もし、勇者ヒンメルが亡くなったあとの一人旅の最中にフリーレンが転スラの世界に来ていたら?
そんなIFから始まる物語。
以前書き散らしていたものですが、スマホゲーム「まおりゅう」と葬送のフリーレンがコラボしたとの事なので供養。公式には勝てない。
「ここは……何処なんだろう」
森の中。燦燦と降り注ぐ太陽の光と、揺れ聞こえる葉の音に耳をすませ、彼女は途方に暮れた。
森の中で迷子になるなんて、今までの彼女の経験では有り得なかったことだ。何せ、生まれ育った場所は森なのだから。
とはいえ、この森は彼女の生まれ故郷ではない。
今日初めて足を踏み入れた森。知らぬ間に踏み入れていた場所だ。
つまり見知らぬ土地。
何が起きるか分からない未知の場所。
大いに警戒してしかるべきではあるけれど、彼女にとって脅威のある存在は近くに存在しない。
なぜなら彼女は、魔王を討ち取った勇者パーティの魔法使いなのだから。
「荷物があることは幸いだったかな。とはいえ、油断できる状況でもないか」
ため息をひとつ零して、彼女は荷物を抱え直す。
現在地が分からない以上、まずは辺りの地理を把握するべきかと思案したからだ。落とさないように荷物を持つと、彼女は杖を取り出す。
そして空へ向かって飛び上がるべく、飛行魔法を発動しようとした時だった。
草むらからがさがさと、それが現れたのは。
「……魔物か」
***
ヴェルドラのいた洞窟を出て、はやひと月ほど。
俺は、森の中を移動していた。いやあ、太陽って素晴らしい! やっぱり人間は太陽を浴びないと死んでしまう。まあ俺、今は人間じゃないんだけど。
森の中は洞窟よりものんびりした空気が流れている。たまーに狼に吠えられたりしたけど、まあ睨むとキャンキャン逃げていく。
このままもうちょっとのんびり過ごしててもいいかな、なんて思っていた頃。
「荷物があるのは幸いだったかな。とはいえ、油断できる状況でもないか」
という人の声が聞こえた。
この世界の住人かな? もしそうなら、ちょっぴり観察させて貰いたい。洞窟の中にいた冒険者三人組は観察する余裕がなかったからな。
ぬるっとスライムボディで移動していくと、そこにいたのは銀髪のエルフだった。
お、おおお……エルフ! 本物のエルフだ! 耳が長くて尖ってる! ボンキュッボンではなくて、なんというか、失礼を承知で言うなら全体的にちんちくりんではあるものの、間違いなくエルフである。
ファンタジーだ。あの耳触らせてくれたりしないかな? あいや、デリケートな部分の可能性もなきにしにあらずか。まま見かける設定ではあるよな。
ちょっと話しかけてみたいが、今の俺はスライムである。紛うことなき魔物なのである……。
魔物に話しかけられて友好的に接してくれるだろうか。あまり期待できそうにはない。
仕方がない。
今回は諦めて、またの機会を待つとしよう。
俺はくるりとエルフに背を向けて、その場を離脱しようとして、ずるりとぬかるんだ地面を滑った。想定の逆の方向へ。
「……魔物か」
うっかりエルフの目の前に飛び出してしまった俺は、エルフに冷たく一瞥された後、杖を突きつけられた。
あ、あまりにも早い判断! 友好的に接してもらうどころか殺されかけてるーっ!
ぷるぷる震えてみたが、エルフは全く変わらない表情。駄目だこれ、確実に殺しにかかっている。
「
(緊急回避――ッ!)
ものすごくヤバい気配に、慌ててその場から離れる。
なんだあれ、なんだアレ!?
俺でもヤバいと思うくらいの魔法だったんですけど!? どうなってるんですかね大賢者先生!?
《解。直撃を受けた場合、
それくらい見れば分かる!
ていうか次発もう打たれそうなんですけど!? なんとかしてくれませんかね!?
あっそうだ、『
《解。ユニークスキル『
(駄目じゃねーか!!)
くっ、こうなったら一か八かでやるしかない!
「ぼ、ぼくはわるいスライムじゃないよ!」
「言葉を話す魔物? ……そう、魔族だったんだ。なら、遠慮は必要ないね」
駄目だった。
「ま、ままま待って待って待って! 待ってくれ、俺は本当に悪いスライムじゃないんだ! 信じてくれ!」
「そう。悪いけど、お前たちの薄っぺらい言葉はもう聞き飽きているんだ」
会話してくれる気ないのかよ!
必死で魔法を回避して何とか話しかけても、エルフは取り付く島もない。にべもなく切り捨てて攻撃してくる。
というか薄っぺらい? お前たちとか、聞き飽きているとか、どういう事だ?
もしかして、俺みたいに命乞いをする魔物を何度も殺してきたのか……?
「魔族は、人間と同じ言葉を話すだけの害獣だ。人間を騙すためだけの言葉を聞く耳なんてないよ」
「い、いやいや! 騙すなんてそんなつもりはないし、それに元々俺は――」
「まだお喋りを続ける気?」
「お、俺は元々人間なんだよ!」
ぴたり、とエルフの動きが止まった。
訝しげに眉を寄せ、エルフは「何を言ってるんだこいつは」という顔を見せた。
完全に頭のおかしいヤツを見る目で見られているが、攻撃が止まったのはチャンスである。エルフを説得するため、俺は必死で言葉を尽くした。
日本のこととか、文化、食べ物、いわゆる人間にしか分からないものを羅列して、スライムの身では出来ないことを吐き出す。
「…………」
エルフは沈黙を保っている。
どうなんだ、ジャッジの行方は? 俺は無罪を勝ち取れたのだろうか。
ちらちらっと見て、最後に無害なスライムスマイル。
――どうだ!?
冷たい目のまま、エルフは杖を引きあげた。
こ、これは……勝訴か!?
「捕食した人間の記憶を読み取るタイプの魔族かな」
ぜ、全然駄目でした!
このエルフ、疑り深いにも程があるだろ。この重箱の隅をつつくような感じ、まるで姑みたいである。まあエルフだし年齢的には対して変わらないかもしれない。
とはいえ、本当にこれでも疑ってくるなら勝ち目はないぞ……大賢者、何とか出来ないのか?
《解。言葉による和解の成功確率……測定不能。別案に移行する事を推奨します》
(別案?)
《解。個体名:リムル=テンペストの監視による延命を提案します》
そ、それはつまり……この殺気MAXエルフと一緒にしばらく過ごすって事か?
それはちょっと嫌というか、常に気を張っておかないといけないんですけど大賢者さん? そこんとこどうお考えなんですかね?
《解。耐えられる圧と推測します》
我慢しろって事かよ!?
ぐっ、でも今の状況を打開するにはそれくらいしかないか……仕方ない。
俺はエルフに向き直った。
エルフは俺に向かって先程のヤバい魔法を打とうとしていた。
「待って待って待ってくれ話を! 話を聞いてくれ! 提案がある! 提案があるから!」
「私にはないよ」
「聞くだけ! 聞くだけでいいから! 俺は死にたくない、お前は俺を野放しに出来ない、そうだな!? だったらこうだ、お前は俺を監視して一緒に行動すればいい。どうだ!?」
「魔族の提案を飲むことはない。これ以上は時間の無駄だね。
大賢者――ッ!
なんとかしてくれッ!
《了。復唱してください》
「お、俺はもっとお前と話したいんだ! まだ会ったばかりでお互い何も知らないけど、これから分かり合えるかもしれないだろ!?」
「…………」
「……お、俺は、もっとお前のことが知りたいんだ」
――エルフは、無言で杖を虚空に消し去った。
そして、荷物を片手で持つと、ちらとおれに視線を向ける。
「わかった。魔物の言うことは信じられないけど」
「えっと、もう魔法を打ったりは……?」
「今は殺さないでおこうと思う。ただし、人を襲ったりしたら即座に殺すから」
「お、おお。分かった! 人は自分から襲ったりしない。元々俺も人間だしな」
「その設定は信じてないけどね」
「あ、はい」
俺が人間だということは一切信じてくれないらしい。とはいえ、ちゃんと会話が出来るようになったのは大きな一歩である。流石は大賢者。しかし、一体何がエルフの琴線に触ったのやら。
「お前の提案通り、暫くは同行する。あまり離れたり近付いたりしないようにね」
「ああ、わかった。これからよろしくな! 俺はリムル。リムル=テンペストだ」
「よろしくするつもりはないけど……まあいいか。私はフリーレン。魔法使いだ」
エルフ改めフリーレンは、そう言うとスタスタと歩き始めた。歩幅が小さいからついていけるが、スライムボディにはなかなか早い速度だ。恐らくわざとだろう。
しかし無言が結構辛い。
フリーレンは無言が苦になるタイプではないんだろうが、あまり仲良くない相手と無言は俺がキツイ。話題を探してみるが、共通点なんてほとんどないしな。
気まずい気持ちでフリーレンの後ろをずりずり進んでいると、ぴたりとフリーレンが立ち止まった。
「フリーレン? どうかしたのか?」
「魔物だ」
「魔物……あっ!? 殺すなよ?」
「…………」
フリじゃないが!?
すっと杖を手に持ったフリーレンに近づき、慌てて杖にへばりつく。とても嫌そうな顔で振り払われたが、矛は収めてくれた。
ほっとして前を見ると、ガサガサと草むらを掻き分けて出て来たのは、緑肌の小汚い人型の魔物。
こいつらは……ゴブリンか?
「グガッ、強キ者ヨ……。コノ先ニ、何カ用事ガ、オアリデスヵ?」
ファンタジーの定番、エルフときてゴブリン。
本来ならワクワクするものではあるんだが、横のフリーレンの纏う空気が絶対零度になった事でおちおち感動も出来やしない。
多分、さっき言葉を話す魔物=魔族みたいなことを言っていたし、ゴブリンも魔族認定されたんだろう。魔族が何なのか俺もよく分からないけど。
フリーレンが俺の時みたいに即座に攻撃に移らないのは、俺が殺すなと言ったからか? ちらっと見上げると、冷たい目とばちっと合った。
暫しの無言。
……あっ、これ俺が対応しろってこと?
ゴブリンが言ってる強き者はフリーレンなのに?
もう一度ちらっと見上げてみる。
無言で見下ろされる。
「……ええと、初めまして。俺はスライムのリムルという。俺たちに何か用か? この先には別に用事なんか……ないよな?」
「森の外に出たいだけだからね。出られるならどこからでもいいよ」
「だってさ」
「左様デシタカ。コノ先ニ、我々ノ村ガ在ルノデス。強力ナ魔物ノ気配ガシタノデ、警戒ニ来タ次第デス。」
「強い魔物の気配? 俺の『魔力感知』ではそんなの感じないけど……」
「グガッ、グガガッ。ゴ冗談ヲ! ソノヨウナお姿ヲサレテイテモ、我々ハ騙サレマセンゾ!」
おっと、こいつらは勘違いしてるみたいだな。
俺はどこからどう見ても無害なスライム。そして隣には超凶悪な魔法を操る魔法使いフリーレン。恐らくフリーレンの気配を魔物と勘違いしたんだろう。
ここまで近くに来ているのに見間違うなんて、かなりのアホのようだが、フリーレンは魔物と勘違いされて怒ってないのかな?
と思っていたらピリピリと殺意の波動を感じる。な、何でゴブリンじゃなくて俺に殺気を向けるんだ!?
ぷるぷる震えて無害アピールしていると、ゴブリンが空気を読まずに口を開いた。
「ソチラノエルフハ、強キ者の従者デショウカ?」
「ちがッ!! フリーレンはその……と、友達!! だから!!」
「へえ。私には魔族の友達がいたんだ。知らなかったよ」
身震いするほど冷たい声音。スライムボディにも関わらず大量の冷や汗が出ている気がする。
ソ…と顔色を伺ってみると、無表情のまま杖を持って見下ろされていた。
こ、殺される! なんとか挽回しないと殺されてしまうッ……!!
「こ、これから! これからな、友達になりたいっていう意思表示であって……! ほ、ほら、お互いを知れば友人にだってなれるかもしれないし?」
「ふぅん。……そう」
杖が消えた。
……よ、よしっ! なんとか切り抜けたみたいだ。
殺気は変わらずにピリピリ感じるけど、これはもう仕方がない。
「ていうかさ、あいつら。フリーレンのことエルフって分かってるのに、フリーレンの気配と俺の気配間違えてるよな?」
ピリピリした殺気を全身に受けつつ、こそっとフリーレンに話しかける。
なんとか話題を逸らして、この殺気を収めてしまいたいからだ。
「間違えてないよ」
「えっ」
「今この場で、大量の魔力を放出して垂れ流しているのはお前だけだからね」
嘘だろ?
大賢者、大賢者さん? もしかして本当に俺が強き者って言われている感じなのか?
慌てて三人称視点で自分を見てみると、本当に垂れ流していた。は、恥ずかしッ!
何とか魔素を引っ込めると、ゴブリンは有難がって大袈裟に感謝していた。
俺の垂れ流しをみんなに見られていたかと思うと恥ずかしくて異性のフリーレンなんて顔も見れない。
恥ずかし……ともじもじてれてれしていると、がしりとスライムボディを鷲掴みにされる。ギョッとして視線を地面から上げると、フリーレンが真顔で俺を掴みあげていた。
「ど、な……? ふ、フリーレン?」
「どうして魔力を隠したの」
「え、いや、垂れ流しだったし……。なんか社会の窓全開で歩いてたみたいな感じで恥ずかしかったし……?」
「魔力を、隠すことに。何の躊躇もなかった。どうして?」
「ど、どうしてって……引っ込めるだけに覚悟がいるのか?」
「…………そう。わかった。なんでもない」
絶対なんでもなくないだろ……。
と思ったが、言っても何の意味もないだろうから口を噤む。ぱっと手を離されて、俺は地面にぽてりと落ちた。
俺たちのやり取りを困惑しながら眺めていたゴブリン達は、フリーレンが決して弱い訳では無いと理解したようだった。ぶっちゃけ俺とゴブリンならフリーレンの魔法で一瞬で殲滅されるくらいには実力差がある。
それを感じさせないのは、フリーレンの処世術なのだろうか?
まあ相変わらず、ゴブリン達と会話する気は無さそうだが。俺とも必要以上に会話してくれないけど。互いを知ろうって和解(?)したのは俺の記憶違いではないと思うんだけどね。
結局、最後までフリーレンはゴブリン達と会話することはなく。俺たちは話の流れで、ゴブリン村にお邪魔する事になったのだった。
道すがら色々な話を聞き、ゴブリン村へと到着。驚くほど小汚い村の中、ちょっとはマシかも……と思える小屋に案内される。
フリーレンは特に気にした様子はなく……いや嘘。ピリピリした殺気を纏ったまま油断なく村の中を観察しているようだ。
まあ、フリーレンからすれば魔族の巣窟? なのだろう。
小屋の中で待っていると、暫くして老人っぽいゴブリンが先程のゴブリンに付き添われて入ってきた。
「お待たせ致しました。お客人。大したもてなしも出来ませんで、申し訳ない。私は、この村の村長をさせて頂いております」
「ああ、いやいやお気遣いなく」
フリーレンは無言のままなのは分かっているので、俺が対応する。言葉と共にそっと差し出されたのは泥みたいな水。ゴブリンの村の様子を見るに、これでも貴重なものなのだろう。
俺の隣に座っているフリーレンにも同じものが出されたが、一切手をつける様子はない。これは俺がフォローしておかないと駄目なやつだな。
俺は出されたお茶を「これはどうも」とスライムスマイルで啜る。
ゴブリンはほっとした様子で息を吐いた。フリーレンの拒絶しか感じられない態度にかなり気をもんでいたようだ。わかるとも、俺も気を揉んでいたからね。
俺のスライムスマイルに気が緩んだようで、ゴブリンは今の状況と何故俺たちをゴブリン村に招待したのかを説明してきた。
フリーレンは牙狼族がゴブリンを襲うということに訝しげではあったが、無言は貫いていた。
そして、ゴブリンは俺たちに助けを求めてきた。いや、多分フリーレンは絶対に助ける気がゼロだから、実質俺に、である訳だが。
ぶっちゃけ俺にメリットはない。
何ならデメリットの方が多い。フリーレンにも睨まれるだろうし。
でもなあ……。
俺は昔から、頼み事に弱い男なのだ。
それに、強烈な殺意を向けてきたフリーレンを除いて、友好的な会話をするのは久しぶりである。孤独な日々を送っていた俺には、この会話すら楽しいと思ってしまっている。
ちら、とフリーレンを見る。
話の途中から殺気を収めて考え込むような仕草をしているため、恐らくこのゴブリンたちを「やっぱり殺すね」とか言ったりはしないだろう。俺は冷たくされるかもしれないが……。
うむ。いつ死ぬか分からない今、心に正直に生きねば!
とはいえ、なんの見返りもなく助けるにはリスクが高い。俺は不遜な態度で口を開いた。
「村長、一つ確認したい。俺が、この村を助けるなら、その見返りはなんだ? お前達は、俺に何を差し出せる?」
「我々の忠誠を捧げます! 我らに守護をお与え下さい。さすれば、我らは貴方様に忠誠を誓いましょう!!!」
ウム。
ぶっちゃけ忠誠なんて必要ないんだが。
平伏されている状態で「やっぱり別のものに」なんて言える訳もなし。俺はチクチクしたフリーレンの視線を受けつつ、ふんぞり返ったのだった。
「お前たちのその願い。暴風竜ヴェルドラに代わり、このリムル=テンペストが聞き届けよう!」
その後。
フリーレンのチクチクした視線とピリピリした殺気を全身に受けながら、ゴブリン村を見て回った。
怪我をしていたゴブリンには体内で生成した回復薬を与え、命令していた柵は『粘糸』で補強、柵の向こう側は『鋼糸』で罠を張る。
それを行っていると、フリーレンのチクチクもピリピリも徐々に収まっていった。そしてやはり考えるような仕草を見せ、眉を寄せて沈黙。
ゴブリンたちはそんなフリーレンに怯えているようだが、俺が初手でフリーレンを友達だと言ったために精一杯もてなそうとしてくれている。フリーレンは一切相手にしていないが。
もうちょっと態度を緩めてくれたらなあとは思うが、俺もまだ全然仲良くなれていないから、口を出せる訳もなく。
そうこうしているうちに、遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。
「あ! き、来たっ! 来たっすよ! 牙狼族っす!」
ゴブリンの一人がそう叫ぶ。
俺はその声が聞こえると、柵の真ん中に移動して、奴らが来るのを待った。が、まあ待つまでもなくその姿が見えてくる。
「そこで止まれ。一度しか言わないからよく聞け。このまま引き返すなら何もしない。さっさと立ち去るがいい」
まずは戦う前に話し合い。
これで上手くいってくれたのなら良いけど、まあ流石にそれは出来すぎか。予想通り、牙狼族は俺の言葉を無視して突っ込んできた。
そして、俺が張った罠、『鋼糸』に引っ掛かる。ゴブリンたちの矢と罠を避けながら柵に辿り着くのは至難の業。たとえ辿り着いても……ゴブリンの決死の攻撃が待っている。あとはもう、こちらの優位な戦場だ。
この場合、牙狼族が取れる手段は少ない。
逃げるか、突撃か、あるいは――そうか、そうくるよな。
牙狼族のボスらしき狼が単身、俺に向かってくる。
勿論対策済みだ。
周囲に『粘糸』を張り巡らせ、身動きを取れなくしてから、『水刃』で一閃。どさりと倒れたボスに、牙狼族は動揺したように身動きを止める。
「聞け、牙狼族よ! お前らのボスは死んだ! 選ぶがいい、服従か死か!」
あっしまった、ついうっかりノリで二択を出してしまった。逃げ出してもらうのがベストだったんだけど……。
服従するくらいなら死を! 的に一斉に向かってきたらどうしよう。もしそうなって村まで攻め込まれたら、フリーレンが俺たち諸共殲滅しかねないから、切実に止めて欲しいんだが。
しばらく様子を見ていると、牙狼族は全く動かない。もしかしてボスという統率者を失ったから決められないのか?
うーむ、……それなら後押ししてやるか。
俺はボスの体を捕食すると、牙狼族に擬態する。
「ククク。仕方がないな、今回だけは見逃してやろう。我に従えぬと言うならば、この場より立ち去ることを許そう! さぁ行けっ!」
ふふん、どうよこの悪のカリスマムーブ。
これならこいつらも心置き無く逃げ出せるだろう。やれやれこれで一件落着だな……と思ったら、これまた返事がない。
どうしたんだ? と思っていたら、背後から強烈な殺気。
慌てて振り返ると、ゴブリン村の上空に杖を構えたフリーレン。そして、その前には魔法陣が展開されており――
「どわーッ!? やめろやめろ、死んじゃうだろうがッ!!」
慌てて叫ぶと、フリーレンは魔法の照準を俺に合わせた。ま、まさか俺のことまで打つ気か!?
《解。個体名:リムル=テンペストと、敵対している牙狼族を誤認しているものと思われます》
擬態解除擬態解除!!
スライム形態に戻り、無害アピールでぷるぷる震えれば、フリーレンの魔法の照準は牙狼族の群れへと移った。
ほっ、と一息つくと、今度は牙狼族が俺に向かって必死の形相で平伏した。
「わッ、我ら一同、貴方様に従います!」
え何急に……? と思ったが、フリーレンの激ヤバ魔法に命の危機を感じたのだろう。気持ちは分かる。
俺はそれを受け入れ、必死でフリーレンに身振り手振りで「まほう うたないで」で伝え。そしてフリーレンは、相変わらず何を考えているのか分からない無表情のまま杖を納め、ゴブリン村へ降下していく。
ほっ、と俺は牙狼族と一緒に安堵の息を漏らしたのだった。
そしてゴブリン村にみんなを集め、今後どうするかを方針を決めていくことにする。ちなみにフリーレンに関してはゴブリンたちが牙狼族に情報を伝えてくれたようで、俺の友達ということと、その強さも含め敬意を持たれているようだ。
さすがは魔物。弱肉強食……殺されかけたっていうのに遺恨を残さないもんなんだな。
それで、今後の指示を出そうとした所で。
「そういえば村長。お前の名は?」
「いえ。魔物は普通、名を持ちません。名前がなくとも意志の疎通はできますからな」
「そうなのか……。でも俺が呼ぶのに不便だな。よし、お前たち全員に名前をつけようと思うが、いいか?」
瞬間、場がざわついた。ゴブリンたちはものすごく熱い眼差しでこちらを見ている。
何故?
たかだか名前を付けるだけだろ……?
困惑し、なんか間違ってたかなとフリーレンを見上げると、フリーレンも不思議そうに首を傾げていた。だよなあ、あのフリーレンも不思議そうってことは、俺は間違ってないよな?
変な奴らだなと思いつつ、俺はゴブリンたちに名前を付けていく。そして最後、牙狼族のボスの息子に名前を付けて、俺は
最後、フリーレンが驚いて俺に手を伸ばしていたような気がするけど……まあ、フリーレンだし。多分俺の気のせいかな。
***
フリーレンは、溶けたスライムの横で座っていた。
ゴブリンや牙狼族改め
考えていたからだ。
フリーレンが知っている常識と照らし合わせ、今の状況を分析していたのだ。
魔力を隠すことに躊躇のない魔族。魔物。
言葉を話すにも関わらず自らを魔物というゴブリン。
『鋼糸』『粘糸』『水刃』『擬態』という系統の違う魔法をいくつも操る魔族……本人は無害なスライムと自称しているが。
その全てが、フリーレンの知る常識と異なっている。
極めつけは、"名付け"という儀式によって大幅に強化された彼等。
魔族は、生きた年月に沿って強くなるいきものだ。
だからこそ、フリーレンはゴブリンも牙狼族も油断はしていなかったが脆弱な魔物、魔族だと認識していた。それなのに、名付けによって姿形すらも変化した。
フリーレンは、それを知らない。
1000年以上生きてきた。魔族に関しては、他よりも秀でていると言っていい。だというのに。
優秀なフリーレンの頭脳は、答えを弾き出していた。
しかしそれを受け入れられるかといえば、そう簡単なことではなく。
フリーレンは考えていた。
そして、ようやく息を吐き出した。ぴくり、と視界の端にいるゴブリン――否、ゴブリナが震える。そろりと顔色を伺われて、フリーレンは初めて彼女に視線を向けた。彼女らに、「少し聞きたいんだけれど」と声をかけて。
びゃっと飛び上がった彼女らは、慌てて「なんでもお聞きください!」と上擦った声で叫んだ。
その人間くさい仕草に少し眉を寄せて、そして湧き上がる苛立ちと不快感を押し殺し、フリーレンは口を開いた。
「この世界のこと。それと魔物について教えてくれないかな」
***
スリープモードから目を覚ました時、俺の傍にはフリーレンがいた。フリーレンは俺の隣で瞑想をしていて、大賢者によると魔法の鍛錬、あるいは修行だとか。
出会った当初のツインテールではなく、髪を下ろしてシンプルな衣装を身にまとっているため、なんだか大人っぽい雰囲気だった。
俺がぺしょ…という水に近いものからスライムのまるみのあるボディに戻ると、フリーレンは閉じていた瞼を開け、ちらと俺を見た。
「おはよう。よく眠れたみたいだね」
「おう、おはよう。もしかして、ずっとそばにいてくれたのか?」
今までとは雰囲気が違って、ちょっとドキドキしながら問いかける。美人にずっと気にかけてもらえるなんて、テンション上がるってもんだ。
そわついていると、フリーレンはいつもの無表情で「当然。監視のための同行だからね」と告げた。まあ、うん。そんなもんだよね……。
ちょっぴり期待した分、ガッカリである。
ぐでりとスライムボディを崩すと、フリーレンはゆっくりと俺に手を伸ばしてきた。そして、そっと撫でるようにして触れて離れていく。
い、いつものフリーレンじゃない。
いや何時も、なんて言う程長い付き合いではないんだけど。でも殺意むき出しで心の防御が鉄壁だったあのフリーレンが、魔物(魔族?)の俺に自分から触れてくるなんて、一体何があったのだろう?
「フリーレ――」
「リムル様、フリーレン様。失礼します。フリーレン様、お食事をお持ちし…………、……りっ、リムル様! お目覚めですか!?」
フリーレンに話しかけようとすると、見知らぬ女性が入ってきた。彼女はフリーレンの食事らしきものを手に持っていて、俺を見ると顔を輝かせて叫んだ。
「あ、うん。お目覚めだけど……」
「すぐに村長に知らせて参りますね! フリーレン様、こちらお納めください」
「ありがとう。いつも助かるよ」
「いえいえ、とんでもありません! では私は失礼しますね!」
「えっフリーレン今普通に会話した? 俺がスリープモードで溶けてた間に一体何が!?」
しかもお礼を言ってたけど!?
いつも助かるなんて労いの言葉までかけて!
い、一体どういう心境の変化なんだ。信じられない気持ちでフリーレンを見上げる。
「詳しい話は後にしよう。彼らはリムルが目覚めるのを心待ちにしていたからね」
「そうか……ん?」
「なに?」
「今、俺の事を名前で……?」
「嫌なら改めるよ」
「嫌なわけないだろ。これからもそう呼んで欲しいくらいだ」
「そう、わかった」
やけに物分りがいいぞ。もしや偽物か……?
疑いの気持ちを持っていると、外から大柄の男が入ってきた。誰やねん。と一人心の中で突っ込む。
男の正体は、なんとあのゴブリン村の村長だった。俺がリグルドと名をつけた、あのヨボヨボの爺さんである。
魔物って、名付けでこんなに変わるもんなの!?
道理であの熱狂ぶりだった訳だ。そりゃ大騒ぎくらいする。そして、彼らは俺の目覚めを待っており、今から宴だと騒いでいた。
めちゃくちゃ喜ばれていてまあ嬉しくない訳はないが、フリーレンはその狂騒そっちのけでマイペースにご飯を頬張っていたのでそっちに気を取られてしまう。
結果、俺の目覚めの宴にも関わらず気を利かせたゴブリンたちにフリーレンの隣で二人して無言の時間を過ごすことになってしまった。
フリーレンは俺の事なんて眼中にないようで、焼き串を食べ続けている。そして体感二、三十分ほど無言で食べ続け、フリーレンはようやく手を止めた。
「宴もたけなわになってきた頃だし、そろそろ話をしようか」
「あ、うん。フリーレンの隣になってから誰も俺達に話しかけてきてないけどな」
「そう?」
こ、こいつ。
俺にもゴブリンたちにも一切目もくれずに飯を食うことに集中してやがったのか。俺なんか味が分からないから眺めているだけだったってのに。
フリーレンは密かにイラッとした俺の怒りに気付くことなく、口元を拭ってから俺と膝を突き合わせた。
「単刀直入に言うけど、この世界は私が今まで生きていた世界とは違う」
そして、そんな驚きの真実を告げたのだった。
驚いて声が出ないとはこの事か。いやだってエルフだぞ? エルフが異世界にいるのは分かるけど、そのエルフが自分は別の世界からこの異世界に来ましたなんて……。
「私の知っている常識と異なる事が幾つもあった。だからリムルが寝ている間、私はこの世界のことについてゴブリナたちに教えを受けていた」
「お、おう。そうなのか」
「私の世界の魔族と、リムル達が全く違う存在だという事も理解した。ずっと観察していたけれど、リムル達は、人間を騙して、欺いて、殺すためだけに生きている存在ではないと、思う」
「当たり前だ! 俺は人間と仲良くしたいと思ってるからな。何せ元は……」
「それについては信じていない」
「えっ」
な、何で?
唖然としていると、フリーレンは俺の反応を気にせずに話を続けてきた。
釈然としない気持ちを抱えながら、とりあえず俺はフリーレンの話を最後まで聞くことに。フリーレンの世界の魔族についてと、この世界の魔物の差異。それによって導き出された異世界という結論。
「そしてこれらを話した理由は、例え私の知る魔族とは違っても――やはり手放しに信じられる訳では無いからだ」
「それは、……俺達が魔物だから?」
「それもある。ただ、一番信じられないのは私だよ」
「え?」
「今私が見ているこの世界が、大魔族による魔法という可能性を捨て切れない。今リムルという名のスライムが私と話しているのは幻覚や夢で、ただの空想である可能性を、私は捨てられない。その場合、リムルがどれだけ私を説き伏せた所で、私は何も信じられないんだよ」
このあとほどほどの距離感で仲良くやる。
シズが来た後あたりではフリーレンの警戒もかなり解けるので、そろそろ旅に出ようかなと思い立つものの、リムルにちょっぴり別れを惜しまれたので「じゃあもうちょっと(年単位)だけ……」と言う感じで居座る。
エルフの時間感覚にリムルが気付いた頃には、フリーレンの旅立ちには反対でしかないので、たまにフリーレンが「そろそろ用意しようかな」的な発言をすると「あとちょっと」だの「もう少しゆっくり」だの言って滞在させ続ける。フリーレンが気付いた頃には凄い役職についてて旅立てなくなるけど、旅行と称して他国に連れて行って魔導書を与えれば機嫌はころっとなおる。
そんな関係であって欲しい。
魔王誕生編では、人間が攻めてきた時はフリーレンも人間相手だからちょっと戸惑う。相手の言い分が「同胞の助けを求める声に応えた」なので、フリーレンは(まさか……)と思い魔国側につくか迷ってしまう。
そのせいで大きな被害が出てしまった、と後悔。
リムルが魔王になるまでは、すました顔で過ごしているが心の中はぐちゃぐちゃ。
そして、リムルと話す時に心の内を漏らす。
「疑ってしまった。リムルたちと魔族は違うと知っていのに。もしかしたらなんて思ってしまった。信じられなかった。みんなが、人と歩もうと努力してきた姿を見てきたのに……私は、その歩みを一番そばで見てきていたのに……!
――私は、リムルたちを信じきれなかった……!」
フリーレンがくしゃくしゃの顔で泣いて、リムルはそれを受けて、魔族がいる世界で殺しあってたなら普通そうだよな、でもここまで泣くくらいには思い悩んでくれたんだなあと思うんだとおもいました。
[完]
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