バイオハザード・メトロ   作:ハン…

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 死んだはずのアルチョムとミラー。
 だが、目覚めたのは自らがいるはずのない、物理的に到達するはずのないアメリカの駅だった。


一話

 

 

 

 付近のミュータントの殲滅を終え、付近の探索を続けていた僕とミラー大佐。死体の中にミュータントが隠れていることを危惧しつつも、ついさっきまで生存者が居たとは思えないほど静かな駅を、カラシニコフを携えて歩いた。

 

 そして、そうするごとに大佐のここがアメリカなのではないかという疑問は確信へと変わっていった。

 

「アルチョム」

 

 大佐から呼びかけられる。

 

「見てみろ。「タイタニック」「ゴジラ」…どれも戦争前の映画だぞ。だが2000年代の映画ではない。こいつらは1998年…私が19歳の頃にヒットしたものだ」

 

 映画は、メトロの中で人間が楽しめる最も高価な娯楽だ。上映会に駅中の人が押しかけたこともあったし、チケットは通貨代わりの軍用弾が数発分もかかるほどに高額だった。

 だが、大佐の言っている大事な点はそこではない。これらの映画は1998年に放映されたらしい。つまり、僕の生まれた2013年よりもずっと昔、戦争で文化が崩壊し、停滞する前のもの。

 

 この映画広告のポスターは、少なくとも2013年当時のポスターでなくてはならないはずなのだ。

 

「これは奇妙だぞ。このアメリカかぶれの駅が仮にアメリカの本物の駅だったとして、タイタニックは古すぎる。つまり短絡的に考えると、アメリカの文化は1998年から更新されていないことになる。もちろんそんなはずはない。わが祖国とアメリカが互いに核を撃ち合ったのだとするなら、それは2013年に文化の断絶が起きるはずだ」

 

 ミラーの考えは僕の思考と概ね一致していた。大佐が血で汚れたポスターをフラッシュライトで照らす。「1998年2月23日」とだけ読める。大佐の言葉では、全世界興行収入がなるものが9億を突破したらしい。

 

「懐かしいな…。食料がどれだけあっても、それこそメトロ中の軍用弾を根こそぎかき集めたってこの額は満たせん。それだけの大ヒットだったのだ」

 

 大佐は懐かしむように目を細めている。僕は、僕の知らない世界に一人置いていかれているような心情に染まっていた。

 世界のほとんどの人間が死ぬ前に熱中した、このタイタニックという映画や、何より戦前という想像もつかない地上の世界。それらに懐かしさを覚える大佐の邪魔を、僕はできなかった。

 

 だが、無粋な人間はいるものだ。

 駅のどこかから爆発音が響く。正確には轟音だが、経験上それは爆発からなる音に違いなかった。

 

「まだ生きているものがいるらしいな。アルチョム!装備の確認、それが済んだら行くぞ!」

 

 ミラーの言葉に頷き、身体を確認する。スパルタンアーマーは酷く錆び付いてはいるが、まだその能力を保っているように見える。ガスマスクも割れておらずフィルターも予備がいくつか残っており、何よりブレストに装着されたガイガーカウンターは正常に動いていながらこの場に何の反応も示さない。

 放射線で汚染されていない事に気付いてマスクを外し、大佐にもここの空気が汚れていない事を示す。

 

「汚染が全く見られないほどの安全な空間も、ミュータントに襲われれば一溜りもない。全く酷い有様だ、人間もどき共め」

 

 リュックから拡張用弾倉を取り出し、カラシニコフに取り付けた。そこまでした時に忘れ物に気付き、ミラーに言ってオーロラへ戻ろうとしたが───

 

 思わず驚愕の声を漏らす。静かな駅では息さえ響く。ミラーはそれを拾ってオーロラの前に立ち尽くしているはずの僕に呼びかけた。

 

「どうした、アルチョム!」

「見てください。オーロラが消えている」

 

 僕の一言は、ミラーも、僕自身でさえ絶望の縁に落とした。

 

 そうだ。

 オーロラは、なんてことの無い普通の列車でしかなかった。僕達が見ていた、何より乗っていたオーロラは影も形も見えず、そこには知らない車両があるばかりだ。

 

「どういう事だ…私達のオーロラはどこに…いや、そもそも本当にオーロラに乗っていたのか、私達は? …考えていても始まらん。まずは爆発を確かめに行くぞ」

 

 僕はそれに頷き、僕達は最早何も通ることの無い線路を歩いた。

 

 

 

 

 

 誰かの怒声。そして銃声。激しい戦闘だ。何人もの兵士が撃ち合っているような苛烈な射撃音が、僕達の歩くこの場を満たした。

 ミラーも警戒を弛めることなく僕に着いてくるよう促す。

 

「行くぞ!」

 

 誰か戦っているのだろう。それが人間同士なら、きっとどちらかは僕達の敵で、それを見極めなければならない。逆にミュータントの大規模な襲撃なら、僕はその兵士たちに加勢し、カラシニコフの弾丸をありったけ浴びせる腹積もりだった。

 

 

 

 銃声は間違いなく、カラシニコフやバスタードのようなロシア製、メトロ製の武器のものでは無かった。整然と並び立つような、そういったものを射撃音から読み取れる。

 放置された客車の脇をすり抜け、駅のホームへと辿り着いた。

 

「《撃て! とにかく弾をばら撒くんだ!》」

「《巡査長、もう持ちません! ジョナサンの分隊と連絡取れません!》」

 

 僕には聞き取れない言葉……いや、確かに聞いた事がある。オーロラに共に乗った仲間のサムが、似た様な言葉を話したのを聞いている。

 つまりこれは英語だ。これでこの駅がアメリカかぶれのメトロなどではなく、正真正銘アメリカの駅だと判明した。

 

 ミュータントと兵士の距離はどんどん近づいていき、先頭に立っていた一人がミュータントに組みつかれた。

 

「う、う、うわぁっ!!」

 

 ミラーは一目散に駆け寄って、兵士のひとりに噛み付こうとしているミュータントを殴り飛ばし、レールガンをお見舞いする。僕もそれに続いて、ミュータントの頭を的確に狙い撃ちしつつも倒れ込んでいた兵士の腕を持ち上げ、助け起こす。

 

「《だ、誰だあんたらは!?》」

「私は…《私はミラー大佐、詳しい説明はあとだ、加勢する》」

 

 大佐は自己紹介をロシア語で話そうとし、ついで流暢な英語で話し始めた。何を言っているかは掴めないが、大佐は話を取り付けたらしい。僕に敵を撃つよう指示した。

 

「アルチョム!彼らはアメリカ人だが、今は味方だ!先にミュータントを片付けるぞ!」

 

 それを聞けて一先ず不安の種はひとつ消えた。問題はミュータントだ。まるで人間がそのままミュータントに変貌したかのように服を着込み、だが眼窩の奥は虚ろなまま僕達生きている人間を捉え続け、不気味な印象を植え付けてくる。

 

 その口はあんぐりと開き、僕達を食べようとしているのが見て取れた。それを許す訳にもいかず、カラシニコフを向けた。

 

 引き金を強く引く。放たれた5.45×39ミリ弾は貫徹力よりもストッピングパワーを重視したメトロ製のもので、それを生身に受けたミュータントは簡単に吹き飛ぶ。対人・対ミュータント双方に有効なカラシニコフは、全てのメトロ住民にとっての相棒だ。

 

 僕達と一緒に戦っているアメリカ人の武器は、見た事のない形状だった。マガジンが細長く、本体そのものは短いことからサブマシンガンだと思われるが、メトロ製のバスタード・サブマシンガンと違い高速で弾丸を速射できるようだ。

 

 だが、胴体に当たった弾には怯みもしないのがあのミュータントの特徴のようだ。弱点となる頭を潰さない限り、緩慢な動きで迫ってくる。

 

「頭だ、頭を狙え!」

「《ロシア語で話すな、わからん!》」

「《頭を撃てと言った!》」

「《暴徒の鎮圧が仕事だ、確実に殺す必要は無い!》」

 

 ミラーと兵士のリーダーと思われる男が怒鳴り合う。どうやら話は通じているものの、対応の認識に齟齬があるようだった。

 

「《殺さなければ我々が死ぬんだぞ!》」

「《俺達は警察だ、市民を無作為に虐殺する真似などできるか!ロシア人め!》」

「わからん奴らめ!」

 

 ミラーは短く罵声を浴びせて、ミュータントへ向けて銃弾をばら撒きながら僕の近くに駆け寄ってくる。

 

「理屈が通じんが、あのまま見殺しにもできん。アルチョム、ミュータント共に火炎瓶でも投げつけてやれ!」

 

 その言葉に頷き、火炎瓶を取り出し、乾いた布に弾丸型のライターで火をつけ、投げ込んだ。大きく燃え盛り、すぐに火の手がミュータント中に広まったところを見るに、火が弱点のようだ。

 

「《なんてことをするんだ!まだ止まるかもしれなかったのに!》」

 

 アメリカ人の兵士が叫ぶ。

 ミラーは駆け寄り、その兵士を殴り飛ばした。他の兵士が銃を向けるのを見て、僕もその一人にカラシニコフを向けた。

 

「《貴様らが自殺願望を持っているなら放っておいてやったとも!だが貴様らは生きて戦っていた!あれはミュータントだ、もう自我も何も無い、目に付いた人間を貪り喰らうだけの怪物なんだぞ!》」

「《そ、それは…そうかもしれないが…だが、中には───》」

「《それが有り得んと言っている!銃を向けられて奴らはどうした!?仲間が殺されて奴らはどうした!?恐れず向かってくるのは我を亡くしたミュータントだけだ!それを殺さなければ、殺されていたのは貴様らなんだぞ!!》」

 

 英語で、だが物凄い剣幕でアメリカ兵に詰め寄っている。話していた事も照らし合わせるに、彼らはミュータントを生け捕りにでもしたかったのかもしれない。研究対象でもあるかのような言い方をされて、大佐はあんなに喉を震わせて説得しているのだろう。

 

「アルチョム、お前は上を見てこい。外が汚染されていないかを確かめるんだ」

 

 彼の指示に従い、マスクを装備してガイガーカウンターに目を通しながら、外への階段を上る。

 外は暗く、夜なのは間違いないのだが、ところどころが明るい。外で生活できるほどに汚染度が低いのかと思った。それは間違いなかった。外に出た時、カウンターは緑…安全圏である事を指し示していたからだ。

 だが、光源は電気から来るものでは無かった。

 

 燃え盛る街、黒煙を上げる車、逃げ惑う人々、そして彼らに襲いかかっていくミュータントの軍団。僕は避難民を助けるべく、ミュータントの群れへと走り出した。

 

 カラシニコフが火を噴く。ライフルの威力はミュータントを難なく殺し、または仰け反らせる。衝撃力に重きを置いた弾頭を使うことで高威力を保っているからだ。

 市民が僕の脇を抜けて駅へと走っていく。僕が駅から出てきたのを見ていた人がいたようだ。

 

 ミュータントは更に襲ってくる。1、2発頭に撃ち込み倒れたら次、また別の敵に銃を撃ち込んで倒れたら次、というようにひたすら効率よく撃ち続けた。

 このミュータントは動きは非常に簡単だが、何より圧倒的な数で押し寄せてくる。血塗れではあるものの市民と区別が付きにくいのも厄介な特徴だ。

 

「《ありがとう、助かりました!》」

 

 逃げてきた女性の言葉に耳を傾け、分からないなりに感謝を伝えているのだろうことを察して地下鉄駅を指差し、逃げるようにジェスチャーを取る。

 女性の後に続いて何人もの民間人が逃げていく。逃げ遅れた人を助けようと銃を向けるが、二体、三体と群がっていくせいで助け出すことさえままならない。

 

 悲鳴がそこかしこであがる。もう助けられる人はいないのだろう。手製グレネードを二個ほど軍勢に投げ込み、炸裂させる。ダメ押しで火炎瓶を放り込んだ。合成燃料をたらふく含んだ瓶は、延焼してミュータントを燃やし、炎の壁を形成して敵を寄せつけない。

 今のうちにとばかりに駅へと駆け込む。シャッターを閉じるためのボタンを探し出し、強く押し込む。シャッターが音を立てて閉じ、ミュータントを閉め出した。

 

 外から、中に入ろうとするミュータント達のシャッターを叩く音が聞こえてくる。

 しばらくは破れることも無いだろう。

 

 階段を降りていく。生き残った人々の中には、下を俯いて現実逃避したり、パニックになって英語で喚く人までいる。言っている内容は分からないが、少なくとも死んでいればそうすることも出来なかったはずだ。

 ミラーから請け負った任務は外が汚染されているかの調査だけだったが、スパルタンの一人として間違ったことはしていないだろう。

 

「アルチョム!」

 

 改札を抜けてホームに降りた時、臨時の防衛線を敷設していた大佐とアメリカ兵が出迎える。

 

「無事だな?怪我は無いな!…よし、よくやった」

 

 ミラーから背中を叩かれ激励を受ける。僕は誇らしい気持ちと共に、この土地は全くと言っていいほど汚染されていない事実を告げる。大佐の顔は最初こそ喜ばしいものだったが、徐々に曇っていく。それは少しずつ思考を疑念が覆い尽くしていく時のそれだった。

 アメリカ兵の隊長に、大佐が尋ねた。

 

「《教えてくれ。ここは……どこだ?》」

「《は? …ペンシルベニア州のラクーンシティだ。あんたら旅行者にゃ見えないが、どこの特殊部隊だ?国軍?州軍か?》」

 

「なんてこった…」

 

 僕にはその呟きだけがはっきりと聞き取れた。

 どうやら、状況は僕達にとって良くないらしい。

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 日記

 

 ?月?日(同日)

 

 そうして僕とミラー大佐は別の駅へと辿り着いた。そこにもミュータントがいたのだが、今度は生存している兵士が交戦していたのだ。僕達は所属の分からない兵士達に加勢し、ミュータントを殲滅した。

 

 どうやら兵士達はアメリカからやってきた兵士のようだが、僕にはこの駅がロシアのものとは思えなかった。構造が違うし、何より英語で記された駅名や広告には、ここがアメリカだと如実に示しているようにしか見えなかったからだ。

 

 そして僕とミラー大佐の考えは間違っていなかった!ここはアメリカで、彼らはアメリカの歩兵部隊なのだ。ガスマスクを付けていないことから、汚染の心配は彼らには必要ないのだろう。大佐の指示で地上を調査しようとした時、ミュータントに襲われる市民を発見した。避難民の数は非常に多かったのだが、なによりそれ以上の数のミュータントが攻撃を仕掛けてきていた!

 

 僕はカラシニコフを向け、いくつかの投擲武器と引き替えに多くの命を救った。これは間違っていない判断だと自分でも思った。僕は弾薬や装備の在庫の確認も兼ねて報告に行こうと下に降りた。

 

 だが、下に降りてきてミラー大佐とアメリカ兵が話した直後、大佐の顔は曇った。それはまるで、僕達に対する凶兆のように思えてならなかった……

 

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