このライトノベルがすごいの勝利記念に部室で祝勝会が開かれたわけだが、その中に一人二位だった女がいただけの話。

完全なメタネタ注意。

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完全なメタネタですので苦手な方はご注意を。


このラノ記念 やっぱり八奈見杏菜には負けが似合う

 その日の文芸部部室に向かうと、小鞠しかいなかった。

 このパターンは、別に珍しいことではない。

 先輩たちが部室に顔を出すことが減ってからは、多々あることだ。

 

 先輩を除いた現役と呼べる文芸部の部員は、現在四名。

 八奈見は、気が向いたときしか部室に顔を出さない。

 焼塩は、陸上部との兼部だ。メインは陸上部であり、着替えの場所として部室を使っても長居することなく運動場へ向かう。

 

 文芸部の最古参の小鞠と部長になってしまった俺が、部室にいる時間が長いツートップだ。

 といっても、部室の本を借りるだけで帰ることもあるし、寄らずに帰ることもある。

 部として決まった活動があるわけでもなく、強いていえば文豪になろうの投稿があるが、それはスマホさえあればどこからでもできるので、こんなもんだろう。

 

 最初の頃は、女子と二人っきりという状況に緊張しなかったわけではないが、数回その状況が続けば、すっかり慣れてしまった。

 俺も小鞠も用もなくしゃべるタイプでもないし、軽く挨拶をしたあとはお互いの時間を過ごすだけだ。

 

「ども」

「うぇ」

 

 会話終了。

 前部長が置いて行ったラノベシリーズの続きを読もうと棚を漁ると、珍しく視線を感じた。

 

「…………」

 

 小鞠が何か言いたそうにこちらを見ている。

 挨拶は済ませたはずだ。他に何か用でもあるんだろうか。

 

 スマホでなろうをチェックしてみたが、小鞠の作品は特に更新されていなかった。

 俺はそもそもしばらく更新していない。

 投降作品について話したいわけでもないらしい。

 

 考えても埒があかない。

 

「どうしたんだ?」

「ぬ、温水……お前、見たか?」

「見たって何をだ?」

「ぶ、文芸部としての自覚が足りないんじゃないか。部長失格だぞ」

 

 急に怒られてしまった。

 なにがあったんだろうか。

 ほとんど流されて文芸部の部長になっただけだ。足りないのは自覚しているので、反論はできない。

 

「だからなんの話」

「『このライトノベルがすごい!2025』だ」

「ああ、このラノか。もうそんな時期だっけ」

 

 このライトノベルがすごいは、今人気のライトノベルをランキング形式でまとめた本だ。

 ラノベを選ぶ際に大いに参考にさせてもらっている。

 

 まだ2024年の11月末だが、もう2025が発売されたらしい。

 

 2025と銘打っているが、実際は2024年にシリーズが発売された本が対象。もっと言えば、投票期間との兼ね合いで実際の対象本の時期は、さらにずれている。概ね2023年冬から2024年秋に発売された本が投票の対象になっている。

 去年投票したときはどのシリーズが投票対象になっているのかが、ややこしかった記憶がある。

 今年は、スルーしてしまった。投票しておけばよかった。

 

「小鞠の推しでもランクインしたのか?」

 

 自分が好きな作品がランキング上位に入ると嬉しい。でも、既に持ってるシリーズが入っても参考にならないので困るのが悩みどころだ。

 

「違う。それどころじゃない」

「というと」

「今年の作品部門一位は『負けヒロインが多すぎる!』だ」

「え!?」

「私達を描いた作品が一位だった」

「マジか!?」

「マジだ」

 

『負けヒロインが多すぎる!』令和を代表する負けヒロインこと八奈見杏菜を筆頭に、少し……やや……大いに残念なヒロイン達が繰り広げる青春ラブコメだ。2024年11月末現在、ガガガ文庫から単行本7冊、短編集1冊が発売中で、いたち先生が描いたマンガ版は3巻まで出ている。

 今年の夏にはアニメ化まで果たしたらしい。出世したものだ。

 

「それはすごいな」

「それだけじゃない」

「それだけじゃないの?」

「温水、お前、男性キャラクター部門で一位になった」

「はい?」

「お前が今年のラノベで人気ナンバーワンの男だ」

「あのキリトとか八幡とかが選ばれた部門でか!?」

「そ、そうだ。さすがは部長だな」

「さっきまで失格って言われてたけど」

 

 そんなことが実際に起こりうるんだろうか。

 俺がこのラノ男性キャラ部門で一位!? 実感がなさすぎる。

 ラブコメからだと俺ガイルの比企谷八幡とか一位常連だったし、去年はお隣の天使様の藤宮周のはずだから、なくはないんだろうが。

 

 そういえば、昨日から佳樹がやけにご機嫌で、お兄様の魅力が世界中に知れ渡ってしまいましたとか盛り上がっていたような。佳樹が大げさなのはいつものことだからスルーしてしまったが、このことだったのか。

 

「それだけじゃない。イラストレーター部門は、いみぎむる先生だった」

「いむぎむる先生!? って触れにくい話題は、やめよう」

 

 負けヒロインが多すぎるを担当してくださっているイラストレーターで俺達のビジュアル面での生みの親。

 現在、この美術部には問題がある!を連載中。

 他にはリコリスリコイルのキャラデザとして有名だ。

 ここまでいくとメタにしても行き過ぎで、話がややこしくなるのでやめておこう。

 

 作品部門一位。

 男性キャラクター部門一位。

(イラストレーター部門一位)

 

 この流れから察するに。

 

「小鞠、おまえ、まさか……」

「温水。それは聞くな」

「ごめん……」

「それは聞いてはならないことだ」

「二回言うほど!?」

 

 あれ? 外した?

 流れてきに小鞠が女性キャラクター部門一位だと思ったんだが。

 この場でいる二人で完全制覇ってわけじゃないのか。

 

 若干の気まずさが部室内を襲った。

 

「お待たせー、揃ってるー?」

 

 こういう気まずさをぶち壊してくれるのは、八奈見のいいところだ。

 別に待っていなかったが、このタイミングはありがたい。

 

「いやー、小鞠ちゃんから今朝聞いて慌てて買いに行ったから遅くなったよ」

 

 そう言いながら八奈見は、テーブルの上に買い物袋を置いて、中から箱を取り出した。

 

「何を買ってきたんだ?」

「何って決まってるでしょ。ほら、これよこれ」

 

 ケーキっぽい箱だと思っていたが、どうやらケーキで正解だったらしい。

 八奈見が箱を開けると家族向けサイズのショートケーキがあらわれた。

 ホールの中央に『一位おめでとう。大勝利!』と文字の入ったチョコプレートが載っている。

 

 今朝聞いたって言ってたよな。

 当日でもこういうことやってくれるケーキ屋さんあるんだ。

 

「どう? どう? ここのケーキ屋さん美味しいんだよ。いつかホール食いしてみたかったの。今日は記念だからいいよね?」

「いいよねって言われても、八奈見さんの好きにしたらいいんじゃない?」

「そういうところだよ、温水君。おごりのつもりだったけど、温水君の分はお金取るからね。3200円の4分の1」

 

 800円か。ラノベ一冊分の購入計画を練り直す必要が出てくる。

 相談もなく買われた押し売りだが、記念日を祝いたいというのであれば必要経費だと割り切ろう。

 

 しかし、4分の1とはいったい。

 先輩達に声をかけなかったのかな。受験に配慮したのか、ケーキの取り分を考えたのか。八奈見なら取り分だろうか。

 

「八奈ちゃん。ケーキ買ってきたって本当? わーすごい、美味しそうじゃん」

 

 どこから飛んできたのか焼塩のやつが現れた。

 相変わらずのセパレートのユニフォーム姿だ。

 さすがにこの時期は寒いんじゃないかって心配になりそうだが、焼塩には関係ないらしい。

 汗なのか蒸気が湧き出ていて強キャラ感を漂わせている。

 ちょっと匂いが……言わないでおこう。

 

「へっへー。いいでしょ。せっかくの八奈見ちゃん大勝利記念だからみんなで祝おうと思って奮発しちゃった」

 

 さっき俺から四分の一取るって言ったよな。

 

「え? 八奈ちゃん勝ったの? すごいじゃん。おめでとー」

「そう。勝ったの。だから幸せのおすそ分けてきな?」

「へー……二位って聞いたから八奈見ちゃんは駄目だったのかなって思っちゃった」

「ふふーん。二位だけど問題ないの。温水君が一位で私が二位でしょ。ワンツーフィニッシュで温水君はノーカンだから実質私が一位みたいなもんでしょ」

 

 ん? 八奈見は二位だったのか。

 このラノのキャラクター部門ってたしか……

 訝しげに小鞠を見ると、気まずそうに目を逸らされた。

 コイツ分かってやがるな。

 

「ほら。だから一位おめでとうって書いてもらったし」

 

 チョコプレートには確かに『一位おめでとう。大勝利!』と書いてある。

 書いてあるが。

 

「え? ぬっくんは男性キャラ部門一位で、八奈ちゃんは女性キャラ部門二位でしょ? ぬっくんがノーカンになっても八奈ちゃんは二位のままなんじゃ」

「おい、やめろ」

 

 焼塩のやつ言いやがった。

 慌てて止めに入ったがもう遅い。

 無能っぽい有能を追放してしまったパーティーみたいだ。取り返しがつかない。

 

「えーどういうこと?」

「ごめん。私も詳しく知らないから、詳しそうなぬっくんに聞いてよ」

「無茶ぶりが過ぎる!」

 

 焼塩のやつとんでもない爆弾に火をつけて渡してきやがった。

 

 八奈見。こっちを見るな。

 そして小鞠。お前もこっちを見るな。さっきは目を逸らしやがったのに、あとは任せたっぽく見てくるんじゃねえ。

 

「温水君も分かってたんだ?」

「それはまあ、その、なんだろう」

「いいからちゃんと説明して。怒らないから」

 

 それ絶対怒るやつだろ。

 仕方ない。八奈見本人が望んでいることなら説明しよう。

 スマホで検索をかけてこのラノ2025の結果を調べる。

 

「このライトノベルがすごいは四部門に分かれているんだけど。

 作品部門一位『負けヒロインが多すぎる!』

 イラストレーター部門一位『いみぎむる先生』

 男性キャラクター部門一位『温水和彦』」

 

 自分で言うのはなんか恥ずかしい。

 

「最後に、女性キャラクター部門一位『椎名真昼』

 二位『八奈見杏菜』」

 

 椎名真昼は、『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』のヒロインで文武両道の美少女正統派ヒロインだ。このラノ2022から三連覇中だったはずだからこれで四連覇か。

 圧倒的な勝ちヒロインで、今回も勝利してしまった。

 

 一応フォローするなら、複数ヒロイン作品の場合は作品ファンの投票が分散するが一対一のラブコメの場合は作品ファンの投票がメインヒロインに集中するので、一対一ラブコメの椎名真昼を破るのは中々に難易度が高く、八奈見が負けたのは仕方ないと思う。

 

「私、二位なの!?」

「そこは最初から分かってたことじゃないか」

「温水君が一位で私が二位って聞いたからワンツーフィニッシュで大勝利おめでとうみたいなやつかなって」

 

 それだと俺と八奈見がカップルみたいじゃないか。

 勝手に俺を巻き込まないでほしい。

 

「や、八奈見。二位でもすごい。私はもっと下だ」

「そうだよ、八奈ちゃん。二位でもじゅうぶんすごいって」

 

 黙っていた小鞠はまあいい。

 二位のままなんじゃって切り捨てた焼塩は、どういう立場でフォローに入ってるんだ。

 

「でも二位なんでしょ」

「まあ……二位だね」

「それって負けだよね?」

「……勝ちか負けかでいえば負けかなぁ」

 

 どちらかといえば、試合に負けて勝負には勝ったというか。

 八奈見さんが一位を取るよりもおいしい展開になった気がするが、勝ち負けにこだわる八奈見さんにとっては何の慰めにもならないか。

 

「じゃあ、この大勝利ケーキはどうするの!?」

「ええっと……祝ってくれてありがとう?」

「温水くんのことは祝ってません。私が私を祝うために買ったの」

「でも、一位で勝ったのは俺だけだし。別に八奈見の八の字も入ってないし」

 

 チョコプレートは『一位おめでとう。大勝利!』だ。幸い八奈見宛ではない。

 そもそも二位だった八奈見が一位おめでとうって文字を入れたのが意味が分からない。

 最初から俺を祝うためだったって考えた方が自然だ。

 

「半分。温水君が半分出して」

「はい?」

「温水君のお祝いのケーキなんだからそれくらいいいでしょ。はい決定。食べよ食べよ」

 

 八奈見はやさぐれモードに入ったらしくスプーンを手にするとそのままケーキと向き合った。

 おまえまさか、直接行く気か。

 ばか、やめるんだ。

 

 慌てて止めて、どうにかみんなの分の取り分を確保することができた。

 半分出した俺が貰えたケーキがどの程度だったのかはあえて言わないが、八奈見の機嫌が直ったのでよかったと思うことにしよう。

 

 それにしても、まさか八奈見だけ負けるなんて、なんとも美味しい結果だよなぁ。


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