったらしい。

 西日が、少しだけ傾いてきた。公園の砂場に、ブランコの影が長く伸びている。

「そういえばさ、ひとりちゃん」

「は、はい」

「昨日、バンドの話、ちょっとしてたじゃん。メンバーって、どんな人たちなの?」

「えっ」

「いや、興味あるなって思って」

 ひとりは、膝の上で缶を握りしめたまま、少し考え込んだ。それから、ゆっくりと話し始めた。

「あ、あの……ドラムの、虹夏ちゃんっていう人がいて……すごく、明るくて、優しくて……私が固まってても、いつも、気にかけてくれて……」

「いい人だな」

「は、はい。それから、ベースの、リョウさんっていう人は、すごく、クールで……でも、たまに、ちょっと変なことをします。お金に困ると、草を食べてたりとか」

「草を!?」

「は、はい。道端の、雑草を……」

「それは、ちょっと心配だな……」

「だ、大丈夫です。たぶん……」

「たぶんなんだ」

 悠二は、笑いをこらえきれなかった。ひとりも、どこか楽しそうに、くすくすと笑っている。

「それと、ボーカルの、喜多ちゃんっていう子がいて……」

 ひとりは、そこで、少しだけ声を小さくした。

「き、キラキラしてて……すごく、眩しい人なんです。私と、正反対で……話してると、時々、溶けそうになります……」

「溶けるんだ」

「は、はい。光に、あたって……」

「ヴァンパイアか何かなの?」

「ち、違いますけど、似たようなものです……」

 悠二は、お腹を抱えて笑った。

 ひとりは、少しむくれたような顔をした。けれど、その目は、どこか嬉しそうだった。自分の話で、誰かが笑ってくれる。そのことを、じっくり噛みしめているみたいに見えた。

「でも、すごくいい仲間なんだな」

「……はい」

 ひとりが、静かに頷いた。

「みんなと一緒にいると、私、ちょっとだけ、変われてる気がするんです。まだ、全然、ダメですけど」

「ダメじゃないよ」

「え」

「昨日、ひとりちゃんのギター聴いて、思ったんだ。ああ、この子、めちゃくちゃ、まっすぐな音出すなって」

 ひとりは、ぱちぱちと瞬きをした。

「ま、まっすぐ……」

「うん。上手いとか、下手とかじゃなくて、ごまかしてない感じ。そういうの、ちゃんと伝わるんだよ。聴いてる側にも」

 悠二は、空を見上げながら、続けた。

「俺さ、友達に、すげえ頭のいいやつがいるんだよ。伏黒っていうんだけど。そいつ、あんまり喋らないんだけど、一緒にいると、なんか落ち着くんだ」

「ふ、伏黒さん……」

「あと、釘崎っていう、めちゃくちゃ口の悪いやつもいて。会うたびに、俺の悪口言ってくるんだけど」

「ひ、ひどいですね……」

「でも、一番、俺のこと考えてくれてたりするんだよな。口は悪いのに」

「……いい友達、なんですね」

「うん。ひとりちゃんの仲間も、きっと、同じだと思う」

 悠二が、そう言って笑うと、ひとりは、小さく、けれどはっきりと頷いた。

「……はい」

 その時、ひとりが、ふと思い出したように、ギターケースに手を伸ばした。

「あ、あの、虎杖さん」

「ん?」

「き、昨日、ギターを褒めてもらったので……そのお礼に、あの……」

「お礼?」

「一曲、ちゃんと、弾いてもいいですか。昨日は、ちょっとだけ、だったので」

 悠二は、目を丸くした。

「いいの?」

「は、はい。虎杖さんになら、弾きたいなって、思って」

「やった。聴く聴く」

 悠二が、ぱっと顔を輝かせた。ひとりは、その顔を見て、また少し赤くなったけれど、すぐにギターを構えた。

 アンプはない。音は小さい。けれど、昨日よりも、少しだけ、堂々とした音だった。

 夕日の中で、桃色の髪が、揺れた。

 一曲が終わった時、悠二は、思わず拍手をしていた。

「すげえ。やっぱり、すげえよ、ひとりちゃん」

「あ、あ、ありがとうございます……」

「今の曲、なんて曲?」

「あ、あの、自分で、作った曲で……まだ、タイトルも、決まってなくて……」

「え、自作!? すっげえ! 天才じゃん!」

「て、天才じゃないです……!」

「いや、天才だよ」

「ち、違います……」

「じゃあ、タイトル、一緒に考えるか」

「え」

「ほら、さっきのコーンの話もあるし。『缶の底の一粒』とか」

「そ、それは、さすがに……」

「ダメか」

「ダ、ダメです……」

「じゃあ、また明日までに、考えとく」

「あ、あの、そこまでしなくても……」

「いや、やるよ。約束」

 悠二が、にっと笑った。

 ひとりは、観念したように、小さくため息をついた。それから、ふっと表情をゆるめた。

「……はい。よろしく、お願いします」

 遠くで、五時のチャイムが、鳴り始めた。

「あ、もう時間……」

「帰る?」

「は、はい。今日も、バイトなので」

 ひとりは、ギターをケースにしまって、背中に背負った。それから、ベンチの前で、ぺこりと頭を下げた。

「き、今日も、ありがとうございました。唐揚げも、コーンポタージュも」

「こちらこそ。曲、聴かせてくれてありがとな」

「あ、あの」

「ん?」

「あ、明日も、いますので……」

「うん。来る」

「か、唐揚げは、なくても……」

「持ってくる」

「あ、あう……」

 ひとりは、観念したように、にこっと笑った。昨日よりも、ずっと自然な笑顔だった。

「じゃ、じゃあ、また、明日……」

「おう。気をつけて帰れよ」

 ひとりは、小走りで公園を出ていった。背中のギターケースが、ごとごとと揺れている。路地の角で、一度だけ振り返って、小さく手を振った。

 悠二も、手を振り返した。

 彼女の姿が見えなくなってから、悠二は、ベンチに座り直した。空になった缶を、そっと目の高さに持ち上げる。

「……三粒、か」

 そうして、缶を軽く、こつんと叩いた。

 底に残った、あと二粒のコーン。

 それは、明日のお楽しみに取っておこう、と悠二は思った。

 空に、一番星が、ぽつりと光っていた。

 

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