バイオハザード・メトロ 作:ハン…
ひとまずの安全が確保され、僕達は戦闘可能な人数を数えることにした。市民を戦わせる訳にもいかない以上、戦力や物資弾薬等のリソースの確認は急務だった。
僕達はたった二人だが、アメリカ兵は九人ほどで陣地を固めている。全員の予備弾倉をかき集めると、駅で交戦した大量のミュータントが相手でも、10分以上は持ち堪えられる程の数になった。
問題は僕達メトロ出身だ。カラシニコフで使う5.45×39ミリは彼らの持つ銃との互換性は無い。無論彼らの銃弾も、カラシニコフとの互換性は存在しない。
よって僕達の持つ弾薬は現状心許ないと言わざるを得ないだろう。ただしそれは、カラシニコフしか持っていなければの話だ。
咄嗟に引き抜いたのがカラシニコフだっただけで、元々リュックには外付けのウェポン・ホルダーが備わっており、これによりレンジャー達はとびきり頼れるメトロ製銃器を最大三丁まで携帯できる。
しかし、三つもの武器を適宜使いこなせる人間は稀だ。かく言う僕も、使い分けられるかと聞かれると首を横に振らざるを得ない。
だが、どの武器も個性と強み、そして弱点を持っている。それらを使い分けてこそ、一流のレンジャーだと言えるのだ。
例えば僕が持っているカラシニコフは、ほとんどのメトロの兵士が標準装備する、ロシア製の傑作ライフルだ。弾薬も広く普及し、生産や補充が容易で、何より優れた使用感で扱いやすい。
しかし、弾薬の生成効率は高くないし、威力に対して消費してしまう資材も多い。器用ではあるが万能ではない、そういった印象を抱かせる。
また、サイドアームに装備しているのは、対ミュータント兵器のシャンブラー・ショットガン。標準的な12ゲージバックショット弾を使用し、生産しやすく、外部に露出したシリンダーのおかげでリロードが行いやすい。ミュータントの掃討に力を発揮する武器だ。
ただし信頼性は低く、弾薬が露出する都合で火気には注意を払う必要があり、なによりも銃身が短いために散弾が拡散しやすく、威力が低くなりがちだ。
そして何をするにも欠かせない最後の一丁が、銀弾を撃ち出す消音兵器ティハールだ。ティハールは火薬を使用せず、ポンプから供給される高い空気圧を利用して弾丸を発射する。円形に研磨されたスチール玉を弾薬代わりに使用するため、化学薬品の助けを借りず弾薬を補充でき、火器が使い物にならなくなった時の最後の希望だ。
ただ、弾倉内の弾を全て撃ち切る頃には空気が減って威力は大きく低減するし、リロードした後にポンプ内の空気を加圧させなければならない為、即応性には欠ける。
弱点や、一癖も二癖もあるこれらだが、使い所を見誤らなければ要所で高い効果を発揮し、特にどの物資が不足するかも分からないメトロでの探索で有用なのだ。
弾が枯渇して戦闘不能に陥ることの無いよう、自然と複数の武器を所持する方が効率がいい。何よりこれらには何度も命を救われていた。
だが、残念だがここはメトロではない。12ゲージ弾はともかく、5.45ミリ弾の補充は望めそうにない。
そこでアメリカ兵に視線を向けた。とても馴染み深いこれらの銃火器と違い、アメリカ兵の装備は僕達のような継ぎ接ぎなものではなく、色もパッドの位置も統一されたアーマー・ヘルメットに、バスタードやシャンブラーのような手作りでは無いしっかりとした工場生産品のサブマシンガンだ。
副次装備などは携帯しないようで、恐らくは無駄を廃する事で兵士間での弾薬の共有を円滑にしているのかもしれない。
「《助かったよ、大佐。おかげで市民を緊急避難させられそうだ》」
「《その事なら構わん。それよりも聞きたいことがある。ここはラクーンシティと言っていたな。ここは核で汚染されていないそうじゃないか》」
「《核?何でそこで核が出る?》」
「《何でだと?…待てよ…》アルチョム!」
ミラーからの呼び出しがかかり、僕はそれに顔を向ける。彼の表情は怪訝だという面持ちを隠そうともしていない。何かがあったのは明白だった。
そして、彼から捻り出された言葉は更に衝撃的だった。
「アルチョム…我々の今いる場所は…彼らは……非常に奇妙なことだが、核戦争があったことを認知していないようだ。何故だと思う?」
「そんな…僕には検討もつきません、大佐」
それは、僕達を散々に苦しめてきた放射線汚染の現況を認知していない事実。核と核を撃ち合う程の戦争、そんな重大な出来事を国民が知らないはずがない以上、彼らがこの場で誤魔化す意味もない。
大佐のその問に対する僕の答えは、
「アルチョム。我々が核戦争後のメトロからやってきた人間だと言うのは、隠した方がいいのかもしれん。あくまでロシアのとある部隊、そういう体で話を進めるぞ、良いな?」
大佐の案は実に合理的だった。無駄に身分を明かさなければ、混乱を招くこともない。僕はその案に同意すると、話は驚くほどスムーズに進んでいく。
「《なあ。あんた達は正規軍って見た目じゃないな。まるで映画の登場人物みたいな格好で───何しにラクーンに来たんだ?》」
「《我々は訳あってモスクワからここに来た。目的は明かせないが、市民の救出に関しては全面的に協力しよう。尤も、我々二人で良ければだがな》」
「《モスクワ…モスクワだって!?随分遠いな…まあ、たった二人でも居ないよりずっと助かる。俺達はこれから警察署の仲間と合流して守りを固める。来てくれると有難いんだが…》」
「《いいだろう。我々二人が手を貸す。それと、あのミュータント共への対処だが、我々は遠慮なく射殺するぞ》」
「《ああ…あれはもう暴徒という言葉では片付けられない。部下にも周知させておく》」
「《よし、チャックとカーマインは市民をハイウェイから市外に逃がした後、この路線を使ってブラボーチームと合流しろ。それ以外のアルファチームは俺とミラー大佐の指揮の下ラクーン警察署に向かう。質問のあるやつは?》」
「《ありません、リーダー》」
どうやら話し合いは纏まったようだ。警官二人が市民を誘導して客車へと乗り込む。これで残っているのは僕達二人を含めて九人だ。
「《少し待て。部下に作戦を伝える》」
ミラーは彼らとの会話を終え、僕に向き直る。市民達が客車に続々と乗り込み、発車して駅の奥へ消えていくのを尻目に、大佐からの次の指示が下された。
内容は、民間人の救助及び現地部隊との合流。
ここにいる戦力だけではいずれ装備も弾薬も枯渇する。それを危惧して味方と合流し、体勢を立て直すという算段のようだ。
「《よし、出発するぞ!トムソン、今は何時だ?》」
「《あー…もう日付が変わる》」
ミラーがそれに便乗して、腕時計の時刻を合わせるよう言ってくる。それに従って午前0時にセットすると、日付まで確認しようとして部隊長に訪ねた。
「《悪いが…何日かも教えてくれ。時間感覚が狂ってるんだ》」
「《今日か?9月の25日だ》」
「《いえ、日付が変わったので26日ですね》」
「《だそうだ》」
「《……9月? …ああ。ありがとう、友よ》」
礼を言うミラーだが、その表情は僅かに暗い。僕に向き直った彼は調節の終わった時計と共に、僕がいつも欠かさず書いている日記を僕のリュックから取り出した。
最後の日付は1月22日……ミラーは鼻根を抑えて理解出来ないと言ったふうに振舞った。少しばかり漏れた言葉がロシア語の愚痴だったおかげで、僕だけがそれを聞けた。
「…8ヶ月…だと…? 訳が分からん…」
その言葉を吐き出した彼は、その日記を僕に押し付けてため息を吐いた。大佐の考えを読み取ることは出来ないが、その表情から推察する事はできる。僕達は異常な状況に置かれているのだ。
例えば、電気を纏い周囲のものを無差別に攻撃するアノマリーのように、存在そのものが奇妙な物体が、核で汚染されたロシアの地上や地下にはあった。
地下路線でも、稀に死んでしまった人々の霊体が生存者を死の世界へ誘おうとする事がある。
メトロでは、そういった怪奇現象と縁が生まれやすい。僕が古いレンジャーで歴戦の戦士でもあるオカルティストのカーンと共にアーモリー駅を目指した時にも、汽車の幻覚に襲われ意識を連れていかれそうになったことがあった。
だが、これはどうだろう。
ミラーの呟きから推察するに、僕達が活動しているこの日は、最後にノヴォシビルスクで意識が途絶えた日から数えて8ヶ月、つまり9月の下旬ほどだろうと考えられる。
つまり8ヶ月もの間、僕達の身体は…僕達の意識は…そして皆やオーロラは、どうなっていたのだろう。
そもそも、ここは僕達のいた2035年なのだろうか。もしかすると、核汚染の半減期を何度も迎えるほどの未来に、僕達は目覚めてしまったのかもしれない。もしそうだとすれば、彼らの装備が兵士が全くの同一規格を以て量産された品であることにも、何より核戦争の事を認識していないだろうことにも納得できる。
普通の人間なら、現在から未来へと身体や所持品だけが移転するなどという事はありえないと一笑に付す事も出来ただろう。
だが、メトロの怪現象は、誰にも予測できない。何度もそれらと邂逅してきた僕も、それ以上に場数を踏んできたのだろうカーンでさえ。
僕は何も分からないまま、ミラー大佐のあとを着いて歩き、警官隊との共同戦線を張る事となったのだ。
「《アメリカの外から来たなら知らないと思うが、この地下鉄自体はラクーンシティの外には繋がってない。脱出するにせよ、市街に出るにせよ、まずは駅から出なくちゃならん》」
「《先程の場所から出ればよかったのではないか?》」
「《それも考えたが、先の騒ぎで化け物共が集まってるだろうからな。線路を歩いて別の駅から署に接近する》」
「《この辺りはてんでわからん、任せる》」
前後を警戒しながら部隊長とミラーの会話を聞く。と言っても英語で話されては何も読み取ることが出来なかった。
「《それで…そっちの男は?英語は話せないのか?》」
アメリカ人が僕を指差す。
「《あいつはアルチョム。私と同じロシア人で、英語は話せん。通訳は私がやろう》」
僕の名前だけがかろうじて聞き取れた。
実の所、スパルタンの一員で英語を話せたのはミラーとサムだけだった。在露米国大使の護衛をしていたアメリカ軍人だったサムは、たまたま駅に逃げ込んでいたおかげで被曝を免れたが、米露の核戦争でモスクワを破壊されたと考える人々の手によってリンチに遭っていたらしい。それを偶然見かけた大佐が助け出した。
大佐が英語を話せるのは、そういった理由からだ。サムから英語を学んでいたのは、遅かれ早かれロシアとアメリカの兵士が接触する時が来ると踏んでいたからなのだろう。
「《嫌な感じだな…》」
「《ライトだけが頼りだ、離れるなよ》」
付かず離れずの距離を維持しながら、僕達は暗闇の広がる地下路線を歩いていた。ここに入り込んでいた人間はいなかったのだろう。話し声はおろか、物音一つ取っても聞こえる事はない。
だがある時、耳を劈くような轟音が響いた。片方の路線を列車が通り過ぎていったのだ。蒸気機関車と違う速度で飛んでいくあれは、電気で動くものなのだろう。
だが、通り過ぎる直前に嫌なものを聞いた。
中の乗客の悲鳴だ。
それは僕以外の全員も聞いていたようで、部隊内に動揺が走る。
「《どうなってんだ…ラクーンは…》」
僕には聞き取れない呟きは、だが英語を理解できる全員の表情に陰を落としていた。
・・・
日記
9月下旬ごろ?
僕はこの場では、ミラーがいなければ彼らと連携を取る事もできないのだろう。言語の壁がこれ程厚いものだとは、想像できなかった。
僕にとっての言語はロシア語だし、彼らにとっては英語だ。それだけの違いなのに、酷い距離感を覚えていた。
大佐が英語を話せた事に感謝しなければ。このおかげで僕は彼らの言葉を間接的に知ることができるし、彼らの作戦内容を理解することも出来た!
肝心の作戦内容は、市民を逃した後にラクーン警察署と呼ばれる場所に向かい、残存戦力と合流して体勢を立て直すというものだ。
彼らは独立した精鋭ではなく、各々を一丸とした部隊での行動を取る。手分けすることは恐らくないだろうが、英語を話せない僕が万が一にも孤立してしまった暁には、きっと現地アメリカ人との交流は不可能だし、僕もとても困る事になるんだろう。
僕と彼らアメリカ人を繋ぐのは、現状ミラーだけだ。命に替えても守らなくては。
なにより、僕やアンナの父親なのだから。